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スイスに見る株主尊重の会社経営

 前職の住友銀行時代、ロンドン在勤中の1984年から8年間にわたり、毎年数回はイタリア国境に近いスイスのルガノ市へ通い続けた。この地に本店を置くゴッタルド銀行の取締役会、株主総会に社外役員として出席するためである。この銀行は住友銀行が株式の過半数を取得したが、経営は現地のスイス人に任せていた。

 スイスといえば、風光明媚、澄み切った青空にマッターホルンの秀峰が聳え立っている風景が想像されるが、それは夏場の二、三ヵ月間だけのことで、この時期を除けば雨や雪が多く、総じて鬱陶しい日ばかりだ。このように不快なスイスの気候を実感したのは、この銀行の決算が12月末のため、株主総会は3月早々、関連の取締役会も12月から2月に集中し、快適な夏場の3ヵ月は休会という何とも面白くないスケジュールに由来する。天候には恵まれなかったものの、会合自体は毎回、自由闊達な意見交換が行なわれ、銀行業には馴染みの薄い地元名士の社外取締役から予想外の質問や提言が飛び出すこともあって、極めて有意義で楽しい経験であった。 

スイスの株主総会 

 ゴッタルド銀行の株主総会は市の公会堂を借り切って午前10時から開催される。毎回、個人株主が200名余り参集し、議長の業況説明等の後、通例、10名位の質問者が出る。議長はイタリア語主体で議事を進めるが、株主の発言はドイツ語あり、フランス語ありで、多言語国家スイスならではの光景である。議長は発言株主の言語に合わせて、懇切丁寧に回答し、時間の経過は気にも懸けない風である。ところが、正午間際になると質問は途絶え、目出度く全議案承認となる。というのは、当日出席の株主には豪華な昼食が用意されており、ゴッタルド銀行特製の素晴らしいスイス・ワインが供されるからである。

 食事付きというところはさすがに少ないだろうが、スイスでは他の銀行や大企業の株主総会も、雰囲気は大同小異で、格別の懸案事項はなくても二時間位はかけて株主からの質問に詳しく回答している模様である。ただし、株主一人の質問は通常5分以内に制限されている。金銭目当てのいわゆる総会屋は存在せず、防衛のために社員株主を動員するといった話も聞かない。
 取締役の選任などの投票では、反対票も結構多いが、過半数に達しなければ、全く問題とされない。株主総会の運営にも、全員一致の「異議なし」シャンシャン決議ではなく、充分に議論を闘わせた後、何事も多数決で決めるというスイス特有の直接民主政治の原理がそのまま適用されているからであろう。
 もうひとつの特徴は、総会の開催時期は決算終了後6ヵ月以内と会社法で定められており、現に3月から6月の間に幅広く分散している点である。これは株主の便宜を図ると同時に、複数企業の兼務が多い社外取締役の都合に合わせた日程調整の結果ともいわれている。 

スイスの取締役会・監査役 

 ゴッタルド銀行の取締役11名のうち、社内取締役は会長を含めスイス人2名のみで、他の9名は日本人3名を含めすべて非常勤の社外取締役である。頭取は業務執行の最高責任者であるが、取締役には選任されていない。これは、株主が取締役を選任し、その取締役が経営者を選ぶのが筋であって、取締役会の主な使命は経営者の業務執行状況の監視にあるという考え方からである。
 この分離は大企業では一段と徹底されており、スイス・ユニオン銀行の元会長から「頭取から取締役会長になるや、前日まで親しくしていた仲間と昼食を共にすることも許されなくなったので、寂しかった」との述懐を聞いた時には驚いた。他方、取締役と経営陣との意思疎通は必要であるから、ゴッタルド銀行では通例、頭取他一名に取締役会への出席を求めている。 

 監査役も株主総会で選任されるが、独立性を保持するため、プロの公認会計士が選ばれ、社内監査役は存在しない。このように、経営陣の日常業務活動が株主、取締役、監査役によって、それぞれ別の視点から厳しくチェックされる体制が確立しているわけである。
 「スイス人は外国人観光客には愛想良く振る舞うが、スイス人同士ではお互いに猜疑心が強く、ブラックメール(告げ口)は日常茶飯事」とよくいわれるように、互いに監視し合うことによって、厳正な規律が保たれ得るものと自覚しているのであろう。そもそもブラックメールを非道徳的とする社会通念はないのかもしれない。 

 翻って、わが国の実情をみると総じてあらゆる面でスイスと対称的である。これは法制の違いに起因するのではないかと、スイス会社法を繙いてみたところ、条文自体は驚く程わが国商法に似通っている。彼我の違いは明らかに専ら法運用のあり方に由来している。
 それにしても、スイスでは株主総会の活性化に努力が傾注され、取締役、監査役の機能についてもコントロール(管理)とオペレーション(業務執行)は厳に分離すべきであるとの理念に基づいた慣習が根付いているのは何故であろうか。
 この解明は歴史や風土の違いもあり、なかなか難しいが、あえて推察すれば、スイスでは株主、取締役、監査役、経営者がそれぞれの権利と義務を自覚し、自らの意見を主張する習慣が自ずと身についている点、明らかに進んでいると見るべきではなかろうか。

(明光証券(株)代表取締役会長 岡部陽二)

(1997年1月25日付け日本個人投資家協会発行、「きらめき」新年号No.7所収)

 

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