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クシ・インスティテュート、イーストウエスト財団会長久司道夫氏とのIHEP有識者インタビュー~ 「マクロビオテックス~生命の果てしない旅」

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 話し手: クシ・インスティテュート、イーストウエスト財団

                    会長 久司 道夫 氏

聞き手: 医療経済研究機構 専務理事      岡部 陽二

 今回は、米国のボストンを拠点に50年以上にわたってマクロビオティック自然食の普及と教育啓蒙活動に努め、米国に自然食ブームを巻き起こされたクシ・インスティテュートの久司道夫会長から、食と健康についてお伺いしました。

 久司会長は、1926年、和歌山県生まれ。東京大学法学部政治学科卒業、同大学院修了後、1949年11月渡米、コロンビア大学大学院政治学科にて世界平和実現のための世界政府、世界連邦設立の可能性について研究されました。古代ギリシャ、中国などの食文化や世界政府協会の桜沢如一などの思想的影響を受けて、人間の生き方の基本である食の形態を大きく修正する努力を決意されました。その成果として考究されましたクシ・マクロビオティックスの実践を世界に広めるべく、北米を中心に欧米やアジア、アフリカなど世界各地でセミナー、講演会などの教育啓蒙活動を精力的に行なっておられます。近年は日本にも毎回一ヶ月以上滞在して、各地で講演や後進の指導に当たっておられます。

 78年には、クシ・インスティテュート(Kushi Institute、久司財団)をマサチューセッツ州ブルックラインに設立、会員4百万人を擁する大組織に育てあげられました。95年には、国連著作家協会より優秀賞を授与され、99年には米国国立歴史博物館「スミソニアン」にクシ・ファミリーコレクションとして久司会長の主な業績資料の永久保存が決定されました。

 英文著書には"The Book of Macrobiotics" "One Peaceful World" "Crime and Diet" "Diet for Strong Heart""AIDS, Macrobiotics and Natural Immunity"、"Cancer Prevention Diet"ほか100冊以上があり、日本語著書も「マクロビオティック入門(かんき出版)」「久司道夫の四季のレシピ(東洋経済新報社)」など10冊余が出版されています。

〇 政治学から「食」の世界に興味を持たれた経緯

岡部 久司会長は、東大卒業後にコロンビア大学大学院へ留学され、政治学を専攻、世界平和の運動に携わっておられたと伺っております。政治学から「食」の世界に興味をお持ちになった動機につきお聞かせください。

久司 東大在学中から、政治学、国際政治の方にことに関心ありました。戦後まもなくですから、どうしても世界平和を実現するにどうしたらよいのかということになり、結局のところ世界連邦組織にして、世界の中央政府をこしらえて、そこが原爆なんかを全部管理すべきであるという考えに行き着きます。ところが、現実には国連ができているので、それでは、国連をいかに世界連邦の方向に発展的に解消していくか、というようなことを主テーマにして勉強していたわけです。
 当時、日本にも世界連邦を推進する団体がいくつかあり、そのひとつは賀川豊彦先生の主宰しておられた世界連邦運動協会。もうひとつが世界政府協会で桜沢如一先生がやっておられました。
 桜沢先生は、人類の凶暴性を無くすには食べ物が大事であるということをおっしゃっていました。それから、宇宙の動きといったようなことをおっしゃる。どうも普通の政治学者の考え方とは違うのです。
 そうこうするうちに、米国からユナイテッド・ワールド・フェデラリスト協会副会長をしていたノーマン・カズンズが訪日しました。広島の原爆の跡を見たりしたノーマン・カズンズに帝国ホテルで会って、いろいろな意見交換をしたところ、私にぜひアメリカに来なさいというわけです。というのは、若い学生たちのワールド・フェデラリストの集会があるので、日本からも参加してほしいというわけでした。

岡部 当時はまだ米国の占領下で、海外渡航は自由にはできなかったのでは。飛行機もなく、米国へ船で行った時代ですね。

久司 そうです。日本円もまったく持ち出せない時代でした。それで、やむなく、闇でドルを買いました。それでも足りない分はノーマン・カズンズが個人保証してくれて、それでビザが取得できたのです。
 サンフランシスコやロサンゼルスでワールド・フェデラリストの若い人たちの集会とかに出席して、デンバー、シカゴを廻ってニューヨークへ行ったのです。
 ニューヨークでは、皿洗いをしたり、ホテルのベルボーイをしたりして、ようやくコロンビアの大学院のポリティカルサイエンスに入学しました。ところが、授業の英語はさっぱり分らないので、中古のタイプライターを買って、図書館にこもって世界平和とか一つの世界とかという思想についてギリシャ以来の文献を調べ始めました。

岡部 何事によらず、過去の文献の検証が研究の取っ掛りとなるわけですね。 

久司 そうです。すると、面白いことに、第一次大戦から第二次大戦の間に米国議会では、「アメリカの最終外交目標は世界連邦政府の建設である」という決議が何度も出されていました。それで国連もしばしば訪ねて調べた結果、当時60いくつかの世界憲法草案というのがあることが分かりました。
 そうこうしているうちに、「はてな?」と気付いたのは、たとえ世界政府ができたとしても、核といったものはコントロールできるかも知れないものの、人間の争いというものは絶えないだろう。これはもっと根深い人間性の問題ではないかということに思い至りました。人間は有史以来ともかく争って来たわけです。

岡部 確かにおっしゃるとおり、イラクの現状なんかを見てもそうですね。国と国が争っているわけではなく、国の中で争っているのですから。

久司 そういうことです。それで、人間性の問題となると、人間をよくしないと、争いは無くならないだろうという結論に達したのです。
 そこで、いったい人間とは何なのだということを考え始めたのです。当時24歳の若造がアインシュタインに会い、ノーマン・カズンズにも会い、それからシカゴ大学のロバート・ハッチンソン総長にも会って、「いったい人間性をよくするのはどうしたらよいのでしょうか?」と聞いて廻ったのです。そうしたら、「これは歴史以来人間始まって以来の大問題であって、これを解決した者はだれもいない」という回答が返ってきたわけです。

岡部 それはそうでしょうね。人間性をよくするための宗教にしても、ヨーロッパでは長い間、宗教間やキリスト教同士の戦争が起こっていましたね。異宗教間の衝突では、かえって人間性が悪くなったのではないでしょうか。

久司 そうです。物質文明が豊かになっても、ますます病気が増える、犯罪が増える、戦争も大規模になってくるといった結末で、それではどうしようもない、人間性をよくする方法が分からない限りは。
 そこで、結局人間というものの本質を知らなければならないと思い、政治学を一応脇に押しやって、ニューヨークの五番街に立って、毎日毎日朝から晩まで人間を眺め始めたのです。

岡部 ニューヨークというところはそういう点は便利ですね。いろんな人種の坩堝ですから。

久司 そうです。いろいろな人種がいます。ところが、人間というものには、白人であれ黒人であれ、ひとつの定位というものがあることが分かってきました。そういうことを考えながらずっと観察してはっと気がついたのは、人間というものはほかの生物と同じように、まず、第一に環境によって支配される、それから次に、人間は取っているもの、食べるものが、血液や細胞に転換していく。だから、食べ物と環境の二つが焦点だということです。
 ということで考え始めたのは、人間性を平和的に改造するには、どんな食べ物が一番よいのだろうかということです。フランス料理もあり、イタリア料理もあり、いろいろな食べ物があるけれども、人間はまず、第一に何を食べなければいけないのかと突き詰めた結論は、結局、「穀物」なのです。その穀物を採る農業は当時の学説では1万年ほど昔に始まったとされていたのです。私は人類が発生して間もなくから穀物によって人間が造られてきたのではないかと思いましたが、その後の研究で、それが実証されてきました。

岡部 2万年とか、3万年前から穀物を食べていたのでしょうか。

久司 いやいや、結局アフリカなどでの発掘で、人類は100万年以上も前から穀物を食べてきたという痕跡が見つかったのです。結局、穀物が主体で、それから火を使う、料理をするようになったのです。野菜だとか豆だとかを食べ始めても、動物性のものは非常に少ないことが分かりました。
 それで、人間の定位である健康とかものの考え方を維持するためには、やはり一定の食べ物というものがあるということが分かったのです。そして、この穀物を中心にした食の体系は、日本で伝統的に守られてきたということに気が付いたのです。

〇 クシ・マクロビオティックスへの取り組みと栄養学との関連性

岡部 それでは、まずクシ・マクロビオティックスの基本を簡単に要約して頂けますでしょうか。

久司 現代の食生活には数々の問題点がありますが、次の四点が重要です。第一の問題はたんぱく質の取り方です。欧米の食事では、牛や豚などの家畜の肉からたんぱく質を取っていますが、これは自然な取り方ではありません。植物性のたんぱく質に切替えるべきです。豆類も結構ですが、一番重要なのは穀類、なかでも玄米です。
 第二の問題は脂肪分の取りすぎです。これも、動物性の脂肪過多です。第三の問題は砂糖の取りすぎです。第四の問題は牛乳や乳製品です。牛乳の成分は人にとって使いにくいものだからです。
 これらをまとめて「日本の風土に適したマクロビオティック標準食のガイドライン」というピラミッドを作ってみました(下図参照)。食べ物の総摂取量の半分くらいは一番下にある全粒穀物で取って、次に3~4割を野菜や豆類、海草や季節に合った果物で取る。動物性の食材は多くても食事量全体の7分の1くらいに抑え、肉でもなるべく魚を多く取って牛肉などの哺乳類の肉や脂肪は遠ざけるべきであるということを示しています。

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Copy right; 1995 MICHIO KUSHI

岡部 なるほど、よく分かりました。これが病気にならないために目指すべき食べ方の理想型であって、少しでもこの標準ライン近づく努力をすべきという解釈でよろしいのでしょうか。

久司 そうです。私の主唱は科学的な根拠や歴史的・人生的な実証にだけ基づいており、宗教的な背景もなく、政治的、経済的な思惑は一切入っておりません。

岡部 ところで、この「マクロビオティック」というのは、会長の造語ではなくて、ギリシャのソクラテス以前からあった言葉だという話ですね。そんなに昔からあったのであれば、過去2,000年の間に、会長と同じような考えを唱道した人はなかったのでしょうか。

久司 ええ、古代においては多くの哲人たちが、その後は少数の思想家や医学者によって使われていました。ソクラテス以前にヒポクラテスやその当時の哲学者や思想家たちが使ったマクロバイオスという言葉が起源です。直訳をすれば「マクロ=大きい」、「バイオス=命」です。百科事典では、rejuvenation and longevity、「健康の再生と長寿」と解説されています。

岡部 そういう考え方は、中世から近世にかけて衰えていったわけですね。それをルネッサンス同様に復興されたのが会長のご業績として評価されていることがよく分かりました。

久司 それはそうですが、マクロバイオティックという言葉を使った学者とか哲学者は過去にも何人かはいました。19世紀、医学者のフェフランドが医療の主要テーマとして、この言葉を使い、20世紀にはケンブリッジ大学のジョセフ・ニーダムという東洋学の権威が古代中国の神仙道などを解説するのに、この言葉を使っています。それから、歴史学者のアーノルド・トインビーも、陰陽の勉強をしてこの考え方に到達しているのです。
 東洋の陰陽五行だとか易学だとかは「波動」を解説しているわけで、そういうことを勉強していくと、食の原理が整然と分かってくるのです。人間の体を見ると、言葉の発声にしても、胃の働きにしても、自律神経の働きにしても、陰陽の働きです。そういう考えは東洋医学に、いろいろな形で伝わっているのですが、それを食物の取り方に用いられたのは、石塚左玄や桜沢如一先生です。
 そうすると、病気というものも波動が乱れた現象であるとか、波動が偏ったものだと理解できます。要するに病気の気というものは波動であるということが分かってくるわけです。 

岡部 そういった哲学的な考えを栄養学と結びつけられたというところが、クシ・マクロバイオティックスのひとつのポイントになると思いますが、栄養学の視点からマクロビオティックの理論に辿りつかれた経緯についても、ご説明いただけますでしょうか。
 現代の栄養学というのは、カロリー計算だとか、炭水化物と脂肪の割合はどうでなければいけないとか、せいぜいビタミンが必要だというぐらいですね。会長のおっしゃるような陰陽とか波動の重要性は無視されてきたものと思います。会長のご著書にありますように、たとえば、バナナは非常に栄養価の高い食べ物ではあるが、熱帯の人が食べるにはよいけれども、温帯とか寒帯の人には、体を冷やすので適さないといった点は大事ですね。そういうようなことは栄養学では何も教えてくれないようですが。

久司 現代の栄養学は化学分析ですから、そういうことは問題にしないわけです。ところが、それが大いに間違っているわけです。たとえば、カロリーにしても、ハーバード大学の栄養学者たち4、5人とディスカッションしたことがあるのですが、彼らはカロリーの測定を人が箱の中に入って動作をして熱量が出てくる、それを測定するというのです。しかし、それは出ていったカロリーの量であって、必要なカロリー量ではありません。本当に人間が必要とするカロリーはいくらか、彼らの間でディスカッションが始まったのです。その当時、米国では男性は2,800~3,200キロ・カロリーとか言われていました。ところが、低所得の国では、もっと少ないカロリーで健康を保っています。

岡部 それは難しい問題ですね。

久司 議論の末、「どうも2,000キロ・カロリーぐらいじゃないか」と、一人の学者が言うと、ほかの一人が、「いやもっと低いかもしれない。1,800ぐらいではないか」なんて言い出す始末でした。実際には、三食十分に食べて1,800キロ・カロリー、二食で1,400~1,600ぐらいがちょうどよいのです。

岡部 日本でも日野原先生は「1,600キロ・カロリーあれば十分」と言っておられますね。先生はそれを実践して96歳で矍鑠としておられますからね。

久司 カロリーというのは熱量で、食べ物の一つの側面にすぎません。ところが、食物を取るとカロリーだけではなく、いろいろな波動もどんどん起こしますから。それが心になったり、霊性になったりするわけです。食べ物と肉体と心と霊性というものは一つに繋がってくるわけです。 

〇 クシ・マクロバイオティックスのエビデンス検証

岡部 クシ・マクロバイオティックスが広く世間に受け入れられるためには、マクロビオティックによる理に適った食事が、病気を減らし、さらには医療費節減にも寄与するという実証的な研究が必要かと存じます。そのような実証研究を行なっておられるのでしょうか。

久司 食事と病気の関連性に気が付いたので、有名大学医学部のテキストを読んで近代医学の勉強もしましたが、リューマチにせよアレルギーにしろ、その症状は分かっているわけですが、その原因については何も書いてありません。

岡部 伝染病はともかく、生活習慣病となると原因は簡単には分からないですね。でも、生活習慣の中心は食事ではないでしょうか。

久司 ところが、近代医学ではその食事が全部抜けてしまって、この症状にはこういう薬で、こういう治療を行なうとなっているのです。それでは、食事を正すにはどうしたらよいのかとなると、ともかく食べてみて、それによって変化していく状況を調べなくてはなりません。亡くなった家内と一緒に正しい食物の取り方を教え始めたところ、学生やヒッピーたちがたくさん来て、その中には病気に罹っていた連中なんかもいましたが、その連中の健康状態が食べ物を変えることで見る見るよくなったのです。それがだんだんと知られて、ガンの患者も私のところへ来始めたわけです。 

岡部 食べ物の取り方次第で、健康状態が改善するのは経験的にはよく分かりますが、その原理については、いまでも解明されていないのですね。

久司 そうです、食べ物のセオリーがないわけです。最初に出会ったのが、乳ガンの人とすい臓ガンの人でした。それで、いったい乳ガンはなぜできるのか、その原因となる食べ物を尋ね、生活状態もいろいろ観察しました。その結果、ミルクの飲みすぎや砂糖の取りすぎが、乳ガンの最大原因と考えられたので、これを落としていくにはどうしたらよいのか。悪いものを食べないように指導し、中和させる食べ物を多く食べるように勧めました。すい臓ガンは医学的には治らない病気ですが、すい臓ガンの人の体型をみると、鶏肉や卵の食べすぎ、それから日本人は甲殻類の食べすぎが多い結果、硬脂肪、高コレステロールとなり、それらのものがすい臓にガンをこしらえているのだということが、分かってきました。

岡部 銀行のロンドン勤務が十数年に及んだ私の経験でも、国際派の先輩や同僚で早く亡くなった方が多いのですが、そのほとんどはすい臓ガンや肝臓ガンでした。原因はストレスとかいろいろ言われますが、私はやはり食べ物の偏りが大きいのではないかと観察しています。

久司 そうです。それはまさしく食べ物です。

岡部 おもには肉の取りすぎとお酒、それよりももっと体に悪いと思うのは、夕食の時間が遅いことではなかろうかと思うのです。腸が短くて膀胱が大きい西洋人には合う食べ物でも、日本人の体質はぜんぜん違いますからね。私は実感として、先生のおっしゃることはよく分かるのですが、そのエビデンスをどうして突きとめていくかがポイントになるのではないでしょうか。

久司 それで、私も本を書かなければと思い、マクロビオティックの基本に加えて「キャンサー・プリベンション・ダイエット」という本も書きました。そうすると、医学者たちは。その内容には文句をつけないのだけれども、「久司は、無免許で医学というか治療をやっている、それは違法行為ではないか」と誹謗してきました。ところが、私がやったのは、医学とは違います。食べ物の正しい食べ方、生き方を説いただけのことです。

岡部 食事療法と言いますが、食べること自体は治療とは直接は関係ないことですね。

久司 関係はないです。だから、「キャンサー・プリベンション・ダイエット」なんて表題の本は詐欺罪で訴えたかったようですが、そういうわけにも行かず、逆に医師たちの間にもだいぶ広まってきました。ガンの原因のいくつかはどうも食べ物と関係あるのでないかということを、医師も言い始めたのです。

岡部 プロポリスの薬効とか何か言えば、まがいものではないかと疑われるかも知れませんが。肉は減らして穀物や野菜を主体に食べなさいというのは、生活のあり方の教えですからね。

久司 そうです。食べ物全体のことを言っているわけで、一つ一つの食材が良い悪いと言っているわけではないですからね。そのうちに、食べ物でガンが治ったという何百という実例が出始めたわけです。

岡部 米国ではそういう研究も行われているのでしょうか。

久司 はい。たとえば、アメリカン・キャンサー・ソサエティからもマクロビオティックについて説明してほしいということを要求してきます。1978年に設立しましたクシ・インスティテュートでデータをどんどん集めています。ただ、本当のガン患者でで、化学療法や放射線療法では治らず、代替療法も受けていない、純粋にマクロビオティックだけという実践例を集めるのは難しい作業でしたが、約120例集めて、それをNIH、National Cancer Institute(NCI、全米ガン協会)に提出した結果、ワシントンで公聴会も開かれました。
 最初、医学者たちはこのような発表を馬鹿にしていました。ところが、現実に治った例のデータがちゃんと揃っているので、公聴会で一時間もしたら身を乗り出してきて、「実は私の患者もマクロビオティックをやって、みるみるうちによくなった」と発言してくれた医師もいました。それで、マクロビオティックは絶対研究しなければならないということになったのです。

岡部 それはいつ頃のことですか。

久司 この公聴会は2000年で、つい最近のことです。ただ、その前にすでにいくつかの大学で、マクロビオティックの研究を始めていました。たとえば、ルイジアナのチューレン大学では前立腺ガンとマクロビオティックの研究を手掛け、治った例が身近に出てきたわけです。それから、サウスキャロライナの大学ではマクロビオティックでよくなったガンのケースを我々の知らないうちに集め始めて、いまでもやっています。最近、彼らから連絡があって、130例を集めたということです。
 このように、医学界においても、マクロビオティックの研究が広まり始めていたのです。そこで、NCIもこれは無視できないと考え始め、マクロビオティックで採りあげた食べ物の研究、たとえば海藻とか納豆や味噌の研究があちこち行われ始めたのです。
 そうすると、やはり違うわけです。たとえば、海藻をネズミに与えてみると、発ガンの確率が非常に低くなるわけです。そういう科学的な実証研究が一気に出始め、過去20年の間に何百という文献が出ています。

岡部 会長のご次男は米国で栄養学・病態学者になられて、カイザー・パーマネンテでマクロビオティックや栄養と健康との関係についての研究をやっておられるそうですね。

久司 はい、彼はハーバード大学のパブリック・ヘルスを出て、疫学と栄養学の博士号を持っています。彼が中心になって、主に乳ガンと食べ物の関係を研究しています。彼の研究仲間がNIHやNCIにも大勢います。NCIはこの研究に5年間で1,000万ドルを出し、カイザー・パーマネンテの病院やその他の病院も参加して30人ほどの研究者が何千人という人々を調査しているのです。

岡部 それは素晴らしい大規模実証研究ですね。

久司 食べ物とガンとの関係となると、ともかく3分の1のガンは確実に食べ物と密接に関係があり、残り3分の1はまだ確実に決め手はないもののおそらく関係があり、残りの3分の1はまだ手つかずという状況です。私のインスティテュートで出版した「キャンサー・アプリケーション・ダイエット」というレシペではガンの種類に応じて食物を変えていますが、それらが全部当たっているのです。それで、マクロビオティックのものの考え方がどうも本当であることがだんだんと認められてきました。米国議会においても、代替医療やマクロビオティックを評価し、政治的にも何かやるべきであるといういような状況になってきています。

岡部 日本での実証研究はないのでしょうか。

久司 これまでは、ほとんどありません。そこで、一昨年から富山医科薬科大学(現富山大学)の医学部とマクロビオティックに関する共同研究を始めています。臨床でそういう本来の医療行為ではない食事の研究をするのには難しい部分もありますが、やはり医療を補完する機能として食の機能性というものに注目いただいて、臨床データを積み重ねてきました。中心に行なった研究は乳がんの化学療法に取り組んでいる患者さんに対して、食事がQOLをどのように高めるかという感応評価を中心としたもので、目下最終的なデータの集計に入っていて、今年度中には何らかの学会発表にこぎつけたいというところまで来ておられます。

〇 クシ・インスティテュートの啓発・教育活動

岡部 クシ・インスティテュートを頼ってくる人に説明はされるけれども、病院のような施設として受け入れるという事業は行なっておられないのでしょうか。

久司 そういう機能はありません。インスティテュートで1週間なり2週間の研修を受けて、そこで食べ物の基本と料理法を習って、自宅へ帰って実行する仕組みです。また2、3カ月後に帰ってきて、研修を継続してもらいます。

岡部 クシ・マクロビオティックスの教えを実行しているかなりハイレベルの米国人が増えているのは、よく分かるのですが、米国には3億人が住んでおり、その3分の1は超肥満ですね。現実の米国人大多数の食生活は一部のインテリとはまったく逆のようです。そういう現実にはどう対応されるのでしょうか。

久司 そこのところは、まだ手付かずですが、われわれのマクロビオティックを実践すれば体重もすっと減るわけですから、100例でも200例でもビフォー・アンド・アフターの写真を出して、それに簡単な物語を入れて、それを発表するようなキャンペーンをしようかと思っています。

岡部 けれども、教育程度が低くて、勉強する気もない人々に、そういう指導を広めるというのは非常に難しいことですね。

久司 難しいです。ことに黒人社会では非常に難しいです。私の弟子たちも黒人社会に入って教えるということを試みたことが過去に何度かあるのですが、だめでした。ことに低収入の人がファースト・フードばかり食べていると、脂っこいものが多く、肥満になってしまいます。これを治すには、たとえば日本の切干し大根なんかが有効です。切干し大根を食べても、その煮汁を飲んでも、体重が減るのです。動物性のたんぱくや脂肪がどんどん溶けていくのです。そんな方法もあるわけですが。

岡部 それを啓蒙して普及させるのはたいへんなことですね。ただ、日本でも同じような状況になりつつあるわけですから、クシ・インスティテュートのキャンペーンは大変重要ですね。

久司 少しでもお役に立てばと思っているのですが、やらなければならないことはたくさんあります。ことに医師の理解が大事です。私は医師を尊敬はしていますが、医学の知識だけでは、患者を治せません。食べ物を正さなければいけませんとか、生活を正さなければいけませんよという人生指導を医師がしてくれれば、国民の健康度は格段によくなります。

岡部 医師にそういう気持ちはあっても、そもそも栄養や食事法の基礎が身についていないのではないのでしょうか。医学部のカリキュラムに入っていませんから。どういう生活指導をしたらよいのか分からない。それで、栄養士に振ってしまう。栄養士はさっきのお話でカロリーの話になってしまう。そこが問題ではないかと思うのですが。

久司 そうです。米国のトップレベルの学者連中は、もうカロリーの問題ではないと言っています。何を食べたらよいかということが、本当の栄養学であるべきであると。そうすると、まず、穀物、それから野菜です。動物性のものはうんと必要性が小さいわけです。残念なことに日本の栄養学は、あるいは栄養士たちは、10年以上年昔の古い栄養学を勉強しているのです。

岡部 米国では業界の力が強いのが問題ではないかと思うのですが。肉を食べるよりも、牛に食べさせているとうもろこしだとか穀物を直接食べた方が、10倍の人に食べさせられるわけですね。しかも、栄養学的にもその方がよいわけです。にもかかわらず、穀物を牛に食べさせて、その牛肉を食べているわけですから。無駄なことをしているわけですね。

久司 エネルギー的に言うと、非常な無駄です。

岡部 その無駄をなくそうという政治的な動きなんかは出てこないわけですか。

久司 いや、社会的にあることはあります。マクドナルドをボイコットしようという動きもあります。

岡部 マクドナルドもやっと肉の減量運動を始めたそうですね。

久司 そういう意識はたしかに起こりつつあり、政府も真剣に取り組んでいます。NIHとかNCIも、いろいろやってはいますが、やはり意識改革の壁は近代医学です。だから、代替医学や食べ物の取り方といったものに関心を向けるのは、まだ本流にはなっていないのです。
 しかし、私のみるところでは、向こう5年から10年間のうちに、これが本流になるだろうと思っています。そうしないと、どうも医療だけに頼っていては、死ぬことが多いのではないかということが分かってきたわけです。要するに、近代医学の力だけでは、病気を克服できないということです。

岡部 先生自身も、もちろんマクロビオティックを実践しておられるわけですね。

久司 まあ、できる限りやるということですけれど。旅行もしていますしね、どうしても外食が多く、ファースト・フードにも、時にはつい手が出てしまいます。近代生活は皆忙しいですから、家庭料理なんかできないので、それに対する対応策も考えなければならず、なかなか難しいですね。それに対応して人々に便利なようにナチュラル・フードでは、調理した"クシマクロデリ"などを普及しているのですが、本命は家庭料理ですから。

〇 日本でのマクロビオティック啓蒙活動

岡部 最近は日本でも毎年セミナーや講演を精力的に行なわれていますが、食の乱れは、日本も米国の後追いで、悪化の一途を辿っているのではないかと思いますが。

久司 まさに、そのとおりです。日本に対するメッセージは、米国の真似をしないようにということです。日本には縄文期以来、日本人に合った素晴らしい食べ物が伝統的に残っているのですから、それをもう一度見直しましょう。それから、家庭料理を作るのは、たいへん難しいだろうけれども、家庭料理をなるべく復活して、家族仲良く正しい食事をしてくださいということに尽きます。

岡部 会長のお話ではたと気がついたのは、「主食」という概念が大事だということです。これまでは、主食なんか多く取らない方がよい、副食でおなかが膨れるのが栄養的にはよいのではないかと思っていたのですが、それは間違いですね。

久司 そうですね。4割~6割を玄米や精白しない雑穀でとるのが理想です。人類というものは、穀物が主食でずっと生活してきたわけですから。

岡部 そうですね。以前、日本の食事の紹介をするための英語を勉強したときに、主食はステープル・フード(Staple Food)と言うと習いましたが、米国でもステープル・フードという認識があるのでしょうか。パンがステープル・フードかというと、むしろ副食に近いですね。 

久司 ステープル・フードという概念は米国にはほとんどありません。ヨーロッパにはまだ少しは残っていますが。だから、米国人は何を主に食べたらよいのは分からずにまだ迷っているわけです。

岡部 3年前に小淵沢に設立されたクシ・インスティテュート・オブ・ジャパン(KIJ)が日本での活動の拠点となっているのでしょうか。 

久司 KIJはわざわざマクロビオティックを勉強しに米国のボストンまで行かなくても済むように、日本でのマクロビオティック普及と教育の根拠地にしようということで発足しました。

 KIJはリーダーを養成していますが、セミナーは定員25人で年に数回開催しており、レベル1を一昨年から始め、レベル2を昨年始めました。レベル3も始まっています。内容は、単純に米国でやっていたものをそのまま翻訳するのではなく、日本により合った内容の濃いプログラムに仕立てています。
 また、東京の恵比寿でクシ・マクロビオティック・アカデミーが数百人の方々に毎週料理を教えています。また、通信教育も始まっています。

岡部 私もKIJのセミナーに参加して玄米食に切り替えたいと思います。本日は、ありがとうございました。

(2007年8月医療経済研究機構発行「Monthly IHEP(医療経済研究機構レター)」No.156 p1~10所収)

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