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年金資産の効率的運用を望む


高齢化社会の到来を控えて年金に対する国民の関心が高まっているが、議論の中心は年金財政の悪化に対応した受給年齢の引上げや社会保険料の見直しといった制度面の手直しに偏り、資産運用の効率化による長期的な運用成果の向上を図る方向での施策は後手に回っている。
日米金融協議での米系投資顧問会社の年金市場参入要求を俟つまでもなく、年金資産の効率的運用は老後の生活充実のための国民的課題である。そこで、運用面に焦点を絞って、わが国年金の現状とその効率的運用の方策を考えてみたい。


年金運用の現状

わが国の年金資産残高(簿価ベース、93年度末)は、明治8年に恩給制度として発足し、昭和17年に民間労働者も対象に加えた厚生年金保険を主体とする公的年金が約140兆円、発足後32年を経た厚生年金基金35兆円と退職適格年金16兆円を合わせた企業年金が51兆円に達した。一方、米国では企業年金が3.4兆ドル、公的年金が1.4兆ドルとわが国とは逆の構成比であるが、米国でも企業年金が急増に転じたのは、受託者責任等を明確化した74年のERISA法の制定以降であり、わが国でも引続き企業年金の伸びが高いものと予想されている。

公的年金の積立金は資金運用部に全額預託されて財政投融資の原資とされてきたが、86年度以降、その一部が年金福祉事業団によって自主運用きれ、93年度末にその残高は19兆円に達している。この19兆円と企業年金51兆円の合計70兆円が信託銀行56%、生保41%、投資顧問会社2%の割合で運用を委託されている。

運用対象の内訳は債券・貸付金7割、株式2割、外貨建資産1割程度と堆定される。総額70兆円のうち、株式への投資は約12兆円と東証時価総額の4%程度に過ぎず、米国の年金が保有する株式のNYSE時価総額に占める比率の30%に比べると、極めて低い。

運用効率化実現の方策

第1は運用受託機関の拡大である。米国では多種多様な受託機関間の競争が高効率運用に繋がるとの市場原理重視の考え方が基本にあって、年金運用の受託有資格会社が投資顧問会社1万7500社を中心に約2万社存在しているのに対し、わが国では漸く87年度から投資顧問会社に限定的に門戸開放されただけで、年金運用を受託できる会社は全部で183社に過ぎない。また、厚生年金基金は総資産の1/3まで投資顧問会社への委託が認められているが、実際に委託している基金は約1800のうち僅か 334で、総資産の4%を振り向けたに止まっている。早急に委託先の範囲を拡大し、規制は必要最小限の適格要件のみに限るべきである。また、基金サイドも従来型の受身の運用に甘んずることなく、積極運用を志向してほしい。

第2は運用規制の撤廃と投資対象の拡大である。年金の投資指針としては、リスクの分散による長期的な高収益性の確保が重要であるが、わが国では元本保証性が最重視され、年金資産の運用配分について元本保証性資産5割以上、国内株式3割以下、外貨建資産3割以下、不動産2割以下という所謂「5:3:3:2規制」が実施されている。ところが、欧米では、20年を超える超長期の投資収益率を極大化するために短期リスクは敢えて取るという方針が貫かれている。
この結果、長期的にみて収益率の高い株式への投資比率が高く、米国では総資産の44%、英国では同66%が株式へ振り向けられている。更に、国際分散にも留意しており、例えば、米国の63大手年金基金は4月末現在で総運用資産99兆円のうち7%を外国株へ配分、このうち22%の1兆5000億円を日本株1263銘柄へ分散投資している。わが国の配分規制は速やかに撤廃されるべきであろう。

第3は自己責任に基づく資産配分体制の確立である。分散投資を進めるに当たっては、銘柄選択等の個別運用は投資顧間会社等の運用専門家に任せるとしても、商品別・通貨別といった基本的な配分の大枠は年金の運用主体が自己の判断で決めるのが筋である。ところが、日本の年金には財務経験の豊富な運用執行理事が少なく、運用ルールも明確でない。運用規制を外し難い理由として、厚生年金基金が半官半民であることが挙げられているが、この点、過日面談したシンガポール政府投資公社のファンド・マネジャー氏は「自分は運用のプロとして、偶々政府に雇われているだけで、給料も基本的には運用パフォーマンスに比例して支払われる」とのことで国家公務員という意識は全くなかった。わが国でもこうした金融先進国の常識が通用する日の到来が望まれる。

第4は運用評価機関の活用である。運用機関間の競争を促進させて運用効率を高めるには、委託先選定の段階から第三者機関の客観的なアドバイスを受け、毎年のシェア変更等も第三者機関による比較検討を活用することが肝要である。米国ではフランク・ラッセル社等の年金専門のコンサルタント会社が活躍しており、欧州ではマーチャント・バンカ一など経験者に評価を依頼するケースも多い。欧米での長い歴史に裏打ちされたプロの手法を積極的に採り入れるべきである。

(明光証券株式会社 代表取締役会長 岡部陽二)

 (1995年8月発行「明光レポート」第83号所収) 

 

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