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世界貿易の停滞からトランプ政策を読む

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世界貿易は2009年のリーマンショックによる激減からいったん回復した後、2011年以降は伸び悩みが鮮明となっている。

2003年から2007年にかけては年率7.3%という高率で増加した後、2011年から2014の伸びは3.1%と半分以下に縮小、さらに2015年は1.6%増に半減、昨年2016年は1.7%2017年についても1.8%程度(両年ともWTO予測)と低迷を続けている(図表1)。

一方、世界全体の実質GDP2011年以降も年3%台(2017年の予測は3.4%)の成長を続けているので、貿易額のGDP比も年々減少している。

1990年代には世界の実質GDP成長率が平均3.1%であったのに対し、貿易量は6.6%2倍以上も拡大したのとは対称的である。IMFはこの貿易縮小を「スロー・トレード現象」と名付けて、問題提起している。

もっとも、世界貿易がGDPの伸びを上回って伸びるのが世界経済の発展にとって望ましいかどうかは疑問である。GDPは本来内需中心で成長させ、貿易依存度は低い方が理想的な経済体制と考える方が妥当かもしれない。

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世界貿易は中国経済の低迷で構造的減少期に突入

貿易統計には数量ベース、金額ベースの別、名目値と実質値の別があり、それぞれで動きが異なっている。

ことに2015年の世界貿易額は物価変動が大きかったために乖離も大きく、金額ベース・名目では▲12.7%と大幅に減少しているが、実質では1.3%の伸びとなっている。これらの事情を勘案しても、2014年以降、貿易の伸びが小幅に止まっていることは間違いない。

世界貿易の減少要因を先進国、新興国に分けて見ると、新興国が2015年に激減してマイナスに転じ、2013年以降上昇基調にあった先進国も減少に向かっている(図表2)。

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2011年来昨年まで、新興国の輸入低迷の主因は挙げて中国にあった。中国の輸入は2010年の39%増をピークとして下降に転じ、2012年以降は1桁増、2015年には▲14%2016年は▲5.5%(ドルベース速報値)と減少が続いている。世界貿易に占める中国のシェアも201213年の40%前後から2015年には10%台に落ち込んでいる。

反グローバリズムの蔓延でスロートレードは永続

ところが、今後の世界貿易の動向を左右するのは中国と新興国ではなく、米国とEUの動向にかかっている。

それは、トランプ大統領誕生とBrexitに象徴される反グローバリズムのうねりが急速に強まり、「経済が成長すれば貿易も伸びる」というこれまでの常識は通用しない別次元の世界に突入したからである。

自由貿易が活発化すると「要素価格均等化」が進む。

これは、労働力や土地など本来は国境を越えて移動しない生産要素でも、自由貿易によってその価格である賃金や地価が均等化していくという理論であり、現実にも中国など低賃金国からの輸入増がわが国の賃金や物価が上がらない大きな要因となっている。

英国では国内市場を海外に開放し、低賃金で良質な東欧を中心とするEUからの労働者を積極的に受け入れて経済再生には成功したもの、移民との軋轢が高まった。

米国もメキシコから安い労働力が大量に流入しただけではなく、メキシコへの工場移転によって出現した高失業率のラストベルト(斜陽産業が集中するさび付いた工業地帯)で噴出した不満の声がトランプ氏を大統領に押し上げた。

この米英両国には共通する点がある。まず両国では労働規制が緩く、解雇の自由が認められている。そしてグローバル化だけが失業や低賃金の原因ではないにしても、格差が極端に拡大している。
さらにその現実を政府が無視できなくなり、「自国第一」を掲げ保護主義に向かっている。

自由貿易推進の建前を盾に、大企業は「収益第一主義」で海外移転や移民労動力依存を進めてきた。この振る舞いに米英両国といえども行き過ぎたグローバル化の動きとして歯止めを掛けざるを得くなってきたのである。

グローバル化だけが失業や低賃金の原因ではないにしても、労働規制の緩く解雇の自由が認められている米英において格差が極端に拡大している現実を政府が無視できなくなった点は、自国第一を掲げ保護主義に向かう両国に共通している。

米英両国でも自由貿易推進の建前を盾に海外移転や移民労動力依存を進める収益第一主義の大企業の振舞いに行き過ぎたグローバル化の動きとして歯止めを掛けざるを得くなってきたのである。

拡大する一方米国と日中の貿易不均衡は是正を迫られている

自由貿易体制を健全な姿で維持発展させるには、やはり長期にわたって特定国に貿易収支の黒字・赤字が偏り輸出入の均衡が崩れる方向に向かうことは許されない。米国のウォールマートで売られている商品の70%が中国製であるとか、メキシコの総輸出の80%が米国向けであるといった極端な偏りはやはり自由貿易の行き過ぎと断ぜざるを得ない。

最近では貿易に加えてサービス収支の比重も高まっているので、経常収支の動向で見ると、米国の赤字が一段拡大し、中国と日本の黒字は若干縮小するだけで、米国と日・中の経常収支の不均衡は拡大する一方である。IMFの予測では、不均衡縮小の方向へ向かうことはない(図3)。

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この予測を覆すべく米国が経常赤字の拡大を止めるには、トランプ新大統領が主張するような①TPPからの脱退、NAFTAの再交渉、②中国を為替操作国に指定、③中国やメキシコからの輸入に国境税を賦課といった米国への輸入を直接抑える強硬手段に頼るしか方策はないのかも知れない。

中国だけではなく、経常収支の黒字を拡大している日本に矛先が向けられるもやむを得ないところである。

企業も不均衡是正へ向けての社会的責任を痛感すべき

トランプ大統領の出現がグローバリゼーションが齎した歪みを背景としている以上、米国で活動する企業も米国社会が抱える課題解決に自ら取り組む必要がある。

トランプ新政権の強硬な通商政策に屈するのではなく、マイケル・ポーター教授が提唱しているように、企業自身が社会変革のリーダーになるべきであろう。

大企業には、環境保全とかメセナ活動といった社会貢献だけではなく、事業そのものを通じて格差是正への注力とか経常収支均衡化への努力といった未来志向の国家的な課題解決にも積極的に取り組む社会的責任(Corporate Social Responsibility)が問われて然るべきである。

株式投資に当たってもCSRの観点から企業の経営姿勢を具に検証しなければならない。

伝統的に調和を尊ぶ日本企業は企業の持続的な発展の観点から「労使協調」「地産地消」「地元密着」を重視してきたのは事実であるが、近年急拡大している「正規・非正規」の差別的労働賃金や長時間労働を容認している経営は反社会的な無責任企業として指弾し、投資先選別の判断材料に加えたい。

(日本個人投資家協会 副理事長 岡部陽二)

201722日、日本個人投資家協会機関紙「ジャイコミ」20172月号所収)

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