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ロンドン大学客員教授アリソン・ヒル氏とのIHEP巻頭インタビュー ~英国の一般家庭医(GP)制度について


話し手:Kilburn Park Medical Centre, Dr. ALISON P. HILL
聞き手:医療経済研究機構専務理事  岡部陽二

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 英国の国民医療は、1946年に制定された国民保健サービス法(National Health Service Act of 1946、NHS法)に基づいて提供され、予防やリハビリテーションを含む包括的な医療供給システム全体の費用が主に国の一般財源により賄われています。 
 NHS制度は、いわゆるゲートキーパーの役割を果たすプライマリケアと第二次診療に分けられ、前者の担い手は「一般家庭医」(General Practitioner、GP)、後者は病院(専門医)です。GPは基本的にはそれぞれ独立した個人営業者ですが、サッチャー政権時のNHS改革(1991年改革)において、GPの中に処方薬の費用も含めた予算を自ら管理し、NHS病院と個別交渉のうえ直接契約を結び、自らが持つ登録患者を当該病院に紹介できるようなGPファンド・ホールダー(予算管理家庭医)が創設されました。
 その後、ブレア政権による労働党改革によってGPファンド・ホールダーは、50人くらいずつグループ化されてPCGs(Primary Care Groups)へ、最近に至りさらに独立性を強めたPCTs(Primary Care Trusts)へと移行しています。
 今回は、Kilburn Park Medical CentreのGPで、同時に小児科医でもあり、ロンドン大学でGP制度論の講義を受け持たれているDr. Alison P. Hillに英国のGP制度に関するお話を伺いました。

〇 GP制度のメリットとデメリット

岡部 保健医療資源の効率的な分配のために、日本においても英国のGP制度に範を求めて「かかりつけ医」の制度を導入すべきとの議論があります。英国ではGP制度が医療資源分配の効率化のみならず、英国の保健医療水準の向上にも大いに貢献してきたものと承知しておりますが、その辺りの事情を、先生のご経験を踏まえてお聞かせ願いたいのですが。

Dr.HILL GP制度は欧州ではむしろ普遍的なものですが、ことに英国では国民の保健医療に対してさまざまな貢献をしています。それはこのGP制度がいくつかの強みを持っているからです。
 たとえば、GPは地域において高い技術を持つ医師の指導の下に家庭医としての専門家となり、原因の特定が難しい疾病や複雑な症状をも解決する最善策を、患者さんとともに判断する専門性を身に付けるようになりました。
 GPは各々が地域の患者リストを持ち、それらの患者さんの生涯にわたる健康を管理しています。長期間にわたって患者さんとマン・ツー・マンのコミュニケーションを保っているため、GPと患者さんは非常に強い信頼関係で結ばれています。
 また、いかに効率よく診療所の経営を行うかが生計に大きく影響しますから、効率化への動機付けが明確になっています。
 事実、GP数が多い地域では罹患率や入院率が低くなっています。それがGP制度の効果であると断言はできませんが、何らかの関係があることは確かだと思います。

岡部 一人のGPに何人位の患者さんが登録されているのでしょうか。

Dr.HILL GP一人あたり約1,000人です。都市部では患者数が多く、地方では少ない傾向があります。また、貧困者が多い地域では追加補助金が支給されますので、登録リストに載せる患者数を減らすことができます。

岡部 診療所における医師や看護師の構成はいかがですか。

Dr.HILL 都市部の診療所の約40%は医師一人で運営されていますが、他の医師を雇っているケースもあります。看護師は診療所によっていないこともあり、受付係も同様です。非常に小規模な事業で、家族経営であるところも少なくありません。

岡部 それでは数名の医師と数名の看護師を抱えておられる、このKilburn Park Medical Centreはかなり大きな医療センターですね。

Dr.HILL ここは結構大きな診療所だと思います。われわれは「シングル・ハンデッド(人手を借りずに独力で運営している)診療所」と呼んでいますが、英国ではスコットランドの島嶼のような僻地を除いて、「シングル・ハンデッド診療所」は数少なく、またこの種の施設は減少しつつあります。非効率であると考えられているため、政府も好ましく思っていません。おそらく「シングル・ハンデッド診療所」は今後も減少するでしょうが、専門分野の異なる医師とのコミュニケーションが図れるため、患者さんには非常に人気があります。

現在こうした施設で働いてきた医師の多くが、引退期に差し掛かりつつあり、引き継いでくれる医師を見つけるのはかなり困難です。

岡部 GP制度の内包するデメリットについてお聞かせください。患者さんは特定のGPに行かなければならないなど、この制度は非常に厳格に実施されていました。
 私はロンドンで邦銀の経営をしていたことがありますが、当時、従業員が一寸した風邪でも一日勤務を休まねばならない点に大変な不便さを感じていました。GP制度があるため、従業員は住居のある地域の登録GPに通わなければならなかったからです。

Dr.HILL 今ではかなり緩和され、患者さんは自由に通院先のGPを選択できますが、一旦決めたら、引き続きそこに通うことになります。通院を登録GPに限定し、一人の医師とのコミュニケーションを良好に保つことが、患者さんの利益に繋がると考えられているからです。
 また、現時点ではGPではなく看護師が運営していますが、予約なしで通勤途上で診てもらえる医療センターもできました。GP制度も弾力化の方向で変わりつつあります。

岡部 通院先GPを一旦決めたら変更できないことは、依然として特に都市部で働く会社員などにとって便利な制とには思えませんが。また、不便さを避けるために勤務先近くの民間GPに通院すれば、全額自己負担になってしまう点も問題です。

Dr.HILL ロンドンにはNHSに属さない多くの民間GPがあり、従業員に対するフリンジ・ベネフィットとしてそれら民間GPや病院への支払いを別途民間保険でカバーしている企業もあります。確かにGP制度は会社員などにとっては不便ですが、英国では伝統的に実施されてきたため、患者さんが自ら症状に応じた医師を選ぶ判断ができず、他の制度を好まない傾向があります。
 逆に、民間医療保険制度から移ってきた患者さんはGP制度が理解できず、専門医による治療を阻まれると思うことが多いようです。
 本当の問題は、GP制度が長期間実施されてきたため、専門医にはゲートキーパーとしての能力がなく、複雑な問題に対する処理能力が養われていないことです。したがって、万一GPがゲートキーパーの役割を放棄すれば、専門医はこれに対応できず、結局は別のゲートキーパー制を導入せざるをえないでしょう。
 また、現状では患者さんが専門医に診てもらうにはGPの紹介状がなければなりませんが、GPが紹介しても専門医の診察を受けるまでに長期間待たなければなりません。
 GPが専門医の診察が必要であると判断したときは、すぐに専門医が診察できる体制であるべきです。われわれはそうした主張を始めており、現に変わりつつあります。

〇 GP制度の変遷と課題

岡部 すべてのGPがファンド・ホールダーになるよう義務づけられ、ファンド・ホールダーがPCGs(Primary Care Groups)に発展し、更に2002年4月からはPCTs(Primary Care Trust)になったと理解しています。まず、PCGsとPCTsの違いについてご説明ください。

Dr.HILL GPの集合体であるPCGsは地域のNHSに対する諮問委員会という位置付けで、地域保健当局に対して予算管理に関する助言を行っていましたが、予算管理する法的権限は持ち合わせていませんでした。
 PCTsはGPのグループが自ら予算管理を行う法的権限と法的責任を負っており、管理統制や説明責任が大きくなりました。

岡部 現在ではすべてのPCGsがPCTsになっているのですか。

Dr.HILL 制度はすでに発足していますが、思うように進んでおりません。PCGsの重要な役割は、提供した医療サービス全体に見合った診療報酬をNHSから得ることでした。したがって、一部のGPは得た利益を患者さんへのサービス向上に再投入しましたが、それができないGPとの間に格差が生じ始めました。
 たとえば、Kilburn Park Medical Centreは以前ファンド・ホールディング診療所でしたが、契約している病院との交渉の結果から得た利益により理学療法、カウンセリング、食事療法を行うこともでき、看護師も追加雇用できました。その結果、患者さんに対してより良いサービスが提供できるようになりました。
 逆に、ファンド・ホールダーではない診療所はこのような特権を得られず、患者さんへのサービスも限られたものとなってしまいました。隣り合って住んでいる人たちの間で、登録した診療所の違いによって、利用できるサービスに大きな違いが生じることとなったのです。
 そうした不公平の問題が解決されていない現状下で、NHS予算のほとんどをPCTsという新しい機関に与える考え方が出てきましたから、思うように進まない結果となっています。

岡部 予定通り進んでいないということですが、PCTsに発展したことは、以前と比して個々のGPに工夫の余地が増え、患者サービスに様々な違いが生じてくるのではないでしょうか。

Dr.HILL その答えが出るのは、これからだと思います。多くのGPは契約しているNHS病院からの予算管理委任方式を廃止するように主張しています。医療サービスの一部を病院から地域のGPグループに完全に移行させることを望んでいる訳ですが、これにはかなりの困難が予想されます。病院は非常に大きな政治的権力を持っており、この権限を手放そうとはしないでしょう。
 しかし、プライマリケアが発達しているために病気にならず、またそれほど貧しくもない都市部や郊外においては、GPが組織化されれば、地域での保健医療サービス制度全体をより効率化できると考えています。
 このような地域では、プライマリケアと病院が契約を結んで、基準を定め、監視し、すべてをスムーズに実践できると思います。ただし、まだアイデアの段階ですから、その成り行きを見極めるには時期尚早です。
 PCGsが中止になった理由は、PCG委員会が医師の視点を重視しすぎたためです。すなわち、プライマリケア医は患者志向という役割をもっと果たすべきだと考えたためであり、こうした考え方が今後の方向性を決めていくと思います。

岡部 GP間で医業収入にかなりの格差があるのでしょうか。また、英国では医師の収入が総じて低いという問題も聞いていますが。

Dr.HILL 組織的に運営されている診療所の収入は増えるし、運営がまずい診療所や非常に小規模な診療所だと収入も減ります。私も上手く組織化されていない診療所で働いたことがありますが、複雑な医療費請求や診療所の効率的な運営のあり方について全く理解できていませんでした。
 一方、これができる診療所は大きな収入を得ることができます。また、診療所はNHS以外からも収入を得ることができます。地域の企業や学校と契約を結んだり、民間保険での診療を行なったりもしています。
 医師は収入が低いという問題と同時に、土地代や建築費が非常に高いという問題も抱えています。経済的負担の大きなロンドンでは、良い診療所を建てる金銭的余裕も場所もなく、診療所の老朽化が急速に進んでいます。

岡部 そのようなプライマリケア医の診療所施設整備の手法として、民間の投資家だけではなく、政府機関も出資者として参加し、建設した施設をGPに賃貸するプロジェクトとして、LIFT(Local Improvement Finance Trust)という方式が開発されましたが、そうした考え方が現状を改善するでしょうか。

Dr.HILL LIFTは新しいモデルで、懐疑的な部分はあります。GPの出資の有無にかかわらず、民間投資家と政府機関とのパートナーシップを設立するという考え方は今までの英国にはなく、したがってすべてが見慣れないものだからです。しかし、多額の資金の目当てがついており、私の知る限りでは、更に多くの資金を投入する合意があると聞いています。

岡部 GP制度の効率を高め、保健医療の質を向上させるには、今後さらにどのような改革が必要だとお考えですか。

Dr.HILL GP制度は十分に効率的であり、最も効果的な制度の一つだと考えています。
 しかしながら、大きな問題はGPと専門医とのコミュニケーションが大変悪いことです。GPが患者さんを病院に紹介した場合、その後は患者さんが専門医の適切な診察を受けたのか否かさえ分かりません。紹介しても、手術まで長期間待たされることも日常茶飯で、専門医がフルに働いているとは思えません。
 管理システムの問題を解決したうえで、プライマリケアと病院間にある程度の権限を持ったPCTsを設け、両者を結合させれば上手く機能するかも知れません。
 大変難しいコンセプトですが、GP、専門医、看護師などが一体となり、患者さんにとって最善の方法を決定でき、対応できるシステムを構築することが必要です。

岡部 GPの声は政治に大きく反映されますか。

Dr.HILL GPの声を反映させるため、われわれはNHSと今新たな契約の交渉を行っています。GPが引退しても代わりのGPが見つからない現実、関係者のほとんどがGPの処遇や設備の老朽化に不満を抱いている事実、新しい提案がなされてもそれに協力しようとしないNHSなどの問題を、政府は無視できなくなってきています。新しい契約は間もなく詳細が分かる予定です。

(取材/編集:松原、堀田、広森)

(2003年4月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.108 p2~7 所収)

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