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私の旅行術

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 この小論は平成9年3月5日に私の所属する東京日本橋西口-タリー・クラブで行いました卓話原稿に加筆、ホーム・ページとして再構成したものです。

 実は、この卓話の前日まで冬休みをとってボルネオ島のジャングルの中にある世界一大きな洞窟を訪ねるエコ・ツアーに行っていました。夕方になるとこの巨大な洞窟から200万匹の蝙蝠が一斉に飛び立つ光景は一寸した見ものでした。

 「旅行術」と題した読物はこのように筆者が主観的に素晴らしいと思った観光地を紹介した本が多いのですが、このエッセー風実践論では旅行の行き先としてどこがよいかといった観点での話は最小限に留めたいと思います。むしろ、ここでは観光旅行・業務出張を問わず、「旅」という行動に共通したノウハウの一端を皆様にご披露したいという趣旨で纏めてみました。いわば、旅行に不可欠な「インフラ論」を目指すと偉そうなことを申し上げましても、人様に自慢できるような格別優れたノウハウを持ち合わせている訳でもございません。

 そこで、私なりにポイントを整理して7回シリーズでご説明しますので、皆様それぞれのご経験から会得された旅行術と対比いただいて、今後のご旅行に際してのご参考としていただければ幸いです。

 銀行勤めの後半には約20年間に亘って毎年100日以上海外旅行を続けて参りましたが、これだけ頻繁に旅行しますと、その間には様々な出来事に遭遇しました。7回シリーズの初回は前置きとしまして、その中で格別印象に残っている珍事と申しましょうか、武勇談と申しましょうか、日本では一寸体験できない三つの体験をご披露したいと思います。

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1、わがまま体験記

 その一つは、1980年の年末に私がロンドンから本店の部長に転勤になった時のことです。ロンドン支店長に任命された前任者もちょうど欧州へ出張中で、お互いに時間がないので、アムステルダムから東京への飛行機の中で引継をしようということになりました。ところが、当日たまたまロンドンが大雪でアムステルダム行きの出発が二時間も遅れ、アムステルダムに着いて東京行きのゲートヘ駆けつけた時には、私が搭乗すべき飛行機は滑走路へ向かって走り出しておりました。

 今ならそこで諦めているところですが、当時は元気がありましたので、そこにいたオランダ人の係員を捕まえて、「冗談じゃない、私はあの飛行機に乗らなきゃならないんだ」と怒鳴りつけました。その係員も狼狽えたのでしょうか、とっさの判断で、手にしていたウオーキー・トーキーで飛行機の操縦室に連絡しました。

 すると、驚いたことに離陸直前の飛行機が機首をこちらへ転じてすうっーと戻って来たではありませんか。蛇腹を再びとりつけて、私一人を乗せてくれたのです。その便には当時私の上司の副頭取も乗り合わせておられて、私がご挨拶するや、ばつが悪かったのでしょう、「乗客の皆様に謝れ」とお叱りを受けました。航空会杜も一度閉めたドアーを開けるとお金もかかるそうなので、よくよくのことでないと一旦出航した機が再び戻ってくるということはないようです。

 二つ目は、同じ経験を二回して、経験が如何に大事であるかという教訓を得た実話です。最初は、1979年にロンドンからスイスのチューリッヒヘ出張した時のことです。重要な会合であったので、優秀な部下を一人連れて行ったのですが、何とヒースロー空港で肝腎のその部下がパスポートを忘れてきたというのです。

 そこで引き返す訳には参りませんので、税関の係官に事情を説明し、私が保証するので一緒に通してほしいと頼み込みました。交渉に20分程かかりましたが、特別に出国許可証を発行して、無事通してくれました。スイス側でも、パスポートなしでやってきた前例はないと大分揉めましたが、結局通してくれました。さすがヨーロッパは話せば分かる所なのだと感心した次第です。

 その7年後に、当時住友銀行が参加していたパリに本拠を置く国際投資銀行の頭取が急逝されましたので、翌日のパリでの葬儀に参列すべく最終便を予約して、急いで空港へ駆けつけました。そこで、パスポートを忘れて来たことに気が付いたのですが、7年前の記憶があったので、ヒースロー空港のパスポート・コントロールでは慌てず騒がず、「一番大事な友人がパリで亡くなったので、今日中に行かねばならない」と申しましたら、「グッド・ラック」といって通してくれました。パリ空港では英語の判る係官が不在で大分手間取りましたが、ロンドンヘ戻る最終便が出た後でもあり、一筆書いただけで釈放してくれ、無事葬儀に間に合いました。

 三つ目は、ビザなし渡航の話で、1985年にロンドンから南アフリカのヨハネスブルグヘ初めて出張した際のことです。当時英国と南アの問にはビザの相互免除協定があったのですが、日本人でも長く英国に住んでおればビザ不要と秘書が勘違いし、ビザを手配しておりませんでした。ヒースロー空港から出国しようとしたところ、ビザがないと日本人は南アヘ入国出来ないとチェックされました。この時も事情を話して、現地銀行に頼んで到着までに取得するからということで、予定のフライトに乗ることが出来ました。

 一方、アメリカヘ行くのにビザが必要であった時代に、パスポートを新調したためビザの載っている旧いパスポートの携行を忘れたのですが、成田空港では新しいパスポートだけでは挺子でも通してくれませんでした。幸いその旧いパスポートを会杜に置いていたので、急邊届けて貰って何とか問に合ったのですが、ヨーロッパで経験したようなフレキシブルな扱いを日本で期待するのは残念ながら無理かと思われます。

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2
、旅の原点は好奇心にあり

 今回は旅行の目的とかテーマについて考えてみたいと思います。36年間の住友銀行在職中、海外勤務が16年、本部の国際部門で10年、合わせて26年間国際業務に携わっておりました。その間、少ない年で年間120日、多い年は160日を勤務地外で旅行をして過ごして参りました。もちろんそのほとんどは業務出張ですが、プライベートの家族旅行も結構楽しみました。その結果として、訪れた国の数は優に100ヶ国を超えております。

 もっとも、国の数はよく変わるので厄介です。1980年代の終わり頃に漸く100ヶ国を達成したと思ったら、東西ドイツと南北イエーメンが合併して二ヶ国減ったのですが、その直後に旧ソ連が15ヶ国に、ユーゴースラビアが6ヶ国に分裂、チェコスロパキアも二つに分かれ、イスラエルからパレスチナが半ば独立しました。この新たに独立した21ヶ国のうち、11ヶ国の領内の都市は既に訪ねておりましたので、一挙に11ヶ国増えた訳です。

 ところで、アメリカには入会資格を100ヶ国以上へ旅行した人に限定した「トラベル・センチュリー・クラブ」という風変わりなクラブがあり、私も入会してみました。会員にはブータンとか南イエーメンといった一人ではなかなか行けないような同への特別企両の旅行を案内してくれますほか、こういったエキゾチックな国々に関する会員相互間の情報交換も活発に行われております。

 仕事での旅行は目的が一応はっきりしていますが、観光旅行では観る対象は多岐に亙りますので、事前にテーマを絞って計画を練る必要があります。「それだけあちこちへ行って、どこが一番よかったですか?」というご質問には一番弱ります。人それぞれ何に興味があるかで、答もそれに応じて変わるからです。大白然を楽しむには、白然保護に徹しているタンザニアのセレンゲティ国立公園へのサファリ旅行が最高でしょうし、歴史好きの方には、先ずイスラエル一周の旅をお薦めします。ヨーロッパで最も美しい街ということであれば、躊躇なくプラハ、ブダペスト、ザンクト・ペテルスブルグ、それにパリを挙げます。

 中世の面影を今に留めている町としては、ベニス、ブルージュ、トレドが有名ですが、私はシエナやカールスバッド、ヨークの方が好きです。それに、旅にもTPO、即ち時と場所とオケージョンの組み合わせが大切です。ミュンヘンへ行くなら秋のオクトーバー・フェストと呼ばれるビール祭りの頃がよいでしょうし、ウイーンならオペラ・シーズン、ことに年末年始をウイーンで過ごすのは最高です。

 私の旅のテーマは、趣味の鉱物収集、滝とか洞窟・渓谷などの白然の大景観や古代遺跡巡りなどが中心となりますが、家内は草花の椅麗な庭園観賞、骨董人形や陶器のがらくた集めと、私との共通項はございませんので、一つの旅にまとめるのは大変です。

 滞在型か放浪型かも非常に難しい問題です。ロンドンヘ赴任した当初の休暇には大陸へ渡って毎日国境が変わるような忙しいドライブ旅行をしておりましたが、子供達はそんな旅行は面白くないから一緒に行かない、同じ所に二・三泊してテニスや水泳でもしたいと主張するようになりました。今から30年以上昔のロサンゼルス勤務時代のことですが、カナディアン・ロッキーヘドライブ旅行をし、自然の景観が実に素晴らしかったので、ぜひもう一度訪ねたいと思っておりましたところ、幸いシカゴヘ赴任した娘夫婦と3年前に一緒に旅行することが出来ました。彼らは同じ宿に二泊以上滞在し、バンフ・スプリングスでゴルフをし、ラフティングというスリリングなゴム・ボートでの川下りを楽んだり、テニスや乗馬もしたりといった具合で、白然を観るだけではなく、まさにその中で遊ぶといった旅の過ごし方を身につけているのです。こういう過ごし方をすると、旅行の価値も倍増する感じで、私もこの歳になって漸く滞在型の魅力を再認識した次第です。

 遊びも大事ですが、旅行の目的はやはり家に閉じ籠もっていては判らない外の世界を少しでも広く眺め、その違いを知る喜びを実感することではないでしょうか。旅行論で必ず引き合いに出されます柳田国男先生も「誰もが省みなかった処にこそ、我々の知りたい事実が残っている。旅の学問では、人の顔、何でもない物ごし、物いいなどが、本には書いていないから自分で行って経験しなければならない」と述べておられ、私もこれが旅の真髄ではないかと思います。要するに、旅の原点は好奇心にあるわけです。

 こういった観点から、草の根を分けて一般民衆の声を聞き出し、時代の風を読んで書かれたルポタージュが、私は大好きです。たとえば、エンツェルベルガーの「ヨーロッパ半鳥」、この本はベルリンの壁崩壊の数年前に旅行の白由を求めて壁を突き崩そうとする民衆の動きから、壁の崩壊を的確に予測しています。N・クリストフとS・ウーダン著の「新中国人」も同様の手法で中国の分裂を大胆に予測しています。中でも秀逸は、クォンタム.ファンドのファンド・マネジャーを一27歳で辞めた後、二年掛かりでガール・フレンドと二人でバイクに乗って6大陸、10万キロ以上を走破した体験を綴った「大投資家ジム・ロジャーズ世界を行く(原題はInvestment Biker)」です。彼はこの長い旅行で、世界の風物を眺めるだけではなく、各地で地元の人々と会って、ジム独自の分析・視点からそれぞれの国の経済の先行き、投資の可否を判断しています。このような勝手気儀な旅が、私の理想に近い旅の在り方ですが、果たしてこのような旅がこれから実現出来ますでしょうか。世界中の未知の国々を踏破してみたいという夢だけは大切にしたいものです。

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3、パック・ツアーもよし、レンタカーでの気儘な旅もよし

 友達同士の小さなグループでの手作りの旅行は、あまりスケジュールに縛られることなく、その時々の気分で行き先を変更したり、休養をとったりできる点で優れております。そうは申しましても、治安の問題もあり、パック旅行でなければ実際問題として行けない所も結構沢山あります。総じて云えば、欧米は単独の手作り、アジア・アフリカなどの発展途上国はパック・ツアー向きというところでしょうか。もっとも、パックにも色々なバリエーションがあって、欧米への観光旅行では航空チケットとホテルだけが予め決められていて、現地での行動は全く白由といったパックもあり、これはお薦めです。

 ところで、パック・ツアーといえば、日本の専売特許と思っておられる向きもございましょうが、決してそうではなく、パック発祥の地はイギリスで、今でも彼らはパックを愛用しています。1841年にトーマス・クックが、禁酒運動家570人をレスターからラフバラーという所まで鉄道会杜と交渉して割引運賃で運んだのが、パック旅行の嚆矢とされています。彼は1851年開催のロンドン万博や次いで1855年から19世紀中に5回開催されたパリ万博では鉄道と海上輸送に宿泊施設をパックにして、集客力を強化しました。トーマス・クック社は、二代目が、ナイル河の航行権を獲得して、アガサ・クリスティーの小説で一躍有名になったナイル河船旅パックの成功で、旅行サービス会杜として飛躍的に伸びました。のんびりと遺跡を観ながら過ごせるこの素晴らしいナイルの船旅もせっかちな日本人には時間がかかり過ぎるのか、どうも不評のようです。

 パック.ツアー選択のポイントとしては、自分で特定の目的地と時期を先に決めてから、それに合ったパックを探すのは必ずしも得策ではありません。私は常に行きたい候補地を三つか四つ手持ちしておいて、格好のツアーがないかしばらくウォッチし、いくつかのパックの中から選ぶことにしております。パックの人数は、旅行会杜には悪いですが、最低催行人数ぎりぎりの少人数がよく、私共の歳になると世代の異なる若者と一緒のツアーは極力避けなければなりません。価格の点では、一概には申せませんが、一流のホテルや高級レストランが予めセットされている方が、オプションで白由に探すより、結果的には安くつくのではないでしょうか。ツアー・オペレーターとしては、大手の旅行会杜は信用もあって安心ですが、最近ではシルクロード専門とかスキー旅行専門とかの得意分野に特化したところの人気も高まっております。

 パック・ツアーでもう一つの問題は添乗員です。添乗員付きのツアーは当然値段も高く、高級感があるようですが、これはあまりお薦め出来ません。10人内外の規模であれば、現地でしっかりしたガイドを付けて貰えば、それで十分です。英国からトルコやアフリカなどへ行くツアーにもよく参加しましたが、原則として現地オペレーター任せで円本のような添乗員付きのツアーはまずありません。

 旅行の時期を選ぶことも大事です。ツアーが催行されている以上、時候もよかろうと思うのは大問違いです。東南アジアやアフリカでは四季はありませんが、雨期か乾期かを確認しておかないと大変なことになります。向こうは商売ですから雨期でもツアーはやっていますが、洪水のリスクは避けるべきです。

 欧米の先進国については、ツアーに参加するのではなく、安い航空チケットだけ買って、後は鉄道か車で自由に旅行をするのが、ベストと思います。特にアメリカはレンタカーの料金が日本の半額で、しかも車杜会が発達しておりますから、セルフ・ドライブが便利です。タクシーやバスでは訪ねられないところにも見たいものが沢山あります。それにレンタカーは借りたところへ返す必要はなく、どこででも乗り捨て自由ですから、限られた時間内での行動範囲が格段に広くなります。昨年はアルバカーキでレンタカーをして、アリゾナからユタ、コロラドを廻ってきましたが、同じ行程をバスで廻るのは大変なことです。アメリカでのドライブは、道幅が広い上に最高速度も低く抑えられており、少なくとも日本で運転するよりは遥かに安全です。私は東京では怖くて白分では運転しておりませんが、欧米ではどこでも平気です。私の流儀を押しつけるつもりは毛頭ございませんが、日本でいつも運転されている方がアメリカやイギリスでのレンタカーを躊躇されるのは理解出来ません。

 海外のレンタカーで厄介なことは、運転免許です。幸い、私はイギリスで取得しました70歳まで更新不要のドライブ・ライセンスを持っております。このライセンスは英国を離れた後もどこの国でも通用して便利ですが、日本の運転免許証には英語表記がございませんので、毎年国際免許証をとり直さなければなりません。グローバル・スタンダードの時代ですから、英文表記の免許証を希望者には同時に交付するといった制度が早く出来ないものかと思います。

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4、最新情報はインターネットで

 今回はガイドブツクと地図について、私の流儀をご披露します。旅行案内書はますますカラフルになり、情報量も増えて参りましたが、本当に信頼のおける素晴らしいガイドブツクはとなると、「ミッシェラン」以外にはないのではないかと思います。「ミッシェラン」は1900年にフランスのタイヤ・メーカーが創刊したもので、レストランとホテルの格付けをした「レッド・ガイド・シリーズ」と観光対象の説明と格付けをした「グリーン・ガイド・シリーズ」、それに地図があって、この三点セットを組み合わせて使う訳ですが、それが出来るのはヨーロッパの一部の国だけです。

 「グリーン・ガイド」は日本語訳も出版されています。ヨーロッパ以外では米国のいくつかの州や都市の案内があるだけで、「日本」のガイドブツクは残念ながらいまだ作られておりません。ホテルやレストランが等級付けされると、高級なところに注目が集まりがちですが、このガイドブツクのよいところは、カバーするホテルやレストランの幅を拡げることにより、一部のお金持ちのためだけではなく、あらゆる階層の人々が適正な価格でのサービスが受けられるように工夫されている点にあります。

 「グリーン・ガイド」は国別、地方別、都市別に構成され、目的地に着くまでの様々な観光に関する情報を満載しております。主観を排したレーティングを観光対象に付けるのは、大変難しいことですが、「ミッシェラン」はすべての観光対象を三ツ星、二つ星、一つ星にレーティング評価しているのです。時間が限られておれば、とにかく「三ツ星」だけは見て回る、特に興味がある対象については「二つ星」のところも覗くと云った具合に利用すれば、効率的な旅行が楽しめます。

 もっとも日本人の感覚とは少し違った評価も付いています。英国の観光地では、たとえば日本人好みのシェクスピアが生まれた「ストラットフォード・アッポン・エイボン」は「ミシェラン」では一つ星でして、日本人は大挙してつまらないところに押しかけているということにもなります。ストラットフォードはシェクスピアが生まれたというだけで、彼が活躍したのはロンドンですから、400年まえの姿に昨年復元されたテムズ川南岸の「グローブ座」を観に行った方が、遥かに有意義かと私も思います。一方、ストラットフォードの南東部に広がる「コッツオルド」は、三ツ星ですが、日本人は殆ど訪れません。汽車の便も悪く、観光バスも少ないためかと思われますが、その中心部にある「バイブリー」という村は英国の詩人ウイリアム・モリスが「イングランドで最も美しい村」と絶賛した折り紙付きの典型的なイギリスの田園です。この辺りの民宿に一泊すれば、本当にのどかなイギリスのカントリー・ライフの一端を実感することが出来ます。

 もう一つは、たとえば町としてヨークがよい、その中でミンスター(ヨーク大会堂)が三ツ星で、その教会のステンド・グラスがやはり三ツ星といった具合に重層的に評価をしてくれている点が良く出来ています。欧米人は何でもかんでもレーティングやランキングを付けるのが好きですが、「ミッシェラン」にしたがって選択すれば、後でしまったと後悔することはまずありません。ミシェラン以外では、観光案内書よりも司馬遼太郎の「街道を行く」といった紀行文なんかを事前に読んでおいた方が役に立つと思います。旅行も読書と同様で、観た後でつまらないところへ行って無駄な時間を潰したと悔やまないように、案内書を読んだり、すでにそこを訪れたことのある知人の意見を徴したりして、予めよく吟味することが大切です。

 最近ガイドブツクよりも素晴らしいと思いますのは、インターネットです。そもそも普通の市井人にとって、インターネットを通して得られる有益な情報は、旅行と買物くらいしか見当たらないのではないでしょうか。とくに旅行情報としてインターネットが優れておりますのは、本に出ているデータなどは、ほとんどが二、三年以上も前の旧いものであるに対し、インターネットではアップ・ツー・デートの新しい情報がどんどん入って来る点です。インターネット人口が3,000万人を超えた米国では、インターネットで旅行先や催し物を調べたり、切符やホテルを予約したりする生活様式が広まりつつあります。欧米だけではなく、たとえばインターネットからダウンロード出来る上海の地図は大変立派なものです。全体の概観図から始まって次第に細分化された小さな地域まで最新の地図と英語の説明が付いています。上海の市街は毎年大きく変貌していますので、インターネットからとった地図が一番頼りになるようです。

 地図といえば、私は外国の町を訪れた時には、歩き出す前になるべく詳細でかつ美しい地図を買い求めることにしています。見た目が美しい地図が、見易くて実用的でもあり、使った後で思い出に保存しておくのにも適しています。地図を選ぶもう一つのポイントは充実した「Index(索引)」です。例えば、ロンドンの市街地図に「London AZ」というのがありますが、これは半分が索引で、索引から調べてどこにいるかすぐ判ります。日本では「能率マップ」というのが、これに近い地図です。求めた地図を有効に活用するには、目的地へ行くにはどのルート、どの交通手段が最適かをホテルのコンシエージュとも相談してから、地図上にマークをつけて活動を開始することです。よい地図があれば、街の様子も良く判り能率的に動けます。

5、ホテルはロケーション優先、旅は時刻表から始まる

 今回はホテルと交通機関の選択についての私なりの考察です。ホテルの選択にあたっては、ホテル自体の質ももちろん大事ですが、私は何よりも旅行の目的に適したロケーシヨンを選ぶのが第一ではないかと思います。一にも二にもホテルのロケーションが順要ですから、その町のどの辺りに泊まるのか、事前に地図でロケーションを確かめてから予約すべきです。業務出張では、地図でまず往訪先やレストランなどの場所をチェックし、その上でホテルを選ぶ癖をつけておくと、時間の節約が出来ます。車でのドライブ旅行の場合には、町の中心部は避けて郊外のホテルに泊まると便利です。パリやローマのような大都市では車はホテルに停めておいて、地下鉄とタクシーで移動するのが効率的です。鉄道旅行では、何といっても駅前旅館がお薦めです。手荷物をそこに放り込んで、すぐに身軽な格好で行動に移り、汽車の発車間際までゆっくり出来るからです。目的に合わせるといった観点からは、業務出張ではヒルトンとかシェラトンといったビジネス.ホテルの方が、種々のビジネス・ファシリティーに加えて、鍵を返すだけで清算は後からカードでしてくれるクィック・チェックアウトといったサービスもあって便利です。個人の観光旅行では、パック旅行の団体客が大挙して泊まるホテルは避けてこぢんまりとしたプティ・ホテルを選んだほうが、くつろげます。

 そうは申しましても、白分の好みに合ったホテルの選択を旅行会社に任せるのは極めて難しいですから、自らフアツクスかEメールで予約するのが、ベストです。外国のホテルと電話で交渉するのは困難を伴いますが、フアツクスであれば、片言の英語で十分にことが足り、また確実です。旅行会社を経由すると、選択の対象がその会社と契約しているホテルに限定されますが、ガイドブツクやインターネットで探して直接予約すれば選択の幅が格段に広がります。加えて、場所や値段・サービスの内容をよく確かめて、納得のいく適当なところを選ぶことが可能となります。先日草津温泉で二泊したのですが、草津にあるホテル、旅館104軒のうち12軒がパソコン通信での予約を受付け、料金も割り引いてくれます。電話予約では割引はないのに、パソコン通信での予約は安くなるというのも不思議なことです。イギリスではこれが一段と充実しており、2,500年前に開発されたイギリス最古の温泉地として知られ、英語の風呂(Bath)の語源ともなったバースという小さな町でも、155軒のホテルすべてが写真入りで沿革からファシリティーの詳細・宿泊代に至るまで色々な情報をインターネット上に流しています。この中から選ぶのは一仕事ですが、旅に出る前から、従来の案内書では到底望み得なかった詳細な現地の様子が手にとるように判るのは嬉しいことです。

 次にフライトや鉄遭のスケジュールを組む場合、自分で「ABC」という国際線のフライト・ブックや汽車の時刻表を読むことが大切です。「旅は時刻表から始まる」と申し上げても、決して過言ではございません。なぜなら、時刻表には実用性だけではなく、私達を未知の地へ誘ってくれる旅のロマンが潜んでいるからです。実際問題としましても、旅先でのスケジュールを勝手に決めてから、旅行会社にフライトの手配を頼むとどうしても無駄な待ち時間が増えて困ります。逆に、その目的地へ行くにはどのようなルートでどんな便があるのかを徹底的に確かめてから、面談のアポイントメントとか観光の手配を頼むと、無駄のない効率的な旅行スケジュールが組めます。ことにアフリカや中近東、アメリカでも内陸の不便な町へ行く時には、まずフライトを確かめるのが先決です。もう一つのポイントは、予定のフライトに乗り遅れたり、予定より早く仕事が片付いたりした場合に備えて、予約便の前後にどのような便があるのか、事前に調べておくといざという時に役に立ちます。

 航空機のチケットは格安のディスカウント・チケットに限りますが、時期によって値段が大きく変動しますので、比較的空いている時期を選ぶのがポイントです。もっとも冬場は安いですが、観光に使える日照時間が極端に短い真冬のヨーロッパヘ行くのが、本当に得かどうかとなると問題です。格安チケットで日本からシンガポール・香港・台北と廻るようなルートの切符は入手困難ですが、BA(英国航空)が売り出している世界一周チケットは安くて便利です。ロンドン駐在の時には子供達が米国に住んでいましたので、日本への帰国時に片道米国周りにしてこの世界周遊チケットをよく利用しました。BAの路線のない部分はユナイテッド航空で継いで、三ヶ所以上でストップ・オーバー出来ます。料金は時期によりマチマチですが、エコノミーで20万円位、ファースト・クラスのディスカウントもあって35万円位です。もっともこの世界一周ディスカウント・チケットは規制大国日本ではまだ買えませんので、香港まで別の切符で行って求めるしかありません。

 ヨーロッパ各地を廻るには、汽車の旅が便利で快適です。ロンドン・パリ間もユーロ・トンネルが完成して3時間で結ばれ、発着駅が町の中心部に位置しておりますので、今や空路より便利になりました。パリ・ブラッセル間は以前から車内で食事をしている間に着いてしまい、空港からパリ市内へ行く時問とあまり変わりません。スイスでは、たとえばマッターホルン観光の拠点、ツェルマットヘは車の乗り入れが禁止されていますので、汽車での移動が賢明です。鉄道の切符は、欧州数ヶ国をカバーする「ユーロパス」とかスイス国内だけの乗り放題のパスを外国で買い求めると大幅なディスカウントが受けられ、駅で一々買う手間も省けて便利です。ロンドンやパリ市内での移動には地下鉄とバス両方に何回でも乗れる「一日パス」とか「ウイークリー・パス」が至って便利です。料金が安いというだけでなく、一々切符を買う手間が省け、間違った路線に乗っても次の駅で降りて戻ってくればよいというのもパスの利点です。

 北欧ではバルト海の船の旅も快適です。ストックホルム・ヘルシンキの移動には、8階建てのホテルと変わらない大型豪華船を2社が運行しております。夕方に乗船すると日没までは松島を数珠つなぎにしたような素晴らしい景観を眺め、夜は船内の一流レストランや娯楽施設で楽しめますので、飽きません。翌朝目が覚めると目的地に到着、港が双方とも市の中心部に位置しておりますので、空港よりも遥かにアクセスがよく、料金もホテル代と変わりません。この船便はオスロ・コペンハーゲンからザンクト・ペテルスブルグまで延びており、日の長い夏場には特にお奨めです。

6、病気には現地のお医者さんがベスト

 今回は旅行中に病気になった時の対応策や時差解消法、それに携帯荷物・服装などについて考えてみたいと思います。年中海外出張を続けていて、一番困ったのは病気です。出張の予定は通常一ヶ月位前には固まっていますので、一寸した風邪や腹痛程度では取り止めたり、変更したり出来ません。銀行在勤中は幸い一回もキャンセルはしませんでしたが、中東湾岸諸同の旅行を最小限のアポイントだけこなして、後はホテルで休みながら何とかこなしたようなことは何度かありました。こうした私の体験から得たノウハウは、とにかく旅行中に体の具合が悪くなったら、少しお金はかかりますが、直ちにホテルにお医者さんを頼むのが一番ということです。日本から持参した薬に頼るのは避けるべきです。

 私の40歳台は腰痛の連続で、出張中にギックリ腰になり、パリのホテルにようやく辿り着いたものの、そこで動けなくなってしまいました。やむなくホテルのコンシエージュに医者を頼んだところ、相撲取りのような大男がやってきて、柔道の海老固めよろしく体全体を捻じってとりあえず治してくれました。翌朝もう一度その医者の診療所を訪ねて治療を受け、出張中にけろりと治ってしまったのには驚きました。エジプトヘ行くと必ず赤痢のような下痢に罹るのは不思議です。最初の時は同僚と一緒に出張したのですが、朝から彼と同じ食事を摂っていたのに、夜中になって私だけがおなかの激痛に襲われたのです。唯一思い当たりましたのは、私だけが昼問プールで泳ぎ、ローカル製のコーラを飲んだのがよくなかったようです。地元の人は同じコーラを飲んでも何ともないのは、既に体内に免疫体が出来ているからだそうです。この時も電話で頼むとドイツ人の医者が飛んできて注射をしてくれ、翌日には治りました。エジプトの下痢などは典型的なローカル性の病気ですから、日本から持参の薬は全く効きません。商杜でもマラリアなどの熱帯性の病気に罹った場合、日本には専門医も少なく、特効薬もないので、ロンドン辺りで入院するように指導している由です。

 時差ボケの解消は難問ですが、私の経験から得た多少有効な対策は、飛行機に乗った時点で時計の針を到着地の時間に合わせ、その時間に即した生活パターンに変えることです。目的地に着いてから変えるのでは遅きに失します。時差の克服にはこれしかないと思います、般近では「メラトニン」という睡眠薬がアメリカで売り出され、大西洋を常時往復しているコンコルド・コミューターが薬効を認めて急速に普及しましたが、私も愛用しております。従来の睡眠剤と異なって、ホルモンの働きで生活のリズムそのものを自然に変えてくれるので、副作用も少なく体にもよいようです。

 もう一つ、私は生来揺れに弱い体質で乗り物酔いに悩まされて来ましたが、これは歳をとるにつれて徐々に改善し、旅行が楽になって参りました。船酔いを防ぐには、揺れている時には文字を読まないこと、余り食べないこと、逆にお酒を多少飲むことが有効です。ファースト・クラスで離陸前にシャンペンを出してくれるのは、乗り物酔い防止の理に適ったサービスです。

 旅行中の携帯千荷物や服装につきましては、各自それぞれのお好みがありますが、私はとにかく少量化.軽量化を心掛けております。一週間以内のビジネス旅行では手荷物のチェック・インをせず、ハンド・キャリーだけで通して来ました。空港で手荷物が出てくるのを待つ時問の節約だけでも馬鹿になりません。軽量化のポイントは着替えの下着類は一組しか持たないことです。風呂に入る序でに洗っておくと、翌朝には乾いています。逆に軽量化に矛盾しますが、私はネクタイと本は多少多めに持参します。どうせ毎日別の人と会うのだから、ネクタイを頻繁に変える必要はなかろうというご意見もありましょうが、ネクタイを取り替えるのはむしろ自分の気分を変えるためです。本にしても分量は一冊で充分であっても、気分転換のためには三・四種類の違ったジャンルのものを用意しておくことが人事です。長期の旅行では靴も予備を持って行きたいものです。

 服装も機中では軽装に着替えるのが理想です。新幹線でも背広を脱いでセーターを引っかけると一寸寛いだ気分になるのは不思議です。ただし、海外旅行では背広はチェック・インしないで、必ず手許に持っていないと、チェック・インした手荷物が何かの手違いで同時に着かなかった時に困ります。

 服装とも大いに関係致しますのが、旅行にはつきものの盗難です。一度は身ぐるみ剥がれるひどい目に遭わないと、一流の旅行家にはなれないなどと強がりをおっしゃる方もありますが、私の観察では一度盗難に遭われた方は二度三度狙われます。私自身は無愛想でいつもこわい顔をしておりますので、これまで難を免れて参りましたが、泥棒や掏摸に狙われるのは、服装だけの問題ではなく、風貌がお人好しの方が多いようです。10年ほど前のことですが、ロンドンのハイドパーク・コーナーにあるヒルトン・ホテルヘ銀行のお客様を迎えに参りましたところ、いつもにこにこしておられる某杜の常務さんが青い顔をしておられました。お聞きしますと、ロビーで私をお待ちの間に地図を持った紳士がリージェント・ストリートヘはどう行くのか聞いてきたそうです。片言の英語で何とか教えてあげて、その紳士を見送った途端に、足許に置いてあったカバンがなくなっているのに気付かれた訳です。カバンを盗んだのはもちろん道を聞きにきた紳士風の男とは別人でして、ヨーロッパの泥棒はこのような連携プレーが得意です。

 マドリッドの町中で警官を装った悪者に尋問されて、汗だくで反駁している間に財布を盗まれた同僚とか、やはりスペインの列車で睡眠薬入りのジュースを飲まされて、無一物で駅に捨て置かれた知人の息子さん、ローマのスペイン広場で段ボール紙を両手で捧げ持った大勢の子供に囲まれて、懸命に振り払っている問に財布を掏られた友人の話などなど、在英中にお伺いしたこの手の実話は枚挙に暇がございません。そこで海外旅行の前には、こういったリスクをカバーしてくれるとの触れ込みで海外旅行保険を奨められますが、保険は盗難のリスク回避には殆ど役立ちません。泥棒が狙うのは現金ですが、細かい字で印刷してある保険約款の携行品免責特約で、現金の盗難事故には保険金が一銭も支払われないからです。トラベラーズ・チェックやクレジット・カードなどには保険を掛けなくても、再発行して貰えるので、まず実損を蒙ることはありません。

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7、その気になれば、何でも観られる、保険付きのお金=T/Cがベスト

 最終回には、海外での食事・観劇の方法と支払手段としてのお金の話を取りまとめてみました。パリのルカ・カールトンとかタイユバンといった有名なレストランは、通常2~3週間前に予約しておかないと、まず入れてくれません。格式の高い店では、座席は空いていても断られることがあります。普通のレストランも、直前にでも電話で予約を入れておくのが、欧米の流儀です。と申しましても、通りがかりで感じのよさそうなレストランに飛び込むのも、旅の楽しみの一つですから、トライしてみるに限ります。グルメの国フランスでも最近になって結構英語で用が足せるようになりましたが、彼らの面目にかかわるのか、料理名だけはフランス語で書かれており、私には読めません。でも、心配はご無用、「メニュー、メニュー」と叫んでいると、ちゃんとした美味しい料理が出て参ります。というのは、フランス語で「メニュー」は、献立表から転じて「シエフの当日のお薦め料理」そのものを意味するからです。フランスでなくとも、せっかく訪れたからには、その地の名物料理を一度は試すべきですが、地場の料理に飽きた時には、まず中華料理店を探すことです。中華料理店はアラブの主要都市にもイギリスの片出舎の町にも、まず間違いなくあります。

 次いで日本人の好みに合うのは、インド料理とイタリア料理で、これも結構沢山あります。アメリカでは、日本料理店がどこにでもあり、概して味も良く、値段もそこそこで、米国人にも大いに受けております。一方、ヨーロッパの日本食は値が高いだけで、お料理の質も満足できるところは少ないので、ロンドンやパリで日本食にこだわられるのは、賢明ではありません。

 オペラやミュージカルのチケットも出発前に予約しておくのが最善ですが、私の経験ではとにかく劇場へ行って辺りをキョロキョロ見廻していると、必ずダフ屋がどこからともなく現われます。正規の料金の4~5倍を吹っかけられることもありますが、開演直前になりますと、ほとんどプレミアムなしで買えることもあります。ヨーロッパの町では一流のホテルに飛び込んでコンシエージュに一寸チップを弾むと、かなり高い確率で一流劇場のチケットを入手出来ます。パリやウイーン、ミラノはもとより、モスクワ、プラハ、ドレスデンなど東欧でも例外なく街の中心部に立派なオペラ座が建っております。せっかくその町に降り立ったからにはオペラ座も観ておこうと思い立ちまして、ほとんどすべての有名なオペラ劇場でオペラやバレーを観ることが出来ました。

 海外旅行に持っていく支払手段には、クレジット・カード、トラベラーズ.チェック(T/C)、外貨現金(キャッシュ)、円札の四種類があります。最近の統計では、日本人の旅行者は買物の約4割をカードで決済し、T/C・キャッシュで約80億ドル(9,000億円強)、円札で1兆円強支払っております。カードは確かに便利ですが、便利なものは結局高くつくと覚悟しておいた方がよさそうです。外貨で支払ったカードの決済は円貨で後日行う訳ですが、VISAとマスターカードはその時の為替手数料を両杜の調達レートの1.63%と決めております。米ドルの場合、為替手数料として1ドルにつき2円強を支払っているということです。

 T/Cの場合には購入時の手数料が1%、それに仲値との為替巾が米ドルで1円、合わせてやはり、2円強となりますので、コスト的にはカードもT/Cも似たり寄ったりです。ただ、カードの場合には、加盟店が手数料をとられますので、廉価販売の土産物店ではカードでの受け取りを嫌い、割引に応じてくれませんが、T/Cやキャッシュではたとえば5%割引といったケースによく遭遇します。また、カードの通用しない商店やレストランも結構たくさんありますので、T/Cかキャッシュの携行は不可欠です。

 T/Cとキャッシュの比較では、T/Cの方が断然有利です。米ドル建てT/Cの2円強と比べて、米ドルキャッシュヘの両替手数料は相当割高です。米ドル以外の通貨の場合には、この差は一段と大きくなりますので、たとえば英国に行かれる時には英ポンド建てのT/Cを携行されるのが、最もお得です。また、ヨーロッパ各地で米ドルを現地通貨に両替されるのをよく見かけましたが、まとまったお金を一旦外貨に替え、再度現地通貨に替えるのは、一段と不利です。100ポンド札を持ってロンドンを出発し、EU加盟の15ヶ国で両替だけしてロンドンへ帰ってくると40ポンド以下に目減りするそうですから、如何に現金の両替コストが高いかお判りいただけるものと思います。もっとも統一通貨ユーロが実現して、状況は変化していますが。

 T/Cにつきましては、現在10ヶ国の通貨が日本で購入出来、外国の銀行やホテルでは手数料なしで同一の現地通貨に替えてくれます。盗難に逢ったり、紛失されたりした時にも、即時リファンドして貰えるのもT/Cの大きな魅力でございましょう、円札も海外で幅広く受け入れられるようになり、円札の持出しが頓に増加しておりますが、これはお奨めできません。外貨への交換時に為替レートに含めて差し引かれる手数料が平均して4~5%と高くつくうえ、盗難のリスクが極めて大きいからです。結構まとまったお金を、盗難リスクが保険ではカバーされない円札またはキャッシュで持ち歩くのは、日本人の悪癖の一つかと存じます。腹巻きに入れてまで現金を持っていないと気が済まないという御仁がT/C派に転向されない限り、泥棒が日本人を狙い撃ちするのは止みません。

 もう一つ、外国、ことに欧州での買物で厄介なのは、消費税(VAT)のリファンドです。欧州各国では15~20%と高い消費税を外国人旅行者には返戻してくれるのですが、これを小切手で受取っても、日本に戻って銀行経由取り立てに出すと、手数料の方が高くつくことがあります。対策としては、T/Cで購入してもリファンドはカード会杜を通じて銀行口座へ振込んで貰う方式を選択されるのがベストです。イギリスで高級陶器セットを買った場合など、日本へ郵送して貰う送料を全額消費税のリファンドで賄って、なお若干のお釣がきます。ただ、イタリアやフランスでは一定額以上の買物でないとリファンドが受けられないうえ、こちらから一々要求しないとリファンドしてくれない店が多いようです。

 長々と旅行のノウハウを論じて参りましたが、「一度旅をすると、一度分だけ私の精神は若返る10回すれば、10回分だけ若返る。旅は私にとって精神の若返りの泉である」ということです。これは私の好きなハンス・クリスチャン・アンデルセンの言葉です。皆様方もそれぞれ工夫をして旅のノウハウを蓄積され、一段と楽しい旅を続けて下さい。これで、7回シリーズの`私の旅行術を終わります。

(1997年3月、東京日本橋西ロータリークラブでの卓話を基にインターネット掲載用に加筆編集したもの)





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