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平成6年、故岡部利良の著作「旧中国の紡績労働研究」書評2(高村 直助 先生)

<書評>


岡部利良著 『旧中国の紡績労働研究
一一旧中国の近代工業労他の一分析一一』
九州大学出版会1992年 xxviii+525ページ


高 村 直 助



本書は,1991(平成3)年に逝去された岡部利良京都大学名誉教授の遺著であるが,そのもとになったのは,約50年前に執筆された200字詰約2800枚に上る報告書である。

日中戦争下の1939(昭和14)年,東亜研究所は多方面にわたる中国の慣行調査を計画したが(注1),そのうち経済慣行調査の部分を京都帝国大学経済学部に委託した。同学部は「支那経済慣行調査部」を組織し,農業・工業・商業・金融の4部門について調査を進めることとなったが,工業とくに紡績業を担当することになったのが著者であった。当時著者は,5年間在職した東洋経済新報社を辞して,大学院に籍を置いて会計学を専攻し,また副手として勤務していたが,すでに1937(昭和12)年,繊維担当の記者時代の調査・研究を踏まえて,『在支紡績業の発展とその基礎』(東洋経済新報社)という著書を刊行していた。

当初予定の調査期間は3年とされていたことから,著者は対象を紡績労働の諸側面に絞ることにし,中国語の学習にも努めつつ各種文献の調査を進めた。慣行調査で期待されていたのは文献調査であり,実態調査については満鉄調査部が行なう予定であったが,著者は1940~42年の各年1回ずつ,合計約4カ月,上海・天津・青島等に出張し,紡績工場関係者から資料の提供を受け,また聞き取りを行なった。

報告書は1943年初冬に完成し,東亜研究所に提出された。それは戦後,未印刷のまま奈良の印刷所に保管されていることが判明し,著者の手に戻された。著者は晩年になって,「中国の紡績労働の調査・‥…には中国の一一ことにその経済,企業経営の歴史などの研究あるいはさらに視野を拡げていえば,問題によっては社会主義建設後の中国(中華人民共和国)の理解の仕方などに何ほどかでも役だててもらえるところがあるのではないかと思い」(序ⅹページ),その刊行を企図し,用語・用字などの手直しを行なったが,「内容とされていることはほとんどすべて執筆当時のまま」(同ⅹⅰページ)で,分量の関係で一部を削除しただけであるという。著者の志は御遺族に引きつがれ,西村明九州大学教授等の尽力で刊行に至ったものである。

本書の構成は以下のごとくである。
第1章 中国紡績業の位地・後進性一―中国紡績業の概観一―
第2章 中国の紡績労働者の構成一―その諸特質一―
第3章 中国の女子紡績労働者創出過程の特質一―華中型・華北型の根拠一―
第4章 雇用方法一―募集・採用および雇用契約の方法一―
第5章 労働管理組織
第6章 労働条件
第7章 労働状況・労働管理の方法
第8章 生活状態

以上の構成にも示されているように,本書は,中華民国期において最も主要な近代工業であった紡績業の労働者のあり方について,多面的・総合的に検討したものであり,500ページを超す大著である。



著者の基本的立脚点は,総論に当たる第1章で述べられているように,中国紡績業の資本と労働双方における「未成熟性」「後進性」、さらには「植民地性」であり,労働者のあり方を多面的に検討した各章においても,いずれも「未成熟性」「後進性」という評価で総括がなされている。

戦後かなりの期間にわたって,中国近現代史研究の主流は,中国革命の達成という現実を踏まえ,革命達成の諸要因を歴史のうちに探るという傾向によって占められ,したがって労働者に関しても,研究の焦点は革命に連なるような労働運動に絞られ,著者のような立場や評価はむしろ排斥の対象とされた。

しかし文化大革命の頃を境として「人民中国」を理想視する前提は揺らぎ始め,さらに「社会主義的市場経済」が高唱されるに至った現在では,中国近現代史研究者のスタンスも大きく変化するようになった。

評者は日本資本主義史を専攻しており,中国に関しては,日本資本が中国において経営した在華紡績業をかつて多少研究したことがあるにすぎず,中国近現代史の研究動向を正確にフォローしえていない。しかし少なくとも,図式が先行してそれに都合のよい事象のみを追い求めるといった傾向は影をひそめ,いわば"あるがまま"の事実や事実関係を明らかにしつつ,さまざまな観点からそれを意味づける試みが繰り広げられているのが研究の現状だといえるのではあるまいか。

研究の現状がそうであるとした場合,紡績労働者のあり方を具体的かつ包括的に明らかにした本書は,中華民国期の労働者を研究する上で,まことに貴重な素材を提供しているものといわねばならない。

本書の解明するところは,労働者の出身から,雇用、労働条件,労務管理,さらには生活に及ぶ,まことに包括的なものである。またそれらのそれぞれについて,上海・青島・天津の地域差による相違の有無,中国人・日本人・イギリス人という経営主体による異同に,目くばりがなされている。

本書はまた,研究史に関しても包括的である。実は,中国の紡績労働研究は,少なくとも日中戦争以前に関してはかなり部厚い蓄積が存在していた。著者は,それぞれの分野ごとに,邦文・中国文・英文の先行研究を博捜し,子細に検討しつつ実態の解明に努めている。また先行研究のなかに事実認識の食い違いがある場合,いずれが妥当かを慎重に吟味している。工頭制廃止の時期(272ページ)や買弁制の普及と衰退の程度(276ページ)についての吟味が,その例である。

本書の今日的意義の第1が,二重の意味で包括的な研究であるという点にあるとすれば,その第2は,紡績労働者の歴史的・社会的背景について,とくに下記の2点をめぐって立ち入った考察がなされていることにある。そのことは,当時の労働者のあり方を"あるがまま"にとらえ直そうとする場合,重要な手がかりになるものである。
ひとつは,華中の女工中心,華北の男工中心という地域差であり,それは通常纏足の弛緩の程度によって説明されてきた。著者もそのことは認めつつも,弛緩度の違いをもたらした歴史的・経済的・社会的条件の違いを,第3章において多面的に詳細に考察している。

いまひとつは,労働者の同郷的結びつきであり,「応募者の出身地を基礎とする郷土的(徒党的)な集団的関係の異常に強固なこと」(150ページ)が強調されている。「上海の工場の場合職場によっては今日なお大体同一地方出身者のみでグループを作ってそこを独占している」(163ページ)状況で,工場における労務管理をも制約していること,青島においても,同郷の女子たちが集団で出郷し,同行の母親などの世話で職工社宅などで共同生活を営んでいること(199ページ),が指摘されている。

本書の今日的意義の第3は,日中戦争勃発以後の統計数値や労働者の実情に,相当の記述が充てられていることにある。この時期については,それ以前と比べてまとまった文献は格段に乏しくなり,しかも今日では入手困難なものが少なくない。著者はそれらを博捜し活用しているばかりではなく,現地調査で入手したデータや聞き取りの成果を本書に盛り込んでいる。

統計数値については,たとえば第2章だけでも,第2-1表(2)~(4)(35~36ページ),第2-2表(40ページ),第2-4表(B)(43ページ),第2-5表(2)(3)(47~48ページ),第2-8表(50ページ),第2-9表(79ページ)には,1939~43年のデータが掲載されている。これらの数値は,もはや現在では他で入手できないものが大部分である。

著者はまた,統計数値の検討や現地での聞き取りを活用して,戦時下における労働者のあり方の変化についても言及している。著者が華北の男工主義を強調していることは先述したが,その変化についても次のように指摘している。
「日中戦争以来,とくに最近においては,男子労働者の不足(これは男子に対しておこなわれている戦争による徴用,移動の制限,男子の労働の機会の増大等の事実によるものである)ならびにこれらのことによる男子労働者の賃金の高騰により,華北においても,低賃金労働者ということから女子労働者雇用の傾向が強くみられるに至っている。またその結果,現にたとえば青島の紡績工場では1941年に至り,それまで男子の方が多かった男・女労働者の割合が逆になり,女子の方が多少ではあるが多くなっている」(137ページ)。

また,物価上昇の下で労働者の労働条件・生活条件が悪化していることが,冷静に指摘されている。たとえば,「かつて一時与えられていた休憩時間も近年においては大体において再び短縮されあるいは廃止さえされるに至っている」(340ページ)ことが明らかにされる。また,物価騰貴の下で賃金も引き上げられてはいるものの「その程度は一般に物価の騰貴にははるかに及んでいない」(383ページ)こと,しかもそれは基本給の引上げではなく出勤良好を条件とする物価手当の増額という形をとっているため,上海での出勤率が上昇していること(446ページ)が明らかにされる。さらに実質賃金低下のため食生活の粗食化が進んでいること(504~508ページ)が指摘されている。

このように本書は,日中戦争時の中国における紡績労働者の状態を知る上でも,まことに貴重なものといわねばならない。ただこの点に関しては,紙幅の関係から「主要紡績業地における日中戦争開始後の物価手当支給状況」の部分が削除されたことは大いに残念である。(東京大学文学部教授)

(注1)「支那慣行調査」の経緯については,井村哲郎「東亜研究所・支那慣行調査」関係文書―一解題と目録―一」アジア経済研究所1987年を参照。

(1994年1月15日アジア経済研究所発行、「アジア経済」第35巻 第1号 96~98頁所収)

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