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IOM Directorジャネット・コリガン博士とのIHEP巻頭インタビュー ~米国における医療の質と安全性改善政策の動向について


話し手: National Academic of Health/ Institute of Medicine
 Director,Board on Health Care Services Janet Corrigan 博士
 聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二

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 今回は、広島国際大学の招聘で来日中のJanet Corrigan 博士をお招きしました。Janet Corrigan 女史は、National Academic of Health/ Institute of Medicine(米国科学アカデミー医学研究所)内に38名の有識者で組成されたCommittee on Quality of Health Care in America (米国医療の質委員会)が行った医療安全問題研究プロジェクトの総括責任者で、米国におけるこの研究分野における第一人者です。1999年に発表されました「人は誰でも間違える。しかし、間違いを防ぐことはできる。」-このような書き出しで始まるこの共同研究の報告書"To error is human"(邦訳題「人は誰でも間違える-より安全な医療システムを目指して」日本評論社刊)は、米国政府や医療機関の医療安全に関する意識を大きく変えました。また、2001年には、この報告に基づく政策提言版として"Crossing The Quality Chasm"(邦訳題「医療の質-谷間を越えて21世紀システムへ」)が発表されています。この二つ目の最終報告書では、医療の質安全性を改善するための13の提言について具体的な方法論が展開されております。

〇 米国科学アカデミー医学研究所について

岡部   最初に米国科学アカデミーについてお尋ねします。長い歴史のある伝統的な研究所で、基本的には民間のノン・プロフィット組織とお伺いしておりますが。

Corrigan  米国科学アカデミーは連邦政府と特別な関係を持った非営利の非政府組織です。連邦政府の研究機関であるAgency for Healthcare Research and Qualityや国立衛生研究所などでも医療の質に関する研究は行われています。
 米国科学アカデミーは200年前に設立されました。その当時、科学分野の研究には民間の諮問機関が必要であるという考えが政府内にありました。そこで、政府に対して科学知識に基づくアドバイスができる専門家を各分野から召集する手段として、米国科学アカデミーが設立されました。米国科学アカデミーは政治の力関係からは遮断された存在であったため、かなり重要な役割を果たしてきました。現在では、専門家を集めて現下の重要な問題を詳しく分析して、アドバイスをするという活動を行っています。
 その中でも、Institute of Medicine(医学研究所:以下、IMO)は、米国科学アカデミーの一番新しい部門です。IMOは十五年位前から医療提供体制のあり方や医療の質の問題について研究しています。IMOには様々な部門がありますが、私たちは臨床研究や生物医学に関連した問題の調査や分析を行っています。公衆衛生に関する研究を行う部門もあります。私が担当しているのは、医療提供システムに関する問題で、医療の質、安全性、医療保険なども含まれています。

岡部  IMOの目的は、政府に対して提言することを主眼に置いているのでしょうか。

Corrigan  一言でいうと、IMOは主に政府へアドバイスをする研究集団です。もっとも、連邦政府に対してだけというわけではなく、ときには、特定の問題に関して民間団体にアドバイスをすることもあります。連邦政府からは、主として政策課題に関するアドバイスが求められます。

〇  "To error is human":「人は誰でも間違える」

岡部  "To error is human"と"Crossing The Quality Chasm"の二つのレポートについて、研究の目的などをお話いただけますでしょうか。この中では様々なことが提言されていますが、医療の安全性を高める上で、どのような施策が最も重要でしょうか。また、この二つのレポートの違いについてもお聞かせください。

Corrigan   "To error is human"には、医療の安全性の問題がいかに深刻であるかを医療関係者だけではなく、国民の幅広い層に伝えるという目的がありました。このレポートによって、初めて一般大衆の目が安全性の問題に向けられるようになり、その結果、医療安全に関して何らかの対策がとられなければならないという世論が高まりました。医療界からはあまり反応はありませんでしたが、"To error is human"により、この問題の存在が一般の人々に広く認識されるようになった効果には大きなものがありました。
 "Crossing the Quality Chasm"は前者とかなり内容の異なるレポートです。対象は一般大衆ではなく、医療分野の専門家に向けたものです。医療の質と安全に関して深刻な問題があるのはすでに分かってはいるものの、ではどうすればよいかという問いを投げかけることがこのレポートの目的でした。
 安全性の問題はシステムの問題であって、個人の能力の問題ではないという論点に立っています。能力の劣る個人が犯すミスもありますが、大半のミスは医療の複雑さが原因で起こっています。診療行為を適切に行うためのプロセスやシステムがきちんと確立されていないためです。したがって、"Crossing the Quality Chasm"では、医療の提供体制を根本から立て直すことを呼びかけています。

岡部   米国の人々は、"To error is human"が提示した4万人台から9万人台という交通事故死などよりも多い医療事故による死亡者数の推定を聞いて衝撃を受けたと思いますが。

Corrigan  当初、死亡事故件数が正確かどうかについて、非常に激しい討論がありました。多くの人が数字の正当性に疑問を持ち、毎年4万4千人から9万8千人もの人が医療事故で死んでいるということが本当かどうかという点に焦点が当てられました。しかし、その段階はもう過ぎています。医療ミスに関しては多数の研究が行われていて、深刻な医療ミスがあるという点に関しては、どの研究も同じ方向を指し示していることが分かりました。最近では、医学の専門家、病院、保険機関などからも反応が見え始め、どうすればよいかとう解決策に焦点を当てる積極的な動きが出てきました。

岡部  米国の医療機能評価機構であるJoint Commission on Accreditation of Health Organization(JACHO)を訪ねたときに聞いたところでは、JACHOはこのレポートを受けて、ミッションステートメントを変更し、主なミッションとして医療の安全性確保をとり入れました。JACHOのそのような動きは、多くの医療機関にも影響を与えたのでしょうか。

Corrigan   JACHOは評価に当たって安全プログラムを重視して、以前より厳しい条件をとり入れ始めました。JACHOの認証が病院の免許更新に不可欠であることから、病院にはとりわけ大きな影響を与えています。また、重大な医療事故に関するデータを集め、安全に役立つ情報を病院にフィードバックするという医療事故報告・還元システムの活動も開始しました。これは重要な展開であり、医療部門を正しい方向へ導く動きであると思います。
 医療の質と安全性という問題に対しては、すべての関係機関が対策を講じる必要があり、政府が規制プログラムなどを通じて安全問題に対して対策を講じるのと併行して、個々の病院も理事会や院長のリーダーシップを通して医療安全に対して積極的な姿勢を示す責任があると思います。JACHOも、医療の質の改善を押し進めることに関係した多くの関係機関の一つです。

岡部  レポートの積極的な効果の一つですね。

Corrigan  そういう面もあるでしょう。しかしながら、"To error is human"が書かれる十年以上前から、医療の質と安全性の問題に対して何からの対策をとる必要性を呼びかける内容の文献が次々に発表されていました。ですから、IOMのレポートが出る直前に、安全問題をめぐって突然いろいろな証拠が出てきたというわけではありません。実際、私たちが9万8千人という医療事故死の数字を推定するのに使ったHarvard Medical Practiceの研究は、その10年前に実施された分析に基づくものでした。でも、この研究に対しては医療専門家や病院の側からあまり反応がなかったこともあって、IOMは"To error is human"を出したわけです。
 私たちは、一般の人々や政府のリーダー的立場にいる人たちを引き込むことによって、この問題をより高いレベルへ引き上げようと努力しました。医療の専門家や病院のリーダー的立場の人たちからはあまり積極的な反応が見られなかったので、一般国民や政府からの応援を得る必要があったのです。

岡部 病院のリーダー的立場の人というのは、病院の院長のような立場の人を指すのでしょうか。

Corrigan 臨床と経営両方のトップレベルの管理者がリーダーシップを発揮して、医療安全問題に関わることが非常に大切です。臨床と経営の両方が関わっていなくては、安全性が最優先事項にはなりません。そのような病院では、看護師、質管理の担当者、リスクマネージャーといったような人たちが必要としている種類のサポートを行うこともできません。トップにいる人たちは、必要な資源を必要な個所に配置し、安全性を重視した診療以外は何も認めないという姿勢をはっきりと打ち出していく必要があります。

 "Crossing The Quality Chasm":「医療の質-谷間を越えて21世紀システムへ-」

岡部  "Crossing the Quality Chasm"では、医療ミスによる死亡件数が増えている理由を四点指摘しています。そのうちの一つである医療技術の高度化というのはよく理解できます。つまり、複雑で高度な装置や器具が増えているため、使い方を誤るというミスが起こるからです。さらに、慢性疾患の増加も理由の一つとして指摘されていますが、慢性疾患が医療事故に関係しているという点を詳しく説明していただけますでしょうか。

Corrigan  慢性疾患にかかっている人は、同時に複数の症状に対して治療を受けることがよくあります。複数の分野の医師から別々に治療を受けるわけです。普段はかかりつけの内科医の治療を受けていても、腫瘍の専門医や耳鼻科の専門医など別々の医師から診療を受ける場合が考えられます。そこにミスが生じる隙ができます。たとえば、患者を別の専門医へ紹介する際に、どんな薬が患者に処方されているかとか、どのような症状に対して治療を受けているかなど、それまでの治療に関する情報が次の医師へきっちり伝わらないと、そこにミスが発生します。
 薬剤の重複がよい例です。慢性の病気をかかえている患者は、何種類もの薬を呑んでいることがよくあります。例えば、腫瘍の専門医から患者にどのような薬が処方されているかを内科医が知らなかったとしたら、どうなるでしょうか。患者が呑んでいる薬に対して禁忌の薬を処方してしまうおそれがあります。慢性疾患が非常に危険なミスにつながるというのは、そういうことなのです。
 医療が進んだことで、慢性疾患をかかえて長生きする人が増えていますから、患者に関するすべての情報を一ヶ所に集め、医療機関が患者を治療するときには必ずそこへアクセスでるような医療提供システムが必要です。

岡部  なるほど。慢性疾患の治療にはスムーズでシームレスな体制を確立しないと、ミスが生じる確率が高まるというわけですね。

Corrigan  慢性疾患のもう一つの特徴として、症状を管理するのに患者と家族が重要な役割を果たすという点があります。薬を処方された患者は、どの薬をいつ呑めばよいのか自分で管理しなければなりません。また、発疹など何らかの副作用が出始めたら医師に連絡するなども、自分で管理しなければなりません。さらに、食事や運動などの点でも自分で責任を持って管理しなければなりません。しかし、このような管理を一人でするのは大変ですから、家族などによるサポートを強化するような医療提供システムが必要となります。

 医療安全と質を保つためには、どのような教育、規制が必要か

岡部  ところで、医療の質と安全性を保つには、強いリーダーシップに加えて、現場スタッフに教育研修を実施することの重要性がレポートでは指摘されています。Corrigan先生のご講演録によると、米国の他の業界では給与の3%以上を教育研修に費やしているのに対し、医療ビジネスの場合は1.5%とその教育投資額の水準も低いのが現状です。安全教育の質を高めるための対策として医療機関にどのようなアドバイスをしておられるのでしょうか。

Corrigan やはり、医療の質と安全性の問題を重視した教育研修を強化する必要性があると思います。これは、医学部の学生など医療専門家の卵を対象とした正式な教育システムと、すでに診療行為に携わっている人たちを対象にした現場研修の二つのレベルで行う必要があります。
 教育研修に現在どのくらいのパーセンテージが使われているか正確な数字はわかりませんし、どのくらいのパーセンテージが妥当かについても正確な数字をあげるのは難しいですが、他の業界と比べた場合、医療業界の数字が特に低いのは事実のようです。急速に変化する時代の中で、医療の専門家一人ひとりが変化に順応していけるようにするための教育研修は不可欠です。
 医療の安全に関して重要な役割を担っている医師、看護師、薬剤師にどのような種類のトレーニングが必要かという点に関してですが、まず、医療提供システムをより安全なものにするための具体的な対処策を理解させる必要があります。たとえば、ダブルチェッックのシステムを必ずとり入れるなどです。
 次に、すべての医療機関が最新技術の導入だけではなく、そのサポート・システムへの投資を最優先事項にすべきだと思います。医師や看護師は常に新しい技術を使って従来とは異なるやり方で診療時の意思決定をすることになりますので、彼らにもある程度の再トレーニングが必要です。医療機関が安全性の問題に真剣に取り組むのであれば、チームとして機能しなければなりません。頻繁に意思の疎通を図り、情報を交換し合う必要があります。この場合にも、チームとして機能する方法を学ぶトレーニングを受ける必要があります。現在のものとは非常に異なる新しい医療提供システムへスムーズに移行するには、このような種類のトレーニングがぜひとも必要です。

岡部 規制に関しては、いかがでしょうか。IOMのレポートによりますと、他の業界では一日八時間以上続けて働くことは禁止されていますが、病院では禁止されていないとあります。実際、病院では一日12時間以上働いている人も多いようですね。

Corrigan そうですね、IOMは労働時間、特に看護師の労働時間とシフト数について、もっと強力な規制措置を取るべきだと政府に呼びかけています。このレポートは発表されたばかりなので、まだ反応はありませんが。

岡部 問題は医師ではなくて看護師の方に集中しているのですね。

Corrigan 医師について詳しく調査したことはありませんが、レジデント(研修医)などには同じ問題があるのは確かだと思います。労働時間に関しては、規制があった方がよいでしょう。何時間か連続して働くとミスをする率がかなり高まるという証拠があるのなら、そんなに長く働くべきではありません。規制を導入して長時間労働を禁止するというのは、ミスを防止する一つの方法になります。政府の規制がなくても、専門家団体、協会、病院の経営陣などが適切な対策をとるのがより良い方策となります。ところが、深刻な看護師不足に直面している病院では、逆に連続して働く時間を長くし、シフト数は減らすという対処法を取っているのが現状です。

岡部 オーバーワークはさらに看護師不足を招くのではないでしょうか。

Corrigan その通りです。かなりの割合の看護師が、定年退職の年齢になる前にやめてしまっているというデータもあります。したがって、安全性を高めるのに必要な対策の多くは、看護師の満足度を高め、もっとこの仕事を続けたいという気持ちと意欲を高めることにもつながるものと思います。看護師不足に対する今までの対処策は、患者の安全という点だけでなく、看護師不足にさらに拍車をかけるという点でも逆効果です。

岡部 労働時間以外に、IOMが提唱している規制にはどのようなものがありますか?

Corrigan  IOMは連邦政府に対し、実績評価、医療の質、安全性などに関する情報を報告するよう医療機関に義務付けることを提唱しています。また、医療機関に電子カルテへの投資を義務付けることも連邦政府に提唱しています。電子カルテが整備されれば、必要なときにその場で臨床情報を見ることができるようになります。電子カルテは医療のサポート・システムとしても利用できます。たとえば、ある薬剤を処方した瞬間に、コンピューターが「この患者にその薬で本当に大丈夫でしょうか」とか「この患者は他に薬を服用していて、その薬を処方すると禁忌になる可能性があります」と警告してくれるようなシステムです。

岡部 現在のところでは、医療事故に関する情報を収集するのは、州政府に委任されているのでしょうか。

Corrigan  そうです。しかしながら、重大な医療事故に対する強制的な報告制度を確立している州は、全州の半分以下です。

岡部 なるほど。それで、医療安全に関する報告を連邦ベースで集める第三者機関を設立するよう連邦政府に提言しているわけですね。

Corrigan IOMは、州政府が強制的な報告制度を確立し、州政府がやらない場合には連邦政府が介入して代わりの制度を確立するという形を提言しています。また、様々な制度を用いて州レベルで収集された情報を全国レベルで集計するのは連邦政府の役割としています。従来から医療機関を認可する権限は州政府が持っていますので、重大な医療事故の報告制度を確立し、事故が起きた病院やナーシングホームをフォローアップする役割を担うのは州が適切です。
 重大なミスの強制的な報告制度というのは、解決策の一つにすぎません。もっと重要なのは、個々の病院や医療機関が患者のための安全制度を自分達で確立するということです。外部への報告制度では、死亡や永久的な障害が残った医療事故しか拾えないからです。ニアミスに対する内部的な報告制度を持つ"安全の文化"を作り上げるのは、個々の医療機関の力量だと思います。重大な事故には至らなかったとしても、ニアミスのような事件は何か潜在的な問題があることを示唆しているので、致命的な事故になる前に、それに関する情報も集めなければなりません。
 「医療の安全性を高める」という課題の大部分は、医療機関と個々の医療従事者が安全問題に対する責任をそれぞれ担っていかなければならないというのが、"To error is human"と"Crossing the Quality Chasm"からの主なメッセージです。

岡部 最後に、この分野に取り組んでいる日本の方々に何かメッセージはございませんでしょうか。

Corrigan 日本に一週間ほど滞在し、病院、医師、看護師、薬剤師など大勢の方々とお話する機会がありましたが、この問題に対する皆さんの関心の高さに非常に感銘を受けました。私たちは同じ問題に取り組むものとして、今後とも協力して医療安全システムの再構築に携って行きたいと思います。お互いに学び合えることがたくさんあると思いますので、今後もぜひコミュニケーションを続けていきたいと思っています。

岡部 ありがとうございました。今後のご活躍を期待しております。

                          (取材/編集 山下)

(2004年4月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.119 p1~7 所収)

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