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オバマ政権の医療改革(4)

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5、医療改革法の成立

 オバマ大統領が最重点施策として進めてきた医療改革は、3月21日の法案下院通過で事実上決着した。23日にはホワイトハウスで大統領が「病人の保護と低価格の医療保険法(Patient Protection and Affordable Care Act)に署名して成立した。上院案への下院での一部修正部分についても、3月25日に上下両院で可決され、3月30日に大統領が署名して最終的に成立した。
 
 オバマ大統領は署名に際し「改革の核心はすべての人に医療保険に関する基本的な保障をもたらすことである」と述べ、国民皆保険に向けて大きく前進したことを強調した。この法案がこの数十年で立法されたもののなかで、もっとも広範な社会立法となったことは間違いない。
 
 新制度導入で米国の医療制度は日欧型の「国民皆保険」に近づいたが、これに要する総費用は10年間で約1兆ドル(93兆円)に近い。財源として高所得層への追加増税や高額医療保険料への課税も実施される予定で、医療給付を通じた中低所得層への「所得再分配」の性格が色濃く出ている。
 
 3月21日に行なわれた8時間以上にわたる討議の後の下院での法案可決は、賛成219対反対212の7票差というきわどい僅差であった。共和党議員は全員が反対、民主党からも34名の反対票が投じられた。当初の票読みでは、反対票が昨年12月24日投票時の39人を上回る状況であったため、オバマ大統領は予定されていたアジア歴訪を再度延期して民主党内の国民負担増に反対する穏健派や人工中絶への保険適用に抵抗する反対派の説得に乗り出した。その甲斐があって、民主党からの反対議員数を34人にまで抑え込むことに成功したものである。この説得努力が最終段階での法案通過の鍵となった。まさに歴史に残るオバマ大統領の巧みな議会操縦の勝利と高く評価される。

 本改革最大の特徴は、国民が医療保険に加入しなければ罰金を科す仕組みを導入し、不法移民などを除くほぼ全国民に保険加入を義務付けた点にある。日欧の医療保険制度では、国が保険の運営主体となっているケースが多いが、米国では今回の改革後も民間保険会社が引き続き運営主体となる。もっとも、低所得者への助成拡大や規制の強化を通じ政府の医療市場への影響力は一段と強まる見込みである。安価な保険提供へ向けての「医療保険エクスチェンジ」の創設や保険会社が既往症を理由に加入を拒否することを禁止する条項も盛り込まれた。
 
 財源面では、メディケアへの財政支出削減や関連業界からの拠出などに加え、富裕層が加入する高額の保険を販売した保険会社に課税する制度を導入した。また年収25万ドル(夫婦)超の高所得者層への社会保障税増税も盛り込まれた。財政赤字を増やさない法案でなければ、民主党内の財政重視派が賛成せず可決が難しかったうえ、政府の債務増を懸念する市場の理解も得にくかったためである。

6、今回成立した医療改革法の概要

 3月30日に成立した「病人の保護と低価格の医療保険法(Patient Protection and Affordable Care Act)の概要は次のとおりである。

(1)医療保険未加入者への医療保険の提供

①個人(米国籍を有する者と合法的な居住者)に医療保険加入を義務付け(2014年~)、保険に加入していない者へのペナルティーとして、世帯ごとに年間695ドル~2,085ドルまたは世帯所得の2.5%の税を支払うことが義務付けられる(2016年までに段階的に施行)

②州ごとに「医療保険エクスチェンジ」を創設(2014年~)、この市場を通じて中小企業雇用主が購入できるような保険料レベルの保険を提供する、低所得の加入者には補助金を支給、従業員がエクスチェンジを通して補助を受けた場合には雇用主に対し過料を賦課

③各州に非営利・協同組合方式の医療保険組織の設立を奨励するプログラムを設けるよう補助金を支給(設立は任意)

④従業員数200人以上の雇用主企業には、原則として従業員に対する医療保険の提供を義務付け、従業員数50人以上の企業は医療保険を提供するかペナルティーを支払うかの選択が可能、従業員数50人以下の小企業についてはいずれも免除(2014年~)

⑤中小企業の保険料負担にかかる補助制度を創設(2010年~)

⑥メディケイド(低所得者向けの医療保障)の拡充(原則連邦貧困基準の133%まで引上げ)(2014年~)

 これらの措置により、10年間で約3,200万人の無保険者が減少、医療保険カバー率を現在の83%から94%に高める。

(2)医療保険加入者・加入希望者への保障と安定の付与

①l医療保険会社に対する規制を強化、既往症による加入拒否を禁止、保険料設定・給付内容にかかる規制強化、年間給付上限設定の禁止など(2014年~)

②l高齢者の外来処方箋薬にかかる負担を軽減、「ドーナツ・ホール」と称されているメディケア・パートDでの年間一人当り2,850ドル超の自己負担率100%を25%に引下げ(2011年~)

(3)医療費の抑制など

①メディケア・メディケイドの効率化、メディケア独立給付諮問委員会の新設、包括払い試行プログラムの実施など

②治療の相対的有効性研究の推進など

(4)財政効果

 改革に要する総費用は次表のとおり10年間で9,380億ドルと見積もられるが、増税やメディケアの効率化を中心に財源確保を図り、この間に連邦政府の関連財政赤字は1,430億ドル削減する。

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 本改革の核心である3,200万人無保険者をカバーする新たな医療保険方式については、紆余曲折を経た結果、州ごとに「医療保険エクスチェンジ」を創設し、この市場を通じて中小企業雇用主が購入できるような保険料レベルの保険を提供する方式に落ち着いた。「公的医療オプション」の創設は、民間保険への圧迫に配慮して見送られ、非営利・協同組合方式の新たな保険組織導入も州ごとの任意となったが、中小企業や個人でも加入可能な手頃な保険料レベルに抑えるための補助金や税金控除が手厚く用意されている。

 企業への医療保険提供義務化、いわゆる「プレイ・オア・ペイ」についても、小企業の負担増に対する配慮から小企業の多くが免除されたが、これも手厚い補助金の支給で実効を挙げるものと期待されている。

 オバマ大統領は、イリノイ州の上院議員であった2003年6月の労働組合総会での演説で「医師と患者の間に介在する民間医療保険を排除する「単一支払い皆保険」を実現すると言明していた。しかし、2009年3月にホワイトハウスで開催された「医療改革サミット」に招かれた単一支払い皆保険推進者は、ジョン・コンヤーズ民主党議員一人のみであった。単一支払い方式の支持者は民主党リベラル派の約60名に限られ、その中にも実現不可能とみて、公的保険か民間保険を選択できる「公的保険オプション」派に転向する議員も現れている。
 
 これは、民間医療保険業界が一日200万ドルを費やしたと言われているロビー活動の成果でもあるが、隣国カナダの単一支払い保険にも待ち時間の長期化や保険でカバーされない医療費の増加など問題点が多いことにも影響されている。
 
 共和党の反対だけではなく、民主党穏健派の多くも新たな公的保険の導入を支持しなかったため、9月にはその代替案として「政府が支援して設立する非営協同組合と民間保険が競争する保険制度」を上院のボーカス委員長が中心となって考案、最後まで「公的保険オプション」に拘っていた大統領もこの案に傾いた。

 オバマ大統領は、2009年2月26日に公表された、「2010年会計年度予算教書」において、次の医療保険改革8原則を提示している。この8原則は、

①選択の保障(保険や医師を選択できるプランであること、ただし、既被保険者は今の医師や保険を継続できること)

②手頃な保険料での医療保険購入の可能性(無駄や不正、行政コストを引き下げるプランであること)

③家計の財政健全性の保護(増え続ける保険料を引き下げ、高額医療で破産することのないプランであること)

④予防と健康への投資(肥満防止や禁煙のような予防に投資し、予防医療へのアクセスを保障するプランであること)

⑤保険のポータビリティの保障(保険維持のために職に固定されることのない、また既往症により保険引き受けを否定されないプランであること)

⑥皆保険の実現(国民皆保険に向けた明確な道筋に米国を載せること)

⑦医療安全と医療の質の改善(医療安全策の実行を確実にし、医療内容の不必要なばらつき防止にインセンティブを与え、また医療ITを幅広く活用するプランであること)

⑧長期的財政持続可能性(医療費を下げ、効率性を上げ、追加的歳入を充てて制度が自己完結的な財政構造になるものであること)

である。
 
 そして、オバマ大統領はこの8原則に従って議会と協力して改革に取り組むことを示した。そして、この予算教書においては、医療改革に必要な財源に充てるため、10年間で6,300億ドルの準備金を設けることとした。そしてこの準備金の財源としては、富裕層向けの減税幅の削減、メディケアへの支払い削減、バイオ医薬品の後発品の規制改革等の医薬品費の適正化、再入院率の高い病院への報酬削減などの質に応じた診療報酬の支払い、といった一連の医療費適正化策などが挙げられていた。

 3月30日に成立した医療改革法はこの8原則をほぼ満たしている。公的保険オプションの後退で、改革が骨抜きにされたといった論評も見受けられるが、多様な無保険者のためにメディケアのような公的保険を新設すべきというリベラル派の主張にはもともと無理があった。オバマ大統領もこの点では大統領就任後は民間保険を活用する市場重視の考え方で一貫してきた。

7、オバマ政権の医療改革をめぐる基本的な対立の構図

 オバマ大統領は「アメリカの統合」「ひとつのアメリカ」を強調して大統領選挙を闘い、昨年初に政権の座についた。彼は2004年7月に行なわれた民主党全国大会ですでに「リベラルなアメリカと保守的なアメリカが存在するのではない。あるのは、ひとつのアメリカ合衆国、それだけだ。黒人のアメリカ、白人のアメリカ、ラテン系のアメリカ、アジア人のアメリカも存在しない。あるのは、ただアメリカ合衆国だけだ」と演説している。

 しかしながら、最も激しい政治的対立を巻き起こして、米国を分裂させかねない政治的難題が「医療改革」であった。医療改革をめぐっては、保険加入者と無保険者、富裕層と貧困層、高齢者と若年層間の国民の階層間の対立に加えて、医師会、病院団体、労働組合、企業団体、医療保険業界団体、製薬企業団体などの間の利害対立にも際立って大きなものがある。

 これらの対立を反映して、政党間でも改革のアプローチの対立には根深いものがある。民主党と共和党間の鋭い対立のみならず、民主党内でも社会主義的な色合いの強いリベラル派と市場競争や民営化を重視する穏健派(保守派)との間にも大きな溝が存在する。これを一本化して、ひとつの改革法案を纏め上げるのは至難の業であったと言わざるを得ない。

 医療改革をめぐる基本的な政党間・民主党内の対立の構図については、天野拓熊本県立大学准教授著「現代アメリカの医療改革と政党政治」(2009年9月刊行)に詳述されているので、同書に掲げられている対比表・下表6を借用して、これもとに概観する。

 民主党内では、1980年代以降に、これまで支配的であったリベラル派に代わり、新たに穏健派(保守派)が台頭、最近では両派の勢力がほぼ拮抗している。オバマ大統領は、リベラル派からの強い支持を得て当選し、自らは如何なる派にも属さないと表明しているものの、考え方は穏健派に近い。クリントン元大統領も穏健派に属する。穏健派の台頭は、1984年、1988年の大統領選挙に敗北した民主党の政策が、リベラル左派の急進的な立場に偏り過ぎていて、中道で穏健的な有権者の感覚から乖離しているのではないか、という反省から生まれたもので、この中道的な路線を追求する"New Democrat"と呼ばれる穏健派勢力が伸長したものである。

 この穏健派の特徴は、リベラル派が主張してきた「大きな政府」「高福祉・高負担」政策では国民の十分な支持が得られないとして、リベラルとも保守とも距離を保って企業の責任追及と市場競争の促進に軸足を置いた「第三の道」を追求する点にある。同じ民主党議員であっても、政府の役割を重視するリベラル派と企業の役割に重点を置く穏健派のアローチの考え方には大きな開きがある。 

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 米国の議会では党議拘束は行なわれないので、昨年11月7日に行なわれた下院決議は、両派の妥協に異を唱える民主党議員39名が造反して反対票を投じた結果、民主党圧倒多数の下院においてわずか5票差での法案通過となった。

 昨年12月24日に行なわれた上院決議においても、民主党は共和党のフィリバスター(議事妨害)を阻止できる60議席を確保していたのにもかかわらず、法案の目玉になるはずであった下院案の公的保険オプション創設を盛り込むことができなかった。これは、共和党の反対だけではなく、民主党内の穏健派の一部が将来的に単一支払い皆保険に繋がるおそれがあるとして、公的保険導入に賛成しなかった結果である。民主党のリベラル派はこの結末に不満を強めており、党内の亀裂は深刻である。

 一方、野党の共和党では、1980年代以降、従来の中道派に代わって新たに保守派がその政治的な影響力を拡大してきた。これは、これまで民主党の地盤であった南部の保守層へ共和党が食い込んだことや利益団体の変容によるところが大きい。宗教右派団体、中絶反対団体、中小企業団体、増税反対団体などが政治活動を活発化し、共和党がこれらの団体と連携したものである。
 
 その結果、共和党の社会保障政策は、民主党の「大きな政府」に反対していただけの受け身の姿勢から大きく転換した。改革の方策としては、自立した個人の役割を重視する「オーナシップ社会」の実現といったアジェンダを掲げて、個人の自由と自己責任に依拠した改革を主張するようになった。医療改革では、医療貯蓄口座の促進や消費者主導の医療体制の構築といった政策に具現されている。

 今回のオバマ改革においても、昨年9月9日にオバマ大統領が上下両院合同会議で「今こそ行動する時である」と全国民に向けて不退転の決意を表明し、改革案の審議促進を訴えた直後の9月12日には、10万人を超える白人中心の保守派群衆が「オバマニズムはコミュニズムだ」といったプラカードを掲げて首都ワシントンで大規模な抗議集会を開催している。利益団体が利害を盾に皆保険化に反対するだけではなく、無保険者への社会的支援に理念として反対する保守派の草の根運動も活発化している証左である。このような米国社会における階層分離の拡大には恐ろしいものがある。

 もう一つ、米国の世論を二分しているのが人工妊娠中絶への賛否である。1995年から毎年行なわれているギャラップの世論調査によると、今年初めて「中絶反対派(プロライフ)」が過半数に達した。これは、オバマ大統領が就任直後から、海外で中絶を実施する人道団体への資金援助禁止を解除したほか、中絶術を拒否する産婦人科医の権利保障を剥奪するなど人工中絶容認の政策を進めていることへの保守派や中間層からの反発の反映と見られている。
 
 この問題は宗教色が強く、必ずしも政治的信条とは一致していないが、民主党のリベラル派には中絶容認派(プロチョイス)が多く、これに反発する穏健派の一部は中絶にも適用される医療保険の拡充に反対する勢力として最後まで法案に抵抗してきた。これを打開すべく、オバマ大統領は、医療改革法が下院で可決されれば、人工妊娠中越に対する連邦予算の拠出禁止を再確認する大統領令を出すことを約した。こうした折衝の結果、ようやく改革法案に対する賛否を最後まで保留していた民主党議員7名の賛成票を得ることができたものである。

8、オバマ政権の医療改革を成功に導いた諸要因

 上述のように医療改革をめぐる利害関係は複雑に錯綜しており、上下両院で多数を占める民主党内も必ずしも一枚岩ではない状況下で、国民皆保険化を主眼とする広範な医療制度改革が成就した。その理由としては、次に掲げるようなオバマ政権に有利に働いた政治的環境に加えて、医療関連業界との対話重視の姿勢やきわめて精力的に進められた議会対策が指摘される。

(1)医療問題の深刻化

 サブプライム・ローン問題に端を発した金融危機とそれが引き金となって発生した経済不況の深刻化により、雇用主企業

が医療保険の提供を渋ったり取止めたりするケースが増加し、失業率の上昇とも相まって、無保険者数が増加し、無保険者問題が放置できない社会問題となってきた。

 無保険者問題だけではなく、マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」に描かれているように、マネジドケア中心の民間医療保険では、保険に加入していても高リスクの被保険者が恣意的に排除され、医療へのアクセスの自由が阻害されている状況も深刻化してきた。これを規制する社会的立法への要請も高まっている。

(2)州レベルでの医療改革の進展

 ブッシュ政権下においても、いくつかの州で大きな医療改革が実現したことが、連邦レベルでの皆保険化への追い風となった。なかでも注目されたのは、マサチューセッツ州で2007年7月までにすべての州民に医療保険加入を義務付けた「医療アクセス法」制定であった。この州法は、共和党のロムニー知事が同州選出の民主党の故エドワード・ケネディ上院議員と手を組んで成立させたものであり、州レベルとは言え、超党派で皆保険が実現した意義には大きなものがあった。同法は企業に対してではなく、州民個人に保険加入の義務を課した点に特色がある。詳細については「オバマ政権の医療改革(2)」の「4、全米初、州民皆保険のモデルと評価されるマサチューセッツ州の医療改革」を参照願いたい。

 マサチューセッツ州だけではなく、ヴァーモント州、メーン州でも包括的な医療保障制度改革が進められ、カリフォルニア州やコネチカット州でも改革のヴィジョンを示して、法案化が動き出している。2007年時点で、すでに26の州が何らかの形での独自の改革を実現させるか、改革案の審議に入っていた。

(3)主要関係団体も激しくは反対せず、むしろ好意的

 米国医師会をはじめとする医療関連団体は、クリントン改革時とは異なり、今回は大統領の改革の基本的な方向性を是認する姿勢をとった。これには、大統領の選挙戦時の人気が高く、変革に抵抗するのは得策でないと考えた可能性もあり、経済環境の悪化を反映して、これ以上の格差拡大は容認できないという世論への配慮も感じられる。

 まず、米国医師会はメディケアにおける診療報酬削減撤回を条件に改革案を支持、病院団体や製薬企業団体もオバマ政権との間で妥協取引を成立させて改革案への支持を表明した。

 製薬工業団体PhRMAは、昨年7月にメディケアの薬剤給付についてブランド品薬価を50%割引き提供することを軸に、10年間で800億ドルの貢献策を政府に約した。従来共和党との太いパイプに物を言わせてきた製薬業界が、他の医療関連業界に先駆けて方針を転換し、オバマ改革に協力姿勢に転じた効果には大きなものがあった。

 クリントン改革に対しては巨額のテレビ広告費を投入して激しい反対運動を展開した民間医療保険団体も、公的医療保険の創設や民間保険への負担増には反対姿勢を貫いたものの、表面的には改革案への批判を差し控えた。

 クリントンの改革に強く反発した中小企業諸団体も、いくつかの団体からは強い反発があったものの、全体としてはかなり沈静化した。

 一方、140万人と全米最大の雇用主でありながら労働組合を持たないウォールマートは、永く対立してきた「サービス従業員労働組合」と手を組んで、皆保険化に協力を約した。同社CEOのマイク・デュークは昨年の6月に「企業は規模を問わず責任を分かち合うべきで、医療保険負担の義務化に賛成」と皆保険への支持を宣言して、政財界を驚かせた。率先して政府主導の改革を支持したほうが有利との思惑も見られるが、ウォールマートに追随して雇用主側に一定の負担が強いられるのはやむを得ないという皆保険受容の姿勢への転換が広がったのは注目される。

(4)オバマ政権の巧妙な議会対策と柔軟性

 クリントン大統領は1993年1月25日に閣僚を中心とした医療改革のためのタスクフォースを創設し、その座長に妻のヒラリー・クリントンを任命、アドバイザー・グループに官僚・議会スタッフ・専門家など500人以上を参加させた。このため、当初は100日で完成の予定の改革案ができ上がったのは、9月22日であった。しかも、議会での審議が一年以上も難航し、翌年9月には共和党のフィリバスター(議事妨害)に逢って、クリントン政権は法案の成立を断念した。その年の中間選挙では、民主党が大敗し、包括的な医療改革は頓挫した。

 オバマ政権は、このクリントン改革が失敗した要因を分析し、その轍を踏まないように、今回は法案の作成段階からすべてを上下両院に任せ、重大な節目のみに大統領が介入するという議会重視の柔軟な戦略で臨んだ。一方で、大統領自身は国民に対する広報と関係団体との話合いに時間を割いた。これは、クリントン改革が医療保険業界などからのテレビ広告で改革の意図が歪曲され、それによって致命的なダメージを蒙った失敗の教訓が生かされたものと評価される。

 政権発足当初は、金融危機対策やGMの救済など経済対策に追われて、医療改革の審議は滞りがちであったが、何とか年内にそれぞれの改革法案が上下両院で可決された(下院案決議は11月7日、賛成220対反対215の5票差、民主党39名が反対、共和党1名が賛成、上院案決議は12月24日、賛成60対反対39、賛成は民主党58名と民主党無所属2名。共和党は全員反対)。上下両院案の相違点は、法案全体の5%程度に過ぎないので、両院協議会での調整作業が順調に進めば、調整後の修正案が1月中にも両院で再可決されるものと見られていた。

 ところが、年明け早々の1月19日に行なわれたマサチューセッツ州の上院補欠選挙で、共和党の新人スコット・ブラウンが民主党のマーサ・コクリーを破って当選、故エドワード・ケネディ上院議員が47年間保持してきた民主党の議席を奪った。上院民主党は議席を59に減らした結果、フィリバスターを止めさせて法案を通すことができる絶対多数を失ったため、修正案を上下両院で再可決することはほぼ不可能となった。上院には議員が欠員となった場合には、州知事が代理議員を指名できるという規定が存在する。故エドワード・ケネディ議員は昨年8月25日に亡くなったので、今年1月19日に補選が行なわれたが、マサチューセッツ州では昨年8月に故エドワード・ケネディ議員の要請により、代理議員を送るように州法が改正された結果、12月24日の上院決議時の民主党60名にはこの代理議員も含まれている。
 
 そこで考え出された手法が、上院をすでに通過した法案をそのまま下院で承認し、その直後に上下両院案の相違点の調整箇所を盛り込んだ修正案を下院で可決、これを"Budget Reconciliation"(予算調整)と称する予算関連法案はフィリバスターを回避して単純過半数で決議できる法案として上院でも承認するという今回の裏技であった。3月25日に上下両院で可決された最終法案への投票結果の賛否は、下院220対207、上院56対43と、上院でも3名の民主党議員が反対票を投じた。共和党議員は上下両院ともに全員反対票を投じた。
 
 オバマ大統領が、法案審議の最終段階で示した上下両院との連携プレイは、バイデン副大統領(上院議長)やペロシ下院議長など議会の顔を立てながらオバマ大統領の指導力が遺憾なく発揮された見事な成果であった。

(2010年5月10日、医療経済研究機構発行"Monthly IHEP"No.186,p28~34所収)
 

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