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ドイツ保健局フランツ・クニープス局長とのMonthlyIHEP有識者インタビュー「介護保険制度改革へ向けてのドイツの挑戦とわが国への示唆」

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話し手:ドイツ連邦保健省医療保険・介護保険局長
フランツ・クニープス氏

聞き手: 医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二

 今回は、昨年11月に当機構主催、ドイツのフリードリッヒ・エーベルト財団協賛により東京で開催されたシンポジウムとワークショップ「日独社会保障政策の回顧と展望」に参加のため来日のドイツ連邦保健省医療保険・介護保険局長フランツ・クニープス氏に、ドイツの介護保険制度についてその政策課題と日独比較を中心にお伺いしました。

 ドイツでは、20年以上にもわたるさまざまな議論を経て、1995年に医療、労災、年金、失業に次ぐ社会保険の5番目の柱として世界初の介護保険制度を創設されました。これを範として、2000年にはわが国の介護保険制度が発足したのは周知のところですが、両制度の設計、財源や給付内容は大きく異なっています。この違いを次ページに掲げました「介護保険制度の日独比較」の表にとりまとめ、これを基にフランツ・クニープス局長のご見解を尋ねました。

 フランツ・クニープス局長は1981年にボン大学卒業後、86年まで同大学の労働・社会保障法研究所でマイデル教授の助手を務め、社会保障法の専門家としての評価を得られたのち、86年に連邦政府に入り、疾病金庫や東独政府機関で勤務。1989年に連邦地区疾病金庫連合会の政策スタッフ長、98年から政策局長となり、WHOやEUのコンサルタントとしても活躍。2003年2月から2009年末まで7年間にわたり連邦政府保健局の医療保険・介護保険局長を務められました。昨年の政権交代に伴い年末に退職、引続き社会保障分野での政策研究者として活躍されています。著書・論文も多数あり、社会保障理論と政策実務両面に通じた俊英として、国内外で高く評価されています。

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〇創設15年を経たドイツの介護保険制度の成果と課題

岡部 クニープス局長は介護保険の創設時から関わってこられましたが、この制度創設の成果についてどう評価しておられますか。残された改革の課題のなかでは、どのような点が重要でしょうか。

クニープス ドイツでも、聞く相手によって返ってくる答は違うと思います。一般の国民からは非常に成功したという答が返ってくると思います。介護保険制度は高齢者の貧困を減らすことが主目的であったのですが、その目標はほぼ達成されたからです。
 介護保険導入前は、介護を必要とする高齢者の80%から90%が福祉機関に頼らざるを得ず、財産を調べられてからでないと補助を受けることができませんでした。40年以上にもわたって社会保険料を支払い続けてきたのに、介護サービスを受けるには、改めて社会扶助の申請と厳しい審査が必要というのは理解できないという不満が聞かれました。これが改善されたのは、国民一般から見ると大成功です。
 専門家は細かい点でうまくいっていない点は指摘しますが、全国民に介護サービスへのアクセスを保証するという制度自体は非常によく、成功したものと評価しています。一方で、医療保険同様に、一部の国民は公的介護保険ではカバーされず、民間の介護保険を利用するという制度設計については、介護分野で公的保険と民間保険を分けるのはどうかと感じている人もいます。立法者は公的保険と民間保険の間でリスクはほぼ同じレベルと見ていますが、実際のところは公的保険のリスクは民間保険の3倍ほど高く、民間保険には資金的に余裕があるため、不公平感があります。

岡部 ドイツでは介護保険導入前には税金で賄われていた社会扶助としての公的介護サービスが全部保険料で賄う保険方式に移行しました。その結果、財源として税金は一切使われなくなったのでしょうか。

クニープス 財源的にはそのとおりですが、地方自治体は介護保険で浮いた資金を地域での社会福祉インフラの充実や合法移民の支援など他のサービスの資金に回すことができ、介護保険の導入で利益を得ています。介護保険導入前に介護に使われていた税金がまったく別の目的に振り向けられたのではありません。
 一般論としては、税金は一つの特定の目的に向けられるのではありませんが、保険料をベースにした資金は、一つの特定目的だけに向けられます。それが税金と保険料の違いであり、社会保険制度の大きなメリットであると考えています。

岡部 ご承知のように、介護保険の財源は、ドイツでは「すべて保険料のみで調達」、日本では「税;50%、保険料;50%」となっています。
 社会保険方式のメリットは分かりますが、これまで税金で面倒を見てきた介護サービスへの税金投入をやめることについての反対意見は出なかったのでしょうか。

クニープス もちろん、ドイツでも抵抗はありました。しかし、ドイツでは社会保険システムの評価がとても高いのです。国民は、国税庁より社会保険庁のほうをはるかに信頼しています。社会保険では資金がどこに使われているか分かるという透明度が高いからです。税金の場合は、どこにどのように使われているのか、そこが見えません。

岡部 そうですか。日本では税金からの投入をもっと増やすべきという論者が多く、財政赤字がこれだけ大きくなっているにもかかわらず、国民感情もそちらに傾いています。

クニープス その点では、日本とドイツでは大きく違います。ドイツでは資金が政府から直接出る制度は確実ではないと国民は感じています。税金を使う重点的な事業の対象は毎年変わるし、公的資金をめぐる獲得競争も熾烈です。ですから、社会保障のように安定した給付が約束されなければならない分野の財源を税金に依存するのはリスクが高すぎると見ているのです。

岡部 クニープス局長は、連邦保健省に入られてから、社会保障法の専門家として疾病金庫や東独の支援、WHOやEUとの関連の幅広い分野で活躍されてきました。2003年に医療保険・介護保険局長に抜擢されましたのには、どういう事情があったのでしょうか。

クニープス  2002年に、ウラ・シュミット前保健相の医療政策を批判したところ、「批判しないで」と言ってきました。そこで、「あなたの政策を変えれば批判しません」と答えたのですが、この彼女への政策批判が機縁となって「それでは私の下で政策を作ってください」と誘われたのです。

岡部 ウラ・シュミット女史は、2001年にシュレーダー内閣で社会民主党(SPD)から保健相として入閣し、2005年11月に組閣されたキリスト教民主社会同盟(CDU・CSU)との大連立内閣でも、2009年10月まで保健相を務められていました。辣腕政治家との評価が確立していた彼女の政策ブレインというのは大変でしたでしょうね。それにしても、大臣が9年間、局長が7年間も同じポジションというのは、日本では考えられないことですが。

クニープス 私のケースのように長期にわたる同じ組み合わせでの同一ポジションというのはドイツでも異例ですが、政府内の局長・課長には同じポジションに長く就いている専門家は他にも多数います。

岡部 各省庁の局長職に年限はないのでしょうか。

クニープス ドイツではありません。専門家の知識や経験を有効に活用するには、数年間同じポジションに就いていることが必要です。

岡部 1~2年で交代する日本とは大違いですね。それに、クニープス局長は社会民主党員とお伺いしましたが、ドイツでは公務員の政党所属も認められているのでしょうか。

クニープス そうです。それも自由です。でも、私が社会民主党員であったことで、同じ党のウラ・シュミット保健相のお役に立ったわけではありません。私は彼女のお気に入りの批評家の一人で、むしろ彼女の政策を変えるよう説得することで、政権に協力したのです。
 社会民主党が政権をとって彼女が保健相に就任したときには、彼女も仲間はみな協力的で、医療改革に道筋をつけて解決策を見つけるのは簡単と考えていたようです。でも、私は彼女にそう思ってはいけない、協力的な連中はみな権力と金を求めていることを指摘しました。保健省は患者に対して責任があるが、患者には金も発言力もないので、私は彼らの立場で考えることの重要性を説いたのです。

岡部 それは、素晴らしいコンビネーションでしたね。どの国でも、改革は供給者の発想で進められますが、おっしゃるとおり重要なのは医療消費者の視点です。
 ところで、ドイツでも2009年9月の総選挙で政権交代があり、社会民主党は下野しましたが、介護保険についても政権交代による政策の変更が見込まれるのでしょうか。

クニープス いや、介護保険の分野では政権交代による政策の変更はとくにありません。民間の社会資本ストックについてのディスカッションでも、介護制度の充実の必要性が挙げられています。高齢者人口の増加から、介護の重要性は今後ますます高まり、介護サービスの質ももっと洗練されてきますが、今後は医療制度との連携強化の方向での改革が必要です。ファミリードクターも、医療だけではなく、介護保険にももっと深く関わるようにしなければなりません。

岡部 介護サービスの量が増え、質も向上させるとなると、医療と同様に財源面での制約が出てきます。

クニープス そうですね。介護サービスの場合には、一方に医師、もう一方に他の介護スタッフがいるという両面での戦いで、疾病金庫とその中に設けられた介護金庫との間の財源問題もあります。介護保険部門で働いている人は、医療部門で働いている同僚ほど尊敬されておらず、財務面でも医療に比べると弱い面があり、こういった点の改善も課題です。

〇介護保険と医療保険の関係

岡部 日独の介護保険の大きな相違点は、日本では介護保険が医療から独立した制度として構想されたのに対し、ドイツの介護保険は医療保険と保険者も被保険者も同一のいわば医療保険の延長として設計されたように思えます。医療保険と介護保険の間の基本的な差異はどこにあるのでしょうか。

クニープス ドイツでは、介護保険の保険者も被保険者も医療保険と同一です。地区疾病金庫(AOK)の被保険者であれば、同時にAOK介護保険の被保険者でもあります。でも、実際のところ、制度自体は非常に異なります。最も大きな違いは、医療保険はフルカバーですが、介護保険は必要とされるサービスの一部をカバーするだけの付加的な保険です。

岡部 医療保険では、保険者間のサービス内容についての競争政策が導入されましたが、介護保険では導入されていませんね。

クニープス 介護保険では基本的には保険者間の競争はありません。介護は医療以上に公的な性格が強く、競争を必要とする動機が薄いからです。でも、サービス競争の必要性はありますので、被保険者は高齢者によいサービスを提供しているかどうかを考慮して疾病金庫を選択できるようになっています。現に、私の場合は母が認知症ですが、最初に加入した疾病金庫はその点に留意していない保険者であったので、具体的なサービス面でもっと母のニーズに合った認知症に格別の配慮をしてくれる別の疾病金庫に変えました。

岡部 「日独社会保障政策の回顧と展望」のシンポジウムでの議論で、医療サービスについては、東ドイツからの医師の流出が激しく、いまだに東西ドイツ間で提供体制に大きな格差が存在するというご発言に驚きましたが、介護サービスの面では如何でしょうか。

クニープス 介護サービスの面では、さほど大きな違いはありません。これには、介護保険は東西ドイツ統合後の1994年にスタートしたという事情もあります。東ドイツのファミリードクターやナースには西側で訓練を受けさせました。また、東ドイツの方が介護の仕事を得る可能性が高いところから、多くのプロフェッショナルが西側から東ドイツへやってきました。医師の流出とは逆の現象が起こったのです。

岡部 医療サービスでは、疾病金庫が医療提供機関やその団体と価格や条件についての交渉を行なっていますが、介護保険でも同様の仕組みがあるのでしょうか。

クニープス 介護サービスについても同様です。保険者、被保険者、被保険者の代理人、自助グループとだけでなく、ケアを提供するナースや他のスタッフ、州政府との仲介者など多くの利害関係者の調整は大変です。通常は疾病金庫と介護サービスの提供者団体の間で交渉しますが、基本的な点は国家レベルの団体協約で管理されています。

岡部 介護保険の料率は公的医療保険のように各保険者が決定するのではなく、当初から基礎収入の1.7%と法律により全国統一の料率が定められています。
 さらに、子供のいない23歳以上の被保険者については、保険料率が0.25%上乗せされ、この上乗せ分は被保険者が単独で負担するというユニークな規定になっています。この規定の合憲性が最高裁で争われた結果も、合憲という判決であったと聞いていますが。

クニープス 私の意見では、この判決は間違いでした。介護分野ではケアの90%近くを依然として家族がやっています。したがって、家族へのインセンティブを付けるのは問題ありませんが、子供のない被保険者を差別するのは、やはりやり方が間違っています。

岡部 医療保険の財源は保険料中心で賄われていましたが、近年一部ながら税金の投入が始まりました。現在、100%保険料で賄われている介護保険でも、将来的には税金の投入が不可避となるのでしょうか。

クニープス いいえ、現状では介護保険に税金を入れる可能性はありません。介護保険の充実策としては、税金投入ではなく、公的保険に民間保険を付加することを義務化すべきではないかという興味深い議論があります。ただ、民間の介護基金を法的に義務化するのは非常に難しく、法務上の問題があります。
 これは、将来の人口の変化に合わせて資本ストックを作るという観念的な提案ですが、実践的ではありません。民間の介護保険では、低い保険料で、厚い給付をして、かつ利益を挙げるというのは不可能だからです。

〇日独介護保険制度の相互関係

岡部 ドイツの介護保険制度はわが国の介護保険のモデルとなっております。両国の制度の対比の表を眺めますと、ドイツで15年前、日本では10年前の制定当初は、制度の建て方や給付内容などが両国で大きく異なっていましたが、次第に似通ったものに接近しているような気もします。ドイツでの現金給付の減少やケース・マネジメントの導入はその一例ではないかと見ておりますが、クニープス局長はどう見ておられますか。
 また、ドイツの保健省医療保険・介護保険局では、日本の厚労省からドイツ大使館に出向、現在は一橋大学経済研究所教授の松本勝明氏をアドバイザーとして、定期的に意見を聞いておられるというお話です。介護保険の先進国ドイツが日本から学ぶことがあるのでしょうか。

クニープス 松本氏はずっとドイツの研究者と一緒に仕事をされており、保健省の勉強会にも参加願って親しくさせて頂いています。
 最近では、ドイツの要介護度認定システムを高度化するために、7段階の介護度がある日本のシステムの建て方、その扱い方、ことにコンピュータ技術の使い方について説明を受け、これがドイツの制度改善の参考になりました。

岡部 松本氏は「ドイツ社会保障論Ⅲ~介護保険」(2007年、信山社刊)という大部の著作も出しておられ、ドイツの介護保険の権威として知られていますが、日本の制度にも詳しい同氏から両国を対比して学ばれるのは、有意義ですね。
 介護度については、日本の介護保険をドイツでは3段階で、日本の要支援や介護度1,2の軽度のものは介護保険の対象外と単純に理解していましたが、それだけの違いではないのですね。

クニープス 軽度を含めないという違いもありますが、ドイツでは介護に要した所要時間、つまりステップごとに時間内で仕事をすることを重視しています。洗濯に30分、食事に20分、着替えに10分というような感じですが、このような杓子定規的な規定は、どうしても理不尽なケアにつながります。
 要介護度も週に要する介護時間14時間以上がⅠ、21時間以上がⅡ、28時間以上がⅢという具合に、すべて時間で厳格に決められています。
 介護報酬を時間で規定するのは日独共通であり、実質的には変わらないのではないかとの見方もありますが、私はそうは思っておりません。松本氏やドイツ保健省の専門家も、日本の段階区分のほうがずっと肌理細かく、しかもあまり所要時間に拘泥せずに要介護者のニーズに合わせた設計になっていると言っています。私も日本のほうが、実際に要するサービスのアセスメントに合わせた要介護度になっているものと見ています。

岡部 ドイツのほうが、介護サービスに要した時間により厳しく縛られた費用の設定になっているというわけですね。

クニープス そうです。所要時間と関連づけが厳しすぎるのです。介護者は一つの仕事だけしかできないので、仕事の途中でやめなければならないケースなどに不満を覚えると言っています。時間に縛られると、機械的になり過ぎて、パーソナルなお手伝いをする時間や温かい言葉をかけてあげる時間がないという苦情もたくさん寄せられています。

岡部 そのような苦情は日本でも結構たくさんあると思いますが。

クニープス そうでしょうね。でも、日本の介護士は一人ひとりが自分で決定する余裕をある程度は持っています。ドイツのルールはとても厳しくて、社会コストにコントロールされているため、人間的な制度ではなく、技術的な制度に堕してしまっているのが問題です。

岡部 介護士など介護分野で働いている労働者の所得水準はどうでしょうか。日本では、低賃金が嫌われて、不況下でもなかなか介護スタッフが集まらないのが問題となっていますが。

クニープス ドイツではさほど大きな問題ではありません。民間の介護施設で問題があるところもありますが、時給8ユーロから9ユーロといった最低賃金が法律で定められています。また、差別待遇に対しては、労働組合の支援があり、教会や非営利団体、他のプロバイダーからの支援もあります。

岡部 日独介護保険の制度上の違いはよく分かりましたが、クニープス局長から見られて、日本の介護保険の実際の運用をどのように見ておられますか。

クニープス さきに申し上げたように、日本の介護保険制度では、保険者がしたいと思えば、非常に柔軟に多くのサービスを提供できる仕組みになっています。市町村に介護保険に精通しているCEOや主要なスタッフがいれば、独自に色々なことができます。たとえば、予防、要介護状態になるのを予防するためのリハビリテーションです。ドイツでも将来的には介護予防に対するインセンティブを増やさなければならないと思っています。
 また、日本では在宅介護を受けるよう多くの人に働きかければ、介護施設へ送られるのを防ぐことができ、多くの人が自宅で生活できるようになります。ドイツで改革を導入するにあたって最も重要なことの一つは、低レベルサービスに対する保険適用と新しい形での共同生活のための施設を提供することです。学生たちは10人や15人が一緒に生活しているのですから、高齢になってもできるのではないか。介護サービスをばらばらに受けるのではなく、シェアすることができるのではないかといった視点が必要です。1人が2時間の介護サービスを必要とし、2人目が1時間必要とし、3人目が4時間を必要とするなら、お金を出し合って介護者を1人雇って、サービスをシェアするといった方式です。このような試みは、日本の方が進んでいます。

岡部 日本の制度は法律至上主義で、英米に比べるときわめて硬直的ではないかと思っていましたが、ドイツよりははるかに柔軟性があることを初めて知りました。

クニープス 介護保険の柔軟性という点では、私たちは日本から多くのことを学び、改革でそれを法律にとり入れてきました。これは、国際交流の好例です。
 日独両国間で頻繁に交流し、相手国の改革の進展状況を調査し、議論を重ねることで、お互いから学ぶことができると思います。ドイツから見て、両国の社会保障政策面での交流関係は、世界中のどの国よりもよい関係にあると思います。日本の専門家や柔軟な考え方のできる介護現場の人たちと議論するほうが、欧州の近隣国の方々と話すよりも、理解が早く、すぐに役立ちます。

岡部 社会保険先進国ドイツの専門家から、日本の介護保険を高く評価頂くのは、意外でしたが、まことに光栄です。

〇ケース・マネジメント(ケアマネジメント)の導入について

岡部 日本が当初から採り入れたケアマネジャーが作成した介護計画を基に事業者と契約するケアマネジメントの制度は如何でしょうか。

クニープス ドイツでは、当初ケアマネジャーを置きませんでしたが、昨年「ケース・マネジメント」を導入しました。その際には、日本のケアマネジメントを大いに参考とさせていただきました。
 ドイツでは、個々の介護ニーズについてアドバイスを受けるサービスを被保険者の権利として規定しました。ワンストップショップを設立して、そこでケース・マネジメントのサービスを受けることにしたのです。ワンストップショップでは、被保険者の親族は、介護保険サービスだけでなく、コミュニティや介護施設からのアドバイスやサポートを受けることもできます。

岡部 ドイツのケース・マネジメントは日本のケアマネジメントよりも広範な介護支援システムのようですね。ただ、日本はケアマネジメントをもともとは英国から学んだものと思いますが。

クニープス そうです。ケース・マネジメントの考え方はイギリスで生まれました。でも、ドイツの政治家や一般の人たちを説得するには、イギリスの制度を直接導入するよりも、日本の制度から学んだと言うほうが簡単です。ドイツでは、英国の医療や介護の制度はとにかく待ち時間が長く、公平なサービスが受けられないとしてとても嫌われているからです。

岡部 私もロンドンに長く住んでいましたので、その感覚はよく分かります。ドーバー海峡が濃霧で覆われた時に、英国の新聞は「欧州大陸が孤立した」と報じるような国ですから、ドイツ人にとって、英国人は鼻持ちならない国民なのでしょう。

クニープス まさにそのとおりです。 英国の下院議員の秘書になったドイツ生まれの女性が「英国人はフランスの医療制度やドイツの医療制度がいかに優れているかをよく知っているけれども、その真似をするような改革は絶対に行なわない」と、よく言っていました。
 もっとも、最近では専門家のレベルでは独英両国間で頻繁に往来して議論をし、非常によい関係になってきています。

〇介護保険における現金給付の是非

岡部 ドイツの介護保険では,発足当初から、家族の介護を評価しての介護手当(現金給付)が認められ、1996年には、44億ユーロで、介護給付費の43.1%を占めていました。この割合は、総額の伸びに伴い年々減少して、2005年では23.9%となっていますが、介護における家族介護の評価は重要であり、介護費の適正化にも資するのはないかと思いますが、この点はどうお考えでしょうか。

クニープス ドイツでも介護保険の構想段階では、現金給付は考えられておりませんでした。現金給付は当時の政権党・キリスト教民主同盟のアイディアではありませんでした。ところが、よりリベラルな少数野党は家族介護に報いるための現金給付が必要と主張しました。サービスの現物給付を受けるか受けないかは被保険者が決めるべきだという考えです。議論の結果、被保険者が現物か現金かを自由に選ぶという妥協案になったものです。でも、被保険者にとっては、現物給付のほうが高い価値のサービスが受けられます。それが分かってきたので、現金給付の割合が減少してきたのです。現金給付の比率は更に低下して、昨年度は19%程度です。これほど急速に低下したのには私も驚いています。

岡部 日本でも、現金給付も構想段階での選択肢には挙がっていたようですが、家族介護は当然の義務ではないかといった国民感情が強いことから導入されなかったのではないかと思います。

クニープス ドイツでも、キリスト教民主同盟と社会民主党の間の大連立であれば、現金給付は取り入れなかったと思います。将来的に変わるかも知れませんが。私自身も、現金給付には否定的です。

岡部 その点でも日本の介護保険制度を評価いただいているわけですね。

クニープス そうです。ドイツでは貰った現金はほかの目的に流用してしまい、要介護者が放っておかれるというケースが下層階級に結構多いのです。障害者の介護などでは現金給付が有効なケースもありますが、少数事例です。
 ドイツでも、介護の90%近くを家族が受け持っていますが、それは普通のことです。自分の親を介護することに対して私がお金を貰ったら、それは不公平です。私の両親はボンに住んでいて、私はベルリンに住んでいます。姉が親を看ているので、私がお金をもらう理由はなく、私がそのお金を両親へ送っても、両親は必要な介護サービスを受けるのにお金を使うのではなく、私の子供や姉の子供のために貯金してしまうでしょう。それでは意味がありません。やはり、親たちが直接介護サービスを受けるべきです。

岡部 おっしゃるとおり、親の面倒を看るのは子供の義務ですが、現実にはそうなっていないのが問題ですね。

クニープス そう思います。現金給付のような形で公的介護制度を広げていけば、第一に2030年から2035年以降には資金が無くなってしまいます。第二に税金は当てになりません。来年になると、アフガニスタンにもっと軍隊を送り込むべきだ、あるいは、教育にもっと投資すべきだということになって、それに税金が振り向けられるかも知れません。ですから、繰り返しになりますが、介護保険では税金は当てにせず、被保険者の分担金とサービスの間に直接的な関係がある保険方式のほうが優れているというのが私の意見です。

岡部 ところで、米国の医療改革については、どう見ておられますか。

クニープス 米国の医療・介護制度の歴史も勉強しましたし、米国にも様々な考え方があることも知っていますが、全国民に医療と介護へのアクセスを保障するのは社会主義であるとして排除する考え方には賛同できません。米国の政治家のポジションもあまりにも複雑で理解できません。
 一方、2週間前に保健社会福祉省の新しい長官キャサリン・シベリウス女史とお会いする機会があって、議論しました。彼女は色々な問題に精通していて、オバマ大統領と彼のスタッフをとても尊敬しており、今回の医療改革もよくやっていると思います。
 今回の医療改革には期待していますが、アメリカではすべてのことが市場主義的な医療体制の中で進展しており、すべての人に平等の権利を保証する社会ではありません。ベストの質の医療があって、次の質の病院、最悪の病院が存在するのは、やはり不公平ではないかと思います。介護についても同様です。

岡部 本日は、短いご滞日中に貴重なお話をお伺いできました。また、日本へお越しください。

(2010年3月10日、医療経済研究機構発行"Monthly IHEP"No.184,p1~10所収)

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