個別記事

オペラハウス鑑賞の旅

960801Glyndebourne%264persons.jpg

 

 

 

 

 丁度20年前、ロンドンのコヴェント・ガーデンでプッチーニの「トスカ」を観たのが、私のオペラ遍歴の始まりである。爾来、14年近くに及ぶヨーロッパ在勤中に鑑賞したオペラの演目数は約80、訪れたオペラハウスも40ヶ所に達した。オペラ・ファンとしてはまだまだ駆け出しに過ぎないが、北はモスクワから南はバルセロナまで、更には南北アメリカ、シドニーなど、足跡を残したオペラハウスの数だけは誇るに足ると自負している。

これだけの数をこなすには、人気オペラのチケット入手はエージェント経由では難しく、一寸したこつが必要となる。先ずその街の一流ホテルでコンシエージュ(接客係)に頼んで、チップを弾むと結構簡単にとってくれる。それよりも確実なのは、開演の少し前にとにかく劇場へ行ってみることである。入口の辺りで物欲しそうに辺りを見回していると、どこからともなくダフ屋が現れ、交渉次第で正規料金の二倍位払えば何とかなる。

オペラの魅力は素晴らしいアリアや合唱を歌手の肉声でじかに聴けるだけではなく、工夫を凝らした舞台装置や衣装とユニークな演出・演技力の相乗効果で想像力をかきたてられるところにある。加えて、18~19世紀の貴族社会に引き戻された気分になるオペラハウスの豪華絢爛たる内装、その都市の落着いた佇まいが渾然一体となって、オペラの魅力を一段と高めているのではなかろうか。

オペラは元々は貴族の娯楽や社交の場としてベルサイユなどの宮殿内に併設された室内劇場で演じられていたが、1637年にはベニスのオペラ座が初めて大衆に門戸を開いた。それ以降、オペラは階級を越え、国境を越えて普遍的な楽しみとなり、観客に便利なようにオペラハウスはヨーロッパのどの街でも中心部にあって、大聖堂・市庁舎と共にその存在感を誇示している。ウィーンの「シュッタト・オパー」も大環状通りリンクの目抜きに堂々と建っている。

ところで、オペラの観どころや聴きどころの解説書は結構沢山読んだが、その容れ物となるオペラハウスに関する記述はほとんど見当たらなかった。こんな素晴らしい芸術作品に何故、オペラ・ファンの関心が薄いのかと、かねて疑問に思っていたところ、木之下晃氏が中央公論のグラビア・ページに36回に亙って「劇場都市シリーズ」を連載され、写真集も出版されていることを最近になって知った。氏は演奏家や指揮者の一瞬の動きの中に芸術性をとらえる高名な写真家で、気難しいことで有名なあの指揮者カラヤンの信頼も厚かった。同時に劇場建築美の追求も徹底的で、四方八方に手を尽くして撮影許可を取り付けては、私財を投じて21年の歳月をかけて世界55ヶ所のオペラハウスの内部を全部撮影されたのである。正に男のロマンを地で行く快挙で、その執念には頭が下がる。

960801Operaza1OperaLa_Scala.jpg


パリ・オペラ座、ミラノのスカラ座、それにブエノスアイレスにある4,500人収容という世界最大規模のコロン劇場が、三大オペラハウスとされているが、何れも劇場内を観て歩くだけでも楽しい。パリ・オペラ座はナポレオン三世が設計コンクールに36歳の若さで優勝したシャルル・ガルニエに建てさせたもので、均整のとれた荘重な外観は、観るものを圧倒する。しかし、オペラハウスに共通した観どころは、何といっても天井絵から円蓋ドームの曲線美、四層五層の馬蹄型に連なるロージェ(ボックス席)、ガス灯風の明かりなどの内装の美しさであろう。外観は質素ながら、内装が荘厳華麗を極めているのは、1778年建造のスカラ座であろうか。スカラ座で観た浅利慶太演出の「蝶々夫人」は余分なものを捨て去って実にすっきりした出来栄えで、豪華な舞台をかえって一段と引き立たせていたのを思い出す。

十九世紀半ばにワグナーの友人でもあった著名な建築家ゴットフリート・ゼンパーが建て、「ゼンパー・オパー」の名で親しまれてきたドレスデンのザクセン王立宮廷劇場は世界で最も美しいオペラ座といわれていた。不幸にして1945年、連合軍の空爆で灰燼に帰したが、ドイツ人のオペラに賭ける情熱は凄まじく、旧東独政府は焼失後ちょうど40年目に以前と全く同じ姿に復元した。柿(こけら)落しはドレスデンの代名詞ともいうべき「魔弾の射手」で、記念硬貨や切手まで発行して再建を祝った。このゼンパー・オパーで三回もオペラを観ることが出来たのは、まことに幸運であった。また、東欧にはプラハ、ブダペスト・ザンクトペテルブルグといった屈指の美観都市が揃っていて、これらの街の中心には、例外なく豪華なオペラハウスが建っている。元々は貴族の嗜(たしな)みであったオペラが、社会主義体制下でも政府の手で手厚く保護・育成され、観客がロンドンなどよりもずっと豪華に着飾っていたのには、何とも不思議な気分がした。オペラ鑑賞は、観客や劇場を含め全体の雰囲気を楽しむことで、複合的な美の世界に浸ることが出来る貴重な旅といえよう。

960801Operaza3SemparOpar.jpg


(おかべ・ようじ=明光証券代表取締役会長、1934年生まれ、1957年京大法卒、同年住友銀行入行、国際投融資部長・ロンドン支店長などを経て、1988年  専務取締役、1992年から現職、京都府出身、61歳) 

960801operahousekannshounotabi.jpg

 (1996年5月27日発行、「金融経済新聞」文化欄所収)

PS; このエッセーを読んで頂きました小学生のころからの友人樋口哲子さんから、彼女がウイーンへ旅行してオペラ座で観劇された際の場内の客席のスケッチを贈ってくれました(下掲)。

960527OperaIMG1.jpg

左上のボックス席の拡大図です。 

960527Opera2IMG.jpg

 

 

 

コメント

※コメントは表示されません。

コメント:

ページトップへ戻る