個別記事

京都大学名誉教授 家森 幸男氏とのIHEP有識者インタビュー~「健康長寿社会実現へ向けての予防医療について」

20061016.jpg  

話し手:循環器疾患予防国際共同研究センター長
京都大学名誉教授
家森 幸男氏
聞き手:医療経済研究機構 専務理事 岡部陽二

 家森幸男先生は昭和42に京都大学大学院医学研究科博士課程終了、医学博士。同年京都大学医学部助手、昭和50年助教授、昭和52年島根医科大学教授、平成4年京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て、平成13年退官、現在は兵庫県健康財団会長、平成18年に武庫川女子大学健康開発所長に就任されておられます。
 家森先生は、脳卒中ラットの開発・研究者として、また長寿の秘密を解き明かすため、世界を股にかけて食生活調査を行なわれた冒険病理学者として世界的に有名です。その成果を踏まえて、全世界で進んでいる食の欧米化に警鐘を鳴らし、平成8年には世界各国の優れた伝統食を未来に伝える「健全な食生活の保全」の研究を開始されています。
 家森先生は、昭和57年に脳卒中の研究で米国心臓学会チバ賞、平成5年に循環器疾患と栄養に関する研究でベルツ賞、平成10年に予防栄養学で紫綬褒章、平成16年には杉田玄白賞を受賞されております。著書には、専門書以外にも「長寿食世界探検記」「ついに突き止めた究極の長寿食」など多数の啓蒙書を執筆され、最近では日本テレビの「世界一受けたい授業・食育」への講師出演、日本経済新聞への「食と長生き」連載など幅広く活躍されています。
 今回は、このように多彩なご活躍をしておられる先生に、壮大な規模で実施された世界の長寿地域と短命地域の疫学的国際比較研究の発想や具体化の経緯を中心に、健康長寿社会実現へ向けての予防医療についての政策提言などをお伺いしました。

〇 循環器疾患予防国際共同研究センターの使命と活動状況

岡部 「循環器疾患予防国際共同研究センター」設立の経緯、研究目的、WHO(世界保健機構)との関係についてお聞かせください。

家森
 この研究センターはWHOの協力を得て、20年以上をかけて世界25カ国61地域で実施してきた循環器疾患の栄養に関する国際共同研究の成果を報告し、その成果に基づいた栄養改善研究を国内外で実施することを主目的に設立しました。

岡部
 このセンターは20年以上前の1983年に設立されたものと伺っておりますが。

家森 まず、京大で脳卒中を遺伝的に発症するラットを開発し、栄養で脳卒中を予防する研究を始めました。京大から島根医大に移ったのを幸いに、5,000匹のラットを飼える動物舎を新設し、ラットの脳卒中が大豆食や魚食などで予防できることが証明されました。
 そこで、WHOに申請し、世界中の疫学調査を開始、ヒトでも脳卒中のみならず心臓死も栄養で予防できることを20余年かけて世界61地域をめぐり証明できました。今も世界中からから集まるサンプルを分析するセンターとして、京都下鴨の研究所で研究を続けている次第です。

岡部 このセンターで30回以上主催されて来ました「世界健康フォーラム」の趣旨や成果などについてお聞かせください。今年は、11月14日に京都で開催されるとお伺いしておりますが。

家森 私どもがWHOと共催してきた「世界健康フォーラム」は、今年からユネスコ(UNESCO=国連教育科学文化機関)の後援を得ることができました。食文化の重要性を全世界の人類が共通の関心事として考えてもらうには、WHOだけではなく、教育文化から芸術までを広くカバーしているユネスコにイニシアティブをとっていただきたいと考えたわけです。

岡部 ユネスコは世界文化遺産や自然遺産の保護には熱心ですが、そのほかの活動はどうでしょうか。

家森 ユネスコは、最近「無形文化遺産」の保護のため努力しています。国際的にまだ批准されていないので、正式に制度とはなってない段階ですが。日本では、まず能と歌舞伎の二つが指定されます。私は無形文化財のように、世界各地で伝わってきた健康長寿によい食文化を「長寿食文化」として世界中で大切にすべきと考えます。これは、いったん失ったら取り返しがつかない貴重な人類の宝です。しかもそれが、いわゆるファーストフードのグローバリゼーションによって、失われつつあるのが問題です。
 そのことを、私どもの61地域での研究がはっきり証明しています。10年以上前に調査したところへもう一度調査に行きますと、たった10年ばかりの間に、食習慣が様変わりしているのです。NHKも特集を組んでくれましたが、エクアドルのビルカバンバという素晴らしい長寿村が、観光客とともにファーストフードが進出し、崩壊してしまったのです。

岡部 折角の長寿村がもったいないですね。

家森 アメリカ人がそこへ行ったら長生きできると考えて大挙して住み出したわけです。別荘やホテルがたくさんできて、電気も引かれていなかった村が大発展しましたが、同時にファーストフードも入ってきて、村の人に肥満が急増してしまったのです。

岡部 そのユネスコの「食の世界遺産」制度は、実現しそうなのでしょうか。

家森 今年の京都会議はユネスコが支援してくれます。今後も、長寿食文化の世界遺産制度の実現に向けた地道な国際運動を展開してまいります。30ヵ国が批准しないと、制度としては成立しないので、時間は掛かります。
 米国でも肥満が大問題となってきて、ようやく食の重要性に気がつきました。小学校からファーストフードの自販機を撤廃しろとか、栄養分の表示を徹底しろとか言った国民からの突き上げも強まり、世界的企業が健康産業にならないと地球上の職環境はよくなりません。

○ 脳卒中ラット開発の契機

岡部 ところで、先生が医学部卒業後に臨床ではなく、病理学の研究を志された動機と高血圧で必ず脳卒中になるという遺伝子を持ったラットの開発に成功されたご苦心などについてご説明ください。

家森 そもそも,父親が臨床医でして、終戦後結核医が多く、とにかく結核の方々を助けるために、本当に奮闘していました。そういう後姿を見て育ちましたので、私も臨床医に憧れていました。ところが、大学病院でインターンをしていたのですが、最重症の患者さんの担当ばかりになり、毎日点滴を続けるだけで、確かに点滴は上手になりましたが、お世話させていただいた患者さんは、結局亡くなられたですね。
 そこで、やはり病気を減らすには、その原因を徹底的に追究する病理学が大事であると悟り、基礎研究の方向へ進んだわけです。
 「剖検病理学」という分野がありますが、実は解剖の剖(○)と、検査の検(○)で、それはお亡くなりになった方を解剖させていただいて、徹底的に調べて、その病気の原因を追究する学問なのです。医学は進歩したと言われていますが、現実には病気はなかなか治りません。やはり、根本はそのような病気にならないようにする予防しかないことを実感したのです。

岡部 当時から予防医学の重要性を痛感しておられたわけですね。

家森 そうです。当時、京都大学の病理学教室では、私の恩師、岡本耕造先生が糖尿病の基礎的な研究をやっておられました。その中で、ネズミをいろいろ掛け合わせて作っていくと、必ず高血圧になるネズミができることが分ってきました。ところが、ヒトでは高血圧だと脳卒中になりますが、この高血圧ラットは脳卒中にならなかったのです。「脳卒中を100%起こすラットを作らなければ脳卒中予防の研究はできない」と岡本先生は指摘され、「脳卒中ラット」を作る仕事に専念しました。
 当時、脳卒中は結核に代わって死因の第一位だったのです。今でも寝たきりや認知症の一番大きな原因は脳卒中ですね。ところが、脳卒中はヒトにしか起こらない病気でしたから、脳卒中の原因を病理学的に追究するモデル動物が皆無でした。脳卒中ラットが本当にできるものかどうか、まったく見通しがなく途方にくれました。

岡部 でも、岡本耕造先生はその重要性を指摘され、励ましてくださったのですね。

家森 そうです。先生が最初に開発された「高血圧ラット」は日本の学会では必ずしも高い評価は受けず、「ネズミの高血圧にすぎないのでは」と言われました。事実、ネズミは高血圧でも脳卒中にならなかったのです。牛の血圧が高いというのと同じで、その動物にとっては、ごく自然の血圧なのではないかということです。
 当時は秋田地方では脳卒中が多い、しかも農繁期に倒れることが多かったので、その多い理由は過労ではないかという仮説を立てて、高血圧のネズミを昼夜一生懸命走らせましたが、脳卒中にはならなかったのです。
 そこで、やはり人間と同じような脳卒中を高血圧のラットに起さないといけないと、脳卒中を起こす条件を求めて日夜実験を続けました。

岡部 当時は、今のように遺伝子が解読されていなかったわけですから、その時分に、どのようにして必ず脳卒中になるというラットができたのでしょうか。

家森 まさにそこですよ。よくぞ聞いていただきました。今は遺伝子の時代だから当たり前ではないかと思っている人もおられますが、高血圧の遺伝子があるかどうか、脳卒中の遺伝子があるかどうかを、当時は確かめる術もありませんでした。高血圧には遺伝子が関係するであろうということまではわかっていましたが、脳卒中に至っては、雲をつかむような話でした。
 一時は岡本先生でさえ、「ネズミは脳を使わないから、脳卒中にはならないのでは、脳卒中という病気は、人間特有の病気ではないか」と、諦めかけられたほどでした。そこで思いついたのは、ネズミは喜んで走っているわけですから、走ることはストレスにならない。逆転の発想で、今では有名になっていますが、動けないようにする「拘束ストレス」をかけるということでした。

岡部 ネズミが動けないようにして、ストレスをかけたわけですね。

家森 そうです。逆に動けないようにして、上向きにして寝させておくわけです。そうしたら、高血圧ラットの血圧がさらに上がってきました。拘束ストレスを与え続けて、一カ月目に朝行ってみたらネズミがパタンと倒れてたいたのです。解剖してみたら、大出血が脳に見つかりました。これだと直感しました。高血圧に、さらにストレスをプラスしたら脳卒中になるのではないかと。それからは、来る日も来る日も、拘束ストレスを続けました。
 ところが、学問というのは、物事がある法則できっちりと起こってこないと成り立ちません。ある時には、高血圧ラットがストレスに遭うと脳卒中になるが、ある時は同じようにストレスをかけてもケロッとしているのでは、論文一つ書けないわけです。そこでやっと気がついたのは、高血圧にストレスをかけて脳卒中で倒れるネズミには、家系が関係するのではということです。

岡部 遺伝子がもちろんあるわけですね。遺伝子は解明できないままに、その掛け合わせだけで必ず脳卒中になるネズミを作られたわけですか。それはそういう家系のラットばかりを、かけあわせて100%の脳卒中ラットを作るのには、相当何代もくり返さないとダメでしょうね。

家森 そうですが、脳卒中を起したラットは、もう子どもを作りません。そこでまた、逆転の発想で、予め子ども作っておくことにしたのです。ただ、この方法でやると、親が脳卒中になるかどうかが確かめられるまで、生まれたネズミを飼っておかねばならず、ネズミは三ヶ月ごとに子供を生むので、常時4,000匹を超えるラットを飼うはめになりました。研究費もない中で大変でした。

岡部 そんな苦労をしてついに100%脳卒中になるラット、「脳卒中ラット」を完成されたわけですが、さらに塩分を減らし、大豆蛋白やカルシウムなどが豊富な餌を与えると、塩分を与えたら100日で死ぬこのラットでも4~5倍も長生きをするというご研究の成果は画期的なものと評価されております。この研究結果から、人間の場合でも、遺伝子よりも生活習慣の方が寿命に影響するところが大きいと考えられるのでしょうか。

家森 脳卒中ラットを観察しているうちに、与える餌の種類によって脳卒中を発症する時期に大きな差があることに気がつきました。同じ遺伝子を持ったラットでも、食べ物によって寿命が大きく延びるのです。まず、塩分の過剰摂取で脳卒中は早くなりますが、蛋白質や塩の害を打消すミネラル、食物繊維が脳卒中を予防することが分かりました。

岡部 今でも、その脳卒中ラットの子孫は、このセンターで生きているわけですか。

家森 そうです。島根医大や京都大学で増やし続けて世界中の研究所に差上げ、今では遺伝的に正しい系統を共同研究会を作って、研究者のみんなで貴重なラットを使って研究できるようにしました。高血圧はヒトで最も多い病気ですが、「今や人間の高血圧よりもネズミの高血圧のほうが多なってしまった」と言われているほど、このラットは世界中で使われています。
 各国の製薬会社もものすごい数の高血圧ラットや脳卒中ラットを使って新薬の開発を進め、今出回っている最新のよく効く降圧剤は、まずこのラトを使って開発されたといえるほどです。この貴重なラットは特許もとらず、自由に使ってもらったからこそ、このようなお役に立ったものと思います。

岡部 そうなると、脳卒中ラットは世界中に散らばっているので、この研究センターのラットは、なくてもよいのでは。

家森そ うではありません。やはり、遺伝的レベルで均一の系統として維持されている「万世一系の脳卒中ラット」が必要です。それを共同研究会で維持し、必要な研究者には実費だけ頂いて供給できるようになっています。遺伝子の均一な系統を共同で利用するから稔り多い研究が進むのです。

〇 世界の長寿地域と短命地域の食習慣についての国際共同比較研究

岡部 人間については脳卒中ラットのような実験はできないので、世界の長寿地域と短命地域の食習慣を比べて疫学的に血管障害と栄養の関係を調べる必要があるとの問題提起をWHOに対して行なわれたのですね。紆余曲折を経てそれが認められたというお話ですが、このように世界25カ国、61地域で1万人以上の人々を対象とした壮大な世界規模での調査研究をやろうという発想はどのようにして出てきたのでしょうか。冒険好きの欧米人にも先生のような「冒険病理学者」はいないようですが。

家森 WHOにお願いして世界調査を始めたのは、ネズミでは実験して脳卒中が予防できると証明できても、人間では実験的に違う食事をして貰って脳卒中が予防できることを証明するのが難しいからです。そのうえ、ネズミで脳卒中は予防できると報告しても、ヒトでは違うと言われるわけで、自分で世界中の調査をしなければならないと思ったのです。

岡部 WHOもネズミのデータで説得されたのですか。

家森 そうです。ネズミのデータでWHOの専門委員の方々を説得しました。この研究に参加いただいた世界中の人を説得したのも、ネズミのデータです。WHOが世界中で行なう研究には協力してくれましたが、資金の100万ドルは、WHOのために我々が日本で寄付を集めたのです。まず、日本心臓財団の岩佐凱実理事長にお願いして、この財団のお世話で講演会を各地で開き、一人あたり1,000円ほどの寄付をお願いし、二年間をかけてついに30万人の方々から協力を得ました。
 そうするうちに、心がけがよかったのでしょうね、神風吹いたのです。寄付集めを始めた時には1ドル280円であった為替レートが最終的には150円に切り上げられ、結局1億5,180万円をWHOに寄付してスタートできました。WHOの錦の御旗があるから、堂々と世界の僻地にまで行けたわけです。

岡部 そのように大規模な研究は疫学研究の範ちゅうに入るわけですね。疫学研究と臨床研究との違いというのは、要は集団を相手にするか、個々人を相手にするかの違いでしょうか。

家森 それと、もう一つあります。昔の疫学研究には厳密さが欠けていました。聞き取り調査が中心でしたから。私のこの研究は臨床疫学です。エビデンスとして、人間の尿と血液と血圧など、実証可能な臨床データしか信用しないのです。

岡部 そうすると、臨床研究とまったく変わらないわけですね。

家森 それだから大変でした。マサイ族からいきなり採血しようとしてごらんなさい、ぶっ殺されてしまいますよ。患者さんは、自分が病気だから、採血されても文句を言いませんが、元気な人から採血して、24時間の尿を集めてくれと頼んだら、みんな文句を言います。臨床科の先生方からは。まる一日の24時間尿などは集まるはずがないと冷笑されましたが、24時間尿を集める装置を工夫し、あとは熱意で集めることに成功しました。

岡部 日本国内でも、秋田とか沖縄を比較すれば、そういうことはできるわけですね。

家森 もちろん、国内でもやりました。でも、それだけでは世界には通用しないのです。それは日本人だけの話ではないかということになって、世界の学会を説得することはできません。人種差もあるし、当時はヨーロッパでもアメリカでも、塩の摂り過ぎが体に悪いという説は一般的ではなく、否定されていたほどです。欧米人だけを調べても、塩の摂り方にごくわずかの差しかなく、疫学的に塩分の摂り過ぎで血圧が上がるなどは実証できてなかったのです。

岡部 日本の学会では、すんなりと認められたのでしょうか。

家森 国内では、塩を摂り過ぎる地域が多く、認める人も沢山おられました。しかし、循環器専門の臨床医ほど認めない。自分たちが患者さんのことは一番よく知っているという自負があるのです。やはり、疫学的研究については、必ずしも信用をされないのが実情でした。

岡部 でも、先生の疫学研究は、厳密さの点では、臨床研究と何ら変わらないわけですね。

家森 そうです。だから、それでやっと説得できたのです。世界中61地域で24時間採尿して血液を集め、血圧計だけで客観的に血圧を測定した研究はこれまでになかったのです。だからこそ、このデータを持って行ったら、みな黙るようになりましたが、ここまで到達するのに20年を要しました。

岡部 それは疫学的な基礎研究と臨床研究を噛みあわせるという土壌が、日本では欠けていたということなのでしょうか。

家森 そういうことだと思います。今でこそ、基礎的な研究を臨床研究にうまく発展させる「トランスレーショナル・リサーチ」という研究手法が非常に高く評価されるようになって来ましたが、20年前にはそのような考え方はなかったのです。ネズミの研究で何を言っているのかと、いたって冷ややかな目で見られることが多かったようです。

〇 健康長寿のための6ヵ条と「健康ひょうご21」

岡部 この研究の結果として提唱されています「長寿のための6ヶ条」は何れも説得力があります。中でも「減塩」と「大豆などの蛋白摂取」は一般的な喫煙率の抑制やBMIなどの健康指標の改善と同等ないしはそれ以上に重要ではなかろうかと考えますが。

{長寿のための6ヵ条}
第1条 魚や肉をバランスよく、しかも内臓まで食べる
第2条 大豆などの豆類やナッツ類を摂る
第3条 野菜、くだものをたっぷり食べ、海草も利用する
第4条 乳製品を積極的に摂る
第5条 動物性脂肪は摂り過ぎない
第6条 過剰な塩分は寿命を縮める

家森 それは、これからの課題です。脳卒中ラットを用いて、餌の塩分を抑え良質の大豆蛋白を加えると、二倍も三倍も長生きをするという事実が動物実験で証明されました。しかし、このことを人間で実証するのは大変です。そこで考え付いた研究が世界の長寿地域と短命地域での食事内容によって、脳卒中の発生率や平均寿命がどう異なっているかを確認する研究手法でした。

岡部 この研究の成果として提示されています「長寿のための6ヵ条」は、これを実行すれば健康長寿に繋がると思うのですが、政府が推し進めています「健康日本21」の目標には必ずしもすべてが反映されてはないですね。

家森 そこで、まず日本の20分の1を占める兵庫県では、平均寿命が全国で男27位、女38位(平成12年)と低位にあるので、これを改善すべく「健康日本21・兵庫県版」を国と相前後して作りました。当時の貝原知事から県の「健康財団」に入って県民の寿命が伸びるようアドバイスをしてほしいと頼まれましたので、「健康ひょうご21」の「食と健康」第一条に「塩分半減、素材の味を楽しもう」と入れて貰いました。

岡部 「健康日本21」とはどう違うのでしょうか。

家森 内容がより具体的です。しかも、「健康日本21」には、成果をモニターするシステムが整っていません。成果を挙げるには、結果の検証がポイントです。

岡部 健康日本21」でも、減塩については現状の一日12.5gに対し数値目標として10g以下と掲げ、WHOはそれより低い6g以下としています。ところが、検診でも塩分摂取量の測定は行なわれず、飲食店や食品業者が塩分量を表示するといったことも行なわれていません。私自身も塩を一日何グラム摂取しているのか知りようがなく、どの程度減らしてよいのかも分かりません。先生の研究では、世界中の被験者から24時間分の尿を集めて塩分の摂取量を測定しておられるということですね。

家森 我々が開発した「ユリカップ」という採尿器はビールの小型ジョッキの大きさで持ち運びでき、毎回は排尿した量のちょうど40分の1を二重底の下に納めた小さなカセットに貯めて、日本の検査センターに持ち帰りました。尿中のNaの量から、塩の一日摂取量やその他野菜摂取のマーカ、カリウムや大豆、魚、肉や蛋白質全体の摂り方も簡単に分かります。

岡部 人間ドックなんかでも、コレステロールや尿酸値などは測定してくれますが、肝心の塩分の摂取量は検査してくれませんね。

家森 24時間分の尿を集めるのに手間が掛かるからです。臨床でも、24時間分の尿検査に医療保険が適用されるようになったのは比較的最近のことです。

岡部 それなら、少なくともメタボリック・シンドロームの疑いがある人についてくらいは、24時間分の尿検査をして塩分の摂り過ぎに警鐘を鳴らすべきではありませんか。

家森 そうです。今の検診はそういうシステマティックなことをやっていません。私どもは今の検診のやり方は「病気作り検診」と言っているのです。検診を繰り返し、繰り返しやっているうちに、検査データが悪くなって、それ病気になりましたと言うだけです。検診は病気にならないためにするものですから、さきの兵庫県では「健康づくり検診」というのを広めようとしているのです。

岡部 兵庫県では24時間分の尿を全量採って検査するのでしょうか。

家森 すでに始めていますが、予算もつかないので、最初はなけなしの研究費を使って国際共同研究でやったと同じ方法で始めたのです。

岡部 兵庫県民全員を対象にやるには、そうはいかないですね。

家森 そうです。最初は3市町を決めて、サンプリングで始め、9市町に広げました。全県民に拡大するのはこれからの行政課題です。塩分だけではありません。私どもが講演をすると、聴衆の皆様から野菜の摂り方は十分か、大豆は十分摂っているか、魚は十分でしょうか、心筋梗塞の予防はできるでしょうかなどを知りたいという要望が出ます。24時間分の尿を分析すると、これらは全部分ります。たとえば、魚の摂取量はタウリンの量で分るわけです。

岡部 尿の24時間分全量検査をするとなると、分析に相当費用が掛かるのでしょうか。

家森 ナトリウムとかカリウムの測定だけなら非常に安上がりです。ただ、イソフラボンとか、タウリンとかまで測定するとなるとかなりお金が掛かります。国際共同研究ではそれを全部やりましたが。そこまでやらなくても、食塩を何グラム摂っているのか。野菜は十分に摂れているのか程度の検査であれば簡単で、非常に安上がりです。兵庫県では、そういうシステムを導入してモニターし、「健康ひょうご21」も、5年経ったので、今ちょうど中間の折り返し点に来ました。
 兵庫県のこのデータは、今度国際高血圧学会(福岡)と第一回の国際公衆栄養学会(バルセロナ)で発表します。この検診をはじめてから、食塩の摂取量は平均して一人一日2グラム減りました。2グラムぐらい減っても大したことではないと思われるかも知れませんが、兵庫県の山間部では一日14グラム摂っていました。
 国際比較研究の結果から推測すると、塩の摂取量が7グラムか6グラムまで下げると、脳卒中の発症はゼロになるのです。要するに、14グラム摂っている人が、半減して7グラムまで下げたら、もう脳卒中では死ななくなるわけです。あと7グラムのうちの2グラムをすでに減らせたわけです。7分の2、目標値に近づいたということは、これうお続けると3割近く脳卒中が減る勘定になります。
 一日一食だけ世界中のデータに基づいた減塩献立の健康弁当に変えるだけで、なんと3グラム減らせるのです。四週間、この健康弁当をずっと続けていただいたら、それは7分の3まで到達しているわけですから、これを続けると4割も脳卒中を減らせます。
 国民医療費32兆円のうち、脳卒中の直接の医療費だけで、1.7兆円が使われています。ほかに脳卒中から寝たきりになったり、認知症になったりするケースも多いですから、かなりの医療費節約になります。

岡部 24時間分の尿検査の重要性はよく分かりました。ところが、今までそういう検査はせずに、日本人一人当たり平均の塩分の摂取量が12.5グラムである、前年より0.5グラム増えたという統計数値が出ていますが、それはどうして分るのでしょうか。

家森 あれは国民栄養調査という聞き取り調査に基づいて、食べた食材に含まれている塩分の量を推計したものです。

岡部 そうでしょうね。聞き取りで何グラム摂っていると答えられる人は一人もいないはずですから。

家森 もっとも、この調査でも大変な労力を使って聞き取っています。しかし、サンプリングですから、限界があります。

岡部 尿検査でも、検査の前日に、塩分をぐっと抑えたら、小さく出るわけですね。

家森 もちろん、そうした努力の結果は出ますが、個人のそうしたバラツキはあっても、集団の平均値は、いつもその集団の特性をあらわす一定のところに収斂します。

岡部 それが疫学ですね。ところで、食塩に代わる体によい調味料は開発されないのでしょうか。最近では、塩化カリウム、塩化マグネシウム、食塩を一定割合で配合した食卓塩などが、一般向けに市販されているとも聞きましたが、あまり知られてはいませんね。

家森 私どもは、塩化カリウムが1981年に、その当時の厚生省に食品添加物として初めて認められた時に、その根拠となる研究をしていました。塩化カリウムで塩を作ればよいのです。現に、塩のない海から遠いところに住んでいる南米のヤノマモ・インディアンはカリウム塩を塩として摂っています。だから、米国では、以前から塩化カリウムが食塩の代替品としての使用が認められているのです。北欧では、カリウム塩を加えた「健康食塩」が広く使われています。

岡部 わが国で普及しないのは、やはり減塩教育が徹底していないということでしょうか。

家森 教育も足らないし、医師も協力しないのが現状です。米国では医師が混合塩を勧めています。「あなたは血圧が高かったから、塩化カリウムを4割配合した「モルト塩」を使いなさい」と勧奨するのが常識となっています。摂取するナトリウムとカリウムの比率を変えることによって脳卒中が防げるという疫学研究のデータも出ています。

岡部 減塩以外の食事では何が長寿にもっとも貢献するのでしょうか。

家森「健康ひょうご21」で、食の健康長寿の目標として掲げた対策は、絞りきって三つにしました。減塩のほかに、ご飯と大豆です。
 なかでも、大豆が非常に大事だと思っています。国際比較研究の結果も、結局日本人の健康 長寿の原因は、お米を食べて日本の食文化の特色であるお魚と大豆、それに。野菜を多く摂っていることに帰着します。これは、日本に限らず世界中の長寿地域に共通していることですが、日本はダントツに魚の消費量が多く、大豆もたくさん食べています。

〇 予防医学の重要性

岡部 循環器系のメタボリック・シンドロームの予防のポイントはよく分りました。それを実践するうえで一番大事なことはどういうことでしょうか。

家森 まず検診で状況を把握する「診る」、「学ぶ」、「行う」の、この三つが大事であると、兵庫県では言っています。今や、医療でもその人に合ったテーラーメードの医療を受けなければなりません。テーラード・メディシンと言いますが、要するにその人の遺伝子に合った食事を摂り、お薬を使わないといけない時代になって来ました。予防法も同じことです。ストレス反応性の遺伝子を持っている人にはストレス対策をする、食塩反応性の遺伝子を持っていたら食塩をコントロールするといった対応です。

岡部 そうすると、まず検診項目にそれらの指標を入れないといけませんね。

家森 そうです。そういう病気にならないための健康づくりの検査項目を検診の中に採り入れなければなりません。そういうことにお金を使うたほうが、医療費節減に役立ちます。節約できる医療費は脳卒中だけでも年間1.7兆円ですから、先ほど申したように塩の摂り方を減らせば、すくなくとも、この20から30パーセントは予防で、減らせるわけです。追加の検診費用は24時間分の尿を調べるだけですから知れています。兵庫県で、それを実証できるのではと期待しております。

岡部 それにしても医師からそのような声をもっと大きく上げてほしいものですね。

家森 残念ながら、これまでの医師にはその力がありません。本当に申し訳ないことですが、医師はそういう予防栄養学の知識は、勉強していないのです。それもやむを得ないところがあります。食べ物の栄養や減塩で脳卒中が予防できる、食べ物にそれだけのパワーがあるというのは、私どもの研究でやっとエビデンスが得られて証明できたばかりです。したがって、昔の医学教育にもなかったし、また薬のほうがすぐに効くに決まっていますから、将来に効果がようやく顕れる栄養のことなどに医師は関心を持ちません。

岡部 先生のような志を持った後継者はたくさんおられないのでしょうか。

家森 私も昔は臨床医になりたいと思っていたように、医学部を出たら皆臨床医を目指します。予防栄養学で紫綬褒章をいただいた医者は私だけではないでしょうか。現在の医学部では栄養学の教育研究はかなり進んでいますが、昔は生化学の中で教えたり、臨床では糖尿病の専門のところで教えたりするだけでした。最新の遺伝子分野の成果と合わせて、遺伝子による予知から栄養による予防へと進む「予知・予防医学」が、真に病気をなくす医学としてますます発展することを願っています。

岡部 それが健康づくりの根本でしょうから、先生のますますのご活躍に期待しております。

(2006年11月、医療経済研究機構発行 ”Monthly IHEP”No.148 p1~10 所収)

コメント

※コメントは表示されません。

コメント:

ページトップへ戻る