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活躍舞台の広がる人工水晶

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岡部 陽二

埼玉県狭山市にある日本電波工業株式会社狭山事業所に東洋一巨大な水晶が飾ってあると聞いて、早速見学をお願いした。この巨大な水晶の単結晶は、同社の先代社長がブラジルのミナスジェライス州で買い求められたもので、写真でご覧の通り高さが1.8米、周囲3.4米、重量は3.6トンもある。ブラジルや旧ソ連では、重さ5トンもの水晶がしばしば掘り出され、欧米の博物館では格別珍しいものではないが、日本でこれほど大きな水晶にお目にかかれるとは思ってもいなかった。玄関ホールの中央に鎮座まします大水晶をつくづく眺めた後、同社幹部から今や時計やカメラからコンピューター・宇宙ロケットに至るまでエレクトロニクスの心臓部となって現代文明を支えている水晶振動子の製造方法について、いろいろと教えて頂いた。水晶振動子をはじめ「水晶デバイス」の素材となっている「人工水晶」の「圧電体」としての物性については、余りにも高度な物理学の知識を要するせいか鉱物の入門書では殆ど触れられていない。私自身の疑問をベースに調べては見たものの、結晶学や物理学の素養がないと全く理解できないことが判った。

難しい理屈は抜きにして私なりに理解したところでは、鉱物の結晶内では原子・イオンが規則正しく配列しており、これらに伴う電子の軌道も一定の方位を持っている。これに圧力を加えると、電子の位置が動き、結晶は電気性の正負の両極を持つに至る。このように加圧により偏極する現象を「圧電気(Piezoelectricity)」という。この現象は「ピエゾ現象」とも訳されているが、Piezoは圧力のことで、固有名詞ではない。結晶に加圧して電子構造に歪みを生じさせ、正負の両極を作る場合、加圧する方向の結晶軸は左右非対称でなければならず、これを「異極的(Hemimorphic)」という。電気石の主軸や水晶の水平軸などはこの異極的条件を完全に満たしている。この結晶軸上の対称中心の有無は原子やイオンの並び方に起因し、圧電性はこの対称性が崩れている程顕著に顕れる。水晶の場合、水平軸であるX軸・Y軸方向の圧電性が高く、殊にX軸に垂直に切り出すと最も高い由である。逆に結晶に電気信号を加えて、機械的にイオンを振動させる「逆圧電効果」が、水晶振動子では利用されている。

すべての結晶は正方晶系、六方晶系など六種の結晶系に大分類され、さらに対称性の差異で32種の族に細分類される。32結晶族のうち20種に圧電現象が認められるが、中でも三方晶系中の四半面像晶族に属する「低温水晶」に最もはっきりと現出する。このことから人工水晶の製造と水晶振動子などの水晶デバイスの開発が進んだのである。通常の水晶はこの低温水晶で、これは結晶時の温度が摂氏573度以下の環境で生成したものである。573度を超えると柱面のないソロバン珠のような形をした六方晶系の高温水晶となり、圧電性は著しく低下する。低温水晶を573度以上に熱すると外形はそのままで結晶構造だけが相転移を起こして高温水晶の結晶に変化し、圧電性が損なわれるので、高温下での水晶デバイスの使用は要注意との由である。

結晶に圧力を加えると帯電するという現象を電気石について1880年に発見したのは、兄ジャックと弟ピエールのキュリー兄弟であった。電気石を擦ると帯電し、軽い塵などを吸引することは昔から知られており、トルマリン(Tourmaline)の名称も当初オランダが開発したセイロン島の現地語、「灰吸石」に由来するとされている。キュリー兄弟はこの電気的特性を追究した結果、「圧電性」の発見に至ったのであろう。

話は逸れるが、パリのノートルダム寺院で有名なシテ島の南端でセーヌ河を渡ったところに、ソルボンヌ大学の一部を形成するピエール・マリー・キュリー大学がある。この大学の地階にある鉱物博物館の総ガラス張りの展示は、エジプトにまで遠征したナポレオン一世の命令で収集した鉱物が中心というだけあって、実に素晴らしい。評価の厳しいことで定評ある観光案内書「ミッシェラン」でも二つ星の観光名所として紹介され、日本産の鉱物では市ノ川鉱山の輝安鉱と乙女峠産の日本式双晶の水晶が展示されている。夫ピエールと妻マリーのキュリー夫妻はともに物理化学者であるが、夫妻の名を冠した大学にこれほど立派な鉱物標本が揃っているのは、夫妻の研究が鉱物学の発展にも大きな貢献をしたからに違いない。マリー・キュリーが夫ピエールと共に研究してノーベル賞を二回も貰った放射性物質ラジウムの発見よりも、ピエールが兄ジャックとともに発見した「圧電性」の方が、後世の情報化社会の実現に大きく貢献している事実は再評価されて然るべきではなかろうか。

水晶デバイスの利用分野は広範多岐に亙る。第一段階としては水晶の持つ逆圧電効果を利用して安定した機械的な振動を得る水晶振動子が、有線・無線の通信分野で周波数制御に用いられた。第二段階では、通信システムの発展につれて周波数の安定化などを目指した高性能の水晶振動子と半導体その他の電子部品との複合化が進んだ。AV機器はもとよりパソコンからカーナビまであらゆるエレクトロニクス製品に無数の水晶振動子が組み込まれている。1970年に水晶振動子を組み込んだクオーツ時計の出現により、それ以前の機械式では一日一分位の誤差が普通であったものが、一秒以下(月差10乃至20秒)に縮まった。しかもクオーツの価格は年間15億個の量産により一個あたり約10円にまで低下している。次の段階としては、水晶の安定した光学特性をも活用した光デバイスの開発が見込まれている。常に安定した信号を発する水晶振動子が、急速に発展した複雑高度な情報化社会を支えている事実は意外と知られていない。

水晶デバイスの材料となる水晶素板(プランク)は、現在ではその全量が人工水晶から生産されている。人工水晶の合成はイタリア人科学者スペッツチアがトリノ大学で1909年に高圧釜を使って初めて成功したが、商業化が本格的に進んだのは第二次大戦後の日本である。もっとも人工水晶の核となる「種板」は今でも時折は天然の水晶から切り出されている。既存の人工水晶からはその表面積より大きな種板を作ることは出来ないからである。また、オートクレーブと呼ばれる高温高圧の特殊鋼製容器の下部に詰め込む「ラスカ」という水晶屑はすべてブラジルなどからの輸入天然品である。オートクレーブで均質で透明な人工水晶を育成するには、高品質の種板や水晶屑に加えて、1~3ヶ月の長期にわたる温度や圧力の調整など企業機密ともいえる高度な工程管理技術が要求される。

出来上がった人工水晶は使用目的の仕様に合わせて、最も薄い水晶板の場合、厚さ30ミクロン(紙幣の厚さの三分の一)の薄片にまで切断加工される。切断角度の精度も100mの長さで的の中心から7mmもずれない程の精巧さが要求されるという。このように高度な品質管理と加工技術を要する人工水晶の合成と水晶デバイスの製造は日本企業の独壇場で、大手の専業メーカーが数社あり、その年間総売上高は二千億円に達している。水晶デバイスは情報・通信の高度化を支えるエレクトロニクス産業にとって不可欠な素材として、「水晶」の活躍舞台は今後とも益々の拡大が期待されている。

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(1997年12月発行、鉱物同志会会誌‘水晶’第11号「水晶特集号」所収)

 

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