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エンロン疑惑の教訓

 2001年の12月1日に世界をリードする総合エネルギー会社として急成長を遂げてきたエンロン社が倒産した。爾来、早や一年半を経過、米国のみならず世界経済を揺るがせたこの不正会計疑惑も風化して、忘れられつつある。エンロンは電力業界の規制緩和を梃子にエネルギーを市場で取引する商品に転化するビジネス・モデルを築いて来ただけに、同社の破綻を規制緩和や市場経済化の失敗とする見方もあるが、これは間違っていよう。

 エンロンの崩壊は一にかかって詐欺的な会計操作による不正・違法行為によるものであり、これを未然に防止できなかったワンマン経営体質企業のコーポレイト・ガバナンス(企業統治)と監査機能の欠如にあったと断言せざるを得ない。

 エンロン事件はすでに小説にまでなっているものの、会計操作の手口が余りにも複雑かつ膨大であったため、この事件の真因は意外に知られていない。この一大謀略の要点のみを記すのは至難の業であるが、藤田正幸氏の労作「エンロン崩壊」やインターネットなどの資料を基に要約すると、以下の四点に絞ることができる。

 第一は、資産のオフ・バランス(簿外資産)化とコストの資産計上である。 エンロンでは、成長を続けるために一定の利益水準を維持することが至上命令で、損失計上は許されなかった。そこで、CFO(最高財務責任者)のファストウは損失を隠す手段として「ストラクチャード・ファイナンス」とか「アセット・ファイナンス」と呼ばれる新しい金融手法を最大限活用した。
 
 たとえば、含み損を抱える証券を簿価で資本関係のないペーパー・カンパニーへ譲渡するといったやり方である。ペーパー・カンパニーの資金調達は、エンロン100%出資の子会社が保有する高株価のエンロン株式などを担保に差入れるといった手法で容易にできた。さらに、本来はコストとして処理すべきペーパー・カンパニーの設立資金などを資産として計上することで、損失を隠蔽した。エンロンは3,500社にも上るペーパー・カンパニーを使って、損失の隠蔽に励んでいたことが、後日判明している。

 このような会計処理が長期にわたって可能であったのは、ファストウの意のままに、決算を認めてきた監査法人アーサー・アンダーセンの協力のお陰であった。本年5月に追起訴されたファストウ被告は、この不正簿外取引に、粉飾決算、株価操作、不正着服などが加わり、合計で109件についての違法行為の罪状が問われている。これだけ多くの不正や虚偽を、監査人がたまたま見逃したということはあり得ない。

 第二は、デリバティブの多用による損失の先送りである。エンロンは2000年までデリバティブ取引以外ではほとんど利益を挙げていない。2000年末のデリバティブ想定元本216億ドル、同収益72億ドルは異常な高収益であった。同社は1990年初来、中長期エネルギー取引のデリバティブ評価についても、一般の短期市場取引同様の時価評価を採用しているが、この手法が認められたこと自体、大問題であった。というのは、電力やガスの先物マーケットは精々5年が限度であったものを、同社は10年を超える長期契約を締結し、その評価に当たっては、チーフ・ディーラーが自社に都合のよい価格を市場実勢と称して、評価益を計上してきたからである。このように評価の物差しを故意に歪める操作を見逃してきた監査法人の責任も重大である。

 第三は、海外事業の失敗である。世銀もリスクが大きすぎると警鐘を鳴らしていたインドでの発電プロジェクトに30億ドルを投じるなど、エンロンは世界37ヵ国で計72億ドルに上るエネルギー・プラント事業を手掛けたが、そのほとんどが失敗に終わっている。その損失をさきに述べたペーパー・カンパニーに巧みに移して隠し続けたのである。辣腕のレベッカ・コークという美女にやりたい放題やらせた経営者の資質に大問題があった。もともと、エネルギー事業は公益性が高く、超長期で見なければ利益が見込めないことは分かっていた筈であり、海外プロジェクトは初めから売名手段に近いものであったと思われる。

 第四に、ワンマン経営と幹部の共謀が挙げられる。この事件で、最も重要な役割を演じたのは、天才的な能力を発揮して、資本市場のみならず、政治家や社員までを手玉にとって騙し続けた会長のケネス・レイである。彼は高株価の維持のみを目標に邁進した虚栄の塊ともいえるが、社長のスキリング、CFOのファストウはじめ、会長にかき集められた幹部連中が不正を熟知しながら、積極的に協力してきたチーム・ワークの見事さは驚嘆すべきことである。一旦組織のモラルが崩壊すれば、集団として泥沼に嵌まり込んでしまう異常心理にストップを掛けられない様はカルト集団に酷似している。

 利益目的で集まった米国流の株式会社組織では、内部の眼も外部の監査も厳しく、相互チェックによるコーポレイト・ガバナンスが機能するものと考えられていた。だが、現実には機能せず、幹部全員が個人的な利益に目が眩んで悪事に悪事を重ねている。会長以下幹部クラスは例外なくストック・オプションなどで手に入れた自社株を高値で売り払っているのは、その証左であろう。

 エンロンの不正経理のポイントを整理して、再発防止に向けての透明性の高い会計システムを再構築することが、世界の資本市場にとっての最重要課題であり、米国ではこの方向に向かっての「企業改革法」の制定など法的整備が着々と進んでいる。具体的には、取締役会内に社外取締役のみで組成される監査委員会設置の義務化、監査法人のコンサルティング業務分離、担当会計士の5年交代制、監査法人の監督機構新設など幅広い改革がすでに動き出している。

 これに対し、わが国では対岸の火事といった受け止め方が大勢で、「会計士法」の改正一つを見ても、完全に骨抜きにされている。担当会計士の交代ルールも米国並み5年の原案が、7年で2年のインターバルで復帰できるといった甘いものに変わり、罰則強化はすべて見送られた。この異常事はあまり話題にもならない。

 エンロンのような事件は、企業風土から判断する限り、むしろわが国の方が起こり易い。不正経理が主因で大型倒産に至った例は、山一證券以外には数少ないが、不正が長期にわたり発覚しなかった例は、大和銀行、ヤクルトなど枚挙に暇がない。監査にしても、エンロンが不正で倒産すれば、その不正を見逃してきた監査法人も倒産して当然と考える米国社会のバイタリティーにこそ学ぶべきであろう 

(岡部陽二、個人会員、広島国際大学教授、医療経済研究機構専務理事)

 (平成15年7月9日発行、日本証券経済倶楽部機関誌「しょうけんくらぶ」第7号6~7頁所収)

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