個別記事

カナダの医療システム

081225CanadaHEC%20MONTREALlogo.jpg


 

 

 

 

 

 

 

医療経済研究機構専務理事 岡部 陽二
 

まえがき
 
 カナダの医療制度は全国民を対象に、コアとされる医療については患者の自己負担が一切なく、すべてを税財源で公的に負担するシステムとして運営されている。税財源は州の一般財源のほか、企業の雇用主が負担する社会保障税、連邦政府からの交付金・補助金などから成り立っている。
 
 この国民医療制度はMedicare(メディケア)と呼称され、保険料は徴収されないものの、カナダではHealth Insurance(医療保険)という表現が一般的に用いられている。
 
 この国民皆保険制度の導入は、さまざまな政治的議論を経て段階的に行われ、1972年以降、カナダ全土に適用されている。
 
 カナダは人口規模10倍の強大な米国に隣接し、カナダの10大都市はすべて米国との国境から150km以内に所在するという地理的条件から、ややもすると社会制度までも米国に飲み込まれる脅威に晒されながらも、独立来、二言語主義や医療・教育制度については、その独自性を貫いてきた。 
 
 医療保障面では、米国は皆保険を持たず、4,000万人を超える無保険者が存在し、医療受診についての格差が拡大しているのに対し、カナダでは1972年以降は、全州が均質の公的病院・医療保険制度を導入し、実質的な国民皆保険が実現している。このメディケア制度への国民の支持は高く、導入当初は国民統合の象徴とまで言われていた。
 
 ところが、皆保険の実態は、コアとされる医療はすべて無料であるものの、コアに入っていない歯科診療・処方薬剤費・リハビリ治療などは全額ないしは過半が個人負担で、総医療費に占める私的負担の比率は約30%と、公的医療保険を持つ先進国のなかではずば抜けて高い。また、コアとされる医療であっても、Elective Therapy(緊急を要さない治療)の待機期間が平均18.3週間、CT・MRIなどの検査待ち期間が5〜10週間と長く、待機期間の短縮が進んでいる英国にも抜かれて、先進国中最悪となっている。
 
 その結果、伝統的なカナダの医療システムの平等性は、いまや過去の神話と化しており、金銭的に余裕のある人々の多くは、米国で治療を受けている。国内でも有力者とのコネを持つ人々が治療待ちの順番を飛ばすことは日常茶飯事と言われている。
 
 かつて、控え目で禁欲的なカナダ人は、カナダの医療保険制度を誇りにしていて、「カナダ人と米国人の違いは?」「カナダ人は医療保険を持っているが、銃は持っていない」といったジョークが流布していたほどであるが、今ではこのジョークを口にする人はいない。トロントでは、病気の子供に早く治療を受けさせたいと思い詰めて医師を人質にとった父親が、警官に射殺された事件まで起こっている。また、2004年にケベック大学付属病院で100人近い患者に死をもたらした致命的な感染症は、古い建物の衛生管理の不備が原因の一つであった。 

 カナダの総医療費は、わが国の1.4倍と大きく、先進国のなかでも高い水準に位するが、このような悲惨な事態から判断する限り、カナダの医療の質のレベルはかなり問題含みである。これは、厳格で官僚的な政府の財政支出方式に原因があり、これが医療システムを内部から崩壊させたのであろうか。もっと質の高い医療サービスをもっと安く提供できたはずの医師の意欲を殺ぎ、起業家の創意を窒息させてしまったのであろうか。 

 一方、カナダと並び旧英連邦の先進国であり、カナダ同様に英国型の税財源による皆保険を実現しているオーストラリアは、つとに米国型の競争原理を大幅にとり入れ、診療報酬制度でも混合診療を広範に容認している。その結果、私的負担の比率は33%と高いものの、これを民間医療保険でカバーし、待機期間の問題は抱えておらず、国民の満足度やOECD・WHOの評価も高いのは対称的である。
 
 本小論は、2008年9月20日から一週間(社)日本医業経営コンサルタント協会主催の「カナダの医療・医業経営研修団」に参加して、モントリオール大学内のHEC(Ecole des Hautes Etudes Commerciales、MBAコース)での医業経営研修と数軒の病院往訪で得た聴取内容を中心に、カナダ保健省などの公式統計を参照して、病院を中心に、カナダの医療システムの現況と課題をとりまとめたものである。 

1、カナダの政治経済概観

(1)概況   
 カナダは1867年に4州の統合で成立、現在10州3準州、国土の面積は997万平方キロメートルで、ロシアに次いで世界第2位(米国は第3位、日本の27倍)、人口は約3,161万人(2006年国勢調査)、米国との国境から300キロメートル内に人口の4分の3が居住しており、経済的、文化的に米国との関係が密接である。 公用語は英語とフランス語。積極的に移民を受け入れ、多様な民族構成と多文化主義を誇る、安定した国家である。 
 カナダの10州は表1のとおり、人口・経済規模ともに、オンタリオとケベックの2州合計で65%を占めている。

 これに、ブリティッシュ・コロンビアとアルバータの両州を加えると、上位4州で90%を占める。ほかに、連邦政府直轄の3準州がある。

293_h1.jpg

 
 医療・介護、教育などの権限は原則として州政府が持っており、州によって制度も異なる。ただし、医療については財源の過半を中央政府が握っているため、中央集権的色彩がきわめて強い。 
 カナダ経済の主要指標とその日米対比は表2のとおりである。最近のカナダの経済成長率は平均2.8%と米国並みに高く、好調な資源輸出にも支えられて、経済的には安定し、連邦財政にも余裕がある。 

293_h2.jpg


(2)内政
 
 2006年1月23日に実施された総選挙では、スティーブン・ハーパー首相の率いる保守党が124議席を獲得し、約12年ぶりに政権を獲得したものの、過半数の155議席に及ばず、少数与党政権となっている。
 この保守党による政権奪還は、2004年にケベック州への補助金が、自由党支持企業に横流しされていたという問題が浮上、保守党はこれを追及して、自由党政権を追い落としたものである。 
 ハーパー政権は、政治腐敗の防止、減税、犯罪対策、育児支援、ヘルスケア改革の5つの分野を優先事項としているが、ヘルスケア改革が国民の最大関心事である。前政権のマーティン首相は、2004年9月に各州首相と連邦政府からの財政支援を通じての「ヘルスケア強化10ヵ年計画」に合意した。ハーパー首相は、患者の待ち時間の上限を設定し、これを上回る場合には他州で治療を受けられるようにすることを総選挙キャンペーン中に発表するなど、医療改革に意欲を示しているが、その成果は挙がっていない。 
 カナダの内政で、最大の課題はケベック州の独立問題である。ケベック州では、1994年9月の州議会選挙の結果、同州の主権獲得・連邦からの分離を目指すブロック・ケベコワが政権を獲得した。ところが、1995年10月に行われた主権獲得を問う州民投票では、連邦派が僅差で勝利した。
 2001年1月、ブシャール州首相は、ケベックの主権獲得について成果を上げられなかったとして辞任し、州民からの分離独立派のブロック・ケベコワの支持率は低下した。2003年4月14日に行われたケベック州議会選挙では、シャレ党首が率いる自由党がブロック・ケベコワを抑え、勝利を収めた。この結果、ケベック州の主権獲得や連邦からの分離に向けた具体的な動きは、このところ小康状態を保っている。 
 しかしながら、2006年1月に行われた総選挙では、ブロック・ケベコワは、自由党とほぼ同数の議席数を確保しており、今後の州内政、ひいては連邦政治にどのような影響を与えるのかが注目される。 

2、カナダの公的医療保険制度「メディケア」

(1)「メディケア」創設の経緯 
 カナダが建国された当時、医療は公共支出や政策課題としてさほど重視されていなかった。憲法によって病院に対する監督権が州政府に付与されたものの、医療全般に対する関心は限定的なものであった。
 しかし、やがて医療が重要性を増してくるにつれ、連邦政府および州の関係機関は、正式な法改正を通じて対応することになった。これらのプロセスと並行して、政策的優先課題への取り組みを支えるため、連邦政府と各州政府との間に財務関連の協定が数多く結ばれてきた。 
 1960年代を通じて、公的医療の範囲は拡大され、メディケアの実施には、医師会が激しい抵抗を示したものの、1966年後半、連邦政府は医療法(Medical Care Act)の導入に踏み切った。
 これにより、医学的に必要な医療であり、かつ、(1)公的な運営、(2)包括性、(3)普遍性(全州民への適用)、(4)ポータビリティ性の4つの条件を満たすものであれば、連邦政府からの満額の医療費補助が行われることになった。
 (4)のポータビリティ性とは、カナダ国民がある州から別の州に引越しても、医療制度間の移行が自由に行えることを意味する。 メディケア導入に当たり、州民一人当たりの平均医療費の50%について、連邦からの財政移転が約束されたことから、各州も参加を決断しやすかった。
 こうして1968年から1972年にかけて、カナダ全土の州および準州が「メディケア」の実施に踏み切ったのである。 「医学的に必要な」サービスには、医師が行うほとんどの医療が含まれたものの、歯科治療、医薬品、メガネ、人工装具、リハビリなどコメディカルが行う医療は除外された。これらのサービスについては、個人負担もしくは規模は縮小されたがメディケア導入後も運営を続けていた民間の医療保険でまかなわれている。
 各州では、公的保険対象の医療サービスについては、患者に自己負担を請求することはなかった。というのは、連邦政府からの財政移転は州政府の支出額に基づいて行われるルールとなっていたため、患者への自己負担の請求は、州政府にとって利益がなかったからである。 

(2)「メディケア」の財源 
 公的医療制度「メディケア」の実施以来、連邦政府と州政府は補助金の提供に関する一連の協議を重ねてきた。全体の傾向として、メディケアの導入当初、連邦政府は積極的に費用を負担して各州におけるプログラムの立ち上げを支援したが、1970年代前半の導入初期以降は、以前ほど容易に補助金を提供しなくなった。それは、制度導入期から、制度を維持する段階に入ったためである。カナダの医療財政に関する主な動きは表3の通りである。

293_h3.jpg

 
 メディケアの財源は、上述の連邦移転支出と州税である。州税は普通税を当てている州が多いが、普通税を補う形でケベック州とマニトバ州では雇用主に雇用税(Payroll Tax)を賦課、オンタリオ州など3州では医療保険税を賦課している。
 ただし、この保険税はオンタリオ州では年間900ドル(課税所得20,000ドル以下の人は免除)、他の州でも1,000ドル内外と比較的少額である。
 メディケアの保険者は州政府であるが、連邦政府は、1966年の医療法に定められた4条件に適合している限り、州の医療費支出に対し同額の補助を行うことで、州政府がそれぞれの州における医療費をまかなうことができるようにした。すなわち、医療費分担政策とは事実上、各州が税収により自ら調達した資金1ドルにつき2ドルずつ使うというもので、残る1ドル分は自動的に連邦政府が負担する仕組みであった。 
 これに歯止めをかけるため、1977年に連邦政府は「制度財源調達法(Established Programs Financing(EPF)」を導入、この新制度では、財政移転の半分だけが現金で提供され、残りの半分は税源移譲という形で提供された。
 この変更の結果、州政府にとっては柔軟な支出を行うための自由度が増し、一方の連邦政府は、医療費などの社会保障費を援助する将来的な負担を軽減することができた。 1984年に制定されたカナダ保健法(Canada Health Act、CHA)によって、この医療制度の本質を堅持しようとする連邦政府の姿勢が明示された。
 CHAにより、連邦政府による補助金を受けるための五つ目の条件、すなわち(5)「医療への適切なアクセス性」という基準が盛り込まれた。つまり、政府が保証するサービスに対し追加料金を請求することは、患者にとってのアクセスのしやすさを制限するものであるとみなしたものである。
 連邦政府は、各州に対し追加請求額の報告を求め、それと同額だけ連邦補助金支給額を差引くという措置を通じて、この新たな条件の施行を徹底した。 1990年代初めの不況により、連邦政府の財政難に拍車がかかり、GDPの4%から5%に上る赤字を出し続けた結果、1995年には、財政支出の抑制にとり組み、とりわけ各州への移転額を削減しようとした。
 1995年には、カナダ医療社会福祉交付金(Canada Health and Social Transfer : CHST)と銘打った医療財政改革が実施され、連邦政府は、それまで社会福祉プログラム向けに提供されていた補助金を、1977年に設けられたEPF(医療・高等教育)補助金ブロックと統合したのである。
 こうして、州による資金配分の柔軟性はさらに増大した。以前のような定率補助金ではなく、補助金の使途については、過去の支出を基準としてはいたものの各州の自由裁量に任されることとなった反面、すべてのプログラムを合計した財政移転の総額は、削減されたのである。 
 支出を抑制しようとする連邦政府の固い決意と経済成長により、1997年以降は一貫して黒字財政が続いており、2007〜08年度には債務残高もGDPの30%にまで減少した。財政的に余裕が生まれてきたことから、連邦政府は医療に関する国民の懸念に応え、再び積極的に医療分野にかかわるようになっている。連邦政府は、二つの大規模な研究を行い、Romanow(2002)とKirby(2002)の二つの報告で医療に関する選択肢の検討結果がまとめられた。 
 これらの報告を基にした、連邦・州政府間会議が2003年および2004年に開催された。この会議の主眼は、医療保健システムとパフォーマンスの透明性および州政府による説明責任の向上と引き換えに、連邦からの補助金を増額することであった。
 2003年の会議の結果「医療改革に関する州首相協定(First Minister's Accord on Health Care Renewal)」が合意され、連邦補助金が増額された。これにより、医療改革交付金(Health Reform Transfer)についても合意され、5年間にわたり、在宅医療、プライマリーケア、医薬品費の一部負担などを目的として合計160億加ドルが提供される。2
 004年の会議では「カナダ保健協定(Canada Health Accord)」が合意され、医療費の増大に対応するため毎年6%ずつ補助金を増やしていくなど、今後10年間にわたり連邦政府からの支援を強化していくことが約束されている。 

3、総医療費支出と公的財政負担の動向

(1)総医療費支出の推移
 
Canadian Institute for Health Information(CIHI)推計によるカナダの総医療費支出は、表4のとおり、1990年以来、平均して年率5.8%の割合で増加の一途を辿っている。

293_h4.jpg

 2007年の総医療費支出1,601億加ドル(約16兆円)は、2006年の1503億加ドルから6.6%の増加であり、インフレ率と人口増調整後でも3.2%のネット増となっている。 
 過去20年間の医療費増加率推移を、医療費・薬剤費別に、消費者物価指数の上昇率と比較すると、下図1のとおり、1990年代の前半を除き、医療費の伸びは、常に3%内外消費者物価の上昇を上回っている。 

293_z1.jpg
 カナダのGDPに占める総医療費の比率は、2007年には10.6%となる見込みであり、総医療費の伸びは過去11年間一貫してGDPの伸びも上回っている。国民一人当たりの医療費は、2006年には4,373加ドルであったが、2007年には4,606加ドル(約46万円)となった見込みで、わが国のほぼ1.4倍である。 
 一人当たり医療費を2005年実績で年齢階層別に分析すると、1歳以下7,437加ドル、65歳以上9,502加ドル、1歳超64歳まで1,735加ドルと、高齢者の一人当たりは若年層の5.5倍となっている。
 高齢者については、65歳から69歳は5,142加ドル、85歳から89歳は20,731加ドルと格差が大きい。 

2)総医療費に占める公的負担割合 
 表4によれば、2007年の総医療費1,601億加ドル(約16兆円)に占める公的財源1,130億加ドルの比率は70.6%、私的財源の比率は29.4%となっている。
 カナダが標榜している包括的医療の原則は、必要な医療は公的財源でまかない、自己負担はまったく不要とする建前ではあるが、現実には約30%が個人負担となっている。 
 公的支出の割合は、1975年の76.2%から1995年には71.2%まで低下(逆に、民間による支出割合は、同期間中に23.8%から29.4%に増加)したものの、その後はおおむね安定的に推移している。
 2007年度実績は、前年比・前々年比では、公的負担の比率が若干高くなっているが、この総医療費の公的負担約70%・私的負担約30%の比率は、1996年当時から10年間ほぼ一定している。 
 医療費の公的負担が、2007年には総国家予算の38%を占めている。 総医療費に占める民間支出割合30%は、公的医療保険で皆保険が実現にしている先進国の中では、オーストラリアの約33%に次いで高く、わが国の約18%、英国の約13%などに比し、格段に高い。 
 総医療費に占める支出費目別の公的財源の割合は表5のとおりである。本表で明らかなように、カナダでは薬剤費の約60%強、病院以外の医療施設への支払の約25%、歯科医・放射線技師・理学療法士など医師以外の医療職への支出の約92%が個人負担となっており、これらの医療サービスについての公的保険によるカバー率はきわめて低い。 
 要するに、急性期の病院費用と医師の診療費は、公的医療保険でカバーされ、自己負担もほとんどないが、歯科の治療費・薬剤費・リハビリ費用・検査料・長期療養費用などについては、ごく一部が公的保険でカバーされているのみで、実質的には全額自己負担の自由診療に近い形となっている。 
 表4によれば、総医療費財源の約65%が州政府からの支出であり、公的支出全体の92%を占めている。医療のあり方を決定する上で連邦政府が重要な役割を果たしているにもかかわらず、その比率が8%に過ぎないのは、負担割合の実態を示していない。
 これは、統計上では、連邦政府から医療補助金や平衡交付金として州政府に支払われる財政移転分が、州政府の支出として計上されているためである。 連邦政府から州政府への交付金は、医療プログラムごとに紐付きで行われている。
 連邦政府による実態的な医療費支出額を割り出すには複雑な計算が伴うが、カナダ医療補助金(CHT)、カナダ社会補助金(CST)、医療改革交付金、平衡交付金(Equalization)、そして準州交付金(Territorial Formula Funding ; TFF)の合計連邦政府支出額は、2004年における公的支出の約40%と算出されており、実態的には総公的医療財源の過半が連邦政府負担となっている。 
 ケベック州での往訪先病院では、ケベック州政府による公的負担は他州に比して手厚いとの説明があった。しかしながら、表5の右欄に見られるとおり、ケベック州での公的負担比率が、全州比高いのは、病院費用、病院など固定投資費用と薬剤費であり、総医療費での公的負担の比率は全州の比率とほとんど変わらない。

293_h5.jpg


4、カナダにおける医療提供体制


(1)医師の就労形態 
 カナダにおける医療提供体制は、病院と医師に峻別されており、医療保険への支払請求もそれぞれが別個に行う方式となっている。 
 医師は一部の勤務医を除き、営利の独立した存在である。医療保険での診療報酬は専門医・一般家庭医別に原則として出来高払いで定められており、医師個人が医療保険に直接償還請求する(病院は一切関与しない)。
 これは、歴史的には民間主体であった病院のほとんどすべてが、非営利の準公的機関に転換した現状と対照的である。 
 ケベック州では、病院で診療に当たっているすべての医師が契約医で、勤務医は例外的にしか存在しない。一方、オンタリオ州では、専門医の20%程度が勤務医で、全州でも勤務医が増える傾向にある。 
 医師は個人経営が主体であるが、2000年以降は節税目的やプライマリーケアを共同で行う目的などで、法人化が急速に進んでいる。医師は専門医と一般家庭医に分けられ、診療報酬体系も異なっている。 
 カナダにおける医師・歯科医師・看護師・薬剤師数の推移は表6とおり、医師数は過去10年間で15%、うち一般家庭医は17%増加している。女性の進出が顕著で、25〜34歳では、男性医3,021人に対し、女性医3,336人と女性のほうが多い。 

293_h6.jpg

 
 また、1990年代には高収入を求めての医師の米国流出が増加したが、2004年以降の流出数は半減しており、帰国する医師のほうが多くなっている。外国人の医師は14千人(英国人と南ア人が各約2千人、ついでインド人1.3千人)で、全体の19.7%を占めている。 
 看護師数については、10年間の増加率7%と低く、かつ45歳以上の正看護師が136千人と全体の54%を占めるまでに高齢化している。往訪先の全病院で看護師不足が最大の悩みであるとの説明を聞かされた。 
 看護師不足を反映して、外国人看護師が21千人(うち正看20千人)と6.6%を占めており、そのうち6千人はフィリッピン人である。今回往訪したモントリオールのMaimonides Geriatric Center(通称、ユダヤ人病院)で、終末期看護について説得力のあるプレゼンテーションをしてくれた看護師長のMr.Fruan Tabamo氏もフィリッピン人であった。 
 わが国との対比では、人口1,000人当たりの臨床医数2.2人(わが国は2.0人)、看護師数10.0人(わが国は9.0人)と、両職種ともカナダのほうがわが国より1割ほど多い。それにもかかわらず、医師不足・看護師不足が深刻化しているのは、医師については、3カ月間の診療報酬上限が定められており、それを超えると報酬料率が下がるために働かなくなるといった医療保険上の問題、看護師については労働組合が強く、勤務時間が厳守されている事情などが指摘されている。 
 カナダでは家庭医によるプライマリーケアが重視されており、病院の専門医に診てもらうには、原則として家庭医や一般医の紹介状が必要とされている。先述の2002年に出されたロマノウ報告は、プライマリーケアの充実がカナダの医療改革にとって必須であると指摘、その財源として連邦政府による「プライマリーケア補助金」の拠出を提言している。この提言は、補助金の給付条件として、①ケアの継続性とケアの結合、②早期発見と早期行動、③ニーズと成果に関する情報提供、④強力なインセンティブの付与の四つの基盤が不可欠であるとしている。 
 開業医は個人またはグループでの個人事業主であるが、出来高払いの弊害を減らすための試みとして、「地域医療センター(Community Health Center),保健サービス提供機構(Health Services Organization, HSO)、包括的医療提供機構(Comprehensive Health Organization, CHO)などの医療機関が設立されている。これらの組織は、低所得者の多い地域の住民によって設立された非営利法人で、運営費は州政府から拠出され、医師、歯科医、看護師などに給与を支払っている。 

(2)公的病院の規模と形態 
 カナダの総病院数は、1990年初には1,000を超えていたが、政府が財政危機に直面した1990年代以降、閉鎖や合併が相次ぎ、表7に見られるとおり、2007年には619病院にまで減少している。400床以上の大病院数も2000年の47病院から2007年には30病院に減少している。 

081225Hyou7.jpg


 総病床数は、1994年には16万床あったが、2000年には12万床を割り、2006年には8万床を割り込んだ。 つれて、総医療費に占める病院費用は1976年には45%を占めていたが、2002年には30%に低下、2007年には28.4%(455億加ドル)にまで落ち込んでいる。
 これは、病院費用の増加以上に高いペースで、医師の費用その他の医療費が増加しているためである。 
 人口10万人当たりの病床数も233床と少ない。OECD Health Dataでは、2004年の1,000人当たりの急性期病床数は2.9床で、米国と同水準、わが国の1/3程度である(2006年度実績値での人口1,000人当たり病床数はわが国の1/5以下である)。 
 カナダの病院は急性期治療に特化しており、平均在院日数は、OECD Health Data 2004では7.3日となっているが、今回の往訪先病院では5.6〜5.8日とのことであった。この日数は米国の平均と変わらず、わが国の約1/5と短い。 
 カナダの病院の所有形態について見ると、州立病院や大学病院もあるが、欧州諸国やオーストラリアのように国公立病院主体ではなく、民間非営利法人が主体となっており、米国や日本の所有形態に近い。連邦立病院は10病院のみ存在する。 
 病院の公的・民間の区分は、一般には所有形態によってなされているが、カナダでは所有形態の如何にかかわらず、「メディケア保険医療」を取扱う病院をすべて「公的」としている。
 これは、日常の運営資金だけでなく、新規の投資資金も過半を州政府からの交付金に依存しているので、民間病院であっても経営の自立性は限られている実情に即した分類といえる。
 今回往訪したモントリオールのMaimonides Geriatric Centerは1910年創設の典型的な民間非営利病院であり、トロントのSouthlake Regional Health Centerも1922年に設立の民間非営利病院であったが、現在は「公的病院」とされている。 
 公的病院の過半を占める民間非営利病院は、自己資本のないCorporationが所有し、運営主体となっている。病院の経営はCorporationの理事会が選任したCEO以下の専門管理スタッフが行っており、通常医師は関与していない。Corporationの最高意思決定機関である理事会の理事は、医療関係者からだけではなく、地域の代表者、企業経営者、大学教授など広い階層から選ばれている。 
 民間非営利病院は、Corporationの別動隊として、複数の支援者が通常Foundationと称する非営利法人を設立、そのFoundationが寄付金集めに専念している。病院の新設やリニューアルのための建設資金の90%は州政府からの交付金で調達できるが、残余の10%と医療設備などを経常収益から捻出することはできない。通常は、総所要資金の40%程度を大企業や地域住民からの寄付金に依存するしかないのが実情である。
 州立病院もFoundationを設立して、寄付集めに専念している。 Foundationの資金は、原則的には設備投資に充当されるが、日常の業務運営にも一部使われている。州立のHospital for Sick Childrenでは、個室利用にも自己負担を課していなかった。この種の資金は公的資金では賄い得ず、寄付金に依存するしかない。 

(3)公的病院の課題と改革の方策 
 カナダの病院費用は、さきに見たとおり総医療費に占める比率が年々低下して30%を割っている。
 その病院費用の2002年度分内訳をCIHIの分析で見ると表8のとおり、機能部門別では、入院看護と手術部門合計が35.8%を占めて大きいが、この比率は日帰り外来手術の増加によって、年々低下している。

293_h8.jpg

 
 費用費目別では、看護師を中心とするスタッフの給与が67.6%と2/3を占めている。医師費用は病理検査など一部の勤務医にかかる支払で、これを含めた総人件費が、73.1%とほぼ3/4を占めている(専門医への治療費支払については、病院は関与せず、病院の費用には含まれていない)。今回の往訪先で聴取したところでも、病院運営費のうち、医師の技術料を含まない看護師などの人件費が、病院総経費の概ね3/4近くを占めるとしていた。
 モントリオールのSouthlake Regional Centreでは、人件費率を75%から63%にまで低下させることに成功したが、全州平均では最近でも依然として72%〜74%と高いとの説明であった。 
 薬剤費も処方薬は原則患者負担で、病院内での使用分のみ計上されている。医療器具への支出は5.4%と少なく、CT/MRIなども慢性的に不足している。 
 これらの病院運営費は原則としてすべて州政府からの交付金でまかなわれ、患者から徴収できるのは差額ベッド代などごく少額である。 このように、カナダの病院は、州の予算管理に縛られた財政難に加えて、看護師不足・医師不足に悩まされており、MRI・CTなどの医療機器不足、施設更新の遅れ、待期期間の長期化など山積する課題への対応に苦慮している。
 病院見学の印象としても、わが国の病院より優れている面はほとんど見当たらなかった。 平均在院日数を短縮するために、日帰り手術の促進、退院指導の強化をはじめとするドラスティックな対策がとられてきた結果、リハビリなどは退院後直ちに地域での専門的なケア施設に引き継がざるを得ない状況にある。病院の効率化の反動で入院できない待機患者が累積する一方、在宅ケアや福祉施設での長期ケアのあり方を見直す必要性も出てきている。 
 HECのAlain Rondeau教授は、カナダの医療システムは伝統的に官僚的であることが最大の問題点である、と指摘していた。たとえば、一つの病院に26の専門家グループと22の職種別労働組合が存在していて、病院内の業務が分断されており、一人の患者が3日間入院すると、53人のサービス提供者に出会うことになる。
 専門分化が進み過ぎて、統合がなされていない非効率には大きなものがある。サービス提供とファイナンスの計画もばらばらで、医療システム全体を効率化する観点からの改革は行われていない。病院外の施設との連携もできていないなど、患者中心からはほど遠い現状であるとの説明であった。 
 今後の施策として、同教授は①Population Perspective;人口予測に基づいた需要の動向を把握し、地域単位で、予防、初期治療、退院後のフォローアップを含めた一連の医療を継ぎ目なく提供できるシステムの構築、②Program Approach;病院では、患者中心、結果重視のグループ単位でのプロセス・マネジメントを確立する、③Network Organization;病院を中心とした地域の保健センター、クリニック、長期療養施設、薬局などとの連携の三点を挙げていた。この問題意識はわが国のそれと軌を一にしているものの、カナダの現状のほうが、医療サービス提供がばらばらに細分されて分権的であり、問題がより深刻であるような印象を得た。 

(4)民間病院 
 カナダは、コアとされる医療サービスについて、患者の自己負担を禁じている唯一のOECD加盟国である。全額自己負担で治療を受けることを希望しても、公的病院は受入れないので、わずかな民間病院へ行くか、米国など国外の病院へ行くかしかない。 
 このような状況下、ケベック州の患者と医師が股関節手術の待機期間が長すぎるとしてケベック州を相手取って提起したシャウリ訴訟(Chaoulli suit)で、2005年6月、ケベック州の最高裁は「待機リストへの登録は、医療へのアクセスと同義ではない。医学的な必要のための自由診療・私的保険をケベック州が禁止しているのは、ケベック州の人権・自由憲章に反しており、違法である」との判決を下した。 
 ケベック州でのシャウリ判決を受けて、カナダ医師会は従前の方針を覆し、「公的医療制度が医療へのタイムリーなアクセスを提供できないときには、患者が民間病院で支払った医療費を償還する私的医療保険を認めるべきである」という動議を可決した。この結果、ケベック州では、現在五つの民間病院が医療保険ではカバーされていない医療に加えて、待機期間の長い緊急を要さない疾病についても、公的病院と連携して自己負担での治療を行なっている。この問題は、わが国の混合診療可否の論争とも酷似している。 
 カナダの民間病院数は1997年の統計で、45病院(病床数;3千床)と報ぜられている。これらの民間病院は、1966年の国民皆保険施行前から存在していた一部の病院に病床数凍結などの条件付きで、営利の所有形態のまま、一部自由診療が認められているきわめて例外的なものである。 
 これらの民間病院は「患者に提供される医療サービスに対して、その病院の経営者によって決定される料金を患者に請求することができ、患者の支払い能力によって受け入れ患者を制限することができる」とされており、保険診療に加えて高額の差額ベッド代など患者から徴収できる。運営主体は、企業のほか、宗教法人がある。 
 トロントで視察したショルダイス病院はその一つで、1945年に開業、89床、医師12名で年間7,000件のヘルニア手術に特化した病院である。 
 これらの公的保険導入前から存在する例外的な民間病院とは別に、近年、公的医療システムが残した隙間を埋めるべく独自の行動をとる営利企業病院が増えている。1996年にバンクーバーで創業したキャンビー手術センターは、10年間で120名の医師を抱える大病院に成長し、他の大都市への展開を図っている。当初はバンクーバーの「無法者」と罵られていた同病院代表のブライアン・デイ博士は、2007年から2008年度のカナダ医師会会長を務めている。 
 これは、営利の民間病院が社会的に認知されてきたことの例証であり、こうした重要な社会的評価を得ている民間の営利医療サービス組織が、医療保険の枠内では営業できないカナダの医療システムの矛盾は大きい。 

(5)病院以外の民間医療機関と民間保険 
 カナダの病院は、ほとんどが公的病院であるが、医師、診療所、歯科診療所、検査機関、薬局、リハビリ、長期療養施設などの多くは個人か営利企業の経営であり、総医療サービスの約75%は民間営利企業により提供されている。財源面では、これらの私的医療サービスの約63%が公的財源によって賄われている。 
 残余の37%は自己負担となるので、カナダ人の約65%は、おもに歯科と薬剤費をカバーする民間医療保険に加入している。 
 1984年制定のカナダ医療法は、病院を含め私的医療サービスの提供を直接的に禁止してはいないものの、民間病院には財務面での不利益が課されており、実際問題として民間病院の参入は依然として困難である。
 しかしながら、上述のケベック州でのシャウリ判決の影響も全州に広がっており、今後は病院以外の私的営利の民間医療機関も増えるものと見込まれている。 

(6)病院アクセスの待機期間長期化 
 カナダでは、公的病院として認定される条件の一つとして、「アクセサビリティーの確保」が定められている。
 しかしながら、近年、患者が医療サービスを受ける際の「待機期間(waiting times)が長くなり、タイムリーな医療アクセスが確保されていないことが、大きな社会問題となっている。
 2004年の9月には、待機期間の縮小を主眼とした連邦・州の首脳会議が開かれ、医療強化10ヵ年計画が定められているが、全面的解消には相当の時日を要するものと思われる。
 待機期間の長期化は、今やカナダの医療制度が露呈した最大の弱点となっている。 
 バンクーバーにあるフレーザー研究所から毎年公表されている待機期間の実態調査によれば、2007年の平均待機期間は18.3週間と、前年の17.8週間から一段と悪化、史上最悪を記録した。最も短いオンタリオ州で15週、サチュカチワン州では27.2週となっている。平均待機期間の長い手術は、整形外科38.1週間、形成外科34.8週間、脳神経外科27.2週間などである。検査部門でも、わが国に比べて設置台数が1/8と少ないCT検査の待機期間は約5週間、MRI検査は約10週間となっている。 
 また、コンモンウエルス・ファンドの2007年調査報告は、57%のカナダ人が専門医の診断を受けるのに4週間、24%のカナダ人が救命救急施設で4時間以上待たされたとする調査結果を公表している。 
 同ファンドが2005年に行なった待機期間の国際比較では、病気に罹った場合に即日診察の予約がとれる比率は、ドイツ56%、豪州49%、英国45%、米国30%に対し、カナダは23%と極端に低い。一方、一週間以上待たされる比率はドイツ13%、豪州10%、英国15%、米国23%に対し、カナダは36%と飛び抜けて高い。 
 2006年2月28日付けのニューヨーク・タイムズ紙はカナダ医師会長ブライアン・デイ博士の「カナダは犬の股関節置換手術は1週間内に行われるのに、人の場合には、2〜3年待たされる国である」という発言を紹介し、その後も同様の報道が相次いでいる。 
 待機期間長期化の原因は挙げて専門医の不足にあるとする見方が多い。根拠としては、人口1,000人当たりの医師数2.2人はOECD平均の3.0人に比して過少であることが指摘されているが、この医師数は米国の2.4人より若干少ないものの、日本の2.0人よりは多い。 
 この解決策として連邦政府が検討している対策は、病院への交付金増に加えて、外国人の医師免許取得を容易にして、外国人医師を増やすことや、診療報酬を引上げてインセンティブをつけるなどである。
 カナダ人医師の年間収入は202,000加ドル(2006年の平均値)と現状でも結構高いので、この対策には批判も多い。 今回訪問した数病院でも、緊急を要さない手術であっても、患者の希望に応じられない長い待機期間は由々しい問題ではあるが、予算制度で運営されている公的医療保険制度のもとでは、個々の病院での対応には限界があるとの諦めムードも感ぜられた。 
 しかしながら、現実的な対応としては、緊急を要さない手術や画像検査については、公的医療保険の枠外として行うことを混合診療として容認し、自由診療を拡大して、民間医療保険の普及を認めるしかないのではないかと思われる。 
 先述のブライアン・デイ医師会長も、現在は公的医療のせいぜい1%程度にとどまっている私的医療が、5年後には5〜10%程度まで拡大するものと予測している。 
 コアの医療サービスについては、自己負担を一切認めない単一支払人方式での国民皆保険に固執してきたカナダの医療制度も、今や曲がり角に差し掛かっているものと言えよう。 

5、介護サービスの提供体制と医療との連携

(1)施設介護 
 カナダの介護サービスをはじめとする福祉サービスは、慈善団体や宗教団体が主な担い手である。介護保険はなく、財源は定額の州政府からの補助金と自己負担で賄われている。
 全国一律の規制はなく、実態は州によって異なる。 
 オンタリオ州には介護・福祉施設が多く、カナダの全介護・福祉施設のうち約3分の1があり、介護の必要な高齢者には、ナーシングホームと老人ホーム(Homes for the Aged)と呼ばれる施設が整備されている。 
 人口の高齢化に伴い、オンタリオ州の施設運営予算は毎年増加しているが、それでもすでに3万人以上の入所待機者が存在している状況である(2001年データ)。
 一方で、最近の医療保健・福祉改革に伴い、先行している病院の病床削減と同様の流れが、介護施設にも近い将来には起こるものと予測されている。 オンタリオ州では、介護施設の運営費は、1日1人あたりの費用が定められており、人数に応じて各施設に補助金が配分される。食材費やプログラム費、介護および介護費については、CPA財源によってすべて賄われるため、入所者による自己負担はない。
 光熱費や施設維持費などの設備費用については、補助金に加えて、入所者による自己負担が必要になる。自己負担額は部屋の種類によって異なり、入所者の自己負担額は4人部屋で日額48加ドル、個室では66加ドル、ショートステイ30加ドル(2001年データ)となっている。基本部屋の設備費用については、年金の範囲内で賄えるものとなっている。 
 ナーシングホーム、老人ホームのいずれにおいても医療的ケアが行われているが、ナーシングホームの方がより多くのケアを必要とする高齢者が入所することになっている。
 しかし、入所者の住宅状況、社会的ニーズ、要介護度などの状況が両施設とも類似しているのが実態である。入所者のうち、69%は80歳以上の後期高齢者であり、73%が女性である。 

(2)在宅サービス 
 カナダでは、いずれの州でもソーシャルワークサービス、看護サービス、理学・作業療法、在宅生活支援サービス、ケースマネジメント、友愛訪問サービスが一般的に行われている。
 州によっては、栄養相談、呼吸療法、言語療法、住宅改善サービス、移送サービス、医療機器の供給、医学的検査と診断、福祉機器購入の貸付なども公的補助で行っているところもある。 
 オンタリオ州では、経営の安定化を目指して、行政からの補助金を確保するために、多角経営や組織規模の拡大で競争力をつけ、安くて質のよいサービスを提供することで行政からの評価を高めようという、市場原理が働きつつある。そのため、いくつかの団体が合併するなどの動きが活発である。 
 病院の病床数や福祉施設の定員数に限りがあるのと同様に、在宅サービスについても州が保障する提供量が限られるため、在宅サービス利用のためのウェイティング・リストも存在している。待機している間や、無償で提供される以上のサービス量を希望する場合には、自己負担でサービスを購入しなければならない。ナーシングホームに入所できずに、企業が独自に運営している有料老人ホームに入所する場合に、その費用は全額自己負担するというのと同様の仕組みである。 

(3)医療・介護の連携状況と課題 
 高齢者が医療・介護サービスを利用する場合、病院、福祉施設、在宅サービスを組み合わせることができるが、カナダでは、その際に専門職がひとつの窓口を通して判定するサービス窓口の一本化と、その組み合わせや調整を行うケースマネジメント機関の必要性が叫ばれ、徐々に整備が進んでいる。機関の名称は州により異なるが、その機関の運営には、住民や利用者が直接参加する仕組みとなっている。 
 オンタリオ州では、施設サービスと在宅サービスを一元的に扱い、そのサービス提供とケースマネジメントを行う機関として、1997年に地域ケアセンター(Community Care Access Centers : CCAC)という外郭団体が創設されている。このケースマネジメント制度は、コネや貧富の差で不公平が生じないようなアセスメントが正確であることなどが利点である。病院から在宅介護または介護施設への移行がスムーズに行われ、情報共有などのパートナーシップが樹立されやすいように見える。 
 しかしながら、あらかじめ決められた財源とサービス資源のなかで、利用者のニーズにあうように分配する方式をとっており、ほとんどの場合、ニーズを十分に満たすだけの資源は最初から与えられていないため、大きな需給ギャップが生じている。そのギャップは大きく、福祉国家をうたいながら利用者の自己負担による営利企業の提供するサービスか、家族による介護で補わざるを得ない状況である。 
 医療と在宅サービスとの連携がCCACの目的ではあるが、実際には政府が指示するサービスのみに限られており、ケアマネージャーは、資源の分配権限を持ってはいるものの、実際には財源の範囲で入院・入所を調整する門番機能を果たしているにすぎないと言われている。 

6、カナダの保健医療関連指標とその日米対比

 OECD Health Data 2007で入手可能な指標の日米対比を表9にとりまとめた。

293_h9.jpg

 
 臨床医や看護師の数は日米と大差ないが、人口100万人対のCT・MRI数はわが国の1/8ときわめて少ない。カナダの急性期医療平均在院日数は、わが国の1/3程度と短く、受診回数も少ない。
 この点は、米国に近い。 高齢化率(65歳以上人口の割合)は13.1%と、先進国中でも米国に次いで低い。出生率も1.5人と低い。平均寿命は80.3歳とわが国の82.3歳に迫っている。ただし、BMI30を超える肥満者の率は18.0%とわが国の6倍であり、健康度は必ずしも高くない。 

7、カナダの医療システムから得られる教訓

 カナダの一人当たりの年間総保健医療支出3,326ドルは、わが国の2,358ドルの1.4倍と大きく、GDPに占める医療費の比率も9.8%とわが国の8.0%より1.8%高い。カナダの総医療費の対GDP比は、ドイツ、フランスと並ぶ先進国のなかでも高い水準にある。 
 カナダの医療費がこのように高い原因は、偏に医師・看護師などの人件費が嵩んでいる点にある。さきに見たとおり、カナダの病院の医師を除く人件費率が70〜75%と高く、医師への支払を加えると80〜85%に達する。この比率は、人件費率が比較的高いとされているわが国の自治体病院の人件費率55%と比較しても格段に高い。高い人件費に圧迫されて、平均在院期間は米国並みに短縮され、病院は医療材料への支出や医療設備への投資を極端に抑えざるを得ない。 
 一方で、病院の収入はほぼ100%が政府からの支払で、予算に縛られているため、病院の裁量で医師や看護師を増やすことも設備投資を行うこともできず、病院の対応としては、緊急を要さない診療や検査については受診制限を行うしかない。 
 医師の報酬は高い水準にあるので、待機期間の縮小に医師は協力的でなく、患者に不利益が押し付けられているのが、カナダの実情と言えよう。自由診療が原則で、市場主義に支配されている米国と国境を接しているカナダが、その対極である社会主義的な医療保障を連邦政府主導で官僚的に強行している点に無理があることも否めない。 
 カナダの実情から類推すると、わが国においてもいずれは医療職全般の報酬を大幅に引上げざるを得ないものと予想されるが、カナダから学ぶべきは、その場合の患者負担のあり方ではなかろうか。 
 カナダのように、医師が直接かかわるコアとなる医療について患者負担を求めない方式は、一見理想的に見えるものの、結果的にコアとされない歯科や処方薬、リハビリなどすべてを含む医療費全体についての患者の負担が大きくなり、加えて待機期間の長期化や国外逃避といった不利益を患者が蒙らざるを得ない。 
 カナダにおける今後の対応としては、公的保険適用外の民間病院による自由診療と民間医療保険の拡大が見込まれており、そうなれば現在30%の自己負担率はさらに高くならざるを得ない。カナダの実情を見るにつけ、カナダ方式よりも、幅広い医療全般について公的医療保険を適用し、混合診療の拡充などによって患者負担を拡大する方策のほうが、医療資源の遍在を回避し、患者にとってもより公平な医療システムが実現できるのではなかろうかと痛感した次第である。 

 

081225%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80map.jpg


<主要参考文献>
・Canadian Institute for Health Information(CIHI),“Health Care in Canada”2007
・Canadian Institute for Health Information(CIHI),“Health Indicators”2008
・Canadian Institute for Health Information(CIHI),“Hospital Trends in Canada”2005
・Canadian Institute for Health Information(CIHI),“Canada's Health Care Providers, 1997 to 2006, A Reference Guide”2007
・Prof. Regina Herzlinger,“Who killed Health Care?”2007
・The New England Journal of Medicine,“Private Health Care in Canada”2006
・ジャームス・H・ティエッセン、ライアーソン大学准教授著「カナダにおける保健医療の財政基盤;その歴史と課題」国立社会保障
・人口問題研究所「海外社会保障研究」No.163,p18〜32,2008
・新川敏光京都大学教授著「カナダにおける医療と介護の機能分担と連携」国立社会保障
・人口問題研究所「海外社会保障研究」No.156,p59〜74,2006
・小島克久社人研社会保障応用分析研究部第三室長ほか著「日本・カナダ・韓国の高齢化の状況と医療政策の在り方」国立社会保障
・人口問題研究所「海外社会保障研究」No.163,p45〜54,2008
・�日本総合研究所・研究事業本部編、「医療と介護の連携に関する海外調査研究、カナダ・ドイツ・フランス・ノルウエー」第3章「各国編、カナダ」p25〜42、2003
・新川敏光京都大学教授著「カナダ医療保険の現状と課題」都市問題研究会「都市問題研究」第7卷第8号 p56〜68、Aug 2005
・高橋淑郎国際医療福祉大学教授著「先進諸国の社会保障、カナダ、第11章:医療制度」p211〜236、東京大学出版会、1999
・岩崎利彦皇學館大學准教授著「カナダにおけるプライマリケアと診療報酬支払」「けんぽれん海外情報」No.77、p19〜28、2008
・岩崎利彦皇學館大學准教授著「カナダの医療費と医療財源」「けんぽれん海外情報」No.75、p8〜16、2008
・岩崎利彦皇學館大學准教授著「カナダの介護保障」「けんぽれん海外情報」No.73、p23〜30、2007
・岩崎利彦皇學館大學准教授著「カナダ;タイムリーな医療アクセスの確保と私的医療保険の可能性」「けんぽれん海外情報」No.75、p20〜26、2006
・岩崎利彦皇學館大學准教授著「カナダ;医療保障制度への勧告〜王立カナダ医療保障将来委員会の最終報告から〜」「けんぽれん海外情報」No.73、p23〜30、2007
・OECD編著、鐘ヶ江葉子訳「図表でみる世界の保健医療、OECDインディケータ(2007年版)」2008

081225MapleinCanada2IMG_5696.JPG


(2008年12月25日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター(Monthly IHEP)」No.171、p17~33所収)  

コメント

※コメントは表示されません。

コメント:

ページトップへ戻る