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南アフリカ共和国の医療(2)

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3、南アフリカ共和国の医療費と医療政策

(1)南アの医療システムと総医療費

 南アの医療システムは総人口の84%を占める約41百万人を対象とする公的医療と16%を占める約8百万人を対象とする私的医療(いずれも2008年)に大別される。公的医療はほとんどすべてが財政資金によって賄われ、医療サービスの提供は公的医療機関のみが行なっている。一方、私的医療は非営利医療保険のメディカル・スキーム(Medical Schemes)加入者と全額自費の患者が民間医療機関からの濃密な医療サービス提供を享受している。このように南アにおいては公的医療と私的医療に二極分化し、医師をはじめとする医療資源の過半が私的医療に集中している。

 南アの総医療費は表1に掲げたとおり2008年度の実績値で2,030億ランド(約2.6兆円)、一人当り平均では4,160ランド(約53千円)となっている。しかしながら、財源別内訳では、公的負担が846億ランド(総医療費の42%)、私的負担が1,132億ランド(総医療費の56%)と私的医療が過半を占めている。①  

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 公的医療の対象となる低所得の無保険者数は表2に見られるとおり、最近5ヵ年間でも若干ながら増加している。人口一人当りの医療費で見ると、2008年実績では公的医療費は一人当り2,068ランド(約26千円)、私的医療費は一人当り14,329ランド(183千円)となっている。私的医療費の水準は、物価水準が低いことを勘案すれば、先進国並みに高い。

 私的医療享受者層と低所得者層の間には7倍もの大きな医療費格差がある。これはきわめて大きな所得格差の結果であって医療だけの問題ではないが、医療格差の縮小が南ア最大の政策課題となっている。もっとも、最近4年間で見ると、一人当り私的医療費の年間平均6.5%増加に対し、一人当り公的医療費は年16.5%のハイ・ペースで増加している。このように公的医療の充実は顕著であるが、水準としては依然としてきわめて劣悪な状況下にある。

 高水準の医療を誇る私的医療部門と貧しい公的医療部門に截然と区分されていることが、アパルトヘイト時代に形成された不公平医療の解消を遅らせるだけではなく、南アの保健医療全体の発展にとっても大きな障害ともなっている。かつてアパルトヘイト時代に存在した教育や社会生活面などあらゆる分野におけるアクセスの不平等は大方解消しているにもかかわらず、医療分野においてのみ厳然として残存しているのは南ア国民にとっての大きな不幸である。

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 私的医療のレベルは高く医療費が嵩むため、南アの総医療費の対GDP比は8.7%(2008年)と高く、今後も上昇を続けるものと予測されている。この水準は表3に見られるとおり欧州諸国の平均並みであり、BRICSの中では格段に高い。公的医療費の総財政支出に占める比率も表1に示したとおり12.8%(2008年)と高い。表2では、この比率がWHOの共通計上基準で10.8%となっているが、BRICSの中では高い。総医療費に占める私的負担が過半を占めるのは、ロシアを除きBRICS共通である。一人当りの公的医療費年間支出額$340は、公的医療が主体のロシアを下廻るものの、ブラジルと並び、中国・インドよりは格段に多い。② 

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(2)
公的医療の資金使途と重点施策

 公的医療の財政規模や重点施策は中央政府の財務省と保健省が決定するが、予算の執行は州政府の保健局や市町村の責任で行なわれている。医療サービスの提供は原則として公立病院、公的診療所、地域保健センターなどの公的医療機関を通じて、低所得者には原則として無料で提供されている。

 2008年度の歳出に占める医療関連支出の規模846億ランド(約1.1兆円)は、表1に示したように総歳出の12.8%(2008年)を占める。公的医療費は社会保障費全体の40%強を占め、この割合は先進国の水準並みに高い。2008年度医療関連支出の大部分を占める州政府支出750億ランドは、表4最下段のとおり2008年度までの3年間年平均16.8%増という高い伸びを示している。

 これを、主要な医療サービス別にみると、表4に掲げたように、全体の40%強を占める地域保健サービスが最大の支出項目となっている。これは公営の診療所や地域保健センターを通じて行なわれているエイズ、結核の感染予防対策としてのワクチン供与、抗HIV薬投与などをはじめとする予防と初期治療の活動に使われている。

 次に大きい支出は国公立病院409施設(約89千床、2009年)の運営費用で、全体の40%弱を占める。国公立病院の増設も進み、近代化も図られているが、医師をはじめとする医療職の数が絶対的に不足しており、医療の質も低い。

 2009年度に南ア政府が格別に注力する公的医療の重点施策として、保健省から次の8項目が示されている。③ 

①予防ワクチン3種を追加するなどの施策で、乳幼児の死亡率を引下げる。
②治療が中途半端に終わっている結核患者を再治療するプログラムを発足させる。
③HIV感染者対策を、母子感染の予防などを中心に、一段と強化する。
④医師をはじめ医療関連職の待遇改善を進める。
⑤インフレに対応して病院、救命救急施設への投資額を増やす。
⑥看護師不足に対処する予算を増やす。
⑦医療の質を管理するための組織を新設する。
⑧医薬・医療機器の規制機関を新設する。

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 公的医療サービスの提供権限は州政府に委ねられているため、中央政府の指示が必ずしも医療現場まで行き届かず、表5に見られるように、9州間のサービス内容に大きな開きが生じている。

 1人当り公的医療費について見ると、ムプマランガ州の1,162 ランド(約19千円)から西ケープ州の1,933 ランド(約33千円)まで5割以上の開きがあり、人口10万人当りの公的医療機関医師数についても14.1人から37.9人まで3倍近い差が存在する(日本の医師数は東京都の264人から埼玉県の129人まで2倍弱の差、平均201人、2004年)。絶対数が不足している病床数については大きな差は存しないものの、医師不足の州は不足の度合いに応じて病床稼働率が低くなっている。HIV感染率も州によって大きく異なり、12.5%から40%まで3倍以上の差がある。診療所への年間受診回数も1.9から3.1回と開きがある。

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(3)民間医療保険(メディカル・スキーム、Medical Schemes)

 きわめて脆弱な公的医療システムとは対照的に、南アの民間医療部門は近代的に組織された先進病院を中心に診療所や専門施設も幅広く整備されている。医療費の面でも、表1および表2で示したように、私的医療費が1,216億ランドと総医療費の56.7%を占めている。表6に示したように、このうちの62.8%に当たる763.2億ランドがメディカル・スキームと称する非営利の民間医療保険でカバーされており、残余は自己負担と営利の民間保険で賄われている。

 問題は、私的医療費が総医療費の過半を占めているにもかかわらず、この対象となる国民が約8百万人と全国民の17%弱(2009年)に過ぎないことである。

 メディカル・スキームは、医療保険のみに特化した民間の非営利保険である。純粋の民間団体として自然発生的に生成されてきた保険システムではあるが、拡大につれて問題も出てきたため、1967年にはその共助の原則を定めた"Medical Schemes Act"が制定された。その後改正を重ねて、1998年の改正では、①最低限の強制的給付パケッジの法定、②年齢や健康状態による差別の禁止、③収入額と被扶養者数以外の条件での保険料の差別化禁止など強い規制措置が盛り込まれている。一方で、メディカル・スキームへの保険料支払は所得控除され税制面で優遇されている。④ このようにユニークな非営利の民間医療保険システムが広範にカバーしている国は先進国にも類例がなく、公的保険の補完機能を果たしているフランスの共済組合やオーストラリアの医療専門の民間保険に近い。

 メディカル・スキーム(Medical Schemes)による支払額全体の伸び率は年率12%強とインフレ調整後でもGDPの伸びをかなり上回っている。これを医療費支払項目別に見ると表6のとおり、2009年度では医師への支払が33%、病院への支払が37.1%、薬剤費が17.4%となっている。この比率を10年前と比べると、歯科医師への支払が3.1%減少、薬剤費が11.3%減少、逆に病院への支払が7.9%増加と、病院費用の高騰が顕著である。受益者一人当りの年間医療費は9,605ランド(約11万円)、自己負担分を含めると、表1のとおり15,012ランド(約17万円)と先進国並みに高い。

メディカル・スキームへの加入率を人種別に見ると、表7のとおり白人は3/4と大多数が加入しているのに対し、黒人の加入率は徐々に向上はしているものの、2009年時点では10%にも達していない。インド人の加入率は42.7%、カラードは21.4%と比較的高い。

 南アにおける最初のメディカル・スキームとされている"De Beers Consolidated Mine Ltd"は1889年に設立され、1940年には48社のメディカル・スキームが存在していた。メディカル・スキームの数は、1945年から1960年の間に大幅に増えて、当時加入資格のあった白人の80%をカバーするに至った。⑤ 民主化後は、対象が全国民に拡大された結果、白人以外の加入者が増加、逆に白人の加入率は低下傾向にある。⑥ 

 メディカル・スキームの総数は1974年には252社あったが、順次統合や淘汰が進み、表6下段のとおり、1999年末には160社、2009年末では105社となっている。このうち、75社は加入者を特定の企業や職域団体に限定した閉鎖型(Restricted)で、残余の30社が希望すれば誰でも加入できる開放型(Open)である。閉鎖型、開放型ともにカバーの限度などの条件が異なる複数のオプションを用意しており、オプションの総数は332(2009年末)となっている。 

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(4)国民皆保険(National Health Insurance、NHI)への取組み

 南アでは1994年の民主化直後から医療の国民皆保険を求める動きが活発化してきたが、政権与党であるANC(アフリカ民族会議)が2009年5月の総選挙で「5年以内の国民皆保険化実現」をマニフェストに盛り込んだことで、にわかに現実味を帯びてきた。この選挙公約を実行に移すべく、2010年9月に開催されたANCの総会で2012年までに皆保険実現に向けての計画策定に全力で取り組む方針が決定された。政府としての具体的な計画はまだ公表されていない。

 ANCの計画によると、NHIは全国民に原則として無料での医療サービス供与を保障する。そのための追加費用として1年目に1,280億ランド(約1.5兆円)、2025年には3,760億ランド(約4.6兆円)を要するとしている。計画は14年間をかけて段階的に進められ、2012年にはおもに健康状態が比較的悪い地域から限定的に展開していく方針を示している。財源は企業や個人にも保険料負担を求めるが、基本的には増税によって賄われる。国民皆保険は全国民をカバーするものの、すでにメディカル・スキームや他の民間保険に加入している国民の選択権は残される。⑦ 

 これに対し、皆保険への参加を要請されている民間病院協会や医師会は、正面切っての反対は表明していないものの、研究者などを動員してネガティブ・キャンペーンを展開し、皆保険導入は時期尚早であるとの消極姿勢を示している。その論拠としては、医師・看護師をはじめとする医療職の増員・待遇改善が先決であること、ANCの費用見積もりは過少であり財源的に持続可能ではないことなどを挙げている。民間病院業界の本音は、公的保険の導入で低い公定の診療報酬タリフが押しつけられるのは真っ平御免というところであろう。⑧ 

4
、南アフリカ共和国の医療提供体制

(1)医療提供施設

 南アの医療提供機関には、公・民合わせて病院約620施設(約110千床)のほかに公営の診療所(Clinics)3,057軒、公営の地域保健センター280カ所(いずれも2004年)と民間の診療所が存在する。ほかに、車で移動する公営のモービル・クリニック(Mobile  Clinics)が899輌ある。民間の診療所は、通常総合病院とも契約している一般医(10,498人)、専門医(5,996人、いずれも2008年)の個人経営で、実数は公表されていない。

 病院は国立・州立などの公的病院と民間病院に大別される。公的病院の数は、1990年代からは増えているが、表8に見られるとおり、病床数は漸減傾向にある。しかも、病床稼働率は表5に示したとおり、60%台の州も多く、全国平均でも71%(2006年)と低い。これは、需要はきわめて大きいものの、医師・看護師の確保ができず診療制限を行なっているためであり、常時大混雑で待ち時間も長い。病院協会の調査によると、医師免許取得後5年未満の未熟な医師は8割が公的病院に勤務、逆に経験20年以上の医師の70%以上は民間病院と契約している。公的病院は多忙を極め、指導医も少ないので、医療の質も民間病院と比べると格段の差があると言われている。⑨ 病床不足を反映して、公的病院の平均在院日数は4.3日(2009年、District Health Information System Database)と短い。

 公的病院の中にもヨハネスブルグやケープタウンには大学付属病院など近代的な先進病院も存在する。1938年に創設されたケープタウン医科大学付属のグルート・スキュール(Groote Schuur)病院は、1967年12月3日にクリスチャン・バーナード(Christiaan Neethling Barnard)教授が世界初の心臓移植手術を成功させた病院として知られている。この世界初の心臓移植は、医学の発展史上に刻まれた画期的な快挙として有名である。⑩ 第1号の心臓移植を手掛けた南アは臓器移植の先進国と目され、その後も毎年30件から40件の心臓移植が行なわれてきたが、最近10年間はドナーの不足から年間20件台に減少している(臓器移植全体も2004年の1,047件から2008年には633件に減少、心臓移植は2004年の28件から2008年には22件へ減少)。⑪ 

 もう一つ世界的に知られている南アの公的病院に首都ヨハネスブルグの黒人居留区ソウェット地区に1939年に建造されたクリス・ハニ・バラグァナス病院(Chris Hani Baragwanath Hospital)がある。この病院は当初英国王立軍事病院としてスタートしたが、1948年に南ア政府の所管となり、この地区がネルソン・マンデラ大統領の出身地であることから、1997年には暗殺されたアパルトヘイト反対運動活動家クリス・ハニの名を冠した州立病院となった。この際に一挙に3,400床に増床され、同年のギネスブックで世界最大規模の病院として紹介されたために一躍有名になった。この病院はWitwaterstrand大学などの教育病院でもあり、教育病院としても世界最大である。私的医療保険適用の患者も20%ほど受入れている点も公的病院としては珍しい。もっとも、病床数はその後削減されて2009年には2,964床となっているうえ、病床稼働率も65~80%と低い。⑫ 

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 一方、民間病院では先進医療機器も充実しており、提供されている医療の質も欧米先進国に遜色のない高いレベルにある。メディカル・ツーリスト患者の受け入れが年間2万人(2008年)と多く、しかもその過半は英国からの来訪患者で、近隣諸国からの患者は少ないのは、その証左の一つである。⑬

 病院・クリニックともに公的医療機関へのアクセスは自由であるが、民間病院にはメディカル・スキーム加入者(全国民の16.9%、2009年)か治療費全額自己負担の患者しかアクセスできない。このように、南アにおける医療提供体制は、所得格差を反映した完全な公私分離システムとなっている。ただし、民間医療機関は大都市に偏在し、数も限られているため、地方ではメディカル・スキーム加入者であっても公的診療所にかかっている患者も多い。

 南アの民間病院においては、病院への支払(Hospital Fee)と医師への支払(Doctors Fee)は峻別されており、私的医療費の40%近くが病院への支払となっている。しかしながら、最近では医療費の高騰からメディカル・スキーム加入者数が伸び悩み、つれて民間病院利用者数も頭打ちとなっている。

 民間病院の数は公的病院の1/2、病床数は4割程度であるが、医業収入では公的病院を上回っている。また、民間病院の病床数は、表4のとおり漸減している公的病院とは逆に漸増している。南アの民間病院は、表9に見られるように大規模な株式会社形態のチェーン病院3社(うち2社は上場会社)が全体の8割を占め、残余の2割の市場に小規模な株式会社と非営利法人の52病院が分立するという極端な寡占状態になっている。このようにほとんどの民間病院が株式会社化している国は世界でも珍しい。

 最大のNetcare Holdingsは急性期に特化した病院が合併を重ねてチェーン化し、1996年にヨハネスブルグ市場に上場した。同社は英国でもBMI Healthcareの名称で58病院(2,894床)を経営、英国のプライベート病院業界で最大のシェアを確保している。第2位のMedi-clinicもスイスに13病院(1,365床)、ドバイに2病院(336床)、ナムビアに3病院を保有している。この上場2社は引続き急性期病院の国際展開に注力する方針を明らかにしている。この事実からも、南アの大手民間病院は欧米先進国に引けをとらない高い質の医療を提供しているものと判断される。
 

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 南アの国民が病気になった場合に、まず受診する医療機関についてのアンケート調査結果によると、国民の59%が公的クリニックと回答、次いで民間クリニック25%、公的病院10%となっており、民間病院はわずか2%と少ない。公的医療機関での受診時に治療費を支払ったという回答は回答者の35%に留まり、65%は診療費も薬剤費も支払っていない。クリニックから病院への紹介は支払能力に応じて、公的病院と民間病院に振り分けられている。⑭ 

 1995年の家計調査の結果によれば、民間病院全病床の半数が所得階層上位5%の階層の居住地域にあり、全病床の90%が都市部に集中している。医師の分布においても、専門医の77%、GPの53%、医師免許取得16年以上の医師の70%が民間病院に集中している。⑮ この比率は、やや旧いものの、1980年代から変化はなく、最近時においてもほとんど変わっていないものと思われる。

(2)医師・看護師など医療関連職

 南アの医師数は、表10に見られるとおり、最近2ヵ年では年間1,000人以上増加しているが、慢性的に絶対数が不足しており、医療を巡るもっとも深刻な問題となっている。南アではかつてはほとんどが白人医師で黒人はごく少数であったが、民主化後は黒人医師の養成が進み、表11に見られるように、最近では非白人が医師の過半を占めている。

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 この南ア政府公表の医師数統計を巡っては、南アの経済界が設立したEconexという政策研究所から疑義が提起されている。Econexの調査によれば、2010年現在の医師数36,912人は、公的診療所などで働いている一般医(GP)の数と病院の勤務医および契約医の数をそれぞれの団体からの報告に基づいて単純に合算したものである。ところが、南アでは公的診療所の給与は安いためにほとんどの医師が病院とも契約して2ヵ所で働いており、この二重計上された医師が2010年では9,481人とじつに総医師数の1/4以上を占めている。この二重計上を排除すると、2010年の医師実数は、表11に示したとおり27,431人となる。このような医師数水増しは、民間病院には医師が余っており、医師不足が国民皆保険実現に向けての障害とはならないことを国民に説明するための意図的な計数操作であると、Econexは主張している。⑯ 

 Econexの医師数をそのまま信じるわけにもいかないが、これに対する政府の釈明は為されていない模様である。同レポートは医師の流出がさらに加速し、医師の実数は2020年に向けてさらに減少するものと予測している。同レポートの真偽はともかくとして、南アの医師不足がきわめて深刻であることは間違いない。

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 医師不足の要因は、一つには南アには医学部が国立大学8校にしかなく、定員を増やして対応しているものの、年間の新規医師免許取得者は最大でも1,400人程度で、医師養成が追いつかないことにある。加えて、折角養成した優秀な医師が農村地帯の公的病院から大都市の民間病院へ激しく移動している。さらに、南アの医師教育は英語で行なわれているため、海外勤務にも抵抗感がなく、医師の海外流出が跡を絶たない。民主化後は海外への流出が毎年150名を下らないとされ、国内の医師不足を一段と悪化させている。これには政府も打つ手を欠いている。

 人材の流出は、公的病院と民間病院間の給与・待遇格差が大きいために起こっているが、エイズの蔓延を嫌っての海外逃避も多いと言われている。南ア保健省の医師海外流出状況についての調査によれば、表13のとおり主要な英語圏5ヵ国だけでも8.921人(2006年)に上っている。この5ヵ国以外への流出を加えると、海外で働いている医師の総数は1万人以上となり、国内に留まっている医師数の半数近くに達する。今後とも毎年新規に養成される医師の25%以上が海外へ流出するものと、Econexは予測している。⑰ 

 地方にある公的病院の医師不足を補うために、政府は1995年にキューバと協定を結んでキューバ人医師の受け入れを始めたほか、チュニジアと2,000名受け入れの契約を結び、イランからの医師派遣も受け入れている。また、南アの学生をキューバの医科大学に派遣して医師教育を受けさせている。⑱ 

 歯科医師・薬剤師も医師同様に極端に不足しているが、表10に見られるように看護師数は比較的多い。そこで、公的医療機関における医師不足を軽減するために、看護師に若干の医学教育を施して、医師の監督下で医療行為の一部を代行できる「クリニカル・アソシエイツ」と称する職種が2007年に新設された。⑲ 

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南アの医師不足を国際比較で見ると、表14のとおり人口1万人当り8人とBRICS5ヵ国の中でも、ロシアの1/5以下で、インドと並び少ない。さきに述べたEconexの指摘が正しいとすれば、実数ではインドよりも少ないということになる。南アの看護師数は、BRICS5ヵ国中ではロシアに次いで多く、先進国との国際比較でもさして見劣りしない。

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 南アには公立大学8校に医学部があり、おおむね英国の教育制度をそのまま踏襲している。医学教育は大学5~6年間で、卒業して医学士(MBChB)の資格を取得したのち、臨床医になるには教育病院で2年間のインターンシップと場合によってはさらに地域医療サービスに従事したのちに、Health Professions Councilに登録しなければならない。その後は7割程度がFamily Medicineを専攻してFamily Physician(家庭医)となり、残りが臓器別専門医の道を進む。いずれも5~7年間のResidencyで専門技能を修得し、試験に合格して専門医になる。また、インターンシップ終了後に一般医(GP)として開業することもでき、開業後に専門医のコースに戻る選択肢もある。開業医だけではなく、病院勤務医や民間病院との契約医についても、表12に示したとおり、一般医の数が専門医の約2倍と多い。⑳ 

5、南アフリカ共和国の医薬品・医療機器市場

 南アの医薬品・医療機器市場全体の規模に関する統計は、輸出入統計を除いて、政府の公式統計、業界団体の公表統計ともに存在しない。複数の民間団体が推定値を発表しているが、その間の乖離はきわめて大きい。その理由は、私的医療分野の業界団体であるPharmaceutical Industry Association of South Africa(PIASA)が販売統計を公表していないことに加え、公的医療分野では政府が買い上げて無料で配布される医薬品が多いため、そもそも小売価格が存在しないことにある。政府の財政統計では医薬品支出の分別管理が行なわれていないのも一因となっている。

 推定値では、表15に掲げたSouth Africa Pharmaceuticals and Healthcare Reportの計数がIMSの計数に近く、信憑性が高いものと判断される。これによると、工場出荷価格ベースでの2009年の医薬品総売上高は224.8億ランド(約2,500億円)であり、この5割増しを小売価格と仮定すると、同年の総医療費2,142億ランドに占める薬剤費の比率は16%程度となる。表6に示したメディカル・スキームの支払項目中に占める薬剤費比率17.4%は、安価な薬剤に限定して使用している公的医療部門の比率よりは高いものと考えられ、全体での薬剤費率は総医療費の16%程度が妥当なところであろう。 公表されているいくつかの調査レポートは、南アの医薬品市場は向う数年にわたって年率10%内外の高成長を続けるものと予測している。

 医薬品の市場規模が影響を受ける最大の要因は、南ア政府の価格政策である。南アの薬価はかつては自由価格であったところ、高騰する市場価格への国民の反発に対応すべく、南ア政府は2004年にすべての処方薬について流通ルートの如何にかかわらず、工場出荷価格に上限(キャップ価格)を設定する"Single Exit Price(SEP)"制を導入した。公的医療保険制度を持たない国が、私的医療分野の商品価格を末端価格ではなく、ランド建てで工場出荷価格の上限を設けて時限を定めずに固定するのはきわめて異例であり、これに対する内外からの批判も大きかった。この規制はあまりにも業界への悪影響が大きかったため、政府はこのキャップ価格を2007年と2008年にそれぞれ6% 、2009年には高インフレに対応して13%引上げた。その結果、業界の不満は今のところ収まっている。21 

 南アでのジェネリック薬比率(IMS推計)は、数量ベースで2003年には60%であったが、2006年には50%に下落している。価格ベースでは20%程度かと推測される。SEP制の影響もあり、今後は大幅に高まるものと予測されている。22 

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 南アの医薬品、医療機器の輸出入規模は表16のとおり医薬品。医療機器ともに輸入額が急増している。一方、輸出の規模は輸入の1/10程度であるものの、ランド高のために逆に減少している。南アで消費される医薬品の7割以上がかつては輸入品で占められていたが、国内メーカーが力をつけてきたことから、近年輸入の比率は6割程度に低下している。医薬品の輸入相手国別シェアは表17のとおり、米英独仏が拮抗、インドがジェネリック薬で第3位に食い込んでいるが、日本メーカーは50位内に1社も入っていない。

 医療機器の輸入も急増して、2009年には医薬品の1/2の規模に達している。この分野も欧米のメーカー主体であり、日本のメーカーではテルモが現地に事務所を開設して、人工心肺装置で25%、血液パックで40%のシェアを確保しているのは異例である。23  

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 処方薬では欧米の大手メーカーが高いシェアを維持しているが、OTCの分野では表18に見られるとおり、英米の大手メーカーに伍して南アの地場製薬メーカー2社が1位と5位を占めている。Adcock Ingram Ltdは創業120年の老舗で、2010年度には売上44億ランド、利益9億ランドを計上した。Aspen Pharmacare Holdings Ltdは年間売上100億ランド、利益18億ランドと処方薬部門で圧倒的に強く国内シェア20%を抑えている南ア最大の製薬メーカーである。本年1月にはオーストラリアのジェネリック薬市場でシェア25%を抑えているSigma Pharmaceuticals Ltdを61億ランドで買収、業容を一段と拡大した。

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 エイズの予防・治療に必要な抗HIV薬(抗レトロウイルス薬)を巡っての大手製薬メーカーと南ア政府との係争は特許権の保護と薬剤を購入する資金のない途上国国民の生命とを天秤にかけた国際的な大論争となった。HIV感染の予防やエイズの治療には複数の薬剤が必要であり、米国では1人当たり1年間に約150万円の薬剤費がかかる。一方発展途上国の1人あたりの年間薬剤費は400円と言われており、アフリカ諸国に多いエイズ患者が年間に150万円もの薬剤費を支払うことは不可能である。このような状況下で、南ア政府は、抗HIV薬の安価な複製品を並行輸入したり、特許権を無視して国内生産したりすることを認める法律を制定した。   

 この複製品はブラジルでは強制実施権(途上国などの政府が先進国の大企業などによって独占使用されている特許ライセンスを国家の緊急事態などの際に強制的に自国で使うことを認めるという権利)のもとで合法的に生産され、インドでは物質特許が認められていなかったために、製法特許に抵触しない範囲で合法的に生産されていた。こういった複製品は特許に対するライセンス料を支払わずに生産されるため、生産費用のみしか掛らず、通常よりもかなり安い値段で提供される。南ア政府は特許侵害行為を免責する法律を制定したうえで、これらの複製品輸入や国内生産を奨励したのである。

 この南ア政府の動きに対し、米国の大手製薬メーカー41社はこの免責法廃止を求める裁判を起こした。これに対し、WTOの条約でも保護されている特許権優先の主張と途上国のエイズ患者の生命を考えた場合、後者のほうが重いという国際世論の高まりは凄まじかった。その結果、大手製薬メーカーの動きは強者のエゴとして国際的な非難を浴び、メーカー側は2001年に訴えを取り下げただけでなく、逆に途上国に対して無償や原価に近い価格で抗HIV薬を提供することを約束させられた。このような経緯で、抗HIV薬は現在南アにおいては格安の価格で提供されている。だが、この特許に絡む争いは将来的には難しい問題を抱えている。それでも、抗HIV薬の需要が拡大したことで、大手製薬メーカーのこの分野での売上は2009年には118億ドル(約1兆円)に達し、利益も増加している。24 

 そこで、南ア政府は抗HIV薬の価格をさらに引下げるべく、入札による大量購入を行なっている。2010年7月には向う2年分の35億ランドの入札が行なわれ、強制特許による国内生産や並行輸入での価格引下げを実現した上記の国内大手2社(Aspen社とAdcock Ingram社)が潤っている。25 

 一方で、抗HIV薬の開発においては、南ア国民の人権を無視した無秩序な治験が行なわれて、副作用による多くの死者が出るなど大きな社会問題を惹起した。箒木蓬生の小説「アフリカの瞳」は日本人外科医が南アの女性活動家と結婚して、南アの市民病院とクリニックに勤め、エイズ撲滅運動に献身的に尽す姿を活写した感動的な物語である。この2人は、南ア政府が国産化した抗HIV薬ヴィロディンが何の効能もなく副作用だけが強いことを、HIVウイルスに感染した多くの母子を追跡調査して突きとめる。この調査結果の公表を阻止すべく政府が動くが、住民の力でそれを跳ねのける。さらには、抗HIV薬の新薬開発を急ぐあまり、正規の段取りを踏まずに一足跳びに南アで違法な治験を行なっていた米国の大手製薬メーカーを大量殺人の廉で告発し、和解の代償として先進国で製造された安価な抗HIV薬を手に入れる。小説ではあるが、南アの現実に基づいたノンフィクションに近く、考えさせられる多くの問題を提起している。26

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参考引用文献一覧

① 2009年9月、南ア財務省"Provincial Budgets and Expenditure Review 2005/06-2011/12"、  http://www.treasury.gov.za/publications/igfr/2009
② 2010年度WHO"World Health Statistics 2010"Table 7 "Health Expenditure"③ 2009年9月、Provincial Budgets and Expenditure Review 2005/06-2011/12 Chapter 4"Health"p50
④ 2000年,"Impact of Changes to the Medical Schemes Act" by Debble Pearmain, HASA, http://www.hst.org.za/sahr
⑤ "Overview of the Medical Schemes Industry"、http://www.bhfglobal.com/files/bhf/overview
⑥ Health and Related Indicators,2008 ,http://www.hst.org.za/uploads/files/chap16_08.pdf , Health services indicators, Table 49  "Medical Schemes coverage by ethnic group"
⑦ 2010年9月22southafrica.infohttp://www.southafrica.info/news/business/807708.htm
⑧ 2010年3月、Econex "Financial Implication of a National Health Insurance Plan for South Africa-Study  commissioned by the Hospital Association of South Africa (HASA)"
⑨  2000年12月、瀧澤邦雄著JICA、南部アフリカ援助研究会報告書第2巻第5章p77
⑩ Groote Schuur Hospital-Wikipedia, the free encyclopedia
⑪ 2009年1月15日、IOL News" SA Heart transplant rate drops by half" http://www.iol.co.za/news/south-africa
⑫ http://www.chrishanibaragwanathhospital.co.za
⑬ 2007年5月27日、日経ビジネス・オンライン「門倉貴史のBRICsの素描」http://www.iol.co.za/news/south-africa/sa-heart-transplant-rate-drops-by-half-1.431421
⑭ 2009年9月、Statistics South Africa"General Household Survey, July 2009 "p16
⑮  2000年12月、瀧澤邦雄著「JICA、南部アフリカ援助研究会報告書」第2巻第5章p81~82
⑯ 2010年11月、Econex Health Reform Note 8 "The Human Resource Supply Constraint: The Case of Doctors"p1~10
⑰ 2010年11月、Econex;  Health Reform Note 8 p7"Distribution of SA health professionals abroad,2006"
⑱ 峯陽一編著「南アフリカを知るための60章」p200~201
⑲ Healthcare in South Africa-MediaClubSouthAfrica.com, http://www.MediaClubSouthAfrica.com
⑳ Medical school- Wikipedia、http://en.wikipedia.org/wiki/Medical_education_in_South_Africa#South_Africa
21 2010年8月1日、Economist Intelligence Unit Industry Briefing"South Africa pharma and biotech: Sub-sector update"
22 Health and Related Indicators,2008 p132,Utilization of Medicines Figure 1,http://www.hst.org.za
23 2010年5月、日経ビジネス・オンライン「世界初の心臓移植から40年目の本格参入」
24 2010年12月1日、The Independent UK"Big Pharma and the business of HIV/AIDS"   http://www.independent.co.uk/news/business/analysis-and-features
25 2010年8月1日、Economist Intelligence Unit Industry Briefing"South Africa pharma and biotech: Sub-sector update"
26 2004年7月、講談社刊、箒木蓬生著「アフリカの瞳」(2007年7月、講談社文庫に収録)

(医医経済研究機構 副所長 岡部陽二)

(2010年6月10日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター"Monthly  IHEP"」 No.198 p41~55 所収)

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