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厚生労働省医政局経済課課長高倉信行氏とのIHEP巻頭インタビュー ~医薬品産業ビジョンについて


話し手:厚生労働省医政局経済課課長 高倉信行氏
聞き手:医療経済研究機構専務理事  岡部陽二

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  厚生労働省は、国際的に魅力ある創薬環境の実現及び医薬品産業の国際競争力を強化する観点から、昨年8月30日に「医薬品産業ビジョン」を公表しました。
 今後は、ビジョンに掲げる具体的施策(アクション・プラン)の着実な実施やさらなる内容の拡充を通じて、医薬品産業の発展のために総合・体系的な施策を行っていくこととなります。
  今回は、厚生労働省医政局経済課長高倉信行氏に「医薬品産業ビジョン」についてお伺いしました。

〇 「医薬品産業ビジョン」に対する意見・評価

岡部 8月に公表された「医薬品産業ビジョン」を、私は高く評価しています。その理由は、ビジョンがわが国の製薬産業の未来に夢を託した明るいトーンで描かれているだけではなく、具体的に官と民の役割が明確にされていること、厚生労働省内だけでなく他の省庁との連携にまで言及されていること、そしてタイム・スケジュールが明確に示されていることです。

高倉 厚生労働大臣が、BT戦略会議で初めて「医薬品産業ビジョン」最終版を発表した8月30日に、私は経済課長の人事辞令を受けました。まさに「医薬品産業ビジョン」の実行段階を担うこととなった訳ですが、そのビジョンに対してそうした評価をいただくことは大変光栄に感じます。

岡部 現職に就任されてから、様々な機会で「医薬品産業ビジョン」に対する意見をお聞きになっていると思います。そうした意見の中から主なものをお聞かせ下さい。

高倉 ご指摘の通り、着任以降さまざまな場で「医薬品産業ビジョン」に関する説明や意見交換をしています。いずれの場においても非常に前向きな評価をいただいています。
 たとえば、医薬品産業界の方々と意見交換する機会が多くありましたが、先程挙げられた理由と同様の観点から概ね高い評価をいただいています。ただ、それだけに今後は「アクション・プラン」の実行が大事になり、責任を感じているところです。
 また、米政府と日本政府の協議の場であるMOSS協議において、公式のものではありませんが、米政府からのコメントに興味深いものがありました。今まで日本政府から発表されたこうした産業ビジョンは国内産業擁護が目的となっている感が拭えず、警戒の目を持たざるを得ない傾向にあったが、今回の「医薬品産業ビジョン」については内資、外資を問わず競争環境を整備する観点から提案されており、歓迎するというコメントです。

岡部 欧州の製薬メーカー大手5社のすべてが、その売上の過半を米国で上げています。そうしたことからも分かるように、米国の市場は極めてオープンですから、今おっしゃった米国側のコメントの意味はよく分かります。

高倉 米国側にも説明しましたが、「医薬品産業ビジョン」において国際競争力強化の項の構成は二段構えになっています。
 まず、わが国の医薬品市場を世界に誇れるような魅力ある創薬環境の場とし、内資、外資を問わず世界の企業に競ってわが国で医薬品を研究開発、製造、販売してもらうことを掲げています。すなわち、わが国の市場そのものが国際競争力を有することが重要です。
 同時に第二点として、災害やテロなどの不測事態の発生に対する危機管理や、医薬品産業をわが国経済のリーディング産業として発展させていく観点からすれば、国内資本の企業に是非とも競争の中で勝ち残ってもらう必要があるということも掲げています。もちろん、そのことと外資系企業の国内市場進出とはまったく別の話です。

岡部 あくまでも、わが国の医薬品市場全体の国際競争力強化であり、決して国内企業のみの売上や利益のためのビジョンではないということですね。

高倉 「医薬品産業ビジョン」の最終目的は、わが国において患者に質の高い医薬品をできるだけ早く、安定的に供給できる体制を確保することです。そのために我々政府の立場からできることは、医薬品企業が競争を通じて発展するための競争環境の整備です。
 実際にアクションを起こしていただくのは企業であり、当然各々の戦略に基づいて企業活動を展開される訳ですが、そうした企業活動の参考としてこの「医薬品産業ビジョン」を使っていただければと思います。そういう意味では、「医薬品産業ビジョン」はわれわれから産業界に対する「呼びかけ」という位置付けでもあると思います。

〇 「医薬品産業ビジョン」の個々の項目について

岡部 「医薬品産業ビジョン」の中でも、医薬品産業の将来像における四つのタイプがマスコミ等を通じて大きく取り上げられていますが、四つのうちスペシャリティ・ファーマの具体像が見え難いように感じます。

高倉 膨大な額の研究開発投資が必要な医薬品産業において、その産業構造論がさまざまに論じられるのは必然であり、現に海外においては大規模なM&Aが繰り返されています。そうした中で、各方面のご意見をお伺いした上で、敢えて10年後の姿として四つのタイプを「医薬品産業ビジョン」にお示ししました。 
 ただ先程も申しましたが、このビジョンは企業に参考として使っていただければと思っています。したがって、ここにお示しした考え方が、企業ごとに描いていただく将来像の手がかりとして使われることを望んでいるものであり、具体像を描くのは、あくまで個々の企業の皆さんだということです。
 M&Aに限らず、膨大な研究開発投資に伴う大きなリスクをさまざまな形で分散させることで、ハイリスクの研究開発にも効率的に臨むことができ、結果として優れた医薬品を市場に出していただくことが、患者の利益に繋がり、われわれの希望するところです。

岡部 ハイリスクの研究開発という点では、ゲノム創薬が今最も注目されています。しかし、この分野の研究開発体制は欧米の先進国より遅れていると言われています。そうした現状に対する「アクション・プラン」のポイントをお聞かせください。

高倉 ゲノム分野においては、「疾患関連タンパク質解析プロジェクト」を産官学の連携の下、国家戦略として進めていくことを掲げているのがポイントです。
 また、最近の動きで注目すべきは、企業の研究開発への取り組みに対する経済的支援として大きな役割を果たすと考えられる研究開発税制です。政府与党3党による平成15年度税制改正大綱の概要がまとめられ、研究開発費総額の約10%を法人税額から差し引く税額控除制度を創設することが示されました。
 米国における同様の税額控除が約3%の水準であることを勘案しても、与党におけるご理解とご努力による画期的な税制となると思います。売上高に占める研究開発費の比率が他産業に比べ著しく高い医薬品産業においては、極めて効果的な政策となるのではないでしょうか。
 加えて、大学や公的研究機関が生み出した種をどう産業に結び付けていくかという、TLOも重要なテーマだと思います。現在も大学や厚生労働省所管の国立試験研究機関などにおいて優れた研究成果がありますが、それらを研究者とは別分野である特許等の専門的ノウハウを持つ方のサポートによって企業への技術移転を進め、目に見える形で社会還元することが近年は求められています。技術移転機関を設置することで、企業への技術移転を進めるための体制や環境の整備を明示しています。
 以上のような取り組みを併せて行うことで、ゲノム研究を含めた研究開発に対する支援としたいと考えています。

岡部 別の観点からの施策である「先発品と後発品の競争環境の整備」も課題も重視されております。後発医薬品の使用促進策については、2002年4月の診療報酬改定で使用環境の整備が大きくなされましたが、今後さらに進められる施策についてお聞かせください。

高倉 さまざまな資料に目を通していると、後発医薬品使用促進の問題については歴史的にもさまざまな課題があったことを感じます。しかし、関係者のご努力により、それらの課題を乗り越えるための環境がととのえられてきました。後発医薬品企業の方々との意見交換の際にも、変化している、前向きに動いていることを実感しているなどの声をお聞きしています。
 ただ一方で、従来から指摘されている安定供給や情報提供に関して、いまだ充分とは言い難い企業が存在するとも指摘されており、医療関係者からの全幅の信頼を獲得できているとまでは言えません。われわれが言うまでもなく、お分かりになっているとは思いますが、せっかく追い風が吹いている訳ですから、後発医薬品企業については指摘されている課題を克服し、医療関係者や患者さんからの信頼を獲得していただくよう一層のご尽力をお願いしたいと思います。
 後発医薬品使用促進策として診療報酬上の配慮がなされましたが、これとまた別の話として、2002年10月から70歳以上の高齢者の自己負担が定率1割、一定以上の所得のある高齢者は定率2割となり、従来以上に患者さんのコスト意識も強まっており、徐々に変化となって現れることと思います。10月の医薬品市場動向は従来とあまり変化がなかったと聞いていますが、11月以降も変化を見守り続けたいと考えています。

岡部 大衆薬市場の育成についてはいかがですか。米国のドラッグストアーでの豊富な品揃えに比べ、わが国の薬局では処方箋なしで買える薬の種類が少なく、一消費者として常々不満を感じているのですが。

高倉 OTC薬につきましては、国際的整合性を図りつつ大衆薬市場を活性化させる観点から、「一般用医薬品承認審査合理化等検討会」において、一般用医薬品の承認審査に関する見直し方策を検討中であるとビジョンに記されていますが、この「一般用医薬品承認審査合理化等検討会」から2002年11月8日に中間報告書「セルフメディケーションにおける一般用医薬品のあり方について~求められ、信頼され、安心して使用できる一般用医薬品であるために~」が公表されました。
 ここでは、一般用医薬品の承認審査が従来と比べかなり整理された上で、国民から期待されるOTC薬が市場に出やすい承認審査ルールの見直しが提言されています。

岡部 大変難しい問題ですが、市場原理での自由競争による収益増大と、保険財政の中での企業展開との調和が「医薬品産業ビジョン」実現のための最大の課題であると考えます。こうした課題に対応しなければならない薬価政策についてのお考えをお聞かせください。

高倉 公的医療保険制度の中で薬剤給付をどう考えるかは、多くの論点を含み、しかも大きな影響を各方面に及ぼす問題です。「医薬品産業ビジョン」の中で私自身大きな宿題と捉えているのが、医薬品産業の国際競争力強化の問題と、ご質問の公的医療保険制度の中での薬価制度の調和の問題です。
 国際競争力強化の問題については、できるだけ自由闊達な競争の中で企業展開していただき、優れた医薬品には相応の評価をすること、いわゆるValue for Money の考え方が大切だと思っています。
 一方で、公的医療保険制度の中での薬価制度の問題については、国民が納得して負担でき、公平な価格設定が必要かと思います。これらをどう調和させるかについては、薬価だけでなく、薬剤給付のあり方も含め、中長期的な観点から検討していくことが必要だと考えています。
 ビジョン発表後、産業界を中心として実施されている研究会に厚生労働省からも参加し、こうした問題についてお互いの問題意識を確認しながら検討を進めています。

〇 今後の「医薬品産業ビジョン」推進に対する考え方について

岡部 今後の「医薬品産業ビジョン」の実行・推進にあたっては、消費者の視点からの配慮が欠かせないものと思いますが。

高倉 医薬品の持つ責任とあわせて、有効性、安全性の高い医薬品に対する国民からの期待は非常に大きいものがあります。そうした期待にどう応えるかについて様々な立場の方の意見を聞き、国民と考えを共有しながら「医薬品産業ビジョン」を推進していきたいと考えています。 

(取材/編集:広森)

(2003年2月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.106 p2~7 所収)

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