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<新興国紹介レポート>ロシア連邦の医療(1)

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1、ロシアの政治経済概観 ①

 ロシア連邦は、ヨーロッパとアジアにまたがる連邦共和制国家。北西から順にグリーンランド、ノルウェー、フィンランド、エストニア、ラトビア、ベラルーシ、リトアニア、ポーランド、ウクライナ、グルジア、アゼルバイジャン、カザフスタン、中国、モンゴル、北朝鮮、日本、アメリカと国境を接し、北は北極海、東は太平洋に囲まれている。国土面積は、1,707万5,400平方キロメートル(日本の45倍)で世界最大。2~4位カナダ・中国・米国の2倍近く、5番目に大きな国ブラジルの2倍以上の広さがある。

 人口は141.9百万人(2010年1月)、世界の人口ランキング(2008年「国連人口推計」)では9位(日本は10位)となっている。ロシアの人口は1992年の14.585百万人をピークに減少に転じ、2009年までの17年間で6.6百万人減少した。民族構成は、ロシア人(79.8%)、タタール人(3.8%)、ウクライナ人(2.0 %)など、宗教はロシア正教が主流で、イスラム教が次ぐ。

 ロシア国民の平均寿命は、男性61.8歳、女性74.1歳(2008年)で、平均寿命の男女差が世界で最も大きい国の一つに数えられる。とくに1990年代以降に男性の死亡率が高くなり、1995年の男性平均寿命は58.1歳にまで落ち込んだ。最近に至り改善傾向が定着してきた感はあるものの、少子高齢化ならぬ「少子多死・低齢化」の克服がロシアにとっての最大の政策課題となっている。この人口問題については、稿を改めて考察したい。

 ロシア連邦の構成主体は、地域と民族の2つの異質の概念からなる区分による。「地域区分」には、46の「州」、9の「地方」、2の「市」がある。一方、「民族区分」には、21の「共和国」、1の「自治州」、4の「自治管区」がある(2009年1月現在)。チェチェン、北オセチアなど「共和国」は民族区分による地域の連邦構成主体である。州などの「地域区分」が行われている地域の連邦構成主体は「共和国」には属さない。それぞれの連邦構成主体の自治権の範囲はそれぞれの連邦構成主体ごとに異なるという特徴がある。

 プーチン政権は中央政府の各連邦構成主体への影響力拡大を図るべく、2000年5月に全土を表1の通り7つに分けた連邦管区を設置した。

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  ロシア連邦議会は二院制で、各連邦構成主体の行政府と立法府の代表ひとりずつからなり、上院に相当する連邦院(連邦会議、定員178名)と、下院に相当する国家院(国家会議、定員450名)からなる。下院議員は任期5年で、2005年4月に完全比例代表制に移行した。

 第二次世界大戦後、ロシアを中心とするソ連邦は、強大な軍事力を背景に、東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなどの東欧諸国を衛星国として勢力範囲に収めて、自国と同様の一党独裁を強要した。ソ連邦は世界の二大超大国の一つとして米国との冷戦を繰り広げたが、計画経済の破綻から次第に共産主義の矛盾露呈が顕著となった。1985年にソ連の指導者となったミハイル・ゴルバチョフは冷戦を終結させる一方、ソ連を延命させるためにペレストロイカとグラスノスチを掲げて改革に取り組んだものの、かえって各地で民族主義が噴出し、共産党内の対立が激化した。

 改革派のボリス・エリツィンはソ連邦体制内で機能が形骸化していたロシア・ソビエト連邦社会主義共和国を自らの権力基盤として活用し、1990年に最高会議議長となると、同年6月12日にロシア共和国と改称して主権宣言を行い、翌年にはロシア共和国大統領に就任した。1991年の守旧派の党官僚によるソ連邦8月クーデターではエリツィンが鎮圧に活躍し、クーデターは失敗した。このソ連8月クーデターの失敗は、ソ連邦とソ連邦共産党の崩壊を決定的にし、同年12月26日にソ連邦は崩壊した。1992年5月、ロシア連邦条約により、ロシアの国名は現在の「ロシア連邦(ロシア)」と最終確定した。

 2000年に大統領となったプーチンは、国内の安定と政府権力の強化を目指して、新興財閥の石油・ガス会社ガスプロムの国有化などを進め、親欧米・反政府的な勢力はプーチン時代を通してほぼ一掃された。また、政権初期に頻発したテロの報復としてチェチェンへの軍事作戦を再開するとともに周辺各共和国への締め付けも強めた。プーチン大統領が行なった政策はいずれも強圧的で批判が多いものの、結果的にはロシアの国際的地位を向上させている。これにはプーチン政権発足後から始まったエネルギー価格の急騰により、対外債務に苦しんでいたロシアが一転して巨額の外貨準備保有国となり、世界経済での影響力を急速に回復したことも寄与している。2007年には2014年の冬季オリンピックを南部のソチで開催するオリンピックの招致に成功した。

 2008年にプーチン側近のドミートリー・メドベージェフが大統領に就任(任期;6年)、プーチンは首相に就任した。同年、南オセチア問題を原因とする南オセチア紛争が発生、これはソ連崩壊後初めての対外軍事行動となった。言論統制も厳しく、新聞は「ノーヴァヤ・ガゼータ」以外は軒並み現政権の強い影響下にあるため、欧米とロシア国内の民主化勢力は、ロシアは民主的な国家ではないと批判している。しかしながら、プーチン与党の支持基盤は磐石であり、現政権が当面は継続するものと見られている。

 ロシアの経済は2000年以降2008年まで順調に成長、表2に見られるとおり2007年のGDP実質経済成長率は8.1%と過去最高を記録した。因みに、2001年にゴールドマン・サックスが生み出した"BRICs"という新興4大国を示す言葉が世界に広まり、その伸長ぶりが注目されている。2010年までの10年間で、世界経済に占めるBRICsのシェアは1/6から1/4近くに拡大、世界経済に確かな足跡を刻んだ。これからの10年間には、BRICsの存在感はさらに高まるものと見られている。BRICsの一角を占めるロシアの経済規模も2020年にはスペイン、カナダ、イタリアを上回るものと予測されている。②

 ところが、世界金融危機が表面化した2007年中頃から、ロシアの経済を牽引していた新興財閥が打撃を受け、金融危機に伴い外国資本も一気にロシアから引揚げた。今まで貯め込んだオイルマネーが唯一の頼りとなっていたが、2008年後半になって原油価格も急落した。こうしたことが原因で2009年にはGDP実質成長率▲7.9%と、1999年以来のマイナス成長となった。この下落率は先進国で下落率最大となった日本の▲5.2%を大きく上回るものであった。ロシアは、日本とは異なり、対米の経済関係はほとんどなかったにもかかわらず、米国発の世界金融危機で最も深刻な経済打撃を受けたのは、まさに想定外の事態であった。

 もっとも、IMFの世界経済見通しによれば、ロシアのGDP成長率は2010年にはプラス4.0%、2011年には3.3%の高成長軌道に回復、原油価格次第ではさらに上振れするものと見られている(日本はそれぞれ1.9%、2.0%のプラス成長がIMFの予測)。

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2、ロシアの医療費と医療政策

 ロシアの医療政策、規制や管理は「保健・社会発展省(Ministry of Healthcare and Social Development of the Russian Federation)」が、保健(公衆衛生)、年金、労働関係、社会開発とともに主管している。 大臣はTatyana Golikova(タチアナ・ゴリコバ)女史(2010年6月現在)。③
 公立医療機関の大部分は同省の管轄下にあるが、それらの医療機関を実際に運営しているのは、連邦構成主体(州、地方、共和国)と地方自治体(市町村)などの行政府である。国防省など保健・社会発展省以外の省庁が管理している医療機関も若干存在する。

 国家統合予算(連邦予算、地方予算、国家予算外基金の予算を含む)における「保健・スポーツ歳出」予算額の大部分が医療費支出とされており、これ以外にはロシア政府が公表している医療費統計は存在しない。この額は、2005年以降大幅に増加し、表3に見られるとおり、2007年には約1.4兆ルーブル(6.5兆円)とGDPの4.2%に達した。2009年には総歳出が減少したが、公的医療費支出は1.7兆ルーブル(約5兆円、2009年はルーブルの大幅切り下げにより、円換算では減少)にまで増加し、GDP比では4.2%を維持している。

 この保健・スポーツ歳出予算のGDP比は、1997年~98年にはGDPの3.5%を占めていたが、1999年~2001年には平均1.9%に低下した。④  その後も2004年までは2%強で推移しており、2006年のOECDレポートが、「ロシアの総医療費は、自己負担の医療費・薬剤費を含め、2004年でGDPの4.5%程度、この比率1994年から10年間ほぼ横這いであった」と報じているところと符合する。このレポートによれば、この10年間に入院医療費主体の公的医療費支出はまったく増加せず、自己負担の医療費・薬剤費のみが若干増加したと分析されている。⑤

 ロシアの総医療費のうち、強制医療保険と公費負担による無償医療は6~7割程度に留まり、残りの3~4割は患者自己負担(医師への直接支払を含む)による有償診療と任意の民間保険でのカバー分とされている。公費負担のカバー率をこれ以上詰めることは困難ながら、たとえばRBC(Russian Business Consulting)誌は「ロシアの医療費負担は無料医療(公費+強制医療保険)が64%、患者負担(違法)が24%、患者負担(合法)が9%、任意医療保険が3%」と推定している。⑥ この比率からロシアの総医療費を推定すると、2008年が約2.4兆ルーブル(GDPの5.9%)、2009年が約2.6兆ルーブル(同6.7%)となる。この対GDP比率をOECD加盟国と比較すると、2007年の韓国6.3%、メキシコ:5.9%に相当し、日本や英国の1980年代の比率とほぼ同一水準にある。

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3、ロシアの医療保険制度

(1)制度の概要

 ソ連邦時代には、医療サービスは全国民に対しすべて無料で公的医療機関が提供していた。現在のロシアでも基本的にはこのシステムが継承されており、公的医療機関における診療費は原則として無料という建前になっている。

 医療供給体制面では、民間医療機関の参入が若干進んだほかは、公的病院中心でソ連邦時代と変わらない。一方、財源面では体制転換後ほどなく、1993年憲法制定の直後に行なわれた「社会保障の保険化」ともいうべき大きな変化が起こった。それは、社会保障給付のうち、国家予算から独立した別建ての「公的保険基金」によって給付される範囲が拡大された制度改革の結果である。すなわち、年金は「ロシア連邦年金基金」から、失業手当を除く社会的諸手当は「ロシア連邦社会保険基金」から、医療給付は「強制医療保険基金」から給付されることとなった。これらの3基金に対応した「統一社会税」26%(2010年現在)が原則として全額雇用者から徴収されている。もっとも、年金と社会的諸手当は、社会主義時代から保険原理で制度が構築されていたので、新たに保険化されたのは医療サービスだけである。医療給付は社会主義時代には全額国家予算によってカバーされていたので、これは大きな変化といえる。⑦ 

 現在の公的医療保険制度は全国民を対象とした強制加入保険となっている。財源としては統一社会保障税26%のうち医療基金充当分2.8%が充てられている。しかし、この料率は年金基金への充当率20%に比しても低く抑えられ過ぎたため、医療機関などからの支払い請求額の4割程度をカバーしているに過ぎない。したがって、基金の収支は常に赤字で、不足分については連邦構成主体や市町村の一般財源からの繰り入れによる補てんが常態化している。それでも、総医療費のうち、公的財源でカバーされているのは、さきに述べたとおり、総医療費の6~7割程度に留まっており、残余の3~4割程度は患者の自己負担となっている。慢性的な財源不足の結果、1993年制定のロシア憲法で保障されている無料医療の原則は完全に崩れている。

 ソ連邦解体後、有料の民間医療機関設置が認められ、大企業の経営者や高額所得者は民間医療機関を利用している。これに加えて、公的医療機関での受診は表向き原則無料であるが、現実には予算が削られてきたために、レントゲン・心電図などの諸検査については実際には有料とされている。また、医薬品については、現時点(2010年)で保険償還制度はなく、入院中の薬剤費は公費でカバーされているが、院外処方の薬剤費は100%自己負担となっている。ただし、社会的弱者層や難病患者へは現物支給が行なわれている。

 原則無料の公的医療機関受診でも、医師が診療の順番や薬剤の処方などをめぐって患者から金員を強要したり、救急搬送隊員が無償での対応を拒んで執拗に金員を要求したりする例が後を絶たないなど、医師の給与が低く抑えられていることもあって、医療サービスの最前線を担う医療従事者のモラル低下が深刻化している。⑧  要するに、医療費負担の基準が明確に定められておらず、無料診療と有料診療の料金体系は事実上医療機関や医師が恣意的に決めているのが実態のようである。このように弛緩した医療制度に対する国民の不満には根強いものがある。世論調査会社レバーセンターの調査では、国民の59%が「現在の医療制度に満足していない」と回答、「必要な場合でも質のよい治療を受けることができない」とする人は70%に達する(2006年8月調査)。また、「金銭的な理由で治療を常に諦めている」人は39%に上り、「時々諦めている」の30%と合わせ、7割近くが適切な健康管理ができていないと考えている(2005年5月調査)。⑨  政府は現在、このような歪みを是正すべく、医療費予算を大幅に引上げると同時に、診療報酬の標準化などの対策を進めている。⑩ 

(2)強制医療保険(OMS)

 ソ連邦時代の医療システムは中央集権的で、感染症対策や病院機能を重視し過ぎてプライマリー医療が疎かにされていた。体制転換後の1991年には、官僚的統制への反省なども踏まえて、国民皆保険を謳った「強制医療保険法」が制定された。この法律によれば、被保険者は保険証を提示さえすれば、全国どこの公立医療機関でも無償診療が受けられることになっている。しかしながら、実際の運営上は、居住地域の指定された診療所以外では受診できず、長時間の待ち時間が常態化している。⑪ 

 この法律に基づき、連邦OMS基金(Federal Fund for Mandatory Medical Insurance、FFOMS)と地域別のOMS基金(Regional OMS)が設立された。しかしながら、公的医療費の6割は市町村などからの財源で、地域OMSは残余の4割程度を負担しているに過ぎない。⑫ 

 このOMS基金とは別に「保険者」機関が設立されて、医療機関はこの保険者に診療報酬を償還請求する仕組みが作られた。この保険者は公的な組織でも民間組織でも構わない。当初はOMS基金の下部組織のような公的機関がおもに当っていたが、最近では民間の保険会社が受託するケースが主流となっている。機能としては地域のOMS基金や市町村と医療機関の間の資金授受を仲介するだけで、いわゆる保険者機能はほとんど果たしていないようである。当初意図された地域OMS基金間や保険者間の競争原理もほとんど働いていない。⑬ 

 OMS基金への拠出金は、統一社会税(賃金の26%)の一部として雇用者から徴収され、各基金に配分される方式が採られていた。医療保険の料率は2001年以降3.6%(うち地域OMS充当分;3.4%)、2005年には2.8%(うち地域OMS充当分2.0%)へ引き下げられた。2006年には3.1%(うち地域OMS2.0%)に若干引上げられ、2011年以降は5.1%と大幅に引上げられる予定である。また、2010年からは、統一社会税は廃止され、雇用者は各基金に直接保険料を支払う方式に改められる。無職の人、子供、高齢者などの非就労者については、各地方行政府が保険料を負担し、OMS基金に支払う。しかし、雇用者も地方政府も保険料を負担しないため、非常勤の就労者などOMSに加入していない国民も僅かではあるが存在する。⑭ 

(3)任意医療保険(DMS)

 OMSの医療サービスに不満足な人が自由意志で追加的に加入するもので、民間保険会社が保険商品の一つとして販売している。被保険者は保険会社が契約している民間医療機関で無料の診療を受けることができる。契約によって受けられる医療サービスの内容は異なる。

 ロシアでは全国民がOMSによる診療を無料で受けられ、同じ医療機関で追加的な有料診療も受けられる。したがって、個人でDMSに加入するのは一般的ではなく、DMSの90%以上が法人契約である。近年、福利厚生施策の一環として社員にDMSを提供する企業が増え、DMS市場は2005年以降年間20%~30%のペースで成長、年間の新規契約額は2008年には290億ドル(約3,000億円)に達した。2009年には、経済危機の影響で若干減少したが、今後は再び大きく伸びるものと予測されている。民間の保険会社はすでに70社以上存在するが、上位集中が進んでおり、上位10社が市場でシェアの60%以上を占める。⑮  最大手のSOGASグループはガスプロム傘下のロシア最大の保険会社であり、第2位のROSNOグループは世界最大の独アリアンツ傘下にあり、第3位のInGosStrakhグループは伊藤忠商事と提携している。

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(4)
医療保険制度改革の進展

 近年、ロシア政府は出生率の向上と死亡率の抑制を緊急の最重要政策課題として認識するようになった。2005年9月、当時のプーチン大統領は人口問題の改善に繋げるための2カ年計画として、教育、保健、住宅、農業の4分野を対象とする「国家優先プロジェクト」を打ち出した。

この「国家優先プロジェクト」では、当初①初期保健医療の充実と②高度医療サービスの提供を政策課題の柱として、健康診断の強化や診断機器の大規模調達が実施された。この2カ年計画終了後も、2008年には、③交通事故負傷者および心臓血管患者向け医療の充実、④血液管理事業の強化、⑤医療制度改革の3課題が加えられ、2009年にはさらに⑥健康的なライフスタイルの形成、⑦予防医療の推進、⑧専門医療へのアクセスと質の改善、⑨母子医療サービスの改善が加えられている。このプロジェクトに投入される予算総額は2010年には、1,448億ルーブル(約4,270億円)、2011年には1,514億ルーブル(約4,470億円)に達している。

ロシアの医療システムが抱える最大の問題点は、全国民に無料の公的医療サービスを保障しているにもかかわらず、現実には財源不足で慢性的に供給不足が続いていることにある。その主因は、強制医療保険(OMS)の保険料率が2.8%と低く抑えられてきたため、公的医療機関はその財源を医療保険からの償還だけではなく、地方予算、有償診療、寄付金など複数の収入源に依存せざるを得ない点にある。その結果、地域や各医療機関によって、無償で提供される医療サービスの範囲や質に差がついている。政府はこういった状況を改善すべく、OMSの全国共通化、診療の標準化、無償診療と有償診療の境界の明確化、保険料率の大幅引上げなどを含んだOMS制度改革法案を準備中で、2010年中の採択を目指している。院外処方薬の保険償還も検討課題となっているが、導入時期は未定である。⑯ 

4、ロシアの医療提供体制

(1)医療機関

 ロシアの医療機関は、病院と診療所に大別され、病院は入院施設を持つが、診療所は日帰り用のベッド以外には入院施設を持たない。公的医療サービスを受ける場合には、患者はまず居住地域の診療所にかかり、医師の診察を受けたうえで、必要と判断された場合に病院への紹介状が発行されるシステムとなっている。ただし、一部の病院は外来診察部門を持っている。

 体制転換後もロシアの病院は保健・社会発展省直轄の公立病院が主体で、表5にあるとおり病院数では95%、病床数では98%を公立病院が占めている。旧鉄道病院など一部の公立病院は民営化され、民間資本だけでの病院新設も認められているが、民間病院は公的医療保険OMS適用の治療は行なえないので、依然として病院は公立が主体となっている。

 公立病院の総数は、集約化により、ピ-ク時比ではほぼ半減しているが、医療機関の地域分布はおおむね人口分布に比例している。ロシアの国土面積は、米国の2倍弱、人口は1/2弱であり、ロシアの病院数6,545を約5,000の米国と比べるのは難しいが、病院の集約化は米国並みに進んでいると言えよう。人口1,000人当りの病床数は9.9床と、国際比較では表7に見られるとおりかなり多い。

 一方、診療所数は公立診療所の減少を民間診療所が埋める形で、総数は約21,000軒で横這いに推移していたが、近年は病院同様、公立の減少が顕著である。2005年の1診療所当り平均人口は6,514人で、英国・イングランドの平均人口6,250人(同年、GP診療所数8,451)とほぼ同じであるが、国土の広大さを考慮するとかなり少ない。高齢者や障害者施設数は着実に増加している。

 民間の診療所は、自費診療に限られ、歯科、美容整形、泌尿器科など小規模の単科が多い。民間診療所の収入は2003年以降年間10~20%以上の伸びを示しているものと見られている。MEDSI社など大都市を中心にクリニックをチェーン展開している企業もある。⑰ 

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(2)
医療従事者

 人口の減少にもかかわらず、体制崩壊前から高水準であった医師の数は徐々に増えており、表6のとおり人口1,000人当り4.54人(2008年、歯科医師を含めると4.96人)と世界一の多さである。もっとも、旧い知識や技術しか持たない医師も多く、医師の多さが質の高さを意味するものでないと言われているが、質の問題は施設の老朽化や高度医療機器の不足にあるとする説もあり、真相は分からない。医師資格を得るためには、大学の医学部や医科大学で最低6年間の専門教育を受けたのち、1~3年間の臨床研修が行なわれている。⑱ 

 看護師の総数は1百万人を超えているが、恒常的に不足している。国際比較で見ても、表7に見られるように、人口比ではかなり少ない。看護師、助産師、臨床検査技師などになるためには、公立の医療専門学校で3~4年間の教育を受けるが、大学での教育も行なわれている。 

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参考引用文献一覧

① ウィキペディア「ロシア」http://ja.wikipedia.org/wikiの記述要約を基に筆者構成
② 2010年5月20日、GBグローバルECS調査部刊、「BRICsマンスリー」Issue No.10/03
③  http;//government.ru/eng/power23   
④ 2005年、国連開発計画刊「人間開発報告書」
⑤ 2006年11月27日、OECD刊、"Economic survey of the Russian Federation 2006. Chapter 5: Reforming Healthcare"
⑥ 2008年、「RBC」誌 No.7(原データはMEDSI グループ)
⑦ 2003年、「海外社会保障研究」秋号No.144、篠田優「ロシアにおける社会保障」p43 
⑧ 2007年10月、「健保連海外情報」NO.76、健康保険組合連合会・高智英太郎「ロシア・保険医療サービスの正常化に期待は膨らむも現実は?」p8
⑨ 2008年11月10日、日本経済新聞出版社刊、井本沙織著「ロシア人しか知らない本当のロシア」p115 
⑩ 2010年3月、社団法人・ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所刊、「経済危機後のロシア市場~医療事情と医療機器市場の動向」p16
⑪ 上掲書p17
⑫ 2007年1月15日、OECD Working Paper ECO/WKP(2006)66"Healthcare Reform in Russia:Problems and Prospects"by William Tompson p9
⑬ 上掲書p10
⑭ 2010年3月、社団法人・ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所刊、「経済危機後のロシア市場~医療事情と医療機器市場の動向」p17
⑮ 上掲書p17
⑯ 上掲書p21~23
⑰ 上掲書p12~14
⑱ 上掲書p14

(2010年8月10日、医療経済研究機構発行"Monthly IHEP"No.189,p24~32所収)

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