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<投資教室> 日興コーディアルグループ不正会計事件の再点検

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 日興コーディアルの不正会計(=粉飾決算操作)事件は、3月13日に東証が日興コーディアルグループ株の上場維持を決定したことで、金融庁が課した5億円の課徴金納付命令と会長・社長などの辞任だけで、一件落着の感が強まった。世間の関心も、不正事件からシティーバンクによるTOBの成否に移っている。

 結局、同社が平成17年3月期の有価証券報告書に不正があったとして昨年12月に訂正したのは、ベルシステム24の買収に当たって平成16年8月4日に発行されたとしたEB債が、実は9月になって発行されたことによる187億円の連結経常利益の水増しだけである。このEB債発行日付を故意に偽った私文書偽造については、不正の事実は明白であるにもかかわらず、刑事訴追されることもなく、うやむやに葬られる公算大である。訂正後の有価証券報告書に公認会計士の適正意見が付されたが、訂正前の不正会計を容認した公認会計士の処分もなされていない。

 東証が下した日興コーディアルグループ株の上場維持の判断自体は、既存株主保護や市場の混乱回避の観点から、妥当な結論と評価される。シティーバンクによるTOBが成功し、将来完全に吸収合併されれば、いずれ日興は上場廃止となるので、今の時点で上場廃止を強行する必要性はない。
 しかしながら、東証が判断の根拠として挙げている「日興が全社を挙げて不正を行なった事実は確認できず、組織的とまではいえない」という説明には、釈然としないところが残っている。

 日興のように有価証券報告書に虚偽記載があった場合に、東証が上場廃止とする基準は「その影響が重大であると当取引所が認めた時」となっており、組織的関与などを例示した具体的な基準は存在しない。したがって、上場維持の理由としては、投資家保護だけでも充分であろう。それにもかかわらず、ことさらに、組織的関与の疑いはあったが、実証できなかった点を強調した取引所の姿勢が疑問視されるのである。

 上記の有価証券報告書訂正理由の前提となった不正行為の原因を究明し、本年1月に提出された日野正晴委員長と3名の委員から成る特別調査委員会の報告書は、本件不正会計の首謀者は日興コーディアルグループ(NCC)の山本CFOとその子会社(NPI)の平野社長と断じ、「NCCの有村社長についても、本件行為に対する積極的な関与の疑いを完全に払拭することはできない」と結論づけているからである。親会社の社長・CFOと不正を実行した子会社の社長が関与した事件を「組織的関与なし」と強弁しなければならない理由は奈辺にあるのか、理解に苦しむところである。

 一方、一般論としては、組織的関与がなかったとしても、虚偽記載が市場に重大な影響を及ぼすことは充分にありうる。また、会計不正に経営者が組織的に関与しないような内部統制不在のガバナンスを許している企業を上場企業として認めてよいのか、取引所には厳格にチェックする義務があろう。資本市場は公開情報への信頼を基礎に成立しているので、「疑わしきは罰せず」というのは、人権に関わる刑事裁判の原則であって、資本市場には通用しないという認識が肝要である。

 そこで、本稿では、この事件の真相究明に当たった日野チームの「報告書」を読み直して、事件が風化する前に問題点の所在を再確認しておきたい。日興コーディアルの不正会計事件を要約すると以下のようになる。

 日興コーディアルグループ(NCC)の子会社である投資会社(NPI)がその別会社(NPIH)を使って2004年7月に「ベルシステム24」を買収。その際に、この別会社が親の投資会社向けに発行した「価格が買収会社の株価に連動する社債(=EB債)」の発行日を改ざんして遡らせ、日興コーディアルの連結決算に、この社債の評価益だけを計上、別会社に発生した投資の評価損は反映させないで、利益を水増ししたというものである。しかも、発覚時には、この操作の責任を子会社の一社員のミスであったとして、言い逃れようとした。

 SESCが指摘した法令違反事実は、
(!)NCCは子会社である日興プリンシパル・インベストメンツ㈱(NPI)が、その株式を所有し、実質的に支配しているNPIホールディングス㈱(NPIH)を連結の範囲に含めず、
(2)NPIHが発行しNPIが保有していた他社株券償還特約付社債券(=EB債)の発行日を偽るなどしてNPIの会計帳簿等を作成し、本来計上できない当該社債券の評価益を計上する
ことにより、2005年3月期の連結経常利益を187億円過大に計上した粉飾決算を行なったというものである。

 昨年の12月18日に、この不正指摘に基づいて金融庁は5億円の課徴金をNCCに課した。NCCはこの事態を踏まえて、日野正晴委員長と3名の委員から成る特別調査委員会に、この訂正の理由の前提となった事実・原因の調査・究明を委嘱したのである。
 この委員会が僅か一ヶ月の間に、社内での聞き取り調査をもとに事件の概要をとりまとめた本文だけで90ページに上る報告書は、この一案件だけの事実関係の調査に限定された社内調査という位置づけで、責任の所在などには言及していないものの、聞き取り時の問答をそのまま引用していて生々しい。企業の隠蔽体質や公認会計士との癒着ぶりなどがヴィヴィッドに伝えられており、ミステリー小説よりも興味深い秀作である。

 調査委員会が認定した、本取引の構図は、一連の次の5つの商行為によって成り立っている。
  ①NPIHを連結の範囲に含めなかった行為
  ②NPIHにEB債を発行させた行為
  ③EB債の発行日を遡らせた行為
  ④NPIHにベルシステム24の株式公開買付(TOB)を行なわせた行為
  ⑤NPIにEB債の評価益約147億円が発生(同時にNPIHに同額の評価損が発生)しているにも拘わらず、NPIHが①により非連結とされたため、NPIの評価益のみがNCCに連結計上されたという結果

 調査委員会は、上記の①~④の行為は偶然に重なり合ったものではないとの疑念を抱き、①~④の行為を⑤の目的を達成するために周到に仕組まれた一連のものであるとの仮説を立て、これを立証すべく、個々の取引の意図を解明して行なった。

 これらの四つの取引は、③の改ざん行為を除いて、個々に見れば、法的にも会計原則上も問題のない取引である。

 ①の会計処理に関しては、見解の分かれるところもあるが、このような一連の構図の中で解釈すれば、その本質は NPIHを非連結とすることがそもそもの目的であって、「NPIHを営業目的のベンチャー投資に使った場合には連結すべきか否か」といったVC条項の解釈論にあるのではないという認識に達している。

 ②のEB債の発行も、本件買収の資金はすでに用意されていたので、ローンのままで何の問題もないにもかかわらず、ベルシステム24株に評価益が出た場合に、その益出し処理に好都合な方法の選択肢の一つとして考案されたものである。

 調査報告書は、結論として「一連の取引の実態は、NPIがNPIHを非連結にできるというVC条項を利用し、連結を外れるNPIHを意のままに操作して、NPIとの間で評価益の立つベルシステム24株式を対象としたEB債を用いた取引を行なわせ、そのうえさらにNPI側に生じる評価益を水増しして計上する目的のためにEB債の発行日を遡らせるという意図的な操作を行なったものである」と断じている。

 この報告書から感得した私なりの感想は次の4点である。

 1、第一に、組織ぐるみで短期的な利益計上に知恵の限りを尽くしている浅ましい利益追求体質である。NPIでは、経常利益の3%がボーナスの原資になっていたという。経常利益が上がればボーナスが上がる業績連動報酬の制度が利益操作に走らせた動機の一つであることは間違いない。この報告書はベルシステム24に限っての調査報告であるが、このような短期利益追求至上主義で経営が行なわれれば、本件のような不正操作が多発し、本件は氷山の一角に過ぎないことは想像に難くない。

 2、第二に、道徳観の欠如である。全体の構図を解明するまでもなく、NPIによるEB債発行日付改ざんという私文書偽造の一事をもって、一連の行為全体が社会的には容認できない犯罪になっている。このことの重大性に対する当事者からの罪の認識が報告書からは読み取れないのは残念である。このような利益操作を主導したのはNCCとその子会社の経営トップであり、解決策は内部管理の徹底ではなく、トップに耳の痛いことを直言し、聞かなければ更迭するような力のある社外取締役などが機能するコーポレイト・ガバナンスの改革である。

 3、第三には、あくなき隠蔽体質である。検察庁のような強制捜査権を持たない民間人のチームが行なった調査で、前経営陣の責任にまで踏み込むことができたのは、むしろ異例である。日野委員長は「日興の社員は120%協力的であった」と賞賛されている。民間の委員会が僅か一ヶ月足らずの調査で、ここまで追求できたのは、一にかかって「Hノート」として紹介されている社内文書や関係した一般社員の証言であったことは評価できる。

 しかしながら、報告書からは、委員に矛盾点を突きつけられて、やむを得ず告白している様が如実に読みとれ、少なくとも旧経営陣トップは協力的ではなかった。EB債の発行日操作については、報告書によると、そのメールを突きつけられても「悪のりしてメールをやっていたのだと思う」(平野社長)、「冗談である」という回答が繰り返されている。NPIの平野前会長のメールが全部消去されており、報告書発行後に復元されたというのも不可解である。

 4、最後に、公認会計士のチェックがまったく機能していなかった、というよりも利益操作に公認会計士が協力していたのではないかと疑念が持たれることである。報告書によると、個々の取引については、執拗に公認会計士の見解を求め、回答にかなりの時間が掛かっている。公認会計士もこのように複雑な一連の取引については、個々の取引についての当否のみを判断するのではなく、まず、その意図するところを掴み、全体の構図を頭に入れてから対応すれば、結論は簡単に出せる。それをやっていないのは、職務怠慢か不正操作の共犯かの何れかと疑われても仕方がない。

日本個人投資家協会理事 岡部陽二)

 (2007年4月5日発行、日本個人投資家協会月刊紙2007年4月号所収)





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