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デリバティブのリスク管理

 昨年来、デリバティブ取引で巨額の損失を蒙った失敗例が続出している。国内では日本酸素や東京証券、海外では米国プロクター・アンド・ギャンブル社やカリフォルニア州オレンジ郡、さらには株価指数先物で1400億円を超える損失を出して倒産した英国ベアリングス社などの巨頻の損失が話題を呼び、数十億円規模の喫損の事例は枚挙に暇がない。

 そこで、実例に則して、これらの失敗例に共通のデリバティブに内在するハイリスクの本質を明らかにし、同取引を利用する際の対応を考えてみたい。

デリバティブの定義と実例

 デリバティブとは文字通り金利・為替・株価・商品相場といった伝統的な現物取引から派生する先物・オプション・スワップ・先渡し契約の4取引を指し、全世界では昨年央現在で先物・オプションといった取引所主体の取引残高が約11兆ドル、スワップなど相対取引が約24兆ドルに達している。

 デリバテイブの利用目的を大別すると、①現物の価格変動のへッジ、②調達コストの引下げ・運用利回りの引上げ、③投機による利益追求、になるが、同取引の9割以上が投機目的と推測される。

 典型的なデリバティブの仕組みを最も単純な通貨オプションで説明すると、本年初、1ドル100円の時点で先行き円高を懸念した輸出企業が3ヵ月後に95円/ドルでドルを売る権利(プットオプション)を1円/ドルのプレミアム(証拠金)を支払って購入したとする。3カ月後の4月初には85円/ドルの円高となり、1円/ドルのコストで現実の直物相場よりもネット9円/ドル多く円資金を受取れた。
 逆に、110円/ドルと円安になっていれば、輸出企業は権利を放棄し、1円/ドルのコストで年初の水準よりネット9円/ドル多く円資金を得ることができた訳である。輸出業者にとっては輸出代り金の目減りをプレミアムを含めて最大6円/ドルに限定できたのである。

 しかし、この取引は1円/ドルのプレミアムで3ヵ月先に95円/ドルでドルを買おうとするハイリスク志向のオプションの売り手がいないと,成立しない。本年初時点では、3カ月先は円安と予想する向きもあり、売り手にとって1円/ドルのプレミアムは魅力であっただろうが、結果的にはネット9円/ドルの損失を蒙った訳である。もしドルがもっと下落しておれば、売り手の損失額は限りなく拡大したことになる。

 ところが、プレミアムが高過ぎると買い手がつかない。そこで、最近では、たとえばプレミアムを0.5円/ドルに引下げる代わりに、90円/ドル以上の円高の場合には、買い手の権利が消滅するという「ノック・アウト型」オプションが流行している。この契約では、オプションの売り手は損失額に歯止めをかけることができる一方、買い手にとっては予想外の大幅円高の時には掛けたへッジが無効となり、プレミアムはとられたままという虻蜂取らずの投機的結果となる。

ハイリスク投機商品との認識

 このように、デリバティブは現物取引から遊離した机上の金融・商品取引であって、賭け率の高いルーレットにも似て証拠金を引下げれば、取引量を証拠金率の逆数倍だけ膨らませることができる極めて投機性の高い商品といえる。
 ベアリングス社のケースでは、日経225先物を買い付けるに当って現金証拠金3%の170億円と借入れた有価証券担保12%を取引所に積んで、現金証拠金率3%の逆数、つまり33倍の5643億円の日経225先物を買い付けた。
 ところが、同指数が1ヵ月で10%も下落したため、同取引だけで570億円の喫損となった。相対取引の場合には、証拠金率は更に低く、信用力の高い企業では零のケースも多い。

 重ねて強調したいのは、少ない元手で巨額の取引ができるのがデリバティブの最大の魅力である反面、思惑が外れた場合の損失は現物取引の何十倍にも達するという高い投機性の認識である。

ポジション・損益管理体側の確立

 これまでのデリバティブに係わる事故の事例をみると、管理責任の所在、ポジション限度の設定、損切りルールなどが不明確で、中には管理を取引担当者に任せていたケースすらある。

 そこで、デリバテイブを利用する場合には、へッジ目的であっても、①ポジション・損益の管理を取引担当者から独立した部署で行う、②経営者自らが契約価格(持ち値)及び時価評価額を現物、デリバテイブ合算で毎日把握する、③バリュー・アット・リスク(異なる商品のリスクを共通の尺度で把握し、予想される最大損失額を推計する方法)を導入する、④現行の取得原価主義会計では対応できないので、独自の時価主義管理合計を導入する、などの対応が必要であろう。

 要するに、管理体制に万全の備えがなければ、デリバティブには手を出すべきではない。
 しかし、デリバティブを回避すればノー・リスクで安全という訳でもない。金利や為替等の変動リスクは企業活動では不可避であり、デリバテイブのへッジ機能、ないしはこれを利用しての収益機会追求の必要性は一段と高まっている。従って、リスクに対し積極果敢に挑戦する一方、リスクを常にコントロールできる組識対応の構築が不可欠の時代である。

(明光証券株式会社 代表取締役会長 岡部陽二)

 (1995年5月発行「明光レポート」第80号所収)

 

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