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<書評>慶応義塾大学教授 印南一路著「社会的入院の研究~高齢者医療最大の病理にいかに対処すべきか」

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 介護保険制度が定着しても、高齢者の「社会的入院」が一向に減らないのはなぜか、この問題は「新しい」問題として認知されなければならないというのが著者の認識の原点である。「社会的入院」は単なる長期入院ではなく、社会的妥当性を欠く不適切な入退院であると捉えて、その病理を明らかにしている。

 本研究による実態把握の結果、ストックとしての社会的入院は一般病床に17万人(全高齢患者の38.1%)、療養病床に15万人(同51.0%)と推計され、フローとしては毎年51万人の社会的入院患者が新規に流入していることも判明した。この社会的入院患者が介護施設に入所した場合には、約1.5兆円の医療費が適正化されると推計されている。

 しかしながら、本研究の成果はこのような数値にあるのではなく、社会的入院は何よりも不適切な「医療の質」の問題であることを具に実証している点にある。社会的入院によって、当の入院高齢者が廃用性症候群に陥って身体機能・精神機能が著しく低下し、寝たきりになったり、認知症を発症したりして、その後の人生が狂ってしまうリスクが高いのである。

 わが国にだけしか存在しないこの社会的入院は1969年に東京都が打ち出し、73年には厚労省も追随した老人医療費無料化に端を発しているが、高齢者によかれと考えて打ち出されたこの施策が、東京都が介護難民を他県にまで輸出する事態に進展しているのは歴史の皮肉である。本書の考察で、この施策が適切な介護サービスを必要とする高齢者を一般病院へ追い込んだだけではなく、供給サイドにも低密度の医療しかできない病床数の過剰を定着させたことが明らかにされている。

 多面的な原因究明を通じて、本書は八つの具体的な政策提言を行っている。保険者機能強化の面では、①入院審査・退院審査制度の導入などによる入退院の適正化、②延命処置などに対する本人意思の確認制度の導入、③被保険者への啓蒙・教育の徹底を提言している。

 制度強化の観点からは、④病院機能評価と診療報酬の連動による医療&ケアの質の向上、⑤罰則規定の導入による不適切な入退院の排除、⑥自己負担率を5%に引下げるといった在宅療養へのインセンティブ付与による病院志向の是正に加え、⑦一般病床を廃して「急性期病床」を創設することと、⑧高齢者向けの医療介護複合施設の導入を提案している。

 一言で言えば、低密度医療&ケアから脱却し、高密度医療&ケアに転換するということである。著者はこのような改革が、現在の医療費水準、医業収入水準を変えることなく行うことが可能であると主張する。

 昨今では、産婦人科医・小児科医の不足や救命救急体制の不備が医療崩壊として問題視されているが、高齢者医療や介護問題の方が中長期的にはより深刻である。本書のような問題提起が少ないのが、医療危機の真因ではなかろうか。

慶応義塾大学教授 印南一路著「社会的入院の研究~高齢者医療最大の病理にいかに対処すべきか」  ■東洋経済新報社刊、定価;本体3,600円+税

評者;医療経済研究機構専務理事 岡部陽二

(2009年5月4日,㈱法研発行「週刊・社会保障」5月4~11日号、第63巻2529号 p86 所収)

 

 

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