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「地球の滴」神秘さ永遠に~鉱物収集の輪、日本でも広がる

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「地球の滴」神秘さ永遠に~鉱物収集の輪、日本でも広がる  岡部 陽二

ハンマー片手に40年

 石は地球の滴であり、地球という芸術家が造った作品でもある。水石趣味や貴石を宝飾品に加工するのではなく、自然の鉱物をありのままの形で観賞する趣味は欧州を中心に幅広く受け入れられている。私がこうした鉱物収集を続けて40年になる。鉱物観賞の分野は、日本でもようやく同好の士の層が広がってきたようだ。

 東京にはいくつかの鉱物収集の同好会があって、私もそのひとつの200人位の会に参加している。二ヶ月に一回の割合で採集会があり、手にハンマーとタガネ、首にルーペを下げて関東近隣、時には東北南部まで足を延ばす。

 ただ、鉱物採集は狩りのようなもので、念には念を入れた事前の準備をしても目指した獲物がとれることはほとんどない。また、専門店といっても、一般に扱っている石の種類はごく限られている。鉱物収集もその意味では忍耐のいる趣味である。その代わり、美しい結晶や形の優れた鉱物に巡り合えたときの喜びは何物にも替えがたい。

 数年前まではこうした鉱物の専門店は京都に二軒しかなかったが、最近では東京でもかなりの数の専門店が店開きしている。しかし、たまに安いと思って飛びつくと合成石だったりする。鉱石もやはり鑑識眼を養わなければならず、そのためには他の芸術と同様、本物を数多く見るほかない。

 色鮮やかに輝く結晶鉱物の美しさや不思議な形状をした奇石の神秘さに魅せられて石の収集を始めたのは、中学生のころだった。これは当時、私が住んでいた京都の烏丸鞍馬口で鉱物標本館を開設していた益富寿之助という市井の大先生がアマチュア収集家のために主宰されていた「日本鉱物趣味の会」に入門を許されたおかげである。

南アフリカにまで遠征

 この会では肉眼鑑識だけで競う鉱物鑑定会を毎月開いていた。地質鉱物学専攻の京大生に交じり、結晶や劈開(へきかい)の微妙な違いを読み取る訓練をしたものだ。「日本鉱物誌」という分厚い図鑑に載っている石を求めて、住んでいた京都近郊だけでなく、近畿から中国地方一帯の主要な産地を踏破した。

 社会人になってからロンドンをベースに欧州各地へ頻繁に出張するようになると、どんな小さな町にも鉱物の原石や化石類を専門に扱うミネラル・ショップとか、ロック・ショップと称する趣味の店が沢山あることを知った。はじめのうちは出張の合間を見付けては立寄り、気に入った石を一つ・二つと買い求めていたものが、ついには休暇を取って原石を求めてブラジルや南アフリカにまで足を延ばすようになった。その甲斐もあって、数年で500種余りの立派な標本が揃った。

 石を求めて出掛けた町で最も強く印象に残っているのは、ドイツのイダール・オーベルシュタインだった。ここはルクセンブルグとの国境に程近い人口5,000人くらいの小さな町で、昔はここで瑪瑙(めのう)などを産出していたが、今では外国から輸入した宝石・貴石の原石を加工して世界中に売り捌(さば)いている。立派な鉱物博物館を中心に、珍しい貴石の置物や原石をところ狭しと並べている土産物店が軒を連ね、いわば町全体が石の加工工場で、一日中見て回っても飽きない。

 また、リオデジャネイロは宝石のパラダイスといわれるだけあり、興味深かった。ここでは、世界一の宝石商といわれるジュリオ・ロジャー・サワー氏と会うことができた。サワー氏は「生き物は必ず死に絶えるが石は地球の続くかぎり存在し、変わらない」との信条で、素晴らしい原石はコレクションとしてそのまま保存しており、自宅に招かれて門外不出のエメラルドやルビーの実に見事な原石を見せて貰ったのには感激した。

洗うと生気取り戻す

 ところで、地球上に存在する鉱物の種類は細分しても精々4,000種、図鑑に載っているのは通常300種程度に過ぎない。とはいえ、同一種でも形や色合いは人間の顔形同様、全部違っている。石には顔がある、と思っている。こうしたことから、収集した標本の数はついつい増え、整理と保管にいつも悩まされている。ガレージを改造して保管しているが、ザルツブルグ産の岩塩の結晶などは日本に長く放置しておくと湿気を吸って水浸しになってしまう。石の標本も時々水をかけて洗ってやると、見違えるように生気を取り戻すのは不思議である。

 欧米の文化は石の文化でもある。アルプスで産出する透明な水晶を古代の人は雪が凍って出来たものと思い込み、ギリシャ語で氷を意味するクリスタルと呼んだ。アメシスト(紫水晶)もギリシャ語の「酔わない」を語源としており、これを身に付けることによってワインの悪酔いを防ぐと信じられてきたという。家屋一つとってみても石造りが基本で、屋内の装飾にも原石や石の彫刻を多用している。経済人にも鉱物収集を趣味の一つにしている人は少なくないし、パリ、プラハ、マドリードと、各都市には素晴らしい石の博物館が設置されている。パリのキュリー夫妻大学の地下標本室はナポレオンによって収集を命じられたコレクションがあって充実しており、展示棚も総ガラス張りで、標本を引き立てている。 

東京の国際フェアー盛大

 しかし、何といってもスケールの大きさで他の追随を許さないのは、ワシントンのスミソニアン博物館であろう。収蔵標本点数45,000点、鉱物原石に加えて、濃い青色に輝くホープのダイヤモンドをはじめ、実に見事な宝石類がきら星の如くところ狭しと並んでいる様は壮観である。ところで、スミソニアンはもとより、海外のどの博物館にもある日本産の鉱物は、日本刀の刃のような形で鈍い光を放つ愛媛県・市の川鉱山産の輝安鉱と、ほゞ直角に枝岐(わか)れしている山梨県・乙女鉱山産の日本式双晶の水晶である。

 今日まで日本の鉱物コレクションは個人の収集家と大学の研究室に限られ、鉱物専門の公営博物館はなかったところ、昨年4月に新潟県の糸魚川市営の「フォッサマグナ・ミュージアム」が開館した。早速訪ねて見ると、この博物館は糸魚川市が日本列島を分断する大構造線の始点に位置することから、日本列島の生い立ちを視覚で理解出来るように設計されている。

 また、近くの姫川で取れる翡翠(ひすい)を中心に世界中から集めた鉱物・化石を最新の照明方式で展示し、「地球のしずく達(たち)」の造形の妙を存分に感じさせてくれる。総工費17億円、展示物の購入に4億円を投じただけあって、なかなか充実していて、年間10万人の入場者を記録したというのもうなずける。

 一方、外国の鉱石商を中心に100社以上の業者が集まって新宿で毎年開かれる「東京国際ミネラル・フェア」は既に8回を数え、わが国経済の国際化の進展と軌を一にして、年々盛大になっているのは、喜ばしい限りである。わが国でも、鉱物・貴石や化石の収集を楽しむ同好の士が大いに増えて、奥行きの深い趣味として欧米に劣らず定着することを期待したい。(おかべ・ようじ=明光証券株式会社会長)

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(1995年11月21日付け日本経済新聞最終頁、「文化」欄掲載)

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