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ロンドンの橋 ~英国切手の魅力シリーズ(21)~ 



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 ロンドン市街を蛇行して南北に分断しているテムズ川に架かる5つの橋を図案化した記念切手が20029月に発行された。テムズ川には下掲図のように最下流のタワーブリッジから上流部のハンプトンコート橋まで大ロンドン市内に16本の大きな橋が架かっているが、下流部分に架かる6本のうちウォータールー橋を除く5本の橋が選ばれている。

ミレニアムブリッジ、2001年完成(左上)

 21世紀になって100年振りに新しい場所に建設された歩道橋。右岸側(テムズ川の南側)に開設されたテートモダン美術館と左岸側にあるセントポール大聖堂を結ぶ全長約330m、幅約4m3径に岐れた吊り橋である。橋上やその周辺からの大聖堂の眺めを妨げないように、できるだけ低い位置に設計された新世紀にふさわしいモダンな構造の橋である。

タワーブリッジ、1894年(上段中央)

 ロンドン中心部の東の端に位置し、その西の端に聳え立つ国会議事堂と対を成すヴィクトリア朝期を代表する建造物である。

建設当時はこの橋の上流にも埠頭があり大型船が遡上して来ていたので、川中に2つの大きな塔が建てられ、その中央が跳ね橋、両側は吊り橋になっている。さらに、塔の頭部を結んで歩道橋が設けられており、橋が跳ねた上げられた時にも人が渡れる。

タワーブリッジのケーブルや欄干などは細かく塗り分けられており、夜にはイルミネーションで飾られる。下流部に架かるテムズ川の橋の多くは赤青黄の原色に近い鮮やかな色で多彩に塗り分けられているのが、印象的である。一方、上流部の橋は花崗岩や石灰岩の石造かコンクリート製のアーチ橋で落ち着いた雰囲気のものが多い。

ウエストミンスター橋、1864年(右上)

 橋はロンドンの象徴であるビッグベンを背景として、街の中心部を東西に結んでいる。この優雅なゴシック様式の橋は7つのアーチで支えられている長さ252m、幅26mの壮大な錬鉄製である。最初の橋は1722年に木製で造られ、1802年には橋の上からロンドンの街を眺めた詩人のワーズワースが、その眺めが余りにも美しかったので、自分でも気が付かないうちに「ウエストミンスター橋の上で」という有名な詩を作ったという逸話が残っている。

 筆者も日本からのお客を東岸のランべス側の土手にご案内して、この橋を左手に対岸のビッグベンや国会議事堂を眺める風景を楽しんでもらうように心掛けていた。

ブラックフライヤーズ橋、1800年(左下)

 現在の橋は1869年に架け替えが決定され、その後拡幅されたものであるが、切手の画像は1800年当時の旧い橋である。1769年に完工した旧橋は当初「ウイリアム・ピット橋」と名付けられたが、橋の袂に建っていた修道院の名前から黒い衣服を着ているドミニコ会修道士を意味する"Blackfriars"に改められた。

 1882618日の早朝、この橋の橋梁に一人の縊死体がぶら下がっているのが発見された。これは自殺を装ってはいるが、どう見ても他殺と思われるバチカンの法王庁管轄のアンブロシアーノ銀行のロベルト・カルヴィ頭取であった。カルヴィはイタリアの政財界を揺るがせた秘密結社の一員で自行から巨額の横領を行なったスキャンダルが暴露されて窮地に陥り行方をくらましていたのである。

この銀行は結局倒産してスイスに持っていた子会社のゴッタルド銀行が競売に付された。筆者はゴッタルド銀行の買収プロジェクトを終始手掛け、1984年に買収後は8年間にわたり同行の社外取締役を務めた。ゴッタルド銀行との因縁はこの橋での怪事件に端を発したもので、忘れ難い橋である。

ロンドン橋、1670年(右下)

 ロンドン橋はテムズ川に架けられた橋の中で最も古く、ローマ人によって西暦46年に架けられた木製の橋が最初とされている。

London Bridge is falling down,
Falling down, falling down.
London Bridge is falling down,
My fair lady.

で始まる英国に古くから伝わる童謡は、広く世界的に知られている。歌詞にあるようにロンドン橋はこれまで幾度となく洪水で流されたり壊れたりしており、その様を表したものであるという説がある一方、ノルマン人が攻めてきた時に英国人が橋にロープをかけて引き落とした故事に由来するという説もある。

ただ、木製から石橋になったのは13世紀であり、それ以降橋の崩壊は起こっていない。当時は橋の上に多くの商店などが建てられており、切手の画像は1670年当時の光景である。

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