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英国に学ぶ個人投資家育成策

   
 証券市場の活性化、とりわけ個人投資家層の株式市場への呼び戻しが、叫ばれて久しい。昨年7月初めに二番底をつけた平均株価は、本年初には2万円台を回復したものの、その原動力はもっぱら外人投資家であって、肝心の国内個人投資家は超低金利下にも拘らず、株式投資に目を向けようとはしない。
 経済全体のバロメーターといわれる株式市場を昨今の閉塞状態から脱却させるには、思い切った発想の転換が不可欠であろう。この点、我が国経済の現況は、サッチャー首相登板前に国家統制至上主義のためいわゆる英国病に陥っていた英国経済に似通った面があるような気がしてならない。彼女が鉄の意志で断固改革した民主主義と市場原理に基づく経済活性化策に学ぶべき点も多いのではなかろうか。

 このような観点から、英国においてサチャー首相登場後に個人投資家育成に関連してとられた三つの施策につき以下に紹介したい。

(1)国営企業の民営化

 サッチャー首相が行なった数多くの英国経済活性化策の中で最大の効果を挙げたのは、民営化であろう。彼女は国営企業の蘇生を図るには、単に民営化するだけではなく、広く国民一般に関心を持たせることが不可欠と考え、株主は個人が主体となるべきとの方針を打ち出した。このため、国有株式の売却に当たっては、国家財源の極大化よりは、いかに多くの国民が購入できるかに配慮した結果、抽選方式で理論価格より可成り低い価格で一般国民に幅広く売り捌いた。例えば、ブリティシュ・テレコムの民営化に当たっては、個人投資家に対する売出価格を機関投資家向けよりディスカウントし、個人にのみ3回分割での払込みを認めたうえ、3年間保有し続けた個人株主には保有株数の1割を追加で無償交付した。
 民営化は1981年のブリティッシュ・エアロスペースを嚆矢に、ジャガー、英国航空、ブリティッシュ・スティールと順調に進み、1990年には電力、さらには、空港公団から水道事業まで民営化された結果、国民の4人に1人が民営化企業の株式を購入した。その後、民営化企業はリストラで、企業業績が総じて順調に伸長し、FT株価指数が過去10年間で略々2.6倍になっているので、株式を購入した国民の資産形成に大いに寄与している。

2)年金基金の株式運用

 個人の保有する年金資産は英国では最近10年間で個人の保有する年金資産が1.5倍に増加しており、その時価総額シェアも30%と、保険会社を追い抜いて最大の投資家になっている。これは年金運用益の非課税扱いなど優遇措置がとられていることに加えて、運用対象や運用割合についての規制が英国には全く存在せず、たとえば企業年金の場合、資産の実に80%が株式運用に振り向けられているからである。これは、20年以上に亙る長期投資の対象としては、配当とキャピタル・ゲイン双方で総運用利回りの極大化が期待出来る株式が最適との経験則が一般に受け入れられているからであろう。
 また、最近では会社経営者による年金資産の流用が問題となったマックスウエル事件の反省から、年金運用の独立性を強化する方向での改革が順次実施に移されており、年金運用者が株式市場の主役として一段と脚光を浴びている。
 当然のことながら、年金基金の受益者はすべて個人であるから、年金運用者はその代弁者として投資対象株式を選択し、株主権を行使する。このような運用効率本位の投資姿勢は、相互に株式を持ち合っている法人株主のビヘビアーとは異なり、個人株主の利益と完全に一致している。英国ではこのように個人株主の利益が年金によって間接的に擁護されているのは、注目すべきポイントであろう。

(3)個人持株計画(Personal Equity Plan、略称PEP)の活用

 民営化と並ぶ個人株主支援策として、英国では個人の株式投資を税制上格別に優遇するPEP称する制度が1987年に発足し、積極的に活用されている。1人当たりの投資額の上限は年間6千ポンド(1百万円強、但し、株式1銘柄に限定した場合は9千ポンド)までと限定されてはいるものゝ、この制度を利用して英国株式又は株式投資信託に投資した場合には売却時のキャピタル・ゲイン税が非課税となるうえに、配当金を再投資すれば、受取配当にかゝる源泉税も免除される。
 PEPは創設来、毎年着実に成長し、本年6月末現在、PEPの大宗を占める株式投信分だけで474万件、残高約3.5兆円(時価総額の2.5%)に達し、英国民の10人に1人がPEPを利用している。残高は兎も角として、政府が国民に向かって株式投資による資産形成を積極的に勧奨するという点でPEPが果たしたメッセッジ効果には大きなものがある。

 わが国においても株式投資を長期的な観点から真に国民の資産形成に結びつけるには、英国で実効を挙げているこのような政策面からの積極的な支援が不可欠ではなかろうか。

(明光証券(株)代表取締役 会長 岡部陽二)

(1996年10月25日付け日本個人投資家協会発行、「きらめき」秋号No.6所収)

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