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高神大学保健科学部医療経営学科教授南銀祐氏とのIHEP巻頭インタビュー ~韓国の医療動向と日本との比較


話し手:高神大学保健科学部医療経営学科教授
医療経済研究機構 客員研究員 南銀祐氏
聞き手:医療経済研究機構専務理事 岡部陽二

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 医療経済研究機構では、今年2月から韓国・高神大学保健科学部医療経営学科教授 南銀祐氏を客員研究員としてお迎えしています。
 今回は、南教授に韓国の最近の医療動向や日本との比較についてお伺いしました。

〇 「医療経営」に関する韓国と日本の違い

岡部 先生のご経歴とご専門の分野について、まず、最初にお聞かせ下さい。

 1979年に延世大学保健科学部保健行政学科の第1期生として入学し、1984年からは延世大学保健大学院で病院行政学を研究しました。1988年からは日本の東邦大学大学院医学研究科で公衆衛生学を専攻し、そこでは主に保健政策について研究し、学位を取得しました。
 現在は、釜山にある高神大学保健科学部医療経営学科で教鞭をとっています。この医療経営学科は5年前に私が作った学科であり、保健大学院の病院行政学科(夜間)や博士課程の保健科学部医療経営学コースとも連携しています。

岡部 韓国には医療経営学科を設置する大学がいくつくらいありますか。

 大学レベルでは2大学ですが、大学院修士・博士レベルでは10コース以上はあると思います。医療経営学科または病院行政学科という名称で、病院などに勤務する医療実務のプロの養成を目的とした社会人のためのコースが中心となっています。

岡部 日本にもこの数年間に5つの大学に医療経営学科が設置されました。大学院レベルでの医療経営研究科もいくつかありますが、ほとんどが病院経営のプロ養成ではなく、研究職養成を目的としています。したがって、この分野の実務専門職養成の点では日本より韓国の方が遥かに進んでいると思います。韓国が進んでいるのは米国の影響でしょうか。

 私が学生の頃勉強に用いたテキストは、米国のVirginia Commonwealth大学やIowa大学などのものばかりでした。米国の影響は大きいと思います。

岡部 たとえば、韓国では「病院の理事長は医師でなければならない」という規制がなく、医師は診療に、医師でない理事長が経営に専念するのが一般的と聞いています。こうした点でも米国流かと思いますが。

 医師が理事長の場合もありますが、ごく少数です。こうした経営体制に対する医師からの不満が医療保険導入前にはありましたが、医療保険導入後はますます複雑化する事務を効率的にこなし、病院経営に専念する有能なトップが必要であるとの認識については、医師の間でも一致しています。
 したがって、韓国の事務スタッフは日本における病院の事務スタッフより総じて大きな権限は持っていますが、すべてが米国流という訳ではなく、そうした権限のあり方や病院経営のスタイルは米国と日本の中間に位置するのではなかろうかと思っています。

〇 保険者統合(Integration Reform)、医薬分業(Separation Reform)の二大改革について

岡部 韓国で2000年7月に行われた保険者統合と医薬分業の二大改革について、お話をお伺いしたいと思います。まずは保険者統合について、完成時期が1年半延期されましたが、現在抱えている大きな問題はあるのでしょうか。

南 まず、保険者統合の背景を簡単にお話します。韓国では1989年に国民皆保険が実現しましたが、この段階での保険者には公務員および私立学校教職員が加入している1つの公団 、一般勤労者が加入している145の職域保険組合、地域住民と自営業者が加入している227の組合がありました。
 このような多保険者方式の中で、被保険者数が少ない保険組合のリスク分散機能の低下が懸念され、1980年代から保険者統合の主張がなされてきました。そして、国民の連帯感昂揚を主張する金大中大統領の政治哲学の下、保険者統合が提案されるに至り、1999年2月の臨時国会でこの案が通過致しました。
 2000年 7月にあらゆる保険者が1つの「国民健康保険公団」に統合されました。
 1999年 2月の国会で通過した「国民健康保険法」では2002年 1月から保険料算定方式も統合する方針でしたが、これには問題が発生しました。というのは、自営業者については所得把握が難しいために単一の保険料算定方式を定めることができず、一般勤労者は賃金ベースで、地域加入者と自営業者は所得、財産、世帯数をベースに保険料を算定する2元化方式に方針を転換せざるをえなかったのです。
 したがって、現在では管理運営だけを統合しています。保険料算定など財政に関する統合管理は期限までに実現できず、1年6ヵ月の延期となりました。すなわち、2003年 7月まで延期となった訳ですが、現状は難題が山積しており、保険料算定方式の統合にはかなりの困難が予想されます。この問題は今年 12月の大統領選挙結果によって様相が変わってきます。

岡部 医薬分業について医師会などから反対意見が出たのは理解できますが、患者に不満が大きいのは何故でしょうか。2ヵ所を訪れる不便はあるでしょうが、待ち時間の短縮や効能の説明、副作用の回避など患者にとってはメリットの方が大きいのではないでしょうか。

南 韓国の医薬分業は、2000年 7月から西洋医療に限って強制的に実施されました。韓国では漢方医療も正式の医療として認められていますが、漢方には分業を強制していません。
 医薬分業以前には、患者は医師の処方せんがなくても薬局で症状を話せば薬剤を受け取ることができました。法律的には、当時も薬剤師には薬剤の処方権はなかったのですが、これが黙認されていました。
 その結果、薬剤の不正乱用があったことは事実であり、公衆衛生上の問題も指摘されていました。また、抗生剤処方比率が58.9%と非常に高かったことから、抗生剤の使用量を抑制することも分業推進の背景にありました。医薬分業を実施したことは、抗生剤などの過剰投与による薬害から国民の健康を保護する革新的な政策であり、私自身も絶対に必要だと考えていました。
 しかし、医療サービスの利用者である国民の立場からは、医薬分業後、処方せん料や調剤料など経済的な負担の増加に対する反発と、薬局での品揃え不足などに対する不満が高いことは事実です。分業以前には受診した医療機関で薬剤を受け取れる便利さがありましたが、分業以後は病院・診療所から離れた薬局まで行って薬剤を受け取らなければなりません。
 また、薬局に行っても処方せんに記された薬剤のストックがなく、再度、他の薬局に行かなければならないこともあります。薬局によっては薬剤を受け取るまでの時間が今まで以上にかかったり、処方された薬剤が分からなかったり、十分な薬剤の説明がなされていないところも多く見られます。
 こうした背景から、医師から処方せんを受けても薬局に行かず、処方せんを放置するケースが10.2%にも上るという調査も公表され、新たな公衆衛生上の問題となっています。

岡部 南先生は、医薬分業自体は正しい方向の医療政策であるにもかかわらず、導入までの進め方については批判的な立場でいらっしゃると伺っていますが。

南 医薬分業を導入するに当たっては、段階的にモデル事業を実施し、そのモデル事業から抽出された問題を改善した上で全国に普及させることが妥当な方策だと考えていました。
 また、医薬分業導入には医師会と薬剤師会の相互の理解が不可欠です。そうしたプロセスを踏まずに政府が一方的に実施に踏み切ってもうまくいくはずがありません。もう少し準備期間が必要だったと思っています。
 ただ、ご指摘のような医薬分業のメリットが現われている面もあります。特に副作用回避については、はっきりと効果が現われています。これは医薬分業実施に関係なく医療法と薬事法によって制限することができたことではありますが、分業の結果、以前にあった医師の処方せんがない患者が薬局で症状を話せば薬剤師の判断で抗生剤を調剤してくれるなどの慣行がなくなりました。
 また、薬剤師がいない診療所で医師が調剤をする慣行がなくなったのも医薬分業の成果です。
 日本では、薬剤師が「薬歴手帳」を患者に手渡すなど薬歴管理がしっかりとなされています。韓国ではまだこのようなサービスがなされておらず、 医薬分業のメリットを患者が実際に認識出来ずにいるのが現状です。

岡部 政府は主に医薬分業にともなって発生する医療保険の赤字を、保険料を引上げることなく公費の投入や保険事務の合理化努力で吸収しようとしていますが、それは可能でしょうか。保険料については、職域の場合、月給の3.63%を労使折半で負担しており、水準自体が極めて低いのが問題ではないでしょうか。

 韓国では、健保財政の赤字幅が医薬分業によって急速に拡大しました。分業以後の健康保険医療費の総規模は約11兆Won(100Won=約9円:平成14年2月末)、赤字は約3兆Wonですが、そのうち分業実施による赤字幅が約1兆Wonと国民健康保険公団は推計しています。赤字保険者の財政安定のためには、保険料の引上げや医療支出の抑制の方法があります。
 ところが、ほとんどの国民が不満を抱く結果となった医薬分業を強行したことから、現政府が国民に保険料を上げることを納得させるのは難しい状況で、公費を投入せざるを得ませんでした。
 公費の投入自体は、保険者統合とも関連する複合的な措置と考えられています。保険者統合推進の過程で、黒字保険者からの統合反対の声に対応するために必要な措置の一環として効果が期待できたからです。
 しかし、問題は今後も医療保険の赤字が増え続けることであり、次期政府の政治課題になります。ご指摘の通り、保険料は職域の場合、給付の3.63%を労使折半で負担しており、非常に低いことが問題です。一方で、これまでは職域保険組合の保険料算定方式は月給ベースの保険料算定方式でしたが、保険者統合後は総報酬方式に転換されています。
 具体的には、勤労者が受け取るあらゆる報酬に対して定率の保険料をかけて算定する連続的保険料算定方式(Continuous Rate System)に昨年からなっています。したがって、3.63%というこれまでと同じレートを適用しても加入者の負担は増えることとなり、大きな不満要因となっています。

岡部 保険料を引上げるのは極めて難しい状況ですね。

南 はい、簡単ではないと思います。
 分業実施による赤字幅の増大はやはり国の責任として、特別予算で赤字分を埋めているのが現状です。金大中大統領はたばこ税を目的税化し、健康増進基金として2~3年間は健保財政の赤字部分に入れようとしています。次期政府は別の新しい方策を考え出すかもしれません。

岡部 公費と保険料を抑えれば自己負担が増えるしかない訳ですが、韓国では1999年の自己負担率が44%と非常に高くなっています。MRIによる検査料なども保険適用となっていないそうですが、このように高い自己負担に対する国民の不満はないのでしょうか。

南 最近では自己負担率が48%まで上がっています。1977年の医療保険制度導入時に、基本的な医療だけを保険でカバーするという国のフィロソフィーがありました。プラスアルファと考えられる部分は、ほとんどが自己負担となっています。

岡部 自己負担が高いと自己責任の意識が高まるというメリットもあり、要は税・保険料・自己負担のバランスの問題かと思いますが。

 さまざまな声があります。医療保険財政を考えれば、この程度の自己負担はやむをえないという声もあります。国民は自分が患者になった時に高い自己負担に不満を抱くものです。健康な人にとっては、保険料が安い方がよいという話になります。
 理論的にどちらがよいかさまざまな見解はありますが、いずれにしても今後高齢化が進展すると家庭内で不安が大きくなることは確実です。韓国では現在65歳以上の高齢者の人口割合が7.2%と比較的低い状況ですが、今後は急速に増えていきます。
 制度面や施設面などから高齢化対策を早急に考えなければなりません。そうした観点から、長期療養保険(介護保険)に関する政府の検討会も立ち上がりました。長期療養施設に対する社会的関心も高まっています。

〇 改革のスピードについて

岡部 お話を伺っていますと、韓国では改革政策の進め方にいくつかの問題があったのは事実としても、トップがよいと判断したことを即行動に移すという毅然たる態度とそのスピードについては高く評価されて然るべきではないかと思います。間違った部分は後で修正すればよい訳ですから。

 確かに韓国の場合、改革のスピードは極めて速いといえます。その理由は、韓国の学者の持つネットワークの中にすぐにコミュニケーションがとれる人物が米国に多く存在しており、新鮮な米国のニュースをそのまま受け取ることができるからだと思います。その点では、米国の影響をかなり受けてはいます。

岡部 日本での医療制度改革議論については、やはりスピードが遅いとお考えでしょうか。ご意見やご印象をお聞かせ下さい。

南 医療改革は世界のトレンドです。私の印象として欧米はスピードが速く、日本は少し遅いのではと感じています。これは、日本の政策の進め方がトップダウンではなく、段階的に下から積み上げる方式だからだと思います。
 この積み上げ方式に対する批判的な意見も聞きますが、私はむしろ肯定的に受け止めています。日本の文化は欧米のものとは違いますから、十分にその特性を考え、じっくりと議論しながら日本的なシステムを作り上げることが極めて重要だと考えます。また、そうしたプロセスは、私自身や韓国にとって大いに参考になります。

(取材/編集: 広森)

(2002年11月、医療経済研究機発行 "Monthly IHEP" No.104、p2-7所収) 

 

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