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<投資教室>MRIインターナショナル事件と個人投資家教育

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 米金融業者MRIインターナショナル社が日本の個人投資家約8,700人から集めた1,300億円に上る資金を消失させた事件が4月下旬に発覚した。金融庁が免許取消処分を下してから2カ月近くを経た今日、未だに事件の真相は藪の中である。

 個人投資家から債権回収の委託をとりつけた被害対策弁護団が5月12に開いた説明会には、1,500人を超える個人投資家が集まったものの、債権回収の可能性については何一つ明かにはなっていない。ただ、数十人の弁護士がこの事件に群がって来ているからには、彼らは多少の回収は可能と見ているのであろう。

 この事件の背景と個人投資家への啓蒙のあり方について考えてみたい。

1、MRIインターナショナル(MRI社)のビジネス

 エドウィン・ヨシヒロ・フジナガという日系米国人が1998年にラスベガス郊外の住宅地にMRI社を設立した。同社は「診療報酬請求債権」を買取って回収する「MARS投資」と称する資金運用事業を中心に手掛け、年利6.0~8.5%の高利運用が可能と宣伝して、事業資金のほとんどを日本人顧客から集めていた。

 同社日本支店はファンドを販売する金融業者として2008年に関東財務局に登録されたが、日本では勧誘業務のみを行ない、集めた資金は即時に米国の指定銀行口座に送金させて、運用業務はすべて米国で行なっていた。

 病院などが医療保険会社などに対して有する「診療報酬請求債権」の回収を業とするファクタリング金融は米国では広く普及しており、資金繰りが忙しい中小の病院やナーシング・ホームは資金回収の大半をこのファクタリング会社に委ねている。

 米国の病院はメディケア・メディケイドといった公的保険のほかに通常20社程度民間保険と契約している。その契約条件は保険ごとに異なるうえ、契約条件に合致した請求であるか否かの紛争が絶えず、回収に15~150日を要するため、資金の早期回収を図るべく、診療報酬債権のままファクタリング会社に売却する。

 ファクタリング会社は通常「回収可能見込み額」の80%を無条件で支払い、回収後に残額を支払う。80%の算定基準となるのは債権額全額ではなく、ファクタリング会社が過去の経験則から回収可能と判断した回収見込み額である。

 これは図1に示したとおり、米国では、病院が提示した価格の1/3しか実際には回収されない極端な一物多価となっているからである。たとえば、某病院が行なう冠動脈ステント挿入手術の提示価格は38千ドル、実際には、メディケアの支払額は16千ドル、メディケイドでは7千ドル、民間保険とは16~38千ドルの間で取極められている。また、同じ手術でも病院によって提示価格にも実収額にも大きな開きがある。

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 ファクタリング会社は、この診療報酬債権を月2~6%の高利で買取るので、収益性は高い。そのファイナンスは通常銀行からの債権担保借入で行なわれている。MRI社は銀行借入に替えて、日本の投資家から無担保で借入れただけのことである。同社が提出したB/Sにも「借入金」として計上されており、ファンドの実体は存在しない。

 MRI社が喫損した一因としては、04年から08年に掛けての契約の86%が円ベースで6%を超える高利廻りを保証、為替リスクは同社が全面的に負担していたため、円高で打たれたとの推測もなされている。

 このような事実を何ら確認せずに、資金を米国に送金した行為は、まさに「振り込め詐欺」と同じ構図であり、論評のしようもない。

2、個人投資家への啓蒙のあり方

 米国では、このようなファクタリング会社にエンジェルとして出資して高配当に与る個人投資家は存在するが、無担保での貸金に応ずる投資家はまずいない。米国には金融リテラシー教育目的の公的機関はないものの、民間のボランティア団体やコンサルタント会社が多数存在し、常日ごろから活発に啓蒙活動を行なっているからである。

 英国では、金融サービス市場においては、消費者(個人投資家)からの圧力が高まることによって競争が促され、公正に機能するように改革されるとの考え方から「金融リテラシー教育」と「消費者への情報提供及び助言」を重視し、2003年来、国家戦略として個人向けの金融判断能力向上キャンぺーンを強力に展開している。

 この啓蒙事業を行なうためにFSA(英国の金融庁)から教育機能を分離独立させ、2010年に名称を"the Money Advice Service(MAS)"と改称した。陣容は約140名で、年間予算70億円、このサービスに関わる資金はすべて金融サービス部門に課税される新たな社会的目的税(Social Responsibility Levy)によって賄われている。

 MASが掲げている長期的な達成目標は次のとおり。

英国のすべての成人が、金融にかかわる事項に関与し、金銭に関して有効な決断をするために、クオリティーの高い一般的助言にアクセスできるようになること

●すべての児童および若年者が、パーソナル・ファイナンスの計画的で首尾一貫したプログラムにアクセスでき、それによって、金銭管理のためのスキルと自信を身につけて学校を卒業できるようになること

●金銭面の意思決定がうまくできない人々を支援するために、様々な政策の重点が、金融能力の増進に置かれるようになること

 とりわけ、「金融リテラシー」を学校のカリキュラムの中にしっかりと組み込むことがその柱になるとして、ナショナル・カリキュラムの見直しに取り組んでいる。具体的には中学教育の段階から「パーソナル・ファイナンス」をカリキュラムに組み込む。さらに、すべての大学に"Money Doctors"と称する支援プログラムを提供している。これは、学生自身でこのプログラムを活用して議論を深める手法で投資などに必要なスキルとツールを身につけさせるというユニークな試みである。

 「情報提供と助言」では、ttps://www.moneyadviceservice.org.ukなどを通じての広報のほか、全国民からの電話や面談に無料で応じている。もっとも、個別の金融商品の良否や個々の運用業者の具体的な評価については判断せず、適当なボランティア団体やコンサルタント会社を紹介している。

 わが国においても、金融庁が悪徳業者の摘発に注力するだけではなく、消費者が賢くなるための金融リテラシー教育にも予算措置を講じて官民で取組む要がある。


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日本個人投資家協会理事 岡部陽二)


(2013年6月15日発行、日本個人投資家協会月刊誌「きらめき」20013年6月号所収)

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