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日本放送協会 解説委員 飯野奈津子 氏有識者インタビュー ~患者本位の医療のあり方について

 

話し手:日本放送協会 解説委員 飯野奈津子 氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二

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 今回は、日本放送協会 解説委員の飯野奈津子氏をお招きし、テーマを「患者本位の医療のあり方について」に絞って、お考えをお伺いしました。飯野氏はNHKではじめての女性記者として、警視庁、厚生省(現厚生労働省)を担当され、家族問題、少子高齢化問題、介護問題などを取材されて来ました。1999年からは解説委員として主に医療・福祉・年金、女性問題を担当されており、分かりやすく、読みの鋭い解説に定評があります。また、昨年の4月には、「患者本位の医療を求めて」(NHK出版)を出版され話題を呼んでいます。

「患者本位の医療」というテーマに取り組んだきっかけ

岡部  そもそも「患者本位の医療」というテーマに取り組まれたきっかけについてお聞かせください。

飯野 NHKに入局してから社会部の記者として厚生省(現厚生労働省)を担当し、医療問題を五年ほど扱ってきました。エイズの問題、予防接種の問題などを取り上げてきましたが、当時は、医療を患者の視点から総合的に見るといった動きは、まだありませんでした。
 その後、たまたま父が心臓の手術を受けることになり、入院しなければならなくなったのですが、病院や医師の情報が少ないため、どの病院を選んだらよいか全く分からず、大変苦労しました。結局、父は手術の後、亡くなりましたが、医療機関や医師の情報が少なく、加えて医師の対応も非常に説明不足であった状況を個人的にも実感しました。医療の世界は「なんかおかしいな」と思い始めたのです。
 ちょうどその頃、横浜放送局でニュースの責任者を務めていたのですが、ある大学病院で「患者とり違え事故」が起き、この事故を横浜放送局全体で取り組むうちに、取材を通じて「患者本位の医療」というテーマにのめり込みました。この事故の取材を通じて、この問題は病院や個々の医療関係者個人の問題ではなく、医療全体の仕組みの問題であるということが分かってきました。この問題は患者の視点から医療システムの問題として本気で取り組まないと、何時までたっても問題は根本的には解決されないということを、痛切に感じたのです。

岡部 『To Error Is Human』のレポートを出したIOM(Institute of Medicine)のJanet Corrigan氏と前々回(Monthly IHEP 2004年4月号)のインタビューをしました。彼女が強調していたことは、飯野さんのご認識と同様に、医療事故の原因は病院や医師側だけの問題ではなく、教育体制を含む医療システム全体に問題があるという認識でした。米国は、それを医療関係者だけではなく、国民に認識してもらうべく、国家的プロジェクトとして医療安全対策について取り組んでいます。最近になって、わが国の行政も医療安全について、プロジェクトとしての取り組みを始めました。NHKが非常に良心的で公平な報道を心掛けておられるのは評価できますが、マスコミ全体としては、「この医療事故は誰々の責任である」といった個人の責任を追求する報道姿勢が依然として強いのが気になります。

飯野 私達も、もっと本質的な問題をきちんと掘り下げていかなければならない、との思いを強くしています。これまで、診療報酬の問題などについても、その仕組みや問題点などを明らかにすることを避けてきました。医療の問題だけではなく、これまでは複雑で理解が難しいという理由で避けてきた問題を、なるべく掘り下げてわかりやすく視聴者の皆様に解説していきたいと思っています。

〇  患者が納得する医療

岡部 著書でも触れられていましたが、NHKで2002年1月に三回シリーズで放映された「医療改革・1,000通のメールから」で、最も多かった患者からの意見が医療の無駄をなくしてほしいといったものでした。私は、もっと質の高い医療サービスを提供して欲しいといった要望が多いのではと考えていたのですが、少々驚いています。

飯野  確かに、当時のお手紙の中では医療の無駄に関しても意見が最も多かったですね。おそらくその当時のマスコミの報道に責任があると思われます。当時のマスコミの報道が「サラリーマンの窓口負担が二割から三割になる」というような患者負担増の話に集中していました。視聴者の方たちも、そこに目を奪われてしまっていたのでしょう。しかし、最近になって、視聴者の方々もずいぶん変ってきたと思います。『あすを読む』という番組があるのですが、その番組で医療の問題を取り上げると、「医療の質」に関する意見がずいぶん多くなってきたことを強く感じます。

岡部 国民にとってマスコミの報道が重要な役割を担っているのは、間違いないと思います。一方で、「消費者が動かす医療サービス市場」の著者であるハーバード大学経営大学院のレジナ・E・ヘルツリンガー教授は、他力依存ではなく「消費者自身がもっと賢く、強くならなければならない」と力説しています。消費者すなわち患者自身が、もっと勉強して意識を向上させる必要があると思われますが、この点に関してはどうお考えでしょうか。

飯野 医療の話をするに当たって、本当にびっくりしたことがあります。それは、医療の分野では、様々な情報を分析し、それを蓄積していくという作業がほとんど行われてきませんでした。最近になってようやく変ってきたようですが、これまでは、どんな患者が、どのくらいお金をかけて、どのような治療を受けて、どのような結果であったかという情報の蓄積がなかったので、医療費がどのように使われているのか、医療の質はどうであったかなど、分析しようにも何も情報がないことに愕然としたのです。加えて、提供されている医療には、その選択肢がきちんとは示されていません。これらの情報を提示していくシステムを作ることが一番重要なのかなと思います。そうすれば患者の意識も向上していくと思います。

岡部  そもそも医療の分野では、患者が手軽に利用できるような分析された情報がないということと、一つの病気についていくつかある治療法の選択肢の提示や選択の基準がないことが問題というご指摘ですね。

飯野 たとえば初診料の格差について言えば、病院に行くよりも診療所に行った方が高くなっています。このような情報は大部分の人は知らないわけですし、「この病院に行ったら、この値段でこのような治療を受けることができる」といった、医療を選択する基準をはっきりさせる必要があると思います。

岡部  そうですね。もっとも、初診料だけとると、診療所の方が病院よりも190円高いのですが、200床以上の病院に紹介状を持たずに受診すると1500円前後の特別料金が請求されるので、風邪で大学病院へ行けば高くつくようにはなっています。ただ、こんなことは一般には誰も知りません。

飯野  また、医療を取材して思ったのですが、医療の質を高めるためには、一定程度の費用も必要で、それを患者が負担しなければならないと思います。なぜか医療の世界だけは、お金が掛からないのが当たり前と思っている傾向があります。その結果として、なるべく医療費を低く抑えたいという気持ちが、国民の間に培われてしまった感があります。

岡部  さきのNHK番組では、無駄は食費など他の領域にもたくさん存在するのにも拘わらず、多くの人が殊更に医療の無駄について、問題視しています。また、クレームの対象となっている薬の重複処方とか、はしご受診時の重複検査などは、患者サイドの対応次第で回避できるものが多いのではないかとも思われます。これは、国民は医療費の負担を抑えたいという意識が強い一方で、同時に質の高いサービスを望んでいるという、要求過剰のようにも思われますが。

飯野  医療の世界では、患者に対して長い間、きちんとした説明をしてきませんでした。その結果、説明のない状況に患者の側も慣れてしまっています。したがって、患者の側にも納得がいくまで追求する意識改革が必要です。同時に、今後、高齢者も増えていきますと、提供側にも「患者が納得する」ということの重要性が増してくると思われます。医療機関も行政も患者に納得が得られるような仕組みを考えていかなければならないでしょう。

〇 医療サービスの選択肢をいかに増やすか

岡部 医療サービスの選択肢をいかにして増やすかという観点から問題となっている混合診療について、番組での患者側の意見としては、混合診療の原則解禁にはどちらかというと反対という否定的なものが多かったようですね。

飯野 「1,000通のメールから」のお手紙拝見していると、世代により賛否が分かれているように思われます。若い世代は、積極的に混合診療を導入すべきという意見の方が多いのに対し、どういうわけか、高齢者の方は反対のご意見を持たれている方が多いですね。
 私が取材したシンガポールでは、いろいろなレベルの選択肢があって、高度な医療を受けるには、高い医療費を支払わなければなりませんでした。さらに、この種の高度医療は、公的保険でなく自由診療で行われています。自由診療は医療全体の二割ほどしかないのですが、この部分があるために公的保険でカバーされる医療サービス水準の引き上げに繋がっているようです。このように牽引するものがなければ、医療の質は向上していかないように、個人的には思います。
 医療の最低限のところは、きちんと公的保険で保証して、選択肢の部分の医療については、自由に選択できる仕組みを作ることが必要だと思います。

岡部 現状では、混合診療を解禁するのではなく、特定医療費を拡大していく方向で動いていますが、何れにせよ、公的医療保険でカバーされるサービスと選択肢で拡大される範疇に入る医療サービスの境界をどう分けるのかについて、十分な議論が必要になりますね。

飯野  混合診療を認めると新しい医療への公的保険の適用がおろそかになり、その結果、高度医療の導入が遅れるのではないかという心配がありますから、公的保険に導入するルールをきっちりと定める必要があります。どのような基準で新しい医療サービスに公的保険を適用していくのかということを定めれば、全体として安心感もでてくると思います。

〇  病院の機能分化とプライマリーケア医の役割

岡部  病院の機能分化については、消費者からはあまりメールが届いてないようですが、この点はいかがでしょうか。

飯野 病院の機能分化は、最近、非常に注目されている話題です。ただ、患者としては、機能分化あまり望んでおらず、一つの病院で完結させたいと思っている患者が多いようです。また、急性期医療の入院日数が短縮化されている影響からか、病院を追い出されて行き場がないという訴えがここのところ増えています。

岡部  先日、ロンドン大学でGP制度論を教えているDr.Hillと、プライマリーケア医と専門医との役割分担の重要性を議論しました。彼女は長期にわたっての個人個人の健康管理を行うのが、プライマリーケア医、つまり、かかりつけ医の仕事であると強調していました。それが医療システムのユニバーサル・スタンダードだとも述べていました。しかしながら、日本人は、逆に大病院志向を一段と強め、開業医での治療や手術のフォローを受けたがらないのはなぜなのでしょうか。

飯野  身近で頼りになる、かかりつけ医が欲しいと思っているが、そのような医師がなかなか見つからないのが現状なのではないでしょうか。医学教育の問題もあると思われますが、開業医に対する患者の信頼感が薄いため、患者ははじめから大病院で受診してしまうものと思われます。

岡部  今年の四月から始まった二年間にわたる新医師臨床研修制度の義務化によって、少しは変ってくると思われますか。

飯野  仕組みとしては、よい方向に進んでいると思います。ただ、研修医に対してどこまでしっかり指導してくれるかという不安はあります。例えば、受け入れ先の指導医が「二カ月くらいこの科で勉強して何が分かるのか」といった気持ちで、指導するのでは、結局、優秀なプラマリーケア医は育たないと思います。ですから、受け入れる側の指導医が、短い期間でも研修医に徹底的に学んでもらおうという意欲を持って臨むことが重要です。

〇 どうあるべきかを「地域」で考え、「地域」で実行していく

岡部  医療サービスを患者本位のものに改善していくには、地域で考え、地域で実行していくといった進め方が重要ではないかと思いますが。

飯野 急性期医療を終えて退院する患者にとっては、自分の近隣でその患者さんの状態に合った医療を受けた方が、患者にとっても良いことです。急性期病院に長く入院しているよりも、早くリハビリテーションの機能を持った病院に移って、リハビリテーションを受けた方が患者さんにとっても、良いことだと思います。問題なのは、受け入れる施設があまりない状況で、急性期医療を担っている病院が入院日数を短縮させていることです。地域単位での病診連携、病病連携などをもっと積極的に行う必要があるということです。
 また、医師が十分足りているかどうかとういう議論がありますが、全体としてみれば、足りているのでしょうが、地域によって過剰・過疎が発生しています。先日、泌尿器科学会で聞いた話では、泌尿器科では、非常にお医師の数が多く、余っているようです。その弊害として、一人当たりの手術件数が少なくなり、手術の質を上げていくのに非常に苦労しているそうです。したがって、ベッド数や一定の手術の数を確保できるぐらいの医師の数などを、それぞれの地域の中で決めていく必要があります。どのような病床が必要なのか、どのような診療科の医師が何人必要なのかといったことを地域ごとに考えていくべきだと思っています。

岡部  ありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。

(取材/編集 山下)

(2004年8月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.123 p1~5 所収) 

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