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<書評>神谷秀樹著「人間復興なくして、経済復興なし」

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「人間復興なくして経済復興なし」
亜紀書房刊
定価:本体1,900円

 

「この25年、アメリカで経済成長の恩恵を受けたのは、富の増加の9割を手にした1割の人々に過ぎなかった。中でも上位1%の人々に42%の富の増加が集中し、次の3%を足すと、上位4%で82%の富の増加が集中した。一方、下位6割の人々の富は減少した。「99%の側の人」が問いかけているのは、いったい何を目指す、誰のための『経済成長』なのか、ということではないだろうか。

私の目には、資本主義は人々が考えたような方向には進まず、公共の福祉はもたらされず、社会は分裂し、崩壊に向かっていくように見える。資本主義の是非を問わないとしても、少なくともいえることは、『これまでの資本主義』は一部の階層によって『誤用』されてきたということだ。その過ちは正さなければならない。われわれはいったいどこで何を問違ったのだろうか。」(第1章からの引用)

「強欲資本主義の過ちが、また繰り返されようとしている」現状に警鐘を鳴らしてきた著者ならではの力作である。資本主義国の失敗の要因分析を縦糸、企業家が世界を変えるベンチャーの実例とマネーゲームからソーシャルビジネスへの実体験を横糸に、ウォール街での反省をもとに「日本人による日本人のための経済復興へ向けての道筋」を熱っぽく語ってくれている。

全編を通して一貫した視点で貫かれているのは「人間が人間の尊厳を重視し、真に社会のためとなる人間中心の経済政策を採らないことには、社会の大半の人々を幸福にする経済復興は起こりえない」という理念である。言い換えると、「金額やパーセンテージなどお金に関する数や量を神のように崇めて行う経済政策は、その発想と目標を根本的に間違えている」ことを訴え、人間復興とイノベーションだけが成長に寄与し、日本経済を再生させると説いている。

著者は住友銀行、ゴールドマン・サックスを経て、1992年に「ロバーツ・ミタニ・LLC」という日本人初の投資銀行をニューヨークで創業した。処女作『ニューヨーク流「たった5人の大きな会社」』は、アメリカ人の持つ起業家精神の逞しさ、イノベーションに燃える姿を活写し、著者の「仕事の仕方、考え方」の基本を論述した好著であった。

世間には「投機」と「投資」を同じものだと考えている人が多く、両者を十把一からげにして「投資」と認識する向きが多いが、自己取引で博打と変わらないマネーゲームに参加するのは何ら生産物を生まない「投機」である。著者は万人の生活を豊かにする医療やバイオの分野を中心に米国発のイノベーションを世界に広げるための投資銀行業務に専念してきた。

もっとも、経文のようにイノベーションを唱えるのはた易いが、新しいアイディアを人より先に考え、実行しなければ、イノベーションにはならない。著者は若い読者の方に向けて、自らの人生をより豊かなものにする(必ずしも「お金持ち」になることを目指すという意味ではない)ためにこそ、イノベーションを推進し、起業家として生きることを選択肢の一つとして考えてみないか、そういう道を邁進してみようとは思わないか、と繰り返し訴え掛けている。この教育者魂に評者は共感を覚えた。

(評者: 岡部陽二、元広島国際大学教授)

(2013年8月1日、外国為替貿易研究会発行「国際金融」第1251号p70所収)

  

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