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簡約「医療サービス市場の勝者」~米国の医療サービス変革に学ぶ~

 
本書翻訳の動機


 「金融ビッグバン」に擬えて「医療ビッグバン」という理念も目的も今一つはっきりしない表現が横行している。金融ビッグバンやそれに続く企業会計ビッグバンは、わが国の官民癒着、業者保護の規制システムを透明、公平で自由な国際的にも通用する市場原理主導の競争社会に改めようとする改革である。要するに、アングロ・サクソン・モデル、すなわち英米型への転換である。

 ところが、医療制度や慣行についてみると、アングロ・サクソンといっても英国と米国のシステムは全く逆の方向に動いており、他の先進諸国と比べても英米両国が両極端に位置している。たとえば、国民医療費の対GDP比率(OECD Health Dataによる1997年実績)でみても、先進24ヵ国中米国の14.1%が最も高く、英国の6.7%が最下位である(わが国は7.3%で18位と英国に近い)。それでは、わが国の医療ビッグバンではこの2つの全く異なったアングロ・サクソン・モデルの何れを範とすればよいのであろうか。

 広島国際大学に奉職して国際経営論の講義で医療システムの国際比較を試みる段になって、このような問題意識でまず14年間在勤した英国のナショナル・ヘルス・システム(NHS)を調べてみた。このシステムには少なくとも現状では問題点ばかり目につき、反面教師としてはともかく、学ぶべき点は少ない。もっとも、ブレアー政権はNHSを再編強化し、医療費の対GDP比率を最終的には9%にまで高めるという意欲的な施策を実行に移しつつあるので、今後の推移がみものである。

 一方、米国に目を転じると、米国の医療費はべらぼうに高く、その原因は病院や医師の営利主義と、公的保険がないことにあり、あまりわが国の参考にならないと一般には思われている。ところが、実情を調べてみると、このような通説はいわば思い込みであって、客観的な根拠はない。むしろ、意外にわが国の医療システムと似通っており、学ぶべき点が極めて多い。

 まず、病院の経営形態をみると、両国ともに3割弱を国公立が占めるが、残りの7割強のうち、米国では営利企業の所有は1割強で、残りの6割余はすべて教会や慈善団体が経営し、税金も課せられない純粋の非営利法人である。これに対し、わが国ではそのほとんどが民間の経営で、非営利が建前であるものの法人税も課せられており、実体的には営利性が強い。

 次に、医療保険では米国でも総人口の25%を占める高齢者と低所得者については、各々医療費全額が税金で賄われており、総医療費の45%が税金で賄われている。それ以外の大多数の国民については、企業や団体組織が保険料全額を負担する民間医療保険でカバーされている。患者負担は約4,000万人の無保険者を含めても精々全体の2割程度に留まっている。一方、わが国の医療保険は公的負担で約3割、企業等と個人の原則折半負担の保険料で5割が賄われている。保険でカバーされない医療費を含めた総医療支出のベースで見ると患者負担は2割強になる。すなわち、わが国の国民皆保険は公的保険と称されているものの、財源の半分近くを個人が保険料と自己負担の形で負担することによって支えられている。

 このような国際比較を模索している矢先に、米国で2年前に出版されたハーバード大学経営大学院レジナ・E・ヘルツリンガー教授著の「医療サービス市場の勝者」が2年間続けて7万部を超える時事問題書のベストセラーとなり、医療関係者以外でも広く一般の人々にも読まれていることを知った。著者の主張は、先入観を排した客観的な根拠に基づいて従来の通説に真正面から挑戦する姿勢で貫かれている。本書は米国でも医療分野の生産性は低く、改革が遅れていることに警鐘を鳴らしており、わが国の医療制度改革を考えるうえにおいて大いに役立つ文献と考えて、翻訳出版に踏切った次第である。

 本書は序文、本書の要旨に次いで4部12章で構成されている。訳者竹田悦子さんの協力を得て、本号では「本書の要旨」を、次号で「第一部」「第二部」を、以降の号でそれぞれ「第三部」と「第四部」と計4回に分けて、各章ごとのポイントを絞った解説を試みた。皆様方にはぜひ本書を通読いただいて、忌憚のないご意見をお聞かせ願いたい。 

本書の要旨(著者の問題意識)

●トヨタのある車種の故障率は簡単に調べられるが、自分の居住する地域で患者の術後生存率が最も高い心臓外科医を調べるには、莫大な調査努力を要するのはなぜか?

●ほとんどあらゆる商品が、深夜でも電話一本で買えるこの時代に、ちょっとした病気を診てもらうのに半日も仕事を休まなければならないのはなぜか?

●マクドナルド社は毎日全米10,000ヵ所以上にも及ぶ店舗で無数のフライド・ポテトを完璧に作っているが、病院では腎臓摘出や足の切断でも左右を間違えることがあるのはなぜか?

●あるHMO(医療機関の監視を意図した会員制医療保険団体)では、瀕死の女性患者に対して救命の見込みのある治療を拒絶しながら、同じ年にそのHMOのトップが退職した時に、1,800万ドルもの退職一時金が支払われているのは、なぜか?

 私たちはシステムとして機能していないこの医療システムを甘んじて受け入れるしかないのであろうか。医師は「医療は特殊」と言って、マクドナルドとの比較に眉をひそめる。だが、医療分野は他の経済分野と異質なのか?医療システムの問題は、医師任せ、あるいはマネジドケア任せでよいのか。いずれも否である。医療システム改革の鍵は、病院・医師と消費者(患者)の直接交渉で成立する医療市場に消費者主導の新しい風を吹き込むことにある。

 今、米国の医療システムには、否応なしに大きな変革が起ころうとしている。その進む方向は、専門分野に的を絞り込んだ「医療フォーカスト・ファクトリー」を中心とする便利な医療である。当然にそのシステムは診療科目ではなく、患者のニーズに応える疾患別の編成となる。また、情報に基づいた、賢い選択ができるように、新しい情報源も整備されるだろう。健康の自己管理に役立つ新しい支援態勢も望まれる。新しい医療技術も重要な役割を果たすに違いない。

 こうした変革の原動力となるのは、ショッピングより仕事を生きがいとする多忙な米国人である。小売業はすでに消費者の要求に応えるべく自己変革を行ってきた。「ドゥ・イット・ユアセルフ」の動きも盛んである。製造業における巨大企業も競争の圧力を受け、本業以外の過剰な生産力の整理縮小を進めている。また、消費者ニーズに応えるサービス業の成長も目覚しい。マクドナルド社は、サービス向上に絞り込んだ「フォーカスト・ファクトリー」の鑑であり、一貫性、信頼性、礼儀のよさ、低価格、清潔さ、迅速なサービスを実現している。

 新しい医療システムのもとでは、多くの勝者と敗者が生まれるだろう。情報を持った働き者の消費者は勝者となる。高齢者層や医療費負担にあえぐ雇用者や連邦政府、重症患者、無保険者も利益を得る。才能と情熱を持った医療経営者や起業家らもこの変化を歓迎するだろう。

 一方で、患者は耐えるべしとする医師、患者の要求に「とにかくノーと言う」ことを旨とするマネジドケア、垂直的に統合された巨大医療システムは敗れ去るだろう。

 本書では、理念を持った指導的な会社やその管理手法を検証しつつ、彼らの成功の秘訣と、変革をさらに促進する原動力を探っていく。 

第一部 消費者の望むもの--利便性と自助能力

第一章 消費者革命

 多くの分野で米国の産業改編をもたらしたのは、勤勉で教育水準の高い新世代の消費者であった。現代の消費者は忙しく賢く自己主張が盛んになり、安さと品質以外に利便性や迅速性、そして自助能力と情報を求め始めた。こうした要求が、スーパーストアの隆盛、消費者雑誌等の情報源の人気が示す通り、米国の小売業・サービス業・製造業を一変させた。

第二章 患者が耐えるのをやめる時

 だが、この消費者の声は、医療の世界に届いていない。顧客を「ペイシェント(受難者)」と呼び、「不便で何が悪い?」と反論する。だが、医療の不便さは人々の時間を奪い、予防的医療を受ける機会を奪い、健康を損ない、医療費を押し上げる。たとえば、ジョンソン・アンド・ジョンソンの従業員家庭では、2歳児で適切に予防接種を受けていたのはわずか45%だった。1983年から91年にかけて医師の予約待ちの時間は40%伸びた。HMOの大半は簡単な問合わせにも満足に回答しない。

 医療システム全体の不便さはさらに深刻だ。患者は不十分な情報をもとに、必要な医療を自分で組み合わせるしかない。疾患ごとの専門医療機関がない。慢性疾患の患者への支援態勢がなく、高価な救急病院が必要以上に利用される。医療システムは消費者ニーズではなく提供側のニーズで作られている。これは経済全体に損失をもたらし、労働生産性をも低下させている。

 一方、眼鏡や一部の歯科医療など、消費者自身が自分の財布から直接払う分野では、利便性を高める改革が急激に進んでいる。ミッドアメリカ歯科聴力視力センターは量産と専業化により、義歯を低料金でその日のうちに作る。また、各種の眼鏡店が競合する眼鏡やコンタクトレンズは値段も手頃で便利だ。こうした競争的環境が生まれるまでには、法の壁を打ち破る粘り強い闘いがあった。

 経営の壁もある。ショッピング・モールで予約なしの手軽な医療サービス提供を目指したヘルスストップの失敗は、既存病院からの攻撃をかわせず、医師への報酬体系もまずかったという経営手腕の欠如による。同様の問題を乗り越えたサービス業に学ぶ必要がある。

 わずかながら、利便性を高めた医療ベンチャーの成功例もある。だが、癌専門の医療チェーン、サリックヘルスケアのサリック博士のように医師が経営の才覚を備えているケースは稀である。他業界で経験を積んだ経営の専門家がもっと進出できるように、消費者自身が声を上げ、制度の壁を崩し、規制を撤廃させていくことが必要だ。

第三章 我に自助能力を、さもなくば、死を! ~健康増進に励む人々

 顧客は今や、情報と選択と主導権=「自助能力(マスタリー)」を求めている。指図ではなく情報とサポートがほしい、自分の問題は自分で決定したいのだ。そうした変化が、食事に気をつけ、禁煙や運動に励む健康積極派の増加をもたらしている。これは将来、医療コスト軽減につながる歓迎すべき動きであろう。まだ破壊的生活習慣を断ち切れない人々に対しては情報と支援が欠かせない。

 現代人は専門家の言いなりではなく、幅広い情報源を求め、自分で判断しようとする。代替療法の利用の伸びがそれをよく示している。この流れに医療の提供側はもっと敏感になる必要がある。女性の主体的なお産のサポートを掲げたノースショア出産センターは草創期には、親病院の意向と衝突して大いに苦労した。顧客の自助能力を高めて成功した健康食品店のブレッド・アンド・サーカス社のような起業家の手腕を医療業界にも取り入れる必要がある。

第四章 利便性と自助能力をもたらす医療システムとは

 私たちが目指す未来の医療システムを描いてみよう。子供の皮膚に水泡が出たとする。母親が自宅のコンピューターに症状を打ち込むと、瞬く間に一応の診断が出る。医師や薬局とEメールで連絡を取り合い、まもなく自宅に薬が届く。最寄りの医療機関やその医療の質に関する情報も豊富だ。スキンケア・センターのような専門医療機関が便利な場所にあり、専門のスタッフが揃っている。・・・・・・しかし、現状は理想には程遠い。医療情報は不毛で、患者も企業も目隠しで買物をさせられている。

第二部  医療費支払人の求めるもの-医療の質と低コスト

第五章 生産性革命への選択肢

 米国の医療は両極端の矛盾した性格を持つ。世界最高水準の先端医療技術を持ち、重症患者や高齢者の医療にも手厚く、待機手術の待ち時間も短いなど、先進諸国でも群を抜いて国民の満足度が高い。その一方で財政を圧迫する医療費の高騰とその非効率ぶりはすこぶる評判が悪い。問題は、米国の医療の長所をつぶすことなく、いかにコストを抑え、効率を高めるかである。それには、ダウンサイジング、アップサイジング、リサイジングという三つの処方箋がある。

第六章 ダウンサイジング--「とにかくノーと言う」ダイエット

 まず、他産業でも効果が否定されたダウンサイジングの代表格、マネジドケア組織による医療費の抑制は、病人の医療ニーズを切り捨てて保険者の利益を図るもので弊害が大きい。HMOはもともと健康維持組織の略で、病気の予防や検査が重点だったが、1980年代以降医療費抑制を目的とする組織に変質した。HMOとかマネジドケアはシステム分析に基づいて保険会社から見た「不適切」な医療に「ノー」と言う仕組みである。見かけの「安さ」は、必要な医療サービスの出し渋りを疑わせる。マネジドケアでは従来型の実費補償保険よりも、保険料1ドル当たりの医療費そのものにかける割合が小さく、役員報酬など管理費用に当てる割合が大きい。骨髄移植など「実験段階」の治療をHMOから拒まれる例は跡を絶たない。マネジドケアに医療費抑制効果があるとしても、「有意思医療機関排除禁止法」などの法律制定の動きはその効果を鈍らせるだろう。また、マネジドケアの中でも、コスト抑制効果の高いスタッフ・モデルやグループ・モデルより、加入者の選択の幅が広いタイプが市場シェアを伸ばしている。

 HMOの老舗カイザー・パーマネンテ社の低迷は「合理化」の効果を疑わせる。マネジドケアには安い加入料金や無料の定期検診など魅力も多いが、コスト抑制効果には大いに疑問がある。

第七章 アップサイジング--「大きいことはよいことだ」というダイエット

 逆の戦略もある。フォードが1914年に作った巨大自動車工場以来、米国では拡大路線が熱心に信奉されてきた。医療業界にも、病院やPBM(薬剤給付管理組織)の統合が急激に進んでいる。だが、統合は改革の切り札だろうか。

 統合には、水平統合と垂直統合がある。水平統合は、経営上、比較的容易で若干の成功例もあるが、節約効果は期待されたほどではなく、市場独占による弊害が大きい。一方、垂直統合は「シームレス(縫い目のない)」な医療サービス提供を目指して、医療保険会社、病院、開業医グループなど異なる事業を統合するものだ。ミネアポリスの医療サービス購入団体が推進した垂直統合は初期の成功例とされたが、期待した節約効果が上がらず、価格競争や医療サービスの差別化も起こらず、のちに方針転換した。垂直統合したIBMものちに大規模な縮小整理を行い、GMも周辺事業の整理を検討している。製造業では現在、大量生産方式に代わって、「セル(細胞)」と呼ばれる小さいチームで完成品を作る試みが盛んである。

 デビッド・ジョーンズのヒュマナ病院の苦闘は、垂直統合に伴う経営上の困難を示す格好の例である。豊富な資金を集めたこの病院の水平チェーンは一時期大いに成功した。だが、病床稼働率が落ち、立て直しのために始めた医療保険会社と開業医のネットワークという異種の事業の統合に失敗し、病院を手放した。ヒュマナの教訓は、借りられるものは買うな、不振な事業を守ろうとして垂直統合を行うな、とにかく得意分野を絞り込め、の3点に尽きる。

 大企業は小回りがきかず、変革が遅い。経営管理が困難で、存続に大量の資金がかかり、組織内のネットワーク維持に手間がかかる。また、大企業は競争を抑制する。巨大組織は、無駄のないファイティング・マシーンどころか、恐ろしく金を食う怪物である。

 以上のように、アップサイジングもダウンサイジング同様、医療システムの長所を保ちながら、コストを抑える戦略としては期待できない。 

第三部 医療システム改革のための有効な方策 ~医療フォーカスト・ファクトリーと医療技術

第八章 リサイジング  ~「脂肪を筋肉質に変える」ダイエット

 ダウンサイジングもアップサイジングも有効でないとしたら、残る方法はリサイジングである。しかし、これは脂肪だけを落として筋肉質の身体をつくる最も難しいダイエットだ。この章では、ショルダイス病院、マクドナルド社、トラクターメーカーのディア社を例に、この問題を検討する。

 トロントのショルダイス病院は、腹壁ヘルニアの専門病院である。同院の人気の秘密は「フォーカスト・ファクトリー」方式の明確な絞り込みだ。一人の外科医が年平均600回のヘルニア手術を行い、技術は超一流で料金も手頃だ。その成功の陰には、細部まで入念に練り上げられた統一的なオペレーション・システムがある。

 米国の医療システムには、フォーカスト・ファクトリーが生かせる可能性が豊富にある。

フォーカスト・ファクトリーという言葉は製造業で生まれた。生産性向上のために多くの製造会社が、限られた製品群に絞り込んだ工場を作り、アウトソーシングを進めた。イーストマン・コダックの変革も成功例の一つである。

 サービス業界でも、マクドナルド社をはじめ、フォーカスト・ファクトリーの例にこと欠かない。ショルダイス病院とマクドナルド社には、目標の絞り込みと細部へのこだわり、プロセス工学に基づくオペレーション・システム、周到な人材管理、よく練った技術といった驚くほどの共通点が見られる。これに匹敵する細心の注意が、医療サービスに払われているだろうか? ショルダイス病院や心臓外科医デントン・クーリー博士のテキサス心臓研究所のような先駆的な医療機関はむしろ例外であろう。

 従来型の医療機関と比較して、医療フォーカスト・ファクトリーには分散によるディメリットもあろうと思われるかも知れない。しかし、フォーカスト・ファクトリーでも、従来の総合病院が提供してきた複数の専門にまたがる専門医のチームワークは損なわれない。それどころか、患者ニーズにもとづいたすべての資源が常に揃い、癌のフォーカスト・ファクトリーなら、腫瘍専門医による癌の診断や治療以外にも、心理療法、治療費の相談から、入院や在宅サービスまでカバーする。

 最近増えている「カーブ・アウト(切り分け)」は、複数の医療機関が特定のサービス受託を、医療保険会社との間で定額契約するもので、フォーカスト・ファクトリーの初期形態とも言え、今後が期待される。

クリニカル・パスは、入院日数の短縮、資源利用の効率化などによるコストダウンを目指す。フォーカスト・ファクトリーは単なるコストダウンよりも、医療の質と生産性の向上を目指す。

 今後、医療フォーカスト・ファクトリーが少数しか生まれず、利用が困難との心配は無用だ。多額の投資を要さないので、一つの地域に多数の施設を設置できるからだ。

 逆に増え過ぎる心配も無用である。高額な医療費を要する病気や患者は比較的少数である。そこに焦点を当てたフォーカスト・ファクトリーを作るだけで、かなりの効果が挙がる。

 一般的な医療診断を専門に扱うこともできる。有名なメイヨ・クリニックが典型である。

 医療フォーカスト・ファクトリーが、特殊なニーズを切り捨てて標準的で楽にもうかる部分に集中しないか、という心配も不要である。他の商品で一般化している分業がここでも機能するだろう。

医療システムの細分化が進んで利用しにくくなる心配もない。合併症の治療などはむしろ医療フォーカスト・ファクトリーの強みであり、医療フォーカスト・ファクトリーをネットワーク化した「バーチャル・システム」も生まれるだろう。

 すでに医療フォーカスト・ファクトリーへのベンチャー・キャピタルの投資も増えている。フォーカスト・ファクトリー型の医療機関が、定額の人頭払いで企業や保険会社と契約を結ぶケースが増えている。

 開業医グループが、定額の人頭払いで保険会社の機能を担えば、医師はマネジドケアから自由になり、顧客も「ゲートキーパー医」を訪ねなくてよくなる。

 医療フォーカスト・ファクトリーの成功は間違いない。第一に、提供する医療の質が高い。第二に、不要な投資を抑えてコストダウンできる。第三に、価格やサービスの質を容易に比較できる。第四に、医療システムの欠陥による不要な医療支出を大きく削減できるからだ。

 以下の未来図をご覧頂きたい。...企業の医療購入担当者が、関係医療機関に主な病気や処置について、従業員5万人の包括的診療費の見積もりを依頼すると、1,000件を越えるフォーカスト・ファクトリーから入札があった。クオルメッド・プログラムで入札した医療機関の評価を調べる。一人の患者に必要な治療のすべてを包括する見積額が出ているので、比較は容易である。数ヶ月後、購入担当者はすべての医療契約を締結する。購入しているものの中身を知っていることはもちろん、それを安い価格で購入できたのである。...

 このように利用者にとっては利点の多いフォーカスト・ファクトリーだが、既存のマネジドケア組織には歓迎されないだろうし、現在の米国の医療システムの中では違和感なく収まる場所がまだない。賢くなった消費者の影響力が変革の原動力として期待される。

第九章 リサイジングと技術の役割

 日常購入する商品やサービスの中で、支払額に照らして最も値打ちがあると米国人が考えるものは何か? 一位は鶏肉、最下位は病院医療費である。鶏肉、車、コンピューターでは過去30年に、目を見張る高品質化と低価格化が進んだ。技術革新はさまざまな分野で、コストを引き下げてきた。

 医療技術も例外ではなく、技術革新はコスト抑制効果を持つのである。

 今や、MRI、CTなどの機器や局部麻酔が発達し、身体に優しい低侵襲のMIS手術や処置が急速に普及し、大きな傷跡や長期の入院は減ってきた。例えば、大掛かりな冠動脈バイパス手術に比べ、カテーテルを使った冠動脈形成術は局部麻酔だけで外来で簡単に行え、コストも低い。

 確かにMIS手術の普及によって手術を受ける人が増え、たとえば、胆石治療全体ではコストが増加したように見える。だが、「価格」ではなく実際の「コスト」を見ると増加していない。ワクチンや薬効の向上も医療費を大幅に抑えてきた。

 病院医療費がこれほど高いのは、米国の病院が使いもしない高度医療機器や空いたベッドを抱えすぎているからだ。MRIやCTの普及台数(人口比)は諸外国と比べ、突出している。1995年の病床稼働率は59.5%であった。

 病院のコスト全体に占める管理費用の割合も増加している。大半が非営利だが平均利益率は5.4%。一流医師を迎えるため、ハイテク機器と建物の新築に何十億ドルも費やす。病床稼働率が低下しているのに、なぜ、こんなことが可能なのか?

 それは病院への支払を、顧客ではなく、保険会社政府といった第三者が行うシステムだからだ。少々高い買い物をしても、自分の懐は痛まない。第三者支払システムという土壌に、無駄な医療設備が増殖を続けている。

 医療の技術革新は本来、コスト抑制につながるはずのものである。競争の激しい医療機器・医薬品業界からは、新時代の先駆けとなるような真に革新的な技術が次々と生まれ、人々を苦痛と死から救い、経済全体の生産性を高めていくであろう。

第十章 リサイジング達成への道 ~ディア社の場合

 トラクターメーカーのディア社は、生産性向上によって増収、賃上げ、製品価格の維持を同時に果たした。

 業績が落ち込み、赤字に転落した1980年代前半、ディア社は大半の工場を存続させ、再編に取りかかった。まず、機能単位の組織を廃止し、何百もの小さな製造単位「セル(細胞)」の組織にした。一つのチームで一つの構成部品を完成させる。生産ラインも大幅に短縮され、社員の責任感と誇りが増し、品質と生産性が向上した。

 また、事業内容を徹底分析し、アウトソーシングを進めた。技術への重点的な投資を行なう一方で、部品の標準化による弾力的製造システムを取り入れた。情報にも投資し、CAD-CAMの統合を達成した。人材育成にも力を入れ、従業員に新しい明確な役割と権限を持たせた。

 ディア社から学ぶべきは、同社が拡大より圧縮、そして得意分野への徹底した絞り込みを選び、変革の際にその真髄を守りぬいた点である。医療分野においても、ディア社の変革をお手本にフォーカスト・ファクトリー型の医療機関を作ることが変革の鍵になるだろう。

第四部 いかにして医療システム改革を実現するか

第十一章 消費者がコントロールする医療保険システム

 これまで述べてきたような医療システムの革新を加速させる力を持つのは誰であろうか? それはあなた方医療サービスの消費者をおいて他にない。政府が医療制度を管理する国々では、患者が必要と思う医療を十分に受けられないという不満が強い。例えば、英国やカナダでは医療サービスの待機者リストが問題になっている。医療へのアクセスの遅延、専門医への受診制限、予防医療の欠落がもたらす「節約」は見かけだけに過ぎず、経済全体では費用増をもたらしている。

 では、米国の医療システムでは、なぜ、一般の市場のような消費者によるコントロールが働かないのだろうか。それは、所得税法上、消費者を市場から除外する次の規定による。

1、医療保険に団体加入する企業は、法人税申告の際、その保険費用を収入から全額控除できる。だが、個人加入の場合はこの限りではない。

2、雇用主から医療保険の便益を受ける従業員は、この保険価値受取額については所得税が課税されない。

 このため、従業員は賃上げより医療保険での受取りを歓迎し、その医療保険を自分で選ばず、雇用主に購入してもらうことを望んできた。これを正すには、医療システムへの税制上の優遇措置の対象を雇用主から消費者に移し、現在雇用主が保険者に払い込んでいる資金を直接被保険者の手に渡す必要がある。

 その場合、被保険者はどんな保険を掛けたいと思うだろうか? 多くの調査では、破滅的な高額医療費から生活を防衛してくれる医療保険が最も強く求められている。このタイプの保険は、一定の免責額を越えるまでは相当額が加入者の自己負担となるので、医療費抑制の効果も期待できる。

 支給額の決定には、特定の地域の住人にはすべて一定の保険料率を課す「地域料率方式」と、被保険者の健康状態に応じた保険料率を設定する「経験料率方式」があるが、後者の方式がよいだろう。前者は一見公平に思えるが、これは病人の加入を避けて健康な人だけを選ぼうとする保険業者側の逆選択を招く。

 企業など雇用主が支払っていた医療保険料を非課税で従業員に移転するには、(1)従業員が受け取った医療保険手当を医療預金口座に預け、そこから医療保険料と自己負担分の一部を支払う方法と、(2)移転額にかかる所得税の還付を受ける方法がある。税額還付方式のほうが公平性が高いが、医療預金口座方式をとれば消費者が自らの医療費支出により敏感になる。最終的にどちらをとるかは政治的決断となるだろう。

 医療保険加入を任意にするか義務化するかだが、任意にすれば主たる加入者は病人ということになる。病人しか加入しなければ保険料はとてつもなく高くなるため、妥当な金額の医療保険プランの存在を確保するために義務化は不可欠である。

 強制加入にする保険プランは、一定の種類のものにする必要がある。保険の目的は、経済的破綻から人々を守ることであるから、人々が無理なく自己負担し得る額を超える医療費を全額カバーするものでなくてはならない。医療保険料を収入にリンクさせ、所得税の税率区分ごとに納税者が自己負担すべき免責額を決定し、内国歳入庁が納税者に医療保険の保険料を支払った証拠の提示を求めればよい。

 所得に応じて適用範囲を変えるより、最低限保障すべき内容を特定したパッケージ型プラン、もしくは自己負担額を一律にして万人に同一レベルの保障を行うプランがよいという意見もあろうが、いずれも、消費者コントロールが有効に働かないという欠陥がある。前者では、消費者が標準パッケージに含まれるかどうかで医療機関を選択するようになるうえ、標準パッケージの内容は政治の影響を色濃く受けることになる。自己負担額を一律にする後者のプランでは、誰もが負担できる額に引下げられ、大多数の消費者がよい買物をしようという意欲を失うことになる。

 医療保険を消費者がコントロールするシステムでは、事務コストが莫大になるという反論もあるが、コストは標準化によって下げられる。行政の監督なしにバーコードの標準化を果たした食品業界がよい手本である。

 米国人に果たして自分で医療保険を選択する能力があるのかという意見もある。適切な選択のためには、確かに今より相当多くの情報が必要だが、消費者が医療市場をコントロールするようになれば、情報は爆発的に増え、選択は容易になるだろう。なるほど、すべての人が最高の選択をするとは言えないが、オピニオン・リーダーが賢い選択をしている限り、不良品や詐欺的商品の被害は最小限に食い止められることは、パソコン業界の例を見ても明らかだ。

 政府が担うべき役割は、(1)資金の移転を確実に実行させる、(2)消費者に最低必要な適用範囲の医療保険プランに確実に加入させる、(3)消費者が医療保険を評価するための情報の妥当性を民間の専門団体を通して監査する、(4)保険会社の財務の健全性についても監査する、(5)消費者や保険業者の不正があれば厳しく対処するといったことである。ここでも、ジョンソン・アンド・ジョンソン社の権限委譲型の組織運営が、お手本になる。

 消費者がコントロールする医療システムでは、平均的な米国人の家族が受け取る年間の医療手当額は約6000ドル(約70万円)になる。これで、現状のままの低額医療の免責額400ドル、一定比率自己負担額の上限2000ドルの医療保険パッケージに引き続き加入することもできるし、もっと低価格の医療保険に加入することも可能である。

 政府コントロール方式は、医療費を一定範囲に収めるには極めて有効だが、政府は起業家との相性が悪い。医療機関が努力してコストを下げても、政府からのお返しは翌期の予算割当が削減されるだけであるから、コストダウンへのインセンティブは働かない。

 マネジドケア組織が支配する市場にも、革新は期待できない。小規模な医療ベンチャー企業では、大規模なマネジドケア組織のニーズは満たせない。逆に、大企業は変革に疎いので、大規模な垂直統合型の医療ベンチャー企業もうまく行かないだろう。

 医療費問題の多くは、医療費を支払っているのが通常、保険会社か政府機関という利用者以外の第三者であるという事実から生じている。消費者がコントロールする方式は、消費者による監視を復活させる。

 医療サービスの購入を、自分に代わって政府やマネジドケア組織にやってほしいとあなたは思うだろうか? なぜ自分の医療という大切な買物を、他人任せにするのか? 医療システム変革への鍵は、消費者が医療システムをコントロールすることにある。

第十二章 実現の条件 ~新しいルールと手掛り

 最後に、医療機関、医療費支払人、そして医療サービス利用者のすべてが最大の利益を得るための新しい手掛りを挙げ、本書の結びとする。

医療機関のための手掛り

●顧客を大切にすること
●とにかく得意分野を絞り込め
●全体として統一のとれた運営システムを
●エディフィス(建造物)・コンプレックスを克服せよ
●値上げをするな、コストを下げよ
●技術を賢く使え
●ドグマ(教義)に振り回されるな
●倫理的であれ
●統合するなら縦より横に
●自分とライバル双方の業績を評価せよ

医療機器開発者のためのルール

●とにかく得意分野を絞り込め
●二番煎じを追放せよ
●「わが社の発明ではないから」という発想を追放せよ
●欲張らないこと

医療費支払人と政府のためのルール

●革新を図れ、出し渋りをするな
●適正な金額を従業員に移転せよ
●人々(従業員や有権者)を信頼せよ
●規則を決めたら厳格に運用せよ
●消費者「保護」を謳ったルールの内容を自己点検せよ

医療サービス利用者のための行動規範

●賢くあれ
●正直であれ
●自己主張をせよ
●よい顧客であれ
●自分の健康を自分の手に取り戻すこと

 市場が動かす新しい医療システムでは、あなた方の健康にあなた方自身が責任を持つことになる。主導権を握るのは、今や医療サービスの利用者あなた方自身なのである。

 本書は、医療サービスの消費者と医療機関と医療費支払人に、市場が動かす新しい医療システムの地図を手渡し、そこでの航海のルールを知って頂くために書かれた。

 この新しい航海地図が、すべての人々の健康につながらんことを!(終)

(広島国際大学教授 岡部 陽二)

岡部 陽二(おかべ・ようじ)
広島国際大学医療福祉学部医療経営学科教授、専門は国際経営論ほか、京都大学法学部卒業
1957年~1993年株式会社住友銀行、1988年同行専務取締役
1993年~1998年明光証券株式会社代表取締役会長
1998年から現職

レジナ・E・ヘルツリンガー
(Regina Herzlinger)
マサチューセッツ工科大学経済学部卒業、ハーバード大学経営大学院にて博士号取得
1965年~1972年政府機関、コンサルタント会社勤務
1971年~現在、ハーバード大学経営大学院教授、専攻は医療経営論、非営利企業論、経営工学論

レジナ・E・ヘルツリンガー(著
)岡部 陽二(監訳)、竹田悦子(訳)
シュプリンガー・フェアラーク東京(刊)四六判上製・450頁/本体価格2,500円 

(2001年3月1日ゼリア新薬工業㈱発行「Medical Now」No.127 4-5頁、2001年4月1日ゼリア新薬工業㈱発行「Medical Now」No.128 4-5頁、2001年5月1日ゼリア新薬工業㈱発行「Medical Now」No.129 4-5頁、2001年6月1日ゼリア新薬工業㈱発行「Medical Now」No.130 4-5頁所収、2000年10月20日、日本HIS研究会刊行の"HIS REPORT"63並びに2001年4月1日日本HIS研究会刊行の"HIS REPORT"64に掲出された原稿に加筆訂正、4回に分けて転載したもの)

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