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<投資教室>三角合併外資は脅威か

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 日本個人投資家協会理事 岡部 陽二  

 新会社法施行後も一年間凍結されていた「三角合併」が、今月初めから解禁された。日本経団連が求めていた適用条件の「厳格化」が見送られたのは、正しい判断であったものと評価できる。そもそも「三角合併」制度の導入自体は、経営効率の向上に資するM&A方式の選択肢を増やすことにより、外資誘致の姿勢を示すためのアメ玉のようなものであり、対外的にわが国の外資歓迎姿勢を鮮明に打ち出すことが重要と考えるからである。三角合併方式が可能となったからと言って、それ故に外資による敵対的買収が急増することはあり得ない。
 経済界でも、経済同友会の北城恪太郎代表幹事は「三角合併を事実上できなくするような法制度は導入すべきではなく、厳格化見送りは妥当な判断」と評価している(2007年5月7日付け日経)。一方、日本経団連は、敵対的買収を誘発する外資の攻勢を憂慮するとして、政府に対して引き続き規制の強化を求めていく方針を変えていない。この頑迷牢固な姿勢には眉を顰めざるを得ない。政財界やマスコミにも、三角合併を「外資による日本企業の敵対的買収がやり易くなる制度」という漠然としたイメージだけで、対内投資誘致の重要性やベンチャー企業などにとってのメリット面を論ずることなく、解禁を非難する外資脅威論のムードだけが蔓延しているのも理解に苦しむところである。
 日本経団連は規制強化を必要とするという主張の根拠として、「経営者の利益」ではなく、「M&A法制が脆弱である」、「この解禁が国益を損なう」、「損害を蒙る恐れのある投資家保護の観点から決議要件などの厳格化が必要である」といった点を強調している。この筋違いの主張は、どう考えても腑に落ちない。本稿では、「厳格化見送り」で一応の決着は見たものの、依然として一部に不満が燻ぶり続いており、状況によっては再燃しかねないこの問題の本質について考えてみたい。 

1、三角合併とは

  
 三角合併とは、外国企業が自社株を対価として日本企業を買収合併する再編手法のことであり、次の二点がポイントである。
 ①三角合併で実際に合併するのは、外国企業の在日100%子会社と対象となる日本の被合併会社であって、双方ともに日本の株式会社である。したがって、基本的な仕組みや手続は日本国内での通常の合併とまったく変わらない。
 ②唯一通常の合併と異なるのは、対象会社(被合併会社)の株主に交付される対価が、現金でも存続会社となる子会社株式でもなく、子会社が保有する外国親会社の株式であるという一点だけである。要は「外国親会社の株式」が合併対価の支払いに使われるというだけのことである。 欧米では、これまでから企業合併に当たっての対価の支払い方法には現金よる場合と買収会社などの株式を交付する方式の二つがあった。
 一方、わが国の合併法制では、存続会社の株式を消滅会社の株主に交付する方式のみしか認められていなかったため、親会社の株式を交付する三角合併は法制上不可能であった。この不都合を解消するために、昨年五月に施行された新会社法において、現金の交付とともに、「金銭以外の財産」が対価に加えられ、親会社の株式を交付する三角合併も可能となった。ただし、三角合併のみ施行が一年延期され、本年五月となったものである。 

2、三角合併の手続と予想されるケース

  
 三角合併も、基本的には現金による通常の合併や買収と変わらない。違うのは、外国企業が日本法人を事前に持つ必要があることだけである。ただ、三角合併には、合併対象となる日本企業の取締役会の賛同が必要であり、友好的な買収に使われるケースが多いものと予想される。たとえば、外国企業が技術力はあるが、日本国内では資金調達が難しい日本のベンチャー企業を傘下に収める場合などに有効な方式であろう。
 取締役会が三角合併に賛同した後に、株主総会に賛否を問うことになる。株主総会での決議は出席した株主の議決権の三分の二以上の決議で可決される特別決議が必要で、三角合併に反対の株主は、合併期日の二十日前から前日までの間に合併される日本企業に株式の買取を請求できる。三角合併を敵対的買収に使うことももちろん可能であるが、被合併会社の株主の賛同を得るには、現金による買収の方が好都合なケースが多く、外国企業が三角合併にこだわる理由は乏しいものと思われる。
  

3、欧米における三角合併の実状

 
 三角合併が盛んなのは、買収によって100%子会社化したいというニーズが強い米国内においてである。米国では、会社法が州ごとに異なるため、州を跨いだ株式交換ができない。そこで、合併会社の子会社と被合併会社とを合併させる三角合併が普及したという歴史的な背景があり、たとえば昨年の米グーグルによる動画共有サイトのユーチューブ買収も三角合併を使っている。要するに、三角合併は合併の是非に関わる本質的なものではなく、単なる技術的な要請で普及した制度である。
 英国では株式を対価とした買収は以前から可能で、対価が外国株式でもよい。ただし、対価となる株式は業界慣行でロンドン証券取引所上場であることが事実上義務づけられている。
 欧州各国では、会社の合併法制は未熟で、買収が一般的であった。ところが、EU統合後に、EU各加盟国の法律に基づくのではなく、EU法に基づく株式会社の設立が可能となっている。これは、新規に欧州株式会社を設立するのではなく、各国に設立された既存の株式会社を統合する目的の法制である。さらに、EUでは外国の銀行による国内銀行の買収を阻止するなどの保護主義的な慣行に歯止めを掛けるために、金融機関同士の合併・買収に監督当局が介入できる権限を大幅に制限する指令法案を最近承認している。このような流れから、EUはわが国の三角合併解禁を歓迎、日本企業による欧州企業の買収についても抵抗感を抱いていない。
 

4、クロス・ボーダーM&Aにおける交換対価、買収態度、わが国シェアの実態

  
 世界のM&A公表金額は2006年に前年比4割弱拡大して約3.8兆ドルとなり、過去最高を記録した。そのうち、国境を超えたM&Aが3割強を占めるが、その過半がEU域内など同一地域内で行なわれているので、実態的なクロス・ボーダーは15%程度かと推定される。
 M&Aにおける対価の支払い方法として株式交換と現金の二通りがあるが、近年現金の比率が高まっており、クロス・ボーダーについての株式交換は全体の1割強に留まっている。その要因としては、買収ファンドの盛行に象徴されるように世界的に資金が潤沢であること、交付された買収会社の株式が市場で売られて値崩れを起こすいわゆるフローバック効果が嫌われていることなどによるものとされている。株式交換の中で、親会社の株式を使う三角合併はそのごく一部である。
 M&Aは友好的に行なわれるケースと敵対的買収に大別されるが、敵対的買収は件数で全体の0.1%、金額で4%とごく僅かである。2006年にはミタル・スチールによるアセロールの買収といった大型のクロス・ボーダーでの敵対買収案件があったため、例外的に敵対的買収の金額が急増したものの、それでも4%程度の低い比率に留まっている。日本企業が外国企業を買収する内外型M&Aは増加回復傾向にあるが、その絶対額は依然として小さく、外国企業が日本企業を買収する外内型はその1/2以下と伸び悩んでいる。その結果、日本は経済規模に比べて外国からの直接投資がGDP比で2%台と低い水準で停滞している。
 そこで、政府は外国の資本や経営ノーハウを呼び込むことにより経済成長を加速させるべく、2010年には、この比率をGDP比で約5%に倍増させる政策目標を掲げている。そのために、外資に嫌われる投資環境を少しでも改善する方策の一つとして打ち出されたのが「三角合併の解禁」であり、経済のグローバル化に対応するための国策の一環として実現したものである。
 

5、日本経団連の主張

  
 日本経団連は、①買収企業の国内取引所への上場を義務化する、②三角合併の株主総会での承認条件を、議決権で過半数の株主が出席し、2/3以上の賛成を必要とする特別決議から、株主数で半数以上かつ議決権で2/3以上の賛成を必要とする特殊決議要件に厳格化する、③外為法に基づく合併時の事前審査対象を現行の防衛関連業種から全業種に拡大する、④三角合併では外国企業とその在日子会社を一体として課税する税の繰り延べ措置が認められているが、これに断固反対する、といった三角合併を阻止するために考えられるあらゆる措置をとるように政府に要望している。要するに新会社法で実現した三角合併を実質的に骨抜きにするように政府に迫っているのである。ただし、三角合併を行なう海外の親会社の財務状況などの開示義務強化の主張は通った。

6、日本経団連の主張の問題点   
 
 第一の問題点は、これらの主張の根拠として、日本経団連は「欧米に比べ日本のM&A法制は脆弱」である点を挙げている。わが国では最近になってようやくM&Aが活発化してきたものの、上述のように外内案件は極めて少ない。したがって、それを律する法制や判例も未熟であるのはやむを得ないところであり、今後の進展に合わせて順次整備されていく性格の事柄である。
 欧米では、敵対的買収を困難にするポイゾンピル条項を取締役会決議で導入・発動できるなど、買収防衛策がとり易いのは事実であるが、同時に買収提案が株主にとって望ましいものであるか否かを審議する社外取締役の委員会などによるガバナンス体制も整っている。日本経団連としても、経営者の利害だけを念頭に置いた防衛策ではなく、株主などステイクホールダー全体の利害を調整できるM&A法制を提言すべきである。 
 第二の問題点は、日本経団連の主張が「国益に合致する」論拠が示されていない点である。意見書には、「とりわけ製造業においては、長年にわたり培われた技術力、研究開発能力の海外流出によって、わが国全体の国際競争力が失われ、ひいては国益を損なう事態になりかねない」と書かれているが、この主張には誰しも首を傾げる。5,000億円を超える特許料収支の大幅出超に象徴されるようにわが国製造業の競争力は強く、技術の流出入はM&Aと無関係に起こっているからである。
 しかも、わが国で、敵対的買収が成功した前例はまったくなく、対日直接投資のほとんど全部が友好的なM&Aである。また、クロス・ボーダーのM&Aで株式交換を使った例は1割そこそこであって、三角合併が自由化されても、これが敵対的買収に利用される可能性は極めて低い。 
 逆に、上述のように三角合併方式はベンチャー企業などの非上場企業にとってのメリットが大きい。ベンチャー企業にとっては、優れた技術を求めている外国企業からの投資を受けることがIPOに代わるエクジットの一つとして極めて有力な選択肢になり得るのである。 
 第三の問題点は、「株主保護」を三角合併反対の論拠に掲げている点である。日本企業の株主には外人株主も個人株主やファンドの株主もあり、これらの株主が非効率な経営をしている企業の経営陣を刷新をM&Aに望んでいることも多い。買収を困難にすることが、即株主保護に繋がると考えているのであれば、本末転倒である。三角合併に反対の少数株主は、会社に株式の買取請求をすることもできるので、法制論としてはすでに保護されている。交付された外国企業の株式の流動性に問題があるというのであれば、それを円滑化する方途を考えればよい。  

 (2007年5月5日発行、日本個人投資家協会月刊紙2007年5月号所収)

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