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医療・介護の一体経営に向けて ~ 成長戦略の柱となるか <求められる強力な指導力>

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 政府は本年624日に「日本再興戦略」(成長戦略)の改訂版を発表した。医療分野で柱となるのは、「患者申し出療養制度」(混合診療の拡大)と並んで、「病院や介護施設を一体経営できる制度の導入」である。この施策は、大病院を中核として医療複合体の形成を促進すべく「非営利ホールディングカンパニー型法人制度」(非営利HC)を導入する大学病院や自治体病院を現在の設立母体から分離独立させ、その再編に当たってこの新制度を活用する2点に要約される。本稿では、米国の実例をみたうえで、日本版が成功するための鍵を解説する。

米大学病院の変貌

 まず、着実に実績を積み重ね、医療の産業化に実効を上げてきた米国の実例を俯瞰したい。

 米国では2000年代に入って急速に大病院を中心とした医療関連事業の統合化が進み、現在約600IHNIntegrated Healthcare Network)と呼称される医療複合体が存在する。非営利IHNの多くはホールディングカンパニー機能を有し、中核となる非営利会社の傘下に、非営利の医療提供部門と医療保険部門だけでなく、医療周辺事業を手掛けるために企業との合弁で設立した株式子会社なども有している。全組織の求心力となる中核非営利会社による子会社群のコントロールの源は、株式会社のような出資関係ではなく、子会社経営幹部に対する人事権にあり、重要な経営意思決定は中核非営利会社に一元化されている。IHNと非営利HCの機能がどのように発揮されているのか、その実態を大学病院並びに大型クリニック病院と地域密着型IHNについて具体例でみていきたい。

 米国の大学医学部は、学部卒業生が入学する「メディカル・スクール」と呼ばれる4年制の専門職大学院であり、その多くは附属の大学病院を保有していた。ただし、マサチューセッツ州のハーバード大学は大学内には病院を持たず、マサチューセッツ総合病院などの教育病院と全面提携しているが、これは例外的なケースであった。

 ところが、近年、かつては大学の附属機関であった大学病院が、大学から分離独立して非営利HC化し、独自の多角経営を展開し始めた。その結果、大学病院グループが大学よりもはるかに大規模な組織となり、医療関連の事業を複合的に展開しているケースが多数現出している。この新しい潮流を3例に絞って概観する。

UPMC

 医療産業を核にした地域再生中核事業の成功例として、近年最も注目されているのが、ピッツバーグ大学・メディカル・センター(UPMC)である。

 1970年代までは世界屈指の鉄鋼都市であったピッツバーグは、鉄鋼業の衰退に伴い82年には公害による廃墟と失業者があふれる米国で最も住みにくい都市の一つに転落した。そこで、地元の政財界・学界の重鎮が協議して、地域再生の柱として打ち出した成長戦略の柱が、ピッツバーグ大学から附属病院を切り離して別法人とし、提携先の3病院も経営統合して、医療複合体NPOUPMCを立ち上げる計画であった。

 この計画に基づいて86年に設立された非営利HCUPMCで、その後の10年間で医療複合体としてのインフラを完成、96年には海外進出やGEなどとの合弁による医療関連分野での多角化戦略を策定し、着実に実現している。このUPMCの経営を託されたのは、現在最高経営責任者(CEO)を務めるジェフリー・ロモフ氏である。ロモフ氏はニューヨーク市立大学で科学学士、エール大学で政治学修士を取得した後、73年にピッツバーグ大学附属の精神病院に就職、UPMC設立時に執行役員に抜擢され、92年社長就任、2006年に社長兼CEOとなっている。

 UPMC2010年に事業収入でメイヨー・クリニックを追い抜いて、全米最大の病院グループとなった。13年の事業収入は100億㌦を超えて、メイヨー・クリニック以下との差を急速に拡大している(図1)。一方、附属病院を分離した大学本体の総収入は約20億㌦とUPMC5分の1にとどまっている。UPMCは雇用面でも従業員数45000人と、ペンシルバニア州最大の雇用主である。

 ちなみに、123月期のわが国の45国立大学の附属病院収益(収入)合計額は、8887億円にすぎない。UPMC1社の収入9637億円がこの合計額を上回っている。45大学合計額のうち、東大病院の収入は420億円(東大全体の収入は2173億円)である。

 UPMCは医療の質の面においても評価を高めてきており、米紙USニューズ&ワールド・レポートの1314年度全米ランキングでは15診療域中七つの領域でベスト10入りを果たしている。 

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【テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター】

 テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターは、当初は1941年にヒューストン市北郊のテキサス医療センター内に、テキサス州立大学の付属施設として設立された。その後、このがんセンターは急成長を遂げ、現在では、がんの治療、研究、教育、予防を専門とする世界最大規模のがん治療施設としての地歩を確立した。がんセンターの従業員数は19000人。屋上にはヘリコプター2機が同時に発着できる施設を有し、13年度の総収入は41.3億㌦、利益5.5億㌦(利益率13.2%)を上げている。

 このがんセンターを中核とするテキサス医療センターは典型的な非営利HCで、1300<u>エーカー</u>に及ぶ世界最大級の医療研究機関集積地に、280のビルが林立、49の教育・研究機関を擁する。これらの機関は治療、予防医学、医学および生物学研究、教育、地域・国際コミュニティーの福祉などに関わるあらゆる側面をカバーしている。教育機関には、メディカル・スクール、歯科、看護科ほか6校がある。

 このように、MDアンダーソンはもはや附属病院の位置付けではなく、逆にMDアンダーソンを頂点として大学をも抱え込んだピラミッド型の大組織の中核となっている。これを反映して、MDアンダーソンCEOの年俸(13年)は184万㌦に対し、テキサス州立大学学長の年俸は67万㌦と約3分の1にとどまっている。もっとも、このような給与格差はMDアンダーソンだけではなく、スタンフォード大学やデューク大学など全米どこででも見られる一般的な現象である。非営利HC型病院グループ経営の難しさを反映したもので、違和感はない。

【ジョージ・ワシントン大学・大学病院】

1824年創立の伝統を誇る私立のジョージ・ワシントン大学医学部(ワシントンDC所在)は、とりわけ難関医学部として知られている。合格を許されるのは、出願者のうちわずか23%程度と、メイヨー医学校、スタンフォード大学医学部などと並び、全米で一、二を争う「狭き門」とされている屈指の存在である。

 この名門医学部の附属病院が1990年代に経営危機に陥り、新規の設備投資ができなくなった。そこで、96年に附属病院を大学から分離して、所有権を、営利病院のユニバーサル・ヘルス・サービス(UHS、図1の営利病院第4位)80%、大学20%の出資比率で設立した合弁法人ザ・ディストリクト・ホスピタル・パートナーズに譲渡し、運営は全面的にUHSに委託した。この合弁法人は非営利HCであるが、運営を株式会社病院に委託して実質株式会社病院化したものである。この結果、UHS傘下の1病院として再生され、業績も急回復し、病院としての評価も高まってきた。教育病院としての機能も十分に果たしている。


米国の大型クリニック病院

 米国にはメイヨー・クリニック、クリーブランド・クリニックといった診察室1000室以上を擁する巨大なクリニックが存在する(図1の非営利病院第34位)。安倍晋三首相は今年のダボス会議での演説で、成長戦略の柱として臨床研究・医療教育で世界をリードしているメイヨー・クリニックに伍する大規模医療法人を日本にも創ると宣言している。そこで両社の生い立ちと最近の非営利HC化の動きに加え、地域密着型IHNとして注目されているセンタラ・ヘルスケア(図1の非営利病院第5位)の事業展開を概観する。

 地域密着型のIHNとしては、カイザー・パーマネンテが格別に大きく、評価も高い。ただ、同社は病院中心というよりは、890万人の被保険者を擁する医療保険を中核とする事業体である。また、巨大化し過ぎたため、南北カルフォルニア、コロラド、ジョージア、ハワイなど七つのグループに分けて分割経営されている。

【メイヨー・クリニック】

 メイヨー・クリニックは、ミネソタ州ロチェスター市に本拠を置く事業規模約9000億円の非営利HCである。ロチェスターの本部には、約1200室を擁する世界最大のクリニックと3病院(2144床)を有し、フロリダ州ジャクソンビルとアリゾナ州スコッツデールに支部を置いている。また、「メイヨー・ヘルス・システム」として、ミネソタ州内のみならずアイオワ州、ウィスコンシン州でも病院や診療所を運営している。

 メイヨー・クリニックはウィリアム・メイヨーによって1863年に開設されて以来、その後120年以上にわたって単独の巨大なクリニックとして運営されてきた。しかるところ、1986年に至り非営利HCを設立して、1889年に設立のカトリック系のセント・メアリー病院とプロテスタント系のロチェスター・メソジスト病院を合併して傘下に収めた。1986年と1987年にはフロリダ州とアリゾナ州に病院を新設し、州外に営業地域を拡大している。

 メイヨー・クリニックは米誌USニューズ&ワールド・レポートなどで、全米で最も優れた質の医療を提供する病院の一つに常に数えられている。最近、このメイヨー・クリニックが知名度をさらに増しているのは、医療保険改革の渦中にあったオバマ大統領から「高い質の医療を提供しながら、医療費を低く抑えている」成功例として、名指しで褒め讃えられたからである。メイヨー・クリニックの医療が全米の中で模範とすべき対象とされた反響には大きなものがあった。

 現にメイヨー・クリニックは、患者一人当たりの医療費では、全病院の下位15%内に入っている。充実した医師陣と高度医療機器を揃え、海外からも患者が訪れるからには、医療費も格段に高いのではなかろうかという印象があるが、実はそうではない。

 メイヨー・クリニックの特徴は、そのチーム・ワーク医療にあると言われている。1人の患者の治療方針を決定するために、他科の医師もチームに加わって総合的に病状を診断し、最適な治療法を探る方式である。このチーム・ワーク医療は、治療費の抑制にもつながっている。

 メイヨー・クリニックは、医師への給与システムでも米国内の他病院とは一線を画している。米国では通常、医師は診療した患者数に応じて給与が支払われるが、メイヨー・クリニックでは患者数に関わりなく、医師の市場価値に応じて一定の給与が支払われるシステムを採っている。このシステムにより、医師は患者の回転率を気にすることなく、一人一人の患者に十分な時間をかけることができる。

 また、メイヨー・クリニックは、電子カルテ・システムを早くから導入したことで知られている。最近ではマイクロソフトと共同で、個人の健康管理のためのサイト「ヘルス・マネージャー」を開発した。このシステムに登録すると、患者は自宅で利用する電子血圧計や血糖量測定器などでの計測値をアップロードして、それに基づいてメイヨー・クリニックの専門医師からのアドバイスを受けることができる。

【クリーブランド・クリニック】

 クリーブランド・クリニックは、オハイオ州クリーブランド市に本拠を置く事業規模6000億円強の非営利HCである。

 1921年に4人の医師により開設され、創設以来90年間で1000室の診療室を有する大型クリニックに発展した。80年代以降は、非営利HCに転換して、近隣の病院併合を進め、ネバダ州、フロリダ州にも病院を建設、カナダでは予防とスポーツ医学に特化した事業を展開している。アブダビ政府の要請を受けて、2015年には364床の先進病院をアブダビで開業する。

 かつては重工業で栄えたクリーブランド市も不況により衰退したが、医療・ヘルスケア・IT産業などのサービス業への産業転換により都市の再生を実現した数少ない「復活の町」として讃えられている。その中心となって支えているのが、クリーブランド・クリニックであり、雇用者数は37000人とクリーブランド市最大の雇用主となっている。

 クリーブランド・クリニックの病院は、世界初の心臓冠動脈バイパス手術、腎臓の人工透析、血管造影検査が行われた病院としても有名で、最近では世界初の顔面移植が話題となっている。また、年間19万人以上の患者が訪れる米国最大規模の心臓病専門治療センターを擁し、米誌USニューズ&ワールド・レポートの心臓疾患部門では94年から昨年まで連続して全米第1位にランクされている。

 医療のIT化にも積極的で、例えば、グーグルと連携して、オープンなウェブ・サイト上に開設したグーグルの個人アカウントを使って病院にある自分の医療情報を取り込み、これを閲覧したり、他の医療機関に持ち出したりすることができる。さらに、患者の個人アカウントに蓄積された個人健康情報をクリニックの電子カルテに持ち込むことも可能である。

【センタラ・ヘルスケア】

 センタラ・ヘルスケアは、バージニア州南部を本拠とする10の急性期総合病院と小児病院(合計2400床)を中核とした半径100㌔㍍の医療圏に、約120の医療関連施設を保有する非営利HC型の複合事業体である。療養型病院、診療所、リハビリ施設、ナーシング・ホーム、検査機関、44万人をカバーする医療保険組織など、広範なサービスを継ぎ目なく提供し、開業医ネットワークとの連携も行っている。また、機能の重複をうまく避けて、互いに補完し合うことにより、規模のメリットを追求する顧客志向、安全重視、効率化実現のモデル・ケースとして注目されている。医科大学も併設している。

 センタラは1地域に根差した地域住民密着型の非営利組織として、ガバナンスは地域住民有力者グループが担い、経営は民間プロに任せている。ITスタッフだけで400名以上を抱えているのが特徴的である。

 センタラの年間売上高は2000年に11億㌦、06年でも24億㌦だったものが、09年に30億㌦、12年には41億㌦と急増している。これは、センタラが営業基盤の対象としてきたバージニア州南部に加えて、センタラと合併を希望した同州北部にある三つの中小民間非営利病院IHNとの統合を06年から順次進めてきたM&A(合併・買収)による大型化の結果である。

 中小IHNが分立していた同州北部地域の住民は協議の結果、経営力に優れた南部地域でのセンタラの事業展開を高く評価して、合併提案に応じた。センタラから見ると、無償で追加の経営資源を獲得し事業規模を拡大できるメリットは大きい。もっとも、北部に進出すれば既存のIHNとの競争も激化するものの、センタラの経営陣は新たな飛躍を目指して、北部地域のIHNを引き受けたものである。

 センタラでは、IT技術を駆使したコスト削減に積極的に取り組んでいる。例えば、複数の病院の集中治療室を1カ所から遠隔で監視する「ELCU」を導入して1人の医師と2人の看護師で五つの病院の集中治療室にいる110名程度の患者を一括して監視したり、病室に設置したモニターを通して入院患者のバイタルサインを常時観察することで、合併症の発生率や死亡率を引き下げたりすることに成功している。

 センタラのケースと同様の民間非営利病院IHN同士の合併が、2000年代後半に入って急速に増えている。これは全米5724病院のうち2903を占めている民間非営利病院が、オバマ大統領の医療改革による医療費抑制のプレッシャーの下で効率化を急いだ結果である。

 わが国にも、いまだ数は少ないものの、センタラに比肩しうる地域密着型のIHNが育ちつつある。その先鞭をつけた浜松市に本拠を置く聖隷福祉事業団は、1970年代から医療・介護・保健・福祉・保育などのサービスを一元的に提供する多角化を進めてきた(図221㌻)。現在、6病院(総病床数2544)を中核として、136施設で278事業を全国規模で展開している。13年度の事業収入は999億円(前年比172%増)、利益29億円、従業員数12615名となっており、この事業規模はセンタラの2000年の実績とほぼ変わらない。事業内容や財務状況も詳しく公開しており、ガバナンスの水準も米国並みに高い。

 

日本版成功の鍵

 米国における成功事例の考察を踏まえて、医療・介護・保健に加え医療関連のあらゆるサービスを一体的に提供する非営利HCの創設に当って、留意すべき諸点を以下に要約する。

 米国の非営利HC病院グループの特徴は、①傘下法人に対するコントロール機能を果たしている親HCには持分がなく、財産の特定個人への帰属もない②非営利HCの経営者は地元の代表者などで構成される理事会で選出された医療経営のプロである(医師がMBA〈経営学修士〉やMHA〈医療経営管理士〉の資格をとって経営に当たるケースもまれにはある)―の2点である。

 一方、わが国での病院グループ化や多角化はいまだ例外的にしか見られないものの、その特徴は、①親機能を果たしているのが個人(理事長)②経営権や財産権が実質的に世襲されるケースが多い③経営者は原則医師で、医業における倫理性、非営利性維持が期待されている―点にある。(明治安田生活福祉研究所「医療法人等の提携・連携の推進に関する調査研究」143月)

 米国型の非営利HCは地域の篤志家と住民による合意形成を基盤として成立している。わが国でこれを範として、法律により強制的に複数の病院などを同一の非営利HCの傘下に入れても、理事会での合意形成は難しく、また、理事会が傘下の子法人に人事権を行使して強い指導力を発揮するようなガバナンス構造を定着させるには長い年月を要しよう。しかしながら、非営利性を維持しながら、医療の効率化を進め生産性を上げるには、これが唯一の方策であることも間違いない。

 厚生労働省の論点整理も、「医療供給体制改革を実行するには現行の供給体制を温存したままではむずかしく、供給主体の再編・統合が必要。改革の実効性と加速性を実現するには、非営利HC組織が有する経営の柔軟性、効率性を享受することである」と的を衝いた視点から問題提起している。

 また、病院数の削減も急務である。総病院数を人口100万人当たりで比較すると、日本67.3病院に対し、フランス41.4、ドイツ40.3、米国18.6と先進諸国に比して1.53倍多い(11年、OECDヘルス・データ)。ただし、日本には、20床未満の病床を保有する「有床診療所」が9471施設(合計124000床、131月現在)存在するので、実体的には約18000の病院がある。これを含めると、わが国の総病院数は、先進諸国に比し36倍以上多いのが実態である。

 病院数が諸外国よりも圧倒的に多い現実をどう評価すべきか。30年間にわたりドイツで心臓外科医として活躍された北関東循環器病院長の南和友医師は「医療費増大の要因の一つとして、日本は諸外国に比べ病院数が多い点が挙げられる。一見メリットのようにも思えるが、実体としては病院数が多く、一施設当たりの患者さんの人数が少ないため、人手や高度医療機器を用意しても無駄に帰し、赤字経営で廃院に追い込まれている病院が少なくない。まさに医療財源と人材の無駄使いだ」と述べている(JMS誌、147月号)。海外での経験豊かな医師から現場感覚で判断されたこの指摘は正鵠を得ており、傾聴に値する。

 一挙に既存の病院数を減らすことには抵抗も強いので、非営利HCの傘下に入った複数の病院を、それぞれ得意分野の専門病院に組み替え、一部は介護療養施設などに転換していくことが現実的である。 

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母体の多様性が最大の障壁

 米国の病院開設母体は公的病院と民間病院に大別され、民間病院は「非営利法人」と営利の「株式会社」に二分される(図3)。根拠法は州ごとに異なるものの、きわめてシンプルな構成となっている。公的病院のうち連邦立は軍関係のみで、ほとんどが州立病院である。株式会社は買収・合併などにより自由に集約化や多角化を進めることができるが、非営利法人も非営利HC化することにより、医療関連企業を傘下に収めたり、州外の病院と合併したりすることができる。経営の自由度は最近では株式会社とほとんど変わらず、CEOの報酬も株式会社と比べて遜色ない。

 一方、わが国では公的病院で19種、民間病院で8種の異なった設立母体に分類される(図425㌻)。さらに医療法人には、持分を有するケースと無いケースがあり、社会医療法人、特定医療法人といった区分もなされているので、開設者の種別は実体的には30種を超える。

 これらの異なった開設母体間の合併や母体からの分離を定めた法律は存在しない。また、病院が傘下に医療・介護関連の施設や合弁企業を保有することは、極めて例外的にしか認められていない。従って、図2に掲げた病院グループの性格も米国とはまったく異なっている。

 米国の病院グループは例外なく、一元的な統治機構で経営の意思決定がなされているのに対し、わが国では日本赤十字社や済生会のような全国組織の公的病院であっても、個々の病院の独立性が極めて強い。徳洲会やIMS(イムス)グループのような民間病院グループでは経営の一元管理は進んでいるものの、個々の病院が独立の法人格を有しているケースも多く、全国的に統括する法人組織の設立は現行の法制下では困難である。

 大学病院や自治体病院を中核とした非営利HCを設立するには、まず特別法を制定して、大学病院や自治体病院を現在の設立主体から分離・独立させる必要がある。34の国立大学病院については、この分離独立を法律で強制し、私立大学病院と自治体病院については任意とすべきであろう。

 そのために必要なステップについては、岡山大学が本年328日に政府へ提出した同大学のメディカルセンター構想がよくできている(図5)。

 その概要は、岡山大学附属病院を別法人化し、同病院を中核として近隣病院を包含した岡山大学メディカルセンターを構築する同一のガバナンスのもとで競合・分立していた診療内容を再編し、日本一の規模と質を持った医療事業体を創出する国立大学法人は新法人の構成員として、新法人の意思決定に参画するなどというものである。

 岡山大学は同構想を実現するため、①国立大学法人等が岡山大学メディカルセンターの構成員となる岡山大学メディカルセンターの事業体を大学附属病院とみなす病院施設等を所有する(地方)独立行政法人が新法人に参画する④岡山大学メディカルセンターのガバナンスを強化する⑤人材の融通、営利法人への出資、資金調達等の効率化を行うという規制改革を求めている。

 さらに敷衍すれば、大学病院は教育・研究・臨床の機能を分離し、基礎研究は研究所で一元的に行なう臨床機能もメイヨー・クリニックで行われているように外来治療と入院治療に分別して、それぞれ別の部門が担当するなども盛り込まれなければならないだろう。

 

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形態に集約を

 新たに導入する非営利HCは、異なった根拠法に基づいて開設された非営利法人病院および医療・介護・保健関連の非営利法人と株式会社を子法人として法的に支配できる機能を持たなければならない。非営利HCの根拠法と法的性格は、06年に行われた公益法人改革により制定された法律が定める公益社団、公益財団、一般社団または一般財団の中から選択する。すでに27種も存在する設立母体をさらに増やすのは問題であり、既存の特別法は廃止して、新法に基づく4法人形態に集約する方向が望ましい。

 病院が中核となって開設される非営利HCの法人組織、事業内容、合併手続きなどを定める特別法を新たに制定する。この特別法により、非営利HC傘下の法人の合併・分轄、医療関連子法人の設立などは、海外を含め、原則として自由とすべきである。

 本年71日に日本医師会が政府に提出した対案では名称を、①「統括医療法人(仮称)」とした上で、原則として医師を理事長とする医療法人の1類型として創設する特定企業の影響下にある法人や個人は社員になることができない統括医療法人の設立・合併・解散は都道府県知事の認可とするなどの措置をとるように要請している。これは、既得権益に執着した旧態依然たる主張としか評しようがない。

 何となれば、図4で明らかな通り、医療法人は病院総数の半分程度を占めるものの、27種の開設主体の1類型にすぎない。新法に準拠した公益社団や一般社団の病院もすでに存在しているので、非営利HCを新法下での社団または財団とすることに格別の支障はない。

 非営利HCの認可権限は、当該HCの業務地域が一都道府県に限られている場合には都道府県知事でよいが、広域にわたる場合には、内閣府担当大臣か総務大臣とするのが妥当である。

 

ガバナンス強化が必須

 新たに創設される非営利HCが存分に機能を発揮できるようにするには、そのガバナンスを強化することが不可欠である。非営利性を担保するには、①資本取引が存在しない純資産の増殖分を資本拠出者に還元(配当)しない②残余財産が公的機関に帰属することは最低限必要である。

 これに加えて、非営利病院は基本的にはその病院から医療サービスを受けている地域住民のためのものでもあるから、民間での自主運営を徹底するための非政府性の担保も重要である。政府からの資金を受け入れても構わないし、理事会などへの政府の参加があってもよいが、制度的に政府から独立した民間機関であることを明確にする必要がある。

 具体的には、①非営利社団HCの社員には法人も有資格とする②理事は全員個人の資格で地域住民から選出される③理事長は理事の互選とする④医師の理事が過半数を占めない理事の任期を明確に定める⑥傘下子法人の経営責任者は一定の資格を有するプロを理事会で決定して指名するなどを特別法に盛り込むべきである。

 さらに大事なのは、非営利HCの連結決算と傘下子会社の財務状況の適時公開と、会計監査法人による監査である。地域住民が自由に閲覧できるように、ネット上での財務状況などの公開を義務付けるべきである。

 医療法人病院のうち、実質株式会社と変わらない「持分有り医療法人」は社会医療法人への転換などにより徐々に減少しているものの、依然として約5000の医療法人病院の8割程度を占めている。また、持ち分有りの新設は認められていないものの、既存の法人の持分は譲渡や相続の対象ともなる個人の財産権となっている。当然のことではあるが、これらの持ち分有り医療法人病院は非営利HCやその傘下子法人の対象とはならない。「持分」の概念が、上に掲げた非営利の定義と矛盾するからである。これらの持分有り医療法人病院は、持分のない社会医療法人か株式会社への転換を奨励し、時限を切って廃止するのが筋である。

 最後となるが、日本での改革の主役であるべき大学病院と自治体病院からの具体的な堤案が乏しいことは大きな問題である。本稿で紹介した岡山大学などのケースはあくまで例外である。さらにいえば、それぞれの所管官庁である文科省と総務省に、厚労省を加えた3省合同での取り組みがない限り、改革が実を結ぶことは難しい。非営利ホールディングカンパニー型法人構想の実現には、集団的自衛権の憲法解釈変更で示されたような安倍首相の強力な指導力に期待するしかないのであろうか。

 

2014821日、時事通信社発行「金融財政ビジネス」第10433p2027所収)

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