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少子化克服は企業の働き方改革で ~企業別の出生率開示義務化を急げ

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 岸田首相は「異次元の少子化対策」を内政面での最重点の政策として掲げ、本年4月1日には「こども家庭庁」が発足した。ところが、「異次元」とは何か、国会やマスコミ上の議論を見るかぎり、さっぱりわからない。

 2022年の出生数は統計を取りはじめた1899年以来初めて80万人を割り込み、足元で少子化の弊害はますます深刻化している。この先さらに少子化が加速すれば、労働力不足が深刻化し、社会保障制度の維持もできなくなる。少子化対策が政権の最重要課題であるのは当然で、まさしく「異次元」の対策が求められている。

 国民全体で出生率向上を促進する子育て支援策を構築するには、どのような負担方式が効果的であるのか、大多数の国民が納得できる方式を探るしかない。

 ただ、日本社会は優れて「企業社会」であり、日本人にもっとも強い動機づけをおこなえるのは会社であるという実態がある。この課題解決の鍵は企業が握っているのではないか。そうであるなら対策の柱も企業中心で構築すべきとかねてより筆者は考えている。

 こうした中で、昨年10月に伊藤忠商事が社内出生率を公表して大きな反響があった。この「伊藤忠ショック」を軸に、異次元対策のあり方を考えてみたい。



少子化対策としてのお金のバラマキはナンセンス

 政府が2023年3月下旬に示した「少子化対策・たたき台」では、①経済的支援の強化、②保育サービスの拡張、③働き方改革の推進を3本柱とし、具体的には児童手当の所得制限撤廃などを検討している。(図1)

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 少子化対策における経済的支援強化のアキレス腱は「財源」にある。これまで社会保障費は7割程度が高齢者の医療・介護に向けられ、少子化対策にはほとんど使われていなかった。令和5年度の一般歳出予算の総額114兆円のうち少子化対策は3.1兆円に過ぎないので、これを倍増するとしても、さほど大きな額ではない。

 しかしながら自民党は、児童手当の所得制限撤廃に加え、多子世帯優遇、小中学校の給食費無料化、保育所拡充、高等教育費の支援などをぶち上げており、これらを全部実施するには年間総額8兆円の財源が必要との試算もある。

 この財源を所得税や消費税増で賄おうとすると子育て世代がその費用を自ら税金で負担するブーメラン現象が起こり、意味がない。国債発行で支出を繰り延べても同様である。税で賄うのであれば、資産課税としての富裕税創設くらいしか選択肢はない。

 最近の議論は社会保険方式に収斂しつつあるが、社会保険では保険料が労使折半負担となるので、企業の抵抗が強い。

 慶応大学の権丈善一教授が主唱しておられる「子育て基金」の創設は注目に値する。これは「年金保険、医療保険、介護保険という、主に生涯の高齢期の支出を社会保険で賄っている制度が、自らの制度における持続可能性、将来の給付水準を維持するために資金を拠出すべき」とする高齢者負担方式であり、高齢者偏重の社会保障制度を是正する契機となり得るからである。

 第二の「保育サービスの拡充」はすでに一定の効果を挙げているが、公営が主体のため保育士不足が顕在化しており、さらに充実するにはやはり財源が問題となる。

いずれにせよ、これらの子育て支援策がどれだけ実際の出生率向上に繋がるのか、エビデンスは存在しない。金銭支援で出生率アップを期待するだけでは、まさにインフレ期待に賭けたアベノミクスの異次元緩和同様に、失敗に帰する可能性がきわめて高い。



出生率回復の楽観は禁物、低位推計の1.13も現状では困難ながら、1.60への引上げを目標とすべき

 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は将来50年にわたっての将来推計人口を5年ごとに更新して公表している。この人口推計は死亡率と女性一人が生涯に産む子供の数を示す出生率(合計特殊出生率)、移民数の想定を基に算出される。

 本年4月に発表された人口推計では、出生率の中位推計値で見て、2065年;9,159万人、2070年;8,700万人と前回2017年時点での推計値よりも2070年では500万人ほど引上げられている。

 しかしながら、出生率の中位推計は、前回の1.44から1.36に引き下げられた。21年の実績値は1.30、22年は新型コロナの影響で1.2台に低下、23年は1.23と見たうえで、長期的には1.36への回復を想定している。コロナ禍で減少した出生数の回復は楽観的に過ぎないか。政策立案に当たっては、中位の1.36ではなく、低位の1.13を前提に、これを高位の1.60にまで引き上げる目標を明確に掲げ、その実現策を検討すべきであろう。(図2)

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 もう一つ、海外からの入国超過数を前回の年間6.6万人から16.4万人へと大きく増やしている根拠もよく分からない。移民増で出生率の低下を補うのであれば、30万人以上に引き上げる必要がある。

 人口問題の専門家は、既存政策の延長に過ぎない少子化対策(公費投入への依存)を拡充するだけでは、予算を多少増やしたところで出生率中位値の達成も困難と見ている。

 そこで異次元対策は、政府が掲げる「第三の矢」の「働き方改革」の成否に掛かってくるが、図1の内閣府発表に盛り込まれている育休取得率のアップや育休手当の拡充、時短勤務の給与保障程度の施策では、何の効果も期待できない。

 現状では、企業経営者は、国策として政府が掲げる少子化対策には面従腹背である。そもそも社員の出生率向上を課題としては認識せず、多くの企業はむしろ出産奨励にネガティブな姿勢を採っている。この点を抜本的に改めさせる政策が不可欠である。



伊藤忠商事が実証した少子化対策としての働き方改革

 「文藝春秋」2023年5月特別号に「日本復活への道」(p94~108)と題して掲載された岸田文雄首相、岡藤正広伊藤忠商事会長、中野信子脳科学者の3者鼎談が「働き方改革による出生率向上策」のポイントを衝いているので、その中の岡藤会長発言の一部を抜粋して、以下にそのまま引用させていただく。

①手当てをやみくもに増やせばいいわけではない

< 岡藤 これは私の個人的な考えですが、お金と子どもの数の因果関係はそれほど強くないのではないかという気がするのです。お金が全てではない。むやみにお金を配るよりも、安心して育児のできる環境づくりを進めるほうが費用対効果の面で有効ではないでしょうか。京都大学の柴田悠准教授の試算を紹介します。

(1)働き方改革で労働時間を週6時間削減し、同時に生産性上昇で賃金も上げると、出生率は0.52上昇する。

(2)児童手当の所得制限を撤廃し、かつ一律月3万円増額すると、出生率は0.31上昇する。

(3)児童手当を第2子に月3万円、第3子以降は6万円へ増額すると、出生率は0.24上昇する。

(2)の場合は年間5.2兆円が必要です。(中略)5.2兆円は2023年度の国家予算114兆円の4.6%ですよ。これらのデータから言えるのは、第1子についてはどこまで支援が必要なのかは慎重に考えたほうが良いということです。非常に苦しんでおられるひとり親は例外として、たとえば第1子の児童手当には所得制限は厳しくし、その分、第2子、第3子以降への手当てを手厚くするのも有効な手立てかもしれません。>

②朝型勤務で出率が3倍に!

< 岡藤 伊藤忠商事の出生率は、2005年度に0.60だったのが、21年度に1.97と、15年間で出生率が3倍に向上しました。伊藤忠の働き方改革から少子化対策に活かせることは何か、考えてみたいと思います。

 当社は2010年から働き方改革を推進しています。まずは社内に託児所を作りました。親は子どもを身近なところに置いておきたいものですからね。次に、健康憲章の制定やがんと仕事の両立支援など、整備してきました。

 一連の働き方改革のなかで、少子化対策に最も効果的だったのが「朝型勤務」の導入です。午後8時以降の残業を原則禁止としました。朝に集中して働く。その代わり、早朝勤務には残業手当を1.5倍出します。

 加えて「110運動」で朝型勤務を強化しました。会食は「一次会、10時まで」という意味です。無駄に長時間飲み歩かない。夜の会食も生産性の高い時間の使い方に改め、翌朝は二日酔いにならず、効率的で健康的な働き方にしようと。韓国のサムスンに「一一九」というのがあって、「飲み会は一次会まで、飲むお酒は一種類、夜九時まで」という運動なのですが、これを参考にしました。ただ、伊藤忠は9時にお開きにするのは無理だろうということで、10時までにしました。

 社員は女性でも男性でもたとえば朝7時に出社したとする。まず、子どもを社内託児所に預け、早朝出勤者には無料で提供される軽食をとって、業務を開始する。この勤務スケジュールなら、午後3時過ぎでも帰れます。

 昔は上司が居るとなかなか帰れませんでしたね。でも今では、午後3時に部下が上司に「お先です」と言って、子どもを連れて帰るのは当たり前の光景になりました。早く帰れば、家族と一緒に食事ができる。自己研鑽にも励める。働き方改革で一気に出生率が上がりました。出生率だけじゃなくて、当社の利益も10年間で5倍に(1600億円→8200億円)、株価と時価総額が4.7倍に、1人当たりの労働生産性も5.2倍になったのです。>



少子化を止めるカギは企業の働き方改革にある~「伊藤忠ショック」の意義

 伊藤忠商事は同社の女性活躍推進施策の成果として、2022年4月に女性社員の合計特殊出生率を公表した。4月19日付で発表された「女性活躍推進の進捗状況、及び今後の取組みについて」と題したプレス・リリースによると、同社の女性社員の2021年度の出生率は「1.97」

 
同社は、今回の社内出生率1.97が全国の出生率1.33を大きく上回ったのは「今後の当社の女性活躍推進においても重要指標である」と記している。

 
なぜなら、これは2010年度以降進めてきた仕事と育児の両立支援策の結果であり、とくに、夜8時から10時までの勤務を原則禁止して、朝7時50分以前に勤務を開始した場合に割増賃金を支給する「朝型勤務制」を導入した2013年以降は上昇を続けてきた、からである。

この社内出生率算出は3千人強の女性正社員を対象とし、社人研が公表している出生率とまったく同じ算出方式を採用したしたとしている。この比率を15年前まで遡って算出したところ、15年前の0.60に比し3倍、10年前の0.94に比して2倍と大きく改善している。(図3)

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 また、文藝春秋の鼎談で、岡藤会長が政府・自民党が少子化対策の目玉として掲げる「児童手当の所得制限撤廃」に異を唱え、逆に所得制限を厳しくすべしと主張しておられるのは、注目に値する。筆者も厳格化に100%賛成である。



社内出生率向上へ向けての機運は醸成されつつある

 こういった企業の社会的責務として出生率の向上に取り組むことが、とりも直さず生産性向上にも繋がり、経済全体の成長に寄与するといった考え方が経営者にも徐々に浸透してきている。
 経産省も少子化対策への取り組みの進んだ企業の実績を収集し、働き方改革を全企業へ広めるべく、企業への働き掛けに注力し始めた。(図4)

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 地方自治体でも同様の動きが見られる。たとえば、富山県では2016年から県下の従業員10名以上の企業を対象とした「企業子宝モデル表彰制度」を発足、「企業子宝率」という独自の指標を設けて、優れた企業を毎年数社表彰している。企業子宝率とは、男女を問わず従業員が在職中に持つことが見込まれる子供の数で、企業の子育て環境の良否が分かりやすく示される指標である。

 厚労省も、3歳までの子どもがいる社員が在宅勤務できるよう企業に努力義務として課すことを、本年5月に省令で定めた。現在は子どもが3歳になるまでの両立支援策として、原則1日6時間の短時間勤務制度の採用を義務として定めているが、これを強化したものである。



上場企業は、まず「社内出生率」の開示を

 このような動きに対し、経団連や経済同友会、東証、金融庁の動きは鈍い。そもそも「休みたい奴は辞めろ、代わりはいくらでもいる」「泳げない者は沈めばよい」と公言して憚らないような剛腕経営者が高収益企業の成長をけん引してきた。岡藤会長のように社内出生率と生産性の向上を同時に実現する高邁なウィン・ウィンの理念は現実的ではないとして、岡藤流は多くの経営者から白眼視されているのが実情ではなかろうか。

 伊藤忠の取組みに対するネット閲覧者の反応も「出産育児を会社が全力でフォローすることは素晴らしい」「子どもを産みたい女性からすると、会社を選ぶにあたって良い情報」といった賛成意見がある一方で、「こういう数字は出さないで欲しい。この数字がプレッシャーになる」といった批判も見られる。

 日本の企業社会は「女性管理職比率」が14.8%で189ヵ国中167位(2019年)と低いランクに甘んじている現実(ILO公表)に象徴されているように、いまだに女性を補助的な労働力としてしか見ていない。実効性のある少子化対応も企業への男女共同参画社会の実現を俟つしかないのであろうか。しかし日本経済の低迷ぶりを見ていると、そんなに呑気に構えてはおられない。

 金融庁と東証は「働き方改革による社内出生率向上」キャンペーンの第1歩として、全上場企業に対し、①共通算出方式での「社内出生率」の開示、②2021年6月の改定で、「コーポレイト・ガバナンス・コード」に「人的資本に関する開示」が加えられたが、この中に「社内出生率の向上へ向けての具体的な取り組み」を明記するように要請、の2点を早急に実現していただきたい。

(日本個人投資家協会 監事 岡部陽二)

(2023年6月2日発行、日本個人投資家協会機関誌「ジャイコミ」2023年6月号所収)








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