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<書評>慶應義塾大学教授印南一路、東海大学准教授堀真奈美、自治医科大学助教古城隆雄著「生命と自由を守る医療施策」 

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 今なぜ医療に「理念」が必要か。何が医療の理念であるべきか。多くの時間や労力を政治的な利害調整に費やすよりも、医療保障のあり方そのものについて議論をし、「理念に基づく創造的な問題解決」がなされるべきではないか。

 このような問題意識に立脚して、著者らは、医療保障制度の歴史的展開を回顧し、医療提供体制と医療費保障制度にまたがる理念としての二段階理念の根拠を憲法論と現代正義論の立場に求めている。この理念を踏まえて、現在の医療保障制度改善に向けての具体的な政策提言を行なった500ページを超える重量感ある力作である。

 ある物事についてのこうあるべきだという根本の考えである理念は、基本法には通例盛り込まれている。昭和23年に制定された医療法にはこれが欠けていたが、平成4年の改正で「医療は生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし~~」とする理念規定が第1条の2として追加された。

 これは憲法13条の「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については(中略)最大の尊重を必要とする」との規定から導き出されたものと考えられ、医療における生命と人権擁護の必要性・自己決定権の尊重を促す趣旨と解釈されている。

 しかしながら、その後の医療政策の展開は、関係者間の利害調整に終始した感が強く、理念に基づいた議論は為されていないのではないかというのが、著者らが共有している危機意識である。

 著者らの提言の骨子は、国が関与して保障すべき医療は、万人の生命保持と幸福追求といったそれぞれの目的に即した救命医療と自立医療の二つであるとしている。制度改革に伴う利害対立の厳しさと「実務的に機能する理念」を前提にしているので、提言の内容は一見常識的なものばかりに見える可能性があるが、救命医療と自立医療を定義する医療分類は大胆で、異論が出るかもしれない。極論を求める改革論者にはもの足りないかも知れないが、実際に保険給付範囲の見直し(拡大と縮小)の議論が出れば、関係者には大きな影響を与えるであろう。

 本書では、理念に関連した歴史的な出来事などが24のコラムで懇切に解説されている。たとえば、「医療費亡国論の真相」では、医療費が膨張すると国が潰れるという議論はそもそも根拠希薄であることに加え、吉村仁氏(元厚生省事務次官)が医療費亡国論を主唱したという事実はないと検証している。同氏が昭和58年(保険局長時代)に社会保険旬報1424号に投稿した論文では、当時の医療費をめぐる情勢に関する視点として、①医療費亡国論(医療費増大→社会の活カ低下)、②医療費効率逓減論(医療費増大→投入される医療費の効率が逓減)、③医療費需給過剰論(需要・供給両面に無秩序な過剰かある)という三つの考え方かあると整理し、それぞれへの対応をまとめているだけである。もっとも、評者はこの当時から「医療費は財政問題である」と喝破された吉村氏の先見性は高く評価されて然るべきと考えている。

 とまれ、本書の時宜を得た問題提起は貴重であり、これを契機に理念論を軸とした医療改革論争が活発に展開されることを期待したい。

(評者;医療刑事研究機構 副所長 岡部陽二)

■東洋経済新報社刊、定価;本体3,800円+税

(2011年8月29日、㈱法研発行「週刊社会保障」第65卷2642号p34所収)

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