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わが国医療改革の方向~国際比較の観点から~2005年3月25日、大阪府私立病院協会での講演スライド

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 広島国際大学の卒業生の就職でお世話になっていました大阪府私立病院協会からの招聘で行ないました講演の要旨とスライドを下に掲げます。

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 地元の広島には国公立病院が多く、民間病院が少ないのに対し、大阪・京都は民間病院が強く、学生の就職先として大変お世話になっております。

 私自身、経営のプロでもなく、医療については無知ですが、7年間広国大の教授を勤めました。厳しい規制下でのサービスの質での競争が重視される点で、以前の金融業界と現在の医療業界には類似点があり、この点は銀行での経験が多少は役に立ちました。

 大学教授になりました動機は、広国大の教授陣選考を一任されておられました当時広島大学学長の原田康夫先生から、「日本の病院には経営という概念が存在しません。あなたは40年間にわたって銀行を経営してこられたのでないですか。その経験を学生の教育に生かして頂きたい。この大学は『国際大学』と称しているので、40年のうち17年間を海外の営業第一線で働いてこられた国際金融マンとしての経験も生かせるでしょう」と懇請され、お引受けしたものです。私にとっては、人生を二倍に生きられて幸せですが、目本の医療界の現実を理解することは容易ではなく、学生や同僚にはご迷惑をお掛けしています。

 大学の最終講義では「オーストラリアの医療システム」を紹介しました。2年前に聴講しました早稲田大学木村利人教授の「バイオ・エシックスヘの旅立ち」という最終講義は、ベトナムの枯葉剤被害を中心に医療倫理のあり方を説かれた素晴らしいものでした。その真似をしたかったのですが、そうは参りませんでした。木村利人先生は、渡米して医療倫理の国際的権威になられましたが、「幸せなら手をたたこう」の作詞者でもあります。木村先生は、早稲田を離れて自由に研究・講義し、それをインターネットで配給する新しい学究生活への『旅立ち』を語られました。私はそんなにスマートではありませんが、大学を離れても多少の杜会貢献はしたいと念じております。

 ゼミでは、私の専門分野にはこだわらず、学生一人一人が自分のもっとも興味を持っているテーマについて研究してもらいました。驚きましたのは、学生の関心の広さと、自分の興味がある課題についてはしっかりした問題意識を持っていることでした。ゼミ生の研究成果を「卒業論文集」に纏め刊行しましたので、この論文集にご興味をお持ちの方には差し上げます。

 担当科目は「国際経営論」ということでしたが、病院の国際展開はほとんどありませんので、欧米先進国の医療制度・システム・経営形態の比較を行い、そこからわが国への示唆を学ぶことにしました。ただ、この分野のまとまった参考文献ゼロに近く、教科書もないのにはとまどいました。

 13年半勤務しました英国の医療は、一部の富裕層向けを除いて国営です。さすがのサッチャー首相も医療システムの改革はできず、慢性病患者は2~3年の待ち時間が常態化しています。一方、金持ちは民間保険・民間病院を利用しており、不公平なシステムとなっています。ブレア首相は総医療費の対GDP比を9.5%に引上げることを公約して改善の方向に進んではいますが。

 米国では医療の質は高いものの、医療費も日本の二倍です。最大の誤解は、4千万人の無保険者の実態です。この無保険者はまったく医療サービスを受けていなのではなく、スライド1-7の第2欄にありますように、6,763億ドル(70兆円)に上る慈善医療で支えられているという事実です。この額は病院の報告であって、実額は半分以下と思われますが。

 もう一つ米国の病院が優れている点は、所有と経営が分離し、経営管理と医療業務のバランスがよくとれていることです。経営管理に優秀な人材が登用され、MHA(Master of Health Administration)の資格取得者が3万人もいることです。先日、米国でお会いしましたコロンビア大学とコーネル大学付属病院が合併して設立されました病院法人の調達部長、ジョッシ氏は医師を辞めて管理責任者として就職したということでした。同氏はペース・メーカーの機種を2病院で統一するプロジェクトに奔走していました。広国大の医療経営学科からこのように医療界を担っていく人材が輩出することを期待しておりますが、現実間題としては、医師にMBAの資格をとってもらって管理専門職に再教育する方が早道でしょう。

 米国医療システムや経営の実態についてのよい書物がないものかと探していましたところ、たまたまニューヨーク在住の友人が"Market-Driven Hea1thcare"という本を紹介してくれました。これを翻訳出版しましたら、1万部近く売れました。

 翻訳販の題名を「医療サービス市場の勝者」としましたが、インターネットで「医療サービス市場」と入れて検索していただきますと、いまだにこの本しか出てきません。「医療サービスにも市場が存在し、競争を通じてサービスの質が向上する」という概念がこれまでわが国には無かったからです。わが国には競争がなく、市場も存在しなかったのです。ヘルツリンガー教授はDRG-PPS(包括払い)には批判的で、米国のマネジドケアは失敗したと断じています。わが国のDPCはまだ少数病院での試行段階ですが、米国の轍は踏まないように見守る必要があります。マネジドケアは本来、医師と患者、病院と消費者の間で成り立つべき市場に第三者の保険業者が介入して、歪めってしまったところに間題があります。

 著者のヘルツリンガー教授は、医療も他のサービス産業と根本的に異なるところはなく、病院も焦点を絞りこんだ「フォーカスト・ファクトリー」に変換することで不死鳥のように蘇ったメーカーやマクドナルドの効率経営、品質管理に学ぶべきであると力説しています。同じ著差の新著"Consumer-Driven Hea1thcare"では、医療も資本市場に学び、401k型の確定拠出方式の保険、評価機構、SEC(監視機構)の導入などを提言しています。両著ともぜひ読んで頂きたいものです。(スライド1-1~1-3)

 ヘルツリンガー教授のわが国医療システムの診断はスライド1-4に要約しました。わが国が米国に学ぶ点はいくつかありますが、無保険者に対する慈善医療の大きさには驚きます。さきに申し上げましたスライド1-7の2003年の6,762億ドルは5年間で倍以上に増えています。これを民間のシステムの中で吸収している点を評価すべきです。わが国の調査では一病院当たり1,250万円という回収不能額が専門誌「医療事務」に発表されていますが、米国では1病院あたりこの1,000倍強の慈善医療が行なわれています。

 米国や英国の医療システムは、問題も多く抱えています。高齢化が急速に進展しているわが国には、スライド2-1にまとめましたような米英を上回る問題点が指摘できます。それを示すいくつかの指標を主要先進国との対比でスライド2-2~2-7に示しました。医療に関する指標数値の対比で驚きますのは、何%ではなく、何倍もの違いが存在することです。

 このような国際比較からから学ぶべきところはたくさんありますが、中でも大事なポイントはスライド2-6の「対GDP比の公的医療費(黒塗りの部分)」の水準です。これを「対GDP比公的医療費6~7%一定の法則」と私が勝手に命名しました。公的負担の増加を叫ぶのは容易ですが、実現はどの国でも困難です。民間保険を育成し、混合診療を自由に認めている米国とオーストラリアでは、総医療費の対GDP比が高くなっています。医療費全体のパイを大きくするには、私的医療費を増やすしか方策はありません。

 わが国の自已負担比率は高く、3割負担が限界との見解が有力ですが、すべての患者が3割を負担しているわけではなく、これも国際的には通りません。スライド2-6にあるとおり、わが国は英国に次いで私的医療費の割合が低いのです。

 わが国の医療費・介護費は、内閣府の予測では、スライド3-1のとおり、年率6~8%で増加します。名目成長率が3~4%であれば、年金はもはや大きな問題ではなく、スライド3-2に示しましたように、問題は挙げて高齢者医療費・介護費の急速な増加にあります。

 ただし、私はこの間題の解決は,やり方次第でさほど難しくはないものと見ています。その理由は、スライド3-3に示しましたようにわが国の高齢者は一所帯平均で7千万円近い金融・実物資産を持っているからです。これを生きている間に有効に使えるシステムを作ることが必要です。もう一つは、スライド3-4にありますように1960年以降毎年着実に低下しています高齢者の就業促進です。

 スライド3-6と3-7にあるように、混合診療の白由化で3.8兆円、特養の増設で0.7兆円の新規需要を開拓できるという試算もあります。有料老人ホームでも終身賃貸条件で医療サービスを絡ませますと、需要はいくらでも掘り起こせます。リスクのとり方をどのように工夫するかという問題を解決しなければなりませんが。

 最後に、オーストラリアの医療システムについてお話します。米英と同じ英語国であるオーストラリアの状況は、「中負担、中福祉」で、わが国との共通点も多く、学ぶべきところがたくさんあります。しかしながら、この国の制度を紹介した目本語の文献は皆無に近いのは驚きです。数年前に厚労省駐在で研究熱心な西村淳氏の諸著作があるだけです。もっとも、アップツーデートな英語の資料は豊富にあります。(スライド4-1~4-2)

 オーストラリアの医療の特徴は、総医療費の大きい点に加えて、労働装備率がずば抜けて高いことです。全労働人口に占める医療関連職の比率が7%とわが国の倍近く高いのです。

 余談ながら、オーストラリアのオリンピックでのメダルの獲得率は群を抜いて高いのです。アテネ大会では、わが国の37個に対し、49個も獲得しました。これは、人口百万人につき2.58個で、米国0.38、目本0.30、ドイツ0.59、フランス0.54と比べ格段に高く、1を超えるのはオーストラリアだけです。これは健康度の高さにも比例するのではないでしょうか。小学生は全員が必ず泳げるように小学校で訓練されます。オリンピックでは、水泳だけではなく、日本は野球でもオーストラリアに敗退しました。

 オーストラリアの杜会保障制度の特徴には次のような諸点が挙げられます。

①年金、医療、介護すべてを税金で賄う。

②医療・介護は基本的な部分は政府が保障、付加部分は個人負担する。公的病院でのプライベート診療も可能。

③民間医療保険を政策的に支援、保険料の30%を被保険者にリベート、その結果、個人負担は30%と高い。

④医療・介護サービスは医療区単位で計画的に提供。約900ある市町村の区画とは無関係に状況の変化に応じて区割りを変更。

⑤ACATチームが全国に121置かれており、退院前にチームで病院に出かけて退院後の対応をその場で決定する。

⑥施設介護から在宅介護への移行を進め、人口比ではここ数年で一割以上施設介護が減少。

⑦介護施設への入居に当たっては3百万円以上の資産の提供、年金の85%を施設へ支払うなどのミーンズ・テストが厳しく行なわれている。

 昨年末にオーストラリアを訪ねて印象的でしたのは、自国の制度に誇りを持っていることです。皆保険の実現は1984年と遅かったのですが、翌年から介護制度の整備にも着手し、常に先進諾国の状況を研究しながら、改革を進めている姿勢に感銘を受けました。

 オーストラリアの素晴らしいところ;日々新しいことを試行錯誤で導入し、組織も制度も目まぐるしく変化していることです。自分の勤め先の部局の名称がくるくる変わるので、憶えられないと言っておりました。オーストラリアを訪ねて、このような柔軟性とスピード感を欠如していることが、わが国経済、ことに医療界での由々しい間題と痛感した次第です。

 現状がベストとは思われないのにかかわらず、何もしないのが一番よくないことです。銀行マン時代を通じ、「孔子様ではありませんが、日に三度わが身を省みよ。不作為の罪を犯さなかったか、不勉強の罪を犯さなかったか、不親切の罪を犯さなかったか」と部下に問いただし、自らも反省してきた積りです。中でも、「不作為の罪」の罪が最も重い罪です。偉そうなことを申して申し訳ありませんが、これからの医療界を動かしていかれる皆様方は、何か間題を見つけたら、その原因を追究し、それを根気よく正す努力を続けていただきたいものです。世の中は動いていますので、何もしないで現状に甘んじているのが最大の罪であることを、しかと自覚することが、今の日本全体に必要です。このことを、オーストラリアから学ぶべき教訓、わが国への示唆として私の話を終わります。

 ご清聴有難うございました。

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