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チャールズ新国王の思い出 岡部陽二

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 英国王室のチャールズ新国王戴冠式は、令和五年五月六日にロンドンのウエスト・ミンスター寺院にて厳かに執り行われた。戴冠式は宗教的な儀式であると同時に、君主の即位を祝福する機会でもあり、その模様は世界中に放映された。チャールズ新国王は去年九月、エリザベス女王の死去に伴って国王に即位したが、戴冠式は君主の頭に王冠を授けるという象徴的な儀式によって、即位したことを国内外に印象づける意味がある。この戴冠式は千年以上にわたりほぼ同じ形で続けられ、今も行われているのはヨーロッパでは英国だけである。

 チャールズ新国王からは、一九九二年に英国を去るにあたって感謝状を頂戴していたので、ご戴冠を祝福申し上げるお祝い状を認めたところ、新国王とカミラ王妃の連名での写真入りの礼状を受け取った。貴重なありがたい書状であるので、私事ながらご披露したい。

 私の住友銀行在勤中、ロンドン勤務は二回にわたり十三年半と長かった。チャール新国王との機縁は一九八七年に新国王が主催する「ビジネス・イン・ザ・コミュニティー」という企業の社会貢献活動に知人から懇請されて参加したのが始まりであった。

 当時は皇太子であった新国王は私費を投じで数十人のスタッフを抱え、八〇年代初めから①地球を環境破壊から護る、②伝統的な建築物のファサードを残すなど都市の美観を保存する運動を主導されてきた。この二つに加えて企業の地域社会との交流を促進し、企業と地域との共生を提唱する運動が「ビジネス・イン・ザ・コミュニティー」であった。この社会啓蒙活動には、英国の財界人が多数参加していたが、なぜか日本人は私だけであった。

 一九八九年にベルリンの壁が崩壊した時には、新国王が率先して英国の財界人を束ね、東欧諸国を訪問するなど、この活動の国際展開にも注力されていた。私もこのミッションの一員としてプラハやブダペストを訪問、地場の企業家と社会主義から資本主義への転換方策を話し合った。

 さらには、米国東海岸のサウス・カロライナ州の港町・チャールストン訪問にも同行した。この町には植民地時代からの古い街並みがきれいに保存されているので、景観保護のあり方について企業人と現場で議論をするのが目的あった。

 新国王を囲む集まりで会員に求められたのは、資金の寄付といった金銭的なものではなく、自らが体を動かしての奉仕や協力であった。会合では、皇太子から「この問題はバンカーとしてどう考えるか」などのご下問があり、参加者がそれぞれの意見を述べた。皇太子は一人ひとりの意見にじっくりと耳を傾けられ、最後にご自身が、その日の議論をまとめる形で締めくくられるのが通例であった。

 ウィンザー城やスコットランドのバルモラル城などでのパーティーに招待されることもしばしばあった。また、皇太子が選手として出場するポロの国際試合にもよく招かれた。サッカー競技場の四倍も広いグラウンドを馬に跨って駆け巡るポロの競技は予想以上に勇壮なものであった。新国王はプロ顔負けのポロ選手であり、カミラ妃と初めて知り合ったのもポロ競技場であった。

 新国王は水彩画家としても有名で画業歴は五十年を超える。スコットランドの風景やスキーを楽しまれたスイス・アルプの風景画が中心である。一九九七年から二〇一六年にかけて、およそ二百万ポンド(三・六億円)の複製画が販売され、英国で最も人気のあるアーティストの一人となっているとの記事を見かけた。新国王は来日時に京都の大宮御所でスケッチをしておられたと伺ったことはあるものの、公務の合間にこれだけの水彩画を描かれた根気には敬意を新たにした。

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チャールズ新国王の思い出.「会報」pdfを見る

(2024年1月20日発行、日本工業倶楽部「会報」第287号,p18~21所収)







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