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<書評>スーザン・ストレンジ著、櫻井公人ほか訳「マッド・マネー」 ~世紀末のカジノ資本主義~

 世界の金融市場はますます狂気さを増し、10年前に比べ市場の誤りや行き過ぎに対する制御が利かなくなっている。本書は技術進歩が金融ビジネスにもたらした質的変化を詳細に分析し、政府当局による規制ではコントロールできなくなって、不安定な市場原理に支配されてしまった金融システムの弱点を、政治・経済・技術革新の観点から的確に指摘している。

 国際金融市場に流入して健全な市場をいとも簡単に破壊しさえもする常軌を逸した動きをする資金、すなわちマッド・マネーをどのような手段で制御して行くべきかという点がグローバル化した市場が現在直面している最重要課題である。著者は政府の手にも負えなくなった市場至上主義の問題点について、その根源に遡って診断し、この憂慮すべき事態の社会的・政治的な波及についても検証している。その論述は、才気煥発、縦横無尽で、かつ明快である。櫻井公人教授ほかの翻訳もこなれていて、とても読み易い。

 著者の英ウォーリック大学教授スーザン・ストレンジ女史は前著「カジノ資本主義」で、政治経済両面から国際金融の基本構造を分析し、この分野での権威を確立した。本書はその延長線上にあり、グローバル化と国家の関係を論じた前著「国家の退場~グローバル経済の新しい主役たち」の枠組みを適用して、デリバティブをはじめとする革新的な金融手段、通貨危機とその救済、世界不況、EU通貨統合など世紀末現代の世界経済とマネーの動きについて幅広く論じている。

 原著は昨年10月末に75歳で他界した著者の遺著となった労作である。本書は学究の徒だけではなく、株式市場の乱高下やアジア発の通貨危機、政府の政策運営に懸念を抱いている投資家や一般の読者にも説得的で力強い示唆を与えてくれる。

 1980年代半ば以降の出来事から著者が引き出した簡潔な結論は、①金融が実物経済の指揮をとるようになったこと、②諸国家の政府が統制力を失ってきたこと、③金融界の創意が買収・合併の嵐を可能にしたこと、④道徳的に金融界が汚染されたこと、⑤自由競争の結果として所得格差が拡大したことである。

 これらの弊害を是正すべく著者が提示している具体的な処方箋を関係国政府が真剣に採上げて、実現へ向けた政策立案が検討されて然るべきであろう。一例を挙げると、英国の誤った政策の結果として存続しているタックス・ヘヴンは閉鎖されるべきで、非課税でディスクロージャーを拒んでいるタックス・ヘヴンへの資金移動に携わるブラック・リスト銀行を市場から排除すべしとの主張である。

 日本企業からかき集めた1,200億円もの資金をタックス・ヘヴン所在の米銀証券保管部門を巧みに利用してプリンストン債と称するまがい物の債券に仕立て上げたうえ、事実をすべて隠蔽し続けて債券を紙くずに変えてしまったような悪質な事件もタックス・ヘヴンがなければ起こらなかったであろう。このような主張が実現されない点が、むしろ不思議である。

 もう一つは、デリバティブなど一般に理解し難い契約にかかるリスクは市場が吸収するのではなく、各国裁判所のパワーを活用して契約当事者間だけで負担するようにすべきとの主張である。ファイアー・ウォールとかインサイダー取引規制はもはや用をなさないので、複雑かつ不透明なデリバティブ契約などは法律と裁判所の力で市場から締め出すべしというのは、それなりに筋が通っている。

  市場メカニズムをウルに働かせれば、危機は回避できるといった能天気な議論では済まされないという著者の主張には合理性があり、この危機感に裏打ちされた「グローバル資本主義への警鐘」に真摯に耳を傾ける秋ではなかろうか

(岩波書店、本体2,600円)

(岡部陽二=広島国際大学教授) 

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年10月4日発行時事通信社「金融財政」17頁「書評」欄所収)

 

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