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セレンゲッティへの誘い

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セレンゲッティへの誘いいざない

岡部陽二

 雄大な自然景観と美しい鉱物を求めて、五大陸の自然遺産を見て廻るのが趣味であった。独断で選んだ世界の三大瀑布(ヴィクトリア、イグアス、ナイヤガラ)、世界の三大渓谷(グランド・キャニオン、タロコ渓谷、黒部渓谷)、世界の三大湖(ティティカカ湖、死海、琵琶湖)、世界の三大奇岩(エアーズ・ロック、カッパ・ドキア、ジャイアンツ・コーズウェイ)、世界の三大洞窟(カールスバッド洞窟、ディア・ケーブ、フォンニャ洞窟)とガラパゴス諸島などについては、その見聞記をホームページに収載している。ところが、ヴィクトリア瀑布と並んで、もっとも印象深かった野生動物の天国・セレンゲッティが欠落し、画竜点睛を欠いていた。

 そこで、朧げな記憶を頼りにして、自然遺産の旅の締め括りを試みたい。アフリカ中央部のセレンゲッティは、生物多様性を実感し、地球環境保全の重要性を認識するのには、打ってつけの観光地である。コロナ禍収束後に訪ねる格好の旅行先としてお勧めしたい。

 30年前の1990年12月22日から30日までクリスマス休暇を利用して、ロンドンからの「ケニア・タンザニア・サファリ・ツアー」に家内と参加した。

 ナイロビ空港から、サファリ・カーに乗せられて、草原とはいえ、実際には広大な土漠を1週間にわたり毎日朝から晩までひたすら駆け巡る旅であった。舗装道路は少なく、ほとんどが「道なき道」で、振動が激しく、車に弱い筆者にとっては過酷な道中であった。それでも、動物に見とれている間に一日があっという間に過ぎ、車酔いもさほど苦にはならなかった。

 サファリ・カーは7人乗りの頑丈な四輪駆動のトヨタ製ランドクルザーで、猛獣に噛まれないよう窓には金網が張られていて開けられない。動物観察時には、天井が上へ移動し、車内に立って外を眺めることができる方式のセミ・オープンカーである。ケニアもタンザニアも左側通行で、右ハンドルであった。親切な黒人のガイド兼運転手が流暢な英語で分かり易く説明してくれた。ドライバーガイドの目はすごく遠くまでよく見え、運転をしながら数百メートル先に寝ているチーターでも目ざとく見つけてくれた。

 野生動物保護区内では、人口構造物の建築などは例外的にしか認められておらず、電気も水もないので、自家発電や井戸水で対処している。そのため、宿泊施設の数は限られており、ツアーの予約は相当早い時期にする必要があった。

 頂上が雪で白く輝くキリマンジェロの霊峰を左手に眺めながらナイロビから一路南下、ケニアのアンポセリ国立公園で1泊、タンザニアに入ってンゴロンゴロ保全地域で2泊、セレンゲッティ国立公園内で四日間を過ごした。

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アンポセリ国立公園~巨象行く雪のキリマンジェロを背に

 アフリカの最高峰であるキリマンジャロの山麓に広がるアンボセリ国立公園は、ケニアで最も人気があり、間近に巨大なアフリカ象の大群が見られる、まさに「アフリカ象の故郷」である。「アンボセリ」という名前は、「塩辛いほこり」を意味するマサイ語に由来する。

 サハラ砂漠以南に生息するアフリカ象とインドやタイなどに多いアジア象とは一見あまり変わらない。しかし、よく見るとアフリカ象の方が耳が大きく、頭が平らで、肩と腰が盛り上がっている。顕著な違いは、アフリカ象は雄も雌も前方にカーブした3メートルにも達する鋭い牙を持っているのに対し、アジア象の牙は短く、牙を持っていない雌も存在する点である。

 蹄の数もアフリカ象は前足四つ、後足3つに対し、アジア象は前足5つ、後足4つと多い。アフリカ象の体重は6トンから10十トンと、ヒトのほぼ100バンナの草だけを毎日大量に食べてこの体重を維持するのは大変であろう。肩までの高さ4ートルに達し、文句なしに地球上に生息する最大の動物である。

 象は女系中心の群れで、子象の面倒を看ながら暮らす高度に社会的な動物で、平均寿命も70年と長い。象の消化器はあまりよく機能しないため、糞には草木の種子が残り、それが行く先々の土地で発芽し、森の再生に繋がる、という自然の摂理には感心した。

 地上に生息している野生生物の中で、最強は「百獣の王」としてライオンがイメージされている。ところが、ガイドの説明ではアフリカ象が最強ということであった。象の性格は普段はのんびりとしているが、ライオンなどの外敵に襲われた時には、狂暴となり、ライオンといえどもまったく歯が立たないそうである。専門家が選んだ強さのランキングでも、最強は象で、キリンや河馬、ラーテルという穴熊などが上位を占め、ライオンは番外である。

 アフリカ象は1979年時点では134万頭、1990年当時には70万頭あまり生息していたが、象牙採取目的の密猟の横行で最近では40万頭ほどに減少している。1九世紀に始まるヨーロッパ諸国によるアフリカの植民地化以前にいた2,000万頭の2%に過ぎない。もっとも、ケニアでは象の保護に早くから注力した結果、アンセポリ国立公園の象は1990年当時から増加に転じたと報じられている。

 話は飛ぶが、子供のころから鉱物収集に熱中し、主に原石を集めてきた。原石は鉱物博物館に寄贈したが、彫刻を施した動物像の置物なども結構溜まっており、わが家の棚は鉱物動物園と化している。なかでも、珠玉の作品はヴィクトリア・フォールを訪ねた時にタンザニアで求めた「Symphony of Love」と題した蛇紋石(サーペンタイン)を削って彫り上げた象の彫像である。縦横とも四〇センチほどで、前方から見る1頭の象が後から見ると2頭になっており、タンザニアの現地人の奇想の芸術的センスの高さに驚かされる。

 タンザニアとロシアが主産地である蛇紋石という鉱物名はエデンの園でイヴェを誘惑して禁断の木の実を食べさせた「蛇」に由来する。古来、世界各地のさまざまな民族が金運招来や危険から身を守るお守りなどとして使用している。濃緑色の翡翠に似た光沢があり、表面に蛇を連想させる波状の模様が浮き出ている。

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ンゴロンゴロ保全地域~フラミンゴ薔薇の色して水鏡

 火山の噴火口であったンゴロンゴロ・クレーターは、冠水していない自然のままのカルデラとしては世界最大規模である。このクレーターは標高2,000メートル級の7つの外輪山に囲まれている。「ンゴロンゴロ」は、現地人の言葉で「巨大な穴」を意味する。

 この独特の美しいカルデラ地形とそこに生息する動物の驚異的な数は、地球の不思議の1つとされている。自然が作り出したこの巨大な円形劇場には、象、バッファロー、河馬、ライオンも数多く、また珍しい黒犀も見られる。

 クレーターの中央に位置する鏡のようなマガディー湖は1年中淡水に恵まれ、野生動物たちの雄大なオアシスとなっている。湖畔には無数のフラミンゴの大群が一本足の不動の姿勢で屹立して湖沼をピンク色に染めている。サファリ・ツーリストが眼を瞠るノアの箱舟とエデンの園といった感じであった。

 タンザニアを統治していた英国政府によってンゴロンゴロと隣接するセレンゲティ平原全域は1951年に1つの国立公園に指定された。しかし、国立公園化によって放牧権を奪われた原住民のマサイ族が抗議した結果、56年にこの地域が分離されて自然保護区となり、マサイ族は現在でも保護区の外延部で放牧を営むかたわら、密猟の監視など野生動物の保護活動に従事している。

 マサイ族は跳躍力に優れ、視力が2以上と強く、塩分の摂取量は牛乳から摂る1日2グラムだけで高血圧とは無縁の民族として知られている。彼らは「空の下の動物はすべて神様からの贈り物」と信じ、家畜が襲われた時に槍を持って戦う以外は野生動物と共存してきた。

 保護区の西端に位置するオルドヴァイ渓谷は、1959年に英国の考古学者ルイス・リーキーが175万年前の人類最古の頭蓋骨化石を発見した場所として有名である。78万年前のものと推定されている北京原人より100万年ほど遡った、まさに人類揺籃の地である。ここには残念ながら立ち寄れなかった。


セレンゲッティ国立公園~ライオンは樹上で眠る蚊を嫌ひ

 野生動物が繰り広げる地球上でもっとも華麗なショーの舞台、それがセレンゲッティ国立公園とンゴロンゴロ保護区、その北に隣接するケニアのマサイ・ラマ保護区を加えた広義の「セレンゲティ」地域である。総面積は日本の四国よりも少し広い。生態系そのものを間近で見ることができる貴重な場所として、また、手つかずの自然が残る地球の宝物として、一九八一年に世界遺産に登録された。

 セレンゲティは、マサイ語で「果てしない草原」を意味し、その名の通り、360度見渡せる大草原に様々な動物が自然のままの姿で暮らしている。ライオン、豹、ハイエナから、象、キリン、縞馬などの草食動物たちが混然となって雄大な大自然とその中で何の束縛も受けずに暮らす野生動物のサンクチュアリーそのものとなっている。

 この広大な地域に生息する動物は400万頭にのぼり、地球上でもっとも多くの大型哺乳類が集まる場所となっている。40種以上もの哺乳類と、駝鳥や禿鷹、ホロホロチョウ、ヘビクイ鷲など五百種以上もの鳥類など東アフリカに生息する動物のほとんどがここで見られる。 
 最強と思われているライオンにとっても、この草原で生きることは試練の連続である。健康で逞しい雄ライオンは12歳くらいまで生き、雌は少し長寿で19歳まで生きた例もある。ただ、ライオンの子供はジャッカルやハイエナ蛇などに捕食されて生殖年齢に達するまでに死ぬ確率は極めて高く、平均寿命は10歳以下である。

 虎やピューマなどの猛獣は群れを作らないが、ネコ科の動物ではライオンだけが10頭内外で群れを作る社会性を持っている。群れの目的は雌を中心とした子育てのためのものと狩りを効率的に進めるための雄の同盟があるが、仲間内での喧嘩で殺し合うことも多い。

 成熟したライオンは他の動物から襲われることはまずないので、地上で寝ても問題はないにもかかわらず、木の上で眠ることが多い。これは地表が暑こともあるが、ライオンの天敵は蚊や蠅で、蚊に刺されないように樹上で眠る習性が付いたというガイドの説明は納得できた。

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セレンゲティとガラパゴス~象亀も人を怖れぬガラパゴス

 セレンゲティの対極にある野生動物の天国は、希少な野生動物の保全地域として1978年にユネスコから世界自然遺産第一号に指定されたガラパゴスではなかろうか。

 ガラパゴスはエクアドルの西方1,000キロの赤道直下の太平洋に浮かぶ16の孤島群で、巨大な象亀やイグアナといったこの島々でしか見られない珍しい野生動物が保護されている。日本から片道3日も掛かるこの島は2006年の夏に訪れた。

 セレンゲッティと比較してのガラパゴスの第一印象は、つまらないというか、期待外れであった。というのも、この島は静かでゆったりとしており、セレンゲッティの「動」に対してまさに「静」そのものであったからである。この陽と陰ほどの違いは、ガラパゴスには肉食動物は皆無で、草食動物しか存在しないことにある。

 ガラパゴスの動物は例外なくすべてが草食性で、ほかの動物に食い殺されるということは起こり得ないので、人が近づいても逃げない。弱肉強食は起こり得ないガラパゴスでは、地上の草を食い尽くしたイグアナや象亀は食料を求めて海中に潜る両棲類になった。ダーウィンは、このようにして環境に適応することができた種属だけが生き残って進化を遂げたと考えて、適者生存の進化論に辿り着き、「種の起源」を著した。 

 片や、わが国の今西錦司博士は「ある種から新しい種が生まれても、従来種は駆逐されることなく、新しい種と共存してゆくものであり、その発生事態も突然変異などによる偶発的なものでなく、環境の変化などによって複数の個体が同時多発的に変化してゆく現象進化である」という棲み分け理論を展開された。ダーウィンの進化論が競争原理に基づいているのに対し、今西理論は共存原理に基づいているとの解釈も可能であろう。

 セレンゲッティ国立公園内の10平方キロ当たり平均の生物量は、植物5,280トン、草食動物,400キロ、肉食動物150キロである。これを単純化して肉食は体重150キロのライオン1頭、草食は体重200キロの縞馬2頭とすると、ライオン1頭は年間に約1,000キロの肉を食べるので、最低縞馬5頭が要る。縞馬1頭は年間に約3.6トンの草を食べるので、草原の再生には10平方キロほどの面積が必要で、すでにほぼ限界に達している。

 肉食のライオンがいなくなると、食べられるはずの草食の縞馬5頭(23%弱)が毎年生き残ることになり、草を食べ尽くすので草原は再生されず、食料が枯渇して縞馬は餓死するしかない。弱肉強食は非難されるべきことではなく、ライオンと縞馬の共存にも植物環境の保全にも不可欠な行動現象である。今西博士の棲み分け理論では、植物も含めた3者の共生、棲み分けで、多様な種が保存されてきたのである。セレンゲッティでの多種多様な動物の共生を目の当たりにすると「棲み分け理論」の方が現実的ではないかとも考えられ、自然の摂理に納得もできる。

ヌーの大群~サバンナにヌーの大群十字星

 セレンゲティの観光のハイライトは、有名なヌーの大移動「グレート・ミグレーション」である。セレンゲッティ国立公園の南部で乾季が近づき、ケニア側が雨季に入る5~6月ごろには、草食動物は緑の草と水を求めて、北方のマサイ・ラマへの大移動を始める。移動の先陣を切るのはグランド縞馬であるが、移動する動物の過半はヌーの大群が占める。ピーク時には土煙を上げる群れが地平線の果てまで10キロ以上も続く。

 ヌーは牛に似た角と馬のような尻尾を持ったウシ科の動物で、大型の鹿にも似ている。「ヌー」という名前は鳴き声が「ヌー、ヌー」と聞こえるところから付いたと言われている。

 外見は地味で地面に額を擦りつけるようにして草を食んでおり、草臥れ果てたようにも見えるが、走りだすと猛スピードで元気一杯に見える。

 草食動物だけではなく、彼らを追いかける肉食動物も同時に移動する。ライオンを小型化したようなチーターが鹿に似たインパラを追いかける姿を間近かに見ることもできた。

 タンザニアで雨季が始まる10月ごろには群れは再び移動を開始し、大平原に戻ってくる。これは、ケニアとタンザニアの雨季・乾季が半年ずれているところから起こる稀有な現象である。総移動距離千キロを二ヶ月近くかけて、三百万頭もの大集団で移動する「グレート・ミグレーション」を永遠に繰り返しているのは世界中で、ここだけである。

 われわれが訪れた12月には、セレンゲティの南部に屯していたヌーの大群の一部が北への移動を始めた時期で、土煙をあげて疾走する壮観を堪能できる絶好の見ごろであった。

 獲物を捕まえる肉食動物と追手から逃げる草食動物とを比べると、当然肉食動物の方が足は速い。肉食動物は一瞬で、狙った相手を一気に捕まえ、短時間で一気に仕留めるのが勝負であるため、瞬発力はある。もっとも足の速い生き物であるチーターは時速90~120キロの速さで獲物を追いかける。ただし、長時間走り続けるスタミナはない。 

 一方、敵から逃げなくてはいけない草食動物はどれだけ長く走れるかが重要である。また、新たなえさ場を求めるために長距離を移動するので肉食動物よりもスタミナがある。

 草食動物といえば、一時期流行った「草食系男子」が思い出される。「新世代の優しい男性のことで、異性をがつがつと求める肉食系ではなく、異性と肩を並べて草を食べることを願う優しい男性」を指すらしいが、筆者が、草食系で思い浮かべるのは、象やキリンではなく、ちょっと元気のないヌーや牛のようなイメージである。この暗喩は絶妙ではあるものの、定義が拡大されて、肉食系に食い荒らされる草食系男子ばかりが増えるのは、さていかがであろうか。


麒麟がくる~常夏のセレンゲティを麒麟来よ

 象、フラミンゴ、ライオン、ヌーに次いで、キリンが印象に残っている。キリンは地球上でもっとも背の高い動物として知られ、体長は約5メートル、体重は1トン前後に及ぶ。一見穏やかそうに見えるものの、脚力は強く、襲われた時にはその長い脚で強力なキックを繰り出す。さらに、キリンの長い首は最大の武器であり、約200キロを超える重い首をムチのようにしならせ、相手を叩きつける。ライオン5~6頭ほどの群れであれば、その強靭な首と脚力で軽く蹴散らせてしまう。ただ、キリンは足が長く、早く走れそうに見えるが、そうでもない。 

 中国の歴史書「史記」では、王が仁徳のある治世を行い、穏やかな世になったとき、その王のところに現れる霊獣が麒麟とされている。象やライオンはアジアや中東にも生息しているが、キリンはアフリカ中央部以南にしか存在しないので、伝聞でキリンを霊獣と考えたのではなかろうか。

 その後、明朝の時代に南海遠征した鄭和が実際にアフリカからキリンやライオンなど多数の野生動物を中国に持ち帰り、永楽帝に献上したところ、帝はとくにキリンが気に入り、伝説上の霊獣であった麒麟と姿かたちが似ているところから、実在の麒麟として珍重したと言われている。

 NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」は、まさにこの麒麟をモチーフにしたものであったが、現代の先の見えない閉塞した時代に「麒麟よ、来たれ」という気持ちは、戦国時代と何ら変わらない人間の未来への願望そのもののように思われた。

(元住友銀行専務取締役、元広島国際大学教授)

(2021年4月25日発行、日本工業倶楽部「会報」第276号、令和3年4月号、p49~58所収)









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