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<投資教室>東電賠償債務問題のポイント

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 政府は東京電力福島第一原発事故の損害賠償について東電を支援する「原子力損害賠償支援法案」を6月14日の閣議で決定した。補償負担で東電が債務超過に陥らないよう新法で設立する「機構」が資本注入する。機構には政府が換金可能な交付国債を付与するとともに、原発を持つ電力10社から負担金を納めさせ、相互扶助機能を持たせる。東電株の上場を維持し、社債も保護される。今国会での成立は不透明である。

 枠組み決定後に行われた先月の記者会見で、「金融機関などが、東電に行った融資について、一切債権放棄をしない場合でも、東京電力に公的資金を注入することに国民の理解が得られると考えているか」との記者からの質問に対し、枝野官房長官は「到底、得られることはないと私は思っている」と述べ、金融機関などが一切債権放棄を行わない場合には、政府が公的資金の注入をしない可能性もあるという考えを示した。

 この発言が投じた一石が、各方面に波紋を巻き起こし、銀行株が急落した。銀行からの反発は当然として、閣内からも与謝野経財相が「事故は神の仕業であり、東電だけに責任を負わせ、銀行に貸し手責任が発生することは理論上考えられない」と発言、海江田経産相も「私が損害賠償チームのチーフであり、その意味では私が決める。現状、何も示されていない中で債権放棄にまで言及するのは問題」と不快感を示した。

 その後、5月20日に発表された東電の2011年3月期連結決算は、下表最右欄のとおり、災害特別損失が1兆円強に達し、最終損益が1.2兆円の赤字に転落、純資産は1.6兆円に減少した。この損失に損害賠償債務はまったく含まれていない。

 賠償の枠組みだけは決定したが、東電が債務超過に陥らないようにするには、総賠償額を抑えるしかない。要賠償総額の推定額は1.2兆円から10兆円まで幅が大きく、要は風評被害などによる損害をどこまで賠償対象に含めるかの線引きに掛っている。

 この問題の根因は、ジョン・ハレム米戦略研所長が5月12日付けの日経紙で指摘しているように、東電の賠償額にあらかじめ上限が設けられていないことにある。

 東電や他の電力会社に無限の責任を負わせることは政治的にはよいことかも知れないが、原子力政策としては誤りである。いかなる投資家も上限のない賠償責任制度に伴うリスクには耐えられず、政府が現行制度に固執するかぎり、電力株や電力債は売却するしかない。国際的に普遍化している国家賠償ルールを全面否定し、わが国の原子力産業全体の信用を地に落すこととなったこの法制の原点を下記にとりまとめた。

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米国のプライス・アンダーソン法(
Price-Anderson Nuclear Industries Indemnity Act

 米国は民間主体での原発事業を推進するために、1957年に「民間事業者に無過失責任を課すとともに、事業者が抱えた一定額以上の損害賠償債務はすべて免責し、政府が代わって負担する」という民間債務免責・国家賠償を原則とするプライス・アンダーソン法を制定した。この法律はその後数回延長され、現行法は期限2026年まで、1企業の免責額上限126億ドル(約1兆円)となっている。もっとも、スリーマイル島原発の事故でも免責上限に達せず、国家賠償が行なわれた例はない。また、政府が上限を定めずに民間債務を肩代わりするのは憲法違反であるとの訴訟が提起されたが、1978年に最高裁が合憲との判決を下している。この民間債務有限・国家賠償無限ルールは、民間ベースで原発を手掛けるほとんどの国が採り入れている。

わが国の原子力損害賠償法(1961年6月17日制定)とその立法過程

 わが国の原子力損害賠償法(原賠法)は被害者の保護を通じて、原子力産業の健全な育成を図ることを目的として(第1条)、原子力事業者の無過失無限責任(第3条)、原子力事業者への責任の集中(第4条)、保険付保の義務付け(第10条、原子力保険プールでカバーされる損害の上限は1施設1,200億円、今回は福島第2と併せ2,400億円)、国の支援措置(第16、第17条、全文下掲)などについて定めている。

 原賠法第3条1項のただし書きでは、原子力災害が「異常に巨大な天災地変または社会的動乱によって生じたものであるときは」原子力事業者は免責されることになっている。しかしながら、政府は今回の事故にこのただし書きは適用されず、あくまでも東電が無限責任を負うとの立場をとっている。法律学者の間には異論もあるが、このただし書き適用で東電が免責されれば、第17条により政府が必要な措置を講ずることとはなるものの、責任を持って賠償を実行する主体が無くなり、救済されない被害者が増えるという不都合を招来する。これは、原賠法の大きな欠陥である。

 原子力事業者に無限責任を負わせるべきではないとする主張は立法過程からあり、1959年12月に我妻栄東大教授が会長を務めた「原子力災害補償専門部会」の答申では『損害賠償措置によってカバーしえない損害を生じた場合には国家補償をなすべきである』と明記されていた。この答申に対し、委員の一人であった大蔵省主計局長が態度を留保した。その結果、国会に上程された法案では、「国家補償」という表現自体が抹消されて下欄第16条の「必要な援助」という曖昧な文言にすり替えられ、国会審議の過程でもほとんど議論されていない。この過程は「原子力損害賠償法を検討して見るブログ http://genbaihou.blog59.fc2.com/」に詳述されている。

「原子力損害賠償法」抜粋;  第四章 国の措置

第十六条 政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。

 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。

第十七条 政府は、第三条第一項ただし書の場合又は第七条の二第二項の原子力損害で同項に規定する額をこえると認められるものが生じた場合においては、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。

(参考) プライス・アンダーソン法の規定"Any claims above the $12.6billion would be covered by a Congressional mandate to retroactively increase nuclear utility liability or would be covered by the federal government"(as of 2011)

(日本個人投資家協会理事 岡部陽二)

(2011年6月15日、日本個人投資家協会発行「きらめき」2011年6月15日号所収)

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