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岡山大学大学院医歯学総合研究科医療経済学担当客員教授西田在賢氏とのIHEP巻頭インタビュー ~医療経営の問題点と課題

                           
話し手:岡山大学大学院 医歯学総合研究科
 医療経済学担当客員教授西田在賢氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二 020601withMRNishida.jpg

 

 

 

 





 今回は、当研究機構初代研究主幹兼研究部長で、現在岡山大学大学院にて医療経済学担当客員教授を務めておられます西田在賢教授に、医療経営に関する問題点や課題などについてお伺いしました。                                        

〇 医療経営研究の分野に進まれたきっかけ

岡部 先生のご労作、「医療・福祉の経済学」(薬事日報社、2001年10月刊行)を読ませていただきましたが、先生が著書で医療経営の問題を制度論と事業論の2つに分けて述べられていらっしゃったのが印象に残りました。経営構造が制度によって規制されるのは当然のことではありますが、これまではこの二つを明確に区分する理論構成はあまり見られませんでした。先生がこの考え方にたどりついたきっかけは何だったのでしょうか。

西田 医療経営に関心を持ったのは、私が東京大学大学院情報工学研究科修士1年生だった1977年に医学部との単位交換ゼミをとったときです。そこの医療情報の講義で開原成允先生が当時最新の話題であったアメリカの病院情報システムを紹介されました。
 私はそれに興味を覚えて病院情報システムに関係した修士論文を書こうと思い、調べ始めましたところ、本家アメリカの病院情報システムというものが、経営情報システムをベースにした病院経営支援システムであるのに対して、日本のそれは病院医師達が関心のあるコンピュータ利用といったものでした。
 そこで、なぜ日本の病院には米国のように経営管理の考え方がなくて済まされるのかという、非常に単純な疑問を持ったことがきっかけでした。それから20年余り、いろいろな取り組みを通じて世界各国の医療システムを調べる中で、ある国では成功した医療経営手法が、別の国でも成功するとは限らないと考えるようになりました。そして、先年のアメリカのマネジドケアを研究するに至って、それを確信しました。このことが『医療・福祉の経営学』を著す機会に、制度経営と事業経営とに分けて説明することを試みた理由です。 

〇 保険者機能の強化について

岡部 先生の著書では、医療の管理と医療資金の管理は別であり、両者を截然と分けて考えなければならないこと、また、アメリカのマネジドケアはまさに医療資金の管理システムとして試行錯誤を繰り返しながら、その精度を上げてきている。
 したがって、医療資金管理手法としてのマネジドケアはアメリカ以外においても学ぶ価値のある、優れた管理システムであると述べられています。私の疑問は、本当に医療の管理と医療資金の管理を分離することは可能なのか、という点です。医療資金の管理は診療内容そのものの管理に繋がるのではないか、と思うのですが。アメリカのHMOのように多くの医師を雇用して医療内容をチェックするようになると、管理コストが非常に高くなるおそれがあるのではないでしょうか。

西田 確かに、医療の専門家である医師や看護婦を雇用して医療内容の審査を行なおうとすれば、現在の管理コストでは済まなくなると思います。しかし、医師や看護婦を雇用して現物給付した医療内容のチェックをおこなうこと自体は、医療保険の保険者としては当然のことだと思います。今までの日本では、医師の数が少なかったためにできなかった、というだけです。
 現在日本では、人口10万人当たりの医師の数が200人を超えたところですが、アメリカでは280人くらい、ドイツやフランスでは300人を超えています。そして、確かこれらの国々では230人を超えた辺りから医師が勤め先を選べないとか、都市部では医師免許があっても勤め先がないということが世間の話題になるようになったと聞きます。
 日本では、今後も毎年正味で5人くらいずつ増えるので、あと5~6年でそのような水準に達します。医師数の過剰感が現れれば、医療保険者もリーズナブルなコストで保険診療内容を専門に管理する医師を雇用できるようになることでしょう。

岡部 保険者の機能強化という点では、保険者が医師を雇用して診療内容の審査をおこなうのは有益かと思いますが、審査に要する費用の増大によりトータルの医療費は結果として膨れざるを得ず、保険者財政の改善にはならないのではと懸念します。

西田 国民のための限りある医療資金のコントロールが不能になっては困りますので、治療内容によって出来高払いを包括払いに移行させたり、診療機能によって患者のアクセス条件を変えたりするなどしながら、一方で医療保険者の側に立って働く医師等医療専門家によるピアレビューの強化を行なうことで質を落とさずに医療内容を管理する、といった資金管理努力とそのためにかかる管理費用というものは、本来国民に説明する責任があるはずです。それを果たすことで国民の理解も得られるのではないでしょうか。また、このような政府保険者と国民との間の円滑なコミュニケーションを図ることも医療改革の大きなテーマではないでしょうか。

〇 カルテの電子化について

岡部 先生の著書に書かれておりますように、カルテを入力すればレセプトが出てくるようになるのが理想だと思うのですが、その前提としては標準化が必要となります。どのようにすれば、早く標準化ができるでしょうか。

西田 私は、カルテを入力すればレセプトが出てくるシステムはすでに技術的には可能な状態となっていると考えています。

岡部 そうしますと、何が障害となっているのでしょうか。

西田 政治です。疾病構造も変化し、医学も進化しますから、完璧な標準体系化は望むべくもありません。そこで、すでにある程度まで研究が尽くされているコード体系の問題は、要は「これにします」と言ってしまえば終わりです。ファイナンスする側の保険者としても、医療情報は不可欠のものです。医療側にしろ保険者側にしろ、誰かが政治的決断をおこなえば、実現が可能なものです。

岡部 今までのカルテに関する議論では、カルテは医師の所有物であるとの理解が大勢を占めていたように思います。先生は「カルテは誰のものか」という点については、どのようにお考えでしょうか。

西田 カルテを、医師による患者治療の医学的根拠を書いた医療用カルテと解釈するのか、保険制度の下にある療養担当規則に明記された保険用カルテと解釈するのか、によって異なります。
 前者であれば、医師の著作であると同時に、情報源である患者との間で所有の独占もしくは共有が事前に話し合われるべきでしょう。一方、後者であれば、医師と保険者と患者の三者の間で同様の事が話し合われるべきでしょう。そして、保険用のカルテということであれば、レセプトとつながって当然です。

岡部 わが国では、いわゆるレセプト病名の問題があると思うのですが。

西田 医療サービスの授受が経済行為である限り、レセプト病名、つまり費用請求のための病名は必要です。ただ、医師によって診断が違ってくるという現実がありますから、このときのカルテにはすべての医師が納得するような答えを記入するという発想ではなく、たとえば保険者との間の医療資金管理記録として整理されるものという理解が必要ではないでしょうか。
 そして、これこそが保険用カルテであり、近年のIT技術をもってレセプトとつなげることで保険給付事務の合理化が期待できるものと思います。

〇 医療経営について

岡部 先生の著書では、ドイツの経営論は企業の組織論であり、アメリカの経営論はマネジメント論であると述べられていました。私は、経営論といえばアメリカの経営論しか念頭になかったのですが、経営戦略の前提として医療の分野では財務論や組織論の重要性が痛感されます。どのようにすれば、今後この観点からの議論が高まるのでしょうか。

西田 一つには医療提供の効率性の観点だと思います。効率を目指すにはいわゆる素人考えの金銭管理ではだめで、財務のプロフェッショナルの知識が必要となりますし、また、組織管理についても近代化が必要です。
 そして、アメリカのマネジドケアの研究をしていて思うのですが、病院の経営については医療を知らない人に教えるよりも、医療関係者、中でも医師に病院経営を教えるほうが効率がよいと考えています。特に、今後医師が余る時代が来ることを考えれば、重要な検討課題だと思っています。

岡部 確かにそうですね。アメリカでも、医師がMBAを取って経営者になっている例があります。

西田 しかしながら、文部科学省ではビジネススクール、つまり経営専門大学院は2年前からようやく開設を許すようになった状況ですので、医師達医療関係者が国内でMBAを取って病院経営に携わるようになるまでには、まだまだ時間がかかる状況です。 

岡部 医療機関経営の場合には、単に経営の知識や財務の知識だけではうまくいかないのであって、先生も著書で述べられているように医療の発想がどうしても必要となります。
 
西田 そこで私は、医師や歯科医師がプロの医療機関経営者になることに関心を持ってもらおうと考え、ここ岡山大学大学院医歯学総合研究科の医療経済学教室では、(多くが医師や歯科医師のライセンスを持つ)博士課程の院生に向けた医療経済学特別講義を行なっています。
 これまでの日本では、医学教育については医学部や・医科大学へ入学して6年間の一貫教育で行ないます。そこでは、近年の高度化した医学知識を詰め込んで国家試験に臨ませるのが精一杯であり、医療経済・経営について教える余裕時間はありませんでした。また、学生は年齢も若く、医療経営管理への問題意識もの希薄な医学部学生に対して医療経済経営を学ぶぼうとする動機付けをするのは難しいものです。
 この問題を解決するものとして専門大学院の試みがあります。として、文部科学省は一昨年から日本でも高度な実務管理者を養成する専門大学院の設立を許可しました。これまでも、私立大学の大学院など等で「ビジネススクール」と称して第一線のビジネスパーソンを招いて講義を行ない、実務専門家の養成を行なうところもありました。
 しかし、旧文部省の考え方では、大学院の目的は研究者の養成であって、実務専門家養成のことは念頭になく、研究論文の作成能力を身に付けることが必須とされました。そのため欧米のように正式の学位を出せる実務専門家養成のビジネススクールは日本には事実上なく、多くは「専門学校」に分類されていました。そして今度、「専門大学院」設立が認められ、一橋大学が本邦初の本格的な「ビジネススクール」を2000年10月に開校、昨年4月には九州大学医学部の中にもビジネススクールが誕生しました。
 ここ岡山大学では、昨年春に医学部と歯学部を合わせて大学院大学へ移行した際に、医療経済学教室が設けられました。ただし、専門大学院ではなく、従来の医・歯学の大学院であるのため、博士課程のみです。院生の多くは医・歯学部卒業生で現在研修医をしている人や、開業している人でもいます。
 昨年度前期に3回の特別講義を行なった際には、期せずして毎回30人近くの受講聴講者が集まりました。(ちなみに今年5月の講義には50人を超す院生が受講に来ました)。後期には単位授与のない10人程度のセミナー形式による3回の公開講座特別講義を企画予定しましたところ、毎回20人近くの聴講者が来て、正直、驚きました。この中には現役の医学部教員数名がおりました。
 この経験から、昨今の医療従事者の間では医療経済学や医療経営学に対する関心は高いものと思われ、わが国でも医師や歯科医師に向けた医療経済・医療経営学に関する講座を早急に整備する必要があると確信します。そして、そうすることが医療経営の近代化・効率化への近道なのではないかと考えています。                                    

                                               (取材/編集:広森、石井)

(追記)西田氏は、今年4月から国際医療福祉大学国際医療福祉総合研究所教授にも就いておられます。 

(2002年6月医療経済研究機構刊「Monthly IHEP(医療経済研究レター)」No.99 p2~6所収)

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