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      <title>1.作品用管理画面</title>
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      <description>岡部陽二のホームページ - Official Website by Yoji Okabe</description>
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            <item>
         <title>＜投資教室＞国債は個人金融資産が引受けているのか？</title>
         <description><![CDATA[<p align="center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100815KoinkinyyusisanLogo.jpg" alt="100815KoinkinyyusisanLogo.jpg" width="240" height="320" align="right" />
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　大量に発行されている日本国債の過半は、金融機関や年金基金などを通じて、実質的には1,400兆円を超える個人金融資産により保有されている。しかるところ、高齢化に伴い個人の貯蓄率が低下し、個人金融資産は早晩純減に転じるので、国債の引受け手がなくなり、国債による財政赤字の補てんは困難となる。したがって、国債が消化できなることによる財政危機、ひいては大幅な増税の時期は、いつに個人金融資産の動向に掛っているという解説が流布されている。果たして、この解説は正しい見方であろうか、以下に考察してみたい。
</p>
<p>
　日銀が四半期ごとに発表している資金循環表によれば、図１にあるとおり、本年3月末現在では、個人（家計）の純資産（金融資産残高から住宅ローン等の債務を差引いた純資産）1,079兆円が政府の純債務520兆円、企業の純債務336兆円、海外への純投資263兆円を賄っていることは間違いない。政府純債務520兆円の内訳は、中央政府のネット負債約630兆円、地方政府のネット負債約100兆円、社会保障基金のネット資産約200兆円などである。
</p>
<p>
　これを増減ベースで見ると、図１右欄に付記したとおり、過去15年間では、企業の債務減375兆円と個人（家計）の純資産増231兆円によって政府の債務純増443兆円と海外投資純増177兆円がファイナンスされたかたちとなっている。ところが、これを最近2ヵ年について見ると個人（家計）資産は3兆円の純減であって、この間の政府債務純増61兆円は挙げて企業の債務純減78兆円によって賄われている。
</p>
<p>
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100815KojinnkinnyuushisanZu1.jpg" alt="100815KojinnkinnyuushisanZu1.jpg" width="600" height="242" />
</p>
<p align="left">
　日本の個人金融資産残高は、図2に見られるとおり、2000年3月末に1,400兆円の大台を超えた後、2006/2007年には一時1,500兆円を上回ったものの、おおむね1,400兆円台で推移してきた。その増減要因を2004年以降について、時価変動による評価損益と資金の純流入に分けて分析したのが、図３である。個人金融資産の10%から20%程度を占める株式と投信の合計額は、時価により毎四半期ごとに評価替されている。図3の白抜き棒グラフはその評価調整額であり、株式相場の変動により毎四半期最大100兆円の規模で、上下プラス・マイナス双方にぶれている。一方、濃色の棒グラフは、毎四半期数兆円から多い期で20兆円のネットの資金流入額があったことを示している。2008年以降、ネットの流入額は数兆円に細っているが、それでも毎四半期純増を続けており、純減には転じていない。<br />
<br />
　個人金融資産残高の将来予測は難しいが、家計の貯蓄率低下は2007年に底を打って若干ながら上昇に転じているため、大きな減少要因とはならない。また、純資産の増減は、2000年以降減少基調が続いている個人債務の増減や金融資産を上回っている実物資産の売却動向などにも影響される。これらを勘案すると、向う10年間ほどは、個人金融資産は引続き横這いか若干の増加基調で推移するものと予測される。<br />
<br />
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100815KojinnkinnyuushisanZu2.jpg" alt="100815KojinnkinnyuushisanZu2.jpg" width="600" height="366" />
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100815KojinnkinnyuushisanZu3.jpg" alt="100815KojinnkinnyuushisanZu3.jpg" width="600" height="375" />
</p>
<p align="left">
　この結果、個人金融資産が間接的に保有している国債を売却せざるを得ない事態は当面予想されないが、逆に毎年30兆円を超える国債発行の純増分を個人金融資産で消化することは、すでに2年前からストップしており、今後ともほとんど期待できない。いずれにせよ、大量国債発行継続の可否が個人資産に依存しているという認識は完全に誤りである。
</p>
<p>
　これを要するに、ストックベースでは依然として家計部門が国債の安定的な保有者であるが、フローベースでは少なくともここ2～3年は企業部門が国債の消化を一手に引受けているのが事実である。図1の右欄に示したとおり、企業のネット負債残高は1995年末には711兆円あったものが、2010年末には336兆円とじつに375兆円も減少した。出資金や保有株式を除いたベースでは、企業部門のネット負債はほとんどゼロ近くにまで落ち込んでいる。この資金余剰が国債の大量発行を支えてきたことが資金循環表からはっきりと読みとれる。
</p>
<p>
　企業部門の負債がこれほど顕著に減少してきた理由としては、国内での投資からは高いリターンが期待できないため、新規の設備投資がキャッシュフローを下回る状況が続いてきたこと、債務返済を優先して被雇用者に対する報酬の支払が抑制され、消費が落ち込みデフレが進行、これがさらに新規投資意欲の足を引っ張っていることなどが考えられる。
</p>
<p>
　では、企業の金融資産の積上げは何時まで続くであろうか。企業活動が金融資産の積上げを目的として継続されることは考えにくいので、出資金や保有株式を除いて企業のネット負債がゼロ以下となるレベルまであと精々50兆円程度の積上げが限度ではなかろうか。このように考えると、外国からの投資に依存しなければ、国債が消化できなくなる時期は企業部門からの資金供給が何時枯渇するかに掛っており、その時期はさして遠くない将来に到来するものと予想される。
</p>
<p>
（本稿は2010年7月20日付け大和総研&quot;Market　View&quot;田谷貞三「政府債務は誰が引受けているか」および2010年7月6日付け三菱UFJリサーチ＆コンサルティング調査レポート「日本経済ウオッチ（2010年7月号）・個人金融資産の動向」を参考とさせていただいた）
</p>
<p align="right">
（日本個人投資家協会理事　　岡部陽二）
</p>
<p>
（2010年8月15日発行、日本個人投資家協会月刊誌「きらめき」所収
</p>
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]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/market/post_201.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/market/post_201.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">007証券市場論集</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 15 Aug 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>オバマ金融規制改革法の衝撃</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100801BeikinyuukiseikaikakuVolker.jpg" alt="100801BeikinyuukiseikaikakuVolker.jpg" width="320" height="248" align="right" />
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　米上院は7月15日、金融規制改革法案を60:39の賛成多数で可決し、オバマ大統領にとっては医療改革法に次ぐ主要な国内政策における今年二つ目の大きな勝利となった。　この法案は、下院ではすでに6月30日に可決されており、7月21日に大統領の署名を経て成立した。
</p>
<p>
　この金融規制改革は大恐慌の反省から銀行の株式引受等を禁じた1930年グラススティーガル法以来の大改革で、2007～09年の金融危機再発防止へ向けての下掲のような規制強化の施策が多数盛り込まれている。JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックスといった巨大金融機関は全事業部門で業務戦略の見直しを迫られ、さらなる巨大化には歯止めが掛けられる。米銀だけではなく、米国内で営業する外国の金融機関も、レバレッジや自己資本条件のより厳しい規制に直面する。
</p>
<p>
　この規制法の成立は、短期的には官僚統制が強化されて金融機関の自由な活動が阻害される懸念もあるものの、国民感情を逆撫でするような高収益・高報酬だけを目指した強欲金融機関による投機取引を抑制する効果により、長期的には金融市場の正常な発展に資するものと考えられる。
</p>
<p>
<strong>１、&nbsp;</strong><strong>米金融規制改革法の概要</strong>
</p>
<p>
（１）監督体制
</p>
<p>
①規制当局者で構成する評議会の設置による一元的な監督体制の強化
</p>
<p>
②投資銀行を含め、大手金融機関はFRBが監督
</p>
<p>
③金融商品の消費者保護を担当する機関をFRB内に新設
</p>
<p>
④ヘッジファンドには登録を義務付け、情報提供義務を強化
</p>
<p>
（２）ボルカー・ルール関連
</p>
<p>
①ヘッジファンド等に対する銀行の出資は自己資本の3%内に限り認めるが、それ以上は不可
</p>
<p>
②銀行本体でのデリバティブ取引は通貨や金利など本業のリスク回避に関連する取引のみ認め、それ以外は禁止。デリバティブ取引はすべて清算機関を通じて取引することを義務付け
</p>
<p>
③他の金融機関買収後の連結負債のシェアが全米金融機関総合計の10%以上となることを禁止
</p>
<p>
（３）自己資本比率規制
</p>
<p>
一定規模以上の金融機関については、優先出資証券を中核的資本から除外
</p>
<p>
（４）預金保険の保護対象となる預金限度額
</p>
<p>
2008年10月に5年間の時限措置として引上げた250,000ドルを恒久化
</p>
<p>
<strong>２、&nbsp;</strong><strong>金融規制改革法成立の経緯</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>本年1月19日に行なわれたマサッチューセッツ州補欠選挙で、与党民主党は過去47年間故エドワード・ケネディ上院議員が保持してきた議席を失い、上院では59議席と絶対多数を失った。これは、金融危機後も大手投資銀行の巨額のボーナス支払を許容するなど大企業寄りのオバマ大統領に失望した民意の反映と受けとられた。この結果、医療改革法案の成立も危ぶまれたので、この危機からの脱却を図る起死回生の一手として、オバマ大統領が1月21日に打ち出したのが、金融規制法案への「ボルカー・ルール」の追加であった。<br />
<br />
　金融規制改革法案はすでに昨年12月に下院では可決されたものの、上院では共和党や金融業界からの根強い反発に遭って審議が難航していた。「ボルカー・ルール」は、大手金融機関の規模規制と業務範囲規制を柱とする新たな金融規制の枠組みであって、国際競争力強化のための金融の自由化や金融機関巨大化を主導してきた米国政府の180度方向転換である。この方向転換は、国際金融市場にも大きな衝撃をもたらした。
</p>
<p>
　次に打ち出されたのが、4月16日にSECが行なったゴールドマン・サックスと同社社員一名の訴追であった。訴追理由は「サブプライム・ローンをベースとした債務担保証券（CDO）に関連する重要な事実を、虚偽記載ならびに省略することで投資家を欺いた」というものである。翌17日にオバマ大統領はラジオ演説で「金融危機の再発を防止するためにあらゆることを行なう必要がある」と指摘し、ウォール・ストリート改革の必要性を改めて訴えた。
</p>
<p>
　この訴追が追い風ともなって、金融規制改革法案は5月20日に上院で可決された。上院では民主党が多数を占めてはいるものの、議事妨害（フィリバスター）を阻止できる60議席を割ったために、この法案を通過させるためには、野党共和党から少なくとも一名の賛同者を得る必要があった。そこで登場するのが、さきに述べたマサッチューセッツ州補欠選挙で議席を獲得した共和党のスコット・ブラウン上院議員であった。上下両院協議で法案を一本化した最終段階では、民主党の長老ロバート・バード議員が死去し、ラス・ファインゴールド民主党議員が反対に廻ったため、野党共和党から最低3名の賛同者を得なければ、成立が危ぶまれた。そこで、若干の規制緩和や破綻処理基金の撤回などの点で妥協が図られ、野党共和党からブラウン議員に加えて、オリンピア・スノー議員、スーザン・コリンズ議員（いずれもメーン州）の賛成を得、ようやく可決に漕ぎつけたものである。
</p>
<p>
<strong>３、</strong><strong>金融規制改革法成立の背景と影響</strong>
</p>
<p>
　第二次大戦終了後も米国ではレギュレーションＱによる預金金利の上限規制や1963年から74年まで導入された米国での外国債起債に課せられた金利平衡税などで、国際化には遅れをとっていた。その結果、米国からユーロ市場への資金シフトが促進され、金融のイノベーションは専らユーロ市場で発展してきた。この動きに歯止めをかけ、ニューヨークを国際金融の中心として復活させるために1970年の半ば以降、米国でも金利規制の撤廃や業務範囲の段階的拡大を軸とする金融自由化が進められてきた。その背景には、利用者が預金や貸出だけではなく、総合的な金融サービスを望むようになってきたことや、銀行が証券業務を併営するユニバーサル・バンキングが主流であった欧州との国際競争力を強化するための国策としての戦略があった。
</p>
<p>
　こうした規制緩和を背景に、米国では銀行、証券、保険会社のコングロマリット化、投資銀行の大型化が進み、80年代半ばにはすでに「ツービッグ・ツーフェィル（大き過ぎて潰せない）」との議論が浮上している。巨大化の問題点は、大型化した金融機関は簡単には破綻処理できないとの思惑から、金融機関を巨大化することで破綻を免れようとする誘因を経営者に与えたことである。2007年のベア・スターズ救済、リーマン・ショック以降の展開は、まさに巨大化が金融システムを歪め、経済システムを破壊しただけではなく、破綻処理コストがきわめて高くつくことを実証した。
</p>
<p>
　今後の規制のあり方を巡っても、昨年までの議論は、自己資本比率規制の強化や監督機能の一元化、デリバティブの市場集中といった巨大化を前提とした対症療法的な対策であったが、本年1月にオバマ大統領が打ち出した「ボルカー・ルール」は巨大化自体に歯止めをかけ、銀行の業務範囲も縮小させるというコペルニクス的転回の発想であった。
</p>
<p>
　一方、最近ではゴールドマン・サックスを初めとする投資銀行の収益のうち、証券引受・売買やＭ＆Ａの斡旋といった顧客のための本来業務から得られる収益は1割程度に留まり、9割はバランス・シートを使い、高いリスクをとって行なう自己勘定取引から得るようになっている。「ボルカー・ルール」は、まさにこのような強欲経営に対する警鐘であり、その趣旨が国民の共感を呼んだことは間違いない。
</p>
<p>
　ユーロ圏の金融不安はいまだに収まっていないが、危機後の金融システム再構築には適切な規制強化が不可欠であるとの認識が、政府関係者からだけではなく、投資家などのプロの間でも高まっている。たとえば、ジョージ・ソロス氏は「プロ向けの高度な金融商品が市場に目に見えない不均衡を蓄積してしまうことを考えれば、危険な金融商品に対する規制強化が必要」と述べている。規制強化は最近のG20財務相・中央銀行総裁会議でも常に主要な議題となっており、米国がいち早く規制強化の具体的な道筋を示したことが、国際的な合意へ向けての追い風となることは間違いない。
</p>
<p align="right">
（<strong>岡部　陽二・医療経済研究機構専務理事、元広島国際大学教授、元住友銀行専務取締役）</strong>
</p>
<p>
（2010年8月1日付け（財）外国為替貿易研究会発行「国際金融」1215号p16～17所収）
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         <link>http://www.y-okabe.org/finance/post_198.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/finance/post_198.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">006国際金融論集</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 01 Aug 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>オバマ医療改革の注目点</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100621ObamaReformLogo.jpg" alt="100621ObamaReformLogo.jpg" width="320" height="247" align="right" />
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　オバマ大統領が最重点施策として進めてきた医療改革は、去る3月25日に上下両院で可決され、3月30日に大統領が署名して最終的に成立した。<br />
<br />
　大統領は署名に際し「改革の核心はすべての人に医療保険に関する基本的な保障をもたらすことである」と述べ、国民皆保険に向けて大きく前進したことを強調した。この法案がこの数十年で立法されたもののなかで、もっとも広範な社会立法となったことは間違いない。
</p>
<p>
　先進国の中で唯一皆保険が実現していなかった米国の医療改革の柱は、４，７００万人の無保険者を救うために、大多数の国民に税金や保険料負担増を求める広範な所得移転政策である。したがって、格差是正のための社会正義には適うものの、大多数の国民にとっては不人気であり、与党民主党内の反対にも根強いものがあった。このような大改革を両院議員と協調を軸に不退転の決意で断行したオバマ大統領の力量には驚嘆すべきものがある。<br />
<br />
　この医療改革法は全文２、６００ページにわたる膨大なものであるが、そのなかで、とりわけ重要な要点のみを絞り込むと次の三点が指摘できよう。<br />
<br />
　第一点は、改革に要する総費用は十年間で約一兆ドル弱と見積もられているが、増税や高齢者向け公的保険メディケアの効率化、関連業界からの拠出を中心に財源確保を図り、この間に連邦政府の関連財政赤字は一ドルたりとも増やさない財政規律重視の姿勢である。財政赤字を増やさない法案でなければ、民主党内の財政重視派が賛成せず、可決が難しかったうえ、政府の債務増を懸念する市場の理解も得にくかったためである。
</p>
<p>
　第二点は、国民が医療保険に加入しなければ罰金を科す仕組みを導入し、従業員数５０人以上の企業は医療保険を提供するかペナルティーを支払うかの選択が可能、従業員２００名以上の企業に対しては医療保険の提供を義務付けたことである。保険に加入しない個人へのペナルティーとして、世帯ごとに年間６９５ドルから２，０８５ドル（約２０万円）または世帯所得の２．５％の税金を支払うことが義務付けられた。個人への保険加入義務化は憲法で保障された個人の自由を奪うとして１４の州知事から違憲訴訟が提起されているほどの厳しい義務化である。
</p>
<p>
　第三点目は、民間の医療保険会社に対する規制強化が図られたことである。既往症による保険加入拒否を禁止、保険料の設定や給付内容にかかる規制強化、年間給付上限設定の禁止、予防や検査などの追加保険料の負担増なしでの提供など、医療の質向上へ向けての施策が盛り込まれた。公的保険オプションの後退で、改革が骨抜きにされたといった論評も見受けられるが、これは当っていない。オバマ大統領は、公的規制を強化する一方で、民間保険の競争を活用する市場機能重視の考え方で一貫している。
</p>
<p align="right">
　（医療経済研究機構　専務理事　岡部陽二）
</p>
<p>
（2010年6月21日、㈱法研発行「週刊・社会保障」No.2584「ひろば」欄p32～33所収）
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/medical/post_197.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">008医療経済論集</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 21 Jun 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜投資教室＞独立社外役員を育てよう～社長解任劇に見るガバナンスのあり方</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100615DokuritsutorishimariyakuLogo.jpg" alt="100615DokuritsutorishimariyakuLogo.jpg" width="150" height="210" align="right" />
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<strong>　</strong>東証・大証などは、本年3月1日に終了した事業年度以降、上場会社が一般株主保護の観点からの遵守すべき事項として、一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役または社外監査役を「独立役員」として1名以上確保し、証券取引所に届出ることを上場規則で義務づけた。届出には一年間の猶予期間が設けられており、一部の会社が未決定であるが、すでに上場会社の9割程度が一社平均1.9人の社外役員の届出を行なっている。届出られた顔触れの約76%を社外監査役が占めており、総数が多い社外取締役からの選出は相対的に見てきわめて少ない。
</p>
<p align="left">
　独立役員には、上場会社の取締役会などにおける業務執行にかかる決定の局面などにおいて、一般株主の利益を配慮した必要な意見を述べるなど、一般株主の利益保護を踏まえた行動をとることが期待されている。
</p>
<p align="left">
　独立役員の「独立性」の要件としては、①経営者の親族、②親会社の役職員、③当該会社から顧問料などの報酬を得ている者などは不適格として例示しているだけで、必ずしも明確ではない。取引銀行や主要取引先の役職員は排除されていない。
</p>
<p align="left">
　独立役員が一人や二人選任されることによってどの程度コーポレイト・ガバナンスが強化されるかは疑問ではあるものの、一つの前進としてこの証取ルールを高く評価したい。もっとも、これは最低限の要請であって、独立社外役員制度が有効に機能するか否かは今後の運用に掛っている。
</p>
<p align="left">
　わが国では、社外取締役・監査役の導入は会社法により、独立役員は取引所規則によりルール化されてきたが、欧米にはこのような法制は存在しない。上村達男早大教授の考察では、欧米では株主代表訴訟など訴訟の積み重ねにより、独立取締役を採り入れざるを得なくなったために、企業が防衛上やむなく採り入れた仕組みである。独立取締役が一定数いる取締役会で承認された事柄なら、経営者や管理職個人の責任は問われない、あるいは軽減されるので、徐々に普及してきた業界慣行である。事実、米国でも大会社で社外取締役が過半数を占めるようになったのは、80年代以降のことである。
</p>
<p align="left">
　そこで、最近相次いだ東証上場大会社の社長解任劇をケース・スタディとして、独立役員のあり方について考えてみたい。この二社ともに、社長解任のプロセスに社外役員が深く関わっているが、これは三越やイトマンを典型とする以前の社長解任劇では観られなかった現象であるからである。
</p>
<p align="left">
<strong>１、富士通・野副州旦前社長の解任</strong>
</p>
<p align="left">
　この解任劇の一部始終はきわめて複雑であるが、ガバナンスに関連する部分だけを摘記する。
</p>
<p align="left">
（１）昨年9月25日に富士通本社で開かれた取締役会に先立って当時の野副社長が別室に呼び込まれた。そこで、山室恵社外監査役から当時進めていた子会社ニフティーの売却交渉に関連して、売却候補先のX社が「反社会的勢力」に当るので、これが表沙汰になると富士通が上場廃止に追い込まれる危険があるとして、企業防衛の見地から即刻社長を辞任するよう求められ、その要求に屈せざるを得なかった。ただし、社長辞任後も相談役として遇し、辞任の理由は「病気のため」とするよう強要された。
</p>
<p align="left">
（２）山室恵社外監査役は地下鉄サリン事件やリクルート事件でも判決を言い渡した高名な裁判官で、2004年に退官、現在は東大法科大学院の教授、5年前に富士通の非常勤監査役に選任されている。野副前社長は、その当時は取締役でなく、その選任には関わっていない。山室恵社外監査役の尋問に同席したのは、山本卓真顧問(84歳)、秋草直之取締役相談役(71)、大浦溥取締役(75)（以上3名は社長・会長を務めて退任した長老）、間塚道義代表取締役会長(65)と法務部長の5名。
</p>
<p align="left">
（３）野副前社長は、本年初まで沈黙していたが、本年2月26日付けで「辞任取消通知書」を富士通全役員へ送付、4月7日には記者会見を開いて「虚構を基に密室で社長を解任するようなことは二度と起こしてはならない」と富士通のガバナンス欠如を痛烈に非難し、秋草相談役・間塚会長に対する株主代表訴訟提起の準備を進める一方、富士通に第三者調査委員会の設置を求めている。マスコミに対しても、文藝春秋5月号に「仕組まれたわが解任劇」という手記を発表、会社側が裁判所に提出した密室での会話記録テープを公開するなど、精力的に動いている。
</p>
<p align="left">
（４）富士通は本年3月6日に野副氏の辞任理由を「病気」から「取引などの関係を持つことがふさわしくない企業と関係を続けたため」と訂正、相談役から解任した。この辞任理由の変更開示に対し、東証は当初の開示が虚偽であった点を厳重注意したが、業務改善命令は出していない。
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<p align="left">
（５）一方、「反社会的勢力との関係が疑われる」と言われたファンドは、富士通は事実を誤認したうえに名誉棄損を繰り返したとして、間塚会長ら3名を相手に総額3億3,000万円の損害賠償と謝罪広告を要求する民事訴訟を提起している。
</p>
<p align="left">
（６）富士通の取締役10名の中には、北川正恭元三重県知事とガバナンス論の大家である野中郁次郎一橋大学名誉教授が社外取締役に選任されていたが、この両名は今回の改選で静かに退任し、今回の前社長解任には関与されていないものと見られる。
</p>
<p align="left">
　野副前社長解任の真の理由やことの当否を両者の言い分から突き止めるのは困難であるが、前社長自身が明言している以上、富士通のガバナンスに重大な欠陥があることだけは間違いない。
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<p align="left">
<strong>２、セイコーHD・村野晃一前社長の解任</strong>
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<p align="left">
　本年4月30日にセイコーHD本社で開かれた取締役会での冒頭、村野晃一会長兼社長が開会宣言をした直後に、社外取締役の原田明夫元検事総長から村野社長解任の緊急動議が提出され、取締役6名中村野氏を除く3名の賛成多数で可決された。次いで、服部真二副社長を社長が選任され、鵜浦典子取締役の業務執行停止も可決された。その間、わずかに5分、電光石火の社長更迭であった。
</p>
<p align="left">
　しかしながら、真の解任対象は社長ではなく、服部礼次郎名誉会長（89歳、HDの100%子会社和光の会長・社長）の威光を後ろ盾にパワハラを繰り返していた鵜浦典子取締役（和光の専務）であった。彼女をコントロールできない村野社長更迭に動いたのは、セイコーの財務体質悪化に業を煮やした主取引銀行とHD社外監査役の元第一勧銀頭取の近藤勝彦氏であったと報じられている。この契機となったのは、労働組合と一部の株主から株主代表訴訟の動きがあり、これを受けた監査役が現経営陣の経営責任やパワハラの実態を調べる6人の弁護士による調査委員会を立ち上げた動きにあった。5月11日には、服部礼次郎名誉会長が和光社長を辞任、村野社長、鵜浦取締役も辞任している。
</p>
<p align="left">
<strong>３、独立社外取締役の重要性</strong>
</p>
<p align="left">
　上述の2事件に鑑み、東証には次のような「独立性」確保に向けての規則の強化を望みたい。
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<p align="left">
（１）両社ともに社長解任に社外監査役が重要な役割を演じているが、監査役は取締役会での投票権はなく、重要人事に直接は関われない。そのため、監査役には主導権はなく、黒子として利用されている嫌いがある。やはり、人事に関与できる社外取締役の機能強化が必要であり、そのためには、最低でも独立役員の一人は社外取締役とするように定めるべきである。
</p>
<p align="left">
（２）両社ともに、ガバナンスの欠如は、社長が真の実権者ではなく、長老が人権権を握っている点にある。長老を取締役や相談役として君臨させること自体が問題ではあるが、独立性の高い社外取締役を取締役会に入れることにより、長老支配の弊害をある程度は排除できるものと期待される。「独立性」の基準については、ゴルフのルール並みに厳しく設定することが不可欠である。
</p>
<p align="right">
（日本個人投資家協会理事　岡部陽二）
</p>
<p align="left">
(2010年6月15日、日本個人投資家協会発行月刊紙「きらめき」2010年6月号所収)
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/market/post_195.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">007証券市場論集</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 15 Jun 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜投資教室＞IFRS（イファース、国際会計基準）狂想曲の怪</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100515IFRSLogo.jpg" alt="100515IFRSLogo.jpg" width="240" height="233" align="right" />
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<strong>　</strong>
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<strong>　</strong>IFRS（International Financial Reporting Standards）導入をめぐっての議論が喧しくなってきた。少なくとも上場企業については、2015年には日本基準に変えてIFRSが強制適用される公算が大である。産業界でも賛否相半ばし「IFRS強制適用により日本企業の売上半減、利益急増の驚愕」「IFRS野導入を日本の資本市場活性化の好機に」といった雑誌記事のタイトルが目白押しである。
</p>
<p>
　それにしても、企業の財務・損益の実態はまったく変わらないのに、会計のルールが変わるだけで、どうしてそんなに騒がなくてはならないのか、不思議である。モノサシの変化とともに企業行動も変わる面はあるにしても、日本基準も2007年の東京合意以来IFRS導入に向けての共通化が進められてきたはずである。それにも拘わらず、依然として公表P/Lに出てこない含み損益が巨額に上っているとすれば、投資家としては看過できない事態である。
</p>
<p>
　IFRS導入による変更点は売上計上基準やのれんの償却方法など多岐にわたるが、本稿では最大の関心事である「純利益」と「包括利益」の差に絞って、その影響度を考察してみたい。
</p>
<p>
　<strong>〇「包括利益」こそが、真の利益　～　包括利益と純利益の差異とその要因；次表ご参照</strong>
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100515IFRSHyou.jpg" alt="100515IFRSHyou.jpg" width="600" height="473" />
</div>
<p>
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</p>
<p>
　米国基準での決算を日本基準と併せて公表しているトヨタ、キャノン、三菱UFJの三社について見ると、2006年は三社ともに「包括利益」が「純利益」を上回っており、2007年度にはキャノンを除き逆転、2008年度には三社ともに「純利益」が「包括利益」を大幅に下回っている。その差異は、トヨタで8,666億円、三菱UFJでは1兆5,814億円と驚くべき巨額である。その要因は、「未実現有価証券評価損」「年金債務調整額」「外貨換算調整額」の3項目で、なかでも持ち合い株の評価損が大きい。
</p>
<p>
　IFRSがもたらす最大の変化は「利益」の概念のコペルニスク的転換である。従来の日本基準・米国基準は、基本的に「収益－費用」のP/Lを重視してきたが、IFRSでは「期末純資産－期首純資産」で計算するB/S重視の「包括利益」が企業評価のポイントとなる。資産負債アプローチと呼ばれるこの計測方法で測る包括利益が示すのは、本業だけではなく、保有する株式の評価損益など本業外の主に財務活動に由来する損益を含めたものと説明されている。よく考えてみれば、この「包括利益」こそが、真の最終利益であって、これまでの「純利益」は中間利益に過ぎないのは当然の理である。
</p>
<p>
　欧米人に「米は日本人の主食である」と説明するのに苦労した経験がある。&quot;Staple food&quot;と訳しても、それは&quot;Main Dish&quot;か、と聞かれると返答に窮した。要するに、欧米には「主食」という概念がそもそも存在しないのである。もっとも「日の丸弁当」が分からない日本の若者にも、主食という概念は薄れている。企業活動もこれと同様で、本業と本業外の副業とをどういう基準で区分するのであろうか、株の持ち合いや財テクは、製造業にとってはすべて副業であろうか。
</p>
<p>
　2009年初に発行された「会社四季報」では、JALの純資産（株主持分）は、4,539億円となっているが、最近では8,000億円を超える債務超過と報じられている。この一年間の営業損失は2,500億円であるから、本業外で一年間に1兆円以上も失ったというのは理解できない。いまのところ粉飾や背任は問題となっていないので、これは「日本基準」という会計のルールが間違っていたということであろう。JALが米国基準による決算を行なっておれば、その時点で隠された損失のかなりの部分が表面化していたはずである。株主にとって重要なのは「包括利益」であって、「純利益」ではない。
</p>
<p>
<strong>〇「包括利益」受容の温度差と「包括利益」の恣意的操作</strong>
</p>
<p>
　米国は、すでに「包括利益」の開示を、P/Lの欄外注記としてではあるが、上場企業に義務付けている。IFRSの改定を審議する「国際会計基準審議会（IASB）」メンバー15名のうち5名を米国人（英・仏各2名、アジアは日・中各1名のみ）が占めており、米国としては、米国基準に固執するのではなく、IFRSを丸ごと米国に取り込んでしまおうとする気概が感ぜられる。
</p>
<p>
　これに対し、日本はIFRSを黒船視して、IFRSをそのまま取り込むのではなく、日本基準を少しでも残そうとする空しい努力をしている感がある。IASBのレイセンリング理事は「われわれは日本の意見すべてに耳を傾け、理解しているが、同意できない」と正直に語っている。IASBが唯一同意したのは、日本の持ち合い風土に配慮した特例である。これは、保有株式のすべてを時価評価して純利益に反映させると毎期の決算のブレが大きくなり過ぎて困るという日本の主張を容れて、戦略的投資については、投資の時価変動を純利益には計上せず、「その他包括損益」という別項目に計上する扱いが認められたものである。ただ、このような主張は企業側のエゴであり、投資家が望んでいるところではない。「包括利益」を真の利益と認識する立場から見るとナンセンスな特例である。
</p>
<p>
　「包括利益」に影響するのは、持合い株だけではなく、全保有証券の評価である。IFRSは、金融商品全般について時価評価を原則としているが、今回の金融危機に当っては、欧州金融業界からの要望を容れて、米国基準並みに保有目的によって異なる評価をすることを認めている。要するに、市場性のない証券については、時価評価をしなくてもよいように改めたものである。さらに、リーマンブラザーズ突然死の一因となった未実現利益の評価損益計上を排除するルールの議論はこれからである。「包括利益」にも隠された損益があるので、これらの議論を注視していくことが肝要である。
</p>
<p align="right">
（日本個人投資家協会理事　岡部陽二）
</p>
<p align="left">
(2010年5月15日、日本個人投資家協会発行月刊紙「きらめき」2010年5月号所収)
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
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]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/market/ifrs.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">007証券市場論集</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 15 May 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>米国オバマ医療改革の動向とわが国への示唆</title>
         <description><![CDATA[<p align="center">
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</p>
<p align="right">
医療経済研究機構　専務理事　岡部　陽二
</p>
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100420ObamaIryoukanrenSpeechLogo.jpg" alt="100420ObamaIryoukanrenSpeechLogo.jpg" width="200" height="162" />
<p align="right">
&nbsp;
</p>
<p>
岡部　陽二<br />
（おかべ　ようじ）<br />
生年月日　 昭和9年（1934年） 8月16日生<br />
現住所　東京都三鷹市井の頭3丁目1-1<br />
講師経歴<br />
■ 学歴<br />
昭和32年　3月　京都大学 法学部（法律学科） 卒業<br />
■ 職歴<br />
昭和32年　4月　（株）住友銀行（現三井住友銀行）入行<br />
昭和57年　6月　同行 取締役 就任<br />
昭和63年　4月　同行 専務取締役 （国際部門担当）<br />
平成&nbsp; 5年　４月　同行 退職、明光証券（株）<br />
（現SMBCフレンド証券（株））代表取締役会長に就任<br />
平成10年　4月　広島国際大学 医療福祉学部 医療経営学科教授に就任、平成17年3月末、定年退職<br />
平成13年　4月　財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会　医療経済研究機構　専務理事に就任、現在に至る
</p>
<p>
<strong>はじめに</strong>
</p>
<p>
　皆さん、こんにちは。ただいま大変丁重なご紹介をいただきました医療経済研究機構の岡部です。どうぞよろしくお願いいたします。ただ今のご紹介では、私も研究者のように受取られたのではないかと思いますが、私自身は研究には一切タッチしておりません。医療経済研究機構は、医療政策に資する基礎研究を主な目的とする医療経済の研究機関で、総勢30名のうち研究員が12～13名います。私はそこで研究者が働きやすい環境をつくるためのマネジメントをしております。理事長は元厚生省次官の幸田正孝さんで、皆さんの医療関連サービス振興会の理事長も兼ねておられますご縁で、今日の月例セミナーにお招きいただきました。
</p>
<p>
　私は40年近く銀行の国際部門でロンドンに14年駐在するという極めて偏った人生を歩んできました。そして64歳の定年を迎えた時に、たまたま新設の広島国際大学から「医療経営学科の先生を探しているがやらないか」という話がありました。「私は病院に行ったことも、経営に関与したことないからできません」と一旦はお断りしたのですが、「あなたは曲りなりにも銀行の経営をしていたのでは。医療には経営というものなどない状態なのですよ」と口説かれて、結局その大学で7年間教えることになりました。
</p>
<p>
　この大学では、国際経営論を教えてほしいと言われ、医療に国際経営は存在しないので困ったのですが、いろいろ考えて、これから医療経営に従事しようという学生に対して、各国の医療制度について自分が研究したことを紹介していくということにしました。手始めにアメリカから始めることとし、そのための教科書探しをしていたところ、ニューヨークの友人から、アメリカのハーバード大学経営大学院で教えているレジナ・Ｅ・ヘルツリンガー教授が著した『Market-Driven Health Care』という本を教えられました。この本を「医療サービス市場の勝者」という邦題で翻訳し、その後、ヘルツリンガー先生の著作を3冊訳出しました。去年初に出版したのが『米国医療崩壊の構図』です。この本の原題は『Who killed Health Care ?』で、ジャック・モーガンという合成人物が米国の医療システムの犠牲者となって、死ななくてもよかったのに死んでしまった経緯が詳しく分析されています。そこで副題を「ジャック・モーガンを殺したのは誰か？」としましたが、この本は小説もどきの大変おもしろい本です。その後、最初に翻訳した本の内容を講演したご縁で医療経済研究機構からお誘いがあり、9年間専務理事を務めています。
</p>
<p>
　このような次第で、アメリカの医療には興味もあり、学生に教えるために多少勉強してきたという経緯もあります。今回のオバマ改革についても少し研究はしましたが、専門家というわけではありませんので、そのあたりはお含み置きください。とはいえ、本日お配りした資料や表はきっちり検証したものですので、これはご信用いただけます。
</p>
<p>
　アメリカの医療改革をずっと主導してきたのは、民主党のエドワード・ケネディ上院議員です。この人は、お子さんのガンで苦労されたこともあり、社会保障についてはアメリカの政治家の中でももっとも献身的な努力をしていました。しかし、去年の6月に亡くなったため、つい最近の1月19日に、マサチューセッツ州の補欠選挙が行われました。その結果、僅差ではありましたが、民主党が推すマーサ・コークリーという女性議員ではなく、今まで無名であった共和党のスコット・ブラウンという人が当選しました。マサチューセッツ州は、知事は共和党からも出ていますが、上院議員・下院議員とも、40数年間ずっと民主党が独占してきた州です。そういう意味で、この勝利は共和党にとっては大きなものであり、民主党にとっては予想外の壊滅的な結果となりました。一議席くらいどちらに転んでも変わらないのではないかと思われるかもしれませんが、アメリカの上院というのは、今回私も勉強して驚いたのですが、常識では考えられないルールのあるところです。過半数とは関係の無い60対40を境に、一人増えるか減るかで、法案が通るか通らないかが左右されるのです。どうしてその境目が60対40なのかは分かりません。下院は50対50の過半数です。当然のこととして、上院も51票を取ったら通るかのではないかと思いがちですが、そうではありません。表向きのルールは単純多数決には変わりがないものの、フィリバスターという非常に奇妙な慣行があって、反対党の議員が1時間でも10時間でも、全く関係ないことを喋り続けてもよいことになっています。長時間ずっと聖書を読んでいても構わないわけです。要は、議事を妨害するためだけに演説することが許されているのです。これを止めるには5分の3の多数決を必要とすると決められているので、フィリバスターをやると反対党が決めたら、それを抑えるための事前の交渉が成立しない限り、上院では重要な法案は絶対に通りません。こういう慣行がずっとあって、共和党が多数を占めていた時代には民主党がこの方法を結構頻繁に使っていました。今は民主党が、上院・下院とも多数を占めていますが、それが1月19日のマサチューセッツ州補選でひっくり返ったわけです。
</p>
<p>
　もう一つ分からないのは、代理議員の制度です。オバマ政権の医療改革は11月7日の下院案決議では、賛成220票対反対215票の僅差で可決されました。さらに、12月24日に行われた上院案決議では民主党・無所属全員が賛成、共和党全員が反対して、60対39で可決されました。それであれば、共和党でもう1人当選したら60対40になるのかと思っていたら、そうではないのです。この60の民主党の票の中には、亡くなったエドワード・ケネディの議席も入っているのです。これはどういうことかというと、上院議員は50の州からそれぞれ2人ずつ出ていますが、その州の議員が亡くなったら、2人のうち1人、あるいは2人ともいなくなるとまずいということで、州議会が選んだ代理の議員を派遣することができるという規定があり、常に各州2議席ずつあるようになっているのです。その代理議員の任期が1月末までで、2月から補選で選ばれたブラウン議員が上院のマサチューセッツ州の代表になります。60対39の残りの１は共和党議員が欠席しただけのことであったのです。ただ、その欠席した議員も民主党案には反対だということなので、来月以降に採決をすると、59対41になって、フィリバスターを阻止する60には達しなくなるというややこしいことになっているのです。また、上院議員の議長は、上院議員の中から選ぶのではなくて、副大統領が必ず議長になります。オバマの演説は、下院議長、バイデン副大統領への呼び掛けで始まりますが、バイデン副大統領は上院議長のことです。上院議長には通常は議決権がありませんが、賛否同数のときには議決権が与えられます。さらに、上院の議長をいつも副大統領が務めているのではなく、ほとんどは上院議員の中から選ばれた上院議長代理が議長をやっています。しかも、この議長代理というのは大変偉い人で、大統領にもし何かあった場合の代行順位というのが決まっていますが、副大統領の次に来るのが上院議長代理です。つまり、アメリカで3番目に偉い政治家というわけです。
</p>
<p>
　この事例でも分かるように、アメリカの上院は日本の参議院とは比較にならない強力な権能を持っています。予算についても発議権は下院にしかありませんが、拒否権が上院に与えられています。それ以外の議案については下院と全く対等に議論します。上院議員の数は下院議員の数より少ないので、全体のプレステージはより高いということです。その上院の1議席がマサチューセッツ州の補選で狂ってしまいました。今までの状況からすると、オバマ大統領の改革案は去年の暮れに上院・下院とも通っており、ほぼ90%は共通していますから、残りの10％を両院協議会ですり合わせて、1月末か2月の中頃までには成立するだろうと、1月19日までは思われていたわけです。しかも、マサチューセッツ州はずっと民主党が議席を占めていたところですから、今回も民主党が勝つと思われていました。また、その前のエドワード・ケネディ議員は改革の推進者であったのに、それがひっくり返ってしまった。それではどうなるかということは、全く分かりません。
</p>
<p>
　ロイター紙は、『Massachusetts voter referendum on health care reform』と書いています。マサチューセッツ州の選挙が、国民投票と同じ重みがあったということが述べられているのです。さらに、『You know the world is topsy-turvy』とあります。『topsy-turvy』というのは、お盆をひっくり返したような大騒ぎという意味です。また『when the best rapper is white, the best golfer is black』とあります。これは従来、黒人の音楽だったラップ・ミュージックの頂点にいるのが白人のJ・J・ジョンソン・エミネントになり、白人のスポーツだったゴルフの頂点にいるのがタイガー・ウッズになったという、それくらい大きな世の中の大変化だということを言っているわけです。ただ、オバマの改革案の90％は合意ができていて、上院共和党の1議員が寝返ってくれれば通るわけです。先ほど、下院では220対215の僅差で可決したと申しましたが、その中身は、民主党の39名が反対して、共和党の１名が賛成したということです。これもアメリカの分からないところです。上院でも、共和党の中から1人賛成する議員が出てくるのではないかという予想がずっとされていましたが、結果的には全員反対で1人欠席でした。しかし、アメリカの議会には党議拘束というのが全くなく、個人の思うままに投票してよいということですから、何も共和党を全部ひっくり返す必要はありません。共和党の中から誰か1人、民主党に賛成するよう説得できれば、ひっくり返すことができるのです。
</p>
<p>
　熊本県立大学の天野拓准教授が『現代アメリカの医療政策と専門家集団』という立派な本を先日出版されました。表1はこの本から借用したものですが、何か奇策を講じない限りはかなりスケール・ダウンした内容になろうと天野先生は予測しておられます。中間選挙も近付いており、いずれにせよオバマ大統領は苦しい立場にあることは間違いありません。そのポイントは、民主党内がバラバラで意見の集約ができないことです。上院で可決した案そのままを下院で可決するというのであれば、上院・下院間でのすり合わせは必要ありません。下院の民主党全員が賛成すれば、それは可能です。ただ、実際にはそれはなかなか難しく、このあたりのアメリカの政治の実態は全く分かりません。
</p>
<p>
　この問題は、どういう改革が行われるかというアウトカムではなく、その過程で、アメリカにどういう問題があり、どういう議論がされてきたかということが大事ではないかと思います。（資料1、表1）
</p>
<p>
資料1、&nbsp;&nbsp;
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100420ObamaSlide1.jpg" alt="100420ObamaSlide1.jpg" width="400" height="301" />
</div>
<div style="text-align: center">
<br />
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100420ObamaKaikakuHyou1.jpg" alt="100420ObamaKaikakuHyou1.jpg" width="600" height="683" />
</div>
<p>
<strong><br />
オバマ医療計画の動向</strong>
</p>
<p>
オバマ人気低下の理由
</p>
<p>
　オバマ大統領の人気は、どうして急に下がったのでしょうか。大統領当選直後には、歴代3位で62％の支持があったのに、去年の暮れには53％にまで下がりました。マイナス9％というのは、過去10人の大統領の中でもっとも大きな下がり方です。そうなった最大の原因は、失業率が2桁に上昇したことにあると言われています。また、ノーベル平和賞の受賞に関しても、アメリカ人の半数以上が不適切だと判断しています。それと民主党内部でのリベラル派と穏健派の極端な対立に嫌気が差して、無党派層が民主党離れを起こしているということが報じられています。さらに、オバマ大統領の話術は確かに巧みですが、どちらかというとチアリーダー的と見られるようになってきました。議論が収斂してきたところでぱっと判断して決めるというタイプであって、自らの力で世の中を変えていこうという指導力はないのではないかという見方が増えてきたものです。こういう状況が、アメリカ社会の根源的な問題を炙り出しているのではないかと思います。
</p>
<p>
　国民皆保険というのは、よいことのように聞こえますが、選択の自由が失われるのは困るという声もあります。どんな治療を受けるか、どれだけお金を支払うかは自分が決めることであり、それを政治家や官僚などが決めるのは困るという国民感情です。サラ・ペイリンという前のアラスカ州知事が、ネット上で、「今度の医療改革は、デス・パネル（死の委員会）設置の企みである」と批判しています。いい加減なブログの落書ではなく、知事を務めた人がそうことを書いているのです。また、オバマ大統領の演説の途中でも、新しい保険組織を作って、それを監視するための委員会を設けるというくだりで、「You lie」や「liar」などといった野次が飛んでいます。その委員会が『デス・パネル』であると揶揄しているのです。人の生死を自分ではない第三者に委ねることに対する反発が強いのです。それと、もう一つは、大きな政府になることへの反発です。皆保険となると、どうしてもそうならざるを得ませんが、そのために10年間で9,000億とか1兆ドルとかを使うのはとんでもない話だという反対論です。さらに、アメリカではタブーということで、余り活字にならないのですが、根深い不法移民の問題や、黒人とかマイノリティーを救うということに対するえも言われぬ反発もあるという気がします。そういったことを念頭において、この資料でご説明したいと思います。
</p>
<p>
　アメリカの医療改革というのは、医療の問題でもなければ経済の問題でもなく、優れて政治的な問題です。したがって、まずアメリカの医療制度は皆様ご存知という前提で、オバマの医療改革をめぐる医療改革、政治、社会の情勢がどうなっているかをお話しします。アメリカの医療制度と言っても、ほとんどが民間保険でカバーされていて無保険者が4,700万人いるという、それくらいの基礎知識で十分です。
</p>
<p>
　米国医療の実情と保険制度の問題点、無保険者問題などについてスライドの資料3以下に、改革案の骨子については表5にまとめました。
</p>
<p>
<strong>オバマ政権の誕生と医療改革をめぐる対立の構図</strong>
</p>
<p>
　ではまず、改革をめぐる構図からお話しします。資料1に掲げましたように、オバマ大統領は選挙戦の前から、アメリカはひとつにならなければいけないと繰り返し述べています。リベラルなアメリカと保守的なアメリカが相対立するのではなく、ひとつのアメリカ合衆国があるのだと。黒人のアメリカや白人のアメリカがあるのではないということを強調していました。ひとつのアメリカというのを理想として掲げ、国民の大多数の支持を得て、大統領に当選したわけですが、ただ現実は逆に対立だらけです。その中でも、もっとも対立が激しいのが、医療改革をめぐっての問題ではないかと思います。金融問題や外交問題でも対立はありますが、医療改革のように際立って激しい政治的対立はなく、医療がやはり一番際立っているということです。
</p>
<p>
　具体的にどういう対立があるかというと、国民間の対立では、保険加入者と無保険者の対立です。今回の改革は無保険者をなくそうという試みですが、無保険者は16％しかいないわけですから、残りの84％は当然反対なのです。どうして我々の負担で、無保険者を救わなければいけないのかという主張です。富裕層と貧困層、高齢者と若年層の対立、それから団体間の対立、こういう対立もたくさんあります。それらをひっくるめたものが、政党間の対立に結びついているわけです。政党が支持基盤としている団体や階層は異なりますが、単に民主党と共和党の対立かというとそうではなく、物事を厄介にしているのは、むしろ民主党内でのリベラル派と穏健派（保守派）の対立です。穏健派は、アメリカでも普通『Moderate』と言っていますので、私は日本の新聞のように保守派ではなく、穏健派という表現で統一したいと思いますが、この穏健派とリベラル派の対立には非常に大きいものがあります。（資料1）
</p>
<p>
<strong>オバマ政権の改革～有利な政治的環境</strong>
</p>
<p>
　その対立の構図を示したのが、表１の「医療・保証制度改革をめぐる対立の構図」です。この表はさきに紹介しました天野拓氏の著作に掲載されたものからの借用です。この表の左2欄が民主党で右欄が共和党ですが、ひとことで言うと、民主党リベラルというのは、社会保障については日本の旧社会党に近い考え方の人々です。要するに、増税してでも、税金を医療や社会保障につぎ込むべき、政府がみんな面倒を見るべきで、公的な保険を普及して当然に国民皆保険であるべきだと、いう主張です。これは、それなりによく分かります。もう一方の極は共和党です。これは極めて保守主義で、医療というのは個人の問題であって、政府は余り口を出すべきではないという考え方です。だから政府が関与した皆保険は要らない、民間保険で十分だという主張です。そうは言っても、今の制度でよいというのではなく、最近では共和党もネガティブなキャンペーンではなく、積極的なアプローチも行なっています。たとえば、『Medical savings account』といった医療貯蓄口座を推進すべきだと主張しています。消費者主権の&quot;Consumer-driven Health Care&quot;を主張しているわけです。
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　この対立は比較的よく理解できますが、民主党の穏健派はそうではありません。その中間といえば中間なのですが、民主党のリベラル派が政府の役割を重視し、共和党が個人を尊重するのに対し、穏健派は企業がもっときちんと責任を果たすべきであると主張しています。どちらかというと企業負担中心主義なのです。確かに、産業というのは雇用で持っているわけですから、雇用者がもっとしっかり責任を果たすべきだというのは分かります。穏健派は、そのために必要な制度は、むしろ市場原理を活用して合理的に動くようにすべきと言うのです。その面ではむしろ共和党の市場至上主義に近いと言えます。ただ、企業負担中心であっても皆保険は実現すべきであるという点では、リベラルに近いのです。もともと民主党はリベラルが多数だったわけですが、ここ10～20年の間に穏健派が勢力を拡大して、現在では、ほぼ半々と言われています。前のクリントン大統領は明らかに穏健派でしたが、オバマ大統領はどうかというと、これが分かりません。オバマ大統領は穏健派には違いありませんが、非常にリベラルから支持されています。リベラルに近い穏健派だと言われています。ただ、オバマ大統領の言葉を分析してみると、考え方の基本は穏健派で、少なくともリベラルではないという気がします。
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　要は、これらの3派が三つ巴になって対立しているわけで、共和党を抑えてもリベラルを抑えないと、穏健派の改革案は通らないという構図になっています。今、民主党が多数を得ていますから、日本のように党議拘束でもできるのであれば、このような改革案も簡単に実現できますが、民主党の中が完全に二つに割れているのです。日本の民主党もこれに近いのではないかという気が最近してきましたが、日本には社民党というのもあります。アメリカにはそういう党はなく、民主党の中にその二つを抱え込んでいるという構図になっているわけです。
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　ヨーロッパ諸国ではすべて皆保険が実現しているのに、先進国で皆保険すら実現できないアメリカは後進国だと言う方もおられますが、どうやらそうでもありません。私もアメリカには病院の見学などでいろいろな所に行き、「なぜあなた方は皆保険に反対するのか」と聞いて廻りました。我々が会った人たちは共和党や民主党の穏健派の人が多いのですが、そういう人が口を揃えて言うのは、アメリカでは衣食住すら保障されていないのに、なぜ衣食住の次に来る医療を国が保障しなければいけないのかということです。公平・平等という、日本の風土ではよいと思われていることがアメリカでは全く通用しません。
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　ヨーロッパでも日本ほど公平・平等という国はありません。ドイツも80％は公的保険でカバーされていますが、残りの20％の金持ちや官僚は民間保険に入っていて、そういう人たちが病院に行くと、公的保険に入っている患者の順番を飛び越して、先に診てもらえるということです。それを当然のこととして許容しているのがドイツの社会です。お金のある人がファーストクラスに乗るのと同じではないかという考え方です。ゆりかごから墓場までという英国でも、サッチャー首相が出てくるまでは、日本的平等・公平を押し付けてきたという感じがしていましたが、サッチャー首相の時代から民間のプライベート・ホスピタルが盛んになり、一頃は12％くらいまで増えました。その後、ブレア首相になって若干落ちたようですが、それでも医療の7～10％くらいは民間の保険で行われています。しかも、英国では医療財源の90％以上は税金で賄われていますから、数％の国民は、税金を払った上で、プライベートの医療を全額自己負担で受けているのです。そういうふうに見ると、公平・平等という点で本当の社会主義国は日本だけではないかという気がします。
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　資料2には、「有利な政治的環境」と書いたのですが、これは先ほどの話を踏まえると、有利なのか不利なのか分かりません。ブログを見ると、オバマ大統領の改革はこれで後退したという意見の人が多いようですが、そうではなく、これはオバマ大統領が思うような改革ができる絶好のチャンスだという論評もあり、全く分らないと言ったほうがよいのではないかと思います。（資料2）
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資料2
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アメリカの医療制度の現状と課題</strong>
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<strong>アメリカの医療制度の特徴</strong>
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　では、アメリカ医療の現状はどうなっているのでしょうか。資料3にアメリカ医療制度の特徴をまとめました。アメリカには国民皆保険というものは存在せず、これまで何回も皆保険をトライしましたが失敗ばかりしています。メディケアとメディケイドの公的医療保障制度は限定的であって、しかもフルカバーではありません。メディケアが65歳以上の高齢者の医療をカバーしていますが、つい最近までは薬剤費代は一切保険に含まれていませんでした。最近になってやっとメディケアDというものが導入され、薬剤費の一部を看ることになったのです。全体でいうと、メディケアによる医療費のカバー率は49％と、5割を割っています。貧困層の老人にはそれだけでは不十分ですから、メディケイドという貧困層が受ける医療補助制度と併せて受けている人がかなり多くいます。ただ、この二つを併せても医療費のカバー率は67％ほどで、33％は自己負担となっているのが現状です。このように、公的医療保障といっても十分ではありません。それでもアメリカの公的医療保障に使われている金額は、日本の総国民医療費よりも大きいという、大変医療費の高い国です。
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　アメリカの無保険者というのはどういう人たちかというと資料4にあるように、総人口約3億人のうち民間保険に2億人が入っていますが、残りが今言ったメディケア・メディケイドでカバーされていて、これが8,000万人。無保険者が4,700万人です。これらの数字を足すと3億人を超えるのは、メディケアに入っていて民間保険にも入っているといった重複があるからです。（資料3, 4）
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資料3
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資料4
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&nbsp;</strong><strong>米国の無保険者問題</strong>
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　米国の無保険者数は4,700万人で、人口の約16％に上ります。中小企業を中心に雇用主が提供する医療保険の減少と経済情勢の急激な悪化による失業者増のため、無保険者の数はますます増える傾向にあります。（資料5、表2～4）
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資料５
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　表2に無保険者数の推移がありますが、1994年の3,640万人から一貫して増え続けています。この表に出ているのは2007年までの65歳以下の無保険者数で4,500万人となっていますが、以前は無保険者には子どもが多く、1,100万人いると言われていました。子どもが日本の医療保険のように自動的に被扶養者としてカバーされないためですが、子どもの無保険者は、表2からもわかるように徐々に減っています。2007年には810万人まで減りまで減りましたが、オバマ大統領が就任した途端に、ブッシュ前大統領が拒否していた子どものための保険制度を拡充するという法案に署名をして、300万人ほどさらに減りました。今は500万人くらいになっています。それでも、失業期間中はどの保険にも入れないために、失業率が二桁に達したことで、無保険者総数は5,000万人近くにまで増えようとしています。ただ、失業の問題が出てきたのはここ1～2年で、それまでは関係がなかったわけです。したがって、それまでの無保険者増加要因は、民間医療保険料の高騰にあります。個人で加入する民間保険の保険料は高過ぎて入れません。事実、典型的な無保険者はフルタイムで働いている低所得の若年層であるとされています。これがアメリカの無保険者の実態で、決して生活保護を受けているような人ではありません。そのような人は、本来はメディケイドでカバーされているわけですから。
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　ところが、メディケイドでカバーされているはずの貧困者の中にも無保険者がいるという問題もあります。表3にあるように、貧困ライン以下で1,100万人もの無保険者がいます。このライン以下であれば、当然メディケイドが受けられるはずです。それにもかかわらず、無保険でいるということはどういうことなのでしょうか。しかも、メディケイドの受給ラインは、貧困ラインよりもかなり高いのです。州によって違いますが、おおよそ年収2万5,000ドル以下の人は、メディケイドでカバーされています。そうすると、メディケイドでカバーされているにもかかわらず、無保険者の人が2,000万人くらいいるということになります。それと、今回の議会審議でも問題になっている不法移民が1,000万人くらいはいるので、そういうものを足していくと4,700万人になるということです。無保険者が即ジョブレスということでは全くありません。
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<p>
　勤務先企業が保険を提供してくれない場合には、個人で医療保険に加入しなければなりません。免責限度などいろいろな条件で違ってはきますが、通常一人年間1万ドル～1万5,000ドル、日本円でいうと100万円～150万円の保険料を支払わなければなりません。到底耐え切れない高額です。日本では、全額保険料を個人で負担する国保の場合、平均で9万円、給料の高い人からは本来は青天井で取ってもよいのではと思いますが、そうはなっておらず、最高限度が56万円となっています。アメリカの保険料は、はその2～3倍で、到底個人では支払えない金額なのです。ただこれは個人で加入する場合であって、企業が加入する場合は、この半額くらいで済みます。また、アメリカでは折半ではなく、80%くらいを企業が負担するわけですから、個人にはそれほどの負担にはなりません。企業が保険を提供していない被雇用者は、保険料が高過ぎて入れないことがお分かりいただけたと思います。
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　しかしながら、無保険者は医療を全く受けていないのか、病気になったら野垂れ死にするしかないのかというと、そうではありません。そういう人も、十分ではなくても医療を受けられるというのがアメリカの社会です。その事情も日本では理解されておらず、アメリカの無保険者は悲惨だと思われています。確かに悲惨なところはありますが。マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』では、患者をどこかに捨てていくところが描かれていました。しかし、マイケル・ムーアは保険に入っている人の医療がいかにひどいかということを描いていて、この映画が問題提起しているのは無保険者の問題ではないのです。
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　表4は、全米病院協会が発表しているアニュアル・レポートですが、2007年のところを見ると、病院の総収入が1兆6,000億ドルと出ています。その下にあるNet Patient Revenue（純医業収入）は、5,740億ドルとなっています。その差は約１兆ドルです。つまり、受取るべきであったのに取れなかった医療費が１兆ドルもあったということです。日本で言えば、診療報酬の未収金です。信じられないほど大きな数字ですが、それが1兆ドルあると全米病院協会が堂々と発表しているのです。実際には、純医療収入から経費を引いて、残りが利益になります。したがって、この1兆ドルというのは架空の数字です。どういう数字をここに掲げても関係はないわけですから、ある病院がうちの心臓手術代は100万円だが、実際には15万円しか取れなかったと報告すると、85万円はこのDeductionに入ってきます。それが1兆ドルになるというのはいかがなものかと思いますが、仮に3分の1としても3,000億ドルくらいはあるわけで、それくらいの医療費が慈善医療に充てられているということです。この慈善医療は、公立病院が中心に提供していますが、民間病院も結構行なっています。寄付などの原資もありますが、保険診療の収入の中からも、ある程度は慈善医療に割いて、その病院の評判を落とさないように、慈善医療をやっているわけです。アメリカの無保険者はこの慈善医療で救われているわけですが、日本で同様のことをやれば、日本の病院は全部潰れてしまうのではないかと思います。なお、この病院代には医師への支払は含まれていません。
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<strong>1人当たり所得と医療費の伸び～主要国比較</strong>
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　資料6は1985年までの各国の医療費の伸びと所得との相関関係で示した表です。どの国でも所得が伸びれば医療費も伸びるという、当たり前のことですが、アメリカの医療費は資料7でも分かるように、1985年以降はほかの国の医療費がGDP+2%で伸びているのに対し、コンスタントにGDP+2.5%で伸びています。これはどうしてかというのは難しい問題ですが、ケネディ大統領によって試みられた最初の皆保険が失敗した時に、やはりアメリカは医療立国・バイオ立国で行かなくてはいけないと、NIHなどへの投資を急増させました。その結果、病院の高度医療技術や製薬会社やバイオ技術といったイノベーションが進んで、他の先進国以上に医療業界の規模が膨れ、同時に医療費も増えたということのようです。その結果、医療業界は成長したけれども、それを支える保険などの財源が伴わず、無保険者などの問題が噴出してきたのです。（資料6, 7）
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資料6&amp;7
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<img style="width: 396px; display: inline; height: 311px" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100420ObamaSlide7.jpg" alt="100420ObamaSlide7.jpg" width="400" height="301" />
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　<br />
　<br />
　では、医療費のファイナンスはどうなっているのでしょうか。日本であれば年間24万円、アメリカでは60万円という一人当たりの医療費を、主要国について公的財源と民間財源に分けると、資料8のグラフのようになります。斜線部分が民間財源で、自己負担や民間保険が該当します。そして、白抜きの部分が公的財源、保険料と税金が財源です。このグラフから読みとれるのは、公的財源の額は、各国とも極めて似通っていますが、民間財源には大きな差があるということです。よく引用されているのは、一人当り医療費ではなく、総医療費の対GDP比で公的財源は対GDP比で約7～8％というグラフです。日本は対GDPでは、総医療費では約8%、うち公的財源は7％強となっています。ところが、アメリカは、公的財源部分は日本と変わらない8％内に収まっていて、残りの7～8％を民間保険でカバーしているのです。私は、これをニュートンの法則のように「公的医療費一定の法則」と学生に教えていましたが、政府が面倒を看られる額というのは、対GDP比で7～8％というところで、それを10％、20％にするというのはできません。7～8％を超えた部分をファイナンスするのは民間資金でしかあり得ないというのが世界的な現実ではないかと思います。医療技術がそんなに進歩しなければ、公的財源だけでももつのでしょうが、技術がどんどん進歩していけば、ほかの国もアメリカと同じようになっていくのではないかと思います。（資料8）
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資料8
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</div>
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　<br />
　「所得と医療サービス支出の日米比較」という興味深いグラフがあったので、ご紹介します。資料9は、10年ほど前の数字ですが、縦軸が個人負担の医療費で、横軸が所得です。日本は年間所得が500万円の人も2,000万円の人も、医療サービスに使っている個人支出は平均すると5～6万円で、ほとんど差がありません。一方のアメリカは、医療サービスに使っている個人支出が収入に比例して大きくなり、年間所得が2万ドルの人と8万ドルの人とでは大きな差が出ています。市場を拡大するためには、アメリカ流の傾斜がむしろ望ましいと言えるのかも知れません。反対に、平等・公平を重視するなら、やはり日本のような姿が理想ということになります。このグラフは、日本にもアメリカのような傾斜があったほうがよい、そのためには混合診療の全面解禁も必要であるということを説明するために作られたものですが、どちらがよいのかは非常に難しい問題です。（資料9）
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資料9
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<strong><br />
米国医療の課題</strong>
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　これらを総括すると、米国医療の課題が浮かび上がります。資料10では、これを①大量無保険者の存在、②医療費の高騰、③医療の質に集約しました。医療の質については、1990年代以降、民間保険でマネージドケアが盛んになって、保険に入っていてもキチンとした医療が受けられない、選別されるという不満が国民の間で非常に強まっています。ただ、それをもって、アクセスが十分に保証されていない、したがって医療の質が低いといえるかどうかは、難しいところです。次に、医療事故対策として医師が過剰に防衛的医療をするようになったということが、価格をつり上げている大きな要因になっています。オバマ大統領の演説でも、この防衛的医療のことにわざわざ触れています。防衛的医療が不必要な医療費を増やしている可能性があることを知ったので、医療過誤法の改正を含め、これに対する対応も考えるということを言っています。（資料10）
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資料10
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</div>
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　こうしたさまざまな課題があるにもかかわらず、改革が実現しない理由はどこにあるのでしょうか。ひとつは医療の世界でも市場競争至上主義が強調され過ぎていることです。アメリカでは市場原理の活用が必要だという考えの人が多いのですが、それが医療のように情報不足のなかでは、なかなか機能しないという問題があります。また、政府が規制に関与するには、国民からの不信感がきわめて強いのではないかと思われます。このあたりの実情は私が去年の初めに出版しました『米国医療崩壊の構図』に縷々詳述されています。小説のようにおもしろいのでぜひお読みいただきたいと思います。著者のレジナ・ヘルツリンガー教授は、米国医療を崩壊に導いた元凶は5人で、彼らは保険会社、非営利の大病院、雇用主企業、政府、それに専門家集団であるとしています。不思議なことに、元凶の中に医師と製薬会社は入っていません。保険会社がやり玉に挙げられているのはよく分かりますが、病院も元凶に入っています。ヘルツリンガー教授は、病院は表面上非営利と言いながら、実体は非営利ではないと決めつけています。早い話、人口10～20万の街に病院が2つ、3つあったものが、談合して合併し、市場を独占して価格をつり上げているといった実例が紹介されています。そうした事例は枚挙にいとまがないというわけです。通常の企業のM&amp;Aと病院のM&amp;Aとは何ら異なることはなく、しかも病院のボードメンバーは巨悪の金融界と同じように高額報酬を得てぬくぬくと暮らしていると詳述しています。また、雇用主企業も従業員のことを考えてきちんとした保険を選定していないし、政府も政府で細かいことに口を出して、政府が処方せんを書くような医療がはびこっている、それらを支える専門家集団もなっていない、と手厳しい指摘をしています。なぜ医師と製薬会社が入っていないのかは不思議ですが。（資料11）
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資料11
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オバマ政権の医療改革</strong>
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<strong>オバマ・バイデン・プラン</strong>
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　次に、オバマ改革の骨子を表5にとりまとめました。このうちで、どれだけのものが最終的に実現するのかは現状では分かりません。オバマの改革案は政府が骨格を決めてはいますが、具体的な内容は議会の主導でまとめる方法をとっています。これは、細かいところまで何でも政府が決めて、その承認を議会に迫った結果、ぎくしゃくし過ぎて廃案となったクリントン政権の手法の反省から生まれたものですが、それがうまくいくかどうかということです。
</p>
<p>
　表5に掲げたオバマ・バイデン・プランは、非常に盛りだくさんで、これらの内容をオバマ大統領が自ら詳しく解説したのが、9月9日の上下両院合同会議での1時間を超える演説でした。このプランに挙げられている大項目だけでも20～30項目あり、多岐多彩です。合同会議の中では、皆保険化は必ずしも今回の改革案の最優先課題ではないとオバマ大統領は言っています。「総論」に要約したように、①ヘルスケア費用の高騰抑制、②多数の無保険者の存在を無くすこと、③予防と公衆衛生への投資不足を改善するのが主な目的であると、しているのです。そして、改革案のめざす姿としては、医療の質を確保しつつ、医療コストを削減するとあります。今まで民間保険やメディケア、メディケイドで保護されている人は、そのまま利用でき、質はキープすると宣言しています。無駄を省いて医療コストを削減するという方向です。これに対し、サービスの質を確保しながらコストを削減することが本当にできるのかということが、大きな議論になっています。
</p>
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　オバマ改革のポイントは、医療の質の確保とコスト削減を実現するには、現在の医療保険のあり方を改善するのがもっとも大事なことであると強調している点です。そのためには、チェーリー・ピッキング（被保険者選別）という、保険会社にとってあまりありがたくない、すでに病気になっている人の保険加入を断るのを一切認めないという規制案も入っています。既往歴の如何にかかわらず、平等に医療保険は提供されなければいけない、それを法律で定めるということです。また、平均的なサラリーマンが支払うことのできる保険料で、アクセスしやすい医療をすべての米国民に提供するとあります。これはまさに無保険者の根絶ということです。そして、予防の促進、公衆衛生の強化を謳っています。今一番問題になっているのは、医療保険をどういう組織が提供するのかということの議論です。（資料12、表5）
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資料12
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下院民主党案と上院民主党案の共通点と相違点</strong>
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　資料13に、下院民主党案と上院民主党案の共通点と相違点をまとめました。共通点を挙げると、保険加入を段階的に拡大し、最終的に国民皆保険を実現すること。そして、保険加入を全国民に義務づけること。さらにすでに保険に入っている人への対策として、民間保険会社のチェリー・ピッキングを禁止することです。一方、主な相違点のひとつが、企業雇用者に従業員に対する保険提供を下院は義務づけると言っています。もちろん小さな企業は除きますが、中規模以上の企業には保険を提供し、もし提供しないのであれば、その代わりに従業員の支払う保険料を填補するように義務付けるということです。これは「プレイ・オア・ペイ」と言われていますが、そのどちらかを行なうべしというものです。ちなみに、アメリカの大企業の8割方は医療保険を提供していますが、景気の悪化とともに提供しない企業が増えてきています。アメリカで一番大きなスーパーマーケットであるウォールマートは初めから医療保険を提供していませんが、今回はオバマ大統領の呼びかけに賛同しました。一番もめているのが、チェリー・ピッキングの禁止です。
</p>
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　資料13には、「下院は公的保険プラン（パブリック・オプション）を創設し、上院はこれを断念、同プランの選択を州政府に委ねる」とあります。これは、要するに無保険者のための保険制度を新しく作るに当って、その保険会社をどういう形のものにするのか。従来の民間保険会社にやらせたのではこれまでの保険制度とあまり変わらず、無保険者が高い保険料を払えるはずがありません。理想はメディケアと同じように政府100％出資で政府主導の保険公社として運用することです。オバマ大統領も当初はこの下院案に賛成していました。ところが、その案に対する反発が強く、一旦政府100%の保険ができると、民間保険は競争できず、将来的にはカナダと同じように保険者は一人しかいない「シングル・ペイヤー」の国になってしまうのではないかという批判が強いため、方針を転換しました。それで、民間の保険会社に政府の支援も入れて、協同組合方式の保険機構を作ろうという案が浮上しました。そこでは、基本的には市場原理での運営に任せるが、政府もタックス・ベネフィットをつけたり、支援金を一部出したりするなど、何らかの形で支援するという案です。さらに、上院案は連邦ベースではなく、州別にばらして、それぞれの州の選択で保険機構を作ろうということになっています。改革法案が成立するとしても、公的オプションの部分に関してはかなり後退したものになるのは間違いないところです。さきほどから申しているように、9月9日のスピーチから判断しても、オバマ大統領はどちらかといえば市場主義者ですから、大統領自身はリベラルが主唱しているガチガチの公的保険を望んでいるわけではなさそうです。市場の自主性に任せた協同組合的な保険会社ができて、それが多少とも民間保険会社への抑止力になれば十分であるというのが、オバマ大統領の真意ではないかと思います。新たな保険組織創設のための財源として財政赤字を増やすことは1ドルたりとも認めないと言っています。無保険者を救うための財源として、高額所得者からは新しい税金をとる、ないしは高額な民間保険に加入している人の保険料に税金を賦課するとしています。（資料13）
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資料13
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<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100420ObamaSlide13.jpg" alt="100420ObamaSlide13.jpg" width="400" height="301" />
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<strong><br />
<br />
わが国への示唆</strong>
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　こうした新しい制度がオバマ大統領の思惑とおりにできるかどうかはまったく混沌としていますが、これまでのアメリカの議論は日本の制度とはどういう関係があるでしょうか。オバマ改革は10年間で約1兆ドル、年に1,000億ドルですから、日本の規模に引直すと5兆円くらいのお金が余分に投入されるわけです。それに対して、国民皆保険化に要する費用は富裕層からの増税や関連業界からの拠出、既存制度の節減からの捻出で賄い、財政赤字は増やさないことを鮮明に打ち出しています。１ドルなりとも財政赤字は増やさないという姿勢を貫いています。このオバマ大統領の姿勢をどうみるか。わが国の議論は、財政赤字容認、公共事業に使うお金があれば医療保険に使うべしとの主張も多いようですが、アメリカの議論に鑑みると、それはどうかと思います。
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<p>
　日本の保険料率はアメリカに比べると半分か3分の1程度の低いものです。欧州の主要国と比べても、ドイツは14.6％、フランスは13.9％ですが、日本は協会けんぽで8.2%（本年4月以降は9.34%）、組合健保平均で7.3％と、格段に低くなっています。自己負担も高額医療費制度があるため、平均では22%程度に留まっています。アメリカではメディケアとメディケイドを両方受けている高齢者であっても、そのカバー率はせいぜい67％で、33％は自己負担となっています。先ほど申したイギリスのように、富裕層は税金で医療費を支払った上で、プライベート医療を希望するのであれば、全額自己負担で受けなさいという国もあるわけです。それをどう見るかは難しいところです。いずれにしても、米国の民主党穏健派ではありませんが、企業の責任がもっと日本でも重視され、企業の医療保険給付を義務化してもよいのではないかと思います。アメリカでもこれまで企業の保険提供は義務化されていませんでしたが、今回の改革が通れば義務化されることになり、ウォールマートのような大企業もそれに賛同しています。弱小企業は別途救うとして、被雇用者が一人でもいる企業は保険料を負担することの原則化がアメリカで施行されようとしているのです。企業だけではなく、個人にも義務化され、保険に加入しなければ毎年900ドルの罰金が課されるようになります。一方、日本の皆保険は、組合健保、協会けんぽに入れない人にはすべて国保が医療保険を提供するということで成り立っています。日本には個人の加入義務も企業の保険提供の義務もありません。現に、組合健保の解散が相次いでいますが、これを放置して、残った健保や国保に全部押しつけるのはいかがなものかという気がします。少なくとも、企業に医療保険の提供を法律上義務づける点は、日本でも考えるべき問題ではないかと思います。
</p>
<p>
　もうひとつは、予防の促進、公衆衛生の強化です。今回の医療改革の柱としても大きく打ち出されています。予防が進めば医療費が下がるという実証研究はあまりありませんが、アメリカは予防も医療保険でカバーしていこうという方向にあります。日本は予防や人間ドックなどの検査は原則として保険不適用ということでやってきています。最近、高齢者はインフルエンザから肺炎にかかる確率が高いため、肺炎球菌ワクチン接種の必要性がようやく言われるようになってきましたが、日本での接種率はまだ3％くらいです。一方、アメリカの高齢者は50％以上が肺炎球菌ワクチンの予防接種を受けています。
</p>
<p>
　個人の自己負担についてもアメリカの自己負担率は結構高く、欧米の皆保険国でも結構高い国があります。日本も高齢者すべてが低所得者で弱者だと捉えるのはいかがなものでしょうか。負担できる高齢者は高齢者の間で負担し合うアメリカのメディケア的な考え方が必要なのではないかと思います。（資料14）
</p>
<p>
　非常に雑ぱくな話でしたが、ご静聴ありがとうございました。
</p>
<p>
資料１４
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100420ObamaSlide14.jpg" alt="100420ObamaSlide14.jpg" width="400" height="301" />
</div>
<p>
<br />
（2010年4月20日、(財)医療関連サービス振興会発行「振興会通信Vol.104」p24～43所収）
</p>
<p>
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</p>
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</p>
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]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/medical/post_196.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/medical/post_196.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">008医療経済論集</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Apr 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「ボルカー・ルール」に喝采</title>
         <description><![CDATA[<p align="right">
&nbsp;
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100401VolkerRuleLogo.jpg" alt="100401VolkerRuleLogo.jpg" width="381" height="240" />
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
<p>
　本年1月19日に行なわれたマサッチューセッツ州補欠選挙で、過去47年間故エドワード・ケネディ上院議員が保持してきた議席を民主党が失い、上院での絶対多数を失った。これは「オバマ大統領が大手銀行や保険会社、自動車会社を救済し、金融機関の経営者が巨額のボーナスをもらうのを許容する姿を見て失望した」多くの米国民の声の反映であり、オバマ大統領の支持基盤は確実に崩れ始めている。この危機からの脱却を図る起死回生の一手として、オバマ大統領は1月21日に「ボルカー・ルール」と称される新たな金融規制案を発表した。
</p>
<p>
　　「ボルカー・ルール」の柱は、①「大き過ぎて潰せない」故に公的資金を投入せざるを得ない事態を回避すべく、金融機関が抱える負債額を制限し、大銀行にこれ以上の規模の拡大を認めないという規模規制と、②商業銀行が行なうヘッジファンドへの出資や高リスク証券化商品などへの投資やディーリングを禁止・制限する、という機能規制である。これは、国際競争力強化のための金融の自由化や金融機関巨大化を主導してきた米国政府の方向転換であり、国際市場にも大きな衝撃をもたらしている。
</p>
<p>
　金融機関の監督体制強化については、3月22日に大手金融機関などの破綻処理制度などを織り込んだ「金融制度改革法案」を米国上院の銀行委員会が可決した。これは昨年12月に下院で可決された法案に近く、共和党の一部も賛成に廻る可能性が高いので、医療改革法成立の勢いに乗って、近々成立するものと見られている。この法案では、資産規模500億ドル超の大手金融機関の監督責任はFRBが担う。このために、FRBには金融監督を指揮する副議長ポストを新設、FRBには必要と判断すれば大手金融機関を解体する権限も与えられる。「ボルカー・ルール」は他の規制とも組み合わせて、新しい金融監督体制の枠組みのなかで有効に機能するようにFRBが細則を制定する。
</p>
<p>
　これを受けて、ガイトナー米財務長官は3月22日に、「ボルカー・ルール」を全面的に取り入れた金融危機の再発防止に向けた金融制度改革の必要性を強調、上院銀行委員会が可決した改革法案の早期成立を強く求めた。さらに、ガイトナー長官は「規制の重荷に不平を言ったり、将来の危機に対しての負担に反対したりする業界の声には耳を貸すべきではない」とウォール街のロビー活動を牽制している。
</p>
<p>
<strong>１、「ボルカー・ルール」は&quot;Too Big to Fail&quot;に対応できるか</strong>
</p>
<p>
<strong>(1)</strong><strong>大銀行寡占化の急進展</strong>
</p>
<p>
　米・日ともに大商業銀行間の合併とグラス・スティーガル法、証取法で禁止されてきた業際規制の撤廃を受けて大銀行による投資銀行・証券会社の合併が進展し、表1に見られるとおり、米・日ともに上位三大行の総資産は過去10年間に3倍近くに急増した。全国銀行の総資産に占める三大行のシェアは米国で52.3%、日本ではじつに58.4%に達している。　
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100401VolkerRuleHYou1.jpg" alt="100401VolkerRuleHYou1.jpg" />
</div>
<p>
　<br />
　欧州主要国での大銀行寡占化の進展はさらに激しく、独・仏・スイスでは、かつてはすくなくとも三大行以上が並立していたが、近年巨大行二行に集約されつつある。このように巨大化した結果、表2に掲げた各国の地場最大行はドイツ銀行一行を除きすべて最近の金融危機時に公的資金の投入を受けて政府の手で救済されている（三菱UFJは1999年から2006年まで、JPモルガンは完済済み）。また、英・仏・スイスに本店を置く地場最大行の資産規模は、その国のGDPを上回っている。
</p>
<p>
　今回の金融危機では、アイスランドの大手3行の2007年末総資産合計が約20兆円と同国GDPのほぼ10倍に達し、これを救済した国家自体が破綻したのは周知のところである。
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100401VolkerRuleHYou2.jpg" alt="100401VolkerRuleHYou2.jpg" />
</div>
<p>
<strong><br />
（2）「ボルカー・ルール」による規模規制の狙い<br />
<br />
　</strong><strong>　</strong>「ボルカー・ルール」での政府の規模規制原案は、米大銀行の負債規模の上限を「米国内全銀行の負債合計の10%までに抑える」というものである。預金の残高規模については、すでに「一行の残高が全銀行の預金残高の10%を超えるような合併は認めない」という上限ルールが存在するが、これと同様の規制が預金以外の借入債務についても適用されることとなる。
</p>
<p>
　これは、大銀行の総資産規模に一定に基準を示して、その範囲内に抑えこもうとする提案ではなく、負債サイドに照準を合わせて、預金以外の借入債務に依存した経営で突出する大銀行が出現しないようにする予防的な規制措置である。
</p>
<p>
　その根底にある考え方は、業務範囲の規制や独禁法など種々の規制と組み合わせて、これ以上は巨大化しないような仕組みを具体化する方向を示すとともに、預金保険による保護や中央銀行からの借入の特権を持つ預金銀行には、その本旨に反する「ハイ・レバレッジ」の投機的な借金経営を認めないとするものである。
</p>
<p>
　　「市場からの借入（負債）規模に上限を設ける」という規制が導入されれば、結果的には預金銀行は預金の範囲内での融資と国債などへの投資に専念せざるを得ない。この結果として、自己勘定による投資、株式や証券化商品への投資など投機的な取引は大規模にはできなくなり、総資産規模の拡大も止まるであろうというのがボルカー氏の筋書きである。
</p>
<p>
　ところが、表3に見られるとおり、米大銀行の負債構造はすでに借金の方が預金を上回っているのが現実である。バンク・オブ・アメリカの場合には、預金以外の債務が45.2%と、自己資本を除く債務の過半を超えている。三菱UFJでも借金が預金の半分以上に膨れ上がっている。両行ともに、全銀行の総負債に占める割合は、国内外の区別が不分明のため確認はできないが、10%を大幅に超えている模様である。
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100401VolkerRuleHYou3.jpg" alt="100401VolkerRuleHYou3.jpg" />
</div>
<p>
　<br />
　要するに、大銀行は預金を原資とした融資と債券投資だけではまったく儲からないので、借金を原資とした投機的な投資銀行業務に比重を大きく移しているのである。BOAによるメリル・リンチの買収や三菱UFJのモルガン・スタンレーへの投資は、そのごく一部と言えよう。唯一公的資金による支援を受けていないドイツ銀行も1995年から投資銀行業務に軸足を移し,2005年には総収入の75%を投資銀行業務から挙げる収益構造に転換している。
</p>
<p>
　1992年から銀行の自己資本比率規制として本格適用された第一次のBIS規制が論議された時には、当時のボルカーFRB総裁も積極的なBIS規制導入推進者であった。しかし、その後の同氏の述懐では「BIS規制で銀行の資産規模を抑え込んだ結果として、大銀行は貸金債権の証券化による売却やSIVといった非連結子会社での投資業務に邁進したことが、今回の金融危機を招いた」として、このような数値規制の強化には疑問を呈し続けている。「ボルカー・ルール」はこの反省に端を発し、大銀行の業務展開のあり方自体が問われている点が重要である。ボルカー氏の提案には、同感せざるを得ない。
</p>
<p>
<strong>２、「ボルカー・ルール」による業務規制は機能するか</strong>
</p>
<p>
<strong>(1)</strong><strong>大手金融機関に対する業務規制の背景</strong>
</p>
<p>
　米銀の収益構造を、比較的安定していた金融バブル崩壊前の2007年度について見ると、表4のとおり、非金利業務収益の比率が全国銀行で5割弱、最大手のJPMorgan-Chaseにおいてはじつに7割に達している。非金利収益にはクレジット・カードなどの手数料収入も含まれているが、その大宗は自己勘定によるディーリングや投資活動から得られる証券関連業務収益である。
</p>
<p>
　JP Morgan-Chaseの実態はすでに投資銀行（証券会社）であって、預貸金業務は付随的に行なわれているに過ぎない。現に、同行の財務開示では、非金利業務収益を冒頭に掲げており、金利差益はその下に示されている。同行の証券引受とM&amp;A手数料など狭義の投資銀行業務収益は2009年度には5.5億ドルと、全金融機関中のトップとなり、全世界の同業務収益の10%近くを占めている。トレーディング収益も、ベア・スターンズを買収して、ゴールドマン・サックスに迫っている。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%89" title="ヘッジファンド">ヘッジファンド</a>部門でも米国最大で、340億ドルを管理している。
</p>
<p>
　邦銀全体での非金利収益は全収益の1/4程度に留まっているが、最大行の三菱UFJ・FGは業務収益の過半を非金利収益で稼ぎ出している。
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="display: inline" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100401VolkerRuleHYou4.jpg" alt="100401VolkerRuleHYou4.jpg" />
</div>
<p>
　<br />
　大銀行の収益構造は、このように非金利業務収益が主体となっているが、この非金利収益のうち対顧客サービスから得られる部分は少ない。利益の大部分はハイ・レバレッジで大きなリスクをとって行なっている自己勘定での投資やディーリング業務から挙げられている。これが、今回の金融危機の根因となったのである。
</p>
<p>
　欧州大陸の銀行は以前から預貸金業務と投資銀行業務を併営するユニバーサル・バンキングが主流であり、証券会社は例外的にしか存在しない。これは、顧客にとってはワン・ストップ・バンキングでことが足りる便利な制度である。ところが、米国では1930代の金融恐慌の反省から、これを否定し、グラス・スティーガル法により銀行と証券が分割された。わが国の法制も戦後これに倣った。
</p>
<p>
　この銀証分離は利用者にとっては不便で弊害の方が大きいという反省から、米国では1999年にグラス・スティーガル法が事実上廃止され、わが国もこれに追随した。「ボルカー・ルール」の考え方の基本はこの銀証分離を復活させるのではなく、単純化すれば、金融取引を対顧客勘定取引と自己勘定取引に別け、「顧客との関係なしに自己の利益のためにリスクをとって行なうハイ・レバレッジの自己勘定取引を原則として預金銀行には認めない」という新たな規制である。
</p>
<p>
　筆者自身、銀行在勤中にもっとも心血を注いだ仕事は、この銀証分離を定めた証取法65条廃止へ向けての証券業界や規制当局との闘いであったが、その使命感の由来するところは総合的な金融サービスを顧客に提供するのは銀行の当然の責務と考える信念であって、自己勘定取引で大儲けをしようといった魂胆はまったくなかった。したがって、ボルカー氏の考え方は心底から納得でき、全面的に賛同したい。
</p>
<p>
<strong>（２）</strong><strong>「ボルカー・ルール」による</strong><strong>業務規制の内容</strong>
</p>
<p>
<strong>　　</strong>「ボルカー・ルール」での業務規制の柱は、銀行と銀行を内部に持つ金融機関には、顧客サービスに関連のない自己の利益のために行なう①ヘッジファンドやプライベート・エクイティーへの投資・運用、②自己勘定トレーディング業務を認めない、というものである。
</p>
<p>
　今回の金融危機の本質は、ヘッジファンドと大手金融機関が一体となって、レバレッジに支えられたハイ・リスク、ハイ・リターン取引に狂奔した点にある。ヘッジファンドの残高は、次掲のグラフに見られるとおり2004年に1兆ドルを超え、2007年には2.2兆ドルに達したが、この増加分はほとんどが大手金融機関の関連であって、2009年にはこれが剥がれた結果、1.2兆円規模に縮小している。
</p>
<div style="text-align: center">
<img style="width: 251px; display: inline; height: 172px" src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100401VolkerRuleZU.jpg" alt="100401VolkerRuleZU.jpg" />
</div>
<p>
　
</p>
<p>
　自己勘定によるディーリングの利益は、旧来からある金利や為替からではなく、市場性の低いサブプライム・ローンなどの証券化商品取引やデリバティブ、商品先物取引などから得られている。金融危機後でも、ゴールドマン・サックスの今期利益の90%近くが自己勘定によるものと言われている。
</p>
<p>
　この高収益は、収益連動の報酬システムに魅せられた高給ディーラーがハイ・リスク商品を開発してディーリング対象を増やし、市場が拡大したために実現したものである。このような投機取引市場の拡大は、金融サービスの受け手である企業や個人投資家は損失を押し付けられるだけで、一握りの強欲金融資本を利しているに過ぎないことは明白である。これを放置してきた規制当局の責任は重い。
</p>
<p>
　ボルカー氏は2004年に日経に連載された「私の履歴書」のなかで、後任の前グリーンスパンFRB議長を「私に比べ、金融の規制・監督には関心がやや薄い」と批判している。片や、グリーンスパン氏は回顧録の中で、信用デリバティブ（CDS）を卓越した金融商品の開発として賞賛し、1999年にはデリバティブの管理強化に反対する旨の報告書を政府へ提出している。
</p>
<p>
<strong>（３）「ボルカー・ルール」への批判</strong>
</p>
<p>
<strong>　　</strong>「ボルカー・ルール」に対しては、規制対象となる大手金融機関が反発するのは当然のことながら、識者の間からも規制の根拠や実効性についての疑問が提起されている。
</p>
<p>
　第一には、今回の金融危機の元凶はベア・スターンズやリーマン・ブラザーズのような投資銀行と保険会社のAIGであって、大手銀行ではない。規制の対象は投資銀行などに絞るべきではないか、という議論である。しかしながら、彼らを融資面・取引面で支えてきたのは大手銀行であり、大手の投資銀行は銀行免許も得ることによって危機から免れた以上、預金銀行と投資銀行を峻別することはもはやできない。ハイ・リスクの投機的取引に特化したければ、銀行免許は返上すべきである。　
</p>
<p>
　第二に、「対顧客勘定取引」と「自己勘定取引」を区分することは、技術的に不可能ではないか、無理に区分させると対顧客取引を装った自己取引が横行するなど、裏取引が増えるだけであるという批判である。<br />
<br />
　第三には、規制の強化は金融市場の活力を殺いで、適正な価格形成を妨げ、金融技術の進歩を阻害するなど資本主義経済の根幹を否定することに繋がり、企業や個人投資家などを益することもないといった市場至上主義者の主張である。
</p>
<p>
　いずれも一理はあるが、飽くなき自己利益の追求に猛進し、世界を大不況に陥れた元凶である強欲な金融資本が再び金融バブルを引き起こさない保障はない。要は、金融機関の使命である産業に血液を供給し、消費者に利便を提供する公益性と市場原理のバランスの問題である。やはり、投資銀行業務についても「ボルカー・ルール」といったゲームのルールを確立したうえで、自由に競争させるのが筋であろう。　　
</p>
<p align="right">
（岡部陽二、医療経済研究機構専務理事、元広島国際大学教授、　元住友銀行専務取締役）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
</p>
<p>
（2010年4月1日付け（財）外国為替貿易研究会発行「国際金融」1211号p20～24所収）
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/finance/post_194.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/finance/post_194.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">006国際金融論集</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Apr 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東部東櫻だより第3号会長挨拶</title>
         <description><![CDATA[<p align="center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100320DousoukaiAistsuLogo.jpg" alt="100320DousoukaiAistsuLogo.jpg" width="320" height="228" />
&nbsp;&nbsp;
</p>
<p align="right">
<strong>会長　</strong><strong>岡部　陽二　</strong>（昭和22年卒）
</p>
<p>
　東部東櫻同窓会は、3年に2回の総会開催と1回の会員名簿(会誌)発行、「東部東櫻だより」の随時発刊を運営ルールとしてきました。
</p>
<p>
　昨年6月6日（土）には日本工業倶楽部において総会を開催しました。友野龍士の和太鼓と穴澤雄介のバイオリンによるセッションライブ演奏を楽しんだ後、㈱ジャパンライフデザインシステム社長の谷口正和氏に「青い鳥の経営戦略～京都に大いなるチャンス～」と題し21世紀に適った京都発の商業・観光・産業振興のユニークなアイディアをご披露頂きました。
</p>
<p>
　ところで、同窓会運営上の最大の問題は、総会への参加者の減少です。平成15年の総会には100名の参加がありましたが、平成19年・21年には50名を割り込んでおります。
</p>
<p>
　これへの対策として有効かどうかは分かりませんが、総会後に開催しました理事会にて、東部東櫻同窓会総会は本部同様、3年に一回、京都での総会の翌年の6月第一土曜日に開催することにしました。したがって、次回は平成24年(2002年)6月2日(土)の予定です。皆様方からの総会活性化へ向けてのご提案をお待ちしております。
</p>
<p>
　「東部東櫻だより」は今回が第3号となりました。昨年刊行されました本部の「東桜だより」第18号には及びませんが、東部も健闘しております。今回は昭和13年小卒の稲垣真実さんに明治42年卒業の村山槐多という異様な情熱を感じさせる洋画家について書いて頂きました。(稲垣真実さんのエッセー下掲）村山槐多は京都師範附属小学校と京都一中を卒業して東京へ出、22歳で夭折するまでわずかの5年の間に多くの洋画作品を残しています。村山槐多は詩人や小説家としても活躍した天才画家で、昨年12月から今年1月にかけて渋谷の松濤美術館で「没後90年・村山槐多・ガランスの悦楽」展が開催されました。一方、稲垣真実さんは84歳の今も現役の著述家として多忙を極めておられる大先輩です。
</p>
<p>
　母校の附属小学校・中学校は、本年3月で「小中一貫9年間義務教育」の実験段階を終え、本核的な一貫体制での運営となります。校長先生は平成17年から一人になられ、同窓会も合体の方向で検討が進められております。幸い東部東櫻同窓会はすでに合体済みですが、中学のみ在籍の方の名簿が不備で、十分にはカバーが出来ておりません。会員の皆様方から中学のみ在籍の方へのご伝達と事務局への情報提供をよろしくお願いします。
</p>
<p>
（2010年3月20日、京都教育大学附属きょうと小学校東部東櫻同窓会広報委員会発行「東部東櫻だより」第3号　p1所収）
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100320TobuTououDayori.jpg" alt="100320TobuTououDayori.jpg" width="518" height="86" />
</div>
<div style="text-align: center">
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</div>
<div style="text-align: center">
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</div>
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         <link>http://www.y-okabe.org/active/3_2.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">010活動関連記事</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 20 Mar 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ベルリンの壁崩壊と天安門事件20年に想う</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: center">
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</div>
&nbsp;&nbsp;
<p>
　東西冷戦のシンボルであった「ベルリンの壁」が崩壊してから20年となる昨年11月9日に、ベルリン中心部で、記念式典が盛大に催された。テレビで観た壁崩壊をイメージした千個の巨大ドミノ倒しは、一つの出来事が瞬時にして全世界に波及する様を如実に表現しており、壮観であった。<br />
　1989年にはロンドンに駐在していた私は、壁崩壊の数日後に西ベルリンを訪れた。そこで、東ベルリンから流入した大衆が、まずバナナを求めて殺到する様は、失礼ながら蝗の大群の襲来のようであった。そ凄まじい解放感を目の当たりにして、あらためて自由の尊さを実感したのであった。
</p>
<p>
　東ベルリンへ入って、借りたハンマーで壁崩しを試みたが、堅牢なコンクリートに跳ね返されて、何遍試みても割れなかった。すると、地元の少年がどこからともなく現れて、壁の一片を5ドルで売ってくれた。壁崩壊とともに、需要と供給がマッチする市場原理も直ちに入り込んできたのである。
</p>
<p>
　80年代には、毎年何度か西ベルリンからチャーリー・チェックポイントという東側の検問所を歩いて通って東ベルリンへ入った。車に乗っていても、検査は床の下まで金属探知機で調べるといった徹底ぶりであった。東ベルリンの街は、広告もほとんどなく、街全体が灰色で暗かった。
</p>
<p>
　壁崩壊の前年の9月には、東西融合を訴えて西ベルリンでＩＭＦ・世銀総会が開催され、私も参加した。この時は、東ベルリンのホテルも活用すべく、東西の行き来が一時的に緩和されたが、その一年後に壁が無くなることを予測した者は誰一人としていなかった。
</p>
<p>
　一年前はおろか、11月9日の当日でさえ、強力な軍隊と秘密警察に支えられた共産主義という強固な機構が崩れることは誰も予見し得なかった。東独の大衆が壁を乗り越えて、自由を求めて西側へ乱入するのを武力で制止することを諦めた東独政府の決断に至る東独側での葛藤は西側には洩れなかったのである。
</p>
<p>
　ゴルバチョフ大統領辞任に至るソ連邦の解体には、なお2年余を要したが、壁崩壊のかなり前からすでに東側の体制が内部崩壊を起こしていた事実を読みとった専門家はごく少数であった。
</p>
<p>
　壁崩壊後の西独政府の対応は迅速であった。3週間後には、悲願の東西ドイツ統合を発表、実質価値は数分の一しかなかった東独マルクと西独マルクとの等価交換を決定した。それと歩調を合わせて、ＥＵの通貨統合や東欧諸国の民主化・市場経済化が急速に進展した。1999年1月に11カ国で発足した統一通貨・ユーロには、10年後に東欧圏からスロベニアとスロバキアの2カ国が参加を果たしている。
</p>
<p>
　ベルリンの壁崩壊の最大のインパクトは、東西の障壁も先進国と開発途上国との障壁も一挙になくなって、ヒト、モノ、カネが世界を自由に動き回る地球規模での経済統合、いわゆるグローバル化が進んだことではなかろうか。中国をはじめとする東アジア諸国やロシア・東欧が一挙に市場経済圏に仲間入りした結果、低労働コストでの商品生産量が急増しただけではなく、マネーの暴走が金融危機を惹起した。
</p>
<p>
　この20年間で世界の名目ＧＤＰは89年の20兆ドルから08年には60兆ドルと3倍に増えたが、その過半はＢＲＩＣＳなどの途上国であり、わが国をはじめ先進国の多くはこのグローバル化に対応できていない。障壁のない世界で、成長力を高め、長期低迷から脱するための有効な処方箋を先進国はいまだ描けていないのである。
</p>
<p>
　国際政治の面では、冷戦の勝者と見られた米国がイラク戦争で躓き、アフガンでも手を焼いている。米ソによる抑えが利かなくなった結果、イスラム原理主義によるテロが頻発し、核拡散の恐怖が高まっている。
</p>
<p>
世界を大きく動かした20世紀後半の出来事をもう一つ挙げるならば、それは同じ年に勃発した天安門事件であろう。
</p>
<p>
　天安門事件は、1989年6月4日に、同年4月の胡耀邦の死をきっかけに、天安門広場に民主化を求めて集結していた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%94%9F" title="学生"><span style="color: #000000">学生</span></a>を中心とした一般市民のデモ隊に対して、中国人民解放軍が市民に向けて無差別発砲し、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E7%94%B2%E8%BB%8A" title="装甲車"><span style="color: #000000">装甲車</span></a>で轢き殺すなどの武力弾圧をし、多数の死傷者が出た事件である。
</p>
<p>
　1985年来、ソ連で「ペレストロイカ」が進められ、同じく1949年の建国以来共産党の一党独裁下にあった中国でも、1986年5月に総書記の胡耀邦が「百花斉放・百家争鳴」を提唱して、国民からは開明的指導者として支持を集めていた。
</p>
<p>
　これに対して鄧小平ら党内の長老グループを中心とした保守派は、この自由化路線の推進は中国共産党による一党独裁を揺るがすものとして反発し、胡耀邦は事実上失脚した。1988年末から北京や地方都市でこれを非難する学生デモが発生、89年5月にはピークに達していたのである。
</p>
<p>
　この89年5月の連休に北京で初めて開催されたアジア開銀総会に参加するため、私はロンドンから北京へ駆けつけた。街は連日のデモ行進で警察との小競り合いが頻発してはいたが、天安門広場に面する人民大会堂で開かれた総会や各所での大パーティーには何の影響もなく、まさか一ヵ月後に軍隊が出動する大流血事件がここで勃発することなど想像もできなかった。
</p>
<p>
　天安門事件は、ベルリンの壁崩壊とはまったく逆に、民主化を阻止して一党独裁体制を強化した出来事であったが、一党独裁下で経済の市場化を一貫して強力に進めた結果、今日の中国経済繁栄が実現したことは疑う余地のないところである。
</p>
<p>
　78年の12月に決定された改革開放政策の成否は、89年の天安門事件を乗り切るがどうかに掛っており、この事件が大きな岐路であった。この時点で、もし民主化の要求を入れておれば、国内は分裂し、高度成長路線には乗れなかったのではなかろうか。
</p>
<p>
　二大突発事件の前後に現場に居合わせることができたのは国際畑の人間として幸いではあったが、この時点で、かのドミノ倒しの連鎖に象徴される如きグローバル化の急進展、以後20年の急激な変化は到底予見し得なかった。おのが不明を恥じるばかりである。
</p>
<p align="right">
　（岡部　陽二、個人会員、元明光証券㈱会長）
</p>
<p>
（2000年2月22日、一般社団法人・日本証券経済倶楽部発行「しょうけんくらぶ」第87号、p6～7所収）
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100110BerlinnokabehoukaiTenanmon.jpg" alt="100110BerlinnokabehoukaiTenanmon.jpg" style="display:inline;" />
</div>
<p>
&nbsp;
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/finance/20_1.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/finance/20_1.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">006国際金融論集</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 22 Feb 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜投資教室＞株式配当金の損益通算を活用しよう</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100215HaitouSonekitsuusanLogo.gif" alt="100215HaitouSonekitsuusanLogo.gif" width="286" height="150" />
&nbsp;&nbsp;
<p>
　この2月15日に始まる平成21年（2009年）度分の確定申告から、上場株式等の譲渡益に加えて上場株式等の配当金等についても、譲渡損失との間の損益通算ができるようになった。
</p>
<p>
　また、証券会社が個人株主に代わって譲渡損益の通算計算を行なう「源泉徴収ありの特定口座」を通じた申告不要の取引については、平成22年（2010年）度からは、一定の条件を満たせば、これに配当金等の受取も含めることができるようになった。
</p>
<p>
　この税制改正は、すでに平成20年度改正で、恒久税制として法制化済みのことで、目新しいものではないが、証券会社からの損益通算活用の勧奨キャンペーンはきわめて低調で、個人投資家全般に徹底されていない嫌いがあるので、ご友人などにも節税策の徹底を図って頂きたい。
</p>
<p>
　当協会では、譲渡損益通算の対象を、配当・利子などの果実を含め、全金融商品に拡大すべきとの提言を数次にわたって関係筋に提出してきた。この平成20年度改正は、その実現への第一歩として高く評価される。株式配当への所得税課税については10%の軽減税率が平成23年度まで継続適用され、それ以降については本則の20%に戻すとされている。本協会では、配当課税は全廃すべきと主張しているが、これの実現には、「日暮れて道遠し」の感がある。ただ、配当金等についても損益通算が認められれば、税率が高い方が節税効果は大きくなる。
</p>
<p>
　平成21年度からの株式電子化に伴い、国内上場株式は原則として、保管振替機構（ほふり）で管理され、個人の株式売買はすべて証券会社に開設される「特定口座」か「一般口座」を通じて取引されるようになったことが、このような税制改革にも繋がったものである。
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100215HaitouSonekitsuusanHyou1.jpg" alt="100215HaitouSonekitsuusanHyou1.jpg" width="600" height="316" />
</div>
<p>
<strong><br />
１、譲渡所得にかかる「損益通算」の対象所得</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>今回上場株式等の譲渡損益通算に加えることができるようになったのは、「上場株式等の配当所得」である。「利子所得」や「先物取引などからの雑所得」は含まれない。表１に示したように、「株価指数先物」や外国為替証拠金取引（FX）、商品先物も含まれない。
</p>
<p>
　「上場株式等の配当所得」には、「国内上場株式の配当金」だけではなく、「外国株式の配当金」「公募株式投信の分配金」が含まれる。公募株式投信には、ETF,REIT、海外ETFも含まれる。
</p>
<p align="left">
<strong>２、確定申告納税（「譲渡税の源泉徴収なしの特定口座」または「一般口座」を選んだ場合）</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>「源泉徴収なしの特定口座」「一般口座」を選んでいる場合には、平成21年度分以降の「確定申告」において、これまでの株式等の譲渡損益通算・3年間の繰越控除に加えて、上記の「上場株式等の配当所得」についても、上場株式や株式投信の売却損と相殺・繰越控除できるようになった。
</p>
<p>
　配当金等は通常支払時に10%（平成23年度まで）が国税・地方税として源泉徴収され、これまではそのまま（申告不要）にしてきた投資家が多かった。申告分離課税を選択して「源泉徴収なしの特定口座」または「一般口座」を選んでいる場合、今回の改正により昨年度中に受取った配当金等について、上場株式等の売却損と損益通算して確定申告をすれば、源泉で天引きされた税金を取り戻せるようになったものである。他の損益通算と同様に3年間の繰り越し控除も使える。なお、平成21年度の受取配当金・分配金は「源泉徴収ありの特定口座」保有者も確定申告を行なえば、損益通算に使える。
</p>
<p>
　ただ、確定申告に当って厄介なのは、配当金などを証明する「配当金支払通知書または明細書」の添付が必要となることである。国内上場株式の配当金については、配当金の支払代行機関（信託銀行の証券代行部、日本証券代行、東京証券代行など）が配当金支払時に送ってくる明細書を保存してあれば、それが使えるが、なければ支払代行機関に電話などで発給を依頼するしかない。支払代行機関は、ネットで銘柄名の後に「配当金支払代行機関」と入力すれば、簡単に検索できる。
</p>
<p>
　今年度受取分からは、配当金支払代行機関に明細書の送付をあらかじめ依頼しておけば自動的に発給される。配当金の受取も、全保有銘柄について「登録配当金受領方式」（下表１参照）で指定した一つの銀行口座に振込むようにしておけば、金額の突合に便利である。
</p>
<p>
<strong>３、確定申告を行なわない納税（「譲渡税の源泉徴収ありの特定口座」を選んだ場合）</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>平成22年度から、「譲渡税の源泉徴収ありの特定口座」を開設済みで、配当金の受取方法として「株式数比例配分方式」を選択すれば、特定口座内で受取った配当金・分配金と株式等の譲渡損益の損益通算を証券会社が行なってくれる。確定申告は不要であるから、配偶者控除などには関係なく、譲渡損益と配当金等の損益通算が可能となる新しい方式である。
</p>
<p>
　平成22年1月以降に新規に特定口座を開設する場合には口座開設時に選択できるが、すでに特定口座開設済みの個人投資家は、配当金等についての損益通算扱いと配当金の受取方法指定を新たに行なう要がある。　配当金の受取方法として、平成21年初からは従来の方式に加えて、新たに「株式数比例配分方式」と「登録株式受領口座方式」が加わっているので、表２にとりまとめた。
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100215HaitouSonekitsuusanHyou2.jpg" alt="100215HaitouSonekitsuusanHyou2.jpg" width="600" height="205" />
</div>
<p align="right">
<br />
（日本個人投資家協会理事　岡部陽二）
</p>
<p>
（2010年2月15日発行、日本個人投資家協会月刊誌「きらめき」2010年2月号所収）
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/market/post_192.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">007証券市場論集</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 15 Feb 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜投資教室＞東証改革に望む</title>
         <description><![CDATA[<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100115Mywordismybond.jpg" alt="100115Mywordismybond.jpg" width="150" height="209" />
</div>
&nbsp;&nbsp;
<p>
　「きらめき」前号で「民主党の公開会社法に大いに期待する」と論じたが、そもそも「公開会社法」なるものは上場会社に限って適用されるルールであり、それであれば何も国会を煩わすことなく、証券取所が取引所規則として制定すれば済むことである。このルールに従わない上場会社には上場廃止を迫るだけのことであり、現に欧米ではそうなっている。
</p>
<p>
　したがって、前号論説の真意は「民主党の公開会社法に期待せざるを得ないような東証の不甲斐なさに憤慨する」ということである。「公開会社法」が法制化の対象と考えているのは、①企業会計のあり方や株主質問権・回答義務の導入など情報開示の明確化、②独立社外取締役選任の義務化や従業員代表監査役導入などの適切な企業統治の実現、③企業集団を基本要素と認識し親子上場は厳しく規制するといった上場会社のみに限られたガバナンスについてである。
</p>
<p>
　これらのルール化に東京証券取引所が自主的に取組むべきは当然であるが、それに加えて東証自体のガバナンスを確立することが急務である。見方を変えれば、東証のガバナンスが確立されないかぎり、上場企業に向けての適切なルール作りも期待できない。本稿では、このような視点に立って、東証に求められる意識改革とガバナンスのあり方について以下の諸点を指摘し、東証の奮起を促したい。
</p>
<p>
<strong>１、外国株式の上場と取引活性化</strong>
</p>
<p>
　東証での外国株上場会社数は1991年末には125社あったが、その後は毎年減少して、2008年末では16社となっている。外国株の年間売買高も2008年度は7億ドルと10年前とまったく変わらず、要するに、東証では外国企業は完全に無視されている。
</p>
<p>
　外国株の上場を、他の取引所と比較すると、下表カッコ内のとおり、ニューヨークとロンドンでは上場会社数・売買高ともに10年間で大幅に増加している。ドイツ証券取引所では、上場会社数は減少しているものの、売買高は10年間に5倍に増加、2008年には5,000億ドルに達している。
</p>
<p>
　東証は年間売買高で昨年は上海取引所に抜かれた。国内で有り余っている過剰貯蓄にとっての投資の選択肢を拡充させ、アジアの成長分野への資金供給の面で相応の役割を担うには、外国株式などの商品ラインアップの幅を広げ、こうした資金の仲介を円滑にすることが東証にとって重要である。
</p>
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100115Toushoukaikaku.jpg" alt="100115Toushoukaikaku.jpg" width="600" height="147" />
<p>
　<br />
　ところが、残念ながら、東証にはそのような問題意識は皆無である。東証が国内証券会社の集合体であり続け、彼らの営業姿勢が上場企業の方を向いている限り、投資家が望む金融商品の品揃えに注力するという発想は出てこない。日本株が魅力を失っているなら、魅力の大きい外国株を投資家に推奨し、その売買を円滑化するために外国株の上場に積極的に取組むという目的意識をどうして持たないのか不思議である。それとも、そのような期待を抱く方がおかしいのであろうか。
</p>
<p>
<strong>２、ベンチャー企業向け新興市場の抜本改革</strong>
</p>
<p>
　東証マザーズが改革と称してとり始めた新しい上場・上場廃止基準は、新規上場企業の成長性は重視せず、むしろ老舗企業をとり込んでいこうという姿勢が伺え、真の新興市場からは撤退の方針と見られる。東証もロンドン証取のＡＩＭと連携してプロの投資家を中心とする新興企業向けの新市場を創設する方針は打ち出している。斎藤惇社長就任時には、①財務諸表は英語でよく日本の会計基準に準拠しなくてもよい、②四半期決算も要求しない、③引受証券会社は上場後も責任を持ち続けるといった新しいベンチャー企業向け市場を目指すと具体的に宣明されている。ところが、社長就任後2年半を経ても、これらの改革は何一つ実現しておらず、この計画はすでに画餅に帰している。有言不実行の典型である。東京資本市場を活性化し国際的な信認を高めるには、斎藤社長が掲げられているような改革を着実に積み上げていくことで必須であるが、今の東証にこれを期待することはできない。
</p>
<p>
<strong>３、誤発注処理の不手際に象徴されるＩＴシステムの遅れ</strong>
</p>
<p>
　本年初から稼働し始めた新売買システム「アローヘッド」は、注文処理時間を5ミリ秒と欧米並みに短縮したもので、一日の出来高1.2兆円程度の東証には十分な高性能と説明されている。この新システムが、経営戦略としての情報システムとして運用上のソフト面も含めて誤発注などにも機敏に対応し得るものであるのかどうか、海外の先進取引所のシステムに比して機能的に遜色がないかどうか、今後の実績を見守るほかない。
</p>
<p>
　それにしても、みずほ証券が一瞬にして415億円の損失を蒙ったジェイコム株誤発注事件は、発注側にも責任があるのは当然ながら、このような場合の危機管理を事前に想定もしない欠陥システムを検収して運用していた東証の責任も重大である。裁判の場で「東証は取引の場を提供するだけで、取引上のトラブルには責任を持たない」と厚顔無恥な主張を繰り返していたのにはただただ呆れるばかりである。
</p>
<p>
<strong>４、東証自体のガバナンス強化</strong>
</p>
<p>
　東証は早期上場を目指して、持ち株会社を設立、取引所と自主規制法人を分離して、社外取締役中心の委員会設置会社の体裁を採っている。しかしながら、運営の実態は執行役員による旧来通りの経営スタイルと見られる。なかでも問題は、社外取締役11名中に投資家サイドの代表者を一人も入れていないので、証券取引の一方の当事者である機関投資家や個人投資家の意向はまったく反映されない組織となっている点である。<br />
<br />
　一例ではあるが、東証は場立ちによる対面取引が行なわれていた立会場がコンピュータ化により不要となったために、この空間を投資家に対してリアルタイムの市場情報を提供し、上場企業に対しては的確な情報開示をサポートする場としてする場として活用している。200名近く収容できるホールも備えた「東証Arrows 」を開設し、見学会や上場会社説明会なども開催されている。しかしながら、当協会のような投資家団体には会場の使用を認めず、情報発信は東証発のものに限定されている。　
</p>
<p>
　立会場が不要となった変化への対応も疑問である。1972年に豪華な立会場をスレッドニードル街に建設したロンドン証取は、コンピュータ化の完成後、2004年にいち早くこれを売却して、セントポール寺院裏手の貸しビルに移っている。これが、合理的な経営判断であろう。
</p>
<p>
　ロンドン証取で生まれた&quot;My Word is my bond&quot;（私の言葉は私の契約である）という信念を東証の経営者にも切に期待したい。
</p>
<p align="right">
（<strong>日本個人投資家協会理事</strong><strong>　岡部陽二）</strong>
</p>
<p align="left">
（2010年1月15日、日本個人投資家協会発行機関紙「きらめき」2010年1月号所収）
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/100115London_Stock_Exchange.jpg" alt="100115London_Stock_Exchange.jpg" width="400" height="225" />
</div>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/market/post_191.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">007証券市場論集</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 15 Jan 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>満州ノスタルジーの旅 ～ 「滬友・建大・長春ツアー」に参加して</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091225manshukenkokudaigakuLogo.jpg" alt="091225manshukenkokudaigakuLogo.jpg" width="500" height="225" align="right" />
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　終戦の一九四五年、当時小学校五年生であった私は、四月からの一学期を旧満州国新京（現在の長春）の東安小学校へ通った。父が終戦の前年の十一月に建国大学に奉職することになり、半年ほど遅れて母・祖母・妹二人の一家五人も渡満したからである。父は建国大学には半年勤めただけで、国民兵として召集され、終戦後はソ連に三年間抑留されていた。残された家族五人は、八月初めにソ連軍が侵攻してきたので、北朝鮮へ疎開、終戦後安東（現丹東）に一年余り抑留されて、翌年の十二月に故郷へ引揚げてきた。
</p>
<p>
　父が勤めていた建国大学（建大）の地を再訪したいものとかねてより念願していたところ、東亜同文書院同窓の滬友会、建大同窓会、愛知大学同窓会が組成する「滬友・建大・長春ツアー」に建大教員遺族としての参加を歓迎したいとのお誘いを受けた。おかげで、今年の八月二十一日から二十六日まで、じつに六四年ぶりに長春再訪が実現し、瀋陽・大連・旅順にも立ち寄ることができた。
</p>
<p>
<strong>〇愛知大学現代中国学部の中国現地研究実習と「日中学生国際シンポジュウム」</strong>
</p>
<p>
　愛知大学現代中国学部は、夏季休暇中に三週間ほどを費やしての中国各地でのフィールド研究実習を、すでに十年連続して行なっている。今年はその第十一回目が長春の東北師範大学と提携して行なわれ、その最終日二日間に企画された締めくくりの「シンポジュウム」の傍聴に父兄や同窓生が招かれたものである。
</p>
<p>
　この日中交流プロジェクトでは、愛知大三年生四十名が農村班、企業班、都市社会班に分かれて、二週間掛けて、中国側の学生の斡旋で、学生各自が設定したテーマに即した対象先を往訪する。そこで、インタビューをし、アンケートを回収し、現場を見学する。シンポジュウムでは、その結果を一人八分間内にとりまとめ、中国語で報告をする。レジュメは日中二ヵ国で用意され、パワーポイントで画像などもふんだんに披露される。
</p>
<p>
　丸一日を費やして愛知大生が研究成果を発表し、これに対して中国側学生から質問が出され、翌日に日本側から回答、さらに討議を重ねると言った形式で、周到に準備されていた。とり上げられたテーマは、中国農村のごみ処理の現状、長春農民の結婚観、農村と都市との収入格差、企業の環境保護対策、長春市民の娯楽事情といった興味深い話題が多岐に亙っていた。現地調査をスムーズに進めるために春休みには東北師範大学の学生数名が愛知大学に滞在して綿密に打ち合わせたといった徹底ぶりである。学生の手によるこのようなフィールド調査の実施は、中国はもとより、日本でも稀な実地研修である。
</p>
<p>
　愛知大生の発表で感心したのは、いずれも問題意識が明快で要点が的確にまとめられていたことであった。また、愛知大学生の中国語のレベルは高く、専門家に絶賛されるほどのものであった。大学教育の質が劣化している昨今、このように手間隙をかけた手作りの現場教育を実践して来られた先生方の指導と中国側の真摯な対応には頭が下がった。
</p>
<p>
　愛知大学は一九〇一年に上海に設立された東亜同文書院の教職員が中心となって、終戦の翌年に四九番目の旧制大学として創立された異色の大学である。創立当初から中国をはじめアジアに向けて開かれた情報発信基地としての使命を掲げて、一九九七年に現代中国学部を設置、二〇〇二年には文部科学省から「二一世紀ＣＯＥプログラムに「国際中国学研究センター」が採択されている。学生による現地でのフィールド研究もこのような土壌の中で育ってきたものと言えよう。
</p>
<p>
　今回の旅の機縁となった亡父は、建大の助教授になるまで京大大学院に在籍して中国経済のフィールド研究に従事していた。その一つであった中国紡績業における労働慣行の実態調査報告は、委託元の東亜研究所に提出されたが、終戦で日の目を見ることなく忘れられていた。父は晩年にこの五〇年前の研究成果の出版を思い立って、全面的に書き直したのであったが、原稿の完成直後に亡くなった。そこで、この原稿を九州大学の西村明教授にお願いして監修と出版を引受けて頂き、父の没後一年目に五二五ページに及ぶ大部の「旧中国紡績労働の研究」上梓に漕ぎつけた。本書に対し、愛知大学の川井伸一教授から「本書は戦前の中国紡績労働状況に対する極めて詳細な事実調査報告書であり、本書の価値はまずこの徹底した事実調査にある」として、懇篤な書評を専門誌にご寄稿頂いたことを感謝の念とともに思い起こし、今回の旅行で愛知大学の現地調査研究を重視する土壌に改めて感じ入った。
</p>
<p>
　長春で最高ランクの東北師範大学との提携は、建大五期で、愛知大の卒業生でもある佐藤達也氏と東北師範大学で教鞭を執ってこられた中国人同窓生との建大同窓会を通じての交流が端緒となり、実現したとのことであった。佐藤氏とご同期の中国人四名の方々との会食に、建大教員の遺族として招かれた懇談の席上、中国人にとっては日本人中心の建大在学が戦後に障害になったものの、全員が別の大学に移って、卒業後は大学での教職や教育行政に携わってこられた経緯をお伺いした。建大での絆が、七十年後に生かされた縁の素晴らしさに感激を覚えた次第である。
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<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091225choushunnPartyimg-908135430.jpg" alt="091225choushunnPartyimg-908135430.jpg" width="492" height="222" />
</div>
<p>
<strong><br />
〇旧満州・建国大学の回想</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>父が終戦の前年から半年あまり奉職した建大は、「五族協和」の理念をもって満州国の中核的人材を育成するために一九三八年五月に開学した。当初から国際性豊かな満州国立の最高学府であった。前期（予科）三年と後期（政治学科、経済学科、文教学科の本科）三年の六年間一貫の教育で、全寮制を敷き、授業料も寮費もすべて官費で賄われて無料、大学から学生に毎月五円のお小遣いが支給された。卒業後には、満州国の高官ポストが用意されていた。このため、受験生の建大人気は高く、入試競争率は百倍を超え、建大は海兵や一高・三高並みの難関校であった。
</p>
<p>
　建大は、陸軍の石原莞爾の「アジア大学」構想に端を発し、辻政信参謀によって原案が作成され、関東軍が敷地を確保した。基本的に日本人学生は半分以下に抑え、中国人・朝鮮人・蒙古人・白系ロシア人学生を幅広く受入れ、寮では五族の共同生活を強いた。授業は日本語で行われたが、中国語が重視され、建大卒業生には中国語に堪能な方が多い。
</p>
<p>
　前期三年間は、午前中授業、午後は実習、夜は寮などでの集団討議といった時間割であった。期末の筆記試験はなく、レポートの提出だけといった自己啓発重視のユニーク教育方式をとっていた。一九四五年八月に終戦により閉学するまで八期一、四〇四名が在学していた。
</p>
<p>
　設立は関東軍主導で進められたが、関東軍から独立した満州国の大学としての自由な校風を目指し、当時としてはかなり人間的な学生生活を送ることができたようである。このような自由な学風は、京大経済学部教授から転じて、開設準備を手掛け、初代の副総長（総長は、形式上満州国首相が兼務）に就任した作田荘一先生の人柄によるところが大であった。しかし、作田副総長は一九四二年に抗日地下活動に励んでいた中国人学生が大量検挙された責任をとって辞任され、後任が関東軍から送りこまれた時点で、この学風は潰えたとされている。それでも、私の父のように、マルクス主義者と言うだけで、日本国内の大学では受容れられなかった学者を、副総長に軍人が就いた後の一九四四年になっても採用する度量を持っていたのは、やはり創立時からのリベラルな伝統が残っていたものと思われる。
</p>
<p>
　建大は、新京（現長春）駅から大同大街(現人民大街)をまっすぐ南に約十キロ、南湖という人造湖を右に見て南湖大路を過ぎたところにある歓喜嶺という二一四・五万平方メートルの広大な敷地に建てられた。もっとも、学生定員は最大でも九百人であり、校舎と九つの寮などの建物自体は簡素なもので、緑の木々もなく、敷地の大部分は農場となっていたようである。
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　南湖に面した前期の校舎跡は戦後空軍士官学校に転用されたが、その南に位置した後期の校舎跡は現在「長春大学」となっている。長春大学の設立は、建大五期の中国人で戦後中国の札幌総領事や中日友好協会副会長を務めた後、北京で教育関係の要職に就いていた陳抗氏が構想し、一九八五年に日本の建大ＯＢにも支援が求められてきたプロジェクトであった。これに応えて、日本の同窓会が募金活動を行い、神戸大学の百々和先生など四名が現地に赴いて助言をされた結果、現在では十五学部で学生数一万人を超す総合大学に成長している。
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　建大はわずか七年あまりの短い歴史の大学であったにもかかわらず、日本人六三〇人、中国人・朝鮮人・蒙古人・白系ロシア人併せて七七四名と教職員六五六名の同窓生の絆は固い。戦後の混乱時に行方不明となった方も多いが、毎年総会を開き、名簿と会報を発行し、中国や韓国の同窓会と連携するほかに、日中友好に資するさまざまな活動を行なってきている。なかでも、日本人同窓が身元引受人となって、中国人同窓生の子弟など常時百人ほどに日本への留学や就職の便宜を計っているのは、有意義な社会貢献である。五族協和の理想は、開学中には日中戦争の拡大と相容れず実現しなかったものの、戦後にいろいろな形で花開いている。
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<strong><br />
〇長春市内観光</strong>
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<strong>　</strong>長春は、現在中国東北地域の中央に位置し、南は北朝鮮に接する吉林省の省都で、人口二八〇万人（二〇〇九年末推計値）、東北地域では瀋陽に次ぐ大都市で、大連よりもすこし大きい。長春市の人口は旧満州国の首都・新京であった終戦時の八〇万人に比し三倍以上に膨張している。中国の五大自動車メーカーの一である第一汽車集団の本拠地で、最高級車「紅旗」を生産し、一時は中国内での生産シェアの四割を占めていた。また、大学が二六校もある大文教都市でもある。　
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　街路樹はポプラ（漢名は楊柳）が多いが、満州国時代に植えられた松の木もたくさん見られる緑の多い町である。また、空港からの大通りの分離帯には市花である「君子蘭」をデザインしたネオンの飾りが輝いていた。君子蘭は一九三〇年代に日本から持ち込まれたものが、高貴な花のイメージが好まれて戦後爆発的に流行し、一九八四年に「市の花」と定められた。彼岸花の一種で、緑濃い葉は根元で堅く重なり合い、その先から太い茎が立っている。春先に橙色の花が咲き、晩秋には赤い実をつける。
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　長春は清朝末期には吉林省内でも吉林に次ぐ地方の小都市で、この地域の軍閥の本拠も吉林に置かれていた。このローカル都市の開発を最初に手掛けたのはロシアであるが、ロシアは大連や旅順のような大規模な建設は行わなかった。市街地の開発が本格化したのは、ポーツマス条約で長春以南の鉄道を譲り受けた日本が満鉄にこの地域の開発を委託してからである。
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　日本にとって長春駅は南満州鉄道の終着駅であるだけではなく、ロシアと対峙して全満州の覇権を競う前線基地となったのである。長春は今でも北京と直結する新幹線の終点であり、交通量が飛躍的に増えたために、戦前の長春駅は取り壊されて、一九九五年に近代的な駅ビルに生まれ変わっている。
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　私ども家族が六四年前に旧新京駅に着いたその日、満州国の高官になっていた父の友人が四頭立ての馬車で出迎えて下さった。ガランとした大通りを威風堂々と走り抜けた驚きは、今でも鮮やかに思い出される。今や、幅員五四米のこの大通りも乗用車で満杯である。市域はこれまで南東部へ大きく拡大してきたが、二〇〇五年に長春の東方にある吉林市との中間に新空港が建設され、西側への拡大も期待されている。
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　満鉄は一九〇七年から新京駅に隣接する用地買収にとりかかり、京都のような格子型の市街地造成に着手した。まず、駅前に大きな円形広場を造成、まっすぐ南に長春大街を作り、この大通り中央の大きなロタリーで放射状に二本の大路と交差させた。建大はこの長春大街の南端辺りに建てられたが、この大通りは現在では延々と南に伸びている。
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　大同大街と並行して南北に延びる道は「～～街」と名づけられ、私どもが住んでいた南湖に近い「東安街（現在の岳陽街）」は大同大街の一筋東側で、すぐ近くに都心には珍しい原生林があった。町並みはすっかり変わっていたが、この原生林はその面影を留めたまま「動植物公園」として整備されていたことは、感慨無量であった。そこで探検ごっこをして遊び呆けた少年の日々が蘇ってきたのである。
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　長春市内には近年の高層ビルが林立しているが、満州国時代の歴史的な構築物も大事に保存されている。長春駅前の旧ヤマトホテル、日本の国会議事堂を模した旧国務院、旧満州国中央銀行、満鉄支社など多数のビルがそのまま使われている。旧関東軍司令部が置かれていた天守閣風の豪壮で堅牢な建物には、現在中国共産党吉林委員会が入居している。屋根の両翼に鯱鉾を載せて辺りを睥睨する感のこの建物は、いささか異様で周囲の景観にマッチしていない。
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　一方、満州国の元首であった皇帝・溥儀が政務を執っていた「勤民楼」は、現在「偽満州皇宮博物館」として観光スポットになっている。隣接する「同徳殿」は「ラストエンエンペラー」のロケにも使われて有名になった。いずれも、故宮を模した本格的な宮殿が完成するまでの間の仮宮殿ではあったが、関東軍司令部と比べるとまことに貧相で、溥儀が軽んぜられていた様子がよく分かる。
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　旧日本時代の建造物を保存し、観光資源としても活用する方針は、大連や瀋陽でも広範に見られ、一貫している。建造物は大事に保存されているものの、一九三二年から終戦まで十三年間存続した旧「満州国」については、「偽満」と称して、現在の中国政府はその存在自体を否定しており、歴史教科書からも抹殺されている。満州国の実体はたしかに関東軍の傀儡政権であって、日本軍の侵略そのものであったという解釈も分からないではないが、満州国が清朝の末裔を元首に戴き、「五族協和」の理念を掲げた独立国家であったこともまた紛れもない事実である。
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　国際連盟が派遣したリットン調査団の報告書も満州国のこの地域に対する実効支配を認めたうえで「中国が満洲に無関心であったために、満洲の今日の発展は日本の努力による」旨を述べている。また、当時の世界約百二十ヶ国のうち二三ヵ国が満州国を承認していた。因みに、現在の台湾を独立した主権国家として承認している国は二六ヵ国である。
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　ことの善悪は別として、中国東北地域を現実に支配していた「満州国」の歴史的存在そのものを否定するのは、それこそ欺瞞ではなかろうか。「偽満」という便宜的な新語に抵抗を覚えるのは、建大に奉職した亡父への愛着であろうか。
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　長春では日中両国の建大同志にお会いすることができて、往時を懐かしむとともに、過去と現在の乖離の大きさにいささかの戸惑いを覚えたことなど、旧満州国へのノスタルジーたっぷりの旅であった。
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<br />
（岡部陽二　元住友銀行専務取締役・元広島国際大学教授）
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（2009年12月25日、社団法人・日本工業倶楽部発行「会報」第231号ｐ41～48所収）
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]]></description>
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         <pubDate>Fri, 25 Dec 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>早稲田大学商学部教授　土田武史氏とのMonthlyIHEP有識者インタビュー「医療・介護改革へ向けてのドイツの挑戦とわが国への示唆」</title>
         <description><![CDATA[<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091220WithProfTsuchida.JPG" alt="091220WithProfTsuchida.JPG" width="320" height="240" align="right" />
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話し手：&nbsp; 早稲田大学商学部 教授　土田武史　氏<br />
聞き手：医療経済研究機構　専務理事　岡部陽二
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<p>
　今回は、土田武史早稲田大学商学部教授に、ドイツの医療保険制度について、わが国への示唆を踏まえて、最近の動きを中心にお伺いしました。先生は昨年三月まで三年間中央社会保険医療協議会会長を務められ、その後、社会保障制度研究のためドイツに留学、本年初に帰国されたばかりです。
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　土田先生は1943年秋田県生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了の後、日本労働協会、（社）産業労働研究所、国士舘大学を経て、93年に早稲田大学商学部助教授、95年教授に就任。商学博士。社会保障論を担当、主にドイツと日本における社会保障の歴史と最近の改革について研究してこられました。
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<p align="left">
　おもな著書には『ドイツ医療保険制度の成立』（勁草書房）、『社会保障概説・第６版』（共著、光生館）、『世界の社会保障４・ドイツ』（共著、東大出版会）、『社会保障改革～日本とドイツの挑戦～』（共著、ミネルヴァ書房）などがあります。
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<strong>〇大連立政権の評価とメルケル首相二期目の課題</strong>
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<p align="left">
<strong>岡部</strong>：去る９月27日に行なわれましたドイツの連邦議会選挙でメルケル首相が率いるキリスト教民主・社会同盟（CDU・CSU）が第一党となり、自由民主党（FDP）との保守中道連立政権が発足しました。2005年から４年間続いたCDU・CSUと社会民主党（SPD）との左右大連立内閣は解消されましたが、この選挙結果をどう見ておられますでしょうか。大連立の解消で、社会保障政策は安定化の方向に向かうのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そう見ています。SPDとの大連立解消で、近年大改革を重ねてきたドイツ社会保障政策は、むしろ安定すると思います。ただ、大連立政権では双方の主張を組み合わせた多くの改革が行なわれましたが、FDPと連立を組むメルケルの第二期政権では、それの揺り戻しもあり、これからもかなり大幅な改革が行われるものと見ています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：私は大連立の４年間にはさほど大きな改革は行われなかったのではないかと思っていましたが。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：いや、そうではなく、実態は改革のやり過ぎであったと見ています。と言いますのは、連立する前の総選挙で、医療改革についてはCDU・CSUとSPDがまるっきり別の政策を掲げて選挙戦を闘っておりました。大連立を組むときにも、医療改革をどうするかということでは、意見が一致しませんでした。その結果、連立政権を立ち上げるに当たっての政策協定合意の中には盛り込まれず、平行線のまま医療だけは持ち越してしまったのです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：その持ち越したポイントは、SPDは勤労者中心の公的医療保険と富裕層や公務員など国民の14％が加入している民間医療保険を一元化して「国民保険」を創設する、CDU・CSUのほうは「連携的医療プレミアム構想」の柱として「人頭割保険料」を導入するということでしたね。この二つとも実現はしていないものと理解していたのですが。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：たしかに、そのままでは実現しなかったですが、その後の話合いでほとんど八割がた両党の主張が政策合意に組み入れられたのです。国民皆保険は本年一月から法律で義務付けられ、そのために民間医療保険では年齢と性別に対応して「基本タリフ」を設定し、民間保険の給付にも公的保険と同等の医師による現物給付が義務づけられました。公的保険と民間保険の統合は実現しませんでしたが、両保険の差異が実質的に大幅に縮小したのです。<br />
　2001年からSPDのシュレーダー首相のもとで保健相を務め、2005年11月に成立したメルケル首相の大連立政権でも引き続き連邦保健相のポストで入閣したウラ・シュミット女史がかなり強引に民間保険を公的保険に近づける改革を強行したのです。<br />
　民間保険側は訴訟にまで持ち込んだのですが、この春の判決で敗訴しました。ですから、民間保険も公的保険並みに運営しなければならないということになっています。民間保険としては、これではたまらないと非常に反発してきたのですが。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：公的保険と民間保険の大合同は実現しなかったものの、実質的にはかなり同質化したということですね。<br />
　それに、国民の大多数が医療保険に入ってはいるものの、法律上は加入が義務化されていなかったドイツが、国民皆保険国の仲間入りをした意義は大きいですね。米国のオバマ改革で皆保険が実現すれば、主要な先進国はすべて国民皆保険となります。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ええ、そうですね。それから、CDU・CSUが主張する全面的な「人頭割保険料」は実現しませんでしたが、大連立政権はこれまで各疾病金庫が独自に決めていた保険料決定方式を改め、本年１月からは、全国一律の法定保険料15.5％（７月から14.9％）を労使折半で負担、これだけでは財源が不足する疾病金庫は「付加保険料」を徴収することになりました。<br />
　この付加保険料率の基本は「人頭割」で月額８ユーロ以下の定額徴収か、１％以下の定率徴収とされましたが、疾病金庫では実務的に面倒な定率徴収よりも定額徴収を選択するといわれています。定額徴収は、収入とは切り離され、しかも事業主負担はありませんから、追加保険料は、CDU・CSUが主張した均等割システムが入ってくることになります。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：CDU・CSUの構想は「人頭包括保険料」で基本保険料部分にも定額制をとり入れ、応能原則から応益原則に重点を移そうという考えのようですね。<br />
　ところで、医療保険料が、基本部分と付加部分とに分けられたのは、将来的には医療給付の範囲も基本的なものと付加的なものに分けようという考え方でしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：私は「タリフ」という言葉をそのまま使っていますが、要するに被保険者が多様な給付と料金表を自由に選択できる方式の導入です。公定保険料以外に上乗せで各疾病金庫が自由に付加保険料を設定し、付加給付をつけるわけです。被保険者は疾病金庫を選択して、一定の保険料を別に払って、給付範囲の広いサービス内容の保険契約をする方式です。<br />
　具体的には、わが国でも問題となった保険免責制を選択して、免責された自己負担分を民間保険でカバーする契約を疾病金庫と結ぶとか、１年間一度も医療保険のお世話にならなかった場合には保険料を還付するとか、そういうオプションを選択制で導入したのです。これは以前からをCDU・CSUが提案し、要求してきた方式です。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：そうすると、人頭保険料というのは、国民保険とは矛盾する差別化政策が同時に進められたわけですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうです。両方の改革が同時並行的に進んだものですから、こちらが満足すると、あちらでは不満足のほうが強いといった、ものすごいアンバランスが生じたのです。医療改革では、大連立の評判はCDU・CSU側でもSPD側でも決してよくありません。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：すると、メルケル第二期政権でSPDが外れるということは、国民保険構想は後退すると考えてよろしいのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうなるでしょう。それと、SPDが考えていたのは、最終的には疾病金庫寡占体制の完成です。いくつかの大きな疾病金庫にしっかりとまとめてしまうか、あるいは一つにまとめてしまうのではないかという見方もあったくらいです。ところが、CDU・CSUとFDPの連立政権はそういった極端な寡占政策はとらないと思います。やはりある程度、多数の疾病金庫の主体性を尊重する政策をとるでしょう。民間保険に対しても、公的保険並みにやりなさいという強硬な政策はかなり緩和されると予想しています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：CDU・CSUのメルケルが、大連立とはいえ、どうして反対党のSPD（社会民主党）で剛腕のウラ・シュミットを保健相に指名したのでしょうか。自民党内閣で社会党の重鎮が厚生労働大臣をやっているようなものですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：SPDが保健相のポストを強く求めたのではないでしょうか。ドイツでは政権が変わると米国と同じように局長級以上は全部政治任用で入れ替ります。保健相のポストをSPDがとったので、あまり国民の人気はなかったんですが、ウラ・シュミットが保健相となり、その下で医療・介護政策を担当するフランツ・クニープス保険局長とともに、前政権から連続して医療改革を担うということになりました。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：それでは、今回の選挙で誕生したFDP（自由民主党）との連立政権では、社会保障政策もがらりと変わりますね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：かなり変わると思います。ただ、CDUと組んでいるCSU（キリスト教民主同盟）のホルスト・ゼーホーファー党首は、1993年改革時の保健相で、SPDのウラ・シュミットとは2004年改革で合意をして以来、関係は悪くないと思います。CDUはCSUよりも右寄りですが、厚生行政に関しては中央集権的な考え方が強く、それでウラ・シュミットとよく話が合うようです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：なるほど。すると方向として、規制強化がさらに進むのでしょうかね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：よくわかりません。ただ、連立を組むFDPがどのくらい市場主義を主張するかどうかでしょう。本来、医療保険に市場主義は合わないのですが、FDPは市場競争原理を強く主張しますから、そこがどうなるかにかかっています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：昨年から一年間、ドイツに滞在して研究されましたが、現地での実感が、先生がこれまで考えられていたところとかなり違っていたといった点はなかったでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：やはり、「大連立というのは、こんなに問題が多いのか」という印象が強烈でした。連立政権では、通常は両党の主張が似通っている共通の政策を最小公約数として採用することが多いと思うのですが、ドイツの大連立では、最大公倍数というか両党が持ち込んだ要求の多くを満たすという方向に進みました。ですから、原理原則が混ざりあって、全体の姿がよくわからないといった感じでした。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：大連立の悪いところを全部見てこられたわけですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：大連立政権のやったことは、医療保険関係者の間ではドイツ滞在中にどこに行って聞いても評判が悪かったのです。大多数の国民の意思からも離れて行ったようです。逆にいえば、両党が合意すれば連邦議会も連邦参議院も全部通るわけですから、ある意味で恐ろしいことです。大連立で圧倒的多数を占める政権が生まれると、政府の思い通りになってしまうのには、びっくりでした。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：大連立への国民からの批判が、今回の選挙でのSPD凋落に繋がった状況がよく分かりました。
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<strong>〇ドイツとわが国の医療サービスに対する満足度の違い</strong>
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<p align="left">
<strong>岡部</strong>：最近の改革はかなり支離滅裂であったとしても、ドイツの医療制度の基盤はかなりしっかりしているように思うのですが、実態はどうでしょうか。ドイツはOECD諸国の中では、米国を別にすると、医療費の水準は高く、医師の数も多いほうですが、その結果として、日本と比べて、医療の質も高く、国民の満足度も高いものと、判定できますでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうですね。基盤はしっかりしています。ただ、以前2000年版のWHO Reportに掲載された健康水準や公平性などを指標化した医療水準達成度の国際比較で、日本が一位になり、ドイツは22位と低ランクに評価されたことがありました。これは、ドイツにとっては大変なショックで、ドイツ国内では大きな問題となりました。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：日本がともに一位になっている平均寿命と健康寿命でも、ドイツは世界14位と10位と低いですね。それでも、医療崩壊とか医師不足とかはあまり問題となっていないのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：医師はむしろ過剰だと思いますが、不足問題も起こっています。医師数全体では過剰ですが、やはり地域的な偏在と診療科別の偏在がものすごく大きくて、東ドイツの一部では完全に医師不足と言われています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：たしかに、下掲のOECD Health Dataでは、人口千人当りの医師数は3.5人とわが国の倍近い多さですね。それでも、偏在が顕著なわけでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：はい、医療崩壊といったことは言われていませんが、医師はものすごく偏在しています。旧東ドイツから西側へ医師が移動してくるために、東側は医師不足に陥っているのです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは、病院を診療所、病院でも入院と外来とで、医師が別体系で動いているということですが、それも影響しているのでしょうね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうですね。ドイツではシェフ・アールツト（医師長。大学教授など一定の資格が必要）などは病院内に自分のもっているベッドで混合診療が認められているなど特権がありますから、医師のなかでも特殊な扱いになるといった相違もあります。富裕層は大学教授が自分で持っているベッドに入院して、高い費用負担を余儀なくされるといったことにも不満があります。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：このOECD Health Data（表１）によると、ドイツはわが国と比べてGDP比で2.4％も多くの医療費を使っています。それでも、国民の満足度は必ずしも高くないのですね。
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091220Prof.TsuchidaHyou1.jpg" alt="091220Prof.TsuchidaHyou1.jpg" width="600" height="287" />
</div>
<p align="left">
<strong><br />
土田</strong>：医療の実態と国民の満足度が、どう関係するのかというのはなかなか難しい問題です。<br />
　わが国では、所得の高低によって受ける医療に差はありません。どの医療保険に加入しているかで差別されることもありませんが、そういう国は世界でもわずかしかありません。ドイツでは公的保険に入っている人と民間保険に入っている人との間に明らかに差別があります。それから、公的保険の中でも、全国をカバーしていて誰でも入れる「代替金庫」に入っている人はやはり待遇がいいといわれています。選択タリフが入ってきましたので、加入している疾病金庫によって、保険のカバーする範囲や自己負担の限度など受けられる医療サービスに明らかに差が生じています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは疾病金庫の選択が自由化されていますが、それでも種別の異なる疾病金庫間でもそんなに差があるのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：全国展開の代替金庫と地区疾病金庫との間には差があります。疾病金庫の財政力に差があるので、基本的には地区疾病金庫をどうやって救うかということが医療改革の大きな課題になっています。同じ公的保険であっても、全国的に拡大している代替金庫は、民間保険と地区疾病金庫のちょうど中間的に位置していて以前は財政も非常によかったのです。最近は代替金庫も財政的に苦しくなってきましたが、それでもまだよいほうです。<br />
　不思議なのは、ドイツ人は格差があることに対して、あまり不満を持っていないことです。同じ病院を受診しても、民間保険に加入している人は、早くから並んでいる公的保険の患者を飛び越して先に診察を受けることができるのですが、それを当然と思っているようです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：エコノミーとファースト・クラスの待遇が差別されるのは当然という感覚ですね。その感覚は、ドイツに限らずヨーロッパ諸国は依然として階級社会であるところから来ているのではないでしょうか。不公平感への反発はよほど日本人のほうが強いわけですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：間違いなく強いです。おっしゃるとおり、階級がなくなったといっても、ヨーロッパには厳然として残っていると思います。
</p>
<p align="left">
<strong>〇医療保険制度の日独比較～公的皆保険vs民間保険</strong>
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：先生が編著者となっておられます「社会保障改革～日本とドイツの挑戦」に、表２のような指向する共通テーマと制度の相違点を浮き彫りにした日独対比が示されています。この対比に示されております「相違点」を中心にお伺いできますでしょうか。<br />
　まず、ドイツも今年から皆保険国にはなったわけですが、民間保険が14％にすぎないとはいえ、アメリカ流に公的保険と並列で存在しています。さきほどのお話で、これを一本化しようとしてきたSPDが大連立から離れたので、一本化は遠のいたと見てよろしいのでしょうか。
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091220Prof.TsuchidaHypou2.jpg" alt="091220Prof.TsuchidaHypou2.jpg" width="600" height="267" />
</div>
<p align="left">
<strong><br />
土田</strong>：そう思います。公的と民間の同質化がかなり進みましたが、今後はまた元へ戻ると思います。<br />
　ドイツではビスマルク以来伝統的に医療だけでなくて年金も含め、社会保障は基本的には労働者のための保護政策として出てきました。その思想は根強く残っていて、そういう保護政策のお世話にならなくてよいハイクラスの人々は、保険も年金も自分でやればよいという考えです。民間医療保険は公的保険に吸収されることはなく、民間保険のままで残るものと思っています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：わが国は全部公的保険ですから、次元は違いますが、それでも組合健保や共済と国保を一緒にするのは難しいでしょうね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：同じ公的保険でも、保険者の性格はかなり違いますから、一元化は容易ではありません。ドイツでも、公的保険の疾病金庫は強い独立意識とそれぞれの理念を持っていますから、これ以上の合併には抵抗感があります。わが国の健保組合は、それぞれ独立しているメリットを発揮できているかどうかという点が問題です。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは、公的保険に入っている場合の自己負担率はせいぜい数％ときわめて低い水準です。それでも、富裕層などが入る並立的な民間保険のほかに、公的保険に入っている人が民間保険に補完的に入るケースも結構多いそうですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうです。それは、先ほど申しましたように、公定の自己負担の上に混合診療がありますから、それをカバーする必要があるのです。公的保険に入っている人の自己負担率は確かに低いですが、この混合診療分がありますから、混合診療を受けざるを得ない患者の自己負担はグッと大きくなります。そこがやはり問題です。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：混合診療は、わが国に比べるとかなり盛大に行われていると見てよいのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ドイツでは、医師の選択ができますから、シェフ・アールツトなどを指定すると自動的に自由診療となり、公的保険に入っていても、その部分は民間保険でカバーすることになります。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：その民間保険は、公的保険の補完的な民間保険ですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうです。わが国のがん保険や入院保険に近い補完的な民間医療保険です。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：わが国で医師選択制のような混合診療を認めるのは、やはりまずいでしょうね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：それを認めると、やはり公的保険でカバーする医療の水準はここまでと局限されてしまいますので、わが国では公的保険の給付範囲の拡大が望ましいと思います。医療の公平性というのを守るとすれば、混合診療の個別承認は維持すべきです。一方、わが国の保険料は異常なほど低いですから、それを引上げれば対応できます。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツもわが国も被用者医療保険の保険料は原則として労使折半ですが、ドイツは今年から平均で15.5％（14.6％を労使折半、0.9％を強制加入者である被用者が負担）に引上げたのに対し、わが国の保険料率は協会けんぽで8.2％、組合健保の単純平均は7.3％とドイツの半分程度の低い料率です。フランスでも、13.9％ですから、まだ引き上げる余裕があるということですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そう思います。保険料はもっと引き上げる余地があります。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツはもうその余地がない、これ以上雇用主負担を引上げたら、国際競争力がそれこそなくなってしまうということで、労使折半が崩れたわけですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうなのです。ドイツでは雇用主の負担増はきわめて難しい状況です。一方、わが国では、税負担ではなくて、労使折半負担の保険料率をもっと上げていってよいと思っています。このような国際比較を企業や国民にキチンと示して、だからもっと保険料率を上げますよと説明すれば、国民も納得すると思います。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：そうですね。まさに、ドイツはわが国の反面教師ですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：わが国のように格差のない医療給付をやっている国はないのですから、混合診療の全面自由化などを議論する前に、医療保険財政の確保策として保険料の引上げを決断すべきです。<br />
　一方、ドイツはもう大変です。税金は原則として投入しないと言ってきたのですが、それも崩れてきました。おっしゃるように、わが国はドイツのようにならないように努力しなければなりません。
</p>
<p align="left">
<strong>〇高齢者医療の日独比較</strong>
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは公的・民間ともにいわゆる「突き抜け方式」で、年齢による区分や加入保険の変更といったことはあり得ません。わが国の「高齢者医療制度」も年齢による差別が問題視され、民主党政権は廃止を公約していますが、先生のご見解は如何でしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ドイツにも以前は「年金受給者医療保険」という財政上別建ての制度がありました。医療給付の内容はまったく同じですが、医療費については財政調整を行っていました。それを1995年に廃止して、公的保険全体のリスク構造調整方式に変えました。ですから、高齢者だけを対象にした財政調整はもう無くなりました。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：そうですか。ただ、年金受給者医療保険も保険者は一般の保険と同一であったのでしょうね。いまは、リスク調整を年齢別に全体として行っているのですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうです。年齢別だけではなく、疾病率によるリスク調整も入りましたから、高齢者保険への財政調整といったものは必要がありません。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：そうすると、わが国も以前に議論された「突き抜け方式」にするにしても、リスク構造調整を行わないことには保険として機能しないわけですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：はい。ただ、長寿医療制度への批判は財政面だけではなく、給付内容にも及んでいます。私も中医協委員として、後期高齢者に対する医療給付の仕組みの変更と診療報酬の包括化を実験的に行ってみようと思ったのですが、これほど批判を浴びてしまうと、やはり医療給付と診療報酬の仕組みが75歳で変わるというのは日本では馴染まなかったのではという感じはします。ですから、医療保険は突き抜け方式にして、リスク構造調整的なものを導入していればスッキリしていたと思います。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：「後期高齢者診療料」の設定はトータルケアへの入り口であり、しかも選択制です。「後期高齢者医療制度高齢者終末期相談支援料」は、評判が悪く、すぐに凍結されました。私も75歳を過ぎていますが、この制度の導入で高齢者の医療内容が差別されたとはまったく感じていませんが。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：それはそう思います。しかも、その二つとも中医協の委員は高齢者のためになる診療料の導入と受けとっていました。この二つの診療料が後期高齢者医療の象徴みたいになってしまったのは不幸でした。私も導入の意図がまったく違った風に医師や高齢者に受けとられたのにはがっかりしました。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：今後の制度設計に当っては、医療給付内容に差はつけず、年齢と疾病率によるリスク構造調整の導入が不可欠ということですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうです。ドイツの疾病率のリスク調整を見ますと、実によくできています。いかに公平性を維持していくかということにこだわりをもっているかがよく分かります。公平性にこだわりをもった制度設計をすれば、競争はこういうふうになるはずであるというところまで考えたやり方というのは、やはり学ぶべき点が多いと思います。<br />
　もう一度組み立て直すとするなら、今の後期高齢者医療制度よりもっとよくしないと意味がないですね。ただ、どこの国でも高齢者の医療費を自分達だけで賄えないのは当たり前です。何らかの形で世代間扶養を入れています。ドイツの場合は、年齢別あるいは疾病率で調整して世代間扶養を行っていますが、どこの国でも必ずやっていることです。ですから、わが国もそういう世代間扶養という理念をきちんとした上で、若者は高齢者の医療費をある程度援助していくのが当然だという合意形成を図るべきだと思います。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：高齢者の部分にだけ公的資金をたくさん入れるという考え方は保険の理屈に合わないということですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：合わないです。ただ、もちろん若者の負担だけで全部できるかというと、そうはいかないので、税投入があってよいのですが、理念としては、やはり世代間扶養という考え方をベースにした保険の議論が必要だと思います。
</p>
<p align="left">
<strong>〇保険者への競争原理の導入</strong>
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは1996年に、疾病金庫選択の自由が認められ、保険料率の引下げ競争が起こった結果、1992年には1,223あった金庫数が2005年には267にまで減少しています。金庫間の引下げ競争により、一時的に保険料率が下がっても、寡占化により引上げが容易となって、被保険者は右往左往させられるだけで、米国のマネジドケア同様に、意味のある競争政策ではなかったとの批判もあるようですが、どのようにお考えでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ドイツでも企業疾病金庫を開放型にして誰でも入ってよいという仕組みにしたことに対する批判はあります。依然として閉鎖型を守っている疾病金庫も70金庫ぐらいあります。しかも、ドイツ銀行、ベンツ、BMW、それからガス会社で最大手のイーオンといった優良企業が多く含まれます。これらの閉鎖型金庫の財政状況は非常によくて、特別な健康管理をやっているので、さらによくなります。他の疾病金庫にも移れるとした1993年改革は、非常にまずい選択だったと私は思っています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：本来、企業の健保は閉鎖型であるべきでしょうね。だって、トヨタの人がホンダの保険に入ってもよいというのは、ちょっと考えられないですね。数社が合同して一つの健保をもつのはよいでしょうが。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：やはり企業の特性に見合った健康管理の方式もありますから、開放型には限界があります。閉鎖型であっても、サービスや付加給付などにおいて、疾病金庫間の競争はあってもよいと思います。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：それでは、政府としては疾病金庫間の競争はもうあまり奨励しないようになっているのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：いや、そうはなっていません。疾病金庫同士の合併についても依然奨励しています。これまでは、同じ種類の疾病金庫間の合併であったのですが、今は垣根を取り外して、どことでも自由に合併できるようにしました。さきにも申しあげたように、予算内に収まらない場合には疾病金庫が自由に追加保険料を徴収できるということになったので、追加保険料を支払いたくない人には別の疾病金庫にすぐに移ることができるという権利が与えられました。これも、被保険者の移動に拍車をかけることになります。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：でも、それも全国規模の疾病金庫が三つか四つになって、寡占体制が確立すると、そう簡単には移りづらくなるのではないでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうなると思います。競争させると言いながら、競争する金庫が寡占体制になってしまうと、結果的に競争が働かなくなります。だから、競争奨励と合併促進は矛盾した政策だと思います。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：競争政策が失敗したからといって、それをやめようというムードはないのですね。わが国では、ドイツのような選択制にしようという意見はありませんが、健保組合の合併推進や国保の一体化は政策の選択肢として考えられますね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ええ。私は健保組合間にある程度の保険料率格差があってもよいと考えています。格差があるのは自分のところの特性だというぐらいに認識すればよいのです。<br />
　たとえば、銀行の健保のように若い人が多いと保険料は低くて済みます。製造業の場合には高年齢の人が多くて、保険料を高くせざるを得ない健保もあります。その格差は、そういうものとして認めたうえで、財政調整で格差を縮小していけばいいので、その間を自由に移動できるようにする必要はありません。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：それは確かにそうですね。選択を自由にするのではなくて、健保は保険料率はもとより、予防などサービスの質で競争すればよいのですね。<br />
　若い人の多い健保の加入者が得をするのは、ある程度はやむを得ないとしても、はやりそれぞれの年齢階層で調整する必要はありますね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ええ。合意の形成は簡単ではないと思いますが、健保相互間で財政調整を行う必要があると思います。
</p>
<p align="left">
<strong>〇医療機能分化の日独比較</strong>
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは、病院と開業医の機能分化が明確で、開業医もさらに一般医と専門医に明確に区分されており、患者は原則として最初に一般医の診察を受けることになっていますが、このシステムは効率的に機能しているのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：機能の分化、分担ははっきりしています。ただ、向かう方向は、ドイツと日本では明らかに違っていて、ドイツでは現に分化している機能をお互いに接近させようとしています。病院では外来をかなり認めるようになってきています。<br />
　病院で外来の直接受診は例外的であったのですが、たとえば、手術前の前後とか、あるいはエイズなどの特別の病気の場合は外来診療を認めるということにして外来の幅を広げています。<br />
　診療所のほうは、診療所の医師が手術で病院を使う場合に、滞在型でも使えるといったふうにして、病院と診療所の機能とがかなり接近してきています。<br />
　わが国の場合は類似していた機能が最近やっと分化し始めたということで、方向性は逆です。ただ、病院と診療所の機能はハッキリ区分したうえで、お互いの便宜をどう図っていくかという基本は同じではないでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでは英国のGPや米国のゲートキーパーのように、総合医の役割は確立しているのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：はい、ドイツでは保険医の中で一般医と専門医と分かれており、患者はまず一般医を受診するように定められています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：わが国もそういう方向で整備するのが望ましいのでしょうね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そう思います。ただ、わが国の場合には、大学の医学教育から抜本的に変えなければなりませんから、一朝一夕にはいかないでしょうが。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：これからの課題ということですね。
</p>
<p align="left">
<strong>〇介護保険の日独比較</strong>
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：先生はドイツの介護保険についても、かなり以前から研究論文をたくさん書いておられ、ドイツの研究者や政府関係者とも意見を交わしておられますが、最近のテーマは何でしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：昨年行ったドイツの介護保険改革は、日本がモデルになっていることがいくつかありますが、それらを比較検討してみたいと思っています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：そもそもは、わが国の介護保険制度は、世界で最初に介護保険を創設したドイツをお手本にして、５年遅れでできたものと理解していますが、今度はドイツが日本を見習ったのですか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ええ。ドイツの介護保険で一番大きな問題は、介護の質をいかにして担保するかということでした。とくに在宅医療の場合には家族介護が主体となりますから、家族介護の質が悪いと、施設に入った場合の介護度が高くなることにもなります。この介護の質を改善するために、ケア・マネジメントをとり入れたのです。日本をモデルにして改革を行ったと、フランツ・クニープス医療・介護保険担当総局長自身がハッキリと言っていました。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：わが国では、あまりにも精緻なアメリカ・モデルでとり入れて、うまく機能しないのではないかと懸念されていたそうですが。それが、わが国でも何とか機能して、ドイツに輸出されたということですね。ドイツでも、ケア・マネジャーの独立性を担保するのは、難しいでしょうね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そうですね。ドイツではケア・マネジャーの養成を始めたばかりです。看護師と同じような教育課程を履修させて、そのうえで試験をやってケア・マネジャーの資格を与えていくシステムです。<br />
　ただ、ドイツでも介護職の待遇が悪いのはわが国と同じで、その待遇改善は非常に難しいです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツの介護保険では,1996年の発足当初から、家族の介護を評価した介護手当（現金給付）が認められ、1996年には、介護給付費の43.1％を占めていました。この割合は、総額の伸びに伴い年々減少して、2005年では23.9％となっていますが、介護における家族介護の評価は重要であり、介護費の適正化にも資するのはないかと思いますが、この点はどうお考えでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：これは判断の分かれる難しい問題です。わが国でも、介護保険を導入するときに、現金給付も行なうべきという議論に対して、反対した方から出された理由が三つぐらいありました。一つは嫁介護を固定化してしまうということ、二つ目は本当に介護に使われたかどうかがチェックできず、バラマキ給付になってしまうという懸念、三つ目は家族介護よりもプロのほうが介護の質が高いという理由があったものと思います。<br />
　そのうち、現在ではおそらく嫁介護の固定化は少ないし、バラマキ給付の可能性もあまりないので、要するに一番の問題は、必要な介護をどこまで家族で担保できるかということではないか思います。ただ、家族はどうしても関わりを持たざるを得ないですから、それに対して何らかの社会的な評価を与えなくてもよいのかという問題は残ります。ドイツでは、現金給付は、家族に支払う賃金ではないと言っているわけです。家族が家族として行っていることに対する社会的評価であると割り切っているのです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：評価として、現金を支払うとなれば、今度民主党が打ち出した子ども手当と同じ考え方ですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：まさにそうです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：子ども手当は託児所に出すのではなく、子供に出すという考えで行けば、要介護者に対する現金給付を導入しても悪くはないと思いますが。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ドイツも要介護者に現金を与えて、要介護者はそのお金で家族を雇うという考え方です。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：それを貯金してはいけないというような縛りは簡単にできますね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ドイツでも、現金給付が必ずしも介護に使われないで、第二年金のようになっているという話はあります。たしかに、介護保険の大きな問題ですが、私としてはまだ整理がつかない問題です。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツでも現金給付が減ってきているというのは、やはり施設介護に重点が移ってきているということですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ええ。それに家族自身が外で働くケースが増えてきていますから、家族介護をやっている時間がなくなってきているということだと思います。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツの優れている点は、医療保険と介護保険の保険者が同一である点ではないかと思うのですが。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：そう思います。おそらく後期高齢者の問題も、75歳以上にするか65歳以上にするかは別として、介護保険とドッキングする方向が考えられます。医療と介護のリスクは違いますが、ドイツのように保険者が同一というのはメリットが大きいと思います。例えばドイツでは、介護保険にはリハビリ給付は入っていません。介護認定時に、「この人にはリハビリ必要」と医師が判定すれば、医療給付が与えられます。保険者が同じですから、保険者サイドで給付内容別に医療と介護をキチンと区分しながら、うまくやっています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：わが国でも、医療保険よりは介護保険のほうが、問題は少ないのではないかと思われますが、ドイツではどうでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：何年か前のことですが、ドイツの世論調査で一番評判のよかったのが介護保険でした。介護保険が圧倒的によくて、一番評判が悪いのが失業保険でした。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ハルツ改革に関する先生の論文を読んでもよく分からないのですが、ドイツでは失業保険がどうしてそんなにもめるのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：ひと言でいうと、ドイツの失業保険は手厚すぎたといわれています。失業保険の給付が切れたあとも、失業扶助という形で半永久的に手当がもらえたからです。その際には前歴や資格が重視されて、前歴に合わない仕事を紹介された場合には拒否できるということがありました。例えば、旋盤工が勤めていた会社が潰れて、旋盤の仕事がなかった場合には、他の仕事を紹介されても、それを拒否して、ずっと失業扶助をもらうことができました。でも、あまりに失業者が増えてしまって、財源が持たなくなったので、ハルツ改革で大幅にカットしたためです。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：なるほど、そうですか。介護保険には、政党間の政策の違いとか争いとかはないのでしょうか。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：それほど多くはありません。従来から年金と介護は政党間の対立は比較的少なく、対立は医療保険と失業保険に集中していました。ただ、年金については、リースター年金導入以降、対立が激しくなってきていますが。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：リースター年金は、2001年に導入された民間個人年金保険への補助制度で、個人年金保険を買うと、政府からの補助金によって、確定申告の際に保険料が納税者に返還されるという仕組みですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：公的保険の給付水準を引下げてそれに上乗せする形で、民間のリースター年金を導入しました。リースター年金は強制ではなくて任意加入ですから、任意で自分で積み立てできる人は従前通りの年金がもらえますが、自分で補填できない人は、所得代替率が公的扶助の水準まで下がっていきますから、受取額が減ります。リースター年金は約束違反で正当性がなく、年金制度の信頼性を壊すものだということで、これまで年金を手掛けてきた人たちは激しく批判しています。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：ドイツは、わが国にとって社会保障のお手本であったものと思っていましたが、医療でも年金でも真似をしてはいけない反面教師に変わってきたのですね。
</p>
<p align="left">
<strong>土田</strong>：それは、医療でいえば1993年の改革で市場原理といいますか、疾病金庫の選択制を導入したあたりから、改革の方向が従来とは異なってきました。わが国も影響を受けたわけですが、ドイツの改革の方向には十分な検討が必要だと思っております。
</p>
<p align="left">
<strong>岡部</strong>：まだまだお伺いしたいことがありますが、今日はこの辺で。ありがとうございました。
</p>
<p>
（2009年12月20日、医療経済研究機構発行「医療経済研究機構レター（Monthly IHEP）」No.182、p2～14所収）　
</p>
<p align="left">
&nbsp;
</p>
<p>
&nbsp;
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/interview/monthlyihep_4.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/interview/monthlyihep_4.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">009インタビュー記事</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 20 Dec 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>＜投資教室＞民主党の「公開会社法」に大いに期待</title>
         <description><![CDATA[<p align="center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091215KoukaikaishahouLogo.gif" alt="091215KoukaikaishahouLogo.gif" width="200" height="176" />
&nbsp;
</p>
<p>
　民主党は、現在の企業行動ことに上場企業の活動が適切なルールの下で公正に行なわれているとは言い難いとの現状認識の上に立って、「公開会社法」（仮称）の制定を提唱、マニフェストには入れられなかったものの、党の政策として公表されている。民主党の提案は、下表に掲げたような過去の大型不祥事件の原因を徹底分析して、これの再発を未然に防止するにはどうすればよいかというきわめて実証的・現実的な発想から議論が始められたものである。
</p>
<p>
　上場会社は、投資家・取引先・従業員・地域社会などさまざまなステイク・ホールダーへの責任を果たすことは求められているから、従来とは違う枠組みで上場会社の情報公開や企業統治のあり方について、一般の企業とは違う形での行動を求める特別法の制定が必要との考え方は首肯できる。
</p>
<p>
　日本経済の持続的成長には、効率的な企業統治の確立と再編を通じた経営資源の再配分など経済活性化を促す政策も不可欠である。ところが、会社法は法務省、金融商品取引法は内閣府・金融庁、産業政策は経産省といった縦割り行政の結果、これまでも省庁別に類似の研究会などが設けられ、多くの提言が検討はされたが、省庁間の争いも絡んでほとんどが実行に移されていない。この際、公開会社という枠組みで所管省庁の垣根を超えた議論がなされれば、よい制度が出来るものと期待される。
</p>
<p>
　もっとも、上場会社に限って適用されるべきルールは、本来証券取所が取引所規則として制定し、これに従わない上場会社には上場廃止を迫ればよいはずであり、欧米では現にそうなっている。ところが、日本では取引所が規制に及び腰であるだけではなく、上場会社サイドの意識も転倒している。経営者が判断に迷う事態が発生した場合には、まず取引所規則での適否を検討し、次いで金商法に当り、最後に会社法の解釈を尋ねるのが筋であるにもかかわらず、実際にはその逆の行動をとっている。
</p>
<div style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091215KoukaikaishahouHyou1.jpg" alt="091215KoukaikaishahouHyou1.jpg" width="600" height="275" />
</div>
<p>
　<br />
　そこで、本稿では「公開会社法」案の主要な提言について、投資家の視点からのコメントを試みた。投資家とは、現在の株主だけではなく、株式市場に関心を有する潜在的な株主をも包含した概念と考えて頂きたい。
</p>
<p>
<strong>１、情報開示の明確化～①会計のあり方の明確化と②株主質問権・回答義務の導入</strong>
</p>
<p>
　情報開示については、①会社法と金商法間の齟齬を解消し、金商法主体の厳しい開示を義務付ける、②株主の随時質問権と会社の回答義務規定を設けるという改定点が中心である。
</p>
<p>
　この問題での最重要課題は、上場会社には、持ち株比率の如何にかかわらず、実質支配しているすべての子会社・関連会社を連結した決算を開示させることである。山一証券の破綻は非連結子会社への飛ばしが原因であり、今回の金融危機を深化させたのも大銀行がSPCやSIVと呼ばれるペーパー・カンパニーで不良証券化資産を大量に保有していたからである。
</p>
<p>
<strong>２、適切な企業統治の実現～①社外取締役の義務化、②従業員代表監査役、③公認会計士の指名権</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>上場会社の企業統治に関しては、社外取締役選任の義務化とその独立性の確保が提言の柱である。いずれも必要不可欠な制度であり、全面的に賛同する。
</p>
<p>
　社外取締役選任の義務化や独立性の確保は、金融庁や経産省の研究会でもその必要性が結論付けられており、東証の斎藤社長も経団連の消極姿勢を批判している。この改革は、経団連と一定の距離を置く民主党政権下でしか実現できない最重要課題と考える。
</p>
<p>
　社外取締役の独立性確保に当っては、身内の指名を排除する基準を強化するだけではなく、たとえば、①10%以上の議決権保有株主に取締役選任候補者の指名権を与える、②役員の選任は累積投票で行なう（累積投票制度の定款による排除を認めない）といった強行規定を導入することが必須である。独立取締役が主体の米国企業でも、社長のお友達ばかりの社外取締役で固められていれば、機能しないことが実証されているからである。
</p>
<p>
　監査役設置会社について、従業員代表1名の監査役起用を求める案は、新鮮すぎて議論を呼んでいる。「会社は株主だけのものという考え方を修正して、さまざまなステイク・ホールダーのものとして法制化する」というドイツの共同決定モデルに範をとったこの提案は、それほど突飛ではない。もっとも、ドイツでは、この従業員との共同決定方式は従業員2,000人超の大会社だけに適用され、しかも必ずしも成果は挙がっていないと言われている。経営陣の暴走に対して歯止めをかける一定の効果はあるものと認められるので、投資家の立場から目くじらを立てて反対すべき提案ではない。
</p>
<p>
　監査役の独立性・機能性を強化するために、①会計監査人の選任、報酬決定の権限を監査役会等に与える、②会計監査人に監査役会等に対する報告義務を課するといった提案は、監査役による経営陣の業務監査を容易にするためにも有効であり、賛同する。
</p>
<p>
<strong>３、親子上場については「企業集団」を基本要素と認識</strong>
</p>
<p>
<strong>　</strong>親子会社が同時に上場しているケースについて、金商法上の「企業集団」という概念を前提として、親会社は子会社の会計制度、内部統制制度の構築と運営に責任を負うようにすべきとの提案である。
</p>
<p>
　会社の上場審査に当っては、従来は子会社の独立性確保を重視してきたが、もともと最大株主である親会社の意向を無視した経営はあり得ず、矛盾が露呈していた。ところが、新会社法では一つの会社を親会社・子会社・持ち株会社という形に自由に設計し、独立性を逆用して子会社のガバナンスが効かない状態にすることもできる。現行法では、親会社が実際には上場子会社への支配力を失ったとしても、連結ベースの情報開示が求められ、これが出来なければ上場廃止に追い込まれることもあり得る。親会社に義務だけが課されて、権限がない法制は改めなければならないとする主張である。
</p>
<p>
　親子上場は悩ましい問題であり、即刻禁止は出来ないとしても、方向としては原則として親子上場は認めないルールとすべきではなかろうか。別々に上場した親子２会社を企業集団として一体的に認識するという考え方には違和感がある。
</p>
<p align="right">
（日本個人投資家協会理事　岡部陽二）
</p>
<p align="left">
&nbsp;（2009年12月15日、日本個人投資家協会発行「きらめき」2009年12月号所収）
</p>
]]></description>
         <link>http://www.y-okabe.org/market/post_189.html</link>
         <guid>http://www.y-okabe.org/market/post_189.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">007証券市場論集</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 15 Dec 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>米国銀行業界の急変貌と邦銀への示唆</title>
         <description><![CDATA[<div align="center" style="text-align: center">
<img src="http://www.y-okabe.org/images/upload/091201BeiginHenbouLogo.jpg" alt="091201BeiginHenbouLogo.jpg" style="display:inline;" />
</div>
&nbsp;&nbsp;
<p align="left">
<strong>１、米銀の破綻急増～商銀モデルの終焉か</strong>
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<strong></strong>一昨年秋にサブプライム問題に端を発し、昨年5月のベアスターン救済を経て、昨年9月には史上最大の負債総額約64兆円というリーマン・ブラザーズの倒産劇とAIG救済が相次いで、金融危機の山場を迎えた。今回の米国発金融危機は、このような投資銀行の高レバレッジ経営とCDSなどのデリバティブの蹉跌といった証券化業務やさらに高度な金融技術取引の行き詰まりにあって、預貸金を中心とした伝統的な商業銀行業務は比較的健全に運営されているものと認識されていた。
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ところが、2008年に入ると、1995年来一桁、2005・2006年には皆無であった商業銀行・貯蓄金融機関の破綻が相次ぎ、2008年には年間25件、本年は10月末までで115件、年間では140件を超えるペースで破綻が急増している。破綻件数では、1988・1989年には両年で1,000件超のS&amp;L破綻が記録されたが、今回の危機では大規模金融機関の破綻が多いことが特徴となっている。
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主だった破綻だけでも、表1にあるとおり、昨年7月にカリフォルニア州のインディ・マック銀行、9月には総資産3,000億ドル超の貯蓄金融機関最大手であったワシントン・ミューチャル銀行、本年8月にはアラバマ州のコロニアル銀行とこの三行とも歴代4位内に入る大型倒産である。破綻銀行の総資産規模では、20年前のS&amp;L危機の数倍に上ることは間違いない。
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これに加えて、昨年秋以降、シティー・グループ、バンク・オブ・アメリカ、ワコビアの大手3行がオープン・バンク・アシスタンスという例外的な公的資金注入で救済された。この方式の導入で、預金保険で保護される預金者だけでなく、債権者や株主まで保護される結果となった。
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シティー・グループやバンク・オブ・アメリカの経営危機は、傘下に抱えている投資銀行部門（シティーは、スミス・バーニーやソロモン・ブラザーズ、BOAは今回吸収したメリル・リンチなど）にあるものと思われていたが、最近に至り投資銀行部門はむしろ収益源に転化、問題は商業用不動産向け貸金の不良債権化にあることが明らかとなっている。以下に、この問題点を分析してみたい。
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<strong>（１）米銀破綻急増の原因と先行き見通し</strong>
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景気底入れ感が出てきた今年に入って米銀の破綻が急増している原因は、挙げて商業用不動産向け貸金の不良債権化にあると分析されている。米銀の不動産貸金は表2にあるとおり、総貸金約400兆円の過半を占めている。住宅ローンなどを除く商業用不動産向けローンは、大銀行で総貸金の30%程度、中小銀行では50%を超えているところが多いと見られている。住宅だけではなく、商業用不動産価格もピーク時対比では30%程度下落しており、貸付先の太宗を占めるショッピング・センターでは、テナントの売れ行き不振で賃料支払遅延や閉店退去が相次いでいるためである。
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米銀の破綻の先行きについては、米国経済全体の回復如何に掛っており、見方が分かれている。もっとも、FDIC自身経営に問題がある銀行数を416行と発表しており、小規模の破綻がしばらく続くことは間違いないものの、これが再度の金融危機に繋がるとの見方は少ない。また、FDICなどによる銀行経営のモニタリングは厳格に行なわれており、破綻処理もきわめて迅速に手際よく行なわれているので、金融システム全体が大きな混乱に陥る懸念はなさそうである。
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<strong>（２）預貸金業務を主体とする伝統的な商業銀行業務モデルの破綻とその日米比較</strong>
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<strong></strong>米国商業銀行の総資産は過去10年間でほぼ倍増したが、その過半は不動産関連の融資とその証券化商品への投資が占めている。融資については、表2に見られるとおり、総貸金の55%が不動産貸金であり、証券投資については、総額2.3兆ドルのうち1兆ドルが不動産などの証券化商品が占めている。まさに、不動産投融資銀行であって、産業金融の担い手としての影は薄い。この米銀経営の財務構成を、表2で邦銀と対比して見ると、次のような類似点と相違点が指摘できる。
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（１）米銀の総資産は近年急増しているが、それでもGDP約15兆ドルの0.8倍であるに対し、日本の民間銀行総資産はGDPの1.4倍と大きく、間接金融中心の金融構造となっている。
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（２）総貸金に占める不動産貸金（商業用不動産向けと住宅ローンなどの合計）の比率は、米銀54.9%、邦銀43.3%と両国ともに約半分を占めている。米銀・邦銀ともに、高収益が期待できる不動産金融に大きく依存している構図は共通している。この結果、担保不動産価格の値下がりで、邦銀は90年代に、米銀は2007年以降に巨額の損失を蒙り、財務基盤を大きく劣化させた。日米ともに、商業銀行業務の重点を不動産金融と証券業務に移し、低収益の産業金融からは撤収している。邦銀は148兆円の預金超過であり、貸し渋りや貸し剥がしは貸出資金が不足しているからではない。
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（３）破綻や救済が相次いでいるにもかかわらず、米銀の平均預貸金利鞘は3.43％と邦銀の0.56％の6倍以上の高収益を挙げている。リスクをとるために必要な中核となる自己資本（株主持分）比率も、米銀は10.0%と邦銀の4.1%比格段に充実している。因みに、三井住友FGの株主持分比率は3.2%、みずほFGは2.5%（会社四季報2008年第4集）と平均よりさらに低い。収益力と自己資本の充実度から判断するかぎり、米銀の活力が勝っているものと思われる。
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<strong>２、大手米銀の復活～ユニバーサル・バンキング時代の到来か<br />
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米銀の破綻は小体銀行のみに留まらず、伝統的な預資金業務中心に比較的手堅く経営されてきたものと思われていた多数の中堅商業銀行が、不動産貸付の貸倒れ累増によって行き詰ったものである。今後は貸金需要の減退もあり、預貸金業務中心では、米国の商業銀行経営は立ち行かなくなるものと予測される。
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ところが、一方で、投資銀行業務を抱き込んだ大手米銀は、金融危機で蒙った巨額の損失を克服して不死鳥のように蘇りつつあるようにも見えるので、大胆に銀行業務変貌の今後を見通したい。
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<strong>（１）本年第2・第3四半期の大手米銀好決算と今後の見通し</strong>
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<strong></strong>9月14日には、ニューヨーク株式市場でのダウ平均が約1年ぶりに一時1万ドルの大台を回復した。米景気は大底を脱したとはいえ、順調に回復軌道に乗っているとは思えない。したがって、米国株の急回復は、世界的な金融緩和で溢れた大量のマネーが実体経済の改善を上回るスピードで回転し始めた結果との見方が強いが、これを反映して大手米銀の業績は好調である。
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第3四半期の決算で、ゴールドマン・サックスは純益が32億ドルと前年同期の3.8倍を計上、JPモルガンは不良資産の前倒し償却をしたうえで増益、シティー・グループも黒字を確保した。ただし、前期黒字であったバンク・オブ・アメリカは10億ドルの赤字に転落している。
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この結果、表3左欄に見られるとおり、JPモーガン、ウエルズ・ファーゴ、ゴールドマン・サックス3行の本年10月末時価総額は、金融危機前の2006年末とほぼ同一か若干ながら上回る水準にある。大手米銀の今後の収益見通しは難しいが、本年5月にFRBが発表したストレス・テスト（健全性審査）の結果は、相当甘い判定と言われてはいるものの、大いに参考となる。この結果は表3右欄に掲げたとおり、ゴールドマンを除き、大手6行ともに2010年末までの損失が収益を上回る予測となっている。なかでも、シティーとバンカメは自己資本の過半を失うと予測されており、大幅な増資を続行しなければ、業容を縮小するしかない。
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<strong>（２）世界銀行ランキングの変貌と大手米銀躍進の要因</strong>
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<strong></strong>一方、大手米銀の国際金融界におけるプレゼンスを、昨今もっとも重視されている中核的自己資本（公的資金を除くティア1）のレベルについてみると、表4のとおり、JPモルガンとバンカメが一・二位を占め、上位15行に米銀5行が入っている。邦銀や欧州勢の地位が落ちて、10年前には下位に甘んじていた大手米銀が大躍進してきた様が看てとれる。しかも、最近数年間、トップを走ってきたシティーが凋落し、JPモルガン、バンカメとウエルズ・ファーゴの躍進が顕著である。
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今回の金融危機は、挙げて米国の大手投資銀行の強欲が自らの墓穴を掘った結末とされている。そのなかで生き残ったのは、バンクホールディング・カンパニーに転換してFRBの傘の下に逃げ込んだゴールドマンとモルガン・スタンレーの2社だけであった。
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もう一社、10年前にシティー・グループに吸収された旧ソロモン・ブラザーズは、逆にシティーを飲み込み、今回の危機を演出した元凶となったが、ソロモンも本当の終焉を迎えた。シティーでは分散された各部門が、どの部門も責任をとらない無責任体制になっていたことが、致命傷になったものと言われている。
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一方、JPモルガンは商業銀行業務と投資銀行業務を有機的に融合してシナジー効果を挙げてきた。同行の巧みな合併戦略には、目を瞠るものがある。JPモルガンは2000年に、Chemical Bank が中核となっていたChase Manhattan Bank とJ.P.Morgan &amp; Coが合併して設立され、2004年に Bank One Corpを吸収、 2008年には一旦破綻した Washington MutualをFDICの管財人から譲り受け、さらにFRBが救済を決断した Bear Sternsを一株わずか10ドルで買収した。
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FRBがベア・スターンズの救済を決断したのは、当時想定元本で77兆ドルという金融デリバティブの最大保有者であったJPモルガンの連鎖倒産を回避するためであった、とする解説も聞かれる。JPモルガンはそれほどに元来投資銀行指向であったが、ベア・スターンズを傘下に抱えることにより、投資銀行業務を一段と強化する態勢を整えたことは間違いない。
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J.P.Morgan &amp; Coは、グラス・スティーガル法下では、米国内での投資銀行業務を禁じられていたが、以前から欧州各国では現地法人化して幅広い投資業務を展開、そのリスク管理にも優れていた。筆者も欧州駐在時に邦銀が見習うべきモデルとして同行欧州現法の戦略を研究した経験がある。
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メリル・リンチを抱え込んだバンカメがシティー・グループ崩壊の轍を踏まないかどうかも注目されるところである。
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わが国でも、メガバンクによる証券会社の買収や投資銀行業務の強化が進んでいるが、国際金融市場で生き残るには、商業銀行と投資銀行とのシナジーをフルに発揮できるユニバーサル・バンキング型の経営体制が確立できるかどうかの成否に懸っている。
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（岡部陽二・医療経済研究機構専務理事、元広島国際大学教授、元住友銀行専務取締役）
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（2009年12月1日、財団法人・外国為替貿易研究会発行「国際金融」第1207号　p36～39所収）
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         <pubDate>Tue, 01 Dec 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
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