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OECD医療部門長、マーク・ピアソン氏とのMonthly IHEP有識者インタビュー「OECD Health Dataによる医療の国際比較」

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話し手: OECD 医療部門長 マーク・ピアソン氏

聞き手: 医療経済研究機構  副所長 岡部陽二



 今回は、本年7月21日に慶応大学で開催の医療経済学会での招待講演者としてご来日、当機構での医療経済研究会にも参加頂き、各方面との意見交換をされましたOECD(経済協力開発機構)のマーク・ピアソン医療部門長から「OECD Health Dataによる医療の国際比較」について種々の角度からお話をお伺いしました。

 マーク・ピアソン氏は1966年、英国のヨークシャー州生まれ、オクスフォード大学卒業後、ロンドンのシンクタンクInstitute for Fiscal Studiesで研究活動に入り、1992年からOECDに20年間勤務しておられます。OECDでは、税務、環境問題、社会保障政策など分野を担当、2000年からHealth Divisionの長としてSystem of Health Accounts(SHA)の整備に加え、肥満防止、医療機器や医療サービスの価格、長期療養政策の国際比較など多岐にわたる研究の統括と関係国間の調整に奔走しておられます。この間、世銀、IMF、EUから委嘱されて、各機関のコンサルタントとしても活躍されています。

 ピアソン氏の監修でOECDから刊行されました出版物には"OECD Health at Glance"(各年、邦訳「図表で見る保険医療OECDインディケーター・2009年版」2010年6月、明石書店)、"Achieving Better Value for Money in Health Care"(2009年)、" Obesity and the Economics of Prevention; Fit not Fat"(2009年)、"Value for Money in Health Spending(2010年、邦訳「OECD医療政策白書・費用対効果を考慮した質の高い医療を目指して」2011年11月、明石書店)などがあります。

〇総保健医療支出と対GDP比の国際比較について

岡部 6月28日にOECDからリリースされました2009年度の日本の総保健医療支出は44.6兆円でした。これは図1に見られるとおり、前年比3.8%増で、対GDPでは08年の8.57%から9.46%へと1%近くも増加しました。この結果、日本の総保健医療支出の対GDP比ランキングでの順位は、一挙に上がったのではないかと思いきや、08年の34カ国中20位から09年には19位へと一つ上がっただけでした。これは驚きでした。他の先進諸国の保健医療支出も結構高い率で伸びているのですね。

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ピアソン そうですね。09年と08年の対比では、総保健医療支出の対GDP比が1%以上増えた国が6ヵ国もあります。デンマーク1.27%増、イギリス1.24%増、カナダ1.13%増などです。

岡部 日本の0.89%増は小さい方ですね。一方、同日に発表されました2010年の日本・スペインなど6カ国を含まない28ヵ国比較では、図2に見られるように、OECD平均の総保健医療総保健支出の伸びがゼロとなりました。平均増加率ゼロとなったのは、医療支出実額の増減比較データが発表されるようになって以来初めてのことで、これは本当に驚きです。これまで、4~6%で伸びてきた各国の総保健医療支出が一転して減少したのは、どういう事情によるものでしょうか。

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ピアソン 2010年の総保健医療支出は28カ国中8カ国で純減に転じました。8%超の伸びを示した韓国、チリ、ニュージーランドなどの保健医療支出は引続きハイ・ペースで増え続けていますが、経済危機に陥ったEU諸国では軒並みに急減しています。たとえば、2010まで年率平均8.4%で増えてきたアイルランドの総保健医療支出は2010年には7.6%も減少しました。ギリシャやエストニアも同様です。ただ、アイルランドでは医療費の減少は医療従事者の賃金カットと薬剤費の圧縮で実現され、医療提供の量や質には影響がなかったという見解が政府から発表されています。
  米国や主要欧州諸国の総保健医療支出は実額では増えていますが、公的支出の抑制が響いて、対GDP比はほとんど増えていません。2010年の日本の順位は一挙に上がるのではないでしょうか。

岡部 総保健医療支出の対GDP比の国別動向に対するOECD各国の関心は高いのでしょうか。

ピアソン 国よってまちまちですが、大変強い関心を示す国もあって、担当大臣から説明に来てほしいと頼まれることもあります。ただ、対GDPの%は、医療費だけではなくGDPの増減で大きく動きますので、この数字だけから自国の保健医療政策を云々するのは間違っています。国際比較の指標としては、これしかないと言うだけのことです。ところが、私の母国のブレア前首相がこの%の数字を1%引上げると総選挙のマニフェストで公約しました。これは、国民の健康度向上に向けた目標値としてはまったくナンセンスで、恥ずかしい思いをしました。

岡部 確かに、対GDP比%の増減に振り回されるのは問題ですね。一方、医療費支出のレベルは高くても、医療サービスに対する国民の満足度は必ずしも高くない国や、その逆のケースもあろうかと思うのですが。

ピアソン まさに、その通りですね。多くの国でGDPに対する医療費の割合は急激に増えていますが、満足度のレベルとの間に相関は見られません。医療費が少ない割には国民の満足度は高い国がある一方、客観的に見てかなりよい医療のアウトカムであるのに、満足度が低い国もあります。スウェーデンがその一例です。スウェーデンの医療の質は客観的に見ても良好で、アウトカムもよいのに、国民の満足度は低いようです。

岡部 診察や手術の待ち時間が長いことが、満足度を引下げていると聞いていますが。

ピアソン 待ち時間は難しい問題です。でも、10年前には多くの国で待ち時間が大問題でしたが、最近ではかなり短縮されました。オランダのように完全に消滅した国もあります。

岡部 スウェーデンでは、風邪くらいでは医師には絶対にかからない、予約をとって10日も待たされている間に治るからだと聞きますが。

ピアソン 確かに、それが理由かもしれません。イギリスでも、風邪で医師にはかかりません。そもそも、なぜ風邪で医師に診て貰う必要があるのでしょうか。でも、フランスでは医師へ行って「ウィルス性の風邪ですね、万一のために抗生剤を出しておきましょう」ということになります。「あと、鼻の薬も出しておきましょうね」と。ただの塩が入った水ですが、それが処方箋に載ります。「あと、頭痛の薬も出しましょうね」というような具合で、風邪で医師に行くと3~4種類の薬が処方されます。フランスの満足度のレベルは非常に高いのは本当です。医師はいつも愛想がよいし、医師の診断書で仕事も休めます。医師に病気だと言えば、何日休みたいかと聞いてくれます。ですから、医療機関間の競争が激しい国では、国民の満足度レベルは間違いなく高くなります。

岡部 オーストラリアも似たような状況かと思いますが。

ピアソン オーストラリアもそうですね。ただ、だからどうなのだということです。医療サービスに対するフランス人の満足度は高いですが、一方で不適切な処方が多いという事実をどう考慮すればよいでしょうか。コストが高くなるだけでなく、イギリスなどと比べて抗生剤に対する耐性が高い菌やウィルスが蔓延するといった問題もあります。
 もう一つ、所得格差による不平等をどう見るかという問題があります。イギリスやオランダのような国では、医療へのアクセスに当っての所得レベルの違いは意味を持たなくなりました。プライマリケアのレベルだけではなく、専門医のレベルでもそうです。他方、たとえば、フランスでは裕福であればあるほど、好みの医師にかかることができます。これも、満足度を高める要因に働いています。
 フランスでは裕福な人は好きなだけ医師にかかることができ、貧乏な人はお金が出せる範囲で医師にか かることができ、それぞれ満足しているわけです。これは、不平等ということではなく、社会経済的な差異と認識されています。それが良いことなのか悪いことなのか、私には分りません。OECDでも患者の意識調査を試行的に始めています。患者体験についての6つの質問を用意したアンケート形式の調査で、13ヵ国ほどの比較を試みたものです。この結果は、いずれ発表します。

〇SHA(System of Health Accounts)の導入状況について

岡部 OECDの手で2000年にはSHA (System of Health Accounts)が開発されて、機能(Function )、供給主体(Provider)、財源(Financing)の3次元テーブルでの算出方式であるVersion-1.0が確立されました。2010年からは、Version-2.0へのバージョン・アップが図られています。OECD加盟34カ国のSHA導入状況はどうなっているのでしょうか。

ピアソン OECD加盟国の対応は区々です。導入の作業が遅れている国もあり、イギリスやイタリアのように、SHAをまったく導入していない国もあります。これらの国は、総計が合っておれば、国際比較ができるものと思っているようですが、そうではありません。
 ただ、この問題は比較的早く解決すものと楽観視しています。と言うのは、このSHAはOECDがEU共同の統計機関であるユーロスタット(Eurostat)と共同で開発しました。ユーロスタットはすべてのEU加盟国(現在27ヵ国)に対し、OECDと同じ方式でヘルスアカウント・データを提供することを法的必要要件として定めました。ですから、OECD加盟国だけではなく、他のヨーロッパ諸国もSHAに準拠したデータをユーロスタットに提供しなければなりません。

岡部 OECDとユーロスタットが加盟各国に要求するデータは同じものでしょうか。

ピアソン まったく同じものです。共同のデータ・アンケートです。どちらがアンケートを送付するかはお互いの間で決めますが、送るものの内容はまったく同じです。完全なジョイント作業となっています。

岡部 それはきわめて合理的ですね。

ピアソン はい、合理的ですが、非常に難しい面もあります。EUを加えた3つの組織の間だけでなく、各国との間でも、あらゆる変更内容について協議する必要がありますから、官僚的となって融通が利かなくなる難点があります。

岡部 イギリスやイタリアに導入させることについて、OECDとしてはどのような取り組みをなさっておられるのでしょうか。

ピアソン SHA導入のメリットについての異論はなく、イタリアやイギリスでも、統計学者は導入に積極的ですが、問題は予算です。導入に必要な資金は出すように説得を続けてきましたが、今では法的に義務付けられることになったので、早急にそうしなければなりません。SHAはすでに世界の36カ国が導入しており、今後は拡大に弾みがつきます。

岡部 SHA採用国数はOECD加盟の34カ国を上回っているのですね。

ピアソン そうです。OECDに入っていないEU諸国に加えて、どちらのメンバーでもないシンガポールや東欧の数カ国が、SHAをすでに導入しています。これらの国はパリのOECD本部へやってきて、真剣に勉強して帰ります。ですから、3~4年内には、約50カ国になるものと見ています。

岡部 中国やロシアなどの新興国も導入を検討しているのでしょうか。

ピアソン 中国は興味を示していますが、ロシアはまだまだです。ロシアの医療統計は厄介です。

岡部 各国が出してくるSHAデータの正確性について、OECDはどう評価しておられますか。

ピアソン SHAの導入にかなりの労力をつぎ込んでいる国がたくさんありますが、オランダがベストです。その理由のひとつとして、医療システムを大幅に改革したため、その影響で医療費がどう変化したかを細かくモニターするためにSHAを活用するなど、かなり努力したことが挙げられます。

岡部 ドイツのデータも、整然としていて非常に正確のように思われますが。

ピアソン はい、ドイツはよいですね。ドイツにもオランダにも大きな任意健康保険セクターがありますが、これを含めた公私合算の財務構造について正確に把握するためのシステム構築に保健省が明確な方針を持って対処しています。同じ理由からフランスもよく、スイスの統計も優れています。アメリカのシステムもよくできています。

岡部 アメリカのように公的保障分野が小さく、民間医療保険中心の国ですべてを把握するのは大変ではないかと思いますが、それでも正確な数字が出るのでしょうか。

ピアソン OTC薬の購入などについて若干の問題はありますが、総じてよいシステムになっています。

岡部 医療経済研究機構でも、以前、アメリカの総医療費(Total Domestic Health Expenditure, TDHE)の算出法式を用いて、わが国の総医療費を推計する研究に取組みましたが、これがOECD向けのデータ作成の役に立っています。

ピアソン そうでしょうね。SHA・2000はアメリカのシステムに非常に近いものでした。さらに言えば、アメリカとオランダのアプローチをミックスしたものが、まさにSHAの起源です。

〇SHAVesion-2.0へのバージョン・アップについて

岡部 SHAのバージョンが、Vesion-1.0からVesion-2.0へ大きく変更されます。おもな変更点とその趣旨についてご説明ください。Vesion-1.0とVesion-2.0の間の大きな違いはどこにあるのでしょうか。

ピアソン 変更点の大部分は、ただ単に定義をもっと明確にするための変更です。長期療養とか予防とかの分野に関しては、方法論的な変更は行なってはおりません。
 大きな方法論的変更は財務面です。資金の供給源である財務面については、もっと詳細なデータが必要です。医療に使われる資金がどこから来るのかという点と、その資金を誰がコントロールしているのか、についての区別を明確にする必要があります。その両方が必要ですが、現状では両方とも揃ってはいません。
 たとえば、民間医療保険の資金は、プライベートで任意の資金ですから通常の保険契約として民間で管理されている国があります。また、民間医療保険が公的な医療システムに仕組みに組み込まれて、強制的な資金として管理されている国もあります。民間であっても、強制的なものか、任意なものなのか、区別しなければなりません。途上国の場合には、補助金なのか、外国からの援助なのか、というような点も明確にするのが、大きな変更です。

岡部 たしかに、民間医療保険の分野は日本でも所管官庁が異なり、生命保険の付加保険としての医療保険の額を正確に把握するのは困難です。

ピアソン 民間医療保険の扱いは国によって大きく異なる部分です。イスラエルでも同様の問題があり、現在は財務省がコントロールしている民間医療保険を保健省へ移すことを検討しています。これには、保険会社が最も儲かる部分に精力をつぎ込むのを、保健省が止めさせたいと言う意図が働いています。

岡部 民間医療保険の範囲やあり方を規制するのは、難しいでしょうね。

ピアソン 場合によりますが、大半の民間医療保険は、民間保険自体が自分たちのやっていることをコントロールできていないのが現状です。保険の内容について規制が加えられても、実際に変えられるのは、ほんの一部の小さい部分だけです。医療保険は民間と言っても、機能という点から言うと、じつは公的な部分が大きいのです。

岡部 フランスのシステムでは、運営は民間でも、法的な仕組みとして公的な機能を課していますね。

ピアソン その通りです。フランスの民間保険が提供するサービスについては、その内容が指示されています。いろいろな種類の保険があること自体は問題ではありません。医療費の統計に、そのコストと効果がきちんと反映できていればよいと言うことです。

岡部 長期療養費用(Long-Term Care)と介護費用など社会サービス費用との区分はどの国でも分別や把握が難しいものと思われますが、SHAルールへの加盟国からの抵抗はありませんでしょうか。

ピアソン その点については、基本的な定義は変更していません。繰り返しになりますが、定義の解釈が各国でまちまちであったので、定義をより詳細にし、どの国でも同じように解釈されるように、定義を明確化しただけの変更です。
 たとえば、図3に示しましたように、スウェーデンとオランダの長期療養費用総額の対GDP比はほぼ同じ水準ですが、中身を見るとオランダでは多くの費用が医療サービスに分類され、 スウェーデンでは逆に多くが社会サービスの費用として計上されています。サービスの実態は両国間に大きな違いがあるとは思われませんが。また、オーストラリアの長期ケアはきわめて充実していますが、SHAの長期療養費用としては計上されていません。これも解釈の違いによるものです。日本の長期療養費用も実態よりはかなり低い数字が報告されているものと見ています。定義を明確にして、実態に合わせようとするのが、Vesion-2.0での改定の趣旨です。

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岡部 日本のSHAデータは「国民医療費」統計にOTC薬の使用高など約40種類の統計から公的医療に含まれない支出を加えて推計しています。これらの統計はすべて商品やサービスの売上高など供給サイドの計数であり、消費サイドから支出額を把握する家計消費調査の計数はSHAの基礎計数としては使用していません。他の加盟国では、消費統計を活用している例があるのでしょうか。

ピアソン ほとんどの国がある程度は消費サイドの統計計数を使っています。OECDとしては、必要なデータの定義だけをガイドラインで各国に伝えて、そのデータの集め方については、各国の都合に任せています。どのような集め方がベストかについては、それぞれの国で決めてくださいということです。
 実際のところは、大半の国には、供給サイドと消費サイドの両方のデータがあり、その2つを調整する方法を探す作業は統計学者に任せています。日本では、公的医療の統計は完備していますが、家計消費統計の数字には公的消費と私的消費の区分がなされていないので、使えないものと理解しています。

岡部 消費データを効率的に使っているのは、どの国でしょうか。

ピアソン オランダですね。アメリカのデータも消費者データに大きく依存しています。アメリカには、かなり詳細な消費者データがあって、各世帯がどのくらいの額を民間保険の購入に使っているかということが分かります、その結果、供給者側のデータとかなり近いものになります。

岡部 アメリカのような民間保険主体の大国では、供給サイドのデータを集積する方がむしろ大変でしょうね。
 ところで、SHAの今後の展開については、どうお考えでしょうか。

ピアソン そうですね。Version-2へのバージョン・アップにこの3年間取組んできましたが、今後はガイドラインに沿って各国で実際にどのようなデータ収集をしているのかを見て行きたいと思っています。ガイドラインに即したデータを出して頂きたいのですが、あまり細かいところまで無理をして収集して貰う必要はありません。今後は、できるだけ収集するデータの数を少なくする方策をOECDも一緒に考えたいと思っています。分類が詳細過ぎて、データを出せない国が増えるのは、国際比較の観点からはマイナスです。収集するデータの数はむしろ減らしたいと思っています。
 私としては、SHAは医療費の内訳の詳細を比較するためのものではなく、政策面で重要な大きな数字に焦点を絞りたいと考えています。総医療費の公的と民間の別とか、薬剤費支出とか、自己負担の額とかせいぜい20項目ほどの基本計数を完全に国際比較可能なものにする方向です。たとえば、さきに図3に示しました長期療養費の例でお分かりのように、現時点で一部のデータは比較可能なものではありません。この点は、Version -2が浸透すれば、かなりよくなるものと期待しています。

〇OECD医療費統計の将来展開について

岡部 OECDでは将来的には、性別・年齢別・疾病別の医療費統計を整備する方向で検討中とのことですが、どのようなスケジュールで具体化されるのでしょうか。

ピアソン 性別と年齢別も必要ですが、疾病別に医療費を把握するのが最も重要な課題と考えています。現在、OECDでは、各国政府が補聴器に使っている金額データを集めています。これは非常に細かいデータです。でも、精神疾患に関する国別のデータはありません。糖尿病に関するデータもありません。一方で、International Diabetes Federationという組織が糖尿病に使われている医療費データを国別に出しています。
 疾病別の医療費比較で難しいのは、各国の医療システムの違いで疾病の定義と言うか範囲が異なることです。たとえば、ガンの場合、治療のアウトカムの国際比較は比較的容易です。加えて、ガンにどのくらいの医療費が使われているかの国際統計があれば、治療の効率性を比較することができて有益です。疾病別の医療費統計はどの国も持ってはいます。ドイツや米国の統計はかなり精緻です。でも、疾病の定義と言うか、アプローチの仕方が違うので、国際比較に使うのには問題があります。OECDでは、とりあえずは病院の退院データを基準にした入院患者の医療費支出を疾病別分類に使う方式を採用してはどうかと考えています。

岡部 疾病別のデータはいつ頃の導入を計画しておられるのでしょうか。

ピアソン まだ試行段階です。今年の10月に、ガンと精神疾患についての5~6カ国での試行結果が出ます。この事業はWHOと共同で進めていますが、参加国を説得するのが大変です。

岡部 ほかに国際比較の観点から重要な分野の指標にはどのようなデータがありますか。

ピアソン 政策面で重要なのは、公衆衛生での予防支出です。これは、どの国でも州や地方自治体の裁量で実施しているケースが多く、補助金の額などを含めた総額を国が把握していないのが問題です。性格はすこし異なりますが、製薬会社が後から割り戻すリベートの取扱いが国によって異なっていることも問題です。このような問題については各国の代表が集まって、議論して貰う必要があると痛感しています。

〇医療費パフォーマンスの国際比較

岡部 OECD加盟34ヵ国の健康状態は近年劇的に改善し、平均寿命も伸びていますが、GDPや国民所得水準も勘案して、どの国の医療費のパーフォーマンス(経済的効率性)が高いと見ておられますか。

ピアソン まさにどのような答えになるのか、どなたもが納得の行く形で知りたい種類の質問です。ある程度の答えとしては、図4をご覧ください。右の方から順に、オーストラリア、スイス、韓国、アイスランド、日本と並んでいます。概して、少ない医療費支出で、高い効率性を示している国々です。スイスやオーストラリアの医療費支出は多いですが、それでも経済的効率性は高くなっています。

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 この図の●印は1997年から2007年の10年間に平均寿命が長くなった歳数です。日本はすでに高齢国でしたが、全人口の平均寿命は1997年の80.5歳から2007年の82.6歳に2.1歳伸びています。これに対し縦の棒線は、DEA(Data Envelopment Analysis、包絡分析法、最も優れたパフォーマンスを示した国を基に「効率的フロンティア」を計測し,このフロンティアを一つのベンチマークとして他の国のパフォーマンスを測定する方法)を使って算出した医療費支出から予測される寿命の伸びを示しています。●印のほうが棒線より高い国ほど費用対効果で見た医療費の効率性が高いと判断される訳です。

岡部 優れた分析手法ですね。オーストラリアの効率性がもっとも高く、米国が最悪と言うのは、当らずといえども遠からずの妥当な結論かと思います。もちろん、医療費の効率性は簡単に測定して比較できるテーマではないと思いますが。

ピアソン この図の問題点としては、果たして健康に関する医療以外の決定要因が適切に反映されているのかどうかということがあり、大いに疑問があります。たとえば、スイスは山国で、空気がきれいで、毎週末スキーを楽しめる健康的な国です。全員に45歳まで兵役があるので健康体でいなければなりません。そういった要素も差し引いて調整しなければなりません。
 強いて言えば、病気になるなら、どの国で病気になりたいかということです。比較的裕福なら、アメリカで病気になるのがよいですね。医療の質は素晴らしいです。必ずしも、医療の平均的な質が高いという意味ではありませんが、お金があれば、素晴らしい医療を受けることができます。でも、一財産が必要です。

岡部 日本でも、アメリカのシステムの不平等性を批判する人は大勢います。でも、実際に病気になると、アメリカへ行って治療を受ける人も大勢います。

ピアソン そうですね。私も糖尿病とか喘息といったような普通の慢性病なら、わざわざアメリカへ行くことはないと思いますが、ガンとか急性の難病にかかれば、アメリカで治療を受けたいですね。

○保健医療支出以外のOECD Health Dataについて

岡部 次に、医師数の国際比較からは、どのような結論が出ますか。人口比での医師数はOECDでは、ギリシャが人口千人当たり4人を超えていて、最大です。OECDではありませんが、ロシアも4.5人と多いです。

ピアソン でも、ギリシャでは看護師が極端に少なく、医師が看護師の仕事をしています。医師がたくさんいて、看護師はいないという状況です。ギリシャでは、10年ほど前から医学部の学生数を増やしてきました。その結果、明らかに医師の供給が需要を上回っています。

岡部 ほかの国については、医師の数をもっと増やしたほうがよいと見ておられるのでしょうか。

ピアソン そうですね。医師数の問題のひとつは単に医師の総数ではなく、専門医と一般医(GP)の比率です。多くの国で専門医の数は急速に増えていますが、GPの数は増えていません。
 専門医が多くなる理由はよく分かります。多くの国では、GPは二流の医師と思われているからです。でも、イギリスは例外です。世界中で、GPにも専門医と同等、あるいはそれ以上の給料を支払っているのはイギリスだけです。
 アメリカなどでは、専門医とGPとでは稼げる額が格段に違います。お金はかかりますが、イギリスと同じようにGPの収入を引上げる国が増えないと、専門医が増え続けます。
 私の個人的な意見としては、医師の総数より専門分野への集中のほうが大きな問題であると思っています。高齢化の進んでいる日本などでは、おそらく今後20年以内に、一度に複数の疾患を抱えた患者の数が膨大に増えるものと思います。関節炎とか糖尿病とかガンとか。そうなった場合に、それぞれの専門医に別々にかかるというアプローチは間違っています。患者に対する心遣いの行き届いたGPが必要です。

岡部 OECD加盟国の中でGPの数を報告していないのは、日本だけです。これまで、そのような分類がなかったからですが、導入する計画は進んでいます。

ピアソン GPをどのように定義するかは、国によってまちまちです。医療費のように、OECDで共通の定義をすることも困難です。また、専門医の質を測るほうが、GPの質を測るよりずっと簡単です。産婦人科医のような特定の分野のスペシャリストであれば、定義が比較的簡単です。GPといっても、クリニックで小児科医として働いている医師もいます。その場合には、仕事の大半が小児科医という専門医になります。ただ、それはその医師のステータスが専門医というだけで、彼が出す請求書は小児科医として働いているクリニックからのものになり、GPと区別するのは困難です。ですから、様々な専門医に関するデータを収集するのは、とても難しいことです。これは国によって定義が異なり、国際的な比較が難しい分野のひとつです。

岡部 専門医とGPの収入をOECDに報告している国の数も限られていますね。でも、すべての国が報告するようになれば、日本のように勤務医の給料が低い国の政府はパニックに直面するかも知れません。

ピアソン それは韓国で問題になりました。韓国では病院サービスの料金体系が信じられないほど低いのです。プライマリケアでも、同様に低い水準です。韓国も公表しようとはしていません。米国のように、医師が高給を取っている国のほうが例外的かも知れません。

○予防医療の重要性

岡部 保健医療支出のうち、予防に充てられている支出はOECD平均でわずか3%と少ない額に留まっています。予防に保健政策の焦点を当てることにより、医療保険への膨張圧力を減らすと同時に健康を増進する可能性が高いとのOECDの指摘は当を得ているものと思います。
 最近話題に上っている予防接種にも、子どもへのDTP混合(ジフテリア・破傷風・百日咳)とか、高齢者への肺炎・インフルエンザ、女性への子宮頚がん予防ワクチンなどいろいろありますが、具体的にはどのような予防措置の指標が重要でしょうか。

ピアソン 予防の重要性については、費用対効果を訴えるという方法をとって、OECD加盟各国を唱導しています。これまでは、おもに肥満に焦点を当ててきましたが、重点を徐々に肥満からワクチン接種に移してきています。予防接種のように医療効果がはっきり分かるケースは、いわゆる一般的な予防よりずっと明確です。ですから、ある国の子供へのDTPの予防接種率が100%以下の国にはもっと強く言うべきかも知れません。少数でも接種が漏れていると、効果は半減します。日本では麻疹が問題になっていませんか。

岡部 さほど深刻ではありませんが、その問題はあります。やはり、任意ではなく、強制的な予防接種にする必要があるのでしょうね。

ピアソン 欧州の国でも、一旦なくなった麻疹が戻ってきてしまったのは、予防接種率が80%を下回ったからです。
 一方で、禁煙、肥満防止、禁酒といったような予防に力を入れる必要もありますが、まだ各国に徹底されていません。もっと積極的に取り組むべきです。

岡部 肥満防止の効果的な方法はあるのでしょうか。

ピアソン そうですね、費用対効果の面では、ラベリングといった肥満の明確化、肥満リスクの宣伝、処方薬、広報プログラム、プライマリケアのレベルで医師が指導するカウンセリング、そういったものが、優れています。
 予防段階での支出は増えますが、病院ベースの介入よりコスト・パフォーマンスははるかによい方法です。残念ながら、費用対効果はよいかも知れませんが、あまり効率的ではありません。肥満防止に注力しても、全体の肥満率平均に対して、ほんの少しの変化しか齎すことができません。うまく痩せる方法があるのは分かっていて、エビデンスもあるのですが、実行面では十分な手が打てないのです。肥満対策はOECDが取り組んでいる大きな課題のひとつです。

○保健医療資源とその利用状況のデータ、OECDの関心事

岡部 保健医療資源とその利用状況のデータは保健医療支出のデータほど全加盟国の報告が整っておりません。データが整備されていない国についてはやむを得ないものの、たとえば「全出産に占める帝王切開の比率」とか「白内障手術に占める日帰り手術の割合」の数字が日本は空欄となっています。このような数字は学会などから入手可能かと思いますが、統計情報の収集に何か問題があるのでしょうか。

ピアソン OECD側の努力不足もあります。帝王切開率の国際比較などは非常に重要な指標ですから、国の数を増やすべく収集方法をさっそく検討してみます。

岡部 日本では帝王切開の件数が過去10年ほどで7~8%から16~18%に増えて、その是非が議論の対象となっています。日本はこの数字を報告していませんが、報告をしているOECD諸国の平均は24%、メキシコ、イタリア、韓国が30%超(2004年)と高いですね。

ピアソン 中国では、一人っ子政策の影響で、都市部では60%近くになっています。このような統計数字は、学会かどこかにデータさえあれば、各国の保健省が収集に協力してくれます。OECDとしては、非公式な統計であっても、信頼できるものと判断すれば収録します。ルートさえ押さえれば、簡単です。

岡部 各国の医療政策についてのOECDとしての関心事は、①肥満の防止、②医療機器などの価格差、③長期療養サービスの普及度などと伺っていますが、OECDではこれらの課題をどういう機関で決定し、加盟国にはどのような形でアドバイスをしておられるのでしょうか。

ピアソン OECDには、保健医療委員会という会議体があり、1年に2回、各国から代表団が集まって議論をします。代表団は3~4人で、委員会は総勢150人ほどになる大きな会議です。OECDとしてどのような課題に取り組むべきかの決定は、この委員会が行います。たとえば、この委員会が「製薬における価値に基づく価格設定の状況」を調査したいとか決めるわけです。私は、委員会が議論するテーマを調整する事務局を担当しています。調査や報告書の作成は私どもではなく、外部の専門家集団に任せることもあります。

岡部 薬剤価格の国際比較研究については、日本語版「図表でみる世界の医薬品政策-グローバル市場で医薬品の価格はどのように決められるのか」(2009年、明石書店)が刊行され、好評です。学会での質問にもありましたように、こういった研究は継続してほしいものですね。

ピアソン こういった研究は定期的に反復して続けたいのですが、委員会の関心が薄れると、一貫性が失われる結果となるのはやむを得ないところです。また、私どもは病院のあり方とか経営状況に関する国際比較研究が有益であろうと考えているのですが、委員会は関心を示してくれません。

岡部 日本へのご注文は何かございませんか。

ピアソン OECDのパリ本部で働きたいという質の高い人材を求めています。フランスにも質の高い日本人はたくさんいますが、OECDへの就職希望者はほとんどありません。

岡部 雇用契約の期間などはどうなるのでしょうか。

ピアソン 最低2年、最長5年が通例です。OECDでのキャリアは国際的な繋がりもできて非常によいと思うのですが、日本のような雇用形態の国から優秀な人材が求職してくるのは困難で、どうしてももっと柔軟な雇用契約形態をとっているイギリスとかカナダとかオランダからの応募者に偏ってしまいます。

岡部 分かりました。心に留めておきます。まだまだお伺いしたいことがありますが、本日はこの辺で。ありがとうございました。

(2012年10月10日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター(Monthly IHEP)」No.213 p1~13所収)


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