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ハーバード大学経営大学院教授レジーナ・E・ヘルツリンガー氏とのIHEP巻頭インタビュー ~消費者が動かす医療サービスのあり方 

                     
話し手:ハーバード大学経営大学院教授 
レジーナ・E・ヘルツリンガー氏
聞き手:医療経済研究機構専務理事 岡部陽二  020501withProgHerzlinger.jpg

 

 

 

 


 3年前に刊行されたヘルツリンガー・ハーバード大学経営大学院教授の著書"Market-Driven Health Care"は、この種の医療経済の専門書としては空前のベストセラーとなり、注目を浴びております。
 今回は、ヘルツリンガー教授に本書出版後のアメリカの状況を中心に、今秋に出版が予定されております"Consumer-Driven Health Care"の主題となっております消費者が動かす医療サービスのあり方と医療の質の向上策などについてお伺いました。                                        

〇 "Market-Driven Health Care"(邦題;「医療サービス市場の勝者」)について

岡部 先生の書かれた、"Market-Driven Health Care" は米国ですでに10万部以上売れたと聞いていますが、この本で先生が提唱されました「消費者一人一人が自助努力をしなければならない」とか、「医療機関はフォーカスト・ファクトリーでなければならない」といった点については、どのように受け止められたのでしょうか。

ヘルツリンガー フォーチュンやウォールストリートジャーナル、エコノミストといったビジネス誌はこの本に大変好意的な書評を書いてくれました。しかし、医療政策の専門家にとってはこの本はあまり気に入らなかったようで、ヘルスケア政策のある雑誌の一つには、「消費者の神聖視」との見出しで私の本の内容を鋭く批判する書評が載りました。

岡部 「消費者の神聖視」とは、具体的にはどのような論評であったのでしょうか。

ヘルツリンガー 「消費者の力を過信している」との主張でした。ヘルスケア専門家の考えでは、「消費者には専門家のサポートが必要であり、専門家がいなければ消費者は散々な目に遭うだろう」とのことでした。
 その頃は、「人々はヘルスケアに大変関心があり、彼らはヘルスケア・システムを自らの手で管理できるので、消費者は団結して行動すべきである」との私の主張は大変変わった考え方であったのです。マネジドケアやHMOがすべての問題を解決できるというのが、当時のアメリカの一般的な考え方でした。

 マネジドケア・HMOについて

岡部 これまで、米国ではほとんどの医療経済学者がマネジドケアこそが医療の効率を高め、医療の質の向上にも貢献してきたと主張されていたかと思います。

ヘルツリンガー この本を書いた当時は、確かにそうでした。しかし、私はこの本の中でマネジドケアの崩壊を予想しました。実際、私が本を出版した6ヵ月後に最初のマネジドケア会社が倒産しました。
 現在のマネジドケア会社は、加入者の希望にあわせて選択の自由を与えており、もはや医療を管理する会社ではありません。当時から私はそうなることを予想しておりましたが、それが実際に変化として起こったのです。私はこの本が医療システムを動かす力を消費者に与えることの重要性を広く一般に認識させた意義は大きいと思っています。

岡部 マネジドケアの変質は日本にも伝わってきておりますが、米国では医療保険の80%以上がマネジドケア型に変わっており、実費償還の旧来型であるブルークロス保険の市場占有率は非常に低い現状にあります。医療保険の流れがマネジドケア型から旧来型へと再び変わる方向に向かうのでしょうか。

ヘルツリンガー 消費者が動かす市場では、医療保険会社はさまざまなグループの人たちのニーズに合わせた保険商品を提供しなければならなくなるでしょう。20代・30代の人にとってよいものと、50代の人にとってよいものとは違うのです。また、糖尿病患者やガン患者にとってよいものと、そういった疾患にかかっていない人にとってよいものとは違うのです。
 それぞれのタイプのニーズに合わせて、非常に高度に差別化された保険商品を提供していく必要があります。あらゆる医療保険の契約給付内容が同じで、自己負担額も同じ、サービスも同じというのでは競争は起こりません。

岡部 「競争」の必要性は理解できますが、米国では既にHMO方式の医療保険会社数社の寡占状態にあるのではないでしょうか。

ヘルツリンガー 確かに寡占状態にありますが、保険業界への新規参入に障害はありません。米国では私たちが医療機関と組んで医療保険会社を興したいと思えば、簡単にできます。なぜ簡単かと言えば、保険業界では保険金を支払う前に保険料が入ってきます。
 情報システム等の初期投資は必要ですが、病院を開業する際に多額の設備投資が必要になるのとは比較にならない小額で十分です。実際、私はある起業家精神に富んだ保険会社の取締役になり3年が経ちましたが、現在のところ黒字になっています。

〇 DRG/PPSの利用について

岡部 先生はマネジドケア否定論者ですから、その当然の帰結でしょうが、この本ではDRG/PPSについてはまったく触れられておりません。DRG/PPSについては、どのようにお考えでしょうか。

ヘルツリンガー 私はDRGに医療費支払方式を組み合わせたDRG/PPSは誤りだと思います。民間の医療保険会社やメディケアの保険者である政府が価格を設定し、効率的な市場を作ることはできません。
 サービスを提供する医療機関には、よいところとそうでないところがありますが、保険者は価格設定の際に医療機関の良し悪しを知りません。サービスの質についてあまり知らない買い手が価格を設定すると、提供者間の競争を抑えることになるので、私はDRG/PPSには反対です。

岡部 しかしながら、ヨーロッパ諸国やオーストラリアではDRG/PPS採用に移行しようとしています。また、日本でもDRG/PPSの試行をはじめています。あまりうまくは行ってはいないようですが。

ヘルツリンガー 米国でDRG/PPSが成果を上げたという実績はありません。医療費の上昇を抑える手段として、マネジドケアではDRG/PPSがこれまで活用されてきましたが、ヘルスケアのコストは上昇を続けていますし、質が上がったとの結果も出ていません。慢性疾患患者の問題が解決したとの結果も出ていません。

〇 「消費者が動かす医療システム」とは?

岡部 DRG/PPSに代わる診療報酬の支払方法はどのようなものでしょうか。

ヘルツリンガー 医療サービスにお金を支払う消費者が動かすシステムの構築です。消費者に保険商品の選択肢を数多く与え、経済的な破滅から身を守るために医療保険を買うという方向になることです。高価な義歯を作ってくれる歯科医に通えるようにする保険というのではなく、住宅火災保険のようなカタストロフィーに備えるための医療保険という意味です。

岡部 消費者の選択肢を増やすことと医療の質を高めることとは、どのように結びつくのでしょうか。

ヘルツリンガー 医療費を抑制しようとする場合に問題となるのは、病気を抱えた方々です。これまで、この方々は総じて質の低いケアしか受けておりません。その理由は、ヘルスケア・システムが供給者主導、つまり、医師や病院、製薬会社によって動かされてきたからです。消費者が動かすシステムでは、消費者のニーズを一元的に満たすためにフォーカスト・ファクトリーへと医療の供給者側が自己再編を迫られます。
 また、現在の保険会社は加入者全体の平均的な保険料を加入者一人一人から受け取っています。保険会社は病気の人からはもっと多くの保険料を受け取るべきであり、また、健康な人から受け取る保険料はもっと少なくすべきだと考えています。
 現在のように平均的な保険料を受け取っている保険会社にとっては、健康な人のみ相手にしたいというインセンティブが働く一方、病気の人の加入を避けた方が有利になります。

岡部 医療保険料に格差を設ける場合、メディケイドやメディケアといった公的保険でカバーされている貧困者や高齢者は別として、民間医療保険が主体の壮年層の間での公平感が問題となると思いますが。

ヘルツリンガー アメリカでは医療保険料の大部分は雇用主が支払っています。雇用主は全従業員に対して平均的に支払うのではなく、保険会社に対し病気を抱えた従業員にはこれまで以上に多額の保険料を支払う一方で、健康な従業員の保険料支払いを少なくすればよいのです。
 このような保険料格差の設定が保険会社にとっては、病気を抱えた従業員に質の高いケアを提供することに関心を持たせる強いインセンティブとなります。

岡部 高齢者に対してこの考え方を取り入れるのは、無理があるように思うのですが。

ヘルツリンガー 高齢者の全員が病気ということではありません。すべては80~20の法則に従っています。高齢者の20%が、高齢者全体にかかる医療コストの80%を占めていることは確実です。この20%の方に的を絞り、保険会社がこの病気の方へ関心を持ち、よいケアシステムを作り出すように医療提供者を動機付けるようなシステムを作り出せばよいのです。このようにすれば、医療の質は今よりも大幅に改善されます。

岡部 このような考え方がアメリカ人の多くに受け入れられるのでしょうか。これは、病気の有無を理由にした差別に当たるのではないかと懸念しますが。

ヘルツリンガー これは差別ではありません。医療保険の加入者が病気であれば、保険料の支払は当然に増えて然るべきです。
 ここで考えなくてはならないのは、保険料を支払うのは従業員や高齢者個人ではなく、雇用主や政府であるという点です。病気の従業員の保険料を引き上げても、健康な従業員の保険料を引き下げれば、雇用主が負担する保険料の総額は変わりません。
 しかしながら、現在の保険料体系では保険会社は病気のある加入者を避ける傾向があります。保険料の体系を変えることで、病気の加入者はよりよい医療を受けることが可能となるので、結果として保険金として支払われる医療費の総額は下がるでしょう。病気の人に対する医療の質を高める唯一の方法は、保険会社に対して支払う保険料を病気の人の分はより多く、健康な人の分はより少なくすることです。医療の質が高まるのですから、これは病気の人の対する差別ではなく手助けとなるのです。

岡部 そのような保険の仕組みになると、保険料を負担する企業は負担する保険料の高い病気のリスクを持った人を雇わなくなるのではないでしょうか。

ヘルツリンガー その危惧はあります。今は、企業は病気の人も雇っていますが、それは病気であることを知らないからです。私の提案しているシステムでは、誰が病気で誰が病気でないかが明らかとなります。ですから、政府の重要な役割として、保険会社に個々人のプライバシーを守らせ、病気であるかどうかの個人情報は雇用主にはわからないようにすることが必要です。                                             

                                              (取材/編集: 広森、石井)

(2002年5月医療経済研究機構刊行「Monthly IHEP(医療経済研究レター)」 No.98 p2~5所収)

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