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コロナ禍下で露呈した医療サービス産業の 設備投資不足と集約化の遅れ

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 日本の医療インフラはこれまで世界トップレベルと考えられてきたが、今回のコロナ禍は、容赦なくその構造的な欠陥を露呈した。

 中国武漢市で第1例の新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者が報告されたのは2019年12月。わずか数か月の後にはパンデミックと言われる世界的な大流行となった。わが国では2020年1月15日に最初の感染者が確認されて、3月以降急増した。

 感染が拡大して罹患患者が増えると「医療逼迫」に直面し、さらには医療崩壊の危機に至る懸念がある......緊急事態宣言や蔓延防止措置が累次にわたり繰り返し発出されてきたのは、そのためと説明されてきた。これらの措置により飲食業や旅行業界が蒙った損失は巨額に上った。

 にもかかわらず、医療を受けられない自宅療養死亡が増え、救急車も長時間たらい回しにされる惨状となり、政府には打つ手もなく国民に自衛を呼びかけるしかなかった。

「20年成長しない国」「成長をあきらめた国」と言われて久しいが、経済だけでなく、誇れるはずだった医療インフラも時代遅れで脆弱なものであったことに失望した人も多かったのではないか。

 本稿では、このわが国医療インフラの脆弱性に的を絞って、その実情と改善策をドイツと米国との対比を軸に考えてみたい。



ドイツの完璧な医療提供体制と米国のデジタル化に注目

 新型コロナは過去には存在しなかった新たなウイルスによる感染症であるから、どの国でも既存の医療施設での対応が難しかったのは当然である。

 幸いなことに、日本の感染者数と死亡者数は欧米先進国に比して格段に少なく、いっぽう病床数は人口比で世界一多いことを誇ってきた。それにもかかわらず、日本では医療機関が患者の受け入れを拒否するといった事態が頻発し、医療逼迫を回避するために、緊急事態宣言などを頻発せざるを得なくなったのである。

 表面的な原因はマスコミでも報道されているが、背後にある根本的な真因は明らかにされていない。

 政府や医療機関、マスコミなどで議論されているのはもっぱら、①政府が民間医療機関に協力要請しかできないという公的権限の欠如 ②補助金で病床を増やしながらもコロナ患者を受け入れない幽霊病床(名ばかりコロナ病床)の存在 ③弱い保健所機能 といったいわば医療ガバナンスの問題である。政府が着手し始めたコロナ対応検証でも「病院への指示権限の強化」を中心に据えている。

 これらの指摘は至極もっともであるが、筆者はこれらとは別の、根本的な課題がコロナ禍下で露呈したものと見ている。

 ガバナンスの強化だけでは解決できない、わが国医療インフラの脆弱性である。

 感染者数が日本の約5倍、死亡者数は約10倍と新型コロナ罹患者数が日本よりも格段に多かった欧米諸国では、感染患者を病院では収容しきれず、医療崩壊を来した国もあった。

 他方、ドイツの医療サービス提供体制は群を抜いて優れており、他国の患者を多数治療した。米国も一部の地域では混乱を来したが、デジタル技術などを駆使して効率的に対応したものと評価されている。

 以下、ドイツと米国の医療サービス体制が平時からどのようにパンデミックに備えられており、どんなところが優れているか、そのポイントと原因を探ってみたい。



わが国の新型コロナ感染者数・死亡者数は他国に比して極端に少ない

 新型コロナの感染者数・死亡者統計は、国によって計上基準が異なるので単純な比較はできないが、ジョンズ・ホプキンス大学の調査が広く活用されており、信頼性も高いとされている。

 この統計を俯瞰すると、日本は感染者数が欧米の1/5程度、死亡者数は欧米の1/10程度と少ない。(表1)

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 人流が活発で社会環境も似ている欧州諸国の中では、ドイツが人口比の死亡者数をイタリアや英国の7割程度に留めている。これは、ドイツの医療レベルの高さを反映しているものと推測される。



集中治療病床(Intensive Care Unit、ICU)への投資不足

 集中治療とは、「生命の危機に瀕した重症患者を、集中的に治療する」こと。24時間を通じた濃密な観察のもとに、先進医療技術が駆使される。

 集中治療室(ICU)は、その集中治療のために濃密な診療体制とモニタリング用機器、また生命維持装置などの高度の診療機器を整備した診療空間をいう。新型コロナでは、重篤な呼吸器疾患でエクモ(ECMO、体外式膜型人工肺)などによる集中治療を要する患者が激増した。

 日本の一般病床数(2020年)は、OECD加盟34カ国中最も多い。人口1千人あたり7.8床である。ドイツは6.0床、米国は2.4床。米国に比べると日本の病床数は3倍も多い。(図1上段)

 これに対してICU病床数は、人口10万人あたりドイツの33.5床、米国の25.4床に対し、日本は5.3床と極端に少ない。ドイツの1/6、米国の1/5である。(図1下段)

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 ドイツでも米国でも、平時のICU使用率はきわめて低い。多くのICUは新型コロナのような有事のために準備されている予備的な存在である。日本では、平時でもICUは不足気味であり、緊急時に備えた予防的な設備増強は考慮されてこなかった。医療財源のあり方を根本から考え直す必要がある。

 OECD加盟国の中で最大規模のICU病床を有しているドイツは、新型コロナ対応としてICU病床をさらに1万床増床すべく、1床につき約7百万円の公的助成を行なっている。

 あまりの格差に驚いた厚労省は、日本にはICUでの治療の後にケアをするハイ・ケア・ユニット(HCU)がICUとほぼ同数存在し、これらもICUに含めると13.5床になると主張、日本集中治療医学会も賛同している。諸外国との同一基準での対比には難しいところがあるが、HCUを含めても、日本の人口比のICU病床数はドイツの1/3である。

 併せて同学会は、ICU病床も不足しているが、それ以上に重症患者へ十分な医療を提供するためのマンパワー・リソースの不足が大きな問題であると、人件費を加味した診療報酬の引上げを要請している。

 新型コロナ対応に当たっての医療マンパワーの不足は米国も同様で、感染拡大のピーク時には集中治療医療スタッフが不足した。米国では、この集中医療スタッフ不足を効果的に補う方策として、ジョンズ・ホプキンズ大学がeICUという方式を開発した。これが急拡大している。

 eICU とは、ICU 内のカメラで患者を観察することを遠隔で行うと共に、コンピューターで100 以上のバイタルサインをモニターし、患者の症状が悪化する兆候が少しでもあれば直ちに担当医療チームに治療介入を指示する仕組みである。遠隔モニター室は航空管制塔のような存在であり、一人の遠隔モニター担当者で100 人以上のICU 患者を管理することができる。

 eICUは省力化に寄与しただけではなく、ICU 患者の合併症発生率と死亡率が共に30%以上低下した。米国では、いまやeICU は急性期病院の標準装備となっている。

 日本では後述する病院の集約化が進んでいないこともあって、デジタル化で米国の真似ができる状況にはない。



医療ヘリコプター(ドクター・ヘリ)の導入は独・米に30年遅れ

 医療ヘリは、救急救命士が搭乗しているヘリコプター。人工呼吸器などの医療機器や医薬品を装備している。今回の新型コロナ対応で、ドイツや米国では重症患者の移送に医療ヘリコプターや小型機が頻繁に使われた。国内でのICU病床の需給調整だけではなく、国外からの患者受け入れにも活用されている。

 とりわけ、ドイツは充実したICU病床を活用して外国からの重症患者の受け入れも積極的に行い、注目を集めている。たとえば、2020年3月には、ドイツ連邦軍がICU6床を備えたエアバス310台で38人の重症患者をイタリアのベルガモからケルンに移送、「ヨーロッパは一つ」とメディアでも大きく報じられた。

 医療ヘリコプターの配備・利用状況を日・独・米3カ国で比較すると、表2のとおり。日本の利用回数はドイツ・米国に比して1/5程度と少ない。(表2)

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 ドイツの医療ヘリ導入は早く、1970年初頭である。 連邦政府主導でへき地や山間部からの救急患者の移送や都市部での交通渋滞回避を図るべく、救急車の補完としての医療ヘリ導入が開始された。

 米国では、民間のヘリ運行会社が林立し、費用の過半は公的医療保障の枠外で、民間保険活用による原則自己負担で医療ヘリの利用が拡大している。

 いっぽう、日本では阪神・淡路大震災を契機に特措法が制定され、2001年から導入が進められて、ようやく本年4月に全都道府県での運航が実現した。厚労省によると、ヘリの出動で治療開始が早まることにより、地上での救急活動に比べて救命率が約3割向上し、社会復帰できた人は約1.5倍になったものと推定されている。

 しかしながら、日本の現状には、①都道府県単位で自治体の財政負担となっているため、1機の運行に最低年間5億円を要するヘリの複数配備は難しい、②大災害時には県境を超えた出動も行われているが、平時には人口や地形の大きく異なる都道府県単位での運営は非効率も甚だしい(ドイツでは、州境は無視して全国を半径50キロの円で隈なく均等にカバーしている)、③安全重視の観点から夜間飛行は認められていない、など多くの問題を抱えている。 



中小病院乱立の非効率が新型コロナ患者の受け入れを阻害

 今回のコロナ禍下では、病床数200床以下の中小病院において隔離病床の確保が困難であること、感染症専門医師の確保が難しいことなどが叫ばれた。

 しかしながら、日本の病院数は8,300と先進国ではもっとも多く、人口比の病床数も世界一多い。(図2)

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 人口が日本の3倍近く、国土面積は26倍も大きい米国には病院が約5,000施設しか存在しないが、医療サービスの質は日本よりはるかに高い。

 病床規模別の構成比を日・独・米で比較すると表3のとおり、日本は200床未満の中小病院が7割を占めている。ドイツでは、500床以上の大規模病院の比率が格段に高い。(表3)

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 ドイツでは州立の公的病院が総病床数の1/2を占めており、各州がその運営責任を負っている。州には病院計画の策定が義務付けられ、これに位置付けられた承認病院に対しては、その設備投資費用は州が税収で負担、運営費用は医療保険からの診療報酬で賄うという二元方式が採られている。この設備投資の公的負担が、有事にも備えた長期的視野での余裕のあるICUなどの先進医療インフラの整備に大きく寄与している。

 

米国では病院の集約化、デジタル化の進展が新型コロナ対応にも威力を発揮

 米国も日本同様に100床未満の小規模病院が多いように見えるが、米国では6床以上を病院としており、有床のクリニックは存在しない。対して、日本では20床以上の施設のみが病院と定められており、これに20未満の病床を備えた6,644の有床診療所数を加えた多くの病床保有医療施設が存在している。

 米国の病院は70%が非営利組織、州立と株式会社がそれぞれ15%を占める。非営利・営利病院は、100を超える病院が一つの経営主体の下に巨大な病院グループを形成し、全病院の約8割が100あまりの病院グループに属している。2000年代に入ってからはこの大病院の水平統合に加えて、IHN(Integral Healthcare Network)と称する地域コミュニティに対して幅 広い医療サービスを提供するために協力し合う 病院、クリニック、介護施設などが形成する垂直統合の複合体組織が急拡大している。

 米国で注目すべきは、2009年に制定された「電子カルテを採用していない医療機関は公的保険の取扱資格を失う」という法律で、2019年には電子カルテ普及率が85%を超えている。日本の普及率は30%に留まっている。

 このように見てくると、将来に向けた感染症対策として、「危機管理庁」の新設、知事の病院への指示権限法制化といったガバナンス強化の政策も必要ではあるが、それ以前に平時における医療インフラへの投資の抜本増と病院の集約化による効率化が喫緊の急務である。

(日本個人投資家協会 監事 岡部陽二)

(2022年7月1日発行、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」2022年7月号「投資の羅針盤」所収)










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