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<投資教室>格付け会社の大罪

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日本個人投資家協会理事 岡部 陽二

 7月下旬から世界の金融市場を大混乱に陥れた元凶が、米国でサブプライムローンと呼ばれる信用力の低い個人向け住宅ローンを証券化したMBS(Mortgage-Backed Securities)の格付け偽装にあったことが明らかになるにつれて、格付け会社規制論が急速に浮上してきた。
 この問題を最初に重要視したのはフランスのサルコジ大統領で、同大統領は格付け会社が裏付けとなる資産の内容をしっかり分析していたかどうか調査すべきとG7に要請した。これは、8月8日に仏最大手のBNPパリバが「米国の証券化市場でサブプライムローンを組み込んだMBSの流動性が完全に消失したため、投資家の利益を守り公平な取り扱いを保証するため、同行が販売した三つの大型ファンドについて、解約・返金を一時停止する」という措置をとった結果、投資家の動揺が広がったことを重視したためである。
 米国のSECは、当初格付け会社の責任追及には前向きでなかったが、8月末に至り、ブッシュ大統領がこの問題に対する総合的な対策を打ち出すよう指示したことを受けて、格付け基準の適否についても実態調査に乗り出している。
 格付け会社の側では、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)社のトップは引責辞職に追い込まれたものの、同社は「格付け会社を責めるな」といった米紙への幹部名での寄稿文をホーム・ページに掲載するなど、投資の判断は投資家の自己判断で格付け依存に問題があったと言いたげな責任回避の姿勢を崩していない。
 本稿では、8月15日付け"The Wall Street Journal(WSJ)"の「信用失墜の大罪~格付け会社の急激な格下げが「サブプライム問題」騒動にどれほど油を注いだか~ローンへの甘い評価が貸増しを助長」と8月20日付け"Financial Times(FT)"紙「欧州委、格付け会社調査へ」を基に、MBS格付けの実態を解明したい。

1、サブプライムローンの貸付形態

 米国の住宅ローンは原則30年満期で、政府が支援するエイジェンシーであるファニーメイ(FNMA、連邦抵当金庫)やフレディーマック(FHLMC,連邦受託貸付抵当公社)が買取りに応じて証券化している。これがプライムローンであって、MBS発行残高の8割以上を占め、信用度も国債並みに高い。ただし、両機関の買取り適格となる住宅ローンには、LTV(Loan to value、担保掛目)80%以下、借入人の信用基準、一人30万ドル強までの借入限度などの規制が課せられている。
 この条件を満たしていない住宅ローンがサブプライムで、最近3年間に急増し、ローン残高総額の14%弱を占めている。サブプライムと定義される第一は、借入人の所得審査を一切行わずに誰にでも貸す点である。第二は担保掛目100%まで貸す点である。その形態としては、次のような貸付条件のものが有名である。
 ①I/O(interest Only)ローン;当初の数年間は金利のみを支払い、元本を支払う要がない方式で、なかには、金利を元化して、元本が増えていく方式のものまで現れている。
 ②2/28ARM(Adjustable Rate Mortgage);当初2年間は年間3%といった低い固定金利で、3年目以降については高スプレッドの変動金利が適用されるといった方式のものである。この方式は、転売価格の上昇を見込んで住宅購入をする個人投機家に適用され、住宅バブル崩壊とともに不良債権化している。

2、"piggyback"条項とこの条項に対する格付け会社の対応

 このように緩いサブプライムローンの貸出条件には問題が多いが、第二の貸出条件での最大の誤りは"piggyback"条項にあると上記のWSJ は指摘している。"piggyback"は「おんぶ」の意で、"piggyback"条項付きとは、同一借入人に対し頭金の20%部分またはそれ以上の額を別個のローンで追加担保差入れなどの負担なしでの貸出を認める方式である。
 20%の頭金は手持ちの現金か別途の借入れなどで調達して支払わないと、低金利で借りられるプライムローン適格にはならない。"piggyback"条項付きは、この非適格借入人にも貸付けられるように工夫した、要するに実質担保掛目100%以上の住宅ローンのことである。
 
 ところが、S&Pは2000年にこの新型の分かりにくい住宅ローンを組み込んだMBSの扱いに関して、一つの重要な決定を下していた。それは、「"piggyback"条項付きの住宅ローンの信用度は頭金20%自己負担の標準的なローンと変わらない」というものであった。
 当時、この決定に住宅ローン業界の関係者以外は誰も気づかなかったが、爾来"piggyback"条項は、「サブプライムローン」ブームの主流となったのである。すなわち、この6年間に新規に貸出された1.1兆ドルのサブプライムローンの大部分はこの"piggyback"条項付きローンで占められ、これが米国の住宅ローン市場を大きく歪める結果を招来したのであった。

 S&Pは、6年後の昨年に至り、この条項に対する判断をひっくり返して"piggyback"条項付き住宅ローンの不払い率は高いと言い直し、この条項付きローンを組み込んだMBSの格下げを検討し始めた。それでも、直ちに格下げを断行することなく、ようやく今年の4月になって、サブプライムローンの不払いが嵩み、MBSの資金繰りが行き詰ってからA格をB格に引下げるなど5段階もの大幅格下げに踏み切ったのである。これが、今日の市場混乱の原因である。

3、CDO(Collateralized Debt Obligation)の魔術

 MBSは通常ローリスク・ローリターンの「シニア」、ハイリスク・ハイリターンの「エクイティー」とその中間の「メザニン」に分解される。たとえば、組み込まれた住宅ローンの平均利回りが8%であったとすると、シニアは6%、メザニンは9%、エクイティーは20%と三つのトランシェに切り分けられ、
 格付け会社は、シニアをAAA、メザニンをBBBと格付けし、エクイティーは無格付けとなる。問題はこの三つのトランシェへの分割比率にある。シニア85%、メザニン10%、エクイティー5%であれば、ローンの不払いが15%以内であれば、シニアMBSの元利支払に支障を来たすことはないが、これを超えるとAAAの格付けであってもディフォールトを起こす。投資銀行間の競争激化で、エクイティーの比率が低下したのが問題であるが、このエクイティー比率低下は、ローン原債権の大幅な劣化傾向に逆行してきたのである。
 CDOはこのMBSの構成を組み替えたうえで、さらに借入金で資産を膨らませて利回りの向上を図ったものである。
 もう一つの問題は、このような複雑な仕組みで再構成されたMBSやCDOの流動性である。リスクの実態が誰にも分からないので、今回のような事態に立ち至るとMBSやCDOの買手は一人もいなくなる。米ムーディー社のクラークソンCEOは格付けは信用リスクを評価して30年後の満期日に支払われるかどうかを判断したもので、債券の値下がりリスクには関知しないと嘯いている。一方、投資家はAAA格であればいつでも売却できることを前提に、借入れまでして巨額の投資をしている。

 緩い条件での住宅ローンを許容したのは、住宅ローン金融会社であった。それを歓迎して過剰に借り入れたのは、住宅購入者であった。この緩い条件のローンを証券化したのは、ウォール街の投資銀行であった。しかし、格付け会社もまた金融市場を混乱に陥れたサブプライムロ-ンブームの演出に大きな役割を果たした。S&P、Moody's、Fitchはこの所得審査も行わず、疑問だらけの"piggyback"条項付きのローンを組み込んだMBSに国債並みの高格付けを与えたのである。
 さらに、証券化の段階で格付け会社が投資銀行に協力して果たした役割は陰に隠れて見えないのが問題である。一般に考えられているように、投資銀行が証券化した後に、その債券を格付け会社に示して、格付けを求めたのではない。そうではなく、投資銀行と格付け会社は証券化企画の段階からどのような仕組みにすれば販売が容易であろうかを協議しながら、一体となって証券化に取り組んできたのである。いわば、偽装商品開発の共謀であり、エンロン事件と同じ構図である。
 米SECはエンロン事件を踏まえて、格付け会社の寡占体制を改めるべく、設立を自由化して競争促進を図っているが、実効は挙がっていない。
 しかしながら、格付け大手三社は今後巨額の損害賠償請求訴訟を提起されること必定であり、裁判の行くえ次第では全社倒産の憂き目に逢うこともあり得よう。

4、投資家としての対応

 投資銀行と癒着して格付け偽装を行なった格付け会社の責任には大きなものがあるが、格付けを鵜呑みにして、MBS購入時に自らの審査を怠ったヘッジファンドなど機関投資家の責任も問われなければならない。MBSの流動性欠如を無視して長短ミスマッチの高レバレッジの運用を拡大してきた罪は大きい。
 私の現役時代に自ら心し、部下の指導に当たっても心掛けてきたのは「弁護士、会計士、格付け会社に依存した仕事をしてはならない。彼らのプロとしてのサービスを利用するのはよいが、仕事をして責任をとるのは担当者自身である」という国際金融マンとしての基本であった。
 具体的には、たとえば、ローン・アグリーメントは担当者が自ら作成し、弁護士にはチェックをしてもらう(初めから弁護士に丸投げしてはならない)。契約書に署名する場合には、全条文を精読して納得してから行なう。仕組み債やデリバティブ債などは、その仕組みを100%理解して納得しない限り、高格付けであっても購入しない(格付けは第三者の参考意見に過ぎない)。こういったディシプリンである。
 サブプライムローンを組み込んだ複雑な仕組みのMBSを大量に購入したBNPパリバやドイツ産業銀行、ノーザン・ロックの経営は、明らかにこの鉄則を踏み外している。個人投資家にできることは、彼らが販売したような複雑な仕組み債を組み込んだファンドには決して手を出さないことである。

 (2007年10月1日発行、日本個人投資家協会月刊紙2007年10月号所収)

 

  

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