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国際的金融規制のあり方を問う

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 昨年11月に続き、本年4月1~2日にロンドン郊外で開催されたG20の第2回金融サミットでの議論は、依然として金融危機に端を発した実体経済の悪化を食い止めるための財政出動や金融政策での国際協調、IMFの融資枠拡大などが主なテーマで、金融規制強化については問題提起の段階に留まっている。G20ベースでの金融システム強化は、G7財務相・中銀総裁会合などで議論を重ねたうえ、9月に予定されている第3回金融サミットで一応の結論が出されるものと見られている。

 これまでに提起されている金融規制の論点は、①金融監督体制の一元化(各国での業態別規制の一体化とEUでの共通規制)、②金融機関の自己資本規制ルールの見直し、③時価会計評価の見直し、④ヘッジ・ファンドと格付け会社への登録制導入と監視機関の設置、⑤タックス・ヘイブンの規制強化、⑥金融機関役職員の報酬制限と一見盛り沢山である。しかしながら、これらは金融業者に対する規制が中心であって、金融危機のそもそもの発端となった米・欧での金融取引自体、すなわち「住宅ローン」「証券化」「CDSなどのデリバティブ取引」を直接規制しようとする方向ではない。また、②と③は規制強化に逆行する措置であり、④の格付け会社規制は情報開示の視点を欠いている。

 金融バブルの発生と崩壊は、資本主義社会に内在する因業のようなもので、どのようにしても回避不可能であるとの見方もあるが、市場ルールを整備・監督を徹底して強欲金融権力を制御し、国際的に金融秩序を保持することが政府や国際機関に課せられた責務ではなかろうか。

 各国政府が欧米主要行に公的資金を注入しているなかで、規制強化はナンセンスとの主張もあるが、これは間違っている。マネー資本主義の亡者たちは、今回の損失を短期間で取り戻すべく、規制回避や不況対策を口実にした規制緩和に向けてのロビー活動に余念がないからである。

 そこで、本稿では、これまで3回に亙って紹介してきた今回の金融危機で自国経済が壊滅したアイスランド、米国以上に金融被害が拡大し通貨価値も半減した英国とこの2国とは対称的に健全な金融システムを維持し続けているカナダの実例から、金融規制の本来のあり方を考えてみたい。

1、住宅ローンの貸付条件規制

 サブプライム危機の本質は、過去の古典的な不動産バブルと崩壊のパターンを踏襲しているに過ぎない。不動産価格は商品市況のように短期間で大きく変動するのではなく、長期にわたってコンスタントに上昇するので、際限なく上昇するとの錯覚に陥る。しかし、ピークに達すると長期間下落を続ける。したがって、住宅ローンは、住宅価格下落時のリスクを織り込むことが不可欠であり、居住目的に限った遡及型(リコース)を原則とし、担保掛け目は最高でも80%と法定すべきである。この原則を守ってきたカナダでは、昨年7月でも3ヶ月以上の延滞率が0.27%の低率に留まっている。このように厳しい規制下でも、カナダの持ち家比率は,65%とわが国よりも高い。

 わが国では、危機対応の経済対策として,住宅金融支援機構が保証する「フラット35の融資上限をすでに問題含みの購入額の90%から時限措置で100%に引上げる」といった、間違いなく将来に禍根を残すとんでもない政策が出現している。

2、住宅ローン債権などの証券化に対する規制

 30年前に米国で開発されたモーゲージ債に始まる債権の証券化商品については、これまで規制がほとんど存在しなかった。この無規制下で、投資銀行と格付け会社の共謀偽装が拡大したことに、今回の危機のそもそもの原因がある。住宅ローン債権などの証券化商品については、SEC、金融庁といった監督官庁がキャッシュ・フローや手数料など仕組み全体についての内容を審査し、投資家の立場に立って安全性を承認した債券のみが市場で売買できるシステムとすべきである。また、住宅ローン債権の一部は原貸出機関が、期日まで保有することを義務付けるべきである。

 格付け会社を登録制とし、それを別の機関が監督するという案は、屋上屋であって、かつ規制逃れが横行する危惧が残る。

 株式や通常の債券については、投資家が発行体の信用状態を容易に知ることができるが、証券化商品の信用度は格付け以外に頼るべき情報がない。発行時のプロスペクタスで商品の内容を詳細に公開させることも必要であるが、内容がきわめて複雑であるので、公的機関のお墨付きに頼るしかない。

3、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などのデリバティブ取引の規制

 CDSなどのデリバティブについても、市場で流通するものについては、契約一件ごとに証券化商品同様、監督官庁の事前承認制とすべきである。信用保証は、本来依頼人と保証人間の相対取引であるべきで、被保証企業の了解もなしに勝手に保証行為が行われること自体に問題がある。清算機関を作って、流動性を付与すれば解決する問題ではない。金利スワップや為替スワップなどのデリバティブについても同様である。

4、自己資本規制の緩和~プロシクリカリティー議論は規制に逆行

 サブプライム・ローン問題をきっかけに、景気変動等による金融機関の行動変化が景気変動を増幅させるメカニズムを、金融システムにおけるプロシクリカリティー(Pro-cyclicality)と捉え、自己資本規制においてもこれを重視すべきで、好況時には規制を厳しくし、不況時には緩和すべしとの議論が、日米の大手行を中心に台頭してきている。
 
 日本では、不良債権問題のなかで銀行の自己資本が大きく毀損された時期に、自己資本の不十分さがネックとなって銀行の与信行動が制約され、経済活動を下押ししたという主張で、日銀もこの見方に加担している。一連の国際会議でも、日本が提起したこの主張が通り、景気が回復するまでは、銀行の自己資本規制強化には手をつけないという合意が形成されつつある。
 
 一方で、英国政府はBIS規制の中核的資本(Tier-1)を現在の4%から8%への引き上げを、米国政府は中核的資本から優先株などを除外し普通株一本に絞るべきとする規制強化論を展開している。 

 G10諸国を対象に1992年に導入されたBIS規制は三次にわたる改定で、信用リスクだけではなく、市場リスクやオペレーショナル・リスクまで包含する複雑な体系となり、一般の投資家にはまったく理解できない。筆者は、この際カナダ政府が課しているような「銀行の総資産は正味自己資本の20倍まで」といった単純明快な規制を基本とし、その枠内でのリスク配分は各銀行に任せる方式が望ましいものと考える。
 
 簿外でサブプライム関連の証券化商品やCDOを大量に抱え込んでいたSIVや投資銀行が運営するヘッジ・ファンドは、資本関係がなくとも、実質支配基準で連結決算を義務付けることも肝要である。

5、時価会計評価の見直し~原価法は含み損拡大で逆行
 
 時価会計の緩和措置は、「保有目的の変更」を認めるというもので、市場が機能しなくなったので、「売買目的のディーリング勘定」で保有していた証券化商品を、すぐには評価替えを必要としない「貸付金・投資勘定」へ振り替えるだけの、要するに決算操作である。この措置により欧州の銀行は約2兆円の損失を繰り延べたが、決算の透明性に懸念が高まっている。帳簿価格が高いままでは、銀行は不良資産を売却する意欲を失い、市場の不信感がかえって膨らむとして、評価の見直しをしないと言明している金融機関も少数ながら存在する。これが正論であろう。

(岡部陽二・医療経済研究機構専務理事、元広島国際大学教授、元住友銀行専務取締役)

(2009年6月1日、財団法人・外国為替貿易研究会発行「国際金融」第1201号 p34~35所収)

 

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