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国立がんセンター名誉総長垣添 忠生氏とのIHEP有識者インタビュー
「がんの罹患率と死亡率の激減を目指した対がん総合戦略の課題」

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話し手:  国立がんセンター 
名誉総長 垣添 忠生

                                      聞き手: 医療経済研究機構
 専務理事 岡部 陽二 

 今回は、国立がんセンター名誉総長の垣添忠生先生に、わが国のがん対策、とりわけ、がんの予防・検診に絞って、その課題をお伺いしました。
 垣添先生は、政府(厚労省と文科省)が2003年に策定した「第三次対がん10ヵ年総合戦略」の立案に当たっての中心的役割を果たされました。この総合戦略は、①がん研究の推進、②がん予防の推進、③がん医療の向上と社会環境の整備をカバーする広範な計画となっております。引き続きその後にがん対策基本法に則って2007年に厚労省内に設置されました「がん対策推進協議会」の会長として、わが国のがん対策戦略を精力的に指導しておられます。
 垣添忠生先生は、1967年東京大学医学部医学科卒業。都立豊島病院、医療法人藤間病院外科に勤務ののち、1972年東京大学医学部泌尿器科助手。大学の勤務終了後、夜間に国立がんセンターの研究所に通って膀胱がんの基礎研究に親しまれました。1975年に国立がんセンター病院泌尿器科に勤務、1987年に同病院手術部長、第一病棟部長、副院長を経て、1992年病院長、同年中央病院長、2002年4月、総長に就任されました。昨年4月に名誉総長になられ、同時に財団法人日本対がん協会会長に就任されています。
 この間、国立がんセンター田宮賞,高松宮妃癌研究基金学術賞、日本医師会医学賞などをご受賞。ご著書には、『図説・膀胱がんの臨床』(メジカル・ビュー社)、『患者さんと家族のための がんの最新医療』(岩波書店)『国立がんセンター発・がんを防ぐ』(主婦の友社)など多数あります。

「第三次対がん10ヵ年総合戦略」の策定、「がん対策基本法」の制定と「がん対策推進協議会」の新設

岡部 まず、先生が立案に当たって中心的な役割を担われました「第三次対がん10ヵ年総合戦略」に至るこれまでの経緯をご説明いただけますでしょうか。

垣添 ちょうど1980年代初めに、がんが遺伝子の病気であるということが、当時最先端を行く研究で分かってきました。そこで、1984年に、当時の中曽根総理の理解を得て、厚生省と文部省と科学技術庁の3省庁合同で、「第1次対がん10ヵ年総合戦略」がスタートしました。がんの病因解明を旗印とした大規模な研究プロジェクトで、かなり大きな額の研究費が投入されました。このおかげで、わが国のがん研究は、少なくとも基礎研究の領域では、最先端を走ってきました。世界的に見ても、がんの病因解明に相当程度貢献してきたものと自負しています。

岡部
 国民の3人に1人ががんで亡くなる時代になったのですから、生活習慣や環境要因などと発がんリスクとの関連について進められた研究の成果が、がんの有効な予防法や検診にも活かされるとよいですね。現状では、たばこの害以外には、食事などとがんの関連性の説明は、いま一つ徹底していないように感じますが。

垣添 基礎研究では、かなり大きな成果を上げましが、臨床面ではがんは依然として大きな問題です。そこで、1994年から「第2次対がん10か年総合戦略」が実行されました。研究対象も臨床にシフトし、がんの予防とか、あるいはクオリティ・オブ・ライフ、(QOL)の改善なども加えられました。それぞれ一定の成果は上げたものの、やはりがんは国民にとって大きな問題であるということで、2003年に策定された「第3次対がん10ヵ年総合戦略」が2004年からスタートしています。
 問題意識としては、がんの基礎研究では大きな成果を上げてきたにもかかわらず、現実問題として、たくさんの患者さんが現にがんで亡くなっている。多額の税金をがん研究に投入して、過去20年も研究してきても、依然としてがんで亡くなる人が多いという国民からの批判に応えることも含めて、「第3次対がん10ヵ年総合戦略」では、がん医療の均霑化とか、タバコ問題とか、あるいは1次予防、2次予防といったたぶんに行政的な側面も、戦略のなかに含めています。

岡部 先生は2007年に厚労省内に設置されました「がん対策推進協議会」の会長も引き受けておられますが、がん医療の均霑化といった行政的な役割まで果たされるのは大変ですね。

 垣添 しかし、これはがん対策に含めざるを得ないし、また、含めて当然のことだと私は思っています。大きな研究費が投入される以上、その成果を広く国民全体に均霑させ、わが国のがん医療のレベルを全体として引上げて行くのも、がん研究者の使命です。その部分を引っ張ってきたのが、この第1次、2次、3次の対がん10ヵ年総合戦略の意義であろうと思っています。


岡部
 この間に、国民の意識も180度変わってきたような気がします。数年前に、私が医療経済の勉強を始めた当時には、「がんを告知すべきか、すべきではないか」という議論が活発に行われていましたが、今や、「がん告知」は話題にもならなくなりましたから。

垣添 そうです。ここ約十年のうちに大きく変わりました。それでも、まだ残念ながら、一般には、がんという診断をされると、とくに自分の問題としてがんという言葉を聞くと、死に至る病であるという先入観が先立つのが実情です。
 けれども、現実問題として、この何十年かの努力によって、今は、がんになった人の半分は治るようになりました。早期に発見すれば、非常に簡単に治るという時代に入ってきたのです。その結果、明らかに、がんに対するイメージは変わりつつありますが、世間一般からすると、必ずしも納得できない部分も残っています。しかし、治る可能性が高くなってきたこと、治療が複雑化してきていることも「がん告知」が一般化した大きな理由でしょう。
 このようながんに対する国民の意識変化も踏まえて、「第3次対がん10ヵ年」総合戦略にも、たぶんに、行政的な課題も取り入れてきたのです。

岡部 そのような状況の変化はあるにしても、がんの発見が遅れて手遅れになるとか、適切な先進治療が必ずしも受けられないといった医療格差が問題視されています。これは、がんだけに特有の問題ではないにしても、がんで亡くなる人が他の病気よりも多いだけに予防や先進治療を均霑する必要性は高いですね。 

垣添 がんセンターの中央病院長を10年、そのあと総長を5年勤めましたから、いってみれば、組織の管理者のような立場を15年やったわけです。その間、私がずっと痛感してきましたのは、わが国のがん対策は、法律に基づいて組織的に進められなくてはいけないということでした。しかし、当時の厚生省あるいは後の厚労省に、繰り返しお願いをしてきたのですが、当初は全然取り合ってもらえませんでした。
 ところが、昨今では、がんの患者さんや家族、あるいは国民の声が澎湃として高まってきました。つまり、日本中のどこでがんになるかによって、受けられるがん医療にこんなに格差があってよいのかとか、医療機関間の技術格差が大きすぎるのではないか、あるいは、どこを受診したらよいのか分からないとかいった情報格差に対する国民の不満です。
 自分ががんになったとき、あるいは家族ががんになったときに、一番欲しいのは、信頼に足る正確な情報です。その情報が十分提供されていないという医療消費者からの批判です。こういった声を受けるかたちで、最終的には政治が動いて、一昨年の6月に、「がん対策基本法」が制定されました。これは、患者さんや家族、国民の声を背景にして、政治が動いた成果で、法律ができたのは、非常にありがたいことです。

岡部 「がん対策基本法」の制定は画期的ですね。

垣添 そうです。平成19年(2007年)の4月1日から施行されたこの法律に基づいて、すぐに厚生労働省が「がん対策推進協議会」を立ち上げました。通常こういう協議会というのは、がんの専門家あるいはがん医療に関わる有識者の集まりですが、この法律の中に、メンバーにはがんの患者さん、家族、遺族の代表も含めなければならないと明記されています。そういう人たちを厚生労働大臣が委員として指名するということが書き込まれているのです。法律の中にこういうことが書き込まれたということ自体、初めてのことだと思いますが、これは非常に画期的です。
 それに沿って、2007年4月から開催された「がん対策推進協議会」の議論を踏まえて、2ヵ月のうちに、国の推進基本計画案が作成されました。同年6月15日には、この基本計画案が閣議決定されています。本年度中には、都道府県がそれぞれの「がん対策推進基本計画」を策定する作業が進められていて、これもほとんど完了しつつある段階です。

岡部 都道府県別の医療計画の一つの柱として、がんを筆頭とする4疾病対策が指定されたのは、評価すべきことですが、先端医療の集約化などに対する医療界からの反発も大きいようですね。それは、がん検診の受診率とか、検診にまつわる情報に加えて、術後生存率など治療の成果まで公開されていく方向で進められていることへの批判に根差すものと伺っていますが。

垣添 都道府県単位での推進基本計画が全部まとまり、その結果が公表されるようになれば、いずれは国立がんセンターの「がん対策情報センター」が、それを一元管理し、データを全部公表していくような時代が間違いなく到来します。そうすると、県民一人ひとりが、自分の県ではなぜこんなに遅れているのか、あるいは、進んでいるとかということが、一目で分かるようになります。そうなるのが、国民にとっては、望ましいことです。

〇がん予防の課題

岡部 がんによる死亡者数は1960年代までは10万人以下でしたが、50年代以降急増し、1981年に死亡原因第1位となり、2001年にはついに30万人を超えました。がんの基礎研究や治療法の開発が大きく進歩してきたことはよく理解できますが、予防とか検診とかという面については、まだまだ、国民の意識も低く、受診を後押しするようなインセンティブもなく、法律的な裏付けも漠としたものしか存在しないのではと思いますが。

垣添 確かに、漠としたものです。私も、そこのところは残念です。ただ、がんの死亡者が増えていることに関しては、がんが一般に高齢書の病気であり、母数が急速に増えていることが一因です。

岡部 それでも、昨年施行された「がん対策基本法」は、向こう10年間にがんによる死亡者数を2割減らすという目標を掲げ、その方策として「早期発見・早期治療」を前面に押し出した闘うがん医療体制の確立を目指している点は評価できます。

垣添 予防には、1次予防と2次予防とあります。1次予防というのは、がんにならないようにするということです。がんは、生活習慣とか生活環境に根ざした遺伝子の傷がドンドン細胞の中に積み重なって発生する慢性の病気であるという理解になってきました。そうすると、生活習慣を変えることによってがんにならないという可能性が、いくつかのがんに対しては十分あるだろうということです。
 これが、非常に重要なのですが、人間の生活習慣に介入するというのは、なかなか大変なことです。ですから、強制はできないにしても、この程度のことはぜひ実行していただきたいというような、マイルドな要請は必要です。一番大事なのは、やはりタバコ対策です。タバコは、がんだけではなくて、循環器や呼吸器疾患の原因にもなっています。タバコ対策で一番の大事な点は、1箱300円くらいの値段を500円くらいに引上げることです。500円に上げると、国の税収は変わらないで喫煙率が半減するという試算もあります。もう一つは、やはり、全国に63万台ある自販機のコントロールが大事です。

岡部 値上げも有効ですが、この税収を目的税化して、がん撲滅のために使うのがポイントではないかと思うのですが。

垣添 まったく、同感です。

岡部 そうすれば、値上げでタバコが売れなくなり、税収が減るということががんの減少にも繋がって目的を達成するわけですから、こんなによいことはないわけです。タバコ税が使途を定めない一般税であるかぎり、税収は上がらないと困るので、目的税化は禁煙奨励には打ってつけと思いますが。

垣添 そうですね。タバコ税で上がってきた税収をがん対策に投入するのは、良案です。がん対策推進基本計画の中でも「喫煙率半減」というような数値目標を具体的に掲げたかったのですが、それを書くと、財務省や農水省からの反発を受けて、基本計画全体が閣議決定されないという状況判断があって、今回は見送られました。政府のメセージとして喫煙率削減の数値目標を掲げることが見送られたのは、大変残念なことです。

岡部 タバコの害以外では、ガンと食生活の関連についてのエビデンスは、明確なものが少ないように思われますが。

垣添 食生活に関していえば、これもやはり人の日常生活に介入する難しい領域ですが、あまり塩辛いものを食べないということと、野菜や果物を多く食べるということです。胃がんに関しては、塩辛いものを食べていると胃がんになりやすいというデータが動物実験でも疫学研究でもたくさん出ています。世界中から胃がんが減ってきているというのは、冷蔵庫の普及で塩蔵しなくてもよくなったという状況変化の反映だと考えられています。

岡部 わが国でも、1998年には胃がんに代わって肺がんによる死亡者が首位を占めるようになるなど、患者層の構造も変化していますが、がんの増加傾向は止まらず、最近はとくに、大腸がん、乳がんなどの増加が目立っています。その原因は、主に高齢化によるものと見られていますが、他にはどのようなものがあるのでしょうか。

 垣添 一つの大きな原因は、感染症によるがんの発症です。子宮頚がんのパピローマ・ウイルスだとか、あるいは胃がんの原因と必要条件とされているヘリコバクター・ピロリ菌の除菌とか、あるいはC型肝炎ウイルスのコントロールとか、そういう感染症対策が非常に重要です。このあたりが、予防のポイントと思います。

岡部 感染がんについても、かなりハッキリした因果関係のエビデンスが出ているのでしょうか。

垣添 そうです。たとえば、B型肝炎ウイルスあるいはC型肝炎ウイルスに感染した人が、慢性肝炎になり、それから肝硬変になり、それがさらに進んで肝がんになるというふうに階段状に悪くなっていくこともハッキリ分かってきました。B型肝炎ウイルスのほうは、わが国ではほぼコントロールされてきましたから、今は肝臓がんになる方のほぼ70%がC型肝炎ウイルスの感染によるものです。C型肝炎ウイルスというのは、非常にウイルスが変異を起こしやすく、なかなかワクチンが開発できないのです。
 感染症は治療と予防のちょうど中間領域ですが、ウイルスをコントロールする薬も何種類も出てきましたから、そういう感染症に対して、C型肝炎ウイルスに感染しても肝臓がんにはならないように、あるいは肝硬変にならないような医療的な介入はできるようになってきました。あるいはパピローマ・ウイルス16,18型に対するワクチンの投与などがあります。これは、医療の予防給付みたいなことになりますから、医療保険の適用面では大きな問題を孕んでいますが、学問的には治療と予防の併用が可能です。

岡部 大雑把な感じで、体質といった先天的な要因が、がんの原因の1/3くらいは占めているのでしょうか。

垣添 いや、何が遺伝子の傷を引き起し、がんの原因となるかいうと、タバコがだいたい30%ぐらい、それから食事が35%ぐらい、それから感染症が10%ぐらいといった感じです。先天的な、遺伝性のがんは全体の5%程度でしょうか。

岡部 タバコを一生吸っていても、がんにならない人も結構多いということは、やはり持って生まれた体質が大きく影響するということではないのでしょうか。

垣添 さまざまな病気は環境と遺伝子の相関でなるわけですから、がんもその一つであり、がんになりにくい体質の人もあることは間違いありません。

岡部 体質と後天的な外部要因とは分けて考えなければなりませんね。

垣添 そうです。本当は、リスクを要因別に分けて把握し、たとえば、検診の場合も、リスク別の検診ができると、非常に効率がよくなると思います。タバコを吸っている人と吸ってない人とでは、肺がんになる危険性は全然違います。胃がんでも、ヘリコバクター・ピロリに感染しているか、していないかでがんになる可能性に大差があります。
 それから、東邦大学の三木一正先生がライフワークにして研究されてこられた成果で、ペプシノゲンという胃の中の酵素のⅠ型とⅡ型の比率が高いか低いか、これに血清ヘリコバクター・ピロリ抗体の組み合わせによって、胃がんになりやすい人となりにくい人に10倍くらいの差があるといったことも分かってきました。したがって、なりにくい人は10年に一度胃がんの検査を受け、なりやすい人は毎年受ける必要があるといった提案がなされています。私は、こういう考え方が非常に重要だと思っています。

岡部 やはりピンポイントでいかないと効率は悪くなりますね。

垣添 予防や検診の財源は限られていますから、ピンポイントでいくのは非常に有効な方法と考えられます。検査はそんなに頻繁に受けたくはないという感情も一般的でしょうから、検査の対象を見極めてキチッと手を打っていくということが理想です。

岡部 高齢化という点では、長く生きていると細胞が弱ってきて、がんになりやすいという要因もあるのでしょうか。

垣添 いや、細胞が弱るのではなく、がんは遺伝子の傷が積み重なってできるわけですから、高齢になればなるほど、そういう蓄積が大きくなってくるということです。若年でなるがんも増えてきてはいますが、一般的にはがんは高齢者の病気という理解で構いません。

岡部 そうすると、予防とか検診の見地からも、男性の場合は50歳、女性は40歳ぐらいから、しっかりやればよいということでしょうか。

垣添 はい、その通りです。

〇がん検診促進のためのインセンティブ

岡部 2004年2月に国立がんセンター内に開設された「がん予防・検診研究センター」では、当初1年間で3,800人が受検、5.05%の受検者にがんが発見されたと報ぜられています。健康な人20人に一人のがん発見は驚くべき高率ですが、その9割は早期発見で、ほとんど完治したという実績も「がんは治らない」というこれまでの常識を破るものです。
 このレベルの検診を、国立がんセンターだけではなく、少なくとも全国の「がん診療連携拠点病院」で受けられるのが理想です。がん検診の対象者拡大策としては、どのような施策をお考えでしょうか。

垣添 一つは、検診を受けるインセンティブです。その一つは、たとえば検診で早期がんが見つかった人の治療費は現行の3割負担を2割に減免するといった対応は考えられないか、また新しい保険商品が作れないかと、ずっと言っているのですが。

岡部 それは公的保険の枠内で、検診にインセンティブを与えるという優れたアイディアですね。検診に公的な支援をするのではなく、検診を受けた人は平均的に早期発見で治療費もあまり掛からないので、自己負担を減らしても保険財政には悪影響は出ないという理屈ですね。

垣添 そうです。検診を積極的に受ければ、早く見つかって、しかも医療費が少なくて済むということであれば、それでは、受けようかという気になってもらえなるのではないかと思います。

岡部 その効果は大きいでしょうね。少なくとも、がん検診を受けた人は、がんになった場合の治療費の自己負担率を下げるというのは合理的ですね。

垣添 私はそう思っているのですが、なかなか、関係者のご理解が得られないようで、行き詰っています。最終的には、お金の問題ですから、財務省との折衝になると思いますが、厚労省の中でも、研究データで検診と治療費との相関に関するエビデンスが出てこないと取り上げにくいようです。こうした検診の医療経済面に関するデータ作りが強く求められています。

岡部 検診を受けた群と受けない群を作って、長期間の追跡研究する必要がありますね。そういった研究は、国立がんセンターの力でできるのではありませんか。

垣添 今のところはやれてないですね。今後の課題です。
 それに、がんの予防研究は、たくさんの患者さんを対象にして、長く時間がかかりますから、随分お金が掛かる大掛かりなものにならざるを得ないのです。そういう研究には、研究費が十分得られないというところがあります。わが国は豊かな国だとは言っても、アメリカあたりの研究費の膨大さに比べたら、やはり貧しい国だという感じがします。
 アメリカでは、たとえばPSA値で前立腺がんの疑いがある人が、前立腺がんを予防するフィナステリドという薬を飲むか飲まないかによって、7年後に前立腺がんに罹る率がどのくらい違うかという研究に80億円くらいのアメリカ国立がん研究所(NCI)の研究費がポンとついています。

岡部 そうすると、わが国でのがん医療をよくするためのお金の面での問題点といえば、診療報酬もさることながら、研究費をボンとつけるということが有効ということでしょうか。

垣添 やはり長期の予防研究とか、あるいは臨床試験とか、抗がん剤の効果を比較するとか、そういった研究にもっとお金をかける必要があります。金額的には、トータルで数千億円もあれば十分です。それで、いくつかの纏まった研究ができます。

岡部 それで、がんが減るのであれば、出し渋るようなたいした額ではありませんね。

垣添 国全体から考えればそうですが、でもやはり、そういうところは厳しく査定されて、なかなか通らないのが現実です。

〇がん検診の課題

岡部 がんは発病を意識しないケースが多いので、早期発見、早期治療が肝要ですが、現状では、市区町村で実施している「がん検診」の受診率は平均20%に満たず、組合健保の検診でもがんはカバーしていないところが多いようです。

垣添 がんの2次予防、検診というのは、がんになっても死なないように、要するに、検診で早く見つけて治してしまおうということです。がんが体の中にできて、それからしばらくの間は、まったく無症状です。普通は、症状が出て、初めて病院に行くわけです。でも、症状がはっきり現れるまでの期間が長いがんは、なんらかの方法で途中で見つけることが可能であり、非常に検診に馴染むわけです。そういう意味で、わが国は、胃がん、子宮頚がん、乳がん、大腸がんと肺がんまでを検診の対象としています。

岡部 検診に対する国民の意識が低いのは、早期発見で治るというエビデンスがハッキリ出ていないと疑っているからでしょうか。医師も予防とか検診の分野には、不熱心という面もあるのではないでしょうか。

垣添 いや。検診に関してのエビデンスは国際研究で十分整っています。ただ、残念ながら、わが国の、市町村を中心にした、いわゆる行政検診の受診率が、平均して20%弱というのは問題です。ただ一方で、内閣府の調査では、もう少し若い世代は職場検診を相当受けているので、それを合わせると、その倍くらいは受けているのではないかという推定もあります。
 今度の推進基本計画では、今後5年以内に受診率を50%に引上げる目標を掲げています。これを実現するためには、やはり職場検診をどのくらい受けているかという正確な実態を把握することと、それから、あとの10%から20%をどうやって上げるかということが問題です。これも結局、検診にかける予算の問題に帰着するわけです。

岡部 そうですね。検診は自己負担が原則であっても、市町村や健保組合の負担もはっきりさせないと進みませんね。

垣添 残念ながら、推進基本計画の中に、そういう費用の問題は書き込めませんでした。「特段の財政的配慮が必要である」といった非常に抽象的な表現になってしまいました。これも、具体的な予算に関連した記述をすると閣議決定されないという、先ほどのタバコの話と同じような政治的配慮の結果で、がん対策推進協議会の座長として、非常に残念な点です。

岡部 やはり、具体的なタイムリミットと予算がつかないことには、何もできないですね。ところで、健保組合によっては職場検診には結構力を入れており、人間ドック受診の補助まで出している健保組合も多いですが、職場検診もドックもがんには向いてないですね。人間ドックでも5万円も10万円掛かるわけですから、がん検診も補助の対象にすればよいと思うのですが。どの検診を受けるかは被保険者の選択に委ねればよいことです。

垣添 そうです。今度4月から、メタボ健診が始まりますが、がん検診は取り残されているのです。本当は、メタボもがん検診も両方、保険者が面倒をみるようなかたちで一元管理すると、ものすごく分かり易く、しかも実効が上がると思います。でも、結局は検診費用の問題でしょうけれど、がん検診がとり残されているというのは非常に残念です。もし両方一緒にやれないのであれば、メタボ健診は民間に委ねて、がん検診に公的負担を重点的に廻すといった政策も考えられます。がん検診は、やれば必ず効果が上がるのですから。

岡部 そうですね。

垣添 がん検診にはがんで死ぬ人を減らす効果は十分あります。がん検診ががん死を減らす上でもっとも有効な方法であると思うのですが、行政検診の受診率が20%、職域健診分を加えても30%程度という低率は、大きな問題です。
 それに加えて、非効率な検診の実態も目に付きます。たとえば、細胞診で行う子宮頚がんの検診では、初診の患者さんでがんが見つかる率は、次の年に再検査を受ける人たちよりも、約9倍くらい高いのです。つまり、初年度にたくさんのがんが見つかる。翌年度以降は、発見率がぐっと減ってしまうわけですね。その理由は、このがん検診を毎年受けないと心配だからといって、毎年同じ人がリピーターで受診するからです。国の基準は、子宮頸がん、乳がんに関しては2年に一度でよいということになっています。ですから、翌年には前年度受診者は外して、まったく検診を受けたことのない人を呼び込むようにすれば、検診の効果は格段に上がって、検診にかける費用は変わらないということになります。理論的には、極めて有効な方法ですが、それが行われていないのが現実です。

岡部 そうですね。行政だけではなく、国民の意識改革も必要ですね。組合健保も検診の費用をすべて健保が負担する必要はないわけですから、社員に検診の重要性を意識させることができれば、費用は健保が半分負担すれば、喜んで検診を受けるでしょうから。

垣添 従来ずっと視触診で行っていた乳がんの検診をマンモグラフィーという、乳房を軽く圧迫してレントゲン写真を撮って、乳房内の微細な石灰化を検出するという方法が、ようやく日本でも導入されました。これも、2年に一度でよいというのに、毎年受けたいという人がたくさんおられます。
 アメリカでは、80%近い人が40歳以降2年に一度、このマンモグラフィー検診を受けています。ところが、わが国では、毎年受ける人がいるのにもかかわらず、平均の受診率は10%以下です。この差が乳がん死の統計にはっきりと出ています。というのは、乳がん死がわが国ではずっと増え続けているのに対し、アメリカでは減ってきているのです。
 検診を受けない結果として、失わなくてよい命がむざむざと失われているというのは、非常に残念なことです。この例でも分かるように、検診の受診率を上げ、かつ、検診の精度を上げるということが、ものすごく重要です。

〇がん検診への開業医のかかわり

岡部 職場検診のほうは、なんとかなるのではという気がするのですが、問題は、がんが多い高齢者中心の市町村の検診体制ではないでしょうか。これは、費用の問題はさておいて、やはり、予防とか検診の実施する事業主体の市町村と実際に行う医師の協調体制に掛かっているのではないかと思います。場合によっては、その実施主体そのものを地域の医師会に委ねるとか、そういう発想はないのでしょうか。
 国民全体の受診率を上げるには、マスコミなどでの啓発も効果はありますが、やはり日常かかっている開業医の先生方の指導が有効ではないかと思います。この面での対策についてはどうお考えになっておりますでしょうか。

垣添 医師会の役割というのは非常に重要であると、私は思っています。ここ半年くらい、日本医師会の中で、がん検診と緩和医療の検討会をずっとやってきて、その座長を務めていたのですが、医師が患者さんに「検診を受けていますか?」という声をかけるのと、市町村役場や区役所から検診通知の葉書が1枚来るのとでは、だいぶ違う意味があるということは明らかです。医師が検診を勧めるように積極的に動くことが肝要です。

岡部 わが国の高齢者の医療機関での受診率は格段に高いわけですから、ほとんどの高齢者がお医者さんにかかっているわけです。そのかかりつけのお医者さんが「検診を受けなさい」と指示して、それでも聞かないという人はそんなにいないのではないかと思うのですが。

垣添 それはおっしゃる通り、私も非常に大事なことと思います。医師会も、ようやくそのことを認識してくれたようで、問題点の洗い出しは終わったので、来年度以降に常設の委員会を設ける方向で話が進んでいます。

岡部 お医者さんの使命からして、検診を勧めるのは当然といえば当然ですが、それにしても、やはり忙しいし、医療保険もあるわけですから、何らかのインセンティブを付けるとよいのではないでしょうか。たとえば、検診機関が一定額を紹介医に戻すとかいった仕組は考えられないのでしょうか。

垣添 現にイギリスではそうやっているようです。そのキックバックで、かかりつけ医に検診を勧めるインセンティブが働くようです。これは大変参考になると思っています。また、開業医と検査機関との住み分けをどういうふうにしていくかという整理も必要になってきます。

岡部 がん検診にかかる事務というか検診事業自体を、地域の拠点病院に委ねてしまうとかいった方式も考えられのではないでしょうか。

垣添 そうです。現在、国は351病院をがん拠点病院として指定していますが、がん検診を行っているのはその一部でしょう。それ以外にも、日本対がん協会の支部で行っているような質の高い検診があるのですが、それだけでは、本当に50%以上の方ががん検診受けるとなると対応しきれません。ですから、そうなると、やはりがん拠点病院の一部にそういう検診部門をちゃんと設けるとか、そういうこともしていかないとカバーしきれないのではないかなと思っています。
 今までは、とにかく、個別に対応してきたのですが、がんの患者さんや家族、あるいは広く国民と、医療従事者と、それから行政、政治が、がん検診に関しても同じ方向を向いてきたので、今はまさに、それを進める非常に大事なポイントに差しかかっているものと思っています。

岡部 検診のエビデンスとしては、国立がんセンターが3年前に作られた検診センターで、もうかなりの成果が出ているわけですから。

垣添 はい。ただ、国立がんセンターでの検診は、ある程度豊かな人が自分のお金を払って検診を受けることができる仕組みです。検診を自発的に受けたいと思う人だけの集団であるという点で、バイアスがかかっています。それにしても、通常行っていない精密な検診手法を取り入れて、その効果を実証する研究で、受診者の5%、20人に1人という、非常に高いがん発見値が出たことには意味があります。これが、男性50歳以上、女性40歳以上の集団全般にとった場合に、どういう値になるのかという点は、もう少ししっかり研究する必要があるということで、今一生懸命やっているところです。でも、初年度1年間でそれだけのがんが見つかったということは、やはりゆっくり増殖するがんがたくさんある証左にはなります。

岡部 がんセンターの検診料金はPETを外すと8万円で、人間ドックの費用と大差はありません。この検診に近いような検診は、各地の拠点病院のセンターでも可能ではないのでしょうか。

垣添 それは、全国の拠点病院でも十分できると思います。PETまでは必ずしも受ける必要はないと思っています。PET検査はそれを受けたい人が、自己負担で受診する方式で十分です。PETと他のがん検診とは相補的な関係にありますら、PETもやれば完璧だとは思いますが。

岡部 先生ご自身、大腸がんと腎臓がんとがんを二度も経験され、いずれも早期発見・早期治療で克服されたものと伺っております。それもPETで見つかったのではなかったのですね。

垣添 そうです。PETではなく、1回は職員検診での便の潜血反応で疑われ、それで内視鏡検査を受けたら大腸がんが見つかったのです。ポリープを取った一部にがんが見つかったということですから、ほとんどがんという意識をしないうちに治ってしまいました。もう一つは、検診センターを立ち上げて1年経ったところで、私もお金を払って受けたところ、PETでは陰性でしたが、超音波のエコー検査で、偶然、腎臓がんが見つかったのです。このように、PET検査で分からないがんもあります。

岡部 そのようですね。膀胱とか脳とかはPETでは全然分からないようですね。

垣添 はい。でも、早期発見で非常に小さいがんでしたから、片方の腎臓の1/4くらいを切除する部分切除で済みました。

岡部 私もがんセンターで早速に検診をお願いしましたが、幸いにも95%の中に入れていただきました。

垣添 私はそろそろ3年くらいになるので、この4月くらいに受けようかなと思っています。

岡部 私も、もうこれで4年経ちましたので、来年ぐらいにはもう一度お願いしようかなと思っています。カバー率50%以上が目標の検診体制は、国民がその必要性を理解すれば、自分自身のためですから、そんなに難しいことではないように思いますが。

垣添 国民ががん検診の必要性を理解して、それに対する公的サポートの基盤整備にどれだけ税金を投入するとかという政治の問題です。検診の基盤整備にお金を投入することをよしとするか、しないかということになってくるのではないかと思います。われわれ医療従事者が、いくら、こういう必要があると叫んでも、なかなか取り合ってもらえません。ですから、やはり、受益者である患者さんとか家族とか、あるいは健康だけどもがんを心配する人たちに声を上げていただき、それが最終的には政治を動かす力になるというプロセスが必要です。

岡部 そのとおりですが、これだけテレビとかインターネットとか普及しているわけですから、広報をしっかりやられたら、国民は理解すると思いますが。テレビの健康番組はみな、よく見ているようですから。

垣添 確かに、広報というのは、もっとも基本的で大事な手法です。もちろん、がんセンターも一生懸命努力しますし、それから、たとえば公のがん対策情報センターから提供する情報以外に、たとえば、対がん協会などの民間でもたくさん情報提供をしていますからね。それらの組み合わせで、ありとあらゆるところで情報を提供していくことが非常に大事だと思います。

〇「日本対がん協会」の活動

岡部 先生が会長を務めておられます「日本対がん協会」は、がんの早期発見や早期治療、生活習慣の改善によって、がんの撲滅を目指そうという趣旨で1958年に設立された由緒ある団体です。この協会の「21世紀の指針」では「禁煙の勧め」を重点目標のひとつに掲げ、広報活動を広げておられますね。

垣添 日本対がん協会の目的は、がんに関する知識の普及・啓発、がん検診の推進、がん検診施設の整備、がん検診専門家の育成研修、がん調査研究への助成など多岐にわたっていますが、今のところ、タバコ対策とがんに関する情報提供を中心にやっています。これまでは、電話相談を、2チャンネルで行っていたのを、今年中に5チャンネルに増やし、午後だけやっていたのを午前中にも拡大します。

岡部 このがん相談は無料で行っておられるのですか。

垣添 そうです。無料です。対がん協会は今年の9月に設立50周年を迎えます。それで、この無料相談の電話がなかなか繋がらないとの苦情が出ていますので、50周年記念事業で、これをできれば10チャンネルまで広げようと計画中です。10チャンネルにするためには、電話口に出て相談に応ずる人たちが15~16人は要りますので、結構人件費が嵩みます。

岡部 この相談員はかなりの医学知識を持った方でないと務まりませんね。

垣添 そうです。医師もボランティアのかたちで加わってもらっていますが、全員専門のトレーニングを受けていただいたプロを揃えています。それから、患者さんあるいは家族から直接相談を受ける面談相談もやっています。1単位30分でじっくり話を聞くがん相談です。私も月に一度出て、1回30分ずつ、4家族から2時間、お話を聞いています。 ずいぶん遠くから見える方もありますが、相対でこういうふうに、がんの相談に応じるのは好評です。できれば、地方の支部でもそういう面談相談を広げていきたいと考えています。そういう情報提供というのは、これからの、対がん協会の非常に大きな役割です。

岡部 対がん協会の活動は、朝日新聞を中心とする民間団体や個人などからの寄付で支えられているものと承知していますが、年間の活動予算はどのくらいになっているのでしょうか。

垣添 年間5億円程度と、まだまだ小規模です。アメリカ対がん協会は、年間予算が1,300億円と大きく、企業献金もありますが、凄まじい額のお金を国民から広く浅く集めてきて運営されています。基本的にアメリカの場合には、このような活動の背景がボランティア精神と寄付による支援にあり、わが国とはだいぶ違うのです。

岡部 彼我の差が大きいのは、驚きです。わが国でも、昨年の税制改正で寄付金控除枠が若干拡大されましたが、まだまだ不十分ですね。

垣添 朝日新聞が設立母体ですから、宣伝もしていますが、一般の人の認知度は低いのも問題です。アメリカでタクシーに乗ったときに「対がん協会を知っていますか?」と聞くと、タクシー運転手の半数以上は知っています。

岡部 そうですか。これだけ意義のある活動ですから、寄付集めにも力を入れていただきたいものです。

垣添 それから、もう一つは、アメリカ対がん協会とか、国際的にはUICCといった団体との国際協力をドンドン進めていくということが必要です。去年の3月から、この協会の会長になりましたので、がん検診の推進と情報発信、それに国際協力の3本柱で組織を立て直して、政府とも連携をとりながら、官ではできないことを民間の活力で進めていきたいと思っています。

岡部 確かにタバコ対策などは、国がやりにくいのであれば、対がん協会が推進していくといった連携には意味がありますね。
 先生のますますのご活躍に期待しております。ありがとうございました。

(2008年5月、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター・Monthly IHEP」No.168, p1~12所収)             

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