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ベンチャー企業のためのIPO市場改革を~「専業」引受証券を育成、インフラ整備米国並みに~

 わが国の企業金融はこれまで間接金融で支えられてきたが、IT革命に象徴される新しいサービス産業の台頭により事業リスクは一段と高まる一方、資金供給者である銀行・生保のリスク負担能力はバブルを経て著しく低下している。金融機関のリスク負担能力を自己資本比率で計ると、1989年には18.4%であったものが、1998年には4.5%にまで急激に低下している。このような状況変化に対応して、企業金融、ことに創業後日が浅く急成長期にあるベンチャー企業の資金調達は挙げて資本市場からの直接金融にシフトし、リスクを広く分散して、ハイリスク・ハイリターンの事業にも金融がつく方式に転換せざるを得ない。

米ナスダック市場から何を学ぶか

 それでは、直接金融の中でもベンチャー企業に最も適している株式公開(IPO)を支援促進すると同時に、投資家を虚偽情報や詐欺的な行為から護り、株式売買の自由を保障して、健全な株式市場を育成するには、どのような市場インフラが必要であろうか。 

 昨年来、米ナスダックの対日進出を契機として、東京証券取引所にマザーズ市場が誕生、店頭市場も改革のスピードアップを打出すなど、三市場三つ巴となっての市場間競争が刺激となって、IPO件数は大幅に増加するものと期待されている。

 去る6月19日にはナスダック・ジャパンに8銘柄の上場が実現し、三市場合計では本年は200社内外、来年度には300社以上と昨年比では倍増以上のIPOが見込まれている。

 ベンチャー企業にとっては市場の体制整備が進み、IPO引受競争が激化するのは大歓迎である。しかしながら、市場は本来株式流通の機能を提供するだけであって、その市場に株式を公開し取引を行う役割は証券会社が担っている。

 したがって、証券会社の意識が旧態依然のままであり、市場ルールも不透明なまま、IPO銘柄数が増えるだけでは、長い目で見た場合、IPO市場の健全な発展が阻害され、市場の崩壊に繋がる懸念なしとしない。

 本稿では、ベンチャー・キャピタルからの出口としてのIPOにかかるわが国証券市場のインフラ整備に資するべく、米国におけるナスダック市場発展の原動力となった証券会社をはじめ市場関係者の努力とその成果に的を絞って、そこから何を学ぶべきかを考えてみたい。

「多産多死」による新陳代謝

 米国のナスダック市場は1971年2月にそれまでの店頭取引銘柄のうち2,150銘柄を取引する世界初の本格的に組織された電子証券市場として発足、同時にベンチャー企業の株式公開(IPO)促進のためのルールを確立した。

 このナスダック市場の最大の特徴は上場企業の多産多死にある。

 別表1に見られる通り、ナスダック・ナショナル市場では1990年代を通じて毎年450社内外の新規上場が行われた一方、毎年300社内外が上場廃止となり、上場企業数は10年間で1,334社増加したに過ぎない。新規IPOは高水準を保っているにもかかわらず、上場企業数は最近の2年間は連続して減少している。

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 大量上場(多産)は、①先端テクノロジーに支えられた層の厚い急成長型のベンチャー企業の輩出に加えて、②質量ともに多種多様なIPO引受証券会社の存在と、③ベンチャー・キャピタルのIPO指向が強く、投資当初からIPOに向けての戦略的な経営が行われていることなどによって支えられている。

 まず、IPOの引受証券会社について見ると、昨年一年間に行われたIPO545件(うちナスダック485件)の主幹事引受証券会社数は90社に上っている。

 上位はさすがに大手のインベストメント・バンクが占めているが、IT関連に特化したロバートソン・ステファンス、ハンブレヒト・クイストといったIPO専業の証券会社が10位内に入っている。主幹事引受件数が年間で4件以下の証券会社が70社と多いが、これらの引受証券はベンチャー・キャピタルとかファンド・マネジャーなどの業務を主としながら、狙いを定めた特定のベンチャー企業についての主幹事を務めている。

 デューディリジェンス(企業内容の精査)とかドキュメンテーション(上場書類の作成)は専門のCPAや弁護士にすべて任せるので、小体の証券会社でも容易に引受主幹事を務めることができるのが、米国IPO市場の特色である。

 一方、大量の上場廃止(多死)はナスダック市場の厳しい上場維持基準によって招来された結果と分析される。

 昨年一年間に上場廃止となった878銘柄について、廃止理由別に分類すると別表2のとおり、他社による買収で会社が消滅したケースが3割強、上場維持基準を満たさなくなって廃止に追い込まれたケースが約4割で、倒産は3%と少ない。

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 上場維持基準を満たさなくなったケースで最も多いのは、マーケット・メーカー数の不足である。ナスダックでは上場時には最低三社、上場後も最低二社のマーケット・メーカーの存在が要求されており、マーケット・メーカーが魅力を感じなくなった企業は、市場から撤退するほかない。

 このような多産多死で、平均すれば10年内に上場企業銘柄の中味が一新するのは、ベンチャー企業を主体とした市場である以上、むしろ当然の成行きと見るべきであろう。

 極言すれば、主幹事証券やベンチャー・キャピタルの層を厚くすると同時に、市場ルールを厳格適用することによって新陳代謝を促進するシステムこそが、ナスダック市場を発展させ、ひいてはベンチャー企業が興隆する活力の源泉となっているのである。このような仕組みをわが国にも根付かせるには、どのような改革が必要であるかを以下に突っ込んで考察したい。

引受業務の専業化、新規参入の促進

 昨年度の米国市場におけるIPO件数545件、主幹事証券会社数90社に対し、わが国の実績はIPO件数107件、主幹事証券会社数10社(大手3社の件数シェアーは83%)と見劣りがする。

 問題はIPO引受証券会社の数が少なく、質も貧弱な点にある。市場間競争が激化しても、この市場で活躍すべき引受証券会社の意識が旧態依然のままである限り、市場の発展は望み得ない。立派なドーム球場が三つも出来たが、その中でプレーをする肝心の野球選手が非力でエラーばかりでは、観客は去って行くのと軌を一にする。

 ベンチャー企業のIPO引受力強化には、まず大手証券会社の意識改革が必要である。従来、大手の証券会社は新規株式公開(IPO)を独立した収益業務とは位置づけず、公開後の証券取引を期待しての付随業務として採算は度外視する一方、引受けた株式のマーケット・メークさえ忌避するなど引受に伴うリスクを抑える方針をとってきた。

 その結果、IPO引受のプロは育たず、公開企業の育成面においても、投資家への利便性供与面でも中途半端なサービスしか提供出来ていない。これを改めるには、IPO引受業務を独立の事業体として社内分社化し、他の業務から切り離して収益的にも自己完結するプロの集団への転換を期待したい。

 次に採られるべき方策は、IPO引受証券会社の新規参入促進である。大手証券会社の意識改革には時間も掛かり、不採算業務として切り捨てるところも出てこようから、IPO引受証券会社の新規参入を促すことが何にもまして重要である。

 その一つはベンチャー・キャピタルの引受業務への参入であろう。もっとも、ベンチャー。キャピタルの引受参入には利害相反の問題もあるが、証券会社がベンチャー・キャピタル業務に自由に参入している以上、その逆も当然あってしかるべきである。

引受証券の資本金規制見直せ

 IPO引受業務への新規参入に当っての障害の一つは現行の資本金規制である。

 現在、引受主幹事を務めることが出来る証券会社は資本金30億円以上(主幹事以外の引受については資本金5億円以上)と定められているが、引受額10億円のIPOについても30〇億円の資本金を要求するのは過大であり、逆に200億円の引受を行うには30億円では過小である。

 米国では、一件毎の引受に必要な自己資本額をネット・キャピタル・レシオとして定めているが、この方が遥かに合理的であるから、わが国も早急に引受額に応じた適正な自己資本を定める規制に改めるべきと考える。

 現に昨年度中に行われたIPOのうち公開時の調達額10億円以下が23社と2割強を占めている。将来的には、この比率をさらに高めて、小型であっても将来高成長の見込めるベンチャー企業のIPOを促進する要がある。

マーケット・メーキングの義務化を

 活発な株式公開(IPO)を支え、上場銘柄の新陳代謝が10年弱のサイクルで行われているナスダック市場の最大の特徴は、マーケット・メーカー制度を取引手法として採用し、マーケット・メーカーが2社以上つかない銘柄の上場維持は認められないという厳しい自己規制にある。

 ナスダック市場のマーケット・メーカー数は常時500社近くに上り、平均して一銘柄当たり11社、人気銘柄については常に30から40社のマーケット・メーカーがついている。

 一方、わが国の店頭市場は成立時にマーケット・メーカーを前提としない仕組みでスタートしたため、流動性の確保は初めから期待できず、マーケット・メーカー制の市場では一社もマーケット・メーカーがつかないような銘柄も市場から放逐されることなく居座っている。

 ナスダック・ジャパンは出来る限り「米国本土並み」の取引基準を持込むと公言しているので、わが国でも当然当初からマーケット・メーク制をとるものと想像していた。すでに米ナスダックが提携しているドイツ証取のベンチャー企業株公開市場ノイア・マルクトではマーケット・メーク制の導入を決定している。

 ところが、大阪証券取引所と提携したことから、当面は大証の現行システムであるオークション制をそのまま使い、一年後を目途にマーケット・メークとオークションを併用できるハイブリッドな取引手法を確立するとしている。わが国証券会社のマーケット・メークに対する消極姿勢は明らかではあるが、それに妥協していては、望ましい方向への改革は進まない。

 ベンチャー企業の株式公開誘致をめぐって市場間競争が激化し、公開・上場基準の緩和・条件引下げ競争が起こっている。売上高や資本金の額、利益が赤字でも公開できるといった数値基準の緩和には弊害も少なく、ベンチャー企業育成の見地からも大いに歓迎されるべき改善である。

 しかしながら、公開時はもとより公開後のディスクロージャーやコーポレート・ガバナンス基準の緩和には警鐘を打ち鳴らさざるを得ない。

 公開企業におもねて、拙速な公開や資産内容の説明不十分な財務諸表を見過ごしていては、その市場の信用が失墜し、投資家も離散しよう。因みに、ナスダック・ナショナル・マーケットへの上場基準は発足当初より、アメリカン取引所の基準よりも厳しいものであった。

コーポレート・ガバナンスの規制強化-社外取締役制の導入

 わが国の甘い規制が逆にベンチャー企業育成の妨げとなっている一例として、コーポレート・ガバナンスの問題がある。

 米国のベンチャー企業取締役会では、ベンチャー・キャピタリストを含め外部取締役が過半数を占めている(取締役五5中、3名が社外という例が多い)。ナスダックやニューヨーク証取の規則でも、公開時には公開企業と関係のない独立した取締役のみで組成する監査委員会の設置を義務づけており、その詳細も目論見書に明記することが求められている。

 彼らは会社側に立って、そのベンチャー企業を育成すると同時に、節度のある経営を行うべく第三者的な立場での監視を行うことにより、コーポレート・ガバナンスが有効に機能しているのである。

 ナスダック・ジャパン発足時にもナスダック側はこの点を重要視し、公開審査時の条件として社外取締役の選任を義務づけるよう主張したものの、商法上の義務がない規制を市場運営者が課せば、公開企業に嫌われるという大証側の主張で外された模様である。

 米国においても、これは商法上の義務ではなく、市場運営者による自主規制であり、ベンチャー企業にとってことさらに必要な規制であるとの市場関係者の認識によって支えられている。商法はすべての会社を対象とした包括的な規範であり、上場・公開企業にはさらに厳しい規制が適用されるのは当然の理である。

 社外取締役を置かない企業の上場申請は受け付けないといった投資家保護を優先した市場運営者の良心がなければ、健全な公開市場は育成出来ない。このような自己規制が逆にベンチャー企業の育成強化、ひいては市場の繁栄に資するとの認識が肝要である。

IPOのプロ育成こそ急務

 米国におけるIT革命の成功はベンチャー企業育成に特化したベンチャー・キャピタルとナスダック市場の存在を抜きにしては考えられない。

 このような市場の必要性についてのコンセンサスがわが国においても漸く芽生えて来たかに見えるが、規制緩和等により競争が激化すればするほど、必要とされるディスクロージャーやコーポレート・ガバナンスなどへの配慮がおろそかにされる嫌いがある。

 その最大の要因は、法制面の不備もさることながら、ベンチャー企業育成のインフラを支えるベンチャー・キャピタリスト、IPO引受証券会社、証券アナリスト、公認会計士など関係者のプロフェショナリズム欠如にあるように思える。

 どの職種を見ても、資本市場においては投資家の利益を最重要と考えて行動するという健全な見識に裏付けられたプロとしての意識が希薄である。本年6月に発表されたOECDの調査で、「日本のベンチャー育成環境は世界の先進国中で最悪」と決め付けられたのも故なしとしない。

 ことにIPO市場においては、一旦投資家が資本市場から離れてしまえば、それを引き戻すコストは膨大なものとなり、市場の崩壊にも繋がるという危機意識を常時持っていることが肝要である。新しい市場の創成期にこそ、証券会社をはじめとする市場関係者一同が過去の失敗例を充分に検証して、真に投資家に信頼される市場の育成に邁進されることを願ってやまない。

(広島国際大学 教授 岡部 陽二)

 (2000年8月17日時事通信社発行「金融財政」第9,266号2-7頁所収)

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