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東京大学22世紀医療センター健診情報学講座助教授 奥真也氏とのIHEP有識者インタビュー~「健診の将来展望」

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話し手: 東京大学22世紀医療センター健診情報学講座助教授
埼玉医科大学総合医療センター 放射線科助教授
株式会社レーグル代表取締役社長
奥 真也 氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二

 奥真也先生は1988年に東京大学医学部をご卒業、東京大学と埼玉医科大学で臨床医の傍ら、PET(Positron Emission Tomography)などを用いた核医学と電子カルテや病院情報システムを対象とする医療情報学の分野の研究で多くの業績を挙げて来られました。この間、1995年から二年間、フランス共和国ナント市にある国立医学研究所(INSERM)へ研究留学していらっしゃいます。
 一方、2003年7月には自ら医療関連事業へのコンサルティングを業とする㈱レーグルを設立して、企業へのコンサルティングを開始、さらに2004年6月からは東大病院が臨床医学の発展と医療関連産業の育成を目的として産学連携により設立した「22世紀医療センター」で健診情報のプロジェクトのリーダーとして中心的な役割を担っていらっしゃいます。
 今回は、このように八面六臂の超人的な活躍をしていらっしゃる奥先生に、健診事業の制度設計を中心にお伺いしました。

〇 東大附属病院が設立した「22世紀医療センター」について

岡部 「22世紀センター」は臨床医学の発展と医療関連産業の育成を目的とした研究・教育機関と伺っておりますが、設立の経緯と今後の運営方針などについてご説明下さい。

奥 ご指摘の通り臨床医学と医療関連産業の育成に資する産学連携拠点となるべく設立されました。中でも、本講座はNTTデータとの共同研究事業をはじめており、センターの中でも社会との連携が強い講座といえます。もちろん、健診の標準化や予防医学の創造・普及など、大学が果たすべき重要な機能のひとつである研究が活動の中心です。

岡部 このプロジェクトを医学部ではなく、附属病院でやっておられるというのもユニークですね。

奥 そうかもしれませんね。その背景としては、東大病院そのものが経済的に自立しなくてはいけないという独法化があります。国立大学法人化という流れのなかで、自立の道を模索しないといけないという動きの一つです。

岡部 医学部・大学院と附属病院は一心同体のようなものでしょうが、一般の理解では、一応の役割分担としては医学部と大学院が教育と研究を担当して、臨床は病院に任せるという仕分けではないかと思うのですが。この研究センターは診療担当の病院のなかで研究に専念されるわけですね。

奥 現場を知った上で研究なり産学連携の事業なりを検討することはとても重要なことだと認識しています。医療を受けられる患者さんだけでなく、医療を提供する側や産業界にとってもメリットのなることだと考えています。

岡部 それでは、この研究センターでは基本的には主に臨床研究をされるのでしょうか。

 そう限られているのではありません。私どもの「健診情報学講座」も純粋な臨床研究ではありません。講座では、健診の制度などに関する研究をやっています。このセンター原則的に寄附講座という形態をとって運営されており、当講座はNTTデータが寄附者となっています。
 こういうテーマの研究をやりたいという大学側スタッフの発想を寄附者に賛同してもらって、3年なり5年なりのプロジェクトとしてスキームを立てます。その間にこういうことをやりましょうということで、医学部の教授会の承認を得て、寄附講座という場をつくり、研究を進めるという流れです。

〇 「22世紀医療センター」での「健診情報学講座」について

岡部 先生がこのセンターで担当されている「健診情報学講座」では、個人あるいは集団の疾病予防、健康増進に関する標準化・体系化がテーマと伺っています。わが国の健診制度のあり方についての基本的な考え方が整理されるのでしょうか。

 そうですね。基本的な指針は今後近く国からも提唱されていくことになるのではないでしょうか。もちろん、最終的には制度的仕組みのあり方に繋がっていきますが、私がこの仕事の中で中心的に考えていることは、「健診」というものの概念そのものを変えてしまうことです。「健診」というのは、現状ではつまらないもので、受ける側にとっては、少なくともそんなに楽しくないものと認識されています。

岡部 まあ、そうですね。自動車の車検と同様に必要悪のように捉えられています。でも、健康作りは一生の問題ですから、車検のようにやらずに済めばよいといった安易なものではないでしょうね。

奥 そうだと思います。今のところ、イメージとしていちばん近いのは、「温泉」なのかなと思っているのですが。温泉へ行くのは楽しいですよね。週末とかにわざわざ時間をとってお金をかけて行くわけですから。医学的に見ても、リラクセーションの効果があります。皮膚から何をどのくらい吸収しているのかということの検証はちょっと難しいかと思いますが、少なくとも悪い影響はないと考えているわけで、温泉へ行くのは楽しい行事になっています。
 健診も、そういう位置づけに持っていきたいというのが私の理想です。そのための、いろいろな部品となるようなインフラ整備をしたいのです。そのためには、必要な健診を必要な対象のポピュレーションが受けるということも大事であり、誰がその費用を払うのかというような問題も解決していかないといけません。その前に、「健診」という言葉自体があまりチャーミングではないのが問題ではないかと思っています。

岡部 英語でも、“Medical Examination” とか“Checkup”とか、あまり親しみやすい表現ではありませんね。

 実は東京大学に講座をつくる時には、英語名を同時に申請しないといけないというルールがあって、私の講座も「健診情報学講座」という日本語を決めた後で、英語を決めるのにすごく苦労しました。漸く辿り着いたのが「Healthcare Related Informatics」という名前で、英語では「健診」という言葉を使っていないのです。日常の英語の中では、やはり“Health Checkup”というのが比較的近いかと思いますが、講座名にするには重厚さに欠けますから。

岡部 “Disease Management”というと、ちょっと違いますしね。

 おっしゃるとおりです。講座立ち上げ前のブレーンストーミングでは「疾病管理学」とか「健康管理学」とかの提案もありましたが、「管理」という言葉の響きがよくないと感じました。管理という堅苦しい言葉を避けて、「健診情報学講座」という言葉を選んだのは良かったと思います。

岡部 先生が提唱されている「健診を温泉のように楽しく」といった概念を表現するには、もう少し前向きで身近な言葉がほしいですね。

奥 そうです。「疾病管理学講座」とするよりはよかったとは思うのですが、それでも、もう一歩、この「健診」という概念を皆さんが「必要悪」でなくて、「必要善」と認識できる概念のほうへシフトしていかないといけないと思って、今、概念開発をやっています。他の例としてはわが国でも流行ってきた“LOHAS(ロハス)”という言葉などを参考にしています。

岡部 “Lifestyles of Health andSustainability” の略語であるLOHASはぴったりですね。ただ、本来は「健康と地球環境意識の高いライフスタイル」を指していますが、何となく高齢者向けのライフスタイルと受取られているような気もするのですが。

奥 そうです。LOHASはちょっと我々の考えている健診の方向性と違う方向に向っているところがあると思うので、「健診」には別の表現を作ろうかなと考えています。

岡部 なるほど。ただ、QOL(:Quality of Life)だとか、LOHASだとか、そういう概念がたくさんできますと、かえって混乱するのではないでしょうか。

奥 そうですね。まあ、「結果を御覧じろ」というところで、混乱しないように持っていきたいと考えています。そのためには、やはりこの講座で、もう少し別の次元でやっている情報の標準化とか、健診項目の見直しを循環器内科や代謝内科などの専門の医師にやって貰って、それをうまく反映できる仕組みを作るのが第一歩です。そういう健診の仕組みの作り方とか、情報の統一的な扱いを交通整理するとか、そういうことも進めつつ、「健診」という言葉を昇華させた新しい概念にすることを目指しています。
 そうすれば、おっしゃるような、「いろいろなものがあって、そのうちの一つに過ぎない」ということではなくて、「これは予防医療の新たなムーブメントとして、きちんと認知してよいのではないか」と思って貰らえるものになるものとを目指しています。

岡部 よく分かりました。ところで、その「健診プログラム」は健康作りのための予防医療全体の中では、どういう位置づけになるのでしょうか。

奥 ちょうど作成したばかりのイメージ図(下図)がありますので、これをご覧ください。左側の予防に関する大きな箱がさらに三分割されています。一番左はまだ健康度が高い段階で、健康増進のための「一次予防」として食事、運動に加え、サプリメントやアロマテラピーなどの代替医療など様々なパーツが考えられます。

岡部 病気の予防には「一次予防」は大事ですからね。

奥 その次の真ん中の枠が健康チェックを主体とする「二次予防」です。血液検査やPET、MRI、CTなどを用いた高付加価値の検診プログラムはこのあたりに位置づけられます。さらに健康状態が悪くなると「三次予防」として特定の疾病に絞った医師などによる指導、生活習慣病などの予防プログラムの世話になります。
 これらの費用は原則自己負担で、将来的には民間保険でカバーされなければならない領域ですが、金額規模では、現在ではせいぜい10兆円程度でしょうが、20年もたたない近い内には100兆円に急拡大するものと予測しています。右側の枠の公的保険でカバーされている医療サービスの規模は現在31兆円で、これも今後はまだ拡大するかもしれませんが、それを遥かに上回る規模の「予防医療」サービス市場が出現すると見ているわけです。

岡部 この予測は凄いですね。ただ、重い病気に罹る前に未然に予防したいという国民の願望もますます膨れ上がってきていますので、絵空事とは思えません。

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〇 健診事業のあり方について

岡部 わが国の健診事業は、企業や健保が行う「定期健診」、「人間ドック」や自治体が進めている保健所や診療所での「健康診査」が諸外国に比べても格段に充実しており、これが長寿社会実現にも大いに貢献してきたものと言われています。一方、これらの健診は万人向けに画一的に行なわれるもので、たとえばマンモグラフィー(乳腺X線映像検査装置)などによる「乳がん検診」のように個別の疾病リススクに着目した健診の面では米国などと比べてかなり遅れているとの指摘もあります。
 また、職域と地域とが分離されている点が問題との指摘もありますが、一人の人間の一生を統一的に見るような健診制度にするのが理想なのでしょうか。

奥 答えはイエス&ノーですね。一制度に統合するには、なかなか難しいところがあると思いますが、ベースになる薄い部分は全国民を対象に統一的に行なうべきと考えています。

岡部 なるほど、国民年金があり、その上に企業などの厚生年金があるという二階建てと同じ考えですね。

奥 はい。健診制度も年金とまったく同じ構造にすべきと思っています。二階建て部分を作るということですね。一階部分は、国が責任を持って広く薄く全国民を等しくカバーして、ものすごくひどい健康状態にはならないようにし、後は、個人や企業の自由に任せるといった考え方です。万人に共通のプログラムを確立しようという方向では、すでに厚生労働省がかなり主導的に動いており、健診を社会全体へ普及するという視点からわれわれも協力しておりますので、これは達成できると思います。

岡部 保健所はかつては伝染病や結核への対策に追われていたわけですが、最近はそれが生活習慣病に変わってきているわけですね。そうなってくると、生活習慣病予防のミニマムを定義するというのは、かなり難しいのではありませんか。

 そう見えるかも知れないのですが、基本的には同じです。昔は健診の主な対象疾患は「結核」と「栄養失調」でしたが、今は対象者が「栄養過多」が中心で病気としては生活習慣病になっているのです。こう捉えると、例えば東京のサラリーマンと地方の農業従事者も統一的に扱える部分は大きいのではないかと思っています。

岡部 それはよく分かりますが、疾病リスクの検査方法などを考えますと、例えばがんのリスクは30%以上の人が持っているわけですね。それをきちんとチェックアップしようと思えば、それこそ理想的には全員がPETの検査を受けなければならない、ということにはならないでしょうか。

 私の意見では、そうはなりません。それは二階建ての二階部分に相当するのです。一階部分では、血液検査を始め問診までを含む基本的な健診を少なくとも40歳以上には全員に受けてもらうというのが、検討会で示されている一つの考え方です。
 ただ、血液検査を入れるのが妥当かどうかについても、けっこう大きな議論があって、おそらく入れたほうがよいのではという気はするのですが、ここでさえはっきりは決まっていません。つまり、血液検査を含めた一階部分というのは、けっこう高い一階なのです。もっと低くてもよいかも知れない、という議論も残っています。

岡部 逆に、マンモグラフィーによる乳がん検査などについては、一般的な疾病対策としての対応が必要ではないかと思われますが。働く女性が増えてきたので、職場健診の機会は増えるにしても、そうでない女性もけっこういらっしゃるので、その階層がブラックボックスで抜けてしまう懸念はないのでしょうか。

 その対応としては、定点観測的なプログラムを作る必要があります。例えば、30代になった女性とか、疾病による逸失利益の度合いが高くて、病気になる確率も高いような階層を逃さないような仕組みは作っていかないといけないと思います。30代の女性にだけマンモグラフィー健診を行なうとしても、それほど負担にはならないわけで、一階部分で吸収することも可能です。
 なお、がん検診については、今回検討されている糖尿病や心筋梗塞といった狭義の生活習慣病とは別に検討会が設置され、検討が行われているようです。

岡部 現在、60歳になったら、どの自治体でも高齢者健診を始めているわけですから、それを30歳の女性だけを対象にもう一つ行なえばよいというだけのことですね。

奥 そう思います。高リスク群のリスクというのは、病気に罹る確率だけのリスクではなくて、逸失利益の度合いが関係してくると思うのです。国家としても、個人としても同じですが、そういうリスクが高い対象ポピュレーションには、やはり必要な健診は行なわなければなりません。

岡部 ところで、健診などの予防医療は原則として医療保険の適用外となっています。大企業の従業員には企業負担もありますが、自営業者や退職後の高齢者、専業主婦にとってはPETを含むガン健診など高額の健診についての経済的な負担が問題となります。民間保険や医療機関の手でこの点を解決する保険システムを開発できないものでしょうか。

奥 費用負担に関しては、やはり二階建て部分に関しては全額自己負担ということになりますが、将来的には民間保険が非常に重要な位置づけになってくるものと理解しています。これは保険会社にきちんとやって貰わないと困ります。

岡部 健診にかかる費用については、民間医療保険の一部として含まれることになるのでしょうが、すでに既往症を持っている対象者を保険会社が逆選別するいわゆるチェリーピッキンング(よいとこ取り)が懸念されます。

奥 おっしゃるとおりですね。しかし、世界的な保険のあり方を見てみますと、日本は例外的な保険のあり方の国なのです。世界的には、リスクの高い部分も含めて全部をカバーする「謝絶体(保険引受けを拒否する対象者)なし)」の民間保険しか認めないという規制さえ存在します。

岡部 そうでないと社会保障制度としては成り立たないですね。民間の医療保険が進んでいるオーストラリアなどでも、民間保険会社が謝絶体のない保険を必ず提供するように規制されています。

 そうですね。それは必要な流れだと思います。民間保険会社はそういうものを自分たちで作ろうという方向に考え方を変えるべきだと思いますね。
どちらかというとこれを、社会貢献ができ、一つのビジネスチャンスでもあるとみるような積極性がほしいところです。

岡部 まだまだお伺いしたいことがありますが、本日はこの辺で。ますますのご奮闘を期待しております。

 (2006年5月発行、医療経済研究機構レター”Monthly IHEP”No.142 p1~6 所収)

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