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<書評>被爆体験を世界に伝える~"Tears of the Moon"

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 本書は、故エリック・フリード神父による『俳句で綴る一日本女性の広島原爆体験記』である。初版は2009年、再版は2018年、「広島カトリック正義と平和協議会」によって刊行された。一灯舎から刊行された本書はその復刻版である。著者フリード神父は、2014年、56歳で他界した。

 本書が紹介する高梨(旧姓は石田)曠子は、原爆が広島に投下された1945年8月6日13歳であった。勤労奉仕が休みでピクニックに出掛けるため可部線横川駅で友だちを待ち合わせ中に被曝、足に大けがを被った。1955年に結婚、1男1女を授かったが、生涯にわたり原爆後遺症に苦しんだ。60歳過ぎから近所のカルチャー教室で俳句を学び、小枝秀穂女の結社「秀」で研鑽を積んだ。原爆投下50周年の1995年、原爆で亡くなった友人知己の鎮魂と供養の意を込めて第一句集『高髻(こうけい)』を出版した。

 曠子は、2002年の夏、長女恵美子が夫の富永健一と経営するカルフォルニア州サンタ・ローザの日本料理店を訪れた際、常連客のフリード神父と出会った。神父は『高髻』の俳句に感銘を受けた。凝縮された詩形の俳句で表現された曠子の原爆への思いが米国人である彼の心を打ったのである。その後、曠子は広島で彼を案内した。彼はいくつかの俳句を英訳して解説を付けることを決意した。核兵器廃絶に繋がると確信して本書を執筆した彼の行動力に敬意を表明したい。

 本書の初版と再版は、広島のカトリック教徒の手によって国連NPT再検討委員会のメンバーなど関係者500人に配布されるなど所期の使命を果たしたが、最近は稀覯本となっていたので、今般、復刻版が刊行されることになった。私は、表紙の句「慰霊碑の乙女の銘に月うるむ」に加え、「来世は綺羅星ときめ髪洗ふ」に深い感銘を受けている。

 2007年、曠子の妹水江顕子が二人の被爆体験記「ヒロシマ」を自費出版した。原爆投下75周年の昨年、二人の被爆体験を世界中の後世の世代に遺すため、カトリック教会の関係者の協力によって、英訳版"Hiroshima- Survivors' Testimonies"がKindle版とともに一灯舎から刊行された。すでに被爆者の大多数が世を去り、間もなく被爆体験を語る被爆者はいなくなる。本書は、恐らく最後の英文の原爆被爆体験記となるだろう。評者は、曠子の実弟石田護とのご縁で、両書の一灯舎での刊行をお手伝いした経緯から、本書の背景に絞ってレビューすることを思い立った。(敬称略)

(井の頭暇人)


(2021年2月10日、アマゾン ‟Tears of the Moon, Haiku on the Atomic Bombing of Hiroshima"のレビュー欄へ投稿)

<追記>

 本書は「Amazon・本」で「Tears of the Moon」と入れて検索いただけば、単行本でもKindle版(電子書籍)でも購入できますが、当面の間は、右上画像にある本書表紙の右上「試し読み↷」をクリックすれば、全文を無料で読むことことができます。

 著者のフリード神父は、この本の執筆当時には米国カルフォルニア州のサンフランシスコから北へ350キロほど離れたところにあるフンボルト州立大学のニューマン・センター教会で主祭を務めておられました。神父は布教のため日本に20年間住んで日本語も堪能でしたが、2014年に56歳で亡くなられました。

 主人公の高梨曠子さんは、1945年8月6日に米国が広島に原爆を投下した当時13歳、勤労奉仕が休みでピクニックに出掛けるため可部線の横河駅で友だちと待ち合わせ中に被曝、足に大けがを被られました。被爆後は体調が優れず、後年は甲状腺腫や胃がんを患われながらも、1955年にご結婚、1男1女を授かられ、90歳の今も矍鑠としておられます。

 凝縮した詩形の俳句で表現された曠子さんの原爆への怒りの気持ちは米国人の心に響き、核廃絶に繋がると確信されフリード神父の行動力には、驚嘆すべきものがあります。

国連のNPT再検討委員会のメンバーなど関係者500人にも配布されました本書は、稀覯本となりましたので、今回の復刻版刊行が企画されたものです。

 表紙に掲げられております句に加え、被爆体験からは離れておりますが

     来世は綺羅星ときめ髪洗ふ

の句に深い感銘を受けております。









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