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<書評>デイヴィッド・マーシュ著・田村勝省訳「ユーロ~統一通貨への道のり、その歴史的・政治的背景と展望」

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 「序文」の冒頭に、通貨統合を含む欧州連合(EU)の創設を定めたマーストリヒト条約協議が1991年12月にまとまった後の記者会見で、当時のヘルムート・コール独首相が「英国も新通貨ユーロに当初から参加するであろう」と述べたこと対し、著者が疑義を挟み、コール首相と賭けをしてワイン6本をせしめたという実話が出てくる。この年の9月にジョージ・ソロスが英ポンドを売り浴びせ、英国はかなり長期にわたって欧州通貨間の相場を固定してきたEMS離脱を余儀なくされ、ユーロには参加しなかったからである。

 ソロスを中心とする投機筋は、これに勢いを得て、リラやペセタも切下げに追い込んだが、フランス・フランはドイツの断固たる決意で守り抜かれた。本書に詳しく描かれているこの時のミッテラン仏大統領とコール独首相間の虚々実々のやり取りは、じつに興味深い。

 著者自身も述べているように、本書は難解な金融問題を扱った本ではない。ユーロが誕生する過程からその将来について、政治的・歴史的な側面を幅広い視点から描いている。巻末に収録されている膨大な注からもそれは明らかである。執筆にあたり著者は,政治や金融政策において重要な地位にあった人たちに直接会って話を聞くだけでなく、公文書館にある未公表のものを含む多数の資料や著者自身の経験を、正確さを期するために慎重に検討している。著者自身、「真正な歴史的記録として有効であることを自負している」と述べ、長年にわたるファイナンシャル・タイムズの記者・主幹としての経験が遺憾なく発揮されている。

 検証はユーロ誕生の物語を19世紀に遡って行なわれ、その後、金本位制、2回の大戦、ヨーロッパ共同体の発足、ドイツ統一などを経て、現在にいたるまでが詳細に描かれている。さらに、今後の課題である南北不均衡への対処や英国の微妙な立場を、ユーロ支持者、懐疑派、そしてユーロ圏外など、様々な立場の意見を広範囲にわたって分析している。ユーロの誕生とその後の発展に重要な役割を果たした人達の発言や書簡が数多く引用され、時にはそのような人達の臨場感満点の会話がシナリオ風に記述されている。

 ギリシャ危機に端を発したユーロ危機の収束にはまだ時間を要しようが、ユーロが齎した多大な利益は否定できない。わずか10年あまりの実験でユーロの成否を語るのは時期尚早である。ただ、通貨ユーロを金融や財政の問題に矮小化してはいけない。20世紀の前半に独仏が2度も戦火を交えた反省を踏まえた戦争か平和かという大きな国際政治のうねりが背景にあることを本書は教えてくれている。

 評者はマーストリヒト条約調印の1992年までロンドンに13年余駐在し、日本に帰る都度、ECからEUへの発展だけではなく、通貨統合も2000年までに完成すると説き続けたが、ほとんどの方から「そんなことは起こらないでしょう」と冷笑され続けていた。この通貨統合実現に向けてこれだけ多くのドラマが演じられていたことを本書で再認識し、今昔の感にたえない。

(評者;元住友銀行専務取締役)

(2011年7月1日、外国為替貿易研究会発行「国際金融」第1226号p59所収)







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